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第1幕のつもりが、国民が求めていたのはフィナーレだった
2001年2月19日号「日経ビジネス」P.182-P.184から転載
(記事掲載について、日経BP社の許可を得ています)

特別インタビュー:「内乱」挫折から初めての胸中吐露
改革期待のマグマ、 予想の10倍だった

昨年11月の「加藤の乱」から3カ月。
メディアに口を閉ざしてきた加藤紘一氏が、初めて政治を語った。
どのような政権構想があったのか。なぜ議場に突入しなかったのか。
加藤派が少数派閥に転落した今、どう出直そうとしているのか――。
「内乱」挫折後の胸中を聞いた。(聞き手:日経ビジネス編集長、小林 収)

■長野・栃木現象は保守層の離反

── まず、いわゆる「加藤の乱」で、いったい何を訴えたかったのでしょうか。途中で党内の戦術論ばかりに注目が移ってしまった気がしますが。

【加藤】 私が当時言ったことは極めてシンプルなことです。いわゆる「永田町政治」をもう少し国民に近づけないといけないと思ったんです。内閣の不支持率が75%に達し、永田町も「まずいな」と思っているのに、声が出せない。これでは国民との溝が深まっていくばかりだと。それが言いたかったことの1つです。もう1つは日本の経済、さらに社会にまで構造改革を求める以上、政治も変わる力を見せないといけないと思ったことです。人に「変われ」と言うなら、まず自分が変わろうというのが発端でした。
ただ期待が一気に高まった結果、「自民党政治をやめさせてほしい」とか「これで日本の先行きが見えるようにしてほしい」とかいう様々な期待が生まれました。それは私自身も感じました。最初は国民全体を巻き込んだ長いドラマが始まるから、今回はその第1幕という気持ちだったのに、フィナーレまで求める声が強くなったのは計算外でした。結局、私が考えていた5倍も10倍も、世の中にマグマがたまっていたからだと思います。

── 加藤さんの背中を押したのは何だったんでしょうか。

【加藤】 この1〜2年で、従来はどんなに苦しい時も岩盤のように支持してくれた保守支持層が、私たちにいろいろな苦言を呈するようになった。地方の保守層、経済界の保守層、さらには官僚の言葉までが危機感を抱き始めたと感じました。そういうことが背中を押されたきっかけです。

── その後、長野現象、栃木現象という形で、従来の知事選では考えられなかった自民党と野党の相乗り候補が負けるという現象が起こりました。

【加藤】 今度ばかりはちょっと危ないと思っていました。長野現象は田中康夫さんという有名人が起こした現象と思われるかもしれないけど、実は八十二銀行の頭取が支援した影響の方がはるかに大きかった。地方銀行の頭取のような方は今まで絶対的な保守層として自民党を支持してくれていたわけでしょう。長野のようなことが、全国各地で起こり始めていると予感したんです。だからこそ今年夏の参院選前に自民党が変われるところを見せないと、従来の自民党支持層である保守層がひび割れを起こしてしまうという危磯感を持ったんです。
そもそも私の言う保守層とは、地域社会や企業社会で中核を担っていこうとする人たちだと思います。そのキーワードは識見と責任感なんです。単に新聞を読むだけじゃなく、小説や歴史書、宗教書を読んだりして、独自の識見で他人を引っ張れる人。それが自民党、あるいは保守層のリーダー像なんです。その保守層が離反しつつあることは大きな不安でした。

── 現在の自民党政治は、ちょっとした微調整ではどうにもならないということなんですか。

【加藤】 そう思います。歴史的に見ると説明できるのですが、この国は世界近代史で最も成功した社会民主主義国家だったんです。つまり経済運営も中央官僚がやり、護送船団方式を続け、不景気になると「政府が何かをやるに違いない」と皆が思う国家だったんです。でもその仕組みが限界に来ていることは、国民誰もが660兆円の公的債務残高で分かったわけです。
これまで欧米へのキャッチアップを目標にした時代、ちょうど「失われた10年」のちょっと前までは良かったのですが、その目標による牽引力が失われてきた段階で、我々はビジョンを示さなきゃいけなかった。

■戦略は良かったが戦術でミス

── 「加藤の乱」の時、シナリオが狂ったのか、それとも「ここで立たなければ」という思いに突き動かされてシナリオなしに突っ走ったのか、どちらなんですか。

【加藤】 私は当時、大きな目標や戦略を間違えてはいなかったと思っています。しかし細かな戦術でミスをしてしまいました。

── 最も大きなミスは何だったとお考えですか。

【加藤】 その話をするには、まだ時期が早いと思います。大まかに言えば、ミスというのは綿密な相談とか段取りとか人を見る目とか、そういうものが欠けていたということだと思います。

── 「1人でも議場に突入した方が良かったんじゃないか」ということも言われていると思いますが。

【加藤】 正直言って、議場が閉鎖になる前の1時間は、私の人生で最も濃密に考えた1時間でした。今後はどんな行動でも、あの1時間の苦しさを生かせるようにするしかないと思っています。結局、私の中にも「古いもの」が残っていたんです。それをもう一度見つめ直さなきゃいかんでしょう。

── 「古いもの」とは。

【加藤】 私はこの永田町で政治を28年やっています。また日本社会で人間を61年やっていますから。いろいろな「古いもの」があると思います。

── 最後はどんな判断から踏みとどまろうと決意したんですか。

【加藤】 私は同志全員で本会議に行けなかったことがミスだと思っていますから、単騎で乗り込むことをやってはいけないと最終的に判断したわけです。

── 議場が閉鎖になる直前、谷垣禎一議員に止められながら「でも、俺は行くんだ」とおっしゃいました。あれは何だったのですか。

【加藤】 最初に「私は出席して賛成票を投じます」と言ったわけですから、その言葉に責任を持ち、国民との信頼の糸を細くなっても繋ぎ留めなきゃいかんのだという一念でした。

── これから何をやっていこうと考えておられますか。

【加藤】 国民の皆さんに「この国を変えなければいけない」という思いを説明し、納得してもらえるように訴えたいと思います。今、インターネットなどで募集中なのですが、2月17日からできるだけ全国を行脚し、国民の皆さんと様々な形で語ってみたい。

── 国政に何らかの形で再び出ていかれないんですか。今は1日も早い行動が求められていると思います。

【加藤】 国民の皆さんと語りながら、タイミングを見ながら、充電したいと思います。

■第1幕に続くビジョンも用意していた

── 加藤さんは「ドラマの第1幕が始まったばかり」と言われました。でもその幕の続きのシナリオは、本当にあったんですか。

【加藤】 第2幕も第3幕も続いていくと思っています。このドラマは日本社会を基本的に変えていこうとするものです。一夜にして終わるものではないんだと思います。よく「どういう国づくりを目指すのか、政権構想が見えなかった」という批判を受けますが、実は第1幕の続きのビジョンも用意していたんです。ただ政権構想として出すと、私が政権を奪うために立ったのでは、つまり政権欲から動いたのではないかと受け止められる危険があったので出しませんでした。

── その「紙」は存在したのですか。

【加藤】 ありました。第1のビジョンは、自立した個人と企業をつくることでいわゆる日本型社会主義国家をやめ、小さな政府で伸び伸びとした面白い社会をつくろうというもの。第2は、科学技術、特に基礎研究に基づく立国を目指そうと。IT(情報技術)とかバイオは欧米よりも遅れたと言われるけど、追いつくことは十分可能だと思います。そのためには基礎研究をしておかなきゃならんと。
第3に、日本のアイデンティティーを確立しようと思いました。よく日本の文化と伝統、日本人らしい精神と言うけど、それを突き詰めると、日本人の自然観だと思います。ユダヤ教、キリスト教、イスラム教が世界の7割の人の心を支配していると言いますが、これは厳しい自然、パレスチナの地に生まれた宗教ですから、日本で生まれた自然観とはちょっと違うと思いますね。独自の自然観に自信を持てれば、単純な排他主義にはならないはずです。だから、自信を持つことが、外交上でも日本の精神構造上でも重要だと思います。

── 加藤さんの言われる政権構想は自民党で実現できるんですか。

【加藤】 変わらなければならないと思っています。

── 党の外には個としての自立を強く言われる小沢一郎さん(自由党党首)みたいな方もいらっしゃいますが。

【加藤】 政局とか政治の流れについては、今少し静かに見守っていたいと思います。

── 昔は自民党にも事実上の野党みたいなことを言う人がいましたよね。

【加藤】 中選挙区制だったからです。私は小選挙区制に変える時に大反対して、守旧派4悪とか5悪人の1人と言われました。結局、中選挙区時代の代議士は自分の意見を堂々と言える存在だったんです。自分さえ支持されれば当選できるから、伸び伸びと発言して党内抗争をやっていたんです。小選挙区制の導入でそれもできなくなりました。でも中選挙区制に戻ったからといって、良き自民党が復活するかというと、そうはならないかもしれません。
自民党には深刻に総点検すべきところがいっぱいあります、政策の基本理念にしても。そして国民の方々が「政治家は自分たちほど国の将来を心配していないんじゃないか」と思った時、国民の焦燥感はパニックに近いものになると思います。そういう感じが一部に出始めているような気がします。

── 了 ──