宮澤喜一先生がお亡くなりになりました。
だいぶ以前からお身体が疲れておいでだったので、ある意味覚悟はしておりました。
2月に、共通の親しい方のお祝いの席でご一緒したのですが、その時めずらしくメモを見ながら祝辞を述べておられたのです。だいぶ疲れておいでだなぁと思ったのを覚えています。
宮澤総理は、やはり吉田さん、中曽根さんとともに、いろいろな意味で日本の戦後政治の象徴だった人でしょう。GHQとの戦後交渉の場に、大蔵省の官僚として臨んだのをスタートとして、戦後の経済復興を全部体験した方でした。
1985年に政府がプラザ合意を結んだときには、かなり怒っておられた。当時、日本の円が安すぎるとアメリカから大きなプレッシャーがかかり、プラザ合意を契機に1ドル260円位だった円が切り上げられていきました。あれ以来、日本の経済は調子を崩したといっていいでしょう。宮澤先生は、今日の日本経済を見通していたために、プラザ合意に対して激しい怒りをもたれたのだと、みな後から気付きました。まさに、政治的外交と経済的外交の両方に精通し、長い目で将来を見通す眼力を持った数少ない政治家のお一人でした。
そのようなリーダーを失い、日本の国益上、大きな損失だと思っています。
政治家としては、戦後政治を代表する大きな大きな人生を全うし、一人の人間としては、凛として立派な人生を送られた方でした。
心からご冥福をお祈りいたします。