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「県民に心からおわび」加藤氏に聞く
山形新聞
2002年3月20日(水)朝刊からの転載
自民党を離党した加藤紘一元幹事長は19日、東京・霞が関の事務所で山形新聞社のインタビューに応じた。加藤氏は、脱税容疑で逮捕された前事務所代表・佐藤三郎 容疑者の事件への関与をあらためて否定。自らの監督責任を認め、県民に対する謝罪の言葉を繰り返すとともに、事務所運営を見直し、地元との関係修復に最大限努力していく考えを示した。

―― 離党から一夜明けた現在の心境は。

「最初に地元庄内、そして県内の皆さんに多大な迷惑を掛けてしまい、心からおわび申し上げたい。今は、決断した後だから心静かだ。これから自民党という大きな組織から離れる生活になり、1人の議員として価値を問われるという気持ちで、気力を持ってやらなければと思っている」

―― 前日の党政治倫理審査会や記者会見では、思うことを話せたか。

「十分には話せなかった。司法がまだ調査中であり、私も事実関係がよく分からない面がある。報道されている内容は驚くことばかりで、早く捜査が進んでほしいと思っている。現段階で言えることは精いっぱい述べたつもりだが、まだ十分ではないと思っている」

―― 同じ離党会見で鈴木宗男氏は涙の会見だったが、無念さはなかったか。

「無念というより一番なのは私を期待し、支持してくれた人に申し訳ないという気持ちであり、涙を流して済む話ではない。気力を持ってしっかりと恥ずかしくない記者会見をしなければならないという気持ちが強かった。それが応援してくれた人に対するせめてものこの時点での償いだと考えた。そういう意味で会見の10分間は、私の政治生活の中で最も重い10分だったかもしれない」

―― 「佐藤氏は自分の分身」とか「佐藤氏の言うことは私の言葉と思って聞いてくれ」と話していたとのことだが。

「そういう記事があることは知っているが、私がどこで言ったのか記憶をたどっても思い起こせない。そんなことを言ったことはないと思う」

―― 一連の疑惑は本当に知らなかったのか、自身の関与はなかったのか、あらためて聞きたい。

「報道されている事件については、本当に知らなかった。エヌ・エッチ・エスの件とか、特に(支援者の葬儀に夫人が出席して弔辞を述べ)600万円の(寄付を強要した)件は常識では考えられないことで全く信じられない。知っていたらすぐ止めた」

―― 最も大事にすべき庄内で、佐藤容疑者が強引な手法で資金集めをし、地元をメチャメチャにしたわけだが、これをどう受け止めるか。

「父・加藤精三の時代から地元での利権には手をつけるなと強く言われ戒めてきた。自分が当選後も、秘書たちに口酸っぱく言ってきた。過去7、8年、中央政治で忙しかったせいもあるが、足元で起きてることに目を向け、耳を傾ける機会が少なかったことが今回の事態を招いた。親の代からまじめに、丁寧に育ててきた庄内の選挙地盤が、(佐藤容疑者に)土足で踏みにじられていたのを知らなかった不明をどうおわびしたらいいか。深く深く謝りたい。今後、地元は地元の事務所で、東京は東京の事務所でやっていくという体制で臨みたい」

―― そうした佐藤容疑者の横暴に、後援会の幹部などから手を切れと忠告されていたと聞くが。

「地元の人から確かにそういう忠告があったが佐藤の性格が嫌われているのかとか、秘書というのは議員に代わって会議出席を断る役もあり、それが批判されているのかと思っていた。もっと心耳を澄まして地元の人たちの忠告の裏まで聞くようにすべきだった」

―― 佐藤容疑者の脱税マネーが自身の政治活動に還流していたことは。

「ありません。経理担当者に何度も確認している」

―― 鹿野道彦氏の民主党離党に続いての自民党離党は、本県にとって大きな損失との声もあるが。

「政治的な後退になったと思う。おわびは私自身、気力を失わないで行い、国とわが郷土のあり方を考え、夢と希望を示して実現することだと思う。それを語った時、選挙区の皆さんに聞いてもらえるようにもう一度、傷つけた信頼を一歩でも半歩でも取り戻せるよう努力したい」

―― 地元への謝罪と説明をどう考えているか。

「先週の金曜日、身の処し方について一任をいただくため、選挙区に帰り幹部の方にお会いした。緊急だったため多くの人に会えなかった。一段落したらできるだけ早く選挙区で、集会を重ねて説明とおわびをしたい。司法の捜査が一段落するまで、もう少しだけ時間を貸してほしい」

(聞き手、東京支社・深山洋)

── 了 ──