先日、選挙前最後の党首討論が行われ、激しい議論となりました。新聞各紙は翌日の朝刊に大きく掲載し、政治家のやっていることにはかなり批判的なメディアやシンクタンクも、真剣勝負が行われたことを一応は評価しているようです。
その評価に目を通したところ、各論では意見が違っているものの、いずれも最終的には「政党の理念や旗はいずこに?」と問うています。
政党に属して選挙戦に臨む者としては、必死にそれを主張しているつもりですし、政策の違いを論じているつもりなのですが、双方とも、たとえば「少子化対策として教育費、教育環境の整備を」というところは一致していますし、就学前の幼児教育支援、高校支援も共通です。
違いがあるとすれば、財源に関して厳しく議論しなければならない自民党と、荒唐無稽な財源論を展開している野党ということでしょうが、政策の内容自体には、大差ありません。ですから、国民のみなさんには、「自民党って何だろう、民主党って何だろう?」ということがわからなくなってしまうのでしょう。
私の印象ですが、自民党も民主党も今回の選挙を戦っていながら、だんだん自分たちの政党の性格を形成するという作業を行っている気がします。歴史上どの国のどの政党も、おそらくは最初から明確な理念と、確固たる支持基盤があってやっているのではなく、必死に戦っている過程で何となく寄り合っていって、ひとつの政党が作られたり理念が明確になっていく、そんなものでしょう。後世の人が彼らの足跡を後づけで解釈しているだけであって、その過程では、みなよくわからないながらやっていたのではないはずです。
そしていま、日本の政治もだんだんそのような感じになってきているように見えるのです。
自民党はといえば、反共を旗印に保守政党が合体して誕生し、1992年までの約40年間は完全なる与党第一党として、さらにその後の20年間もほぼ与党として存続してきました。
一方、民主党は自民党から新しきものを作ろうと出て行った人や、自民に立候補の余地のなかった人、社会党系列の人、市民運動からきた人などで構成されています。
そのような成り行きの違いがまずあって、ここにきて徐々に自民党と民主党とで、支持基盤の差が見え始めた。支持組織の核がぼやっと見えづらい民主党だったのが、その核が見え始めた気がするのです。それは、労働組合の「連合」の存在です。
全国各地の民主党支持者は、無党派層と保守系の若い人たちだと言われてきましたが、実際に運動を進めていく中核には、地元の自治体の職員組合員をはじめとする連合傘下の人たちが、かなり前面に出てきています。たとえば告示の日にポスター貼りをする人がいないときなど、後ろに控えていた市職労や県職の人たちが、さっとその空きを埋めて機能している、そんな感じです。
民主党の小沢さんたちは、本来あまり労組と肌合いの違う人たちだという気がしますが、「とにかく政権交代!」というスローガンだけで動いているうちに、いやおうなく融合していったのではないでしょうか。
福田元首相の頃に、自民党と民主党の大連合騒ぎがありましたが、あれもおそらくは小沢氏と、いわゆる「革新系」といわれる人たちとの肌合いが合わず、自民党との合体に応じようとしたのだけれども、引き戻されてその後いやおうなしに今日のような状態になっていったのだと見ています。
数日前、擁立はしないと言っていたはずの平沼赳夫氏や渡辺喜美氏、江田憲司氏らが出馬する地区に、民主党が候補者を擁立するに至った背景について、新聞に「連合の要請もあり」と書かれていましたが、これもひとつの証左でしょう。
一方、自民党は地域ごと、学区ごとの後援会が作られて、自営業の人、農家、青年会議所等の地域代表的な人たちが、今も中核となって支えていただいています。
そうするとますます地域の中から生まれてくるリーダーシップの基盤の上に立つ自民党と、組織が希薄だったがゆえに、労組が存在感を出し始めた民主党という位置づけが補強されていくのではないかという気がします。
実際に山形県では、私の選挙区も含めて徐々にそうなりつつあります。まだ確信には至りませんが、長年やってきた政治家の勘として、そんな気がしています。