皆さん、明けましておめでとうございます。
昨年暮れは、皆さんに大変ご心配をおかけいたしました。新年はまた、新たな気持ちで元気よく、気力を持って仕事をしっかりとやっていきたい。そして、この日本の政治を少しでも変えるように、そして、政治を国民に近づけられるように、一所懸命頑張っていきたい、こう思っております。そして、何よりもこの国を明るくしたいと思います。
1 政治家も1人1人のメッセージが重要
そのために、重要なことは何か。私は、1人1人の個人の力とか、それから1つ1つの事業の力を伸び伸びと発揮させる、自由に発揮させる、動かせる、動かす、そういうことがまず大切なことの1つだろうと思いますし、もう1つは、心の中にある不安というものを除去することでないかなと思っております。
これは、今後の国の歩みにも関係することなのですけれども、我々の国というのは、戦後、50年余り、いや、その前の昭和14、5年に戦争を始めたときの体制以来、「社会主義」みたいな国だったのじゃないかと思います。世界の近代史の中で最も成功した社会民主主義国家みたいで、すべてのビジョン、すべての行動は、国が指示したり管理したりするところが多かったと思います。それによっては効率よく物事が進んでいったのですけれども、ある程度のところまで来たときに、やはりこれは、企業や、個人の力を抑える方向に働き始めたのではないかと思っております。特に過去10年はそうでした。
ともすれば「みんなで渡れば怖くない」という風潮に陥りがちでした。こういうものを直して、そして自己責任で企業の経営もする、農業も自己責任でやる、そういうような方向をもっともっと強くしていかなければならないのでないかなと思っております。
ここ2、3年、経済でも政治でも変化と混乱が起きています。しかし、それはよく突き詰めて考えてみると、そういった集団主義、そしてみんなで一緒に向こうを見ながら進んでいく、こういう日本の体制を少しでも直していこうとする構造改革の極めて厳しい努力なのではないだろうかなと思っております。
政治の世界もそうです。議員はグループをつくり、集団で、そして団体で物を考えていくというところがありますし、また、我々はそれを支えに頑張っていかなきゃならんと思っているところがまだありますけれども、昨今の政治を見ますと、1人1人の政治家や個人が、自分で判断して、そして自分で行動したい、また、してほしい、させてほしい、こういう流れが大きく出てきているように思います。
思えば、私は、国会議員になって28年です。その前には父親の衆議院選挙を10年ほど、まあ幼いながら手伝いをしていましたが、そんな折、よく、当時みんなが、こう言っていたものです。「あそこのうちは、おじいちゃん、おばあちゃん、お父さん、お母さん、それに最近、会社勤めしたばかりの若い長男、合計5票ある。声かけると、5票は来ないかもしれないけども、4票は来るぞ」私の1回目、2回目の選挙のときもそういう票読みをしておりました。
しかし、今は、国会議員でも、県会議員でも、市会議員でも、首長候補者でも、そんな票読みをやっている人はいるでしょうか。ほぼいないと思います。ご主人が、ここは加藤紘一先生にお世話になった、ついでに岸さんにもお世話になった、そう言って岸さんに入れる。まあご主人が言ったからと言って、奥さんが「そのとおりですね」とすんなり聞く家庭もあるかと思いますけれど、いまはまず聞いてくれない。そういう関係も結構あるのじゃないでしょうか。まして、長男なんか、自分は自分の判断で、新聞読んで、インターネットを見て、そしてテレビを見て私は判断するから、おやじよ、そこは何も言わないでくれ、と。そういう時代になってきたのではないかなと思っています。
つまり、人々はある種の呪縛から離れて、そして自分で物事を判断したい、そして自分でこの国のあり方を判断したいという思いに駆られているのではないかと思います。そういう中で我々は、政治を一所懸命やっています。ですから、そこで一番重要なのは、我々が1人1人の有権者、国民に対して、どう言ったら心に響くビジョンを言うか、メッセージを伝えるか、そこが重要なように思います。
政治にしても経済にしても、私は、本年は難しいことが非常に多いと思いますけれども、その中で非常に重要なのは、さっき申しました、個人の力を自由に開放することと、不安を解消することではないかと、思います。ともすれば、かなり我々、暗い気持ちになりがちです。
2 年金問題を解決し、老後の不安を払拭すべき
例えば、新年早々、円が安くなっています。これを、円とドルの関係で、ドル紙幣をいっぱい持っているとか、貯金を持っている人がこの会場にいっぱいいるとは、僕は思いません。それで得したなどという人がいるとは思いません。
しかし、全般的に言えば、円安になれば、輸出がふえ、輸入される油だとか商品の値段は上がります。ということは、若干インフレ気味になるわけです。本来ならば気になるところでございますが、この国全体が現在どっちかというとデフレ気味ですから、まあ、そこはそこで、まあまあ吸収できるのではないか、ここは少し明るく前向きに考えていきたいと思います。
あえて言えば、輸出が出過ぎて、新しいブッシュ政権との間に貿易摩擦が出てくると、これはかなりの難しい形になりますけれども、まずは、そういうところには行かないようにコントロールしながら、これを前向きにとらえていくしかないのではないかと思います。
しかし、それよりもやはり、この世の中で景気をよくするにはどうしたらいいかといったら、若干、回り道ですけれども、みんなが物を買うような気分に明るくすることではないかなというふうに思います。
前にも言いましたが、日本のGNPというのは、500兆円です。公共事業は幾らかというと、国が10兆、都道府県、市町村が20兆、そして公社、公団などが10兆で合計40兆円。ところが、個人が物を買うというのは300兆円です。ですから、今、公共事業が、特に地方自治体の財政難というものがあって、国の方は少し伸ばしているのですけれども、市町村、都道府県の方は減らさざるを得なくなっております。4兆、5兆の範囲で2、3年前から落ちているのだろうと思います。ですから、その部分は、なかなかこれから大きな期待というのはできないと思います。しかし、人々の心がちょっと明るくなって、スーパーに行ったとき、1つか2つか余計に買うと、2%伸びて6兆円、3%伸びて9兆の消費効果になっていくわけであります。私は、ここが最も重要なところだと思います。最近のアメリカや、国際経済機関で分析する人たちは「人々の心が消費に向かっていかないところに、日本の経済の一番の問題点がある」というふうに指摘するようになりました。
私は、自民党の幹事長をしていた当時から、所得減税をやって、ポケットにお金を入れても、みんなが将来不安だと、それは使いませんよ、消費に向きませんよ、景気の向上に向きませんよと言い続けて、余り人気のない政治家でありましたけれども、まあまあ、そう間違えたようには思いません。
そして逆に不安に思っているのは、なぜ人々が物を買わないのか。そこを論ずる経済学者、エコノミスト、経済評論家、テレビの経済コメンテーターがもっと多くなってほしいなと思っております。
なぜかというと、自分の選挙区に帰ってきても、東京で一般の人々、政治と関係ない人と話をしていても、将来に希望と期待があるならばお金を使うのに、どうも危ないから貯金しておくんですよと言う人が多い。その危さや不安はどういうことかというと、やはり私は老後の不安だと思います。年寄りばかりがふえて子供が少なくなってきている。自分の老後は誰が見てくれるのかという不安です。
これは結局、年金問題になるのですけれども、残念なことは国民のほとんどが、将来、きっと国の公的年金はだめになるに違いないというふうにみんな思っていることです。私は、政治家がもっともっと、この年金問題を本気で議論すべきところだろうと思います。総理大臣や党の幹部が一所懸命この問題を真剣に議論していかないと、本当の国民の不安解消にはならないと思います。
実は、年金制度がきっちりできたのは、今から25年前、私が議員になって初めてのころです。「年金制度元年」なんて当時は言っていました。当時は、平均寿命は70歳でした。65から国民年金を払って5年間払うと、70でみんな、みんなじゃないですけど、平均的に見ると、もう人生を終えていました。そうすると、年金の給付は5年間でした。
ところが今は平均寿命、男で77、女性では83か84です。この25年の間に、7年ぐらい延びちゃった。そうすると、5年払えばいいと思ったのが12年払うとなれば、これは大変なことになります。しかし、問題は、その12年間、みんな病気で寝ているわけじゃないんです。今の65歳なんてみんな元気でぴんぴんしている。70歳でも元気にはつらつです。だから、その支給開始という年齢を考えなければとならないということになるのだろうと思います。
それから、今、国民年金を、みんなが払わないという問題がありますが、大抵の場合は、20歳から払わせても、親がかりですから、これは無理があります。それよりも、国民年金部分は、25歳から払いはじめ65まで払うようにします。5年ぐらいずつずらしてもらいはじめる。そうすると、私は、かなり年金計画も明るく見えてくる。そういう根っこのところからの議論を、年金学者や厚生省のお役所の人にはできません。そこまでアイデア大胆にやれば、改革的な年金議論ができるわけです。そのかわり、年とったら首切るということをやめさせる。アメリカでは年齢による雇用差別禁止法というのが約8年前にできている。年をとったからって首切ってはいけないよということになっています。ただし、年をとって能力が落ちれば、それは、給料は下がるというふうに考えていいんじゃないかなと思います。このように考え論じていけば、私は、将来の老後、年金の問題もかなり明るさが出てくるのではないかと思います。
3 バイオ、ナノなど科学技術分解に注力すべき
将来への期待でありますが、我が国経済は、確かに今難しいところに来ていて、アメリカが調子いいところです。それはみんな知っています。では、なぜアメリカが調子がいいかというと、ITです。超LSIとかいって、IT革命のコンピュータ技術をしっかり持っていて、そして、それを金融の方にうまく使っている。世界じゅうのお金の流れをアメリカがコントロールしています。IT革命による経営技術革命というのが、アメリカの経済をよくしたわけですけれども、しかし、よく考えてみますと、ITの基本的なコンピュータの技術は、日本の大企業でも、それが、十分なるまとめ役、引っ張り役にならなかったがゆえに、アメリカに先を越されたというのが真相だと私は見ています。
それは同じことがバイオ関係でも言えます。
今、バイオについてはいろんなことが起こっています。きのうの新聞には、ついに、遺伝子組み換えをした猿が生まれたと言われています。ヤギか羊かの、3、4年前にイギリスでできたという。これは哺乳類ですから、猿にできるようになったというのはごく当たり前で、猿のクローンもできるでしょう。技術的に言えば人間クローンもできると言われております。
これは、実は、大きな、大きな、テーマでございまして、実は私のホームページに、正月6日ぐらいにちょっと書いておいたのですが、私は、全世界の目の不自由な人に光を与えられないかと思って、一所懸命、研究をしてもらっています。目の不自由な人に、「日本にいらっしゃい、光を与えることができます」という演説を、日本の政治家が、外国に行ってできたら、どんなにいいかなと思って、一所懸命やっております。そして現に、いろいろな新しい研究のプロジェクトが動き出しました。
ただ、そこの、ぎりぎりまで行きますと、「再生発生」というテーマなのですが、人間の持っている体のある部分を使いまして、視神経とか網膜をつくってしまうという部分に入っていきます。じゃあ、これは、確かに部品をつくることであるけれども、人間をつくっていくことにもつながるのではないかという厄介な議論さえも、出てくるのです
いずれにしても、そのバイオ関係の技術・研究で、人間の遺伝子、DNAの分析、30億もあるちっちゃなピース、30億の塩基対の分析をアメリカが去年やってしまいました。そしてなぜか、イギリスのブレア首相と、アメリカのクリントン大統領が、両国の協力でやり遂げた、こう発表しました。日本はその30億のうちの10分の1ぐらいの貢献をしただけで、日本はバイオで遅れたと言われております。
それをやり遂げたアメリカの会社、セルラジェノビックス社という会社なのですが、そこで、その分析をやった機械の下には、何と「日立」と書いてあるのです。なぜ日立か。実は、この分析機械を最初につくり上げたのは日立の技術者で、今50歳の人です。
では、なぜ、アメリカにやっちゃったんだというと、その機械の重要性というものがよくわからずに、そして、余りお金にならないと考えたということもあるかと思いますが、もう1つは、8年前は、実は日本からの輸出がアメリカにどんどん出ていったので、何でもかんでも、日本がやってしまったら、日米がもめると思っていたところがあります。あえてアメリカと競争しないように、向こうに譲るものは譲ってもいいと、そういう当時の風でした。
その中で、その技術がアメリカに行き、アメリカで使われ、バイオの英雄になってしまったのです。ですから、あえて言えば、日本がやる気であったら、ゲノムの世界での世界一になれたはずです。そして、もちろん、これからでも間に合います。今、単にヒューマンゲノムという人間のDNAが、どこにいくらあるかというのがわかったわけです。これとこれと合わせるとどういう薬になるか、たんぱくになってどういうものができるか、これはこれからの勝負でありますので、日本は一所懸命、今やっております。
それと同じようなことが実は、次の課題と言われる「ナノ技術」、そういうところで起き始めています。つまり、1000分の1ミリの、なお1000分の1、100万分の1ミリ、10億分の1メートルというから、とんでもないちっちゃな世界なのですが、そこを徹底的に研究していくと、薬の効き方とか、いろんな物質の発展とか、大変なことが起こるのだそうですが、この世界も、実は今のところ、日本がトップを走っています。トップを走っているがゆえに、日本にやられたら困るというので、この間、アメリカの大統領は、ナノ技術、この世界でアメリカは世界一を目指すということを発表しました。
発表したり、こうやるぞという、持っていこうとする構想力はさすがにアメリカの政治の力だと思います。しかし、その潜在的な研究能力は日本の方が高いわけですから、何としてでも私たちは、この世界では世界のリーダーになっていかなければならないし、必ずなっていけると思っています。ですから、私は、こういった部分でしっかりとやることによって、この国の未来というのは十分に明るいわけですけれども、しかし、その持っている力を吸収して引っ張っていく、そういった政治の力、政治の構想力というものが、今もっとも求められているものではないかなというふうに思っております。
それから、慶応大学のキャンパスが今度来ますが、冨田勝さんという、そのキャップになる人と、東京でこの間、じっくり話しました。彼の兄貴分である薬師寺さんという教授と一緒に私の事務所に来てくれて、若干、最近、私は、そういう方面で、専門的な国会議員になっておるものですから、「門前の小僧習わぬ経を読む」みたいなところがあって、少しわかるのですけど、いい人を、慶応大学は選んでくれたなあと思います。
それは、バイオの世界とコンピュータとを一緒にした、バイオインフォマティクスという世界の中の、なおかつ先端を行く仕事で、コンピュータの上に細胞をつくって、そこで薬を投与してみたら、この細胞がどういう変化をしたか、しないかという薬のテストなんかも、全部コンピューター上でやれるようにしようという話なのです。世界的な、「ネーチャー」とか、「サイエンス」とという学術雑誌に、論文が載ると、世界的な学者だと言われるわけなのですが、そこに何度も登場している人であります。
慶應の鳥居塾長と会いましたら、豚の糞尿処理のバイオ的な分析処理までも、研究に、今度テーマに入れていきますよということを、言っておりましたが、いろいろな新しいものが出てくると思います。もしかしたら、鶴岡から世界的な研究成果を発信することになるかもしれません。
結局、日本のこれからというのは、科学技術の分野で、しっかりとした成果を出して、日本の経済を強くすることであります。そのためには研究したものを、どう産業に結びつけていくかが勝負になるのですけれども、私は、この慶応キャンパスに大きな期待を抱きたいと思っております。
農業について一言だけ申し上げます。
代議士になってから28年、庄内の米づくりにつきましても、私は、今、最も厳しいときに来ていると思っています。基本的には、集落に残って、そして請負も受けられるような、そして、土地も安くなった場合には、公社か何かのシステムを通しながら、それを買ったり受けたりして経営を拡大できるような中核農家が育たなければならないのだろうと思います。
ただ、今のところ、その中核になる農家が一番厳しいというのが現状であります。我々が今後、個別的に対応、それぞれの集落で判断しながら、自治体が認定して育て上げていかなければなりません。そのためには、従来、個別の経営体には支援しないという国の農業政策を1つ改めて、必ずしもグループでなくても、しっかりとした個別経営体ならば、いろんな形で支援していくというところに踏み切らないと、全部がだめになってしまう農業ということになりはしまいか、そこの議論をしっかりとやっていこうと思っております。
4 わが国、自分のアイデンティティを模索している日本人
最後に、私たち、今、新世紀には入りましたけれども、非常に今、我々は難しいと同時に、ある意味では非常に重大な、そして創造的な新たなものをつくっていく時代に来ているのではないかなと思っています。それは何かというと、この国をどういう形にしていくかという国家のイメージの問題だろうと思います。
17歳の少年の問題が論じられ、そして、学校の先生はどうしているか、両親はどうしているか、そういう問題にぶち当たりますけれども、しかし、それだけで済む話ではないと私は思っております。どうしてこんな国になってしまったか、社会になってしまったか。みんなが、この国探し、自分探しをしている時代なのではないかなというふうに思います。
そのときに、もっと昔の日本の文化と伝統に立ち戻らなければいけません。教育とか規律に立ち戻らなければならないということをよく言われますし、恐らく今度の参議院の選挙の前には、こういった教育論とこの国のあり方、こういう問題が、私は、非常に大きなテーマになっていくのではないかなというふうに思います。
この問題に関して私は、この国の文化と伝統を大切にするというところだけに止まってしまっては、十分な答えにはならないものだと思います。この国の文化と伝統を支える規律と価値の根源は何なのかというところまで深く思いをいたさなければならないと思います。ある人は、皇室を中心とした皇室史観ということを中心と考えるべきだという人もいるでしょう。それから家族の中の規律関係、社会の中の規律関係等を論ずる儒教的なものが我々の規則、規律の原点だったのじゃないかと言う人もいるでしょう。
ある人は、生きとし生けるものすべてに命と神、仏があり、中でも仏教がその根底にあり、その教えというものを失ったから、混迷する若者が生まれたのだと、そして、命の大切さというものをもう1回、仏様に教わるべきだという議論もあります。
ある人は、この国は、自然というものを大切にしてきた、裏の山にも神がある、山川草木、それぞれに命があり、神が宿る、花を手折るときでも、それでいいのかなと思う日本人の心の中に、実は日本人の本質があると言う人もいます。こういった議論を、今、まさにみんなでやるべきではないかと思います。
教育の問題も大切です。実は昔は、子供の教育は学校の先生と両親だけでやっていたのではないのです。昔の両親といったら、27歳の男と25歳ぐらいの妻とで、子供を4人か5人はもうけていました。そのときに、本当にしっかりとした教育観をこの若夫婦が持って学校の先生、それから家の中にいるおじいちゃん、おばあちゃん、時には、時々訪れてくる口やかましい親戚のおじさんと、隣近所の目と、地域の一緒になって遊ぶ子供たちとの育ち合い、そういう総合的な教育の中で、実は子供というのは育っていったのではないでしょうか。
あの当時でも、若い両親だけだったら、本当に切れてしまっていたのかもしれません。子供を育て切れなかったのかもしれません。
そう思うと、家族とか地域社会の崩壊というものが、実は教育の根本にあるのかもしれないという議論も出てくると思います。その地域というものが何を中心にまとまってきたのかという、コミュニティを結びつける根幹は、どういう感覚、思想であるのか、思想というほどまで深い意味はないかもしれないけれども、何らかの感覚があったと、それは何なのだろうというあたりを論じなければならないと思うのです。
私は、そのためには、日本人の自然に対する独特の尊厳の気持ちを重視したいと思います。自然をありがたいと思う感覚という日本人の気持ちというのは、実はキリスト教やユダヤ教やイスラム教と違うところなのではないかなと考え、そういうあたりに答えがあるような気がいたします。じっと考え続け、答えを見つけ出すことができて、日本人のアイデンティティというものをはっきり表現できたときに、単純な排外主義というものに抗することができるのではないかと思います。そういう中で、日本のアイデンティティに自信を持ったら、外国に対して、より寛大になり得るのではないか、また、外国を、かつての日本の歴史が示すように他者を、十分に受け入れる、心の余裕が生まれてくるのではないか、そんな感じがいたしております。
いずれにしても、新世紀に日本をどこに持っていくかについて、政治の場で、社会の場で、そしてメディアで、大変な議論のある重大な年になると思っています。
今、政治に一番重要なのは、国がやらなければならないことは何かということをしっかりとわきまえてそれをやり、国民に自信を与えることであります。そして、国がもうやれない、やってはいけない、やったら、みんながそのようなことをしないという部分は、より自由にさせることです。こういう大きな道をしっかりとわきまえて政治を行うことが、この国に自信を取り戻すことではないかなと考えます。そこをしっかりと見極めができて、そして、その方向を示唆することができたならば、私は、政治の世界でしっかりとしたリーダーシップが生まれてくるのではないかな、こう思っています。
新年に当たりまして、こうやって、皆さんにお集まりいただき、お励ましいただきましたことを心から御礼申し上げ、そして、新年が皆さんにいい年でありますように、心からお祈り申し上げまして、ごあいさつにいたします。
── 了 ──