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恒例・枝豆(だだちや豆)パーティ開催される

1999年8月26日・全日空ホテル


しっかりとした改革をやれば
この国の前途は明るい

自由民主党前幹事長 加 藤 紘 一

いつもながら「だだちゃ豆」の由来
どうも皆さん、今日はよくいらっしゃいました。この枝豆パーティーも15回目ぐらいになるんじゃないかなと思っておりますが、毎年こうやって私の郷里の枝豆を楽しんでいただけることを地元代議士として感謝申し上げます。

政治家というのは何はなくても選挙区でございまして、代議士なんかの政治行動、永田町における政治行動でよくわからんなという部分がありますと、選挙区事情を見ると大抵解答が出てきます。犯罪の陰に何とかありというようなことをよく言われますが、政治家の行動の背景には選挙区ありというふうに見ていいのではないかなと思います。

 それほど代議士というのは地元のことを考えるものですが、この枝豆は、15年前においしいはずですということを申し上げて、宣伝と、日ごろ、お世話になっている感謝の意を込めてやり出したものですが、毎回同じことを申しますが、通称だだちゃ豆といいます。

「だだちゃ」というのは、我々の田舎の方言でおやじという意味でありまして、私の田舎、鶴岡庄内藩、酒井藩というのですが、非常に枝豆が好きな藩主がいまして、また地元も枝豆ばかりつくっているようなところなものですから、あるときに藩主が「いや、きょうのはうまかった」と、「これは特別にうまかった」と、「どこのおやじがつくったんだ」と、「どこのだだちゃの畑でつくられてきたものか」と尋ねたことからだだちゃ豆というのが定着したというふうに地元の人は信じております。ある種の根粒菌の関係なんでしょうか、私の山形県鶴岡市に合併されました大泉村というところの白山という集落にしか本物はとれません。同じものを隣の集落に持っていきますと、1年目は同じものができるんですが、2年目はもとに戻って味は普通の枝豆になるというので、通称だだちゃ豆の中でも白山だだちゃというのを食べられる人は山形県庄内地方でも数少ないので、これは普通の枝豆の値段の3倍は地元でもするというものなので、ちょっとせこいことを宣伝しましたけれども、そういうものであります。ワイン通の方が言うならば、どこどこの何とか有名なシャトーのブティークワインものみたいなものじゃないかなと思います。今年のできはいかがかと思います。多分おいしいんじゃないかと思っております。

まず、志ありきでいきたい
さて、皆様にいろいろご支援いただきながら、ご心配をかけつつ総裁選挙に出るということを決めました。いろいろなことはあるんですけれども、やはり21世紀を目指して、みんなが先が見えないというときに政治家がその議論をしていないのはおかしいという、一言で済むだろうと思います。政治家というのは、実は自分はこういうことをしたいと思って政治家になるというのが本来だろうと思うんですけれども、戦後、吉田さんの政治以降、路線が決まっているときにはまず政治家になりたいと。その次に当選したら、おれ、こんなことをやってみたいというふうになっているわけですが、これは実は順番が逆なんだろうと思います。 したがって、私たちもそんな立派なことを言えない二世代議士ですけれども、自分が国のトップに立つという気持ちを持ったならば、自分はどういう国づくりをしてみたいか、どういうふうに考えるかということがまず先にあって、それから総理の座というものがあるべきではないか。少なくともそういうふうに考えないといかん時代に来ちゃったみたいだなという気がします。

時々、「あんた、黙っていれば順調に総理に最も近い男なんて週刊誌に書いてあるぞ」ということを言われますが、総理になるというようなことも重要なことだと思います。一生懸命頑張ります。しかし、それよりも、なったら何をするのかということのしっかりとしたことがなければ、なっても迫力はないし、また人々がついてこないような時代になっちゃったんじゃないかなという気が私はします。党の三役を4年もやった人間としては少し青臭すぎるかもしれませんけれども、そういう時代の認識を持たなきゃいかんほど、みんなが先々を迷っているのでないかなという気がします。

21世紀に夢を追う
そんなことも思いながら、1冊の本を書きました。本来、もっと早くできていなきゃいかんのですが、最後の安保、外交、憲法という問題、約2万字ぐらいのものなんですが、それを書くだけで3、4カ月、停滞というか、苦吟いたしまして、湾岸危機以降、日本人の心の中にある、ある種の対外的な伏し目がちの精神にどう答えを出したらいいものかというようなことを考えながら、必死に書いたつもりでございますので、今日、本が間に合っているのかどうかわかりませんが、ちょっと理屈っぽいところもあって読みにくい部分もあるかと思いますが、お時間のあるときにご一読いただければありがたいと思っております。  いずれにしても21世紀というのは、私はしっかりとした改革をやれば、この国は明るくなると思っています。前から申しましているように、日本にはいい種があると思います。それは膨大な資本蓄積であります。もう一つは、見事な技術開発及び基礎科学研究の能力だと思っています。それから、もう一つは、かなり高いレベルの教育水準の日本人という人的資源だと思います。この三つをまいてもう1度立派な花を咲かせたいけれども、日本社会というシステムが固まっている、つまり、植える土壌がかたくなってしまっている。それをもう1回、表土を取り出して砕いて、堆肥を入れたり、空気や水を入れたりして、やわらかなおいしそうな土に変えたら、この資本と技術、基礎科学研究力と、そして日本人という人材は見事なホウレンソウやキャベツや、また赤、青のチューリップになっていくのではないか、そんな21世紀を夢見て頑張っていきたいと思っています。

10年ぐらい前、宮澤喜一さんは総裁選挙に出るときに、「中原に鹿を逐う」という中国の故事を述べられましたが、私は21世紀に夢を追うみたいな気持ちで、これから非常に重い、重い旅でありますけれども、やりがいのある明るい旅を頑張ってやっていきたいと思っております。

 日ごろのご支援を感謝申し上げまして、今宵、ゆっくり枝豆をエンジョイしていただければと思います。どうもありがとうございました。(拍手)

各界の人々と交流する

加藤紘一前自民党幹事長

 

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