ゴー宣ネット道場で他流試合
平成22年9月21日
このメッセージはテキストのみとなります。
大変ユニークな経験をしました。9月12日(日)に漫画家の小林よしのりさんが主宰する「ゴー宣ネット道場」に招かれ、『愛国心と愛郷心を結ぶもの』というテーマで小林よしのりさんと約100名の塾生を相手に2時間半、森羅万象、日本の来し方行く末を討論してきたのです。
パネラー席には小林さんや骨法道場の道場主・掘部正史さん、高森明勅さん、切通理作さんなどが並んでいます。司会は民族派の論者に一目も二目も置かれている女性ジャーナリスト、笹幸恵さん。進め方が非常にシャープで押さえの効いた総合司会でした。
この状況、江戸末期であれば他流試合に行ったようなものです。
討論会は、インターネットで同時中継されているということで、ますます緊張するセッティングでしたが、会場につくと、入り口で塾生さんたちが極めて礼儀正しく迎えてくれました。小林さんが呼びかける「公論」の場への信頼もあり、のびのびと話をすることができました。
そこで私が話したのは、「ナショナリズムというのは、本当はそれぞれの地域社会を大切にし、それを大事にするというところから始まらないと、空理空論に終わる。だから地方を活き活きとさせることが必要で、具体的に言えば市町村という末端の基礎自治体に権限と財源を与えながら、特に全国に22000ある公立小学校区の中のふれあいを大事にすることが、まず第一だ」ということでした。「道州制」のように国を大きな単位にくくるのではなく、22000の「ふれあい単位」の集合体として国を認識するという国家観を提唱したつもりです。
もちろん広域で考えなければならない政策もあります。道路、港湾、防災などです。これらは、基礎自治体が集まって組織する広域連合で検討すればよい。インターネットや通信機器が発達した現代において、いつまでも都道府県が国と基礎自治体の間に立って「権限と財源の中卸し」をする必要はないのです。都道府県は、国に対しては地方の顔をし、基礎自治体に対しては中央の顔をもつ「ぬえ」のような存在です。まして道州制など、屋上屋を重ねること甚だしい。「地方分権」が錦の御旗のように幅を利かせていますが、誰のための分権なのか。本当に地域住民に身近なところへ、権限と財源が降りていくのか。「知事への分権」に陥っていはしまいか。
「地方分権」という言葉を無批判に「よいもの」として受け入れるのは危険です。「地方分権」という言葉を耳にしたとき、そこに「住民自治」の精神は含まれているか、「地域内分権」は保証されているか、ということを同時に検証してください。
道場の最後に、日本の誇りの中心は、恵まれた自然に対する尊敬の念であり、山川草木石水、すべてに神が宿ると考えて自然を大切にする精神であり、またその自然を前にしたときの人間の和である。したがって、多神教、多元的価値の尊重が、日本人の中心にあり、これはアジアに通じる思想であるということを述べました。
ひるがえって、明治維新以来、あいも変わらず目指してきた「脱亜入欧」というわが国のスローガンは、もう現実にそぐわないものです。そしてこれに変わる言葉を私は今、捜し求めているところなので、ぜひ参加者のみなさんも考えてみてほしいと言って、話を終えました。
最後に拍手で送られて会場を出たときに、来て良かったと、非常に充実感した気分で会場を後にしました。
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ゴー宣道場:https://www.gosen-dojo.com/












