ここはコロンビア大学の一番キャンパスの中心になります。今日11月1日ですけども明日から長い休みになるんで学生はまばらです。とにかく寒い。もう冬の始まりみたいな、日本でいえばそんな季節です。風がかなり強いのでこのマイクロフォンにも音が入って騒々しいかもしれません。
さて、こちらの大学で教えていますと2時間ほどやるんですけど1時間ぐらいは我々2人の教える方の教授、私も客員教授という肩書きをもらっていますがそれが話をします。残りの1時間は学生と教授の間の質疑応答になります。で、たまたま私の授業を見ていた私の姪が「あんなに激しい質問が出るんですね。だいじょうぶ。」と言ってましたけれども、アメリカの場合には質問が出ないと良くない授業、良くないレクチャーという事になります。そしてどんなに偉い教授、権威者の発言でもどんどん質問してきます。私も昔ハーバード大学にいたんですけれども、いわゆるセミナーのための答案を書きます。その時に日本にいたときと同じようにかなり権威のある本をいろいろ読んで引用、継ぎ足して「パッチワーク」で論文を書いて提出すると見事に不合格。自分で色んな資料や材料にぶち当たって調べてみて自分なりの考えで論文・論旨を作り上げていくと合格!という事ですからとにかく他人はどう思おうと自分で自分の考えを作り上げていくというのがアメリカの教育です。それがアメリカの強さでもあり、みんなが生き生きとしている原因です。日本の場合はそこが大きく違うところです。「教育論」が盛んですが、私は自分自身の考え方が持てるように教育するというやり方が日本に導入される必要がありますが、それには、大変時間がかかります。特に大学教育においてその精神が確立される事がスタートになりますがたいへんです。また、大学において教授だけじゃなくて助手の人と一緒になって学生と討論しながらセミナーや研究を進めていくというのが本当にできるかどうかに全てかかっているような気がします。
こうゆう自分の考え方を持つという事が、実は政界でも重要です。役所の意見も聞く、色んな研究所の意見も聞く、そして選挙区の人の意見も聞く。そういう中でどれが一番正しいか。そして、どの部分は選挙区の人が言っているのが正しい、しかし、役所が考えているこの部分は実は正しいんじゃないか、という事を頭の中で議員が1人1人考えていかないと本当の政策論争はできません。教育というのは本当に重要だし、日本の教育も変えていかなければならない。そう思います。
※この文章は2002年11月01日に収録した映像の内容を文章におこしたものです。