| ダボス会議−−スイスの都市ダボスで毎年開催される国際会議。政官財のトップが集まり、白熱の議論を闘わすこの会議に今年は加藤紘一・前自民党幹事長が乗り込み、注目の講演を行なった。
加 藤 紘 一(前自由民主党幹事長)
ご紹介頂きました加藤紘一です。伝統あるダボス会議でスピーチする機会を与えて頂き、大変光栄に思っております。本日は、日本が取り組んでいる2つの挑戦を中心にお話したいと思っております。
1、構造改革進む日本経済
挑戦の第1は言うまでもなく日本国内の構造改革の問題です。ご列席の皆さん。会場の外は一面
の雪景色です。この雪景色を世界経済に例えるなら、1980年代まで日本経済はスノータイヤをつけて雪上を自由に走りまわる四輪駆動車のようでした。世界は、その軽やかな足取りとスピードを羨望のまなざしで眺めていたことでしょう。ところが90年代に入ると優秀な日本製四輪駆動車は急に動きが鈍くなってしまいました。
速度が落ちると、まずエンジンを吹かして事態を乗り切ろうとするのは、どのドライバーも最初に試みる努力です。わが国は92年から財政出動で経済の推進力を強めようと必死の努力を試みました。ところがアクセルを踏んだ直後は、勢いのいいエンジン音とともに、わずかながら前に進みますが、すぐにまた速度が落ちる状況に陥ってしまったのです。
どうやらエンジンに問題があるのではなく、バブル経済期に車体にこびりついた氷や雪を落とさなければ、快適な走行を取り戻すことができないと気づき始めたのは95〜6年ごろでした。橋本龍太郎内閣が掲げた「6大改革」とは、まさに、この氷と雪を落とす作業だったのです。その為には、一時的に推進力が落ちることも覚悟しなければなりません。98年度の日本のGDP成長率は-2.2%程度に落ち込みましたが、構造改善のために避けて通
れなかった過程だったのです。
もちろん消費税の引き上げや財政運営の失敗がマイナス成長をもたらしたという声があることは承知しています。しかし、先程も申し上げましたが、我々は過去数年間、公共投資や所得減税など大規模な財政出動を幾度となく繰り返しても、景気を回復軌道に乗せることはできなかったのです。
多くの人たちを暖房の利いた車内に残して、エンジンだけで危機を脱してみせると言う方が乗客の受けがいいことは間違いありません。でも、氷や雪を落とす作業をしない限り、日本経済が快適に走り出すことはできないのです。もちろん、世界経済はキャラバンを組んで雪原を往く自動車隊に似ています。世界第二の経済大国である日本だけが氷と雪を落とすために車を止めることは許されません。世界経済全体のことを考えて打った対策が昨年度と来年度の積極財政です。
だが、31兆円を上る国債発行を含む来年度予算案が発表になると、長期金利は上昇し、株価はむしろ下落しました。ここに来て、政治家、企業家、国民の多くもようやく事の本質に気付き、市場経済を基本に据えた社会への移行を加速する以外に不況から脱出する道はないという認識が急速に浸透しています。特に、この1〜2ヶ月の変化は目を見張るものがあるといっていいでしょう。世界で最もイノベイティブだった日本は再び活力を取り返そうとしています。言いかえれば市場原理を中心に据えた経済に移行するための分水嶺を超えつつあるのです。
2、金融システム改革
最も重要な構造改革が、経済の血流とも言うべき金融システム改革だったことは言うまでもありません。この問題では、昨年10月の国会で金融再生関連法と金融早期健全化法が成立し、必要な法的枠組みはできあがりました。新たな金融機関の破綻が生じても、これからは、この枠組みで粛々と処理することになります。このために政府が用意した資金は、総額60兆円、ドル換算で5,000億ドル、GDP比で12%に及びます。世界でも類を見ない、この規模をみても、日本が並み並みならぬ
決意で、この問題に取り組んでいることがご理解頂けるでしょう。
改革の基本が透明性の確保と市場原理に沿った処理にあることは当然です。これからは大蔵省から独立した金融再生委員会が存否の判断、公的資金の投入や回収を行ないます。明確なルールの下で透明性を確保しながら公的資金が投入されるのです。経営の健全性を確保できない金融機関が存続を許されないのは言うまでもありません。これで大蔵省の監督行政を軸に作られた護送船団は急速に解体されて行くでしょう。護送船団を離れた金融機関はこれから自助努力で競争の荒波に晒されるのです。こうした改革が進めば日本経済を覆っていた金融不安も急速に取り除かれて行くでしょう。
3、目覚めるビジネス・リーダーたち
ビジネス・リーダーたちの意識も急速に変わっております。これまで、何かといえば「お上頼み」で、政府の経済対策に頼り切っていましたが、未曾有の不況を乗り切るには自助努力しかないという意見は、いまや最も平凡な意見になっているのです。製造業ではリストラが進み、ヒト、モノ、カネの重点配置が経営の主眼に置かれるようになっています。それはビジネス・リーダー自身が改革的にならない限り、日本は良くならないという自覚の広がりといってもいいでしょう。日本はいま確実に変わっているのです。
4、アジア経済再生の重用性
日本のもう一つ挑戦は世界経済、とりわけアジアが抱えている問題への対応です。
「アジアの奇跡」「世界の成長センター」と賞賛されたアジア経済が、一昨年から危機に陥り、世界経済の不安定の一因になっていることについては、ご列席のみなさんは認識を共有していると思います。私もアジア危機が世界経済の足を引っ張っている状態は一日も早く解消しなければならないと思っております。だが、問題は当面
する世界経済の円滑な運営にかかわる問題に止まらないのです。
1つは、私たちが21世紀に向けて定着して行かなければならない「グローバル経済」という理念の信認にかかわっています。一昨年の危機以来、アジアでは「グローバル経済」に対する懐疑が急速に広がっています。マレーシアは昨年からとうとう為替などを再び国家管理に戻しました。韓国、タイ、インドネシアなどはIMFとの協調の下で再建に取り組んでいますが、アジア地域では「アジア的価値」「独自の資本主義」といった議論が盛んに聞かれるようになっているのです。
もしもアジア経済の再建に失敗すれば「開かれた世界経済」に対する疑問の声は一段と勢いを増すでしょう。言いかえれば「開かれた世界経済」という理念と秩序を定着させるためにも、アジア経済の再建はどんなことをしても成し遂げなければならないのです。
もう1つ注目しておかなければならないのが、この問題がアジアの平和と安全、言いかえれば世界平和にも深い関わりを持っていることです。アジアでは1980年代から域内貿易が急速に伸び、相互依存関係が確実に構築されてまいりました。経済の相互依存関係が、様々な経済摩擦を招きながらも、相互理解を促進し、平和の基礎になることはいまさら申し上げるまでもないでしょう。もしも、この地域の国々が再び国境に高い垣根を作るようなことになれば、この地域の安定は失われ、世界の平和も不安定な状況に陥ることは当然です。
幸いこの地域には、経済が再び上昇に向かう条件が整っています。教育レベルは高く、貯蓄率も高水準を維持しています。これまでの発展の過程で整備されたインフラや技術の蓄積があります。政治もおおむね安定しています。それに、何よりも強調したいのはリーダーたちが強い使命感に支えられて、改革に熱心に取り組んでいます。
加えて注目して頂きたいのは、国際貿易について世界で最も長い経験を積んでいるのが歴史的にみて、この地域だということです。16世紀末、ポルトガルのバスコダ・ガマは希望峰を回ってインドへの航路を開拓しました。ガマやコロンブスの活躍で世界は大航海時代に入ったと言われますが、それはヨーロッパを中心とした世界観に過ぎません。実はアジアでは14世紀には、すでに東アジアからインド洋にまたがる一大商圏が形成されていたのです。ガマがインドにたどりついたのも、希望峰でインド人の水先案内人を雇ったためでした。ヨーロッパ人にとってインド洋は未知の海原でしたが、アジア人にすれば、ヨーロッパ人の地中海と同じだったのです。もちろん欧米や日本の植民地支配を受けた時期もありました。でも、植民地時代も含めて、世界経済で最も経験を積んできたことも、この地域の再建の大きな力になるでしょう。
このことは、アジア経済再生の問題は、当事国に任せておけばいいという結論には結び付きません。なぜならば、問題はこの地域に限定されず、世界的、21世紀的課題に直結しているからです。問題の重要性を共有して、最大限の支援をすることこそ、いま世界に求められている課題なのです。世界がこの地域を真剣に支援しようとすれば、アジア各国は自信を取り戻し、改革を一層加速させることになるでしょう。それが結果
として世界経済を安定させるなることは、いまさら指摘する必要もないでしょう。
5、日本の取り組み
先程も申し上げましたように、わが国も改革の途上にあり、財政は逼迫しております。だからといって日本は、この問題から逃げようとは思っておりません。できるだけの支援でアジア経済再生に向けた責任を果
たす覚悟です。昨年夏までの410億ドルの援助申し出に加え、昨秋には総額300億ドルに上る「新宮澤構想」を発表しました。このほかインフラ整備のための「経済構造改革支援の特別
円借款」50億ドルの創設も決定しました、産業の中核的人材の雇用を維持し、能力向上を図るための「一万人研修」も実施します。これらを合わせると、わが国のアジア支援は約800億ドルにのぼります。これは世界全体の二国間ベースのアジア支援の約4分の3を占め、IMF、世銀、アジア開発銀行の支援総額の1.5倍に当たります。これを見ても、日本が困難な問題から逃げずに、世界経済に責任を果
たしている姿勢が理解してもらえるでしょう。
もちろん日本経済の再生こそが、アジア経済再生に向けた最大の支援になることも十分に自覚しています。だから国内経済の課題にも目を背けることなく果
敢に挑戦をしているのです。
6、最後に
ご列席の皆さん。日本及びアジア諸国は現在構造改革の過程にあります。それを平坦な道と申し上げるつもりはありません。でも、みんなが暖房の利いた車から降りて氷や雪落しを必死にやっているのです。まもなく車は快適なエンジン音とともにスピードを上げ始めるでしょう。そしてアジアは再び「世界の成長センター」といわれるようになるでしょう。
政治家が株や為替の予想をすることは許されないことは私も承知しています。しかし、今日は、その禁を破って、ご列席のみなさんに有力な情報をこっそりと耳打ちしましょう。それは「アジアは上がる。今が買い時だ」と。ご清聴ありがとうございました。
ダボス会議で講演する加藤紘一前自民党幹事長
日本とアジアの経済再生を誓う加藤紘一前自民党幹事長
会議の合い間にルービン米財務長官と 歓談する加藤前自民党幹事長
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