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温家宝と江沢民
2007年4月14日
このメッセージはテキストのみとなります。

2日前、温家宝首相が国会で演説をした。なかなか厳しい内容で、日本に対して言いたいことは遠慮なく言わせてもらうという気持ちが現れていた。その夜、赤坂プリンスホテルで行われた歓迎パーティーで、安倍首相とともに演説した温首相のスピーチは一転、雰囲気がガラッと変わり、和やかな印象だった。そのスピーチは、「今日の演説は原稿なしでやります。そのほうがずっとフランクに話せますから」というふうな言葉で始まった。日本に来る前は、実はとても緊張していた。使命感をもってやって来たが、不安もあったのだという話のあとで、「国会演説が終わって最初に電話をしたのは、故郷の母です」と続く。90歳に近いご母堂に「演説はどうだった?」と聞くと「とてもよくできた。心を打つ話だった」と言ってくれたのだという。
そのとき通訳の女性は、「息子よ」という言葉を省略して訳した。しかし温首相は、こう言ったのである。「息子よ、大変よくできた」と。私は隣に立っていた中国大使館の書記官に「息子よ、というニュアンスは、日本人ウケという点で大事ですね」というと、彼女も「そうですね」と言う。通訳を務めているのは日本の外務省の女性で、京劇の大学で勉強したという一風変わった経歴の持ち主らしく、温首相の気楽なスピーチをうまく通訳してはいたのだが。

話を戻そう。今国会における厳しい演説と、パーティーにおけるざっくばらんな演説。この両方をセットで見ていると、今回の温首相の訪日は、相当に計算されつくされたものであったことがわかる。特に国会では、「日本の発動した侵略戦争のおかげで傷つけられた中国人」などという表現をズバズバ言うので、小泉政権以来、反日に傾く中国を意識してきた国会の議場の雰囲気はしらけたものになった。演説に対しては大きな拍手が送られたが、それは心からの拍手というよりも、外交上の判断がかなりあったような印象だった。
しかし、その後の夕刻のパーティーで打ち解けるというのは、今まであまり多くない。朱鎔基(しゅようき)元首相来日のときに、リラックスしたムードで話したのがとても目立ったくらいなものだ。

それで思い出すのが、江沢民元国家主席が来日した1998年。このときは、歴史問題が重要、重要と国内の講演でも、天皇との会食の席でさえも執拗に言い続け、親中派にまで反発を買ったものだ。温家宝と江沢民は、ふたりとも理科系出身。温首相は理科系の几帳面な仕事振りをする人という印象だが、江沢民氏は党主席ということもあり、在任後期にはかなり“偉大なる政治家”風になっていた。お腹の出た風貌もそれに一役買ったように思うが、日本人には、とにかく傲慢に説教して帰って行った隣の国のお偉いさんというイメージがあったと思う。以来、私が訪中したときに日中関係者に会って、「あれはよくなかったね」というと、みんな下を向くか、ゲラゲラ笑うか。彼らにしても日本人の反感をよく分かっていたのだ。

今回は、過去の失敗から十分に学び、なんとしても日中関係をよくしたいという決意をもって準備された温首相訪日だったことは間違いない。それは、中国がかなり微妙な社会情勢に入っていることもあるだろう。というのは今、中国の不平等は日本以上に激しく、中国の奥地のみならず、上海や広東などでも格差は広がる一方だ。昨年12月に私が訪中したときに、この国はこのまま放っておくと、もう一度社会主義革命、天安門事件再来があるかもしれないという印象を受けた。そんな中での訪日だから、中国国内に向け「日本にはちゃんと中国人の気持ちを伝えたよ」というメッセージを発信するという側面も大いにあったはずだ。現にこの演説は、中国に同時中継され、温首相のご母堂も見たわけだし、北京駅前には巨大スクリーンが設置され、道行く人たちに見せていたのである。

計算し尽くされた硬軟の使い分け。選び抜かれた言葉。「真っ先に母に電話した」というエピソードすら、あらかじめ準備されていたパフォーマンスのように思う。
そこまで神経を張り巡らせなければ、13億の国民をコントロールするのはムリな話なのだ。13億は、1人の指導者、1つの政党が統治するには巨大すぎる。適正規模を超えている。気の遠くなるような作業をしているのだろう。
それに比べ、わが国はまだまだ甘い。豊かで甘い。政局も政治も甘いと感じさせられた。