前回、「裁判員制度と量刑について考えてみる」というテーマでメッセージを掲載しました。(5月3日http://www.katokoichi.org/videomsg/2008/080503_2.html)
そこで私は、「このことについて考える超党派の動きをつくりたい」と申し上げましたが、その願いが叶って「量刑制度を考える超党派の会」が発足、発起人委員会を連休明けの8日に行いました。
どのくらいの仲間が集まるかと思いながらお声がけをしてみたところ、意外に多くの人、それもそれぞれ党の重要幹部が、とても真剣になって賛成してくれました。発起人会だけで出席者35名、昨日の設立総会にいたっては、衆参のさまざまな委員会が同じ時刻に一斉に開かれていたにもかかわらず、55人が出席し、代理を立ててくださった議員も45人、与野党6党で約100人という参加者という、大きなエネルギーを感じさせる会になりました。
私があちこち、議員のみなさんに声をかけていく際の主立った反応は、「誰かがそれを言い出すのを待っていた」「心配だったんです」というものでした。それはそうでしょう。裁判員制度では、量刑も市民に委ねられるのです。たとえば市井の一主婦が突然裁判員になって、たった3日の期間で人ひとりの一生を左右する判断を迫られるかもしれないのです。たまたま、その裁判が死刑に値する事件を扱うものであったならば、人間を「殺す」と決めなければならないかもしれない。その人は、もしかしたら、その決断の重さを一生胸の中に抱えて苦しまないだろうか。「うちの親分のお礼はいずれします」と電話が来たらどうするのか。裁判官は、その訓練を受け、その使命感を持って一生の仕事にした人たちです。それを一般市民に要求できるのか……。
死刑の次に重い無期懲役は、現行では10年間で仮釈放が可能だということを、みなさんはご存じですか? 「死刑」と「10年間で仮釈放」との間に、もっと中間的な刑が必要だとは思いませんか?
そう考えていくと、裁判員制度は実にたくさんの大きな問題をはらんだ制度であることが分かります。そして、その制度がスタートするまでに、私たちはちゃんと考えておかなければなりません。