小渕恵三首相が自民党総裁に再選され、自自公政権が発足して三ヵ月が過ぎた。その間、介護保険法改正や政治献金問題をめぐる迷走、自由党の合流・離脱騒動など、巨大与党は意外なもろさを見せている。
一方、敗北を覚悟の上で自民党総裁選に立候補した加藤紘一前幹事長は、選挙後も一貫して自自公政権との距離を保ち、党内反主流派として独自の発言力を確保した。そして、その加藤氏の姿勢を評価しているのが、本誌連載『風雲展望台』の執筆者で、元経企庁長官の田中秀征氏である。かつてはともに自民党宏池会(現加藤派)のメンバーとして活躍した二人だが、宮沢政権の崩壊を機に田中氏は新党さきがけ結党に参加し、細川政権時代は与野党に別れた。二人だけでじっくり話をするのは、一九九三年六月の村山内閣発足直前に国会図書館で自社さ政権発足に向けて語り合って以来だという。
反主流の立場に身を置く加藤氏は小渕政権をどう見ているのか、世紀末の政治のあり方をどう考えているのか。そして、田中氏はなぜ加藤氏の姿勢に期待するのか__。二人の対話はお互いへの評価から始まった。
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■ 政界の大通りを歩いてきたが
【田中】 加藤さんとは、同じ時期に同じ大学で学生時代を過ごしていたんですが、当時はお互いにまったく知らなかった。つきあいが始まったのは、二人が昭和四十七(一九七二)年の選挙に初めて立つ直前ぐらいからですね。もっとも、加藤さんはすんなり当選したけど、私は四回も落選を重ねて、「永田町で会おう」という約束がなかなか果たせなかった。ただ、ずっと気がかりな存在として見ていました。
【加藤】 私にとっても田中秀征という人は気になる存在でしたね。私は二世議員として父親の地盤を継いで一回目から当選したんですが、自分の力だけで政界入りしたのではないという気後れみたいなものがある。それに対して田中さんは徒手空拳で、しかもおカネを使うわけでもないのに回を重ねるごとに票数を延ばして、ついに議席を勝ち取った。だから、あなたの初当選は非常に嬉しかったのを覚えています。
【田中】 加藤紘一という政治家は、今の政界においていくつかの特徴を持っていますよね。第一に、最初から総理の座を目指していると受け取られていたし、おそらく本人もそう思って政界の大通りを歩いてきた。
【加藤】 いやあ、それはちょっと……。
【田中】 そういう人っていないですよ。たまたま総理になりましたという人ばかりでね。もう一つは、外交、防衛はもとより農政、医療、年金に至るまで、あらゆる政策について通り一遍ではない勉強を積み重ねてきた。さらに語学や、今ではパソコンも使いこなすようだけど、時代が要求するものを敏感に感じ取って身につけている。総理になるためのパワーも政治基盤も、自ら確保して積み上げてきた。普通なら、そのまま総理に登りつめていくんだけど、冷戦の終焉、バブル崩壊という時代の大転換のなかで、加藤さん自身が自らを変革しようとしているように見える。永田町の大通りを歩いてきた人は、いろいろな行きがかりを持っているはずなのに、特に昨年の自民党総裁選の際の発言や行動は、従来のしがらみを断ち切ってでも時代の要請に応えようとする決意がうかがえた。これまでのあなたは、覇権主義的に生きてきたところがあって、どうしても権力志向に見えたんです。でも今は、国会の外や時代を見るようになった。だから、見直したと言っては失礼に当たるけど、政界に新しい種をまいたよね。
■ 総理になって何をすべきか
【加藤】 過分な評価に値するだけの仕事を実はまだできていないんで、忸怩たるものがありますね。それと、初めから総理を目指して覇道を歩んできたというのはちょっと違って……。
【田中】 いや、そう見えたよ。
【加藤】 しかし、自分自身では政治家のタイプではないと思っていたし、政界入りするときも大臣を一回やれればいいと考えていたんです。ただ、私の恩師である大平(正芳・元首相)さんがこう言ったことがある。「自分は他の政治家に負けないように誠実に汗を流してこの国のあり方を考えてきた。あるとき、ふと気づくといつの間にか山の頂近くまで登っていて、下を見たら身震いをするほど怖くなった。それでも山を登る努力は続けなくてはいけないのだ」と。良くも悪くも私は大平さんの影響を強く受けていますから、懸命に山登りをしてきたのが覇道に見えてしまったのかもしれません。
【田中】 今は時代の大きな転換点で、政治の現状を川の流れにたとえれば遊水池で水がグルグル同じところを回っているような印象がある。でも、加藤さんはそんな場所にとどまるべきではなくて、大きな流れを作る政治家であってほしい。実際、供給サイドの経済改革などのスタンスも時代の要請に合っているしね。でも、その姿勢を貫くには既成勢力との軋轢が生じるから、総裁選は最終的には降りるだろうと思っていた。生爪をはぐような苦悩もあったんじゃないかな、出馬に当たっては。
【加藤】 いろいろありました(苦笑)。
【田中】 時代の要請にかなっているということは、従来の延長線上を走ってはいないということなんだね。これは加藤さんも言っていることだけど、小渕さんの経済政策はみんなのことを考えているようで、実際には身内のことを優先的に考えている。つまり、既得権や現在の統治構造の維持が最優先になっている。ところが既得権にメスを入れない限り、時代の要請に合致することは無理なんですよ。
【加藤】 そうなんでしょうね。総裁選に出たことで私のイメージが変わったということですが、要は、このままの延長線上を走っていたら、この国の経済と社会はダメになってしまうと私自身が強く思ったんですよ。正直に言えば、私は従来の延長線上にいた人間です。ここ十数年の景気対策のほとんどすべてに、政府や党の幹部として関与しています。その私が、「もうカンフル注射ではダメだ。経済の構造改革、ひいては社会の構造改革を行わなければ日本の将来はない」と認識をせざるを得なくなった。対欧米キャッチアップの経済成長も、日米安保を基軸とする自由主義同盟外交も、もはや国民を引っぱる力ではないという時代を迎えて、では何をすべきかと考えたときに、総理になること自体を目的とするのではもうダメだと思い始めたんです。総理になったら何をすべきかを今から決めておかなくては、いざ政権を担ったとしても瞬時にして維持できなくなる。私のような政治家でさえ、そういう考えになるほど時代は大きく変わったということじゃないでしょうか。
【田中】 それは大事な認識ですよ。細川(護煕・元首相)さんの場合、彼にも私たちにもまったく準備がなかった。にもかかわらず支持率だけが高まって頭を抱えたというのが実態でした。宮沢(喜一・現蔵相、元首相)さんの場合も、周りから推されれば引き受けるという準備はあったけれど、自ら政権獲得のパワーを用意してはいなかった。その点、あなたは必要なら奪ってでも政権に就くという覚悟がある。そこが大いに評価できるね。
■ 三つのバイパスを通らず
【加藤】 私はここ数年、実は政治に醍醐味を感じるようになったんです。というのは、対欧米キャッチアップと自由主義同盟外交の二つのフレームが効かなくなって、いわば有名教授の模範的な教科書がなくなった。そのため、政治家自らが自分の調査と思考だけを頼りに論文を書かなくてはいけないような立場に置かれていますよね。
【田中】 その宿題を突きつけられてから、ほぼ十年になります。冷戦が終わり、バブルがはじけて以降、日本の進路設定ができていない。冷戦対応、成長対応の政治、行政、経済の構造を改めなくてはいけなくなったのに、政治家は本来の課題である日本の進路設定や構造改革、つまりこの国の統治構造の変革に正面から取り組むことを避けて、三つのバイパスに入り込んでしまった。一つは選挙制度改革、二番目は政党の離合集散、そして第三が憲法論議です。ただ、私が見るところ、加藤さんはこのバイパスに入らなかったね。
【加藤】 渋滞を避ける知恵もなく、街のど真ん中をモタモタと歩いてきたということなんでしょうが(笑)、まあ、その通りです。バイパスを通るのも一つの選択で、一時のスピード感は味わえるし、一瞬のファンファーレも鳴るでしょうが、決して渋滞の解消にはならない。街自体をよくしなきゃダメだいうのが私の思いなんです。その意味では、新自由クラブを作った河野洋平氏、新生党を立ち上げた小沢一郎氏、さきがけを結党した武村正義氏などが、そのエネルギーを自民党のなかで七転八倒しながら発揮してくれていたら改革も少しは進んだんじゃないかと思うんですけどねえ。
■ 自自公は実に困った政権
【田中】 なるほど。しかし、今の自自公政権を見ると、はっきり言ってこれまでの統治構造の延命にばかり血道を上げている。そう思うでしょう。
【加藤】 まあ、そうですね。
【田中】 あなたにも責任の一端があるけど、前回総選挙後の一本釣りによって自民党の数が徐々に増えて過半数を超えたことで、党の改革意欲が減退したね。結局は既得権益を擁護する体制になってしまい、経済政策一つとっても新陳代謝を阻害している。本来なら淘汰されるべき産業や企業を延命させているために、新しいものが十分に伸びてこない。それが自自公になってさらに顕著になった。加藤さんが言うように、無理に連立政権など組まず、部分連合で政権を運営したほうが緊張感があったし、自民党のためにも日本のためにもよかったはずですよ。
【加藤】 この自自公問題は総裁選のときに大きなテーマになりましたが、私たちが数で負けたこともあって今はあまり発言しないようにしています。ただ、三百五十人の大勢力で政治を進めようとすると、なかなかまとまりづらい。やはり、衆議院で過半数を取って首班指名と予算を通せるのであれば、そこから先は政策ごとの部分連合でやるべきです。他党との交渉のなかで執行部は塗炭の苦しみを味わうだろうけど、そうすることで緊張感が生まれ、自民党の能力も高まっていくんです。
【田中】 結局のところ政党も政治家も、自分の基盤にいつも不安を抱いているから、浮動票を固定化しようとする。ところが固定的な基盤が大きくなると逆に浮動的な立場の人たちを疎外していくんだね。その究極の姿が自自公政権だと思う。しかも、野党がそれに対峙するだけのたくましさを持っていないから、与党はどんどん傲慢になっていく。その上、お互いの支持基盤を向いた政策を出し合って、本当は賛成じゃないのに目をつぶっているため、どうしても我田引水の財政膨張政治になっていく。実に困った連立政権ですよ。
【加藤】 そうですね。連立政権の組み合わせは細川反自民連立以来、自社さ、自自、自自公で四つ目ですが、この経験で連立についての二つの結論、公理が明らかになったと思う。一つは、必要最小限の数にとどめなさいということ。巨大連立で政権を安定させようとしても逆に不安になる。お互いが相手を本当に必要だと思ったときに、意味のある妥協が生まれるんです。二番目は、最低限の基本政策は合意しておくべきだということ。介護保険法改正で自自公が揉めるのは、社会保険方式か全額税方式かで折り合いがつかないからですが、これは小さな政府か大きな政府かの基本部分の対立なんですね。
■ 保守が危機に瀕している
【田中】 今の自自公政権は基本部分での政策合意がないから、性格なき政権になっている。折り目も緊張感もないまま、財政ばらまき政治を行ってしまう。
【加藤】 そうでしょうね。もう一つ心配なのは、保守政治そのものが非常に厳しい状況にあることです。つまり、保守の基盤が崩れている。保守勢力とは詰まるところ、地域社会のなかで責任を持ってその社会を支えている人たちの集合体で、そこを基盤としてきたのが保守政治だと思うんですが……。
【田中】 いわゆる領袖政治だね。
【加藤】 ええ、名望家政治と言ってもいい。その名望家たちが高度経済成長に伴って都会に出ていき、地域社会が壊れていくなかで、辛うじて社会を支える役割を担ったのが公共事業だった。公共事業は自民党の利権だという批判も一面では正しいかもしれないが、それよりも選挙基盤を守る共同事業としての意味のほうが大きかった。ところが最近は、国の進路、介護や年金、就職やリストラの心配などの問題意識が強烈になっていて、地方においても公共事業が票には結びつかなくなってきた。そういう認識を持たないと、保守政治の将来は危ないと思うんです。
【田中】 領袖政治というのは、平時においては質の高い統治を実現できるんですが、世の中がダイナミックに動くときには旧来秩序の維持に向かう傾向があって、その結果として既得権擁護の互助会に変質するんですね。古い秩序を変えれば従来の選挙基盤を変えることにつながるからです。そして今まさに秩序が変わりつつあるなかで、自民党は昭和二、三十年代の経済社会の秩序を守るために、無用のおカネを使っている。選挙基盤の変化に対する危機感と不安感があるため、望ましい方向への変化を阻害しているんだね。
【加藤】 同感です。しかし、田中さんと同じ問題意識は、政府・自民党のなかでも実は芽生え始めているんです。あまりにも大衆迎合的に国民にサービスを提供することはもうできない。財政再建もしなきゃいけないし、税金も引き上げなきゃいけない。公共事業ももう限界がある。でも、それをあからさまに言えば選挙が危なくなる。そういう危機感から生まれてきたのが金融ビッグバン構想であり、具体的には外国為替の完全自由化でした。日本経済のおカネの流れを合理化することで、経済システム全体を変えようとしたんです。ところが、いざそれを実行に移すとものすごい悲鳴があがり、橋本(龍太郎・前首相)さんは退陣した。それで今の小渕さんは、癒しの経済、改革モラトリアム政治を実行しているわけです。しかし、この政治路線はごく近いうちに改革路線への復帰宣言をしなくてはいけなくなると思いますよ。
【田中】 まったく同感です。
【加藤】 国民は、もう改革路線から後戻りできないことを明確にわかっていますよ。何しろ、かつてライバルだった住友銀行と旧三井銀行(さくら銀行)が合併するとか、日産が事実上ルノーに買収されるとか、信じられないことが起こっているし、国の財政が危機的なまでに逼迫していることも国民はみんな理解している。今の政治の悲劇は、「こんな状況なのに政治家は将来のことを真剣に考えているのか」と国民から心配されていることです。国民の意識変化に政治が追いついていないような気がする。保険料徴収を半年先延ばしにするなどの介護保険法改正をめぐる迷走は、まさに政治家の意識の遅れを如実に示していたと思いますね。
■ 国債価格急落の恐れあり
【田中】 ところで、自自公政権が発足した直後の記者会見で自由党の藤井(裕久)幹事長が「これは普通の国への出発点だ」と言っていますね。要は小沢一郎党首のかねての主張ですが、「普通の国」を私なりに定義すると、軍事力を背景として外交政策で世界戦略を展開する先進大国ということになる。加藤さん、自自公政権は本当に普通の国を目指していると思いますか。
【加藤】 ノーだと思います。日本が普通の国ではない部分というのは、軍隊を海外展開しないという点に尽きるわけで、今はまだその準備が十分にできてはいませんからね。まあ、私自身は、普通の国になるよりも個性のある国になったほうが面白いと思っていますが、いずれにせよこの問題は今後の大テーマになるでしょうね。
【田中】 この話題を持ち出したのは、宮沢内閣退陣以来、政治の底流には加藤紘一対小沢一郎の対立があったと思うからです。それは、人間関係や政治手法での対立ではなく、目指す国の進路が根本的に違うからこその対立だと私は理解している。そして、いわゆる普通の国になることにはノーだとあなたが本当に考えているのであれば、私の考えと合致する。しかし、普通の国路線を否定する人たちは、経済の面では往々にして従来の延長線上を走る傾向があって、改革意欲に欠けているように見えるんですが、あなたは総裁選を通じて経済改革についてかなり突っ込んだ主張をしているよね。供給サイドの改革もその一つだし、「小さな政府」を目指すとも言っている。そこがとても重要なことだと思う。
【加藤】 小さな政府論には批判もあるんですよ。「それは古い考えだ。欧米では八〇年代にレーガンとサッチャーが実行し、今はその揺り戻しで第三の道を歩みだしているではないか」と。でも日本は、本格的な規制緩和時代を経験していないために、古い構造が依然として残っている。だから、小さな政府をいっぺん体験する必要があるし、金融ビッグバンがそれをグイグイ進めていくんだと思います。
【田中】 普通の国路線にノーの旗を掲げながらの経済構造改革は是非やってもらいたいね。もう一つあなたに期待したいのは、日銀による国債引き受けに「待った」をかけること。政府も日銀も、絶対にやらないと今は言っているが、放っておくと、新規国債は引き受けない代わりに既発国債の買い切りオペレーションを拡大するなど技術的なまやかしによって、実質的には同じことをする可能性が非常に強い。日本はすでに赤字国債を発行しなければ財政が成り立たない国になっている。その上さらに国債増発を許す政策を続けていけば、あらゆる重要な問題が先送りになって、さらに傷を大きくし、結果としてあらゆる社会レベルでモラルハザードを引き起こす。それだけは絶対に阻止してほしい。
【加藤】 大きな政府派の年老いたハトにはなるな、という意味ですね(笑)。私も財政は実にひどいことになっていると認識しています。構造改革のエネルギーが、パイプのどこかにあいた穴からヒューッと抜けていっている。その穴をあけているのが、政府が行っている財政出動なんですね。その根本原因は、中曽根内閣時代の昭和五十九年に、赤字国債の償還期限を従来の十年から一挙に六十年に延ばしたことです。赤字国債は元来、よほどの場合のつなぎ財源にすぎなかった。ところがこの決定によって、いくら借金をしても翌年以降の元本返済は六十分の一ずつでよくなって、しかも最近は超低金利だからほとんど痛痒を感じずにどんどん借金を重ねている。さらに恐ろしいことに、国会議員のなかでも赤字国債の償還期限が六十年になっていることをしっかり認識している人が二割もいないと思われる。今のままではそう遠くない時期に、国債の値段がグンと下がって長期金利が急騰する日が来るんじゃないでしょうか。
【田中】 それは早いよ。今の流れでは日本の国債の格付けがガタンと落ちる日が、今年中には必ず来ると思う。もう目前かもしれない。
【加藤】 その危機感はもっともだと思います。本当に怖い。
【田中】 でも小渕さんにはそういう関心が欠如しているように思えるんだよ。
【加藤】 国債格付けの引き下げは、国家の信用が落ちるということですから、心配ですよ。
■ アジアの安定と平和
【田中】 ただ、このところ外交面では小渕さんを評価することが二つある。一つは、超党派の北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)訪問団。これは小渕さんの功績とは言えないんだけど、国交正常化にうまく結びついてほしい。もう一つが、日韓中の首脳会談を定例化する動きが生まれてきたこと。これが定着し、そこにいつの日か北朝鮮も受け容れるという流れになれば、日米ガイドラインの運用面でアジア諸国が抱いた不安を解消することにつながると思う。こう言っては失礼だが、初めて小渕さんを評価する気になった。外交は加藤さんの専門分野だけど、この二つをどう評価していますか。
【加藤】 北朝鮮については拉致事件の解決がなんとしても必要です。しかし、事件解決が国交正常化の条件だとして会うことまで拒否していては話が前に進まない。早期解決のためにも、まず交渉のテーブルにつくべきですね。「テポドン」が飛んできて日本中がパニックになったんですが、冷静に考えれば、核弾頭を積んでいるわけではないし、そもそも核兵器の開発などできているはずがない。他方、中国は「テポドン」の何十倍もの射程距離を誇る大陸間弾道ミサイルを持ち、しかも高性能核弾頭まで開発している。それでも我々が平気でいられるのは、中国とコミュニケーションがあるからです。だから、まずは北朝鮮を早く国際常識の場に引っぱり出すことが重要だと思います。
【田中】 コソボの民族紛争は六百年前の戦いに由来しているそうだけど、日本と朝鮮半島が同じ轍を踏んではいけない。後世のためにも、お互いに譲り合って関係を正常化すべきだと思う。野中(広務・自民党幹事長代理)さんが「最後の政党外交だ」と言っているのはその決意の表れだと思うし、是非とも実らせてほしい。
【加藤】 あの超党派訪問団は、村山(富市・元首相)団長と野中さんの良好な人間関係があって、そこに野中さんの執念が加わって実現したんですね。
【田中】 マニラのASEAN首脳会議で実現した日韓中の首脳会談についてはどうですか。
【加藤】 非常に画期的で、よかったと思っています。本来ならもっともっと脚光を浴びてもいい出来事なんですが、日中関係が今ひとつ湿っているので注目度が上がらない。でも、日中、日韓、韓中、それぞれの二国間関係が成熟していくと、アジアだけでなく世界のためにとてつもなく重要な三者会談に育っていく可能性を秘めていると思いますね。そこにASEAN諸国が加われば、大きな変化がごく短期間で起こるかもしれない。ベルリンの壁だって、あっと言う間に崩壊したんですから。
■ 日本が行うべき国際貢献とは
【田中】 一つ心配なのは、そういう流れを捉えてすぐに政治大国、軍事大国の仲間入りを目指そうとする考えが頭をもたげてくることなんです。でも、日本が国際社会のなかでイニシアチブを発揮すべき分野は、そんなことではないはずですよね。
【加藤】 アジアについて言えば、日本が考えている以上にアジア諸国の日本に対する期待は大きい。過去三年ほど、アメリカのヘッジファンドがアジアの金融と経済を大混乱に陥れたんですが、アメリカはヘッジファンドのコントロールには消極的だった。それに対して日本は、十兆円近い金融支援を行ってアジア諸国の立ち直りに大きな貢献をしたんですね。冷戦崩壊後、国際政治のイニシアチブは軍事力から経済力に移り、だからこそ日本が影響力を持ったわけです。しかし、あと十年もすれば資金援助よりも技術移転や知的財産の提供を求められる時代が来る。そのときに、もしも日本に技術や研究開発結果の蓄積がなければ、出し惜しみをするようになっていくと思う。ですから今、日本がやるべきは将来を見越して知的財産を集積することです。基礎科学研究などを徹底的に進めて、その果実をおおらかに分け与えられるだけの力を蓄えておかなければならない。視力障害を回復させるようなDNA研究とか、サハラ砂漠で太陽光発電を行い、その電力を超伝導でアジア諸国に分配するとか、夢物語かもしれませんが、やるべきことは山ほどある。
【田中】 それは非常に大切なことで、まったく同感です。これまで日本は資金面で国際貢献をしてきたが、今はその資金が逼迫している。そうなると、残された道は二つです。一つは加藤さんが言ったような知的財産や技術による貢献ですが、それが無理な場合は人の提供による流血貢献になる。おカネがないから人を出すという際に間違えちゃいけないのは、世界の役に立つというスタンスで送り出すかどうかです。どうも今の政府は、地位を得るために人を出すという姿勢が感じられる。ある種の国際的出世主義、国際的覇権主義なんだね。それが普通の国論につながっている。そうではなくて、役に立つ仕事を積み重ねて信頼を蓄積し、尊敬される国になるべきですよ、日本は。
【加藤】 残念ながら、今は必ずしも尊敬を受けていないですからね。
■ 「絵描き人」不在の政界
【田中】 さて、二十世紀最後の年である今年は総選挙の年でもある。加藤さんは今のままの自民党では大敗の可能性が高いと見ているようだけど、選挙時期も含めて、見通しをうかがいたい。
【加藤】選挙は七月のサミット後の可能性が七割と見ています。ただ、支持率がまだ高いうちに、そして野党の選挙準備が整わないうちに仕掛けようという急ぎ足解散も否定できない。その場合は、一月末か二月に解散があるかもしれない。しかし、ある程度時間をかけて何か一つ起死回生の抜本策を打った上でなければ、勝利はとても見込めないと思うんですよ。ではどんな手があるかと言うと、外交面では選挙に影響しないから、やはり国内政策で何かを打ち出さなくちゃいけない。それを小渕さんにしっかりと考えてほしい。
【田中】 小渕さんにできるかね。
【加藤】 いやあ、どの時代でも国内政治の最後の絵描き人はいたんです。吉田茂であり、佐藤栄作であり、そして田中角栄、竹下登、金丸信と続いてきた。ところが今はグランドデザインをする人が見当たらない。とても心配です。
【田中】あなたが自分で描かなきゃ。
【加藤】 自社さ政権のときは、自分が考えなくちゃいけないという意識を持っていたんですけどねえ……。でも、本当に誰かが考えないと、大量失点につながるポテン・ヒットを許しかねないと思うような状況ですよ、今は。
【田中】 野中さんは考えていないの?
【加藤】 さあ、わかりませんねえ。ところで田中さん、あなたはどうするの。政界はまだ一山も二山もありそうだけど、今のまま政界を見続けるのか、それともプレーヤーとして国会に戻ってくるのか。どうなんですか?
【田中】 私はね、今はベンチにいるけどユニフォームを脱いだわけじゃないし、観客席から見ているわけでもないという心境なんだ。もっとも、ユニフォームも背番号も決めていないんですけどね。
【加藤】 FA宣言しているわけ?
【田中】 いや、そういうつもりもない。ただ、選手としてグラウンドにいるより、ベンチにいたほうがいろんなことがよく見えるという面もあるんです。
【加藤】 ベンチでいろいろ言ってるだけじゃなくて、やっぱりプレーしてほしいですよ。グラウンドは待ってるんだから。ウチのチームにきてほしいと頼んでも簡単に来るような選手じゃないけど、そのうち代理人を立てずに交渉に行きますよ(笑)。代理人が入ると揉めるそうだから。
【田中】 私はこれまで、政治家として役に立つような実績を残したとは思っていないんです。でも、何かをしなければ政治の道に入った意味がない。これからが本番だと思っているんですよ。
■ 日本は岐路に立っている
【加藤】 田中さんの言うこと、書くことは空理空論じゃなくて、頑張れば実現できる改革が目の前にあるのだから、勇気を出して実行しなさいというものですよね。だから、アドバイスとしては非常に貴重なんで、早くグラウンドに立ってほしい。
【田中】 ただね、だれでも目の前の問題は避けて通りたいから、やる気があればできるじゃないかという現実論のほうが空論よりも過激に見られるんですよ。そして、あなたは今、そういう立場にいるね。
【加藤】 ああ、そうかもしれませんね。
【田中】 これまでは永田町に両足を突っ込んでいたけど、総裁選以来、片足を世論に置いたという印象がうんと強い。願わくは、重心を世論に置いて、世論と結託することで自民党を変え、日本の政治を変えるという役割を果たしてもらいたい。他にいないんだよ、期待をもてる人が。だから私は新生加藤紘一に期待しているし、私自身もチームは違っても行動したいと思っている。そうじゃなかったら、死にきれないよ。だって、あの時代に国をダメにした連中だって後世の人たちから言われちゃうんだからね。
【加藤】 そうですね。今のままでは、息子どころか孫たちの世代にまで大きなツケを残してしまう。
【田中】 線香もあげてもらえないよ。
【加藤】 本当にその通り。今はその岐路に立っていますよ。
── 了 ──