政治の世界というのは、先がなかなか読めないところがございます。
それで読めないところの二つの事例を申しますと、第一に去年の「加藤政局」の時にあんな大きなうねりになるとは、私も思っておりませんでした。森総理が密室の中で決められて、そして国民の間でかなりの不満があるということは感じておりました。このままでいったら来年の参議院の選挙、つまりこの間行われた参議院の選挙ですけれども、自由民主党は足腰の立たないほどの敗北を喫するだろうと思われていた。そしてそれは日本の政治を混乱させる道に違いないと思いまして、党内でいろいろ話していました。森さんを支持する人も含めて、党内の80%の人が「やはりこのまま森さんではまずいな」と思っているわけで「じゃあ、声を出そうよ」「いやしかし、ここはいろいろあって」というわけで、なかなか皆さん率直におっしゃらないのです。それで私は当時非主流派の、言うなれば一番大きなグループのリーダーという立場でしたから、私が声を挙げなければならないなと思い、ご当地とも密接な関係をいただいております山崎拓先生と話し合って、「やはりこれは、問題提起をしよう」と申しました。その気持ちは、繰り返しますけれども、少なくとも私達は党執行部よりも感度よく国民の感覚を知っているつもりだし、うねりみたいなものがちょっとあるなということを感じているという自負がありました。しかし、それは全くの僭越な考えでありまして、私たちも本当に感度が鈍かったと思います。うねりは我々が考えたより3倍から5倍あったのではないかと思います。
■マグマの大きさ見誤る
あの晩、普段ならば午後11時頃まで、会社の付き合いで時には午前様になってくるお父さんが8時頃家に帰って、家族と共に、そしてめったに会話をしない高校生の息子と共に「今日は日本の政治が変わる日だ。歴史が変わる日かも知れない」と言って、テレビの前で家族で見ていてくれたということを、私たちは知りませんでした。
大阪、東京などの都心のタクシーがめっきり減って、ほとんどの人がどこかのテレビの前で見ていてくれたということも私たちは知りませんでした。それを知ったのは、我々が欠席するということを決めて、ホテルオークラの一室に皆で集まろうとそこに近づいた時に、私たちを11日間フォローしていたある民間テレビ会社の若い女性記者が、ハンディカメラみたいのを持ってずっとフォローしていたのですが、その人が記者としての中立的な立場を忘れて、私たちに先ほど司会の方がおっしゃったように「国民の改革の期待をどうするのですか」と、怒鳴るように叫んだのです。そしてそれがいろいろな他のテレビの音声にも入っていきました。あの時、「あっ、これは異常なことになってきたな」と感じました。
それからいろいろなドラマがありましたけれども、私があの時のことを総括するならば、やはりマグマの大きさ、改革変化への期待というものが強烈に強かったという中で、自分自身いろいろ判断の間違いがあったり、そしてその中にもみくちゃになったりしたのが、実は去年の加藤政局ではなかったかなと思っております。
その時も、また今年「えひめ丸」で森さんが窮地に陥った時も、いろいろな人から言われました。「あの時、あなた黙っていれば、今総理になっていたのに」と言われますけれども、私は、そういうことも政治家ですから目指します。目指しますけれども、やはり単に流れでそのポジションを狙うためだけで政治をやっていては、どうももう国民がついて来ない時代になったということは、明確だったのではないかと思います。
3月9日にある機会がありまして、小泉さんと私と山崎拓さんの3人が短時間話ました。そして「やはりこのままではいけない」と彼が言い、立候補を考えるということを迷っていると言っていましたので「必ず出たらいい」ということを言いました。そして「もしかしたら、勝つかもしれないよ」と申しました。それは私、加藤政局の後、自分の反省も含めて、また自分がなぜ間違えたかという原点を踏まえるためにも、全国行脚をしました。約55ヵ所ぐらいのところに行きました。北海道から九州至るところまで行きまして、30人から50人ぐらいの集会に顔を出すということでインターネットで告知しましたら、170〜180ヵ所から申し出がありました。それで、そこをずっと回って歩いたわけですけれども、30分ぐらいしか私は喋らないようにして、あと1時間半は討論ということにしました。たいていの場所で15人ほどと討論をやっていると、どういうふうに皆が考えているかということもよく分かりまして、そしてその中から、先ほど言いましたように「小泉さん、あなた立ったら勝つかも知れないよ」ということを、私自身が自信を持って言えるようになりました。しかし、あの87%の支持率というのは私にも予想ができなかったものであります。
■ある意味で破壊への期待
それは何か。そして今度の参議院選挙でも自由民主党という公認があれば、もう圧倒的に勝つという地域がほとんどでした。若干沖縄は大変な接戦でしたけれども、他のところはもうとても勝ちそうにないといわれていた候補が、自由民主党ということだけで勝っているという選挙だったと思います。それは「この国はこのままでは駄目なのではないか」それを壊してくれという、ある意味では破壊への期待だと思います。とにかく破壊して欲しい。その先にどういう具体的な政策があるのか小泉さんまだ言ってないのです。そしてどういう国の姿になるのかも言っていません。しかし、破壊の中から創造が生まれるのではないか、そしてそれは、ちょっと痛みがあっても、とにかくやってみようじゃないかという、小泉さんはそれなりに真剣に見えるということだったのではないかと思います。
ですから、小泉さんに対する破壊の期待度というのは、私は非常に難しい側面があると思います。ひとつ、これは言葉の違いと思われるかも知れませんけれども、自由民主党を変えて日本の政治を変えて欲しいというのと、自民党を超えて日本の政治を変えて欲しいという二つがあるように思うのです。ひとつは、とにかく自民党というシステムを読むのは非常に大切で、政治の安定のためには必要だから今後とも続けてもらいたいし、そのためには今の自民党では困るので変えて欲しいということです。時には党を壊して、そして言うなれば政界を再編するようなガラガラポンをするぐらいの気持ちでやって欲しいという、二つのものを期待の中に含んでいると思います。だからこそ時々小泉さんは、さすがに鋭いのでそこらへんを感知しながら「どうしても駄目な時には、私が自民党を潰します」というようなことを言うわけです。そのコンビネーションのうまさの中に、また皆の期待が高まっていくという側面があるのだろうと思います。
では小泉改革は、これから参議院選挙後どうなるのかということですが、私は案外、改革は具体的に進んでいくのではないかと思います。もちろん具体論が出たら大変です。具体論が出たら、もうこれは百家争鳴いろいろな人が出てきます。そして参議院選挙までは黙っていたけれども、何とかかんとか言いましょうという人がいっぱい出てきます。しかし基本的には、党内でそれぞれの圧力団体を背景にして頑張るというような人は、私は予想より少ないのではないかという気がします。なぜならば次には衆議院選挙を控えているわけです。国民が改革を望むと言った時に、自分は一部の圧力団体のために、敢えて発言しますという人が、私はそんなに多いとは思いません。それで今度の参議院の選挙で、皆は何々県は勝ったとか勝てなかったということに注目しています。そして合計64議席も取れたというところに注目しています。私は別のところで、比例代表の候補が意外に票が集まっていない点に注目しています。トップは、いわゆる郵政、特定郵便局長さん達の会の組織する、郵政三事業支持の全国候補が45万票取りました。しかし、それ以外はもう30万票、20万票、10万票です。この郵政三事業完全民営化に抵抗するという危機感でやった代表でも45万票なのです。これを全国の300の小選挙区に分けてみますと、平均1,500票です。我々小選挙区で勝つ場合は、たいてい10万票取らなければ勝てないわけです。そうしますと、1,500票というのは1.5%になるのです。それから普通の、例えば医師会にしても歯科医師会にしても10万票から20万票ですから、1%に至っていないのです。すると、加藤さん我々はあなたを当選させるために13万票与えましたというのが、私の選挙区の人たちです。そして「○○団体の票は、その13万票の中でいくらですか。500票ではないですか。その500票のことを聞くために、あなたオドオドなさるのですか」という発言が、もう既に始まっています。ある代議士は「500票のために自分の政治生命を捨てて非改革の発言をするのですか。それでは代議士辞めてくださいよ」。足せば、そういう団体は10や20あるのですが、しかし特定のテーマのためには99.5%の人は「代議士、改革の方に走ってください。あのテーマでは改革してくれなければ困りますよ」というわけです。
■歴史的にもチャンス
ですから具体的に言いますと、組織団体による集票能力というのは極めて下がってきて、そして圧力が小さくなってきたということが、日々ジワジワっと分かってくるのではないかと思っております。よく新聞に書いてあります。あれは制度というものの新しさを分からない、周知徹底しなかった、だから名前を書かなかった。したがって、しょうがなく党名を皆に書かせたのだと言われております。これは私は正確ではないと思います。全ての団体は「自民党と書いても、我々のグループとしては、あまり政治的な発言力にはならないのですよ。うちのAという名前を書いて下さいよ。忘れてはいけませんよ。Aという名前ですよ」ということを何度も何度も言ったけれども、それは忘れたのではなくて、もう支持する能力に欠けてきたのだと思います。つまり団体によって、それを仕切っていくとか、まとめていくとか、縛りをかけるということができなくなってきたということです。
ですから具体的に言えば、私はこれから自由民主党の国会議員、特に衆議院議員は、かなりいろいろな面で改革という意識した行動を取らざるを得なくなってきているのではないかなと思います。ですから改革反対派が決起して、それに対して小泉さんが必死になって対抗して、そして時にはもう衆議院解散も辞せずみたいなことでやっていくだろうというシナリオは、私は非現実的なシナリオではないかなと思います。
では、全て万々歳で進んでいくのかということですが、私はいくつかの問題点があると思います。その第一はやはり、外交と経済からくる障害ではないかなと思います。私は小泉改革というのは、歴史的にみて、めったにないチャンスを与えられた改革ですから、そしてこれだけ国民の支持を受けたものですから絶対に成功して欲しいし、そしてやるだけやって欲しいし、そしてその改革は小泉さん一人ではなかなか終わらないくらい大きなものでありますので、徹底してやって欲しいなと思っております。その国内改革の努力が、外交面
からくるトラブルで障害を与えられるとしたら、私は泣くに泣けないほどもったいないことになるのではないかと思います。
その具体的なものが靖国参拝問題でございます。私は、1ヶ月半か2ヶ月前、小泉政権の成立直後、この靖国参拝だけは慎重にやった方がいいということを発言致しました。その後、あまり声を大きくして話をしないようにしながら、山崎拓さんにも「これは慎重にいこうぜ。総理にも話しておいて欲しい」と言いましたし、総理側近にもいろいろ言ってきました。でも小泉さんの非常に濃い個人キャラクターと、非常に強い感性の下に、この問題は今進められておりますけれども、私はあくまでも靖国参拝については、慎重に総合的な判断を下して欲しいと思います。そしてこの問題で、国内改革のエネルギーが失われないようにして欲しいなと思っております。
■靖国 15日以前の参拝も
もちろん国のために命を落した人に誠を捧げるということは、誰だって必要なことだと認識していると思います。それには、いろいろな経緯や曲折があってこんにちまで来ましたけれども、その中で一番敬意を持って国民が異論なく誠を捧げる場所として、そして平和の誓いを確認するための場所として、いま確立したのは全国戦没者追悼式だと思います。最初は昭和38年に日比谷公会堂で行われました。けれども、昭和40年からでしょうか、武道館で天皇皇后両陛下ご参列の下に、そして三権の長が出席の下に、遺族の代表と全国の代表が集まって厳かに行われております。その全国戦没者追悼式で、皆で国のために命を落した人に誠を捧げるということについては、誰も異論がないような合意と権威が確立されました。私はこの靖国神社(参拝)の問題で、毎年非常に大きな論争になってしまうということは、せっかくここまで権威を高められて、合意に至って慰霊と平和の誓いを確立しようとしている全国戦没者追悼式の権威を落すものではないかと思います。もしあれが毎年(開催)場所が違ってしまうということに、何らかのある欠けたる思いがあるならば、やはりそれを国立墓苑でもいいし、国立慰霊の塔であってもいいし、何らかのものを造って、そしてそれは、ご当地の『平和の礎』のように諸外国の大統領が来ても参列するというような場所に、公共な場所に作り変えるということもあっていいのではないかと思います。確かに全世界どこから来ても、アーリントン墓地に皆行きます。我々の小泉首相もこの間行きました。そういう場所が東京にないということは、私は不幸なことだと思うし、それからゆくゆくは私は中国や韓国の国家指導者達も、日本に来たらそこに礼拝をしてもらう場所を作っていかなければいけないのではないかなと思います。
昨今、少しづつその議論が出て参りましたけれども、私は靖国問題には二つあって、ひとつは政教分離の話です。そして昭和53年の10月17日にA級戦犯14人が合祀されて以降は、実はこれは戦争責任に関わる対外問題になりました。この国内問題たる政教分離の話、そして国際問題である戦争責任の問題、この二つを同時に解決しうるというのは、やはり全国戦没者追悼式であり、そしてそれで恒久的な感が出ないとするならば、やはり国立墓苑、礼拝の場所を恒久的に造るべきではないかなと思います。
ある全国遺族会の有力幹部の人がかつて私にこういうことを言ったことがあります。「加藤さん、私たちは毎年靖国の問題も提起します。しかし同時に、天皇皇后両陛下がご出席なされるあの全国戦没者追悼式に行き、(遺族)代表として頭を垂れます。あそこの前に大きく木の柱が建てられます。あの向こうに何があるのかな、夫がいるのかなと思う時もあります。あの柱は毎年どこに行くのかなというふうに思います。だからあの柱が、どこかに恒久的にドンっと存在してくれたならば、私は本当に心和むなと思うのですけれども…遺族会の幹部として、こんなことを言っていいのでしょうか」ということを言われた時があります。ぜひこの靖国神社が抱える二つの問題、いわゆる政教分離と、そして戦争責任の問題というのをしっかりと議論しながら、行きつく先は全国民が納得できる、そして諸外国の指導者も参拝できる場所を造るべきではないかなと思います。
そして現実に、今年の小泉首相の(靖国神社)参拝問題については、私はできるだけ慎重にしてもらいたいなという希望を相変わらず持っております。しかし、小泉さんがあれだけおっしゃって(もし参拝をやめるようなことがあれば)有言実行の人ではないという、有言実行についていろいろ批判が出てはいけません。そういうことも考えると、やはり山崎幹事長がおっしゃるようにT.P.Oを考えた参拝ということを頭に入れるべきではないかなというふうに思います。
私は東北の田舎出身でございます。それでよく村の古老や、私の死んだおばあちゃんにも言われたことがあります。「仏事はな、いろいろな都合があって行けなかった時には、前もって行くものだよ」と、言われております。東北では少なくともそう教えられておりますし、いわゆる仏事が11時に始まるといったら、たいてい10時55分に始まるのが我々の地域の習いでございます。ご当地沖縄ではどういう文化か知りませんが、8月15日の問題は、タイミングを考えて、少し前に礼拝を考えるということもひとつの手ではないかと思います。その他いろいろ総合的に参拝の仕方を考えていくというところで、総合判断をして、抜き差しならないアジア諸国との醒めた関係にならぬように、ぜひ総理には配慮してもらいたいというような気持ちでいっぱいでございます。
■消費低迷の根底に「将来不安」
さて、その靖国問題の次に私が非常に気になりますのが、やはり経済の問題でございます。株価が今日は12,300円ぐらいだろうと思うのですが、一時11,500円台まで落ちました。この株の値段と同時に、膨大に政府が発行しております国債の価格は、今お金の行き場所がないものですから、非常に上がって、つまり金利は下がって、みんなお金の行き場所として、最後は国債を買っていればいいという状態になっておりますし、そして人々は銀行が危ないのならば、郵便局に預けるという形にしております。
しかし世の中の人々が将来に不安を持ってお金を貯金する。そして貯金する場合にはできるだけリスクをとらないようにして、国の金融機関に預けて、そこから国債が買われていくという姿がいつまでも続いていいものだとは思いません。
1年ほど前にあるイギリスの経済紙が、世界経済の中で二つの心配な塊があると書いてありました。ひとつはアメリカのITバブルだし、もうひとつは日本の国債バブルであると言っておりました。そしてITバブルは潰れかけております。私は日本の国債というものが、これだけ大きく発行していて、ある日何らかの事が起きた場合には、日本の経済はかなり壊滅的な影響を受ける可能性があると思っております。ですから私は今、景気対策として国債をなんぼ発行してもいいからとにかく手を打てという考えは、絶対にやってはいけないことだと思います。もちろん補正予算というのはありうると思うのですが、しかしこれは公共事業を中心としたものではなくて、全国の大学や国立研究所などの将来に芽を出しそうな科学技術の研究成果の芽をどうやって産業につなげることができるかというような、インフラのためにお金を使えば、おそらく補正予算で500億円出しても、1,000億円出しても膨大な影響や効果が出るようになるだろうと思います。そういったところに私たちは思いを致すべきではないかと思います。
それで私は、日本の経済がなぜここまで落ち込んでいるかというと、国民が物を買わないからではないかと思っております。買わない根底にあるのは何かと言えば、将来に対する不安だと思います。よく公共事業だとか、住宅というものが景気対策のポイントだと言う人がいますけれども、GNP500兆円の中で住宅産業というのは20兆円です。公共事業は40兆円で、今は35兆円まで落ちています。国はそのうち10兆円です。それから公社、道路公団などが約10兆円を占めていて、都道府県及び市町村が20兆円です。ところが地方財政が厳しくなってきておりますので、県単、つまり市町村単独事業がどんどん減ってきており、今それが15兆円を切っているのではないかと思います。それでいくら亀井静香さんが頑張って国の公共事業を増やしても、地方がそれについてこれないですから、最近、国会議員の議員会館は陳情件数が少なくなりました。市町村長さんたちが○○代議士に言って予算を取ってもらうために陳情に行くというと、県の方から「あなたは行かないでくれ。(予算を) 取ってこられても県の負担分を出せないから、あまり陳情に行かないで下さい」と言われるのです。「あの代議士は陳情を受けると、意地と名誉にかけて一生懸命頑張って予算を取ってくるから危ない」と言われながら、市町村長さんたちが陳情に来るというのが昨今の状態になっております。そこでかなりブレーキがかかっているという状態です。
輸出が約50兆円弱です。民間設備投資が80兆円です。そういう中で個人消費が最後は300兆円で6割です。そして、この6割が冷え込んでしまったと考えると、いかに景気に影響しているかが分かると思います。
ではなぜ皆が買わないかというと、買いたい物がないというのがひとつの理由です。しかし、やはり日本の将来と自分の老後に不安があるから買わないというというのが本音ではないでしょうか。自分の主人の会社は大企業で、国際競争力もまだあるから大丈夫だと思っているようですが、本当にそうでしょうか。
最近、ナショナルでさえ赤字になってきたそうです。1,000人〜2,000人の、言うなれば退職者募集が始まったそうです。そうならば、うちのお父さんの会社だって分からない。アメリカには水を開けられ、台湾や韓国は迫って来て、中国はものすごい勢いです。そういうことも考え、また日本の経済と自分の雇用の将来を考えると、取り敢えず貯金というのが今の姿ではないかと思います。そしてもうひとつは老後の心配です。
■産学共同に日米の差
でも私は日本の将来は大丈夫だと思っています。それはなぜ失敗したかというと、ご承知のように競争力が落ちたということでありますし、金融システムが弱すぎたということなのです。例えばITについて言えば、確かにアメリカのシリコンバレーを中心とした産学共同に負けました。しかし負けるのもある意味では当然で、シリコンバレーというのはスタンフォード大学やU.C.バークレー(カリフォルニア大学) の研究成果を、民間の企業によって公益として渡した場所がシリコンバレーだと思えばいいのだと思います。産学共同の公益の場所、そこで発展するわけです。そしてそれは、スタンフォード大学はプライベートな私立大学ですから可能でありました。しかし日本でそれをやればほとんど有力な研究機関は国立ないし公立ですから、そこで民間企業にこれだけ研究成果があって「これを使うと儲かりますよ」と渡したら汚職であります。地検特捜部がやってきて、その教授を逮捕するわけです。名古屋大学の医学部の先生と三重県の製薬会社の中でそれが行われて逮捕されました。防衛医大の先生と、ある試験試薬会社が共同して作業をして、防衛大学の医学部の教授が逮捕されました。向こう (アメリカ) では経済発展、こっちは社会的なスキャンダル。こうなれば、発展が向こうに遅れるというのは当たり前です。よくこんなのでやれてこられたなという感じがします。ここ2〜3年、我々がそれを一生懸命言っていますので、今はぐんぐん変わっていまして、ついに今年の1月には通産省の中に産学連携促進課という課がひとつできるくらいまでになってきました。いまその課と文部科学省の担当課の間で激しいやり取りをして、学者にもっといろいろなベンチャービジネスに出ていけるようにしようとやっています。
バイオの世界で日本は負けたと言われております。人間の体は細胞でできていて、その細胞は30億の塩基対から成る、DNAで形成されているということのようですが、それを全部読み取るには、あと5〜6年かかると思われていたのが、アメリカで去年解読されてしまいました。セレラ・ジェノミックス社という会社が、商売として解読に成功したのですが、なぜそんなことが早くできたかと申しますと、300台のシーケンサーという分析機械を導入したからです。その分析機械はアメリカのメーカーの名前がついているのですが、その下に小さく日立(製作所) と書いてあるそうです。もともと日立が8年前に作ったからです。しかし、これはとても儲からないということで、アメリカにパテントで売ってしまいました。それである部分が少し残っているので日立と書かれているわけです。
そこでなぜ8年前にそんな間違いを犯したのかと言いますと、それを日本で持っていたら、ヒューマンゲノム30億の塩基対の分析は日本だったと思うのです。それは日立の方でとても儲からないと思ったということを、いま言いましたけれども、そこに3億円から4億円ぐらいの補助金を日本政府が出していたら、それは日本のものだったと思います。それと同時に、当時、これは私も責任があるように思うのですが、政府与党、とにかく政策を決定する際に、アメリカとの黒字に本当に困っていたわけです。めちゃくちゃ日本が儲かって黒字になっているわけです。そういう時に「おい、何でも産業を日本が取ってしまったら、いかんぞ」というわけです。例えば航空機産業とか、ある種のものはやはりアメリカにお任せするということでもしないと、バランスが取れないなという意見を我々は持っていました。それが通産省にも微妙に反映したかなと思っております。
したがって、通産省や日立さんの方は、そういう「時の雰囲気があったじゃないですか」みたいなことを我々に何となく言うのです。「そうだったかな」と反省もしております。それで8年前に何でも日本でやると言ったらうまくいけたわけです。このバイオの世界はまだまだ不十分です。配列が分かっているだけで、ジグソーパズルの30億ピースの場所がわかっただけで、どれとどれをくっつけるとピタッと合って蛋白 (質) になるのか、人体に有用な物質になるのかということはこれからです。アルツハイマーの遺伝子というのは、10万個ぐらいの中で5個ほどあるそうですが、だいたいあっちではなくこっちの方だなというのは分かってきたそうです。それを誰が見つけるかというと、日本の学者かアメリカの学者だと言われております。だからアメリカで研究していた日本の岡本という学者が日本に帰ってきて、理研というところで研究していましたが、アメリカで研究していた成果の一部を試験管に入れて持っていったから逮捕するということで、いま日米で喧嘩になっています。それぐらい日米の争いはかなり激しくなっています。つまり日本の実力があるということになると思います。
■「やれる」自信が必要
ナノの技術、10億分の1ミリの細かな世界ですけれども、こういう細かいことは日本の方が勝っています。東京大学や東北大学では今1ミリのロボットを作ろうとしています。今のガス管を修理したり、地下に埋まっているものを点検したりする時に、小さなロボットが入って行って、じきガス漏れしそうなところを発見すると上に連絡するわけです。そして「うまく治したら帰っておいで」と指示すると、ロボットはちゃんと治して帰ってきます。自分で治せないとなったら、また通知してきて、そこは掘り起こしてガス管をつなぐわけです。
その応用で1ミリのロボットを作って人間の血管の中に送ろうということです。コレステロールの数値と心筋梗塞の詰りの修理をして回復させてよこそうということです。
ちょっとお笑いになるかも知れませんが、皆さん携帯電話、着信音などがうるさい時にはブルブルとバイブレーターが振動して着信を知らせるように設定できます。あれは中のモーターが振動を起こすそうですが、そのモーターが4.1ミリだそうです。全部日本で作られています。世界向け何億台と作っているそうです。この4.1ミリの「ブルブル君」という名前だそうですが、日本のメーカーが作っておりまして、その設計はナノの単位で設計していると社長は豪語しておりました。ですからその4.1ミリが、1.0ミリの範囲のロボットに変わっていく可能性は十分あると思います。
ですから、私は今の日本に公共事業も必要でしょうが、この国はやれるのだという自信と夢を与えるということが一番の景気対策ではないのかなと思っております。そこで皆自信を失っているのです。本当に大きなメーカーが赤字だというと、私どももオッと思ってしまいます。しかしよくよく見ると大変な力を持っている日本の国ですので、そこで自信を失わないようにやっていくべきであると思っております。
それからもうひとつ老後の話ですが、沖縄は一番の長寿県です。長寿というのは2〜3千年前からの人類の夢だったわけです。沖縄の方々は中国との接触が深い伝統を持っております。そこで徐福というのをご存知でしょうか。あまりご存知ないようですね。
私は外交官でした。その時、中国を自分のライフワークにしようと思い、外務省に入った若い頃、台湾で2年間中国語の研修をしました。中国語を習うために台湾の小学校1年生から6年生までの教科書を1年半かけて勉強していきました。その中に徐福というのが出てきて、これが日本人の始まりだと書いてあるのです。『秦の始皇帝の時に不老長寿の薬を求めて、若い女性と男性を東の島に派遣した。名前を徐福と言う。嵐に遭って帰って来れなくなって、それが日本人のスタートである』と書いてあるわけです。私はカッーとして「そんな話は聞いたことがない」と言ったら、「えっ、日本人なのに知らないの」と言われました。「和歌山県に辿りついた」と言っていました。
■公的年金への信頼
余計な話になりましたが、それほどみんな不老長寿を求めていて、いま世界最高の長寿県になって、これが老後の心配で暗いとなったらどこかおかしいと思います。どこが違うかというと、年金政策論的に言いますと老人の概念を間違えているようです。今から28年前に私が初めて代議士になった時に、年金制度の本格的な幕開けといわれ、年寄りを65歳からと言っておりました。その時の男女の平均寿命が72歳でした。ですから7年間の老後ということになります。今、男性が77歳、女性が84歳で平均79歳です。14年が老後なのです。だから老後が7年から14年になり倍になっています。それから 『きんさん、ぎんさん』 をテレビで観ていますから「もしかしたら俺も100歳ぐらいまではいくかも知れない。しかし、せめて85歳ぐらいまでは蓄えは大丈夫だけれども100歳まで生きたらどうしよう」と、みんな思っているところに、生命保険会社の生保レディの影響があると思います。生保関係の方がいらっしゃいましたら後で怒られますね。(笑い)あの生保レディは日本生命さんが一番多いと思いますが、全国で数万人おりますね。それも生活がかかって説得力をもって「国の年金はいずれ潰れますよ。民間の年金はいいですよ」と、第一生命さんなど全部数えると、毎日十数万人が説得して歩いているのではないでしょうか。一方、国の年金を集めるのは市町村それぞれの役所の年金課とか、社会保険事務所がハガキ1枚出して「おい、持って来い」という話ですし、とても国の年金が良い年金なんて説得してないわけです。でも考えてみれば、民間の年金は儲けのための年金です。国の年金は儲けなくていいし、事務費は税金で出すし、支払の時、今は3分の1だけれども、今度、半分は税金をつぎ込んでやると決めたのです。そして30年〜40年後いざ払うという段階になると貨幣価値が変わっていても、その時また税金で集める賦課方式と言います。英語でいうと Pay as yougo と言います。その方式で、その時の若い人から集めて配るわけですから絶対に良い方式です。民間の年金保険が変動性になっているのはないはずです。スライド制がついている民間年金はないはずです。ですからここまで公的年金について不信感が固まってしまったというのは非常に間違いです。
それから厚生省も間違いを犯していると思うのは、年金を20歳から集め始めたのは5年前からです。高卒の人は18歳からサラリーマンになって年金代を払わせているのに、親掛かりで豊かなやつは20歳から出せと言いますが、20歳では無理です。1ヶ月13,300円。そして必ず「これはあなたのもの」だと言って、母親と息子が食卓を囲んで喧嘩しています。「いや、あなたの老後でしょう」「そんな小遣いもらっていない」「ではローソンかセブン−イレブンでアルバイトでもして払いなさい」「でも週刊誌に潰れるって書いてあった」みたいなやり取りをしているわけです。
ですから公的年金に対する信頼を取り返すこと。それから65歳になったら老人ということではなく、前期高齢者と後期高齢者に分けるということをはっきり言って、前期高齢者の方については、基礎年金は67,000円ぐらいですが、月50,000円ぐらいしかないけれども、半分以上ボランティア、半分は実費みたいな考え方で、商社勤めだった人は地元の中学生に英語の初歩を教えて下さい。それから銀行マンだった人は経理を、会社の経理の人だったら複式簿記などを市内の市民講座などで教えて下さいというように働いてもらうわけです。そこで一番重要なことは、非自立期間をみんなで意識することです。つまり自分で自立してトイレや食事ができなくなる期間というのはどの程度かということです。男性で1.5年、女性で1.7年です。だから最後の1.5年、1.7年を面倒見られないような日本ではありません。それはできます。しっかりと老後の話を考えると、私は明るくなっていくのではないかと思います。
それから最後に、これからの日本は文化と伝統を考えなければいけない時期にきていると思います。ご承知のように明治維新以降、我々はヨーロッパの豊かさ、グローバリゼーシヨンみたいなもので、世界と同じ基準で豊かになっていくことのみを考えて生きてきました。しかし最近のWTOのシアトル会議とか、スイスのダボスの世界経済フォーラムに対する大変なデモ隊とか、この間のジェノバ・サミットに15万人の人が集まって1人が死んだあの動きなど、全世界が同じ基準で生きていこうということでもないぞと、それぞれの国の味、それぞれの文化、伝統、こだわりというものにも配慮する時代が来たのではないかという問題が提起されたと思っております。
■文化や伝統、知的資産を大切に
時間がなくなりましたので、ひとことだけ申し上げますけれども、私はいま日本人が一番重要なことは諸外国に対してむやみやたら威張ることでもなく、軍事的な貢献ができなければ普通の国ではないというふうに劣等感を抱くことでもないと思います。そして経済No.1になって、Japan is number one economic super powerをもう1回やろうとすることでもありません。私は具体的に言うと、日本人はもう少し原点に返って知的な資産を積み重ねて行くことと、江戸時代全国どこでもあった寺子屋のようなところで教えられた読み書きソロバンの教育の蓄積で、その後100年生きてきたのだから、もう1回基礎的な教育と知的な発見に戻っていくことであろうと思います。そして、ただ知的で科学的技術が進歩すればいいというものではないから、『日本人の心』 というのはどこにあるのか見極めることではないのかと思います。私はそれは日本人の自然崇拝の念だろうと思います。
ヨーロッパのユダヤ教もキリスト教も、その分派たるイスラム教も、結局はパレスチナの地から生まれているわけですけれども、あそこは今から2,500年前、モーゼやイエス・キリストが歩いた時には、もう既に環境破壊でめちゃくちゃな禿山でした。山に木はもうありませんでした。平野に水が流れてなく、土漠であり砂漠でした。そこを33歳ぐらいのイエス・キリストが歩いていけば、ああいう厳しい教えになったと思うのです。その時の日本は山には青々と木があり、鳥が飛び、それを掴まえて食べ、川には魚が泳ぎ、秋には栗、平野部には水があり草と野菜と稲があり、こんなに住み良い国なのだから自然と折り合いをつけていけばいいというふうになったのが、実は私は日本の原点アニミズム、そして思想の根底ではなかったかと思っております。そういうところが大きく変わってしまったのが、実は明治維新の時に国家神道を作ったところにあったのではと思います。
もう一度、日本の原点と誇りというところは、自然に対する崇拝の念と、それに対する見事な愛情であるというところに立ち返ってみるということが必要ではないかと考えます。私は日本の江戸時代のコミュニティーは何でできていたのかなと思います。もしかしたら神社かお寺を中心とした何らかのコミュニティーの中で生活、生産が行われ、教育が行われたのではないかと思います。そうすると「沖縄は何だったの。お寺ですか」と、昨日知事さんや新報の社長、ほか何人かにお聞きしながらが討論しましたが「お寺ではないかもしれない。それは御嶽だ」と聞きましたが、あれは何だろうなと思いました。多分どこかに自然のありがたさを、沖縄の先祖の人たちが見つける術を子孫に教えたのではないかなと思いました。
私は最近好きな歌がありまして、小椋桂という僕らと同じ世代の「シクラメンのかほり」を書いた男が作詞した歌に「山河」という歌があります。人は皆山河に生まれ 抱かれ 挑み 山河と和み 山河に還る そこに命をつなぎ 命を刻み ついには山河に還るという歌です。なかなかいい歌です。結局、日本人は山河とか、ちょっとした自然、山水草木に命を見つけ、そこに敬意を払っていくのが原点ではないだろうかと思います。そういうことを論じていかなければ、もう教育の問題も、実は戦争責任の問題も、本当の解決にはならないような時に来ているのではないかなと思います。
そういうことをじっと考えながら政治の場面を見て、この国が自信を持って、明るく、そして元気になるように全力を挙げていきたいと思っております。どうもありがとうございました。
◇ 質 疑 応 答
── 大変示唆に富むご講演ありがとうございました。
小泉総理が外交問題と経済問題という大事な問題でご苦労なされるかと思います。沖縄の場合も特に大きな外交問題です。今まで見ていますと、ブッシュ大統領と小泉総理はウマが合うのではと思っております。ある意味ではタカ派的なところもございまして、アメリカの共和党がそういった姿勢です。そこで、中身はまだよく分かりませんが、大きな米軍基地を持ち、一番貧しい沖縄に痛みが来るのではという感じがします。外交官の経験を持っておられる先生はどのようにお考えでしょうか。
【加藤】 アメリカの大統領は、歴代、前の政権に対してアンチを張ってきます。つまり反対を張って当選するのですが、当選後はスッ−と少し真ん中に戻ってくるというふうに思えばいいと思います。
今のブッシュさんも若干タカ派的だし、ユニラテラリズムと言いましょうか一国主義のようなところがあり、中国とも対立することもあります。所詮、私はあるところで調整してくると思っております。
それからナショナル・ミサイル・ディフェンスの問題があり、あれはもの凄くタカ派的な発想だろうと思います。全世界にミサイルを張り巡らせて、あんなことをやっていいのと皆思っています。でもどちらかというと、飛んできたミサイルを打ち落とす防御ネットを作ろうというもので、私は日本の専守防衛の発想からすると検討に値する考え方ではないかなと思っております。
国を自ら守るというのには二つの概念がありまして、ひとつは飛び道具で相手をやっつけるということ。もうひとつはどんなものが飛んで来ても絶対に守る盾を見事に突くという方法です。古い中国の城下町である若者が「Ladies and gentlemen この槍 (矛)は何でも突き通す」と同時に、よせばいいのに「この盾はどんな槍 (矛)がきても守る」と言います。すると、ある老人が「若いの、その両方を一緒に闘わせたらどうなる?」と聞いたら答えが出なかったというのが矛盾という言葉の語源です。我々はどちらかというと攻撃のことばかり考えていましたが、レーガン (元アメリカ大統領) 時代からSDIという構想の中にスタートしましたが、守る方を重点にしようと考えました。それなら他人に迷惑をかけないからという発想に変わってきました。これは民主党が言い出して、いまブッシュ大統領の共和党がやっていますけれども、これは研究に値するテーマだと思います。
いずれにしても、ブッシュ政権もだんだん落ち着いてくると思っております。その中で私が一番気になるのが北朝鮮の話です。北朝鮮の問題がしっかり解決しないと、私は沖縄の海兵隊などの問題も、解決の本当の理論的な根拠が出てこないと思っております。
私は政調会長、幹事長の時に北朝鮮問題を解決しなければいけないと思っていろいろやりました。すると、あれはいろいろあちらこちらから中傷を受けますが、その時に思いましたのは、やはり沖縄の基地の問題を解決するには日朝間の緊張緩和は絶対大事だと思いました。特に海兵隊駐留についてはそう思っております。そういう点からすると、ブッシュ政権は少し北朝鮮にきつくやっておりますけれども、いずれ話し合いの方向が必ず来ると思っております。
── いろいろ素晴らしいお話ありがとうございます。今の日本の閉塞状況打開のために、ひとつの考え方として、日本の東大を頂点とした旧帝大の在り方で、日本の大学システムが外国に比べ、あるいはアメリカに比べ、かなり劣っているというような評論家の話もあります。先生は外国に留学された様々な経験が原点になっているのかなと思っております。
それから沖縄の場合も過去に米国留学制度があり、その方々が沖縄を指導的な立場で引っ張っていったという時代がありました。今後、日本が世界へ向けて闘っていく場合に、政治的な面、あるいは経済的な面で世界戦略を視野においた対処の仕方といいますか、そういう面が政治家においても経済家においても欠けているのではないかと思います。そこで世界に通用する政治経済の交流を、東大を頂点とした大学の交流、外国に開かれた大学という考えでのご意見を伺いたいと思います。
【加藤】 私は1年だけアメリカの大学にいたことがあります。その時は勉強が面白くて面白くてたまらなくなりました。日本の大学や高校にいた時には、いやぁもう勉強は辛くて「何でこんなことをしなければいけないのか」と思いました。ではアメリカはなぜ面白いのかと言うと、自分で考える訓練をさせてくれるのです。ハーバード大学にいましたが、偉い学者の本を書き写して切り貼りして論文を書いたら落第と言われました。日本では明らかに優をもらえたのにと私は不満でした。でも指導に従って、教授の下にいる助手とか大学院生が僕らを教えるわけです。すると蘆溝橋事件など「この事件はなぜあなたは起きたと思うのか」と問われ「こういう本に書いてあったから」と答えると「そんなものは関係ないでしょう。(この本を書いたのは) あなたより程度の低い学者かも知れないよ」というわけです。それでその当時の新聞にこう書いてあったからだとか、その時の西園寺日記にこう書いてあったからと言うと「そうか」と、自分で推理させて歴史のペーパーを書くと「Aマイナス」をもらえるのです。その時に学問というのは推理小説をやるように面白いなと思いました。それが実は、私が政治家になってまがりなりにもこんにちまで来れた原点だと思います。本当にどんなに偉い大蔵省の秀才が言っても「俺、何かそこの意味分からないよ。教えて」と言うと「嫌な質問するね」という顔をして、ちょっとデータを見せてというと、そこにごまかしがあったりするのです。すると自分で考えてみていけばいいのだと思うわけです。ですからそういった教育の仕方というのは、これからどうすればいいのかという問題です。いま独立行政法人制とか、非公務員型の大学にするとか、任期制で大学の先生も試験を5年ごとにするとか、いろいろなことをやっております。そこを変えていくということが、一番重要なことだと思っております。
それともうひとつ、英語です。英語をもっとやらなければいけない時代になりました。それは小学校から教えるということではなくていいです。日本国内の企業で、採用の時に必ず英語の基準があり、それを各社持っています。願書がたくさん来ても、英語能力、具体的に言うとTOEICで、全世界共通の試験がありますが、その問題で500点から600点以上取ってないと願書も見ないというふうにやっています。その事実を明らかにするだけで、大学生は必死に勉強します。今そういう方向でやっておりますが、この方法は経団連の会長も賛成、経済同友会の代表監事も賛成で、みんな賛成で「では、やって下さい」と言っても、会社に持ち帰って (その案は) 潰れているのです。この間、文部省の局長に「各企業のボーダーラインを公表するように努力してごらん」と言ったら「あえなく討ち死にしてきました。みんな公表したがらないです」というわけです。なぜかと言うと「ライバルの会社に比べて、うちの方が2点基準が低いとなると恥だ」ということで、これも極めてジャパニーズらしいです。
それからもうひとつ、いま社長や専務をやっている人たちの立場がなくなるということです。それは「遡及せずということでいいじゃないか」と言ったとか言わないとか。(笑い) これも極めて日本的な配慮で、未だできないでいます。でも、これは本当にどこかの新聞か週刊誌が、うちだけが集めた独自取材ということで、各企業採用の隠れた基準一覧表などと出たら、学生は必死になると思います。
将来大工になるとか、沖縄料理のコックさんになるとかという人が、必ずしもペラペラの英語力になる必要はないかも知れません。しかし、自分はコックになるからこそ英語を勉強しなければ、フランス語を勉強しなければという人もいるかも知れません。とにかく全員が小学校から英語の勉強をやらなければいけないとは私は思いません。自分は将来、国際関係の仕事をしたいという夢を持っている人間は、そこに関門があるなと思わせれば、それでいいと思います。
実際に、課長クラスで、海外で交渉に行く時は、最低(TOEIC で) 何点取ってないと海外出張に出さないという基準を作ってある企業もあります。これは当たり前のことです。外国に行って契約の交渉をしたりする時に、英語が分からないで交渉ができるわけがありません。ちゃんとみんな (TOEICの) 基準を作ってあります。だけどそれは公表されておりません。ただ入社して「あれ、なぜ私は海外出張できないの。なぜ出世が止まっているの」という人は「お前はね、実は単純な話、英語力が乏しい」という場面にぶつかっているわけです。そこが重要だと思います。それがみんなできるようになると、CNN などを見たり、インタ−ネットで見たりするようになると思います。それでいろいろな意味での発想の国際化が出てくると思います。英語は重要だと思います。
【司会】
だいぶ時間も過ぎておりますが、沖縄経済振興策と基地の整理縮小という県民の声が根強くあります。それに関しまして、いずれ首相になられる先生にコメントいただければありがたいです。
【加藤】 振興策についてはいろいろな手があると思います。ただ非常に大きく考えると、先ほども言いましたが、日本は安く勤勉な労働力で勝負するところではなくなりました。それはアジアのほかの国々にあります。ですから、かなり高いレベルの技術の開発と、それを使いこなすというところで勝負していくわけですから、大学の工学部や研究所を、ここ沖縄にしっかり作れるかということだと思います。
それからその下のレベルの工業高等専門学校で、人材をしっかりここで育成できるかというところにかかってくると思います。ですから5年前の暴行事件の時に、振興策が議論になって、当時私は幹事長をしておりまして、工業高専は絶対に作った方がいいということを申しまして、それはいま進行中だと思います。
先ほど言いましたように、沖縄はアジアの玄関になると思います。そこの交流を一番やり易い場所だと思います。昨日、稲嶺知事から聞いた話で「沖縄とタイにはチャイナタウンがない」と聞き、言われてみれば「なるほどな」と思いました。全てのアジアの人たちを両者 (沖縄人とタイ人) とも温かく大きく包み込んで迎え入れてしまうので、別にチャイナタウンやインドタウンとか作らなくてもいいのが沖縄であり、タイであるということです。この事実を、実は地元の方はごく当たり前だと思っているでしょうが、大きな利点です。私は台湾に2年、香港に2年、中国問題をライフワークにすると決心している人間ですから、私には分かるのです。ここ沖縄は、アジアの人々にとっては来たくなるところだということが分かります。そこをうまく活用するというのが、ひとつではないでしょうか。
それから沖縄の基地の問題は、やはり75%の基地が沖縄にあるというのは異常です。だからといって本土のどこどこに持っていこうと言っても、みんな嫌がってなかなかできません。アメリカの兵士達が嫌がるのです。それは何かというと、街の光が見たいのです。これはもうネックです。北海道根室とかに広大な土地はありますが、そこはまだ19歳〜20歳の若い兵士達で、だから事件、事故も起こすわけですけれども、ああいう山の中では嫌なのです。やはり飲むところとか、歌うたうところがあって欲しいと思ってしまうのです。だからかなり抵抗しているところがあると私は思っております。
ですから、早く基地の必要のない国際情勢を作っていかなければいけないし、その点からいうと、やはり北朝鮮の問題かなと思います。そこから先は、いろいろ中近東に対する出撃基地になっているのではという議論がありますが、そこはこれからの日米安保のあり方を基本的に議論する時期に来ているのかなと思います。少なくとも地位協定については、しっかりと話し合う時が、近々来ないといけないなと思います。思いやり予算だって、最初の地位協定では、なかなか対応できない部分を特別協定で以って何度か上乗せしているわけで、地位協定そのものがかなり複雑なものになりすぎているのではと、私は思っています。そこも含めて、見直しをしなければならない時が、いずれ近い将来に来ると思っております。
── 了 ──