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第23回「雲霓の会」(6月24日)での講演

明確な意見を持ち
大いに論争しよう

政治家になって27年。学んだことは易きについたところには人を引っ張っていく力が生まれないということ。政治家として自分の意見を明確にして持続させ、しかも同志の意見を聞きながらバランスの取れた判断ができるようにしていきたい。

加 藤 紘 一(前自由民主党幹事長)

同じことをずーっと言い続けることが 政治家には必要

どうも、皆さん、おはようございます

 毎回、朝のこの会にご出席いただきまして大変感謝申し上げます。雲霓の会を通じまして、またいろんな形を通じまして、また先般の私たち宏池会のパーティー等におきまして、大変皆さんにご負担をおかけしたり、ご支援いただきましたことを心から御礼申し上げたいと思います。おかげさまで、うちの派の会のほうも順調でございますが、9月に私が総裁選挙に立つべきかどうかについて、今、派内でいろいろ議論をいたしておりまして、この問題については、私、一切しゃべっていないというか、同じことしかしゃべっていません。特にここ2、3か月は何もしゃべらんようにしておるんですけれども、ますます、いっぱいいろんなことを書かれますけれども、やはり政治家というのは一つのことをこう思ったら、あまり右顧左眄せずに、方針を変えずに、ずっと同じことを言いつづけていることが重要じゃないかなと思います。前倒しもあったり、やめろと言う話もあったり、事前に組閣するから閣僚に入れとか、それから、総裁任期を1年延ばして、来年の秋ぐらいにバトンタッチしたらどうかとか、いろんな話がありましたけれども、やはりルールどおり、それから300万人の党員がいるんだから、その人たちにしっかり判断する機会を与えなきゃならんと、言い続けております。

 それからもう一つは、これからの政治では、一人一人の政治家がどういう意見を持つかを明確にしなきゃならんときにきているなという感じがするんです。そのためにも、党内でしっかりと、それぞれの人間が、どういう考えでどういう行動をとるかをじーっと見ていてもらうということが必要かなと思うんです。25、6年前、私が代議士になったころに比べ、今、国民の政治に関する関心は、強烈に深く、かつ、広くなっています。街頭演説をしても、地方の田舎の都市に行って、かなりお年寄りのおばあさんなんかもいる2,000人集会でしゃべっても、しゃべることの内容についての視線の鋭さは、すごいものです。あえて言えば、私も25、6年になって、少しは有名な代議士になったから、昔よりは真剣に聞いてくれるのかなとも思います。しかし、いいかげんな話をすると、すぐ視線がすとんと下に行って、私語したり、ときには居眠りしてしまいます。しかし非常に関心の高いテーマになると、びーんと背筋を伸ばして聞いています。簡単に言えば、単にここの地域に道路を持ってくるみたいな話のときも聞くには聞くんですけど、まあ、いいでしょう、やってくださいよというような話ですが、それより、この国をどうするか、今、お話しいただいたような老後をどうするかみたいな話になると、そして時にはテポドンにどう対応するのかという話になると、強烈なもんでありまして、これは政治をやっている人間にとっては、いきがい、やりがいが何層倍にもなったなという思いを抱かせます。

しかし、同時に「我が党は……」というような演説を始めますと、ほとんどの人間が居眠り始めてしまいます。というのは、どの政党が言っていることも同じじゃないかと言うんですが、これは当たり前のことで、この雲霓の会で十数年来、私は申し上げていますように、小選挙区を導入したら、そうなるんです。だから、そうなっちゃったんです。で、政党に対する関心はぐっと低い。じゃ、そのエネルギー、政治に向けたエネルギーがどこに行くかというと、個人の政治家が何をし、何を考え、何を主張するかというところに向いていくのは当然でありまして、極めて単純なエネルギー管理学と思えばいいんだろうと思います。

ですから、石原慎太郎という人は、だれが考えても、民主党の人だとは思っていない。まして共産党の人間だとは思っていない。あれは自民党でしょう。だれでも思っている。しかし、彼の主張がはっきりしているから、あれだけの票が入るんでありまして、それは何も横田基地の返還だけではないと思います。いろんな政治哲学もあの人にはある。それと同時に、ちょっと私はそうじゃないかなと疑念を持っているんですけれども、彼が円とドルの問題について、対米主張を明確にすべしだと言っているあたりも、そしてその具体策として、これは本来大蔵省なんかがやるべき話なんですが、円債、つまり、円の借金証書の売買のできるところを東京につくろうと言って円の流通を広げようとしている。ああいう具体的な動きに共感を持っているんではないか。それが一種の経済ナショナリズムであるのかもしれないけれども、そこが評価されているのではないかなという気がします。いずれにしろ、個人が何を考えるのか。それは役所からもらった紙を読むんではなくて、自分の言葉でどうしゃべるかというところが、非常にポイントになりつつある時代になってきたんではないかなというふうに思います。

 したがって、私は今、若干、まだ意識は自由民主党幹事長みたいなところがありまして、次の選挙にどう勝ち抜くか。かなり私は危ないと思っておるんですが、自民党の次の選挙は。だから、それにどう勝ち抜くかというためには、やはり自由民主党の中にはいろんな選手がいると。民主党にも有名な人がいるかもしれん、菅、鳩山、羽田、いろいろいるかもしれんけれども、自民党の中にも、いろんな考えがあって、群雄割拠してますよというエネルギーを示さないと、私はいかんと思います。したがって、私もその中の数多くの一人として、自分の考えを明確に言い始めようと。これまでどちらかと言えば、政調会長、幹事長を四年やり、特に3党連立ですから、これをまとめていくというのは大変なことで、今も自・自・公の3党でやっていますが、あれはブリッジで、自民党と自由党、自民党と公明党とやっているわけですが、3党一緒になって、まとめて、総合的な政策合意をつくると言ったら、今の形じゃ、僕はできないと思います。特に自民・自由と公明の関係はすごく悪い。特にガイドラインだとか、そういう問題も含めて、合意をするというのは、大変な話でありまして。

 じゃ、我々もそれを今までやってきましたけれども、どうしてやれたかというと、村山政権をつくることによって、自民党は復権したいというものすごい思いと、それからその後に2年半ほど続いて選挙をやって、そして、社民党がぐーっと少なくなって、連立から離れていきましたけれども、閣外で協力はしようと言ったときに文書をつくったんですが、そのときでも、2年半一緒にやっていたという信頼感のもとで文書ができたんでして、担当は私と山崎拓、2人でやりました。しかし、自自公というのはいいんだけども、そう簡単に文書がまとまる関係ではないなという気がします。特に選挙制度で、比例区で50人をカットするみたいな話は、もう今から真っ二つになっているなというふうに思いますので、そういう中で、横道にそれましたが、私は調整役をやっていたものですから、あまり自分の意見を言わない5年間を過ごしてきましたけれども、これからはいろいろ意見を言い始めようと思っております。ただ、あまり早く始めますと、えらく総選挙ムードになります。総裁選挙ムードになりまして、国会審議も景気対策も吹っ飛んで、けんかムードになります。これは多分、国民が、おい冗談じゃないぞということになると思うんで、そのタイミングを見たいと思っております。私は最近テレビにもあまり出ないんですけれども、出ると必ず質問になりまして、あまり騒ぎにならないような発言の仕方というのは神業に近いほど難しくなっておりまして、今ちょっと出ないようにしておりますが。あるときになりましたら、いろいろ論争が始まりますので、見ていていただきたいと思います。

政策は発想を固定化せず 変化に応じて創造しよう

 その論争の中の一つに、今日渡辺さんがおっしゃった年金の問題というのがあろうかなと思っています。私の郷里に、山形県、出羽三山というのがあって、湯殿山、月山というのがあります。それで月山というのは信仰の山と言われるところなんですが、芥川賞作家でしたか、森敦さんという人が『月山』という小説を書きました。その中に中連寺という寺があって、ミイラがあると。あの辺にはミイラがいっぱいございまして、昔はよく年老いた祖父が、じゃこれでなと言いながら、くるみを布袋に入れて、山に登って行く。要するに楢山節考の世界というのは現実にあったわけで、つまり、非常に貧しい山岳地帯だったから、自分たちが生きていくこと自体が子供たちの餓死につながるぐらいの急激な窮乏状態になると、自分たちはこれで人生を終えようと言って、山に登っていくわけであります。そういう話を村の人たちは、ごく最近まであったんだよねというような形で、ときにはユーモアを交えてしゃべる。田舎の人というのは、生きることとか死ぬこととか、それから性、セックスの話にしても、それを極めて客観的に話してしまう。やあ、隣の親父はどっかの奥さんと稲倉でうまいことやったんだよねと明るくしゃべる。明るくしゃべっていないと、とても、とても生きていけないというような人生の知恵というものが、生と死みたいなものさえもユーモアをもってしゃべるようなことになっちまうのかなというふうに、小さいときから、物心がついてから考えるようになりました。

 我々の日本人の社会というのは、人生の最後をどう締めてきたかというのは、一つの大きなテーマだと思うんですが、できる限り息子が面倒を見るというシステムできたのが、変わったんだろうと思います。ときどき私は思うんですが、昔の家族制度の中では、自分を育ててくれた両親の老後見るために、収入の何%使っただろうと、5分の1ぐらい使ったんじゃないかなと。そうすると、これは保険料負担20%ということじゃないかなと、自己負担。今、ご説明をいろいろ聞いていると、34%ぐらいでいきそうだと、17%だなと、個人の負担は。しかし、これは医療費が別だなと、介護が別だなと、等々いろいろ考えると、30%近くなるとすると、どうなのかなと。そこまではいくまいなとか、いろいろ考えて聞いておりましたが、やはりどの世代でも、老齢者を面倒見るというのは、育ててもらった者の当たり前の世代間扶養の考え方だろうと思いますし、もっと重要なことは、価値は完全ビルトインスライド制になっていたんじゃないかなと。つまり、今は、100万円という価値で老後を面倒見ると言ってもしようがないんで、40年後、これがほとんど意味のない金額になってりゃだめなんですけれども、それを賃金スライドとか、物価スライドで、今、年金制度は直してくれているわけですが、昔は息子が、元気で働いて、そのときの価値でいい老後をおじいちゃん、おばあちゃんに保障してくれたというシステムなんだろうと思うんです。

 ですから、そういう家族制度で存在していた世代間扶養、ないし実質価値を維持する賃金スライド制的老後の扶養というのが、核家族化でだめになったから、みんな心配なんだろうと思うんです。しかし、よく考えてみれば、くるみを布袋に入れて山に年老いた両親が登っていかなきゃならん時代に比べると、何百倍もよくなったはずなんで、なぜみんなそこで不安を感じているかというと、発想が固定化しているからなんじゃないかなと、ときどき思います。その第1は、60歳ないし65歳以降、年寄りだと思っちゃっているからじゃないでしょうか。これは前にもお話し申し上げましたけれども、お年寄りがずたずたになって、介護が必要になるのは、どの程度かと言うと、今年、厚生省がデータを発表しましたけれども、男の場合が最後の1.5年なんだそうです。要介護期間。つまり、65歳で年寄りが始まって、男は76歳まで生きているわけですが、ほんとうに介護が必要だというのは、1.5年だと。女性は82歳まで、今、平均生きておられるんで、なぜか女性のほうがお元気なんですけれども、それでも1.7年なんで。これは25年前に比べると、要介護期間、よれよれの時間というのは短くなっているんだそうです。これからも短くなるでしょう。いろんな科学の発達で。それからゲートボールもするし、予防医療も発達しますから。だから逆に言えば、ある人が言いました。前期高齢者と後期高齢者の概念を考えるべきだ。最近、役所の言葉の中にも、後期高齢者という言葉が出てきて、これはまさに、その辺から面倒見なきゃならん年を、後期高齢者と言うんだと。それは60でもなければ、65でもない。72、3なのかもしれません。

 それから、もう一つの考え方は、社会の平均寿命というのを見て、そこから逆算して5年ぐらいはちゃんと年金も医療も生活も面倒見ましょう。その前までは、みんな元気なんだから、できるだけ働いてもらうようなシステムを考えるということでやっていきましょうという説があります。つまり人間が要介護が1.5から1.7年だとすると、社会的平均寿命マイナス5歳ということで考えるならば、その5歳というのは、日本の社会は、十分に面倒見れるだけの、経済的な力は持ったんだと思います。そこの発想を十分にしっかり持っていれば、大丈夫だろうなと。そこのところが従来どおり固定していますと、おれ60で退職させられて、今、71だけど、まだ元気で働けるのに、おれの能力を活用する社会のシステムになっていないと言ってみんなが怒る。それから老人クラブにお入りくださいと市役所から連絡がくると怒る。つまらないと思う。ということになるのではないか。エネルギー持っている者を使えるようにするシステムという意味では、定年制というのは今後、廃止の方向に行くんじゃないかなと。これは昔、そこまでは働けるよということを保証するものであったんだけれども、最近はそこになったらやめろというものになるんで、アメリカなんかでは年齢による雇用差別禁止令というのが7、8年前に導入されたわけですけれども、そういった社会にだんだんなってくるんではないかなと思います。

 そうすると、ただでも今リストラで仕事がないのにどうするんだということになりますけれども、話を飛ばしますと、ワークシェアリングと言って、ある仕事をみんなで分け合う。それでお年寄りの方は、その能力に合った、能力に応じた賃金でそれなりの仕事をする。例えば年金が、基礎年金も含めて、23万だとすると、1カ月、週10時間ぐらい働くことによって5、6万入るという仕事があってもいいじゃないか。月5、6万入るような仕事があってもいいじゃないか。そうすると、23万プラス5、6万で30万ぐらいになればというような発想にもだんだんなってくるんではないかなと思います。全体的に言って、今の日本の社会というのは賃金が高すぎる社会だと思います。昨日、ある金融関係の人から聞いたら、アメリカの銀行の窓口にいる女の人、テラーと言うわけですが、今一番安いところは1万2,000ドルの年収でやっている。これは140万ですから。今、どこの田舎の信用組合でも、窓口の女の子が年収140万で働いているところは日本はゼロだと思います。その3倍だと思います。金融界がアメリカに比べて力がなくなるというのは、この高い給料というのも非常に大きな部分だと言っておりましたけれども、日本社会全体が今そうなっているんであって、カルフォルニアの公立高校の先生の給料がたしか3万ドルまでいっていないと思うんです。つまり、400万までいっていない。ということは、わがほうは700万から800万ですから、どう考えても私たちの国はちょっと賃金が高すぎる社会になっている中で、春闘がまだ行われている。春闘というのは上げるという話であって、なおかつ、企業の状況を見ないで、その業種全体で賃金を考えていくという社会なんで、まだ春闘が行われているということ自体、日本の危機意識のなさになっているんではないだろうかなというふうに思います。

新しい産業をつくり 雇用を生み出すことが大事だ

 そこで、今、一つ、二つだけ最後に申し上げたいのは、最大のテーマは日本の産業をどうするかということでありまして、ご承知のように、人々がものを買ったり、つくったりするようにするために、需要創出と言いますか、需要刺激政策を過去7、8年とってきて、それでいろいろやってきたけれど、限界にきたんで、今度もうちょっといいサービス、いい製品をつくって、みんなが買うようにしないといかんし、世界の中にも伍していけないという、サプライサイドという言葉が出ています。これの言い出しっぺは、加藤紘一だということに新聞でなっていて、それを小渕さんが総裁選挙にからんで盗んじゃったというふうに書かれていますが、実はこれは私のつくった言葉ではなくて、ありがたいんですけども、私が従来言ってきたようなことを加藤派の経済に強い中堅若手がうまくまとめて、サプライサイドという概念整理をして、単なるディマンド刺激じゃだめなんだという整理をして、いろんなところに、マスコミに話して、これは加藤さんのベーシックな考え方ですというふうにやっているうちに、ああなっちゃったんで、やっぱりうちには人材がいてありがたいなと思います。ボスの足りない分をこうやって補ってくれるし、それでいい政策競争になっていまして、小渕さんのほうも盗む、盗むというのもおかしいけども、先取りするということであるならば、私はこれは国全体のためにいいことで、ですから、そういった論争を今四つか五つぐらい、頭の中に入れてあります。それ全部取られちゃうんじゃないかというようなことをよく言いますが、取られることによって総理の政策になってしまうなら、国のためにいいことでありますんで、これから年金だとか、科学技術だとか、教育問題だとか、地域コミュニティ論だとかいろんなところについて、どんどんと発言していきたいと思ってます。

 今日、一つだけ申し上げたいのは、新しい産業をつくっていかなきゃならんというのが最後の経済の問題になると思います。サプライサイドと言っても、単に従来の産業のリストラ策だけですと、暗くなりますし、じゃ、そこからはき出された雇用はどうするのかということになる。これに対しての答えは職業紹介だとかいろいろあって、しかしぎりぎりになりますと、ほんとうの大きな数量的な話になりますと、ワークシェアリングということにしていかなきゃいけないのだろうと思います。しかしそれだけでは夢がないんで、やはり新しい雇用をつくるということだと思うんです。じゃアメリカが、今の日本と同じような問題を10年前に抱えて、それから10年間、何をやったかということなんですが、雇用をつくったのが2つあると思います。

 一つは金融技術力で、いろんな仕事をつくっていったということでありまして、その技術力で実は日本も、マハティールのマレーシアも、タイも、韓国もいろいろやられていったということで、その分だけ雇用はあの国は増やしたと思います。これは皆さんご存じのことですから、論じません。

もう一つはITですね。インフォメーション・テクノロジー。情報化産業の種類でありまして、ご承知のようにマイクロソフトがどうの、どこがどうの、アメリカンオンラインがどうのという例の話で、この間アメリカに行って、ルービンの後に長官になる予定のサマーズ氏に会いました。彼は、財務長官に任命される前、国会の承認が必要なときだったものですから、変な発言をするとそれが飛んじゃうものですから、外国の人間には一切会わなかったんですけども、オフレコということで、私とはここ1、2年えらく論争相手だったもんですから、4、50分会いました。どうだねと言うと、アメリカの最近の株高の中心がインフォメーション・テクノロジー系の数少ない企業によって引っ張られているということについては、どうも懸念を持っているような感じだなという気がしました。それほどアメリカの経済を引っ張っている数少ないインフォメーション・テクノロジーの企業なんですが、これはどこから出たかと言うと、日本人だれでも知っているんです。シリコン・バレー。じゃ、シリコン・バレーになぜ企業ががーっと集まってつくられていったか。スタンフォード大学なんです。スタンフォード大学がインフォメーション・テクノロジーの基礎研究というものを出すということにした。すると、そこに蜜に蟻が群がるようにだーっと研究所が集まり、企業がつくられていった。最近はボストンです。MITと、それからハーバードのバイオ・テクノロジーの基礎研究の成果をだーっと民間に出す。

それで、例えばMITにいる利根川進ノーベル賞受賞教授、私の日比谷高校の同期生なんですけれども、彼の家に訪れてみたら、かなりいい住宅に住んでいる。彼はMITの給料よりも、週一遍、MIT近所のバイオ関係の民間企業の重役として顔を出すことによる給料のほうがどうも多い感じなんです。多いと言うか、ずっと多いらしいんです。そこでだーっと技術を教える、考え方を教える、指導する。さて、これだなと思った瞬間、私はちょっと暗くなりまして、日本はだめだと、全部国立大学、国立研究所だからです。さて、これをどうしたらいいかと思って、帰ってから総理にも言いましたし、それから通産関係の人や、それから産業競争力の政策を立てている池田政調会長、堀内光雄氏、金子一義氏なんかにも言って、壁をぶち破ろうとしています。例えば国が民間に委託してある研究をする。その成果は、実は、半分かそのもの全体は国にパテントがくるようになっているんですが、このパテントで国が手に入れているお金は毎年三億弱なんです。だったらこんなものは民間に委託先にあげちゃいなさいというふうに、今、法律を直しつつあります。バイドール法という形でアメリカでは7、8年前にやったんだそうですが、そういうことを今やろうとしています。

それから、国家公務員たる大学の教授ないし国立研究所の人間が民間にいろいろ協力したり、委託研究を受けたり、指導したりすることをどうするかということですが、今はこれはできません。中谷一橋大学教授がソニーの社外重役になるというだけで大騒ぎになって、結局、一橋を彼はやめたわけですけれども、ましてどっかのバイオの研究、DNA工学か何かで、それによってどこどこの民間会社が20億売り上げを伸ばしたそうだみたいな話になったら、ほんとうに大騒ぎになります。だから、大学というものを、それができるようにしていかなきゃいけない。となると、一体、大学というのは国立大学でなきゃいかんのだろうか。アメリカでも有力な大学、つまり、ハーバード、プリンストン、イエール、コロンビア、ほとんど民間じゃないかと。ケンブリッジ、オックスフォードは民間じゃないかと。だから、何も国立でなきゃならんということはない。そこの根っこにあるのは、アメリカやヨーロッパですと、大学にみんなで寄附するという風習があるから成り立つんだという議論が一つありますし、それから、そういうところでも国の研究費をただで差し上げている。そこで研究されている。ということなんで、その辺を考えなきゃいかんのですが、私は、大学というものをもうちょっと自由に動けるエージェンシー、独立法人化するということがとりあえずの決め手になるんではないかなというふうに思います。そういうところで新しい産業をつくる、それを民間に提供する。この部分をやっておかなければ、何の議論をやっても新たなネタが生まれてこないわけですから。考えてみると、ネックというのは強烈にいろんなところにあるなと。そしてそこを直せば、どんどん我々の国もこれから可能性が出てくるなというふうに思います。そういうことをやっているうちに最後に出てくるのは、ピュアレビューというやつなんですが、国がいろいろと研究にお金を出していきます。応援していきますけれども、これがむだに使われて成果が出てこないという場合があって、アメリカの場合には1回、大学教授になったらずっといつまでもやれるというのは、テニュアをとった教授というんだそうですが、終身雇っていただける教授というのはそれぞれの大学で数少なく、よっぽど成果を上げて40代ぐらいになってから、正教授になる。それまでは、ほんとうに必死の思いでみんな研究をしているということなんですが、我々のところは、最初から、例えばある地方の大学の教授になりますと、一生何もしないでも教授になっていくと。それから、最近、我が母校のほうを聞いてみましたら、相変わらず何十年来のノートで授業もいるという話も聞きます。だから、ピュアレビューというのは、仲間内による評価という言葉のようなんですが、みんなで、あの先生はもういいんじゃないのというようなことを5年単位でチェックしていくシステムをつくらないと、日本の学会は活力は失われていくではないかなというような気がします。

基礎科学技術、実用英語、パソコン この三つに大いに投資しよう

 その点で、もう一つ、私はちょっとこの間、アメリカに行ってきまして、毎年1回ぐらい行くんですが、あっと思ったのは英語です。英語がインターネットのおかげで完璧に国際語になっちゃって、これは恐ろしいなと思いました。インターネットにやられたなと。フランスが5、6年前から、小学生に1週3時間英語を教え始めました。フランス語は神の言葉である、我々は英語はしゃべらないというのが、フランスの誇りだったんですが、この間、リー・クアンユーさんが日本に来て、加藤さん、日本の皆さん、フランス人とドイツ人のビジネスマンたちが英語で商売の話するようになりましたと。日本の英語力は、もう絶対に立ちおくれになりました。これは考えておかなければいけませんと言っていました。英語を難しく考え過ぎていると思います。大学入試でも、サマセット・モームとか、何とか、E・H・エリオットとか、何だか難しいジョン・ステュワード・ミルの文章か何かが出て、この筆者の心象風景について、A、B、Cなんて選ばせたりしているようなんですけれども、そんな難しいことをやりながら、その英文学の教授がロンドンとかハーバードに行って、ハンバーグショップで注文できないという話というのはいいのかなと。英語は英文学の世界ではなく、一種のツールで、インターネットを習い、そこで情報を検索し、なおかつ、ちょっと外国で人間のヒューマンコミュニケーションはできるというふうにならなければいけません。

 ただ、ほんとうに交渉しなきゃならん、通訳しなきゃならんというときには、ほんとうの専門家を呼べばいいけれども、まず、4割か5割までは自分でできるというふうにしていかないといかんなと。そのための英語教育というのは必死でもっと考え直してもらわなきゃいかんなということを、この間、総裁選挙問題だったらテレビに出ないけど、その問題なら出ると言って、日曜日、あるテレビに出たんですけども、あちらこちらから反響がありまして、いろいろ、またこれからも、そこを発言していこうと思います。英語については、前もこの雲霓の会で申しましたけれども、私も商売柄苦労していまして、今でも苦労していて、明日、ほんとうに外人と夜、飯を食わなくちゃならないと思うと暗い気持ちになるというのは、何とかしなきゃならんなと思っています。私は24、5からアメリカに行って習った英語なんで、これは24、5からじゃだめですね。小学生から、音を入れていかないとというふうに思います。ですから、この中には特別な方も2、3名おられるかもしれんけれども、ほとんどの人間は苦労しているわけで、それは、頭のよしあしの問題ではなくて、どの時点から始めるかという、そして、どんな教育するかという、教育の問題なんであって、簡単に言えば、アメリカに行けばだれだって英語をしゃべっているわけなんですから。そして、それと一番遠い言語たる日本語を我々、日々しゃべっているんだから、ちょっとほんとうにいろんな教育の仕方を考えていかなきゃいかんと。

 これを具体的に言うと,全国の高校、大学が統一の試験をすべきだと思います。それは、英検か、TOEFLか、TOEICだと思うんですが、TOEICというやつで、共通の試験をするというふうにして、そして、大学はそれぞれ何点取れば入れるということをそれぞれの大学で決めればいい。各企業が、うちの場合には海外業務が3割ほどありますので、うちのエリート総合職の場合には最低何点は毎年、採用のときに基準にしますということを各企業がそれとなくおっしゃるだけで日本の英語教育は進みます。それは、お母さんたちが5歳ぐらいから、必死になって教え始めると思うんです。有名企業が、うちは何点ということを言った途端にお受験が始まりますし、教育が始まります。それによって、私は計算してみると数千億から1兆円ぐらいの産業創出になり、例えば、商社を60歳ぐらいで定年された方がちょっとした塾をやって、そして、外人のよしあしを見極めて、若いアメリカの青年なんかを入れながら、教育する場をスモールオフィス、ホームオフィスみたいにしてつくるみたいなことを始められるんじゃないかと。始まるじゃないかと。いずれにしろ、将来のこの国の競争力のために教育投資というのは、やって損はない分野だなと考えます。その一つが基礎科学技術研究であり、一つがこの実用英語であり、そして、もう一つがパソコンかなというふうに思います。

 この分野については、あえて言わないで済むと思うんですが、私も去年の幹事長をやめてからパソコンを習い始めました。最終電車に飛び乗ったという感じで、もうこの年でやっていないとだめだなと思ってやりましたけれども、これから、インターネット加入者が去年で45%伸びて、そうするとこれをやっていない老後というのは、かなり問題があって、パソコン、デジタルと縁のない介護療養所というものが特別につくられるような時代が来るんじゃないかなと。だから、この間ある言論界の長老の方たちと飲んでいたら、自分はそれに手を染めないことが誇りである、400字詰め原稿用紙に万年筆で書く、この楽しみはとか言って、パソコンなんかに手をつけるぐらいだったら、その時間、自分は中国の漢籍を読むということをおっしゃっていました。宮沢喜一さんもそうなんですね。あの人も絶対に手を染めないというところがあるんですが、「しかし、加藤さんね、ホワイトハウスの大統領執務室、オーバルルームにクリントンがEメール、パソコンを入れてから、アメリカの政治は変わったんだよね」とおっしゃるけど、自分は絶対にやらないという、あの人らしいおもしろいところなんですけど。いずれにしても、基礎科学研究と、それから共通語、それからPCというものを、これからどう日本が扱っていくかということは非常に大きな問題だと思います。ただその際も、グローバルスタンダードが日本の文化と文明を全部変えるものではない。

 だから、香港が最近、英語教育をやめまして、学校教育の公用語としての英語をやめて中国語にしたんですが、これは、香港の返還に伴った措置ではなくて、過去15年ずっと研究したら、母国語で教育するのが教育の深度は1番深くなるし、学力も上がるということで中国語に戻したと。英語はと言ったら、これは必要だから、ツールとして外国語として、教育をしていくというふうになったようですが、だから、そこで思想的な深さを英語で中学、高校、大学からやるということよりも、そこの割り切りというのが今必要なときになってきたんではないかなと思います。グローバリゼーションと我が国の文明、伝統というのは大きなテーマですが、そのように整理して考えるべきではないかなというふうに思います。

 大分、余計なことを申しました。これから、1、2カ月、非常に判断が重要な私にとっての政治生活になりますけれども、皆さんのご期待に沿えるようにどっしりとしながら、なおかつ、すべてを総合的に判断しながら、ただ易きにつくようなことをやっていると人はついてこないだろうなというふうに思いながら、やっていきたいと思っております。政治の世界をずっといろんな総裁選挙を見てまいりましたけれども、結局、易きについたところというのは人を引っ張っていく力がないんだなあという例を幾つか見てきておりますので、これから、我々のチームの人たちの意見を聞きながら、しっかりとバランスのとれた判断ができるように頑張っていきたいなとこう思っております。どうもありがとうございました。(拍手)

一人一人の政治家が自分の意見を明確にすることが必要と話す加藤紘一・前自民党幹事長
国民は政治に敏感だと話す加藤前自民党幹事長


 

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