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われ、政局の「絵かき人」とならん
この国にはまだまだエネルギーも能力も有り余っている。制度を改革して、それを十分に使えば景気回復も少子・高齢化問題も解決できる。
加 藤 紘 一(自由民主党衆議院議員)
「年金の加藤」と言われて21年
皆さんおはようございます。今、大谷課長のお話を私もお聞きしていて、とにかく年金は重要だ。そして、とにかく年金は難しい。複雑であるということだと思うんですが、ただ、とにかく国民の関心はめちゃくちゃに高い。我々国会議員というのは、人様の応援に行って、ときには愛媛県で2,000人を前に演説します。最近は都知事選挙の関係で都下の町田市に行って、そして川崎の多摩区に行って、5、600人のかなりハイレベルの住民層における演説会でしゃべります。そして、私の山形県の田舎で100人を相手に話します。年金の話しをしますと、それから老後、介護保険の話をしますと、一瞬、会場がシーンとして、私語をしていた人、若干目線を離してた人が全部私の口もとに注目します。強烈な関心だなと思います。もう一つ、私はますます自信を深めている、自信を深めているというと言葉が悪いんですが、過去1、2年の不景気というのは根っこに、どうも老後不安があるのではないかとよく言われていて、それがある以上、いくら所得減税しても、住宅減税といったいわゆる政策減税は別ですけれども、一般に財布にお金が戻るような減税をしても、それは貯金になって消費には回らないはずだと。だから、6兆円の減税はやっても問題は多いのではないか。つまり、財源的にあとに問題を多く残すだけではなく、効果がないということを言い続けてきたんですけれども、やはりそこは僕は当たっていたという感じがします。
私は昭和52年に年金論争というのを国会で起こしまして、それがえらくマスコミに注目され、当時は"年金の加藤"などと言われたことがあるのです。それ以来、ちょっとほかの分野の仕事をしていて、最近、年金の問題にもう一回返って少し勉強してみたり、議論しているんですけれども、やはり21年前に私が言っていたことが本当だなと思っています。今、あのとき私が言ってた議論というのをまだしてないのではないか。今、年金の改正の議論がされていますけれども、正直言って、まだまだ本物にはなっていないと思っています。それは、いろんな議論、論文が書かれているんですけれども、数字を入れた大きさの議論をしていない。
今日は、一つの数字だけ覚えて帰ってほしいんです。81という数字です。今年度の予算81兆。また49という数字があり、50という数字があります。これは、年収、歳入です。それが47という数字、つまり、景気が悪いから歳入欠陥が生じると思いますから、47兆ぐらいにしかならないのです。13という数字があります。現在入っている消費税5%は13三兆ぐらい。そうすると、33ぐらいの数字があります。つまり、81一兆使って、収入が50兆ぐらいあるはずだった。ところが、46、7兆しか入らない。これに消費税をやめてしまえという景気対策論が自由党からあったら13兆が消える。ということは、33兆しかない。残りは国債を発行するから、スタンダードプアーズかムーディーズが日本、大丈夫なのと言って、日本政府のレーティングを下げるという話がくるわけです。
さあ、そのバックグランドを前に、年金は全部国で払ってしまえといったらどうなるのかということですが、現在、65歳以上が約2,000万人いるはずで、その方々に生活できる賃金として、年間100万払いましょう。夫婦で200万ということになりますと、1人100万ですが、約2,000万人いますから、これで20兆になる。それで、年間200万円で夫婦が生活できるかと。これを300万欲しいということだと150万で、あと20年後、これが3,300万人になりますから、150万円掛ける3,300というと、約40兆になるはずです。だから、年金だけですっ飛ぶわけです。全部税金でやる。そうすると、これを消費税でやるといくらになるか。1%の消費税が約2兆5,000億ということになりますから、16%ということになります。非常にラフな感じでこういう議論をみんなしてなければいけないはずなんですが、財政規模と実際に支払う金額の数字を入れていないのです。
ここで私が言いたいのは、福祉というのは2種類あるのかなと言うことです。一つは、難病とか精神、身体の障害とか、ごく少人数の本人の責めに帰することなく、非常に弱い立場になった人たちについては、私は、高福祉低負担でいいんだろうと思います。なぜかというと、人数は10万人程度、20万人程度の話だからです。一方、さっき年金の加入者が8,000万人から9,000万人いるという説明がありましたが、すべての人が年をとる。すべての人が風邪を引いたり盲腸になったり、それから胃潰瘍になったり、病気になる。すべての人が陥る弱さについての福祉というのは、高福祉をねらおうと思うと高負担にならざるを得ないというのが、さっきの年金についての数字のオーダーだと思っていただいたほうがいいのではないかと思います。今は年金についてだけ話しましたが、これにプラス医療費の問題がありますから、やはり高福祉の医療というのは高負担にならざるを得ない。したがって、お互いの問題なんだから、そして世代間の問題なんだから、徹底してここで議論しなければならないということになるんだろうと思います。
少子、高齢化のキーワード「サムと駅前」
年金については、今、大分詳しく専門的なお話がありましたので、私は非常に、今後ともこれが大事になっていく。ここの安心感がなければいけないし、安心感をつけるにはどうするかというと、私は、小渕総理大臣と宮沢大蔵大臣が年金問題について、一生懸命しゃべるということではないかと思います。そうすると、ああ、本気で国の中枢の人が考えているんだなと認識します。やっぱり、国民が一番関心を持っているものに国のトップが関心を持ち、その言葉の端々にみんなの将来不安をちゃんと理解している、言葉の一字、二字、フレーズがあるということで少し安心感が出るのではないか。お金はみんな持っているんです、田舎でも。ただ、買わない。おもしろいことに、男は76歳が平均寿命で、女性は82歳が平均寿命なんですが、自分だけは平均寿命より10歳か20歳長生きしたいとみんな思っているわけです。私も6月に還暦になるんですが、ここまでこうやって元気で生きていた以上、僕は76ではなくて80までいけるかなと今思っていまして、もしかしたら90までいけるかもと思っているわけで、みんなが自分だけは長生きできると思っていますから、平均寿命以上の蓄えを持とうとする。そして、みんな貯蓄している。特に低金利の時代ですから、かなりタンス貯金をやっています。それが、景気を悪くさせているということかとも思いますが、いずれにしても安心感をとにかく与えることだと思います。
それから、平均寿命が伸びれば伸びるほど年金の将来像が暗くなるというのでは困ります。65歳以降をお年寄りだと考えること自身が、ちょっと間違えているのではないかと。平均寿命が伸びたら寿命から逆算して、最後の5年は面倒見ます、7年は面倒見ますというぐらいの発想に変えて、したがって、70歳近くまでは現役で働いていただきますよと。もちろん年功序列はカットして、現役時代の3分の1ぐらいの給料かもしれませんけれども、ことによったら4分の1の給料だけれども、意義のあるところで働いてもらって、プラス年金で生活をするというシステムをだんだんつくっていかなければならないのではないか。アメリカの場合には定年制というのが導入されたけれども、これは労働者を守るためと思ってたら、だんだんこれが労働者を早く働き場所から追い出すというものになったので定年制を廃止、そして年齢による雇用差別禁止令を出したわけですけれども、そんな考えにだんだん日本もなっていかなければならないのではないかと思います。ただし、その際に、年功序列賃金をやめたり、1回退職して、既存のシニオリティシステムから離れ、そのあと新たな人生を歩むということをどう考えるか。その辺のところを日本の社会、会社のあり方論として議論していかなければならないときが、もう来ているのではないかと思います。
それから、少子・高齢化の問題は大きいんですが、これは「サムと駅前」という言葉に対策は集約されるのではないかと思います。その駅前というのは、やはり女性が意義ある働きをし、収入を得るようになりますと、結婚しない、子供を産まない。しかし、女性は子供を産みたい。ここを両立させるには、できるだけ駅前に近いところに保育所があるべきだという議論があります。しかし、それでは余りにもコインロッカー方式ではないか、さびしいではないかという議論もあって、やっぱり緑のあるところで子供を育てたいと思う人が多いわけで、そうしたら、駅で1回預かって、そして、夕方の時間に子供たちがまた駅に連れてこられて、そこで母親に渡す。または父親に渡すという仕組みなどを考えていけばいいのではないか。それをやるには、60歳以上、70歳、75歳までの人は今、非常に労働力として余っているわけなので、例えば、子育てを終わった主婦はもちろん余っているわけで、うちで孫の面倒を見るというのは、なんか自分が犠牲になったような気がするけども、社会的な意義ある話としてそういう仕事に携わるならば、1週間に25時間か30時間働いて、7、8万円で手伝ってあげるわよという63歳の女性などというのは、今いっぱいいらっしゃるのではないかと。だから、そのシステムをどうやって早く構築するかなというのが駅前という概念であります。
サムというのは、ご承知だと思いますが、安室奈美恵のだんなのサムが厚生省のポスターに採用されまして、「子育て手伝わなければ父親とは言えない」というわけで、サムというのは安室のご主人だから、アーティストだから長髪の現代的な感じの青年なんですが、彼が子供を抱っこして、子育てやってるポスターが今、ヒットポスターであちこちに区役所かなんかに置いてあるんですけれども、厚生省としては珍しい感覚で出しているんです。結局、子育てというものを女性の任務だといって男が放置するというところを直さない限り、どうもほんとうに女性としては子を育てる気にはなれないということなのです。そうすると、ここでおむつ論争というのが出てきます。男がおむつを取りかえるか。私はこういう年ですし、東北出身でありますので、そういうものをやるのは男ではないというふうに教わって育ってきました。だから、小さな声で言いますけど、1回もやったことがない。子供は4人いるんですが1回もやったことないから、評論家的、政治家的に発言してるにすぎない。じくじたる思いで発言しているんですが、やっぱり最近の若い青年たちに聞くと、「えっ、何でそんな質問すんの。あったり前でしょう」っていう感じでおむつを取りかえている。
私はこの間シンガポールに行きまして、教育大臣など国会議員らといろいろと一晩、中国料理のテーブルで話し合ったんですけれども、シンガポールというのも中国人社会で、女性が結構強くて、なおかつ、あそこは金融業と貿易のメッカみたいなところですから、女性が金融、貿易業でめちゃくちゃに働いております。だから、子育て問題というのも、非常にあそこの国でも多いし、中国人社会ですから、我々と似たメンタリティーがあるんですが、やっぱりそこで結論はおむつを取りかえるかの話でした。何もシンガポールまで行っておむつ論争をしなくてもよかったなと思うんですが、私と同行した国会議員2人とともに、非常に延々と議論しました。
「サムと駅前」と言うのをしっかりやらない限り、どうも少子化対策の本当の問題にはならないのではないかと思っていまして、だんだんその方向に、私はこの社会も行くと思いますし、行くようにギアを私自身、いろんなところで今、切り始めて、そっちのほうに進めていく努力をいたしております。
いずれにしても、高齢化社会の問題は解決できます。解決できるファクター、余っているヒューマンリソーシズというのは十分にあって、そして、日本の経済はそれを許すだけの力を持っていると思います。一番の間違いのもとは、子育ては女の人の仕事とまだ思い込んでいる世代がある。だから、男が育児休業を取ったとなると、えっ? てなことになりますが、TBSテレビのエリート記者は1年、今取っておりますし、厚生省の官房企画課の筆頭補佐で、それこそ今後、厚生省を背負って立つ青年が今、半年、子育て休業をして、役所を休んで仕事をしています。そういう変化というものをしっかり見極めておくということが重要だというのと、それから、繰り返しますけれども、本当に余っているエネルギー、余っている能力というものが、制度が固くなっているがゆえに使われていないというあたりが今一番の問題ではないか。
それから、老齢者が多くなったといっても、本当に介護が必要な要介護の期間は幾らかと。私もそうなると思うんですが、男性で1.5年、女性で1.7年なので、それは逆にまた、25年前に比べると短くなっている。健康に注意させているものですから。したがって、そんなに暗くなる話ではないんだ、解決できる話なんだということをもう1回、我々がみずからに言い聞かせることが重要ではないかなと思います。
総裁戦は予定通り、決まり通りに
さて、政局の話でございますが、地方統一選挙も終わり、ガイドラインの話も終わり、総理が訪米されて、これからどういった展開になるかということをよく言われるんですが、僕は、1月から同じことを言っているんですけれども、総裁選挙というものを単に総裁のいすを奪い合うという戦いの場所としてとらえることはこれまでもあったし、現実にそうなってきたんだけれども、やはり自民党の中でいろんな意見の違いがあるから、その幅広さを見せるための政策論争の場としてやるのもいいんではないかと。政策グループの長となった以上、そこに参加できるように準備をしたいと思っていますということをずっと言っておりまして、今も全然変わっておりません。
ただ、どうしても9月に総裁選挙をやりたくない、やれば亀裂が生じるという話が時々ありますが、小泉さんと梶山さんと小渕さんがやったけれども、少なくとも小泉さんと小渕さんは仲よくやってるし、それから、橋本さんと小泉さんが4年ぐらい前にやったけれども、そのあとすぐ小泉さんが厚生大臣に2期も3期もなって、非常に仲よく、協力してやってきているわけだから、また、そんなけんかをしている余裕のない自民党になっているからということを言う人もおりますが、私は決まり通りにやたったらどうですかと言っております。
最近、いろんな雑誌のインタビューを受けて、『中央公論』とか『現代』に発言したり、インタビューを受けてしゃべると、その一行一行が取りざたされて、あれはどういう意味なんだみたいなことを言われます。これは政策問題でも政局問題でも言われます。私は、これまで4、5年、自分の考えを余り言わずに自民、社民、さきがけ三党の意見調整、選挙協力関係の調整、コーディネーターばっかりやっていたものですから、自分の主張、考えをできるだけ言わない人生を送ってきたので、少し、政治家としてはこう思いますと個人の意見を言おうと思って、今、準備中なんですが、遅れに遅れております。なぜかというと、今言いましたように、一言一言全部、公式ステートメントみたいに取り上げられて、いやあ、これ、もっと考え込んで慎重にしゃべらないと、書かないといかんなというような思いで、考えれば考えるほど、しかし、なおかつ石原慎太郎さんが知事に当選したことでもわかるように、国民は明確な強いメッセージを今求めているものですから、いろいろ必死の思いで今、準備をしておりまして、5月中旬までには脱稿したいなという気持ちでおります。
さて、そういう中で、きょうは一つだけ最後に経済の問題について、最近の感想を申しますと、なかなか難しい、そして重要なところに来たなと思います。今から2年ぐらい前に、この雲霓の会の朝飯会で、私は6大改革を橋本さんがやったけれども、金融改革で火がついて、そして、それは為替の完全自由化等も含めて実施されていく。それから、金融業態間のいろんな垣根も取り払われると、外国の金融機関が自由に日本に来る。そうすると、これに対して競争するために預金者にだんだん高い金利を払っていかなければならなくなれば、同時に、それはだんだん貸し出し先、事業会社の皆さんにそれに対応できるような高い金利を払えるような企業になってほしいということを金融機関が言うに違いない。そうすると、ここから経済の構造改革に火がついて、そして、次にはそういう外国企業と競争するには高い電力料金とか、高速道路とか、その他もろもろのパブリックサービスではたまらないんで、もうちょっと日本もディレギュレーション、規制緩和をして、もっと活気のある社会にしてくれという要求に火がつく。大体こういうチェーン・リアクション、連鎖反応を起こすようになるんだけれども、その激しさ、ビッグバンの持つ重大さというものに人々は気がついていないかもしれないということを橋本総理が言っておりますがということを紹介したことがございます。最初、金融改革に火がついて、そして金融システムそのもの自体が危ないというところまでいきましたが、幸いなことに、システム全体の崩壊という問題は一応通り越したという状況に今なってきて、そして、これからは金融機関を通じ、また、その他のマーケットメカニズムを通じて事業会社が競争力を求めて必死の努力をしていくというステージに入ってきたのかなと思います。
これは当然のことながら失業を増やします。したがって、これからとりあえずは政府が打っているいろんな景気対策が9月ごろまで効き目はあるんでしょうけれども、だんだん出てくる失業問題等を含めると、今年の後半からはかなり厳しくなるのではないか。しかし、これは通らなければならない道として覚悟せざるを得ないし、また、もう既にそれは各社、生きるために始まっている仕事なので、我々はその雇用に対し再教育、再訓練だとか、失業給付をどうするかとか、分社化してあるものを整理する場合には、また、倒産した場合には倒産法制の簡素化とか、そんなところを必死に今やらなければならないときに来ているのではないかと思います。
ニュービジネスはどこで発生するかというのは、政府がこういう商売いいですよなどとという能力はありません。役人にはそれはないし、政治家にもありません。もし、そんな見事なニュービジネスを考えられるような人だったら、政治の方には来てないと思います。したがって、政治がやるのは、今言った倒産法制を考えるとか、失業保険とか、再教育の場をどうするかとかということを考えることであり、また、一般的に中途採用を増やしてほしいというようなことを、声をかけたりすることではないかなと思います。そして、先ほど言いましたように、より広い年金、医療、介護、こんな問題の不安を除去することとか、基礎的な科学技術の研究に一生懸命注意を払うということではないかと思います。
政局の「絵かき人」たらん
今、需要サイドをいくら刺激しようとしても、需要構造が10年前と変わっているので、そう減税してもだめですよということを言い続けてきたということを申しましたが、やっと供給サイドというものに目を向けるときに来ました。ただ、これが単に既存の企業の、産業の先延ばしという感じで処理されるのか、また、そうしないといけない現実的な部分もあるとは私は思うのですが、やはり最終的には、新しい時代に向けての企業の生き残りのための基本的な構造改革となるような形で誘導していかなければならないのではないかなと思います。倒産しそうな企業についてどう取り扱うかという、ディドゥエキュイティ・スワップという議論があるようですが、あれもあれでいいんですけれども、将来に向けての話になっていかなければいけないし、なおかつ議論を突き詰めていくと、株主責任の話を、原資の話をどうするのかというとこをしっかりと議論しないと、国民的な支持を得られないのではないかという気がします。
今、総理のもとで行われている産業競争力会議も、議論の仕方、対策の立て方によっては、改革を進めるか進めないかの大きな瀬戸際になってきているのではないかと思います。現実の政治家ですから、20兆も信用保証協会の枠をつくって、去年の暮れの倒産防止をしたといのは私は正しいと思いますが、しかし、これは本来は問題の先延ばしの対策、痛み止めなんだよねという意識を心の中に持ってやらないといけない。それなのに、いやあ、これ、なかなか評判よくて、全国民に感謝されてます、あと10兆足そうと思いますみたいなことでやりますと、借りてる当人たちが、おれ、借りたけどこんなの大丈夫なのかねと言っているとか、本来ならば、自分の店で修行をもっと積ませたいと思っていた若い人が簡単に3,000万か何か借りて、独立して頭にきたという話とか、若干、幾つかのモラルハザード的なものを内包しているんだという意識をかなり持って進めなければいけません。そして、総じて言えば、今は橋本内閣で始まって、そして、もうストップできないような流れになっている日本経済社会のチェンジの流れを、政治のほうでは今のところ足踏みしているわけで、したがって、いつかこれを再開しなければならないときが来るのだという意識を持って政治改革を進めるか進めないかというあたりがキーポイントになるのではないかなと思っております。
非常に難しい1年になろうかと思いますし、日々、どう判断したらいいか考えることが多いんですが、こういうときに、自民党には常に政局の絵かき人というのがいたんですね。かつては田中角栄さんであり、その後、金丸さんであったり、そして、そのリーダーシップのもとでの小沢一郎氏であった場合もあるし、中曾根さんであったりするときもあるんですが、最近はやはり、通常、竹下さんと皆で見てたわけですが、竹下さんが今、入院されておりますので、絵かき人のない政局、グランド・ストラテジストのいない政局になってはいかんと。そうなりますと、外国からじっと見ている外資系のアナリストたちに、あれっと思われたときに、また日本の株は下がったり、格付けが下がったりするおそれがあるので、やはり何人かではほんとうに腹合せをして、代わって絵をかく作業をしていかなければならないのではないかということを考えながら、いろんな人と会いながら、政権の安定のためにいろいろ努力をしている現在です。
結局、何とか経済をよくするために、政治の安定をしっかりと保っていきたい。必ずそうしてみせたいなと思っております。そんな意味で、解散については遅れれば遅れるほどやりにくくなるのではないかと思います。特に来年、介護保険というものを開始した途端に、ものすごい消費税並みの不満続出で、現実に一人当たり3,000円ずつ取るわけですから、夫婦で6,000円ほど取って、そして、介護を受けられる人は15人に1人みたいなものですから、いろんな不満が出てくる。それを説明しながら選挙というのはなかなか難しいなと。だから、選挙の時期はいつだなんて言うと、これは総理の権限に属しますので、ただ、早ければ早いほどいい、遅ければ遅いほど自民党は選挙がやりにくくなるということだけは言えるのではないかと思っております。
最近の状況についてご報告申し上げ、ごあいさつにかえさせていただきます。きょうはお忙しい中、どうもありがとうございました。
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