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宏池会政策委員会


フロンティアは人間にあり
−人が輝き世界に貢献する魅力ある日本−

まえがき

 宏池会政策委員会は、21世紀の到来を前にして、これからのわが国の政策がいかにあるべきかにつき、鋭意検討を重ねてきた。政策委員会には宏池会のほぼ全員が参加し、「総論」担当の1チームと「各論」担当の18のチームが、それぞれに、何度も会合を持って議論するというかたちで進められた。

この政策提言「フロンティアは人間にあり」は、そうした検討の結果を取りまとめたものである。

「政策は官僚任せにせず、政治主導で」と言われる。そして、政策スタッフの充実やシンクタンクの協力の必要が説かれる。しかし、政治家が政策を主導するには、まず何よりも政治家自らがよく考え、その考えを自ら文章化することが必要だろう。

この政策提言づくりでは、できるだけそうした手づくりの原則を貫くよう努力した。内容的にも表現上も、まだ十分とは言えないかもしれないが、それぞれのチームが各テーマについて言わんとするところは、およそ分かっていただけるものと思う。
切にご批判、ご叱正を仰ぎたい。

平成11年8月18日
宏池会々長 加 藤 紘 一

 

、新しい時代の政治の責任

いよいよ21世紀の黎明は近い。  振り返ってみると、20世紀の前半、世界は欧米列強による植民地支配と二度にわたる世界大戦の悲惨を経験した。だが、後半になると、東西冷戦というイデオロギー対立はあったものの、少なくとも地球の半分では、自由貿易の進展と技術の進歩によって、共存と成長の時代が実現した。最近では、第三の産業革命と言われる情報通信技術革命が爆発的に進行しはじめ、人々も企業もボーダーレス時代に突入して、大競争と大交流の時代を迎えている。

 日本は、最近でこそ、8年に及ぶ長期の不況の下で、ペシミズムの波に沈んでいたが、第二次世界大戦後半世紀にわたって回顧すれば、この間に日本は世界に類例のない経済発展を遂げ、世界の各国、とりわけアジア諸国の安定と発展に輝かしい貢献をしたと言うことができる。

だが、これから到来する21世紀を展望すると、過去に経験したことのない多くの困難な課題がわれわれを待ち受けていることを認めざるをえない。

世界的な規模の大戦の可能性は低下したが、冷戦の悪しき遺産は消え去ったわけではない。また、民族や宗教、さらには歴史的要因による対立・抗争は跡を絶たず、核拡散の危機はむしろ拡大しているかに見える。集団安全保障に依拠した世界の新秩序は、いまだ確立してはいない。

経済のグローバル化が各国の経済活動を活発にしていることはたしかだが、最近の通貨危機は、グローバル化を維持するには、さまざまな条件整備が必要であることを明らかにした。情報技術をはじめとする先端技術の進歩は、人類の知的活動の領域を拡げ、人々に大きな便益をもたらしている。一方、環境ホルモンなどの有害物質や人間疎外の現象が社会に不安を投げかけ、人間と技術の関係の見直しを求めている。人類の活発な経済活動は、自然の循環機能を越えて地球上の資源を収集して、地球環境を破壊し、放置すれば、人類の存在そのものを危うくするところまできてしまった。

このような課題は、どれ一つをとっても、1国のみで対処できるものではなく、その解決は、地球上の各国各地域の協力を持つ以外にない。まさに21世紀は、地球の時代であり、共生の世紀なのだ。  国内に目を転じると最近ようやく、景気に回復の兆しが見えてきた。とはいえ、それは、経済の構造改革の成果とは言いがたい。バブル崩壊以来、9回にわたって合計107兆円に及ぶ景気刺激策を講じ、3年半も市場最低の金利水準を維持しているにもかかわらず、効果的に経済が上向いてこなかったのは、政治が的確な政策手段を欠いていたからである。

 バブル経済に浮かれ、その事後処理に呻吟しているあいだに、わが国は、1980年代以来米欧諸国がグローバル化をめざして進めた改革の波に乗り遅れた。われわれは、この「失われた十年」について、率直に反省し、今後の政治の運営に、この教訓を役立てていかなければならない。

政治の役割は、国民に対して、将来への展望と自信を与え、国の安全と秩序を保ち、経済と文化の発展の基礎を培い、国として世界と人類の安定に貢献することにある。また、政治は、人々がその意欲と能力を存分に発揮し、愛情をもって社会に参加し、新規分野の開拓に挑戦していくよう、社会基礎の整備に絶えず心掛けていかなければならない。

われわれは、いまや不可避となった構造改革路線に真正面から取り組み、肥大化と脆弱化に悩んでいる「大きな政府」に別れを告げなければならない。そして、「市場主義で鍛えられた強靱な経済」と「自立した個人」によって支えられ、どんな変化にも柔軟に対応できるスリムで効率的な「小さい政府」をつくらなければならない。

 しかし、われわれの目的は、「小さい政府」自体ではない。弱肉強食の社会でもない。われわれは、「小さい政府」を実現することを通じて、国民の多くが、この日本を、世界に向かって誇りと思えるような、伸び伸びと発展しつづける美しい国とすることをめざす。

そのため、公と私の機能を再整理し、公の機能であっても民で処理可能なものは、それに委ねていく。ボランティア的な諸団体の機能を社会に根づかせるとともに、地方行政を活性化させ、行政の情報公開を徹底する。また、政府委員制度の廃止などの国会改革を活かし、政治主導による開かれた活発な政策形成メカニズムを定着させていく。

 

2、ソフトパワーを強化しよう

最近の世界の動きを見ると、アメリカでも欧州でもアジアでも、ソフトパワーの競争がはじまっている。その背景は、第1に、政治、経済を通じてグローバリゼーションが進展するなか、その秩序が主として信頼と合意といったソフトな人間のメンタリティーに依存するようになったこと、第2に、世界の人々が政治や軍事のみならず、経済や文化を重視するようになったこと、そして、第3に、情報通信技術の進歩が人間の知的活動領域を拡大していることなどに集約できるだろう。
国際関係においてソフトパワーが評価されるようになったことは、国際紛争の解決に武力を用いないことを国是としている日本にとって、大いに歓迎すべき傾向である。アメリカのナイ・ハーバード大学教授は、かつて軍事力やこれを支える技術力・経済力をハードパワーとして、他方、情報能力や政治・外交能力などをソフトパワーとして捉え、これからの世界で後者が重要になることを強く指摘した。われわれとしては、さらに広く、経済の発展力、技術開発力、文化の創造力などまでをソフトパワーとして捉え、その強化につとめていく。現実の国際関係においては、それは、時代の変化を予想する分析力、困難な課題の解決を提案する構想力、各国の理解と支持を求める説得力、問題の解決策を率先実行する決断力などの力を強めることを意味するだろう。われわれは、軍事力よりも、こうしたソフトパワーを最大限に発揮することによって、国際社会におけるわが国の地位向上をはかっていきたいと思う。

日本の安全保障が、日米安全保障条約と自衛力の最適組み合わせによることは言うまでもないが、同時にわれわれは、国連安全保障理事会の常任理事国のポストを得て、世界平和の創造に寄与していくべきだと考える。また、われわれは、世界貿易機関(WTO)などの国際機関の機能の充実強化にも貢献したいと考えているが、これらの国際機関内部における交渉で最も重要なのがソフトパワーであることは言うまでもない。さらに、日本は、先進国であるとともに、アジアの1国でもある。ときには対立しかねないこの二つの立場を、調和と協力に導くことができるのは、日本の役割である。

3、新しい成長を探求しよう

日本が国民福祉を高めるためにも、あるいは国際貢献を行うためにも経済の成長力は依然として重要な地位を占めている。ところが、今日の日本においては、国民の多くが将来の雇用や生活に強い不安感を抱いており、加えて今後、少子化・高齢化が進み、日本経済が成長力を失いつつあるのではないかという心配が蔓延している。これが、不況からの脱却にブレーキをかけていることは疑いない。  グローバル化と情報化という大きな変化の潮流のなかにあって、世界は、経済システムと技術パラダイムの転換点に立っている。国民の将来への不安を取り除くには、日本が新しい技術システムと技術パラダイムに対応できるとの展望をもって、成長への基盤整備を着実に展開するところからはじめなければならない。

アメリカ経済が、1980年代以降、規制緩和を中心とする経済システムの改革と情報通信技術の変革によって見事に蘇ったことは、われわれに大きな勇気と有益な示唆を与えてくれる。例えば、アメリカにおいては、情報化の促進により、1990年から97年までに588万人の新規雇用が創出された。また、同国では総生産に対して約6パーセントを占めると言われる情報通信分野が、昨年には年率で約65パーセントも伸びた。これでアメリカの成長全体がほぼ説明することができる。このことを思うと、日本としても、今後10年間に、アメリカに劣らぬ成長を遂げることができるだろう。

それには、情報関連技術の研究開発、グローバルの視点に立った標準化の推進、電子商取引の普及、超高速ネットワーク・インフラの整備、電子政府の実現、ITSの導入及び徹底した規制緩和等を進めていく必要がある。日本の電子商取引の規模は、調査機関によると、1998年に8.7兆円であるが、2003年には、これが、約8倍になると予想されている。また、デジタル地上放送の経済効果も、200兆円に達すると言われている。これらは、新しい成長への有力な支えとなるものだろう。

技術革新こそ、成長の源泉である。それに人材や資金を重点的に投入していけば、技術フロンティアをさらに広げていくことは可能である。歴史的に見ると、わが国は、海外の技術や文化を取り入れ、これを自らの持つ社会や伝統と融合させ、優れた技術と文化を創造してきた。そして、近代国家をめざした明治時代には、日本は、世界に誇るべき発明や発見を輩出している。日本は、この豊かな創造力を取り戻さなければならない。

情報通信分野・生命科学分野・地球環境・未来エネルギー分野等においては、日本のオリジナリティーを生かした形で技術革新の可能性が広がっている。これは、われわれを大いに勇気づけるものだ。  少子・高齢化が、成長力を減殺するおそれがあることは確かだが、われわれは、いたずらに悲観主義に陥ることなく、将来の成長に向けて、着実に基盤を整備しなければならない。

まず、何よりも市場機能を最大限に活用すべきである。われわれとしては、規制及び税制を改革し、企業環境をグローバルスタンダードに耐えうるものにしていく。それこそ、企業の活力と創造力を最大限に発揮する道であり、外国企業に対して、日本市場を魅力あるものにする方途なのだ。

累次の景気対策によって、日本の財政事情は他の先進国に比べてかなり脆弱となっている。長期的には、これに対する再建策を検討しなければならないが、今日の日本に必要なことは、構造改革と技術創造力によって、日本経済を成長の軌道に乗せることである。

 そしてまた、人間の能力こそ、われわれの最大の資産である。国のソフトパワーを高めるためにも、新しい成長を実現するためにも、活発な企業活動を促進するためにも、魅力ある文化を創造するためにも、自立した個人が、それぞれの資質を磨き、知力と創造力を高めることが重要である。

 このため教育においては、自律性、創造性、国際性、参加性を育むとともに、思いやりと感受性を涵養することが必要である。そして、生涯を通して能力を陶冶する社会風土を創り上げなければならない。

情報通信技術の進歩と大量高速輸送手段の出現は、文化の交流を通じて、多彩な文化を花開かせつつある。同時に、産業と文化、技術と文化の融合を果たし、経済にも文化にも、新しい発展の可能性を広げている。

新しい成長を導く諸要因は、このように極めて多彩である。われわれがそうして潜在力を具体化していく社会環境の整備と人間の能力の充実に成功すれば、日本経済が新しい段階に飛躍し、質の高い成長を実現していくことが可能になるだろう。

4、社会の土台を固めよう

「小さい政府」を志向し、ソフトパワーを強め、新しい成長の道を探るというからには、21世紀にかけて欠かすことのできない社会の土台を、ハード、ソフトを問わず、しっかりと構築しなければならない。これからの10年に、われわれがどこまでその作業を進めることができるか。新世紀日本の運命は、まさにその成否にかかっていると言える。

(1)21世紀の平和と安全を確保しよう
 わが国の最大の土台が、中・長期的な平和と安全であることは言うまでもない。日本の外交・防衛の基軸が日米安全保障条約であることは、いまやほとんどの政党が合意しているが、この関係をより確固としたものとするには、冷戦後においても、なぜ日米安全保障条約が重要なのかという視点を、改めて確認しなければならない。

平成8年の日米首脳会談における共同声明では、日米安全保障を維持する理由として、アジア太平洋地域には、いまだに朝鮮半島における緊張、未解決の領土問題、潜在的な地域紛争、大量破壊兵器の集中と拡散等の問題があり、依然として不安定性、不確実性が存在すると述べられていた。これが極東に10万人の米軍兵力を駐留させ、うち4.7万人が日本の基地に配属される理由となっており、今回成立したガイドライン関連法の根拠ともなった。その後に起こった北朝鮮のテポドン打ち上げ等の実例を見れば、その判断がいかに正しかったかが裏書きされよう。

われわれは、監視衛星の打ち上げやTMDの開発等で有事に備える必要があるが、一国の防衛は、軍事面だけでは達成されず、結局は、前述のソフトパワーを含めたその国の総合的な力量によって、その成否が決するということを忘れてはならない。われわれの先達たる大平正芳元総理が「総合安全保障政策」を主張したのも、最近、一部で「人間の安全保障」が唱えられるようになったのも、ほぼ同様の文脈からだろう。

日米関係と並んで、わが国とアジア近隣諸国との関係も、極めて緊密でなければならない。にもかかわらず、いずれもこの地域の大国である日中の両国が、いまだに本音で語り合うことができないのは、両国のみならず、周辺諸国にとっての大きな不幸と言えよう。わが国は、アメリカとの同盟を基軸としつつ、中国とのいっそうの相互理解につとめ、日中友好の関係を一段と高めなければならない。

 同時に、わが国は、アジア諸国の経済再生と発展に協力すべきである。わが国のアジア経済支援はすでに800億ドル、世界全体の2国間ベースのアジア支援の約4分の3にあたり、経済危機に苦しむ各国の首脳から感謝されている。だが、日本国内では、わが国の支援が「各国から感謝されていない」とか「日本の役に立っていない」とかいう批判が少なくない。「国民の理解の下に」というのが、民主主義外交の原則であるとすれば、われわれは、わが国民自身の目にもよく見えるような援助を工夫していくべきである。

また、これまでのさまざまな支援に加え、東アジア自由貿易地域の創設をも念頭に置きつつ、アジア地域の経済安定に役立つ新たな通貨システムの創出をにらんだ円の国際化など、新しい考え方も取り入れていかなければならない。

朝鮮半島が統一し、中台関係が解決して、アジア太平洋諸国が平和と繁栄の道を歩み、この地域に欧州安全保障協力機構のような信頼醸成のための組織が生まれることは、ここに住む多くの人々の理想であるに違いない。だが、アジアの諸国は、民族や宗教、歴史や言語、あるいは人口や発展段階も異なっており、おそらくまだ当分は、相互理解と協調・協力の関係を積み重ねていくことが必要だろう。しかし、諸国間の違いを超えて、ASEAN諸国のように、見事な地域協力に成功した例があることを考えれば、アジア太平洋安全保障協力機構の実現も決して夢ではない。

わが国は、アジア太平洋安全保障協力機構について、中国や韓国に対しても、その創設への参加を呼びかけ、ともに実現に努力するよう働きかけていかなければならない。その際、必要となれば、憲法第九条の改正も視野に入れるべきだと考える。

 それはまだ遠い将来のことでしかないという意見もあるだろう。だが、ヨーロッパでは、1952年の欧州石炭鉄鋼共同体の発足からEU統一通貨の発行に至るまでほぼ半世紀を要した。アジアにおいても、望ましい結果を得るには、相当の期間が必要だろう。いま話し合いをはじめても決して早すぎはしないということを念頭に置き、関係諸国は、共通の目標を打ち立て、それに向かって、一歩一歩着実な歩みを重ねていかなければならない。われわれは、そうしたプロセス自体が、アジア太平洋地域の平和と安全を保障し、その土台を固めていく現実的な手だてとなるものと信じている。

(2)情報ネットワーク・インフラを整備しよう

 情報化社会の展開に対応するためには、高度情報通信の展開に必要な土台を整備しておかなければならない。コンピュータ・ネットワークによる情報通信技術の発展は、社会のあらゆる分野の変革を促進しつつあり、アメリカではすでに、「情報スーパーハイウェイ」構想により、21世紀の社会基盤として、高速マルチメディア対応の大規模な情報ネットワーク構築が進んでいる。日本は、光ファイバー網の整備では、アメリカと同等、あるいは、それ以上に進められているものの、インターネットや電子商取引など、情報通信利用の面では、アメリカに大きく水をあけられている。

そのため、抜本的な規制緩和、なかでも市場の競争促進がもたらす通信料金の低廉化が、情報革命の前提条件となる。例えば、インターネット通信料金の定額化、接続料金の低廉化、専用回線料金の引き下げ等を速やかに実現しなければならない。

 また、現在、一部進められている「電子政府」構想がある。各種の申請・申告手続き、情報公開、公共調達、地域情報等を電子情報化し、行政のスピード化、透明化、各種の不正防止等に役立つなどの点で、民間にとっても最もメリットの大きい行政環境の整備となるものである。また、これと関連して、医療・福祉分野の情報ネットワーク化を促進しカルテやレセプトの電子化を進め、在宅介護支援のための情報整備も行うべきである。

 しかし、新しい情報技術が本格的に機能するためには、日常生活、企業活動、教育や行政分野等において、多くの人々が情報ネットワークを使いこなせるようになることが必要である。われわれは、情報システムと情報ネットワーク・インフラの整備とともに、ソフト面の体制整備を進めていかなければならない。  わが国が、経済的な側面のみならず、質の高い、知的・芸術的・文化的情報を世界に発信しつづけるか否かが、わが国の運命を決することになるだろう。

(3)教育の土台を強化しよう
 教育の目的は、画一的な人間をつくってしまうことではなく、日本人として共通の基礎を持ち、自分で判断し、逆境を乗り越えるたくましい個人として社会に奉仕できる、人間として価値ある、個性的な人材を育てることにある。「小さい政府」の実現を期する当たり、われわれは、新しい時代にとって期待される人間像、望ましい学校制度、さらには家庭や地域の果たすべき教育的役割などを改めて明かにし、教育の革命に取り組まなければならない。

学校教育においては、通念の枠にとらわれない思い切ったビックバンが必要である。

第1に、初中等教育では、生徒や親の側の選択権の増大をはからなけらばならない。公立学校の通学区域を撤廃するとともに、転校の自由を保障して、学校間の競争を刺激することが大切である。

 第2に、落ちこぼれ生徒を出さないためのセーフティーネットをつくらなければならない。アメリカで1991年から、児童の基礎学力の低下や教育サービスの地域格差等に不満を抱いた親たちが、公費で自主運営する公立学校をはじめたが、このチャータースクールなどの例が参考になるだろう。また、義務教育の15歳卒業にこだわらないことも必要と思われる。

第3に、国際競争力ある大学にするため、大学システムの全面的な見直しが必要である。試験の制度を改善して、入りやすいが卒業はむずかしい大学にすること、国公立大学と私立大学に対して平等に支援を行うこと、国公立大学でも、教授の民間企業との兼任を認め、優秀な外国人の教授招聘を自由化すること、さらには国公立大学を民営化、もしくは特殊行政法人化することなど、なすべきこと、検討すべきことは枚挙にいとまがない。

 教育は長い時間と労力を要する巨大な事業である。その改革には、学校、地域、家庭がそれぞれ自らの役割を明らかにし、国を挙げて役割達成につとめる真剣な努力が不可欠だろう。

(4)安定した社会保障制度を確保しよう

 社会保障は、国民1人1人の生涯にわたる「安心」の土台である。にもかかわらず、社会保障の重要な柱である公的年金制度が破綻するとか、いま年金保険料を収めても将来受け取れるかどうかわからないなどという無責任な言論が流布されている。それは、公的年金制度に対する信頼を失わせるだけでなく、「将来不安」をかき立てて、人々の消費意欲を鈍らせることで、景気低迷の理由の一つともなっている。人々がこのような誤った説に惑わされることのないよう、現在の社会保障の制度はあくまで国が責任を持っているゆるぎのない、少子高齢化に耐えうる安定した制度を構築していかなければならない。
 われわれの方針は、次のとおりである。
第1に、公的年金の土台である基礎年金の水準は、全国民共通の備えとして、今後も確実に保障する。将来の保険料負担を無理のないようにするために、支給額の半分は国庫負担とする。
第2に、厚生年金などのサラリーマン所得比例年金は、今後も、公的年金として維持する。ただし、将来もらうと予測していた分の伸びを少し抑制する。


 第3に、しかし、世代間のバランスを考えれば公的年金だけ頼るわけにはいかないので、私的年金による個々人の蓄えを奨励する。一人一人の備えを厚くするため、私的年金における税の優遇制度を取り入れる。

 このほか社会保障には、年金以外にも、医療・介護保険、福祉などの制度がある。医療については、「国民皆保険」の制度を維持するが、高度化・多様化する医療ニーズに応じた制度を研究していく。また、世代間負担の公平の観点から、介護保険の問題をもにらんで、高齢期の医療保険制度を別建てにすることとする。

 介護保険は、老後の最大の不安を乗り越えるために不可欠であり、来年4月から確実に実施する。この制度に参加するボランタリーな活動を盛んにすることにより、地域社会のきずなを強くしていく。地方自治体やボランタリーな活動家などと協力して、新しい地域社会での制度開発に取り組む。

(5)科学技術フロンティアの土台をつくろう
われわれはこれまでも、科学技術によって生み出される果実は次世代の国富であるとの認識の下、「科学技術創造立国」の推進のための投資を「知的資産」として位置づけるべく努力してきた。

ただ、残念なことに、化学技術最先進国のアメリカと比べると、彼我の格差は歴然たるものがある。われわれは、今こそ政治がリーダーシップを発揮して、日本の競争力を飛躍的に高める科学技術戦略を確立しなければならない。資金や人材を重点投入するとともに、研究者がより能力を発揮できるよう環境整備を図らなければならない。

化学技術研究開発の今後の重点は次のとおりである。

 第1に、次世代高速インターネット等、デジタル革命を展開する情報通信分野。

 第2に、遺伝子や脳の機能の研究、生体材料、人口臓器の開発等、バイオ産業や生命科学及び高齢者の健康や自立のための技術分野。

 第3に、資源循環型経済社会を支える地球環境・未来エネルギー等に加えて、地球の自然の歴史分析から将来を見通す地球科学等の分野がある。

 こうした重点戦略への取組みは、産学官が一丸となって当たらなければならない。重点分野における技術開発に対して抜本的に国家予算を増加させるとともに、国から民間への研究成果の移転や研究者の自由な交流を阻む規制はすぐに撤廃するなど、国立大学や国立研究機関の改革に努めることが急務だ。

これらの研究を推進するには、何よりも、世界各国、とりわけアジア諸国の若い優秀な研究者たちが優れたリーダーの下で自由に仕事ができる、魅力ある研究環境を整えなければならない。例えばノーベル賞受賞者を輩出することも目指し、内外の気鋭の研究者が集結する「センター・オブ・エクセレンス」を実現する。わが国は、そのような環境整備と研究活動の成果で世界に貢献し、国際社会における「知的存在感のある国」という地歩を築かなければならない。

(6)新しい環境を創造しよう

 経済の高度成長にともなって、産業公害の防止対策という形で取り上げられた環境問題は、国際化と生活の高度化、多様化の時代を迎えて、その様相を異にして、世界の各国、各地域が「新しい環境」を求められる段階に入ってきた。すなわち、それぞれが、地球温暖化、オゾン層の破壊、環境ホルモンやダイオキシンの健康被害等の防止、さらに、自然環境の保全と修復等を地球問題として分担しなければならなくなったのだ。

厳しい環境基準を設定することが、国内的にも国際的にも、いまだに産業活動の自由を束縛するものとして反対されることは少なくないが、われわれは「持続的発展が可能な経済社会は、地球環境の保全を抜きにしては実現することはできない」(CSD・国連持続可能な開発委員会)との考え方に立って、ソーラーや風力などのエネルギーの開発及び利用、生産時点から解体し易い設計や再利用し易い材料を考えたリサイクル等を推進し、環境保全の徹底を目指した産業構造への変革を行わなければならない。

とりわけ、注目されるのは、最近わが国においても法制化された有害な環境汚染物質の年間排出量を把握・管理、公表するPRTR(環境汚染物質排出・移動登録)の制度である。企業の環境会計や環境家計簿の考え方とも通ずるものとして推進したい。

5、むすび

新しい成長の実現も、社会の活力の醸成も、多角的な条件の充足、とりわけ「小さい政府」の実現の上に可能である。すなわち良好な国際環境の保持、円滑な安保体制の運営、安定した社会保障システムの確立、自立性と創造性を育む教育の充実、人々の精神を豊かにする多彩な文化活動の展開、社会の健全性を高める参加意識の向上などに支えられてこそ、これらは実現できる。

「フロンティアは人間にあり」である。国民の1人1人が、こうした目標に向かって意欲と能力を発揮させる環境を構築できるかどうか、政治はまさにその可否を問われている。

今日の社会は、多様な意識の中にも日本の将来についての新しい合意形成を求めている。それは、公開された情報にもとづき、政党のみならず、経済界・シンクタンク、ジャーナリズム・市民団体など政治に関心を持つ多くの集団が、選択すべき方向と探るべき政策をオープンに議論するところから生まれてくるだろう。このような議論に十分に応えてこそ、政治はその信頼を取り戻すことができるのだ。

われわれは、信頼と合意を日本社会に根づかせ、社会の活力を高めて、人が輝き、世界に貢献する魅力ある日本とするよう全力を尽くすことを誓う。

宏池会政策委員会の「政策提言」をもとに自民党総裁選への出馬を宣言する加藤紘一宏池会会長


 

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