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歴代の総理にみる「決意」のオーラと、就任半年目の安倍首相
2007年3月24日
このメッセージはテキストのみとなります。

月曜日で安倍政権誕生から半年になります。そのせいで、いろんな方面からコメントを求められますが、短い言葉ではなかなか真意が伝えられないので、このHPでお伝えしようと思います。

安倍晋三氏が多くの国会議員や側近らと“お友達”になっているのでは、というのが、最も強い印象です。中川幹事長が「もっと総理に敬意を払うべきだ。総理が入ってきたら起立をするように」と言ったということが話題になっていますが、総理大臣とは、政治家が本気で命をかける仕事であり、言われなくてもそういう雰囲気が漂っていてほしいものです。私のように、永田町のいろんな出来事が耳に入ってくる人間でさえ、幹事長の発言を聞いて「え、立ってなかったの?」と少なからず驚きました。

ただ、安倍氏はある意味において、特別の総理大臣です。総理になる前に総理になる覚悟をしたという雰囲気がないまま、ごく普通の人が総理大臣になったような印象があります。
今でも覚えていますが、竹下登さんが総理大臣になるちょっと前、私はちょっとしたきっかけで竹下さんと軽井沢でゴルフをしたことがありました。その帰り道、上野に向かうJRが高崎駅近くを通過するあたりです。車窓には夕闇が迫り、暮れなずむ風景にヘッドライトが流れ始めるころ、私と彼はワンカップを飲んでいたのですが、ふと竹下さんが、「加藤君、宮沢さんは総理になる決心ができただろうか? 自分にはまだできていない。ましてや安倍晋太郎は、まだまだだ」と言ったのです。
聞き間違えたのかと思いました。ずっと前から「10年経ったら竹下さん」と、自分で言っていた人です。自から決心していたのに、この段になって何を言うのだろう? 当時、安倍さんには側近No.1として三塚さんがいました。竹下さんには小渕さんが、宮沢さんには私がついていたのでしたが、私は敵将のその言葉に耳を疑わずにはおられませんでした。そしてそのあと、じっと外を眺めながら深刻な顔をしている竹下さんに、私は何も言えませんでした。

やはり総理大臣になる決心とは、それほど重たいことなのでしょう。それは、1億2千万余人の生活の差配について自分で判断し、その責任を背負おうということです。テロによる暗殺など、死への覚悟に思いめぐらせることもあるでしょう。私の師匠であった大平さんは、あわや暴漢に担当で胸を突き刺されんとしたことがありました。その翌日、総理官邸で「加藤、昨日死がおれの脇の下を通っていった。でも、人間、死んでいるのが常態なんだ。生きているのは神様から、たまさか60〜70年、仮の姿を預かっているだけなんだよ」と言われたことがあります。
その数年前の昭和51年、大平さんがまさに総理にならんという流れがありました。「田中角栄の首相退陣の折には後継を三木武夫に」とする、俗に言う「椎名裁定」があって、最終的に三木さんが指名され、大平さんは総理の座を取り逃がしました。なぜか、その当時一年生だった私と川原勤議員が、大平氏の自宅の茶の間へ出向き慰めるという大役をおおせつかりました。ところが行ってみると、大平さんは「君ら、私が総理になれなかったので、気落ちしていると思うだろう? 違うよ。負け惜しみではない、違うんだ。今、俺の肩から、重い重い荷物がサーッと取り払われたような、何ともいえない開放感だ。総理大臣をやるのは大変だ。三木は喜んでいるかもしれないが、これから先、大変さが分かってくるだろう」と言ったのです。
その後、大平さんが急逝し、鈴木善幸さんが総理大臣になりました。そのときも、そう。善幸さんはその瞬間から、みるみる雰囲気が変わり、思い詰めたように無口になり、よくじっと考え込むようになりました。やはり総理大臣になる決意というのは、それほどの重さなのです。

しかし、一度決心をすれば、その人からは覚悟を決めた人のオーラや、匂いのようなものが出てくるものです。そのオーラに引っ張られて、周辺の国会議員がその人についていく。リーダーシップになっていく。それが「貫禄」とか「カリスマ」と表現されるものなのかもしれません。
それが出てきた人に、人は“タメ口”はきけません。そしてほとんどの総理大臣は、そんな雰囲気を醸し出していましたが、なぜか安倍総理に対しては、友人に対するような口調で話し、携帯でも文章を送るらしい。その「普通さ」が好ましく映るときもあるでしょうが、それがまた、頼りなく見えもするのです。 やはり、総理大臣は「普通の人」ではいけないような気がします。