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| 2002年10月28日(月) |
| 【変な話】 |
| 石井紘基代議士暗殺事件がありましたが、元公設秘書の裏口入学詐欺事件で被害者が石井紘基代議士のもとに被害を訴え、現金を返すよう迫ったところ、ヤーサン(暴力団関係者)が出てきて、逆に脅されたという話がありましたが、それが今回の犯人じゃないですか? 「尹 白水」通名「伊藤白水」。石井議員は飼い犬にかまれたんじゃないですか?民主党も知らないわけないはずでしょうにしらじらしい。 北海道時代の秘書問題で辞めない鳩山氏が党首だから それが普通なのかな? |
| 2002年10月21日(月) |
| 【腹の立つ話】 |
| 巷では補選で賑やかな庄内ですが、そこで腹の立つ話しを聞き憤慨しています。「景気が悪いのは国のせい」この言葉で頭にきてます。 確かに景気悪いですが、だからとて、なんとかしようと努力している 我等国民の努力は無駄であると言われているのと同じゃないですか 国も国民もみな、汗水流して時に鼻水たらして、転んだりもしながらも がんばっている時によく言えるものだとあきれています 誰とはいいませんが 自衛隊反対などとも言ってましたが、ならば、警察官も拳銃もてなく なりますよな。拳銃携帯のSPに何人も囲まれた守られた方が よくもシャーシャーといえたものですよな そんなこと言うならSP付けるな!と突っ込みをいれたくなりました。 YKKのYKが庄内にきました。まさに、YKKの男の友情と「感動した」と おもわず叫んでしまいました。自民党の候補者さんもつらいでしょう。 立候補する前から分かる話しですから、その勇気を称えたいですね |
| 2002年7月3日(水) |
| 【悪徳政治家】 |
加藤元幹事長が修正申告=政治資金8000万円流用認める 衆院議員を辞職した加藤紘一・元自民党幹事長(63)が1日、2000年までの3年間に自らの資金管理団体「社会計画研究会」から提供された資金計約8000万円について、仙台国税局に私的流用だったことを認め、修正申告した。政治資金は税務上、非課税だが、流用すれば個人所得として課税される。政治家が流用を認めるのは異例で、加藤氏は同日、約3000万円を納税した。 加藤氏は社計研から個人名義の口座に、毎月約150万円の送金を受けていたとされる。そのうち、約110万円は東京・南青山の自宅マンション3室の家賃に充て、毎月35万円を山形県鶴岡市に住む母親に送金。他は飲食などの生活費に充てていたとみられる。 同氏は「マンションはほとんど仕事に使っていた」などと説明していた。 母親も汚い金を知っていて受けとっいたのか?また家族も同じ汚い金を湯水のように使っていたのか説明しろ!必ず返事を待つ。 |
| 2002年6月29日(土) |
| 【がっがりしています】 |
| 私は現在横浜市在住ですが、過日還暦の同期会で出身地の庄内・遊佐町へ帰省しました。地元には加藤紘一がいるではないかの話を私がしたら、今回の一件にはがっかりしたといっていました。マスコミ記事を見て、単純にがっかりしたのだと思いますが、私は別の意味でがっかりしています。氏のホームページにもあるように、日本の改革の最中でその責任を投げ出さざるを得ないことにがっかりしているのです。でも、今はとにかく我慢で仕方がありません。無所属でも何でもよいので、次の選挙では正々堂々と禊を受け是非復帰してもらいたいのです。まだまだ、10年20年と活躍してほしいのです。お願いします。日本の将来のために。 |
| 2002年6月5日(水) |
| 【お元気ですか。】 |
| 始めてのメールごめんなさい。近頃 先生のお顔が拝顔できませんが。 今ごろじっつと耐えておられるんでしょうね。今わ耐えるときです そのかわりこの次にわ先生の元気なお顔を拝顔出来るものと思います。 政策と信念に燃えて ヤッターぞと元気なお顔をみせて下さい。 私の家内が鶴岡少連寺ですので先生の事お心から尊敬し応援しています 其の日を待つています。 大坂の空の下で失礼します。 |
| 2002年5月1日(水) |
| 【清くなって、復活願ってます。】 |
| 加藤紘一さん、ご苦労様です。 庄内に住む、24歳です。 加藤さんの辞職は、当然の行動だと思いました。 外見は、質素でしたが、パーティでは、集金力は、 凄かったですもんねー。ただ、貴方は、地元から、 金を集めるけど、宗男みたいに、地元の役には、 あんまり、立ってないような気がします。 これからは、もっと、地元住民の立場に帰って、 永田町の仕事も、大変だと思いますが、地元を もっと、考えてくださいな。 貴方には、優秀な子分って言うか、元秘書でしたっけ? 森田ひろしと、田沢伸一が、おりますでしょーが!! その辺を、もっと、活用して、金集めより、 地元の人望集めに、努力してください。 そろそろ、庄内のじっちゃん、ばっちゃんの、 「神様、仏様、紘一様」は、薄れてますよ。 次の解散総選挙は、汗かいて、選挙カーではなく、 鶴岡から、立川くらいまで、自転車で、廻るくらいの ことしてください。では、選挙、出る時は、若者の代表として、 応援するんで、がんばれのー。^^p |
| 2002年4月11日(木) |
| 【国政を語れる政治家の損失】 |
| 歴史から見ても、元々庄内人は国政に関わるのが好きな人たちと思います。 故に、地元より国政を優先していた加藤氏を応援していたはずです。 支持者の皆様は、庄内は我々で守るから、あんたは、国のこと考えてくれと思っていたはずです。 その地盤で裏切られたのですから怒り心頭でしょう。 しかし、これだけ国政で活躍できる政治家を失うのは、あまりにももったいない気がします。 復帰できるかどうかは、庄内の人達しだいです。 確かに、地元優先の政治家を選ぶのでしたら加藤氏よりももっと頼りになる方がいらっしゃるでしょう。 国会議員を辞職なさった加藤さんには、増して国政を、国民と語って戴きたいです。 |
| 2002年4月9日(火) |
| 【激励】 |
| 最近のテレビ新聞等の報道で厳しく追及されていますが、そんなことに惑わされて議員を辞職するに至ったことについては些か残念です。 あなたの身の潔白は誰がなんと言おうと私は信じます。 今夏、予想される解散総選挙においてこの雪辱を晴らし政界復帰を切に望みます。 |
| 2002年4月4日(木) |
| 【加藤さんの目指すものは?】 |
| 誰にでも解かる政治!を望んで私たちは、自民党小泉さんを支持してまいりました。昨年、加藤さんが、森さんに反旗をひるがえし意志表明された時、地元庄内出身の私は、加藤さんの毅然とした政治家としての姿勢に、握る手に汗をにじませるほど、応援致しました。 あの時、加藤さんが取り戻してしまった冷静さに、判断が正しい方なんだと、納得しました。 政治とは、何を成すべき事なのか、政治家1人1人に有権者私たちはそれぞれ違う期待を致しております。 地元のため然り、国民の為に選ばれて国会の中に入って仕事する! この事がいかに大変な事なのだと我々に甘えないで欲しい! どんな困難な事でもプロの政治家として、意志を実行して欲しい! 有権者はその結果に対してだけ、評価するのです。 どんな手段でも、ではなく!子供でもわかる正しい法律に基づいたやり方においてのみご自身の身も護れるのだと思います。 それが、ひいて国民の為であり、解かりやすい政治につながる事になって欲しいと願います。 |
| 2002年3月29日(金) |
| 【暴論かもしれませんが】 |
| 「議員辞職」とか、「けじめ」とかいってる人は、 いわゆる”BUSHIDOU”を尊んでる人々なのかもしれません。 たしかに、今回の件はネガティブな件だと思います。 でも、責任をとる行為が「議員辞職」では、ネガティブなままです。 ネガティブをポジティブにする事が本当の責任を果たす事ではないのでしょうか。 |
| 2002年3月29日(金) |
| 【これからどう生きるか 自ら考える心の指針】 |
| こころは高くもつべし されど常に俗に帰すべし そして遠く 広く 深く を見つめ我が身を知る。この言葉が私の人生の支えの貴言です。 これからです; |
| 2002年3月20日(水) |
| 【名をこそ惜しめ】 |
| 私は北海道出身で現在大阪在住の者です。今回の事件を非常に残念に思います。釈迦に説法かもしれませんが、かつて庄内にいた偉大な政治家の話しをしたいと思います。その人は名を松本十郎と申しました。明治維新直後から北海道開拓使の判官、大判官を勤めた人です。時の長官、黒田清隆と意見の対立があり、職を辞して故郷鶴岡に帰り、その後終生一農民として過ごした人でもあります。自分の目指す政治が出来ないと悟った時、この人は鮮やかに自らの身を処し、その後二度と政治の世界に戻ろうとはしませんでした。誰よりも有能であり大きな仕事を成し遂げたであろうこの人はその時さぞ無念であったに違いありません。しかし100年以上経った現在に松本十郎はその名を残しました。悔いのない決断を望みます。 |
| 2002年3月19日(火) |
| 【回帰】 |
| いつかはわかりません、明治維新の頃か、第二次大戦の敗戦後か、それとも経済高度成長期の最中か。五木寛之氏が言っている『和魂洋才』 とは少し違う次元の何かを、いろんなシステムの中で日本人は積み残してしまったような気がしています。 総理大臣になれなくとも、派閥のトップになれなくともいいじゃありませんか。後世の世代のために本当にためになる財産やその礎を残すべく、今後も活動できれば。 口幅ったい言い方ですが、うちの従業員にこんな事を言ってます。 『木を見て森を見ず』でなく『木も見て、また森をも見よ』と。最近、 雑誌で目にした『着眼大局、着手小局』なる囲碁の格言に一脈通じるところもあるかなと感じてます。 本物がわかる人はそこかしこにいると思います、今後も弛まざる活躍をお祈りいたします。 |
| 2002年3月18日(月) |
| 【自民党離党について】 |
| はじめて、考えを述べさせていただきます。 いままでは、第三者的にHPを拝見させてもらっていましたが、今回は是非先生に伝えたく、参加いたしました。 加藤先生、今回の離党理由は残念です。 なぜ、党の為が理由の一番最初なのですか? 応援者が次に続くのですか? 一番最初は「国民」でしょう! 鈴木先生と加藤先生は違うんです! あの方は、口を開けば「地元・地元」と所詮、ローカルな方なのです。 しかし、加藤先生は「日本国」が口癖でしょう! 自ら器を小さくせず、議員辞職をし、もう一度全国行脚を行っていただきたい! そして、末端の意見を中央に汲み上げてもらいたい。先生は、次の選挙も必ず勝ちます!私たちが応援します! この際、スパッとしがらみを断ち切って、加藤節を全国に伝えてください。 PS しかし、地元にもたまには帰ってきてください。 |
| 2002年3月18日(月) |
| 【議員辞職をお勧めいたします。】 |
| 元、酒田市民です。 早々の議員辞職をお勧めいたします。 国会議員たる者、党に迷惑を掛けたとおっしゃる前に、 「国民に」と言う声をお聞きしたかった。 今現在、野党も加藤先生への追求は困惑しているはずです。 辞職すれば、野党との関係を良い関係のままでいられるわけですから。 又、昨年のように地方行脚はいかがでしょう。 若者と、居酒屋で。農家と集会所で飲みながら政治の話をする。 大物政治家と市民が飲みながら・・・すばらしい。 大丈夫です。先生の活躍する時期は、かならずあるはずです。 YKKでがんばって下さい。 山崎幹事長のHPを拝見して、すばらしい友情を感じました。 |
| 2002年3月16日(土) |
| 【はやまるな】 |
| 新しい政治家なら新しい進退のとりかた をすべきだろうに 加藤さん本人や現役の部下がミスをしたのではなく やめた人間だろうに 鈴木宗男と根本的にちがうぞ 冷静に考えよう いまだ主なしより |
| 2002年3月16日(土) |
| 【加藤紘一様】 |
| 加藤さん、はじめまして。 若輩者が馴れ馴れしい言葉遣いをして申し訳ないのですが、少しだけ私の独り言を聞いてください。 加藤さんは今、とても苦しい状況にあります。加藤さん自らの不祥事でないにもかかわらず、出処進退を問われています。加藤さんが望んでさせていたというのなら仕方のないことですが、自身は潔白であるのに本当に残念です。 私はできれば加藤さんには何を言われても不動で居て頂きたいです。 今までと変わらぬ応援をして行きます。 私のようなものが1人でも居る限り、頑張って下さい!! |
| 2002年3月15日(金) |
| 【離党のご決断について】 |
| 先生の離党のご決断は立派な判断であるとともに、私個人としては非常に残念に思います。しかし先生にとっては断腸の思いのご決断でしょうし、心中察しあまります。一昨年前の政局につづいて今回の騒動、私が口出しするようなことではありませんが、先生には今回の離党をバネに ますますのご活躍を期待いたします。いち鶴岡市民として、またいち国民として先生を影ながら応援させていただきます。 |
| 2002年3月15日(金) |
| 【加藤さん、頑張れ!】 |
| 何も自民党にこだわらなくても「加藤新党」を作れば良いじゃ ないですか。。。 自民党の支持率を守るために身内を冷たく切り捨てるような 党にしがみつかなくても加藤さんならやっていけます。 頑張ってください。応援します。 加藤さんの秘書の件で地元庄内の方にインタビューをして いたテレビ番組がありました。 その中で中年の女性の方が「加藤さんは地元の為には何にも してくれなかった。」とコメントしていました。 地元の事は地元の市議会議員さんや市長さんにお願いすべき・・ 加藤さんは「国会議員」国の為に頑張る人です。 観点を間違えないで欲しい。 加藤さん。。貴方は総理になれる人です。 初心に返ってもう一度のし上がってください。 絶対に負けないで下さい。 |
| 2002年3月15日(金) |
| 【がんばれ!】 |
| 加藤代議士は策士でないのだから参謀を育てるべきだった、しかし今となってはまさに「時すでに遅し」か、政策的には有能だが天下を取る策略、決断力、勘の良さが・・・・ しかし私は加藤政権を夢見て応援します、自民党にはこだわるな!月並みがだ苦節を糧にがんばって。 |
| 2002年3月15日(金) |
| 【潔く】 |
| 例え、全く今回の件に関わるっていなくとも責任を取って、 辞職すべきだと思います。で、次の選挙に立つべきだと 思います。 |
| 2002年3月14日(木) |
| 【監督責任】 |
| 監督責任はあなたが辞めることではない 再度謝罪して 今後こうゆうことがないように 方針をたてて こうしていきたいたいと 前向きに発言することだよ 今はだんまり決め込むより発言したほうが 得策ではないかね |
| 2002年3月14日(木) |
| 【今回の件で】 |
| 今回のことは大変残念に思います。 残念ながら加藤先生は最低でも自民党離党は避けられません。 党執行部に任せるのではなく、自分から離党してほしい。 山崎氏、小泉氏も苦しい立場です。彼らを苦しめないでほしいです。 それが友達、男です。 少なくとも鈴木宗男より先に離党し 政治家として、男として、彼よりは上と見せてほしい。 離党。はこうやると彼に見せてやってください 党執行部に一任とは、願わくば離党したくないというのが見え見えです。 今の国民はそんなに甘くありません。 |
| 2002年3月13日(水) |
| 【加藤さんがんばれ】 |
| 瓜田に履を納れず 李下に冠を正さず 古楽府の君子行の言葉を送り 韓信の又くぐりの故事をなぞらえ応援します 私は戦略に孫子を戦術に六韜三略をそれを実践にいかせるように と鬼谷子の縦横学を学びましたが いまだ志ならず在野の一介の赤貧の身です あなたならまだ総理になれます いろいろ助言できればいいのですが 私はあなたからまだ使われる人間ではありません 運転手お茶汲み使い走りで使うきはありませんか 私は脛に傷があります だから表にでたくはありません 政治家にもなりたくありません そうゆう器は私には無いのですから 少し考えてみて下さい 私は官邸によく政策とか意見をよくだしてますから 参考の1つにしてみてください 数日中にご返事がないなら他に売り込みます 連絡はまずメールで いたずら電話が多いので電話では連絡しずらいものですから それと良く留守にしてますので この連絡方法が1番でしょう |
| 2002年3月13日(水) |
| 【加藤紘一あきらめるな】 |
| 元秘書が問題を起こしたが なんの問題があるとゆうのだ あれだけの金を集められたのは それだけ加藤紘一が支持され期待されてるからだ 加藤紘一に問題があるのは人材不足の問題 だから元秘書が問題を犯してしまったのだ それは加藤紘一が総理にまだ着けない事に直結する 有能な参謀軍師的人材がいないからだ これ以上彼を責めてなんになる 鈴木ムネオとは違うのだぞ 彼を責めることは彼を支持した山形県庄内の人間をも 愚弄するのと等しい 魔女狩りはもうやめろ 本質をみあやまってるぞ 非難するなら政策をだせ |
| 2002年3月10日(日) |
| 【容疑者の逮捕について】 |
| この度の事件で先生はきっちりと自分から判断し、離党すべきだと思います。加藤の乱の時もそうでしたが、有権者は先生のことを何もできないボンボンの評論家と評しています。ようは最後には何もできず、他人かろ決めてもらうのは政治家としてリーダーとして卑怯だと思います。 鹿野代議士のように男らしくけじめをつけて最初から第2のスタートを目指したほうが有権者も一緒に頑張るはずです!! 先生、逃げないで前を見つめて歩きましょう!! それが有権者の信頼を築きあげるはずです・・・・・」 |
| 2002年3月10日(日) |
| 【そろそろ後進に道を譲られるべき時期だと思います】 |
| 今回の件は残念でした。 自民党随一の政策通、またリベラル派、国際派として期待していました。 しかし、今回の疑惑は、たとえそのような行為が自民党議員の間で頻繁にみられる、「誰でもやっている」ことだとしても許されるべき行為ではありません。 今後、庄内地域に必要になるのは、利益誘導を実現するための中央への太いパイプではありません。 経済的に困難を極めて貧しいながらも、庄内の民にはそれ相応の気位というものがあったはずです。 しかし、今回の一件、そして酒田短期大学問題などで、私たちの大切な自尊心のようなものを破壊された気がします。 これからの庄内地域を考えたとき、そこで必要となるのは、地域での価値を創出できる、若いリーダーではないでしょうか。 失われた信頼を回復させるのは容易ではありますまい。むしろ、庄内・最上地域を代表するのにふさわしい、社会的公正、政策決定における透明性を体現するリーダーを発掘し、育てることに努力を傾注されることを、個人的に期待しております。 また今回の出来事、庄内の有権者にとっても反省するところの多いものだったと思います。何が地域のこれからに必要なのか、よくよく考えて判断を下すように、私も私なりに、家族をはじめ、地域の知り合いに呼びかけていこうと思います。 |
| 2002年1月30日(水) |
| 【秘書問題について/加藤支持】 |
| 秘書問題で、このページは 激しいことになっておりますが、 これは多少血なまぐさいと申しますか、 政治的な問題があります。 私は以前から、 自分のHPにおいて、 秘書は、政策関連に 集中できるような体制を 整えるべきだと申して参りました。 例えば、政策秘書でも、 根回しで使われることが多く、 政策作成の手伝いをしている 秘書は半分程度しかいないのが この国の政治の現状です。 加藤事務所がどうか分かりませんが、 是々非々の政治をやろうとしても、 (中堅・大物議員となると) 多少 いくつかの団体に 根回しをしないといけなくなっているのが この国の政治体制なんです。 早く打開しなければなりませんが、 難しいようです。 何より、 この「政治家 秘書」というものが、 ビジネスになってきた傾向があり、 それは、加藤紘一氏ほどの名のある政治家の 事務所にも影響があるのだと思います。 何より、政治家として名が出れば出るほど、 秘書の数は莫大になっていきますので、 加藤先生が把握しきれなかったのも, 無理はないと思います。 ここを打開するためには、 やはり加藤先生ご自身が 政治家として邁進されることだと 私は考えております。 今、別の議論のページでは、 加藤外務大臣という 希望の声が出ていますが、 そうした声にも 目をむけられ、 もう加藤の乱の時効は過ぎたのですから、 さらなる政治活動に 期待しております。 庄内のため、日本のため、世界のため、 頑張って下さい。 ※:当然、批判の声も 胸にとめておいて 頂きたいのですが..... |
| 2002年1月18日(金) |
| 【難に負けないで頑張ってください】 |
| 議員を続けて下さい。 いつかきっと、加藤先生の時代が 来ることを祈っております。 |
| 2002年1月15日(火) |
| 【国家戦略…政治を浄化して国を建直そう。】 |
| 庄内フォーラムをご覧の皆さんへ。 秘書による脱税疑惑は加藤紘一議員の政治姿勢および配下の人間教育が水準に達していないことを見事に証明したと思います。秘書に対する不信感は脱税疑惑だけでなく、対象となった金の入手自体が加藤議員の秘書であることの地位利用であることにも因ります。 加藤議員が知らなかったとしても、監督不行届きである難は免れなません。ましてや、「聴いておりません」などという第三者的な記者団への応対には、「加藤よ、お前もか。」とでも言いたい気がします。 庄内の皆さん、我が国の政治を変える要がありますが、先ず身内から始めませんか。 次の選挙で加藤紘一氏を落としてください。これが日本の政治浄化の第一歩です。 以上 |
| 2002年1月2日(水) |
| 【ソフトバレ-ボ-ル大会の御礼】 |
| 昨年鶴岡市でソフトバレ-ボ-ルの大会があり私の地元チ-ムが大変お世話になりました。 以前は、加藤先生が滋賀県にたびたび来ておられましたが最近は 生の声を聞く機会がほとんどありません。いつもインタ-ネツトで拝見させて頂いていますが近くで講演の機会があればぜひ知らせてください。 水口町のJA甲賀郡での岩永先生の応援演説が最後だったと記憶しています。その後川崎先生の応援にいかれました。 私は、先生がNHKの日曜討論に最初に出演されたときのことを鮮明に覚えております。「なぜあなたは、自民党を出たのですか」と言う鋭いきりこみでした。先生の信条信念が今も変わらぬことを信じています。今後のご活躍を期待しております。 できればメ-ルニュ-スの送信をお願いします。 |
| 2002年1月1日(火) |
| 【就労環境の充実が必要】 |
| 最近、街に溢れる若者のうち職に就いていないであろうと思われる人が多いのに驚かされる。未来を担う若者の就労場所が満足に確保できない状況が現実なのだ。デフレスパイラルは確実に進行しており、益々日本国内での生産活動は翳りを見せる。賃金も下降傾向で不況に拍車をかけていると言わざるを得ない。小泉総理の聖域無き構造改革も中身の無い改革になりそうな予感がするのは私だけだろうか。結局、弱者のみが更なる負担を強いられる改革であるなら、更に労働に就く魅力を失うことになりかねない。極端な話、働かなければ所得税も払わなくて良い訳だし何も買わなければ消費税も払わなくて良いのだ。非生産を奨励しているようなものである。ですから一言言いたい。社会に貢献することが 楽しいと思える環境の充実に改革を進めて欲しい、それが私の想いです。 |