「知っていたか」「いや、そんな天才が同級生にいたんかなあ」「おれは同じクラスだった。授業を熱心に聞き、最後に一生懸命質問する男だったよ」。1987年、利根川進君がノーベル医学・生理学賞を受賞した時、都立日比谷高校を58年に卒業した仲間たちで、こんな会話をした。
私自身が利根川君と初めて会ったのは95年。日本の産業空洞化を防ぐには科学技術立国しかないと思い詰めて主張し始めた私に、激励と意見具申のために衆院の自民党幹事長室に会いに来てくれたのだ。相手は何と言ってもノーベル賞受賞者。私も初めは身構えたが、利根川君は元気いっぱい。世間のこともよく知っており、気難しい理学者風なところは少しもなかった。
「僕は秀才型じゃなかった。ただ自然界の探求が面白く、愚直にやってきただけ。それに運も良かった」と明るい。クローン技術と倫理、基礎研究と教育制度など結構難しい話をするのだが、そこは遅れて出会ってもやはり「同窓のよしみ」。友達言葉で話してもらうと分かったような気になるから不思議なものだ。
それから7年。帰国するたびに連絡をくれ、東京で夫婦同士で食事をしたり、米ボストン郊外の利根川君の自宅を訪れたりしている。彼と話していると日本の将来に夢を描ける気分になってくるから本当に得難い友人だ。日本のバイオ研究のリーダーとしてそろそろ帰っておいでよ、といつ切り出そうか迷っている。
── 了 ──