皆さん、ご無沙汰しております。8月15日の夜の私の家の放火事件から約20日間、3週間過ぎました。その時々の私の思いについてはメールメッセージ、文章によるメッセージで、このホームページでアップしてありますので、見ていただいた方も多いかと存じます。思えばビデオメッセージでこうやって現れて参りましたのは、今日が初めてのようで、本当に申し訳ありませんでした。大変皆さんにご心配おかけしております。
まあ、事件以来、いろんなことが変化いたしました。一番大きな変化は、何と言っても自分の生活の根拠、そして私達が育ち、そして母が今でも住んでおります母屋のほうが全焼した。それに伴う家庭内のいろんな不便さです。母は97才で、事件以降、市内の温泉の旅館にずっとおりましたけれども、一昨日やっと私の自宅のほうに移って来ました。まあ母屋から7〜8メートルしか離れていない裏庭なんですけれども、かねて母が本当に隠居する年になったら入ってもらおうと思っていた、まあ言うなれば10畳ほどの隠居部屋が作ってありましたので、そちらに移って来てくれました。元気で新しい環境を「おもしろい、おもしろい」と言って住んでくれていますので、相変わらず気丈な母だなぁと思っています。
息子が政治家なんかしてなければ、97才にして自分の人生の記録のアルバムとか父の遺品、そして自分の娘時代から持っておりましたいろんな着る物なんかを無くすることなんかなかったのに、一番申し訳ないのはこの母に対してだなぁと思っておりますので、気丈で私に対応してくれる母を見ると、何か申し訳ないような気持ちでいっぱいです。
地元の後援会の皆さんも早速、早く私の活動の場、事務所そして小さな集会場があるんですが、再び建てようと思って頑張ってくれています。
さて事件そのものの解明については、まだまだ私らにも充分な報告がありませんのでよく分かりませんが、右翼団体の人が、まあ何て言うのか、何か行動を起こさなければその団体の中でもいる場所がないというような自らの閉塞感もあって行動を起こしたというのが正確なところではないかなぁと思います。もちろんこの容疑者個人に激しい怒りを感じます。ただ私の母が散歩に出たのを見計らって侵入してガソリンを撒いた、というのが本当のようでありますので、その部分は許したいと思います。
しかし彼は、私の靖国の問題についての言論、中国に関する言論というものに怒りを持って火をつけたと供述してるようですから、これは当人の立場がどうあろうと、言論を暴力で、そして家に火をつけるということで止めようとしたということは紛れもない事実でしょう。しかし、そんなことが許されて良いわけではありません。
そして私は今一番感じているのは、日本全体に何となくものを言いづらい雰囲気が生まれていることだと思います。今度の事件の後、靖国の問題についても、歴史問題についても、もちろん自民党の中は安倍さん支持一色でありますから、何となくしゃべりにくいし、そしてそれだけではなくて社会全般にもその雰囲気があるんではないでしょうか。この間、田原総一郎さんが週刊誌か何かに書いてありましたけれども、田原さんの番組に出ていろいろ自由に発言して欲しいと思う人がいるのだけれど、かつてのように政治家も評論家も出てくれないという嘆きが述べられておりました。実は小さなことなのかもしれませんが、これが先ほど私がメッセージで書きましたように、この日本というのが0.7%ぐらい下り坂に向かっているのかもしれません。0.7%ぐらいですから、それはよっぽど、よくよく足下を見ないと気づかない傾斜だと思います。7度とか10度になれば、それは誰にでも分かる傾斜です。しかし、ちょっと分からないような傾斜に立っている時こそ、我々は注意しなければならないのではないでしょうか。そんなことを思いながら政治家として今まで通り、しっかりと自分の考えていることは発言し続けていきたいと思ってます。
日本の社会も今、迷っていると思います。例の小泉さんの8月15日の参拝の問題についても、その1週間前は60%ぐらいの人が「行かないほうがいい」と言い、小泉さんの参拝が終わって、小泉さんが一生懸命しゃべると今度は70%ぐらいの人が「行ったほうが良かったんだよね」となる。そしてまたこれが違う事実が出てきたり、時が経つとまた、行かないほうがいいという風に思ったりするのでしょう。みんな迷っているわけですから、その迷いを質すためには、どういうことを論じなきゃいけないか、学ばなきゃいけないか、調べなきゃいけないか。そういう指針を出すのが我々政治家の一つの努めかもしれません。考え方をはっきり述べることが、私達の政治家の努めなのだと思います。そんなつもりでこれからも頑張りますので、どうぞこのホームページにも懲りることなく時たま顔を出してください。またお会いします。