来年度の予算編成に向けて、予算の見直しが進められ、先日の7日に見直し案が最終決定となりました。道路をめぐっては、歳出を上回って一般財源化される余剰分を環境対策に回し、また、この10年間の道路整備中期計画において、国交省は65兆円の道路整備費を6兆円圧縮することになります。
さて、「道路整備事業は税金のムダ使い」というイメージはかなり根深くあるようですが、今、全国の陳情でいちばん多いのが「道路」です。その一方で、新聞には「道路予算が余って、使い道に困るくらいなら減税すべきだ」という論調が後を絶ちません。道路を作ってほしいとこれだけ陳情があるのに、お金に余りがあるなんておかしな話です。この矛盾、一体どうしたことでしょうか?
現象面からみれば、確かに「余った金をどうしても使おうとすると、ムダな道路を作ることになる」わけです。しかしその裏には、道路、空港、港湾、水道、ダム、田んぼの改修など、大小併せて20項目くらいの公共事業をひとくくりにして、一律に増やすとか減らすとかやっている実情があります。
確かに景気が悪い状態が長く続き、政府にはお金がありません。だからムダな公共事業は削減しなければなりません。ただし、そうするときには、「もうダムはいいから減らそう」「農業土木も減らそう」「しかし、空港や道路はまだ要望が強いので、逆に増やすべきだ」と、そうなればいいのですが、そうはならずに「一律削減」ということになってしまうわけです。
なぜ、お金の使い方にメリハリをつけられないのかといえば、それをやるとダム族や港湾族が怒るからです。大蔵省主計局がそれぞれの公共事業に価値判断をつけて、メリハリ削減、メリハリ増加をする能力がない。そのため「みんな一律に削減します」ということになり、公共事業内における予算シェアというのは動きません。新聞はそのことも批判していますが、現実は動いていません。
もし、予算シェアを動かせるのならば、道路や空港の予算の余りは一切ないでしょう。道路だけに特定財源があるにもかかわらず、そして切実に必要とされているにもかかわらず、使わせてもらえない。
今、地方が「もっと道路を!」と言うと、「地方のだだっこきじゃないの?」といわれる。しかしそうではありません。地方のJCの若手たちがこぞって運動しているのです。「我々の地に道路を作ってくれ」と。
もうひとつ、道路財源の3分の1は、実は東京、大阪、名古屋に使われています。特に、東京の占める割合は最も高くなっています。なぜなら、用地買収費が高いからです。地方の高速道路は、1km当たり高くて40億円で作れます。現在、東京では山手線の下に高速道路を作っていますが、これは1km1千億円かかります。四谷見附から市ヶ谷方面に約500m幅を拡げましたが、これはキロ単価で700〜800億円です。
……都会の人は、都会の道路がますます立派に整備されていくことに何も文句を言いませんが、地方はクマが通る道なんか要らないだろうと言う。なぜ、地方は道を求めているのか、メディアは地方を分かっていないんじゃないでしょうか。