最近の米朝関係の展開を見ていると、35年前、私が外務省中国課で課長補佐をしていた当時の苦い経験の記憶が、まざまざと蘇ってくる。
その頃の日本は、アメリカといっしょになって中国の国連入りを阻止するなど、台湾側に立っていわゆる自由主義陣営外交を進めていたのだが、ある日アメリカから「2時間後にニクソン大統領が特別の記者会見をする」というニュースが飛び込んできたのである。
「一体、何だろう?」と、外務省内がざわついているのを眺めながら、私は隣の席の同僚に「もしかしたらニクソンが、中国に行くのかもしれない」とささやいた。彼は「まさか」と信じない様子だったが、2時間後、私の直感は的中することになる。
あとになって、「なぜ加藤さんはあの瞬間にそう思ったんですか?」と聞かれたものだが、あのとき、確実に米中関係にはさまざまな“異常”が起き始めていた。
まず、NYタイムスのサリンジャーという社長が、北京に行って新華社の社長と会談をした。同じくNYタイムスだったかワシントンポストだったかは定かではないが、新聞にキッシンジャーが飛行機に乗り込む全身入りの写真が載り、「中国への最初の特使となるのか!?」と書かれていた。極めつけはニクソン大統領が「うちのふたりの娘が、中国に行ってみたいと言うんだ」と記者会見で楽しそうに言ったのには驚いた。
これらはいずれも、それまでイデオロギーの違いから激しい対立をしていた米中関係からは考えられないような事象だった。しかし、だからといって「米中関係が突然の変化を来すということが予想される」というレポートを書いて外務大臣まで上げるだけの自信はもちろんなかった。とにかく、何かがおかしいという予感がしたのだ。
キッシンジャー氏は、当時NSC(国家安全保障会議=National Security Council)の安全保障特別補佐官だった。その彼が、この報道に先だって、日本経由でパキスタンに旅行した。しかし何が目的の旅行なのか、日本に来てなぜ日本の外務省にコンタクトを取らないのか。外務省はパキスタンにある大使館に調査を命じたが、アメリカ大使館は「彼は2〜3日、首都イスラマバードの郊外の病院で休養している。風邪をひいたのだ」と日本大使館をだました。
実はそのあいだにキッシンジャー氏は中国に行って、周恩来と話し合いをし、ニクソン訪中のセッティングをしていたのである。そしてそれがまとまったので、先のニクソンの緊急発表になったわけだ。
これがいわゆる「ニクソン・ショック」の経緯である。
もちろん、日本側としては後になって「どうして政府に話してくれなかったのか?」と質問した。これに対し、米国政府の返事は「日本は外交機密が全部漏れる国だ。今回の訪中はニクソン氏の再選をかけての大きな博打、その動きを日本に知らせるには危険すぎた」というものであった。
実際、当時の日本は極秘の情報を首相官邸に報告すると、Kという官房長官からその数時間中に新聞記者に披露されるような国だった。だから、それも「なるほど」と思わざるを得なかったのである。
翻って最近の国際情勢である。米朝関係が意外な展開をしているような気がしてならない。北朝鮮はアメリカと直接交渉したい、そして国の政治体制と金正日総書記の安全の保障を求め、もしそれが実現されるならば、核を放棄してもいいと言っているわけだ。
逆に言えば、ミサイルを売ったり核実験をしているのは、アメリカの気を引くためのもの。アメリカとの直接交渉で保証を得なければ、日本が保証をしようが中国がどう言おうが、信用できないと。「やっぱりアメリカなんだ」と言い続けてきたようなものである。しかし、アメリカはしばらくイラクで忙しかったし、ブッシュの共和党は北朝鮮嫌いだったから一切応じなかった。
ところが去年11月に中間選挙で敗れ、上下両院とも民主党が多数の議会になってから、すっかり様子が変わった。ブッシュ政権としても、北朝鮮といつまでも対決できなくなるに違いないと思っていたら、その変化はあっと驚くほど早くきた。
このHPでも報告したように、昨年の12月18日に6者会談が行われた。そのとき私は北京を訪問中で、武大偉外務次官と話し合ったけれども、すでにそのときにはアメリカと北朝鮮は釣魚台(ちょうぎょだい)の中で直接話していたようだし、相互に大使館を訪問しあっていたのである。
その後の動きを追っていくと、米朝間でもっとも対立していた、マカオにおける北朝鮮の資金口座の凍結をめぐる話し合いが始まった。
数日前には、ボンで金桂寛外務次官とヒル米代表が話し合って「有益な会談であった」と発表している。そして「今度北京で会うとき、北朝鮮側はより大きな権限を与えられてくるだろう」と、ヒル氏は明るく述べている。
去年の12月17日の朝日新聞の報道によれば、18日から始まる6者会議の再会に当たり、「もし核放棄、核施設稼働停止などを北朝鮮側が受け入れるならば、アメリカ側としては朝鮮戦争の終結を宣言する文書に南北朝鮮と共に署名してもいい」ということまで言っているらしい。
これは明らかに、戦争を終結させるための講和会議の準備をしているようなものである。そうだとすれば、昨年末のたかだか1週間程度の6者会議の米朝協議だけで終わるわけがない。北京にいた私が「2月中旬に今度また米朝で会うんだ」ということを中国側から聞いたのも、今度また6者会談が行われるのも、その前に米朝がベルリンで話し合っているのも、このような筋書きの上の出来事だとすれば腑に落ちる。
すべてが1971年、35年前に私が米中間に感じていた、「あれ?」と思わされる動きに似ている。
中国は米朝間に話し合ってほしい。韓国もそうだし、北朝鮮はそもそも話し合いたかったのだ。アメリカは議会における民主党の多数勢力の圧力もあるから、米朝会談を進めることが政治的な要求であり、プレッシャーになっている。その中で、日本側だけが拉致問題で強硬な姿勢をとっている。おそらく米朝間の波長とはまったく合わない道をたどっているわけで、昨日まで二人三脚で進んでいると思っていたアメリカに置いてきぼりをくい、日本だけがある日取り残されてしまうのではないか。ある日、新聞の一面に「米国・北朝鮮 国交樹立で合意」という見出しが踊ることはないだろうか。そうなったら第2のニクソン・ショックだ──疑念は、ふくらみ続ける。