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アメリカ主導のグローバル化が新たな規範に 出席者
シンガポール上級相 リー・クアンユー 自由民主党衆議院議員 加藤紘一
司会 日本経済新聞社取締役論説主幹 小島 明 小島 アジアの危機が起こってからまる2年たった。当初、アジアは精神的なパニックに陥ったが、いま振り返って考えたとき、今回の危機の本質は何で、その教訓は何か、この先どんな展開をするのか。今回の危機の展開は、多くの専門家も、国際通貨基金(IMF)も予想できなかった。
最初はタイだけの問題と思われたのが、時をおかずしてインドネシアに伝播し、さらに韓国に飛び火した。 1997年12月、カムドシュIMF専務理事は「今回の危機は従来型の通貨危機とは違い、21世紀型の経済・通貨危機ではないか」と述べた。やがてアジア全体の危機ととらえられ、クローニー・キャピタリズム(縁故資本主義)の議論もされた。
しかし翌年、ロシアに波及するに至って、一部のヘッジファンドが経営破綻するなど、グローバルなキャピタルマーケット、グローバル・キャピタリズムの危機だという議論にもなった。その過程で、国の発展段階でしかるべき政策を順次手際よく入れる、「シークエンシング」が大事だという議論も出た。
その後、ブラジルにまで危機が広がり、危機の背景としての国際通貨制度を見直すべきだという議論も出て、「アーキテクチャー」という言葉が盛んに使われるようになった。
そこでまず、鋭い洞察力を持つお二人に、今回のアジア危機の本質といまの状況を分析し、さに今後を展望していただきたい。 マハティール首相の投機批判は半分正しい リー あくまで、事が起こってから2年後の時点で振り返ってみての話だが、もし危機に見舞われた国々がハードカレンシーを借り入れずに自国通貨で借り入れをしていれば、また、経常収支の取引を自由化していなければ、そして、外国の資金が自由に出入りできるようにしていなければ、どうなっただろうか。もちろん問題は発生しただろうが、通貨が大幅に価値を失い、経済が破綻することにはならなかったと思う。
タイは外国為替管理を1992年まで行っていたが、欧米諸国の蔵相たちから、「管理をやめればより資金が入ってくるから、経済成長が早くなる」と勧められて規制を撤廃した。インドネシアはそれ以前に撤廃していたが、相変わらず外銀向けの規制などが残っており、1990年代に入るまで開放しなかった。韓国は経済協力開発機構(OECD)に加盟したかったので、94年に外国為替取引を自由化した。そうしなければ外銀は韓国に融資をしなかっただろうから、自国民の貯蓄から借り入れ。をしたと想定される。
もちろん、各国がそれを誤った投資に向けたり、リベートを得たり、浪費したりすれば、問題があっただろう。しかし中央銀行が最後の貸し手としての役割を果たして、ルピア、バーツ、ウォンを融資していれば、「IMFの病棟」に入る必要はなかったかもしれない。
教訓は単純だ。財・サービスの貿易は先進国、途上国の双方が勝者になるし、外国直接投資もまた先国・上国の双方が勝者になれるのだが、自由に資本が移動する、とくに短期資本が非常に速いスピードで国内に出入りできるとなると、リスクが発生する。
ここで、私とマハティール首相の分析の違いをはっきりさせておきたい。マハティール氏は、危機は通貨投機によって引き起こされたと言っている。そうでもあるし、そうでもない。危機が発生した国々の銀行・法人部門は外為市場を通して外貨借り入れをしたために、ファンドマネジャーや外為ディーラーは経常収支が赤字になっていることを見ることはできた。つまり、これらの国々は、輸出で利払いや資本のための十分な稼ぎを上げていなかったから通貨が攻撃されたのだ。中国やインドのように外為取引を自由化していなければ、この問題は起こらなかったのだ。
実は、それ以前にこのことを指摘した人がいる。世界銀行副総裁のスティグリッツ氏だ。彼はIMFや米国財務省の考えを疑い、「短資の自由な移動は決してすべての人を勝者にはしない。むしろ、それは弱い国にとって破綻を来しかねない」と言った。国力が弱く、弱い銀行を持ち、当局による監視もコーポレート・ガバナンスもまずい国では破綻が起きる。事実、起こった。しかし、将来のために教訓を学ばなければいけない。IMFのルールが変わらないとして、もし私が、銀行が安全でなく、中央銀行が資金の流出入を適切に監督できないような国の人間なら、短資の流出入に対して障壁を設けるだろう。
「シンボル経済」の重要性を読み切れなかった 加藤 タイに始まったアジアの危機は金融危機であり、グローバル化の過程における危機だと思う。われわれはその過程で多くのことを学び、この危機を切り抜けることで、より強い経済になりつつあると思う。韓国とマレーシアは、そのプロセスから抜け出したようだし、タイも、まだ苦しいかもしれないが、先が明るく見えてきたと思う。日本は、まだ株価がちょっと上がっているだけで安心できないし、インドネシアは、政治問題が絡んでいるので目を離せない。
今回のアジア危機の性格をどう見ているか、IMFは何をなしえたかについて、キッシンジャー氏が、1998年11月、読売新聞に「IMFは対応を間違えているのではないか」という論文を書いていた。 今年の1月、カムドシューIMF専務理事がそれに反論を書いたが、半年たってもう一度読み直してみると、キッシンジャー氏のほうが正しかったかなと思う。確かに、縁故資本主義のようなものや汚職、談合もあり、判断を間違えた政策もある。しかし、ここまで危機が大きくなったのは、資本の自由化が非常に速いペースで進められたことで、とくに短期資本が各市場で大暴れした結果ではないかと思う。
日本の問題も、9兆円の消費税増税などの政策的なミスだと言う人も多いが、私は外国為替の完全自由化と・金融ビジネスの垣根の撤廃と外国への完全自由化が最大のきっかけだったと思う。われわれはグローバル化の中でモノづくりをしていけば、世界経済の中で奇跡を続けられると思っていた。しかし、よく考えてみると、モノづくりだけでなく、いわゆる「シンボル経済」みたいなものが非常に大きな比重を占めるようになった。
98年のこの同じ会議のリー・クアンユーさんと宮沢さんの対談の中で、「世界経済のシンボル化」を話し合われたが1年たってみて、それが正しい議論だったのではないか。金融情報サービス産業が、きわめて大きな比率と力を持つようになったことに、気づくのが遅れた。シンガポールが、その中で最も力強く生き延びてこられたのは、それに一番早く気づき、ある意味で建国のときから対応して強い金融機関と、それを監督する行政機関を持っていたからではないかと思う。
米国は、過去10年間で1兆2,000億ドルの貿易赤字を累積する一方、日本は、1兆1,000億ドルの貿易黒字を計上している。なのに、日本がいま最も苦しみ、米国が最も繁栄しているのは、経済の質の変化をわれわれが見抜くのが遅かったからではないか。アジアのこの2年間は、経済の質の変化とグローバル化についての判断が遅れた、というのが本質ではないかと思う。
アジア共通通貨実現にはかなりの努力が必要
小島 短期資金では、マハティールさんが批判したヘッジファンドがあり、そのシンボリックな人がジョージ・ソロス氏だ。彼は今年書いた『グローバル・キャピタリズムの危機』(日本経済新聞社刊)という本の中で、短期資金の移動規制について触れている。ロシアで儲け損なったから言い出したのかもしれないが、モノづくりを中心とする実体経済の世界では、古典派経済学が主張していたような経済における均衡理論が妥当するが、お金の世界だけがそれと離れ、しかも均衡と関係なく動き出している世界になってきているという問題を、彼は提起している。権威あるエコノミストはそれに猛反発しているが、現実にはコンピューターのブラックボックスをつつくと瞬時に巨額の資金が動く、いわばサイバー・エコノミーになっている。これをどう受け止めるのか。アジアでも世界的規模でみても、国際的な通貨制度を新しい金融実態に合わせて変えていかないと、多くの国が経済危機の被害に遭うのではないかという議論がある。
その関連ではエストラダ大統領が、アジアにおける地域経済協力の延長の中でアジアの共通通貨が実現できないかという提起をされているが、通貨を含めた地域協力についてうかがいたい。
加藤 アジアの共通通貨は一つの夢だ。いっか、その日がきてほしい。ただ、ユーロでも15-20年の努力を要した。われわれも、そこに至るまでにはかなりの時間をかけて、努力をしなければならないと思う。
そこで一番責任があるのは日本だ。日本は自国通貨を世界の貿易に使ってもらうための努力を怠ってきたと思うし、仮に諸外国が円をリザーブとして持ってくれたとしても、それを運用する円のマーケットを東京につくる努力をしてこなかった。使い勝手のいい市場にするための努力をしてこなかったし、それにマッチした税制にもしてこなかった。今度やっと、われわれは、東京で円建て債券の起債とその売買がしやすくなるように、また税金もかからないようにしたが、そうした努力がまず重要だ。
また今年5月、マレーシアのランカウイ島で開かれたAPEC蔵相会議で、宮沢蔵相が、アジア諸国が起債をするとき、日本がそれを保証する形でバックアップするという「第二宮沢構想」を出されたが、こうした努力を重ねてこそ、夢の共通通貨に近づいていくのではないか。単に通貨に関する努力だけでなく、経済の実体面での努力も積み重ねて初めて起こりうると思う。いずれにせよ、夢をめぐる議論が出ることはいいことだと思う。
リー 確かに、欧州は1957年のローマ条約の時代から99年まで時間が必要だった。まず通貨が拡大変動幅の中で変動する形にし、その後通貨統合の形にして6カ月もたたないうちに、1ユーロは対ドルで1.16ドルか1.17ドルだったのが1.03ドルぐらいになった。というのも、イタリアが財政赤字を国内総生産(GDP)の2%に収めるという統合基準を満たすことができなかったために、政治的な理由もあって、蔵相会合で2.5%まで赤字を広げていいと認めてしまった。これによって、一つの通貨が加盟11ヵ国を網羅して耐久性を持てるかどうか、すべてが連帯を組んで歩調を合わせることができるかどうかという疑念が、英国をはじめ欧州内で持たれるようになった。
マーストリヒト条約の基準では、インフレ率、財政赤字、通貨供給量などが一定の尺度に合致しなければならない。言い換えると、金融政策の収斂であり、景気循環も同調させなければ参加できなかったことになる。イタリアは確かに、マーストリヒト条約の基準を満たすべく懸命な努力をしたが、6カ月たって、財政赤字の対GDP比を2%以内に抑えるという基準を守れなくなってしまった。
これをみても、アジアで通貨統合を達成しようとすれば、まずお互いの通貨がある変動幅に収まるようにするところから始めて、その先もかなりの努力が必要だ。そもそも通貨は非常に多様で、インフレ率も国によって違うし、財政赤字の幅も非常に違う。いま、ラテンアメリカ諸国の通貨のドル化が言われ、アルゼンチンは喜んで自国通貨ペソを放棄してドルを採用すると言っている。これも一つの方法だろう。もう一つは、最終的にはドル、ユーロ、円の三つの主要通貨になると思われるので、中小の国々はその中でどの通貨を基礎にするかを決めたらいい。あるいは、自国通貨をそのどれかに連動させるというアイデアもある。
香港が対ドルにペッグしたように、一つの通貨だけに永久にペッグする形は維持が非常に難しい。そうすると、政策が米国の経済循環のむら気に合わせなければならなくなる。たとえば、米連邦準備銀行が、労働市場がタイトになり、賃金が上がり、インフレ率が上回っているので利上げをしたら、香港も利上げをしなければならない。その結果、株価は下がり、不動産価格も下がって、失業が増えることになる。こうしたことは中小の国々にとって非常に難しい選択だ。当面、一番よい選択肢は、シンガポールでわれわれが考案したものだが、強いいくつかの通貨のバスケットに通貨を連動させることだ。 90年代の初頭、米ドルが弱くなったとき、シンガポール・ドルは強くなり、対ドルで1ドル40セントになったこともある。危機の最中の99年は1ドル75セントだったが、いまは1ドル70セント程度だ。シンガポールでは、為替の上下が可能であることから、株価も不動産価格も底割れせずにすんだ。いわばショックを吸収する緩衝材となって、経済の持続的成長を可能にしたわけだ。言い換えると、政策の独自性として、自国経済のニーズに合わせた行動の自由を確保することができる。 だから、アジアにとって共通通貨は最終的な理想であり、欧州経済と同じように諸国経済を統合したいというアジア人の気持ちを反映している。一つの通貨にしたいのは、彼らが一つの通貨を求めているからではなく、一つの巨大な市場をつくりたいからだ。欧州では、いまやクルマもユーロ建てで値がつけられている。かつてのように国ごとに別の価格をつけることはできない。新聞をみれば、同じメルセデス・ベンツが、ドイツでは5,000マルク、スペインでは3,500マルクで売られていることが明らかになるため、できなくなっている。これにより市場が拡大され、為替の不確実性も取り除かれ、よりよい競争条理がつくられるし、そのために企業の合併、買収が行われ、より大きな市場での競争が行われるようになってきた。
つまり、目指すは同じプロセス、同じ論理でアジアを一つにまとめることもありえるだろうが、時間がかかると思う。あまり急いで動かそうとすると、事態はより悪くなってしまう。
米国の技術と市場を使って産業を育てた日本
小島 さて、クロー二ー・キャピタリズムという批判に関連して、今回の危機のためにアジアの発展モデルが崩壊したという議論がある。一方で、世界銀行のスティグリッツ副総裁は、「確かに、権力の乱用による誤った資源配分が、何度かあったかもしれない。しかし、トータルで見ると、長い間、東アジアのシステムの長所は、そのリスクを補って余りあるものだった」と言い、さらに、「われわれは、30年間も著しい成長を遂げてきた記録に対しこれはたった一回の危機でしかない、という事実を無視しているようだ。今回の危機は大きな後退ではあるが、現在の混乱によって、この四半世紀の前進が今後永久に方向を変えてしまうとは考えにくい。資本主義が始まって以来、変動を免れた経済は一つもない」と言っている。アジアのモデル論について、どんな視点からでもよいので、お考えがあったらうかがいたい。
リー 率直に言うと、アジアの発展モデルのもとでは、米国が「日本や韓国は金融市場を米国に向けて市場を開放せよ」、「米国の経済規模は世界最大なのだから、最終的にはすべて米国のルールで」と言わなければ、日本も韓国もどんどん成功例を生み、繁栄を続けただろう。これが私のいままでの歴史に対する見解だ。 第二次大戦後、日本は壊滅状態の中で、朝鮮半島における中国、北朝鮮、米国、国際連合の間での戦いを再工業化する機会ととらえ、米国の技術と市場を使って、繊維、家電製品、鉄鋼、船舶、エレクトロニクス、自動車などの産業を発展させてきた。また日本人は大いに貯蓄をするし、日本の文化が人々を一つにまとめ、協力して組織の一体性を保つ労働者を擁する。一方で、大蔵省や通産省は貯蓄を財閥に流し、財閥に対して、これから必ず成長すると思われる特定の分野をターゲットとして、そこで大きなマーケットシェアをとれるように奨励した。その結果、対欧米で貿易黒字の問題が起きた。日本のバブルはプラザ合意の時点から発生しはじめた。当時、米国とバランスをとるために、日本円を強くするのがいいだろうと考えられ、円が強含んだ。その結果、労働集約的な多くの産業は採算性を失い、日本は台湾、韓国、シンガポールヘ、その後は東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国へと製造の軸足を動かした。しかし、日本は常に「市場を開放せよ」という米国の圧力にさらされ続けた。円高にもかかわらず、特定の優秀な産業にターゲットを合わせていたことから、相変わらず貿易黒字は続き、そして日本のバブルは大きくなっていった。経常収支は黒字だから、国としては決して業績は悪くない。バブル崩壊後のいまですら日本の貿易収支は黒字だ。 まずかったのはアジア的価値でなく統治システム しかしその背後にはもっと根の深い問題があった。技術によって世界経済の本質が変わりはじめてきていたのだ。とくに、コンピューターと通信からなる情報技術(IT)分野における変化は大きかった。米国はITを活用し、産業部門でコストの削減を進めた。だが、もっと重要な点は、サービス部門、とくに銀行部門のコスト削減を進めたことだ。この結果、日本は日経平均株価が下がるのをコントロールすることも、また株価の動きに影響を与えることすらできなくなった。
日本の銀行は、株価をベースにあまりに多くの貸し出しをしてきた。皇居周辺の土地と米国西部の一州の不動産価値が同じだという試算も出た。これは、合理的に説明のつくレベルを超えている。だから問題が起こったのだ。韓国もいま問題を抱えている。日本のモデルに従ったからだ。グローバル化したマーケットをつくった米国は、すべての国に対して「米国に向けて市場を開放せよ」と要求してきた。資本は最高のリターンを確保する形で使われなければならず、特定分野で市場シェアを確保するために使うのではない。このように考え方が変わってしまったわけで、日本の企業はいままでとは異なる課題に直面することになったと言える。 欧州ですら影響を受けた。欧州の自動車メーカー数社が、ニューヨーク証券取引所に上場を決定した。世界で最も流動性の高い市場で、資本調達が最も容易だからだ。そのためには、四半期ごとに業績を報告するという米国の会計基準を満たさなければいけない。つまり、資本の利用方法を変えるということだ。その結果、ニューヨークで上場したドイツや英国の多くの企業では相当変化が進んでいる。これはグローバルな流れとして今後も続いていく。 日本の企業は、このグローバル化の結果を日本政府より的確に感じとったと思う。ソニーの最近の経営方針転換の記事を読んで感心したのだが、単に新製品の開発に力を入れるだけでなく、その業界の心臓部、つまり産業の将来を握っているデジタルの部品部門を押さえようとしている。1995年当時、米国ではテレビよりコンピューターが売れていた。そこで出井社長は、「ちょっと待て。ハコというのは単に映像を伝えるだけでなく、デジタルな頭脳の入っているものだ。そのスクリーンの背後にあるデジタルな頭脳が大事なのであって、ソニーはそれを支配しなければいけない」と考えたのだ。ソニーがその方向を目指すと、東芝、松下もそれに続いた。 米国はグローバルに市場を開いてきた。そして、そうすることをすべての国に強いてきた。とくに、工業製品を米国に輸出する国で、シンガポールのような小さな国は選択の余地はなく、米国の決めたルールに従うしかない。これが新しい規範であり、株主資本利益率(ROE)が一番高い会社に投資家は動く。だからアジアの文化だろうが欧州や米国の文化だろうが、最高のリターンを生み出すシステムが資本を誘致でき、繁栄できるのだ。 私は、今回の危機が、アジアの文化の価値を否定したとは思わない。アジアの文化とは関係ない。腐敗、汚職、談合、閨閥主義などのベースにもなっている儒教的な価値は、日本にとっても韓国にとっても、そして他の東アジアの国々にとっても、今後とも価値のあるものであり続けるだろう。そうした価値のおかげで家族が強くなり、一体感が保たれ、高貯蓄構造が維持され、教育のための投資が続いて、その結果、高水準の労働力が維持でき、社会秩序も保たれるのだ。 まずかったのは、そのシステムであり、ガバナンス(統治)のあり方だ。最近の危機で、英国の制度を採用した香港とシンガポールは、いずれも崩壊しなかった。それは、われわれが引き継いだシステムがよかったのだ。ほかの国々はこうしたトランスパレント(透明)な制度を持っていなかった。その意味では、それを導入することで次の危機に備えなければいけない。好むと好まざるとにかかわらず、グローバルな市場の中で、われわれは一定のルールのもとで行動し、グローバルな規範に合わせていかざるをえないと思う。 アジアの人々は創造的な心で競争できる 加藤 マハティール首相は、98年のこの会議で「グローバリゼーションは、世界のすべての国民の生活を同じ価値でくくり、それに従わせるのか。ROEが高ければ、それでよいとして、3つか4つの企業が一つの業種をコントロールするようになるのか。そして国民の気持ち、文化、価値はもうなくなるのか」ということをかなり激しく討論されたのを記憶している。では、マハティールさんが「ルック・イースト」と言ったときに、何を考えられたのか。それは、われわれが非常に誇りに思っていいことだが、日本人のように近代化を進めて豊かになることを学ぼうと言ってくれたのだと思う。
では、日本が持っていたモデルとは何だったのか。一つは、欧米のように豊かになりたいということだった。そのために、江戸時代からの読み・書き・そろばんの教育に示された、高い教育水準と勤勉さとモラールを備えた日本人の特徴を徹底的に生かして実行していこう。つまり、ターゲットはアメリカン&ヨーロピアン・アフルーエンシー(富裕)で、それを実行するのは日本的なシステムだ。そういうモラールはマレーシア、シンガポールなどアジアに共通だから、われわれは一緒になってできるはずだ、という思いがマハティールさんの心の中にあったのではないか。勤勉さと高い貯蓄率はその最たるものだが、ここ2年間で、われわれはそれらへのコンフィデンスをすべて失ってしまったのか、失っていいのだろうか、と自問しているのだろうと思う。
冒頭で述べたように、私はアジアの人々、そしてわれわれが持っているよい面に対する自信を失うことはまったくない。ただ、あるものを見逃していた。それは実体経済とは別に、金融が大きく動いていた点だ。しかし、それはモノづくりの経済ではなく、ソフトの経済であり、知識の経済だ。モノづくりのテクノロジーではなく、金融技術だ。これらは豊富な自然資源と広大な土地がなければできないというものではない。知恵を出し、頭を使い、クリエイティブな心で競争に参加していけと言われたなら、それはわれわれアジアの人間が最も得意とすることだと思う。 市場の信号になかな気づかない日本 リー 今朝、偶然にも私は『日経ビジネス』誌の記者から同じ質問を受けた。20年前、私が「日本から学べ」と言ったが、いまでもそうかという内容だ。答えはもちろん「イエス」だ。いい点を学び、弱点は警戒する。つまり、今回の危機と日本経済の成長鈍化から示されたのは、日本もときには市場への適応が遅いこともあるということだ。しかし、私が日本をいまでも称賛しているのは、団結し、互いに献身的にやっている国民だからだ。世界でこれほど上の層から下の層まで連帯した国はあまりないだろう。国と国民が団結して、みんなが「成功したい」と望んでいる。一部には、下がどうなろうと気にしないような国すらある。違う階級の人間だからだ。そういう国では、いま問題が起こっている。また、日本は教育のレベルが非常に高い。日本には世界中で最もよく教育を受けた労働力が存在している。 一つ欠点を挙げると、英語がだめだということではないか。インターネットの普及により、英語がわかる人にはすばらしい優位性が与えられた。たとえば、ペンティアムのチップをつくっているインテル社の会長は、自分が前立腺ガンになったとき、インターネットから最新の治療法をすべて入手し、自らにぴったり合った独自の治療法を見つけ出したという。英語を知らなければ、そうしたインターネットの何千もの記事をいちいち翻訳しなければならないし、英語がわからなければ、検索の仕組みを使ってそうした情報を手に入れることはできない。日本の学生たちは、その情報格差を埋め合わせることができるだろうか。それができれば、米国並みあるいはそれ以上に優れた労働力になるだろう。いま英国や米国の労働者は優位性を持っている。巨大なデータバンクを自分のものにしているからだ。私が日本で尊敬しているのは完壁主義であり、貯蓄率が高い点だ。加藤さんも、より高い付加価値を持ってくる新しいセクターは金融だと指摘されたが、私もそこは信頼をしている。日本がビッグバンで開放されれば、次の10-15年にかけて、デリバティブなどすべて日本人は学んでしまうだろう。外為に関しても、すべての組み合わせを学び、それを使って証券など金融商品をうまく扱うことができると思う。日本人は数学も優秀だから、リスクも検討できるだろう。日本人は、これが成長セクターであることに気づいていなかっただけのことだ。 かつて住友は銅の取引で20億ドルほど損をした。大和銀行も数10億ドル赤字を計上したが、それは経験が浅く、内部の監査などが十分でなかったのだ。米国や英国はこうしたことに、金融セクターとして長年経験があったから、仕組みを整備していた。 最終的に、何がアジアの強みなのか。それは今日までの蓄積のすべてだ。日本がアジアで最初に先進国になった強みは、まだ残っている。一方で、日本の短所は、あまりにも長く同じ道にいて、十分に感受性のあるアンテナを広げていないために、市場の信号になかなか気づかないところだ。 技術の変化が起こり、それが革命をもたらしている。米国人はいま、なぜ指導的な立場にあり、世界トップの労働者を生み出しているのか。学校に銃があり、子供が撃ち合っているような状態なのに、それでもなぜ米国はリーダーなのか。頭のよい人たちは、米国では私学にいき、一流の大学にいく。その中で、ビル・ゲイツ氏のような人はハーバード大学を一年で中退し、優れたアイデアを持って、それを数人の優秀な友だちと追究し、それを3,500億ドルものお金に替えることを実現できたのだ。 われわれは、彼らがどうやったかを学ぶ必要がある。非常に大変かもしれないが、最初は優秀な頭脳から始め、既存の枠にとらわれない考え方ができる人が必要だ。儒教の枠外の考えをすることは難しいことだ。われわれは既存の枠に縛られるために、なかなか現状を打開できない。いま技術によって、人間の想像を超える新しい画期的なものが生まれてきている。われわれは枠の外にいる人たちを見つけなければならない。 私日本人をとても尊敬している 私は、まなく76歳になるが、ときに若い大臣などがお互いにEメールをしているのを見ると、バイパスされているような気になる。ファックスをもらうと、すぐノートに書いて答えていたのだが、このままでは陳腐化すると思い、5年前からパソコンの使い方を勉強し、いまやどこに行く場合にも、ホテルにラップトップ・コンピューターのプラグがあることを確認してから行くほどだ。そして常にシンガポールにいるように、パソコンを駆使してだれとでもメッセージをやり取りできることで、まったく違った世界になった。私自身、こんなことはかつて想像したこともなかった。ビル・ゲイツ氏がシンガポールに来たとき、ほかにどんなことを考えているのかと聞いた。彼は、キーボードが付いていない音声装置付きのパームトップ・コンピューターをつくる、質問すれば音声で答えが返ってくるもので、5-10年後にはできると言っていた。そういう状況をまえに、われわれは次世代を教育、訓練し、未来に備えることが大事だ。
好むと好まざるとにかかわらず、自動車のような成熟産業では合併、買収がどんどん進み、6つぐらいの大会社による規模の経済がより大きくなると思う。ルノーが日産と提携し、ダイムラーがクライスラーと合併した。つまり、量を確保して研究開発を優位に進める必要があると認識し、それには製品をカスタム化する必要があることに気づいたのだ。小さな会社からスタートしたのでは、市場で自分の場所を見つけることは絶対にできなくなるだろう。
米国では銀行をはじめ、あらゆる産業分野から政府・省庁のすべてにITを導入した。私が国際諮問委員を務めているある米国の銀行では、全世界に4,500人のITの担当社員がいるという。金融業務を担当している社員と同じくらいの数だ。昨年、その銀行はすべてのITビジネスをサービス会社に任せた。ITのことを心配する必要がないように、外注することにしたのだ。リスク管理のあらゆる項目がコンピューターで慎重に計算されている。そこまでやる余裕のない中小銀行もあるだろう。 つまり、そうした高度なことをするには、大手でなければだめだ。だが、日本の金融機関は大手であり、そういうレベルに入りつつある。当時、橋本総理はビッグバンに関連して、日本の銀行は数年間、痛みを伴うだろうと言っていた。しかし私は、彼らは学び、やがて追いつくと信じる。テニスのウィンブルドン大会のようなもので、初めて出場するときは、第一戦に勝てればラッキーかなと思っていても、毎年出場するようになると、日本の選手もファイナルゲームに出場できるようになる。 自動車で世界のトップになり、エレクトロニクスで世界の一流になったのと同じ資質があれば、コンピューターや金融でも大丈夫だろう。しかし、そのためには将来に向けて警戒する必要がある。近い将来、他のものもどんどん変わっていくだろうから、慎重を期してできるだけ早く他国のように状況の変化に気づくことだ。そうしないと、他国のほうが先に変化に対応してしまうだろう。
私は、日本人をまだとても尊敬していると申し上げたい。信頼を失ってはいない。日本もきっと回復すると思う。日本の企業はかなりのスピードで学んでいる。残念ながら、官僚や政治家は学習があまり速くないようだ。政治家は選挙のことばかり心配しているのだろうか、あまり外のことを見ていないようだ。官僚はいま、マスコミに叩かれたりしているようだが、一流の大学を出た優秀な人がたくさんいるので、彼らを活用することで、日本はまた回復し、世界のリーダーになる。
ただ、今回ちょっと違うのは、英語を学び、世界がどう動いているかを知ることが、未来の重要な要件になってくることだ。 日本は単一価値観主義を改めるべきだ 小島 リー氏の力強いアドバイスで、加藤政権ができたら、やらなければいけない宿題がたくさんできたのではないか。 加藤 日本がこれから考えるべき、非常に深いところにある問題を指摘されたと思う。ゴルバチョフさんが現職のときに訪米し、地方都市で演説した際に、聴衆から「計画経済、社会主義経済はもうだめだということを認めなさい」と言われた。それに対してゴルバチョフさんは、「確かに欠陥はあるし、ソビエトを変えていかなければならない。いまはそのペレストロイカの最中だ。ただ、社会主義国家としてうまくいっている国が世界に一つある。それは日本だ」と言ったそうだ。多くの聴衆は、ゴルバチョフ氏は日本が自由主義国家であることさえ知らないほど無知なのか、と思ったそうだが、後でよく考えてみると、日本の本質をよくわきまえた発言だったと気づいた、というエピソードがある。 われわれの国は、世界の歴史の中で最もうまく成功した民主社会主義国家だったのではないか。皆、同じようにものを考え、ハーモニーを大切にし、優秀な官僚が経済をデザインして、皆がそれに従っていく。しかし、これが限界にきたということは、皆うすうす感じているのではないだろうか。 私はいま選挙で悩んでいる政治家の一人だが、選挙区に行ったとき、農家のおじいさんたちが「あんたは農作業をしたことがないだろうが、同じ土に同じ種を何十年植え続け、化学肥料などをやり続けたら、土が白く固くなって、どんないい種子を植えても育たない。しかし、一回その土を砕いて、有機肥料を入れてかき回して柔らかい土にすると、種が見事な野菜になり、球根が見事に赤、青、黄色のチューリップの花を咲かせるのだ」と教えてくれたことがあった。 いま日本には、キャピタル・アキュミュレーション(資本蓄積)と、クリエイティブなテクノロジー・イノベーション・ケイパビリティ(技術革新能力)があり、さらに数学にしても知識にしても、最も高いレベルの教育水準を有するヒューマン・リソーシスという三つの種があるのに、なぜか花開かない。それは土が固くなったからだろう。それを砕かなくてはいけない。それはもう一回、社会主義的な日本から離れて、グローバルマーケット・メカニズムを使ってやるということではないか。 具体的に言えば、ビッグバンでお金の流れを自由にすることにより、それをやろうとしているのが、いまの改革だと思う。 橋本前総理もビッグバンに手をつけるとき、「ウィンブルドン現象が起き、貸し渋りがきて、大変なことになるだう、このプロセスを経なければならない」と言い、私に「手伝うか」と言われた。私は自由民主党の幹事長として、「お手伝いしましょう」と言った。 案の定、予想以上のきしみが出ているが、われわれはこの改革を通っていかなければならないのだと思う。これは、単に所得減税したから景気が戻るような簡単な改革ではなく、覚悟したうえでの改革の道のりだったのではないだろうか。それを具体的にデザインしたのが、大蔵省の中堅・若手の官僚たちだった。その結果が具体的には山一証券の倒産になり、北海道拓殖銀行の行き詰まりになった。 その中で、企画した政治家も官僚も、いろいろな攻撃を受けて足場が崩れたわけだが、日本はもう変わりつつあることはだれでも知っている。それは世界を駆け回るお金を通じて、いろいろな価値が日本の中に入ってきて変わっていくのだと思う。 ただ、残念なことに、私は、あまり、たちがよくないと思うが、ヘッジファンドという短期資本がかき回しすぎている。これをコントロールするメカニズムをわれわれはまだ持っていない。これを急いでつくらなければならない。コントロールされた短期資本を前提にしながら、お金の流れで変えていくのがいまの日本を変える道のりではないか。 もう一つ、みんなが同じような考え方をする、日本の単一価値観主義は、なんとか直さなければいけない。他人が何を考えようとも、自分はこう思うというようにならなければいけない。リー・クアンユーさんは、儒教の枠の中から外に出てものを考えることがうまくできるだろうか、と示唆的なことを言われた。アジアの中ではなかなかそれはできないだろうが、それを少し変えて、インディペンデントなマインドで科学を考え、社会を考えるには、インターネットを通じて欧米の考えを入れるということになるのではないか。その作業はもう始まっている。
日本人の英語力は世界で155番目 私は最近1年ぶりに米国に行って、ハッと気がついたことがある。インターネットの世界的な普及で、英語がエスペラントのような世界標準語になっていることだ。 フランスやドイツの小中学校でも英語を教えはじめ、その時間も日本より長い。いま日本は、英語という全世界共通語の世界から取り残されている。これはかなり急を要する話なので、帰国後、すぐ内閣総理大臣に報告した。現行の英語教育のように難しいことをやっていてはだめだ。ツールとしての英語教育を必死にやる。 具体的には、高校入試の際にTOEFL(英語を外国語として学ぶ人のための試験)を英語の科目に採用するぐらいでないと間に合わない。また、入社試験でもTOEFLで何点とれたかを採用基準にするのも一つの道かもしれない。そうすれば成績はいっせいに上がっていくと思う。世界的なTOEFLのテストで、日本は165ヵ国中155番目で、平均点で北朝鮮に1点負けたということは、かなり深刻な状況になってきているのではないか。いかに高性能な翻訳機械ができても、これは解決できない問題だ。そうして欧米の「自分のことは自分で考える」という精神を導入することによって、この国はまた、いきいきとしてくるのではないかと思う。 米国の労働生産性上昇率がITで3倍に 小島 いま、ITをいかにして経営の隅々まで使っているかが、米国経済のダイナミックな展開の背景になっているということが、だんだん認識されるようになってきた。アラン・グリーンスパンFRB議長は、タイの危機が起こった1997年の7月末「米国経済に起こっていることは産業革命以来のことかもしれない。何か構造が変わってきた。ひょっとしたら、こうした変化は一世紀に1、2回、あるいはもっと少ない変化かもしれない」と言ったことがある。その後、彼は公式の場で具体的には言っていないが、今年の5月6日に行った長いスピーチを読んでみると、米国では個人や企業の経営者が、ITを身につけ、使うことによって、今回の長い景気拡大の中で、従来の拡大期の約3倍の勢いで労働生産性が上がり続けている。これが、米国が完全雇用になってもインフレにならない成長を続けている大きな背景ではないか、と言っている。ITをどう使ったのか。技術者が設計し、それを工場で製品にし、販売する。さらには生産したものを、情報を使ってほとんど在庫がゼロですむような経営をすることで、経営のリードタイムがどんどん短縮され、それが結果的に労働生産性を高めるプロセスになっている、と語っていた。 もう一つ、つい最近、彼の前任のFRB議長のポール・ボルカー氏と東京で会った。私が「米国は元気ですね」と言うと、彼は「いや、心配もあるのだ。米国の経済はいま消費でもっている。貯蓄率はマイナスで、消費も株価でもっている。それも、わずか15の企業の株価がどんどん上がっていることでもっているんだ。その15の企業はアマゾン・ドット・コムを含め、ITに絡んでいる」と言う。 また、ある人と話をしていたら、たまたま今年はニューヨーク株式市場創業百周年で、百年前の最初の取引でついたダウは70ドルで、その後ダウ平均が1,000ドルになるまで70年かかった。ここ1、2年の変化はいくらなんでも急激すぎる、と言っていた。いまの米国の経済について、高いところに来すぎてちょっと怖くなった、と言う高所恐怖症の人もいるが、どんなものだろう。 90歳を過ぎたP・ドラッカー氏は、欧州から米国に移民してきた人だが、「思い返すと、自分が米国大陸に足を踏み入れたころは、米国の経済は病んでいた」と言う。事実、当時の米国は大恐慌だった。しかし、米国の社会は家庭における価値観や社会におけるお互いの助け合い、さらに犯罪も少なかったし健全だった。いまはどうか。米国の経済は健全になったが、社会が病み出したと言っていた。これもこれからの経済社会の運営を考えるとき、重視しなくてはいけないポイントという感じもしたが、米国の経済社会の現状についての判断をうかがいたい。 資金を再びアジアに戻しはじめた邦銀 リー 私は98年10月に訪米した。当時の雰囲気は悲観的だった。ブラジル危機が始まったばかりで、上向きの可能性は少なく、下方修正の可能性が大きかった。だからニューヨークの株を売り払い、投資をできるだけ減らすほうがいいと感じて、その対応をとったのだが、ダウ平均は9,200ドルから10,000万ドルまでいき、11,000ドルに達するという動きになってきた。 ファンダメンタルズが変わってきたのか。そうではないと思う。これは消費に導かれた好況で、貯蓄は記録的な低さだ。企業が良好な収益を報告し続ける限りはいいのだが、必ずや収益が期待にそぐわない状況になるはずだ。好むと好まざるとにかかわらず、東アジア諸国は米国からの輸入を減らしている。ラテンアメリカ諸国にしても、東欧諸国にしてもしかりだ。 その意味では、株の調整があることを心から願っている。ただし10-15%、極端に言えば20%程度の調整であればいいと思う。だが、急落となると東アジアの景気回復に相当大きく痛手を被ることになる。東アジアの景気回復はまだ初期段階にある。ファンドマネジャーがカネを戻し、株価が戻りはじめ、不動産価格もそれに合わせて戻りはじめている。消費者にも自動車やテレビを買う動きが出はじめている。このように株や不動産部門ではV字型の反転がみられる。エコノミストは、このV字型の反転、資産市場における回復が、実体経済におけるU字型の回復を助けることになる、と言っている。ぜひそうなることを願っている。 そうなるためには、米国の市場が十分好況を維持し、われわれの輸出が維持できるようにしなければいけない。もし米国の景気が後退し、東アジアの輸出が後退を余儀なくされたならば、実体経済のU字型の反転、回復は実現しないかもしれない。短資の流入が止まり、それが反転する可能性も十分考えられる。リスクのない世界はないのだ。日本が今年は昨年より目覚ましい実績ではないにしても、実績がよくなり、来年は今年よりよくなることを念じている。いずれにしても、東アジアの国々は、日本の景気が再び立ち戻り、順調になるまでは、成長も堅調にはなりえない。とくに85年のプラザ合意以降、日本の奇跡ではないにしても、日本が本当に自信を取り戻し、拡大に向かって投資をするようになることを念じている。それによってわれわれの景気も力づけられると思う。 アジアの危機のもと、98年、日本の銀行は約1,600億ドルの資金を香港から、600億-700億ドルをシンガポールから引き揚げている。そのぶん流動性が吸い上げられたわけで、それによって全体を覆っている悲観的な気持ちが醸成されている。しかし、最近、邦銀は一部資金を再びアジアに戻し、そうした動きが活発になってきているので、その流れが今後も続くことを心から念じている。 発言は慎重でなければならない。発言によって悲観主義を高じさせ、事態を悪化させてしまうからだ。日本はいま悲観的だから、それに輪をかける必要はない。日本は悲観的すぎる。世も末だとは、だれも思っていない。確かに8年か9年間苦しみ、人々は雇用を心配しているかもしれない。しかし、日本は豊かな国だし、健全な産業を持ち、決して破綻した国ではない。知識、能力を持っているのだから、必ずこの問題から脱却できる。いま、日本が必要としているのは、まさに指導者や官僚に対する信頼だ。官僚は企業部門が合意できて、国民が納得できる計画をつくっていかなければいけない。そうすれば、景気は必ずや上向くはずだ。私が日本人だったら、将来を暗く見る必要が果たしてあるのだろうかと思う。確かに人口動態的には、日本社会は高齢化している。しかし、アジアの中で一番豊かな将来を迎えられるのは日本だ。教育程度は高いし、社会の調整も進んでいる。悲観する理由はまったくないと思う。いまは期待どおりの状態ではないかもしれない。だからといって悲観的になる必要はない。どこかで何かが変わり、人々はそうした気持ちから脱却しなければいけない。 昨年、私はこの場で「今年は景気が少し改善したが、景気が本格的に持ち直すためには、もう少しよくならなければいけない」と言ったが、いま住宅着工が、東京を中心に改善している。それは、人々が将来に向けているということだから、よい兆候ではないか。すべては、米国のダウ平均株価がハードランディングしないことにかかっているように思う。後になって、グリーンスパン氏よりボルカー氏のほうが正しかったということになるとがっかりすると思うが。 歴史を学ぶ者は楽天的になれる 小島 今年3月に来日したマサチューセッツ工科大学(MIT)のレスター・サロー教授は、「これまではドルの信認が失われても逃げようがなかったから、ずっとドルが持たれていたが、戦後初めてドルのチャレンジャーとしてユーロが生まれ、ドルの逃げ場ができたので、ドルの暴落はありうる」と言い出した。しかしその後をみると、ユーロはむしろ弱くなり、資金がウォール街から急に流れて、クラッシュ・ランディング、あるいはハードランディングする可能性は弱まったような印象だ。
二年前のこの場で、加藤議員は、基調講演の中で10年前の米国と日本、現在の米国と日本を比較され、「日本にはいまペジミズム(悲観主義)が充満している。だが、それも危機意識に裏打ちされたものなら、現状を打破するエンジンが付いているので希望がある。ようやく日本にも少し危機意識が生まれつつあるが、まだ十分でない」と言われた。いまはどう判断されるか。
加藤 ウォール街で万一、株価が2〜3割ダウンしたら、その悪影響は日本の株の暴落よりもひどいだろう。なぜなら、日本のバブル崩壊で損害を被ったのは企業だが、米国の場合は一般消費者が「401kプラン」の年金にお金を注ぎ込み、デイ・トレーダーとしてパソコンで運用している。彼らは日々儲けたお金を消費に回し、98年度の貯蓄率はマイナス1%だった。だから逆資産効果が急激に表れたら、世界経済に大きな影響を及ぼす。日本のように7、8年で徐々に悪い影響が失業という形で表れるモデレートな変化ではなく、より激しいものになる。だから、その前に、できるだけ早くアジアの経済がよくならなければいけない。すでに日本とインドネシアを除けば、だいぶいい方向にきていると思う。逆に、アジアがよくならないと世界経済全体に曙光は見えないだろう。 日本はどうか。日本は二つの不安から、この4、5年で基本的に需要構造が変わったと思う。一つの不安は、老後の年金の不安だ。これはかなりの部分が誤解に基づいているので、政治家がもっと真剣に自信を与えないといけない。もう一つは、どんな大企業に勤めていてもクビになるかもしれないという、企業や日本の経済についての不安だ。しかし私は、この国は大丈夫だと思う。 「歴史を学ぶ者はオプティミスティック(楽天的)になれる」と言った人がいるが、25年前の英国は英国病でどうにもならなかった。しかし、いまは元気になった。12、3年前の米国も、いまの日本よりひどいペシミズムが覆ってはいなかったか。当時、日本は意気揚々としていた。歴史上、永遠に続く下降線はないのかもしれないし、永遠に上昇するということもないのかもしれない。 その意味で、知恵とリスクをとる覚悟さえあれば、この国はよくなっていくと思う。ただ、いま金融システム全体の混乱は避けられたが、各金融機関でリスクをとるのをまだ怖がっている。たとえば日本銀行が、新発国債を引き受けるという、絶対やってはいけないことをして市場にお金を出したとしても結局は銀行の選別融資というスクリーンがかかる。銀行がリスクをとることを恐れたら、景気はよくならないし、外国に融資をする勇気が出てこなくなる。その点では、われわれ政治家が、この国は将来、大丈夫なのだという確信をしっかりと国民に与えるようにしていく必要があると思う。 2年前のこの会議でもそうお話したが、新しい産業のもとは結局、新しいテクノロジーだから、そこにしっかりと投資していくことだ。事実、われわれは新しい研究をかなり行っている。ただ、それを産業に結びつけるソフト・仕組みがまだできていないので、そこをしっかりやれば、この国は再び蘇る。アジアの国々と15年後に何を話し合っているか考えてみると、直接資本投資をしてほしい、日本から融資を受けたいというお金の話ではないだろう。そうではなく、「出し惜しみせずにテクノロジー・トランスファー(技術移転)をしてほしい」という議論をする時代になるのではないか。さらに言えば、企業経営者が、政府が何か自分たちのためによいことをやってくれるだろうと考えるのをやめることだ。そもそも、通産省や大蔵省の人間が、いい儲け話などできるわけがない。 産業開放で国内から抵抗にあった朱鎔基首相 小島 ところで、中国はいま経済的に調整局面にさしかかっているようだが、その調整はどの程度のもので、アジア経済へのインパクトはどうなのかうかがいたい。 リー 中国経済は1998年に7.8%の成長を達成したと報告されているが、実際は6%程度とおおかたの人は考えている。今年は7%を目標にしているが、いろいろな兆候を見ると、輸出は減速し、外国からの直接投資も減っている。政府は98年同様、公共事業を増やそうとしているが限界がある。懸念されるのは貯蓄の増加で、98年には17%増え、物価は2.5%下がっている。つまり、人々はカネを貯め、使っていない。デフレが進んでいるわけで、成長を目指している国にとって健全ではない。 なぜそうなっているのか。日本と同じように、労働者が将来を心配している。政府は国有企業や官僚制度を縮小しようとしている。98年は中央だけで600万人の人減らしをした。それが地方の省に及んでいない。だから悲観主義が広がっているのだ。国有企業にいれば家も学校も与えられるが、仕事を失えば奪われる。その悲観的な気持ちを払拭する必要がある。 朱鎔基首相は、99年4月の訪米で、世界貿易機関(WTO)加盟に関し合意に達したかったから、無理をして譲歩をしたと思う。それで外国からの直接投資を増やし、中国の輸出を増やせると考えたのだと思う。彼にとって一番重要だったのは、産業の開放を進め、競争を強いることで国有企業の改革を早めることだった。ところが、彼の国内のアドバイザーたちは「それは受けられない」と言いはじめた。その後、朱鎔基首相は、北大西洋条約機構(NATO)軍によるベオグラードの中国大使館の誤爆問題で動きがとれなくなってしまった。さらに、中国の関係者が、スパイ問題で米国の調査の対象になるという問題も出てきた。こうして、まったく不幸な理由で機会が失われてしまった。双方とも解決を求めたいと思っているのだが、米国はいま、中国側の譲歩に応えておくべきだったと思っているだろう。 しかし、中国が近代化し、国際経済体制に参加するという長期的な目標を変えていないのなら、WTOに加盟し、門戸を開放して競争しなければいけない。その意味では、今後数カ月が、合意に到達できるかどうかという意味で重要だと思う。不幸な過ちやミスは、この際、脇におくべきだ。 いずれにしても、国の関係は続くのだから、関係を構築するべく何年もかけて重ねてきた努力を、不幸な過ちのために無に帰してはいけない。米国との関係を保つことができなければ、中国の状況はさらに悪化するだろう。だから中国は、対米関係を軌道に戻したいと考えていると思うが、容易ではない。現に、すでに数カ月が失われてしまった。東アジアの経済は回復に向かっているし、輸出も改善するかもしれないが、中国は東アジアよりも米国を必要としている。 全体として米国との関係は難しいかもしれないが、決意を持ち、創意に溢れた朱鎔基首相の経済担当チームは優秀で、問題に取り組むにはどんな政策が必要かを認識していると思う。第一にしなければいけないのは、国際経済との結びつきが必要なことを再確認し、外国から直接投資を呼び入れることだ。
中国をWTOに加盟させるべきだ 加藤 かつての社会主義国のソ連と中国を比較すると、ソ連は政治の自由化を先にやり、経済を後回しにした結果、混乱をもたらし、経済はめちゃくちゃになった。一方、中国は、政治的な自由化はまだ完全にしていないが、経済の自由化を進め、かなりいい成長率を保ってきた。どちらの道を選ぶかは、非常に重要なチョイスだったと思うが、中国は正しい道を歩んだと思う。それがここで頓挫するとしたら大変不幸なことだ。とくに国有企業の改革、人員整理、そして、失業した人たちをどういう社会福祉ネットで救っていくか。その点では、ある意味で日本と同じ問題に苦しんでいるのかもしれない。 ただ、中国はロシアと比較して、経済的にかなり発展する素地を持っている。それは、広大な土地や資源があるからではなく、4、50年の社会主義政権の間にも、自由主義経済の精神を失っていないからだ。
私は昔、外交官として中国を専門にしたいと思い、台湾に派遣されて、2年間中国語を学んだが、台湾でモノを買うときには常に「タオチャ」と言って値切る。その言葉の使い方とか、背を向けるときのタイミングとかは、一種の芸術みたいなものだ。その後、北京の天安門の近所のマーケットで、この言葉と仕草が通じるか恐る恐る試してみたら、完壁に通じた。つまり、中国では自由主義経済とか商業主義の感覚がしっかりと残っているわけで、だからこそWTOに参加させ、世界とつないでみたい、と朱鎔基さんは思われたのだと思う。その意味では、日本からの投資がうまく行われ、中国経済がより強い基盤を築くためにも、99年中に、なんとかWTOに参加させてあげることが最も重要ではないかと思う。
小島 大変多くのテーマを提示したにもかかわらず、見事に深い洞察力をもってお答えいただいた。アジアはいま最悪の時期を乗り越え、ある程度積極的に自分たちの方向を議論するようになった。この議論はそうした意味で大いに参考になると思うし、私も期待したとおりの興奮を持ちながらうかがってきた。2000年には、新しい千年紀が始まる。日本、アジアを代表する、知性派のお二人の政治家がお元気で活躍し続け、その結果、われわれも利益を得ることを祈念し、感謝をもってセッションを終えたい。 リー・クアンユー
シンガポール上級相 欧米の価値観と一線
シンガポール建国の父。信条とする現実主義に基づいて、日本の淡路島ほどにすぎない小島を先進国並みの豊かな国に変貌させた。1990年に、31年間務めた首相の座をゴー・チョクトン氏に譲って上級相に就任した後も、同国の内政、外交に大きな影響力を持ち続けている。アジアを代表する政治家の一人として世界を飛び回り、欧米の価値観とは一線を画す「アジアの価値」を各国の政治家らに説いている。 98年5月にインドネシアのスハルト前大統領が退陣したため、1967年の東南アジア諸国連合(ASEAN)発足に立ち会い、一貫して現役の政治家を続けているのは、一人だけになった。最近は、現在の豊かさを当然と思う自国の若い世代に、シンガポール建国の苦難をどのように伝えるかに腐心している。 98年9月に、初めて自筆の回想録をまとめた。その中で、マレーシアからの独立を語るくだりが両国間の緊張を高め、話題を呼んだ。99年1月には、日本経済新聞に「私の履歴書」を掲載した。 金融改革の旗を振る長男のリー・シェンロン副首相は、次期首相候補。次男のリー・シェンヤン氏はシンガポール・テレコム社長としてビジネスの最前線に立つ。英ケンブリッジ大学卒、75歳。 加藤紘一 自由民主党衆議院議員
市場主義訴える、次期首相一番手 1998年末に自民党宮沢派(宏池会)を引き継ぎ、第六代宏池会会長に就任、同派を加藤派に衣替えした。党内ではポスト小渕恵三首相(党総裁)の一番手とされ、9月に予定されている総裁選にはすでに出馬の意向を示している。91年に結成した山崎拓前政調会長、小泉純一郎前厚相(森派会長代行)とのYKKラインが有名で、民主党の菅直人代表とも気脈が通じる。現在の自自連立政権には批判的な立場。 総裁選に向けては、80年代の英国のサッチャー首相や米国のレーガン大統領を意識して、徹底的な市場主義を訴える半面、市場の暴走に一定の歯止めをかけるため、国家の監視機能の必要性も説く。一方、対米重視一辺倒の外交に陥らないよう、「日米中の正三角形」という独自の外交論も展開している。
防衛庁長官、官房長官、党政調会長、幹事長などを歴任。東京大学卒、59歳。 |