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基調報告
1999年5月12日


宏池会セミナー
めざせフロンティア
21世紀日本の構築

【司会・塩崎恭久参議院議員】

 宏池会は昭和32年に池田勇人初代会長によって結成をされました。以来、40有余年、皆様方のご指導とご支援のもとで国民の、また日本の平和と繁栄のために、今日まで政策集団として頑張ってきたわけでございます。その40年の歴史のなかで、池田勇人、大平正芳、鈴木善幸、宮沢喜一と4人の総理を輩出しました。そして昨年の暮れに第6代会長といたしまして加藤紘一をわれわれの会長として選任をしたところでございます。そして今日は、新会長のもとで初めて開催をいたしますセミナーでございます。

新しい目標の模索を始めよう

 加藤でございます。本日はどうもありがとうございました。10分間でこの国のあり方と政策を基調講演するというのは至難のわざでございますが、私たちが考えております政策につきましては、きょうのパンフレットの中に、ある意味では前書きみたいな形で非常に抽象的ですけれども、書いてございます。それはまたこれから私自身が一つのまとまった文章、本に近くしたいなと思っておりますものの前書きであると同時に、そのあと同士の皆さんと、いわゆる政権構想というものをまとめていきたいと思っておりますが、その前書きにもなるというような性格のものとお考えいただきたいと思っております。

 タイトルは「めざせフロンティア」という言葉なのですが、短かい時間でございますので、かいつまんで申します。

 私たちの国が今、最も困っております問題は何かといいますと、フロンティアの喪失感ではないかと思っております。明治維新以降、私たちは非常にはっきりとした、そして国民にもわかる目標を持っておりました。フロンティアを持っておりました。

 国民にとって非常にわかりやすいフロンティアであり、ターゲットであり、目標であったと思います。それは対欧米豊かさキャッチアップではなかったかと思います。

 しかし、15年ほど前にその目標は、人々が、どんな家庭の中にも冷蔵庫があり、1軒1台の自動車があり、ビールも飲みたいほど飲め、そして背広もしっかりとしたものを着れるようになったときに、来るところまできたな、ヤッタなという感じになって、そのあと、では何をやろうかということについての目標の模索が始まったのでないかと思っています。

 その模索というのは、もっともっとはっきりと意識して、そして政治家もメディアも一生懸命議論すればよかったのですけれども、何とはなく、何かやらなければいけないという思いのなかで終わり、そしてその模索はバブルの中で株と土地をいじっているうちに大変な経済の発展のような偽りの夢を描き、そしてそのあとは、これはいろいろ問題ある見方かもしれませんが、政治改革・選挙制度を直せばこの国はよくなるはずだと思って、政治改革のために5年ほど使って、しかしやっぱりその2つとも答えではない。何かを模索しなければならないというのが今の状況ではないかと思います。

 フロンティアをどこに見いだすのか、ナショナルターゲットをどこに見いだすのか、われわれ日本人の生き方、アイデンティティ、Japanese way of life みたいなものは何なのか、それを模索しなければならないというのが、今私たちの政治が置かれているポジションではないかと思います。

 もう一つ、そういう新たな目標を仮に見つけたとしたならば、それはどういう状況で、どういう土壌の中で実施していくべきなのであろうか、ここがもう一つ大きな問題でございます。対欧米キャッチアップという明確な目標の中では、恐らくフレームワークがはっきりしていましたから、非常に優秀な日本のベスト&ブライテストを集めた官僚組織の皆さんに実施計画を作ってもらい、そしてそれを法案化し、われわれ自由民主党が国会の中において、圧倒的多数を得ることによって難無く法案を通す、これが最も効率的であると国民にも認識してもらい、そして官僚システムを非常に大切にし、われわれ政治は、ある意味ではその共同作業の一部みたいな形で政治が行われてきたのではないかと思っています。

知恵を使ってさらに 日本を発展させよう

 しかし、そういった政治形態と行政形態と社会システム、そして経済運営が進むに従って、どこかこの社会がかたくなってきたのではないかと思います。われわれの国には素晴らしいシーズがあると思っています。素晴らしい種があると思っています。それは何かといいますと、大変な資本蓄積であり、そして創造性を持つようになった技術開発力であり、そして同時に世界に冠たる教育水準を誇る1億2,500万人の人材資源であります。

 しかし、これも最近あまりその力を発揮するようになっておりません。なぜなんだろう。私は山形県の庄内平野の中から選ばれてきておりますいわゆる政治家、農林族でございますけれども、農家の人たちがこう言います。加藤さんね、どんなにいい種でも長い間同じ所に植え続けると土地がかたくなって、特に化学肥料をやると土地が白くなって種子が花開かなくなるものだよ。そういうときにはそのかたくなった表土を取って、落葉を入れ、空気を入れ、堆肥を入れ、混ぜるとほわっとした豊かな土地になって、そして種は見事なホウレンソウを青々と咲かし、球根は赤青黄色のチューリップとなるんだよ、と。恐らく今日本が必要なことは、一人ひとりの持っている潜在力、種、一つひとつの企業が持っている潜在力、種、球根というものを見事に花開かせるように社会のシステムを変えることなのではないか。それは紛れもなくマーケットメカニズムというものをもうちょっと日本の中に入れなければいけないということではないか。そして小さな政府でやっていかなければいけないのではないかというふうに思います。

 ときどき私は言われます。「公定歩合を下げれば景気は必ず良くなる」。何度も何度も下げました。設備投資は出ませんでした。そして最近では、「減税すれば景気は良くなる」。2兆円の特別減税2回、そして6兆円、9兆円の減税をしているけれども、必ずしもいい反応にはなっておりません。政府が何かをやれば、必ずどこかで魔法の手のような効果が出てくるに違いないと思うようにかたまってしまったこの社会というものを、どうやって直していくか。それは市場原理のほうにちょっと振ってみることではないかと思います。

 これについてはいろんな議論があります。それは、1980年代の発想ではないか。サッチャー時代の発想ではないかということを言われます。そして90年は、それの修正に動いたのであって、20年遅れの主張をするのか、グローバルスタンダードというものは国家のアイデンティティを殺す。ロシアを見ろ。あの短期資金でやられたではないかという議論もございます。

 しかし私たちは1度、ほぼ社会民主主義、世界の歴史の中で最も発展した、成功した社会民主主義国家みたいになった日本を一回振ってみることが必要なのではないかと思います。

 私は、戦後の政治のなか、特に15年、20年の政治のなかで、中曽根内閣がこの点に気づき、またそういう時でもありましたので、国鉄、電電、たばこの民営化をやり、民活といい、かなりのところまでおやりになったけれども、やはり途中で終わってしまった。それを橋本さんが引き継いでおやりになったわけだけれども、そしてそれは途中で頓挫しているけれども、もう一回この国の人々の持っている可能性を花開かせるような土壌換えをしたい。それは小さな政府で、一人ひとりの人がもっと活力を出せるような、伸び伸びと働けるような社会をつくるということではないかというふうに思います。

 これからそういうことを必死に検討しながら、宏池会としての政策をいずれ取りまとめて、また私自身の政策理念を世に問いたいと思っております。どうぞ皆さんから宏池会の政策面の努力につき、ご叱正をいただき、またご指導いただければありがたいと思います。

 「歴史を学ぶ者はオプティミストであり得る」という言葉があります。30年前のイギリスはもうだめなイギリス病でした。しかし蘇りました。10年前のアメリカは今の日本と同じでした。しかし蘇りました。われわれが土地をたっぶり使い、そして膨大な、ナチュラル資源というものを使って発展しろと言われるならそれはできません。土地も狭いし資源もないからです。しかし知恵を使って日本やってみろと言ったならば、日本はそれをやる潜在力を十分に持ち得ると思っています。

 この国は午後3時半ではありません。黄昏ではありません。もう1度午前10時、ないし11時の国にし得る、そういう気持ちで宏池会は全員で政策の研鑽に励んでいきたいと考えております。皆さんのご叱正とご激励をいただけば、ありがたいと思っております。どうもありがとうございました。

新会長を全力で助けていきたい

加藤紘一 宏池会新会長
宮澤喜一 宏池会前会長

 

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