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International Conference on Building a New Asia:
Towards an Asian Economic Community 基調講演
於:インド
2003年3月10日〜11日
 ご紹介ありがとうございます。まず初めに、お集まりの皆様のようなご見識の高い方々を前にお話する機会を与えてくださり、心からお礼を申し上げます。

この会議は、アジア経済共同体という手段によってどのように新しいアジアを創出するか、を討議するとのことですが、私は今日お集まりの多くの皆様とは違って国際通貨の専門家でも、エコノミストでもありません。ただ、日本経済が現在おかれている状況、そこに至った過去10年の問題については、私は比較的よく情報と経験を持っておりますので、その観点からお話させていただきます。

日本経済は、今深刻なデフレ状態にあります。米国や英国の多くの専門家は、これを日本の不良債権処理が進んでいないからであると考えているようですが、不良債権問題というのは実はデフレ要因全体の40%程度の理由でしかない。実は、日本経済の不振の要因は、10数年前に起こった幸せな出来事、すなわち冷戦の終結まで遡ります。東西分断の終了が「平和の配当」をもたらすと同時に、膨大な新規労働力が自由主義経済圏へ流入しました。中国、旧ソ連、東欧の労働者が資本主義経済を目指すことによって、デフレ圧力が働き、西側諸国の産業空洞化を招いたのです。

世界人口65億人のうち、市場経済・民主主義国の人口はたった7億人、一方旧社会主義諸国の人口は20億人。彼らは、教養があって勤勉で、しかも先進工業国に比べてかなりの低賃金で働く。こうした廉価な労働力の巨大な集積からの影響を一番初めに受けたのが、90年代初頭のドイツであり、過去5年の日本であった、と言えましょう。

残念ながら、このことの深刻さに日本の人々が気付き始めたのは過去1年のことです。それまでは90年代初めのいわゆる「バブルの崩壊」とそれが残した不良債権が不況の要因だと思い続けていたわけで、そこで分析を誤った。ここへきてようやく日本人は不景気の真の要因に目を向け始めたと言えると思います。

このデフレ圧力から逃れるために、日本はこれからさらに一層の困難を経験するでしょう。もっとも、東京の目抜き通りを歩くと、黒字続きの外資系企業が入居する高層ビルが建ち並び、しゃれたレストランでは元気な若者たちが食事を楽しむ姿が見られ、日本の景気は問題ないように感じるかもしれません。しかし、首都を離れて地方へ行くと、光景は大きく違います。そこにはグローバル企業ではつらつと働く人々の姿はなく、常に失業の危険にさらされながら働く労働者を目の当たりにするでしょう。これが、中国など旧社会主義圏からの効率的で廉価な労働力に脅かされている日本経済の一つの現実なのです。

これはしかし、どこかでみた光景でもあります。中国経済の台頭とそれが日本経済に与えるプレッシャーは、まさに25年前の日本が米国に対して行っていたことを思い起こさせます。当時の米国の労働者は、廉価で有能な日本の労働力との競合という問題に直面していた。今、日本の労働者が、中国からの同様の圧力に直面しているわけです。世界経済の発展過程では、有能な労働力を持つ競合国が状況に機敏に適応しながら台頭するというのは、繰り返されるものであります。実際、私は10年とか15年後にインドがそうした競合国に発展し、その有能な労働力でもって中国の産業を脅かすということも、十分あり得ると思っています。

今日の日本にとって、またこの先の中国やインドにとって、米国が日本からの圧力をどう克服したかを精査することは意義深いと考えます。米国は自国経済の再生と日本からの脅威を克服するために、二つの対策を講じました。その二つに着目し、日本経済のためにそこからどういう教訓を引き出すか考えてみたいと思います。

第一に、米国は自国のドルが世界の機軸通貨であるという地位をフルに活用した。自国の産業構造にとって有利な環境を作りだすために、ドルを活用することが出来たわけです。さらに1985年のプラザ合意で、米国企業が再び競争力を持てるレベルにドルの対円レートを下げさせ、首尾良く日本の対米輸出を押さえこむことに成功しました。

二番目に、米国は当時、国際競争力を高めるために、技術革新に注力しました。米国企業は、ヒット商品を生み出すのに必要な素地を与えられたわけで、マイクロソフトのウインドウズOSのように、米国経済復活の要となる技術として花開いたのです。米国では、90年代後半にITブームによって高騰した株価が、その後かなり暴落したとはいえ、IT発展が、今日米国をグローバルエコノミーの中心的存在に押し上げたことは間違いありません。

さて、これら二つのアメリカの戦略から我々は何を学ぶか。通貨政策に関していえば、今の日本が、中国の台頭に押され気味の自国産業のてこ入れのために、アメリカと同じような手法を採れるとは、私は思いません。日本のエコノミストの中には中国「元」が、「円」を含む他国通貨に対して切り上げられるべきだと主張していますが、そういうことは日本と中国とのバイラテラル(二国間)関係のみにおいてできるものではありません。これからは、アジア地域全体を包含する通貨政策が求められています。我々がアジア通貨をどういう風にデザインしていくかが、日本、インド、米国、その他にとって重要なテーマになってくると思います。今日の会議での皆様の討議に期待したいところです。

二つ目の技術革新については、日本はぜひ米国を見習うべきだろうと思います。我が国が不況から本質的に脱却するには、クリエイティブなテクノロジーを創出して、景気好転の火付け役としなければなりません。そのような技術を創出することができるかどうかは、21世紀の日本にとって死活問題なのです。

第二次大戦以降の国際政治は、軍事力、特に核能力で決定されてきました。冷戦後は、経済援助や直接投資といった経済的手段が大きな要素となりました。しかし、こういう状態は、あと10年から15年程度しか続かないでしょう。
 その後には、知的パワー、つまり「知識(ナレッジ)」が国際政治の決定要因となる時代が到来すると私は見ています。今後は、知的能力を駆使して、知識を集約・蓄積させ、さらにその知的生産物を政策的に広く海外へ向けて移転できる国が、世界のリーダーとなっていくでしょう。その意味で、私はインド、中国、日本の将来は明るいと見ています。これらの国は、幅広い先端科学技術と優秀な研究者を有しているからです。アジア諸国は、知的パワーを創出する能力を持っており、それによって世界でも先導的な立場を確保できると思います。

その点でもこの会議の意義は大きいと思います。今日から2日間にわたって我々が共有することになる知恵と知識は、アジア地域の国々のより強固な関係の構築に有効なものとなるでしょう。これからの時代は、国と国が最先端技術の開発競争や「通貨政策ゲーム」によってしのぎを削っても、それには際限がなく、互いに疲弊するだけです。成功の秘訣は、「競争」ではなく「協調」にあり、また開かれたディスカッションを通じた英知の結集にある、と言えましょう。

「グローバリゼーション」は、人々の不安と緊張をますます高め、必ずしも幸せをもたらしてはいません。将来的に、世界の人々は、自分のアイデンティティ、自分の家族のアイデンティティ、家族が属するコミュニティーのアイデンティティ、さらには自分の国、そして世界の中の一リージョンとしてのアイデンティティを、より強く求めていくのではないかと思います。アジア各国が、自国民の安定した暮らしを保障するためには、こうした流れを自覚して、アイデンティティや価値観というものに十分留意するべきでしょう。

「価値観」は、各人それぞれの個人的関心から生み出されるものであり、それゆえ幸福実現へのカギとなるものです。価値観はまた、それぞれの土地にルーツを持つものでもあります。私は、今回の会議で、「アジアのアイデンティティ」という価値観や、アジア地域全体およびアジア諸国に成功をもたらすような価値観の在り方について、実りある討議がなされることを希望しております。

ご静聴ありがとうございました。