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2000年12月17日 東京第一ホテル鶴岡


鶴岡講演
永田町と国民の距離を近づけたい


2000年12月17日、加藤紘一代議士は山形県鶴岡市内の東京第一ホテル鶴岡で国政報告会講演を行いました。

その中で代議士は、

(1) 今回の内閣不信任案を巡る政局の中では、地元の皆さんに大変心配をおかけして、申し訳なかった。深くお詫びしたい。
(2) しかし、国民と永田町の政治を近づけたいという問題提起は、今でも正しかったと信じている。
(3) これからも元気を出して、皆さんのご期待に沿うよう頑張りたい。

と訴えました。

以下、講演の要旨を掲載します。

 

【司会】 それでは、ただいまより、加藤紘一代議士を迎え、鶴岡市加藤紘一後援会自由民主党第4選挙区支部合同の国政報告会を開会させていただきます。師走の何かとお忙しい中を後援会会員あるいは自由民主党の党員の皆様には、このように多数ご参集をいただき、心より感謝を申し上げます。

それでは、本日のメインテーマであります、加藤紘一先生から、国政報告を兼ねまして、ごあいさつをいただきたいと思います。よろしくお願いいたします。


1 まず深くお詫び申し上げたい

【加藤紘一】 本日は皆さん、ほんとうにありがとうございます。こうやって、今壇上から皆様のお顔を見ておりますと、ほんとうにきょう、私を心配して温かくお集まりいただいたということがはっきりと感じられます。28年間の政治生活の中で、あるときには農村の山の中、30人集会を段取ってくれた人、そして、私が28年前に初めて選挙に出たときに、20代、30代で青年部で行動をやってくれた人、そして、その後ずっと後援活動をやってきてくれた人、そして、時には父親の時代から私を知っていて、私が父親の選挙運動を手伝ったときに、私をバイクに乗せて、ポスター張りの現場に連れていってくれた人、そんな方もいらっしゃいます。そして、しばらくの間私の後援活動は仕事の都合でちょっとやめていたけれども、選挙のときには1人でちゃんと投票していたよと言ってくれたような人、そんな方々が、きょう全部お集まりいただいたような気がいたします。そして、私を温かく心配してくださっているように思います。

しかしその温かさに甘えてはいけないのだと思っています。私がきょう、まず冒頭に申し上げなければいけないのは、今度の一連の不信任案に関する政局の動きの中で、皆さんに大変心配をかけました。苦しい思いをさせました。辛い思いをさせた。落胆させた。その点につきまして、私は、まず深く深くおわび申し上げたいと思います。どうも申しわけありませんでした。

おそらく私にはわからないような苦しい思いを後援会の幹部の方はされたと思います。東京にいる息子さんたち、学校に行っているお嬢さんたちから電話があって、いろんなことを期待したのに、お父さんの応援している加藤紘一、何なのよあれは、という電話をもらった人もいると思います。そして、私を支援しない、日ごろ競争相手の支援者の人からは、何だ、加藤はと言われて、やり場のない苦しさをみんなお持ちだったのではないかなと思っています。そして、何よりもこれで日本が変わるのかもしれない、その立役者にうちの代議士がなるんだと思って、誇りに思った瞬間、それが実現できずに失敗に終わったということについての、どうにもならない、希望と、そして、落胆の落差の中に、苦しまれた方が多かったと思います。その点につきまして、ほんとうに私は、何とおわび申し上げていいかわからない。その心の苦しさを抱かせたことに、何とおわび申し上げていいかわかりません。ほんとうに、改めておわび申し上げます。申しわけございませんでした。


2 問題提起は正しかった

私は、何としてでも、国民と永田町の政治を近づけたいと思いました。みんなが思っていることが通 じない政治というもの、また、国会議員が東京に行く度に、誰しも感じている国民の声、それが表に出されない政治というものは、きっとこれから力強い政治をやっていかなきゃならないこの変革期に、うまく機能しないんじゃないか。国民の思っていることを少しでも、永田町に通 ずるようにしたい。ただ、それだけの、極めて単純な仕事が第一歩だなと思って、そしてそれがほんとうに最後まで実現するには、長い長いドラマになるのだなと思いながら今度の行動を始めました。

大変多くの国民の皆さんから支援をいただきました。そして、選挙区の皆様にもバックアップしてもらいました。選挙区から多くの励ましがありました。県会議員の皆様は山形県の自民党の議員全員30人の人が、あの行動を見たら、もしかしたら離党になるのかもしれない。そのときには覚悟を決めようという気持ちで、私たちをバックアップすることを心に誓って、約束し合ってくれたそうです。それはとてもありがたいことだと思います。力だと思っています。そして、私の仲間、山崎拓さんとそのグループは、どんなことがあっても一緒になってついていくと言ってくれました。ありがたいし、そして、この結果 には申しわけないなと思っています。

そして、何よりも国民全体の皆さんがこの加藤という、そんなに私目立つ人間ではないし、格好のいい人間ではないのですけれども、加藤という人間よりも、加藤という人間が始めた行動について、ものすごいバックアップをしてくれました。それほど日本の政治を変えてほしいという気持ちだったのだと、私は思います。ですから、私は、自分の問題提起は正しかったのだと、今でも信じております。


3 永田町と国民の距離を近づけたい

そしてこれから一所懸命、充電にまた努めて、気力をしっかりと持って、その永田町を国民に近づける、そして、日本の政治を変えていく、このために必死の努力をしてまいりたいと思っています。この気持ちには、私は一つの揺らぎもございません。この気持ちをしっかりと持っていれば、頑張っていけますし、きっとより広く国会の中で、そして、国民の間で再び理解をしていただける時がくると私は思っております。


4 日本に広がる2つの不安

私がなぜ日本を変えたいと思ったのかということは、日ごろ皆さんにも申し上げております。それは、このままだと日本人が明るくならないと思ったからです。2つの不安があります。

1つの不安は、日本の経済とか社会とか、このまま大丈夫なのかねと。何となく先が見えないねという不安です。これにはビジョンと夢を与えなければいけません。

もう1つの不安は、何となく自分の老後が心配だねという、自分の老後の不安です。国に年金代をお預けしておくとうまくいくのかなと思っていたけれども、どうも国にはものすごい借金があって、若いときに年金代をいくら預けても、それはあの景気対策の借金に流用されてしまうかもしれない。そうすれば、20代、30代の我々、今どうしたら先を考えられるのかという不安が若者にあって、そしてみんな物を買わなくなってしまいます。

このためには、日本の社会や政治とか経済政策とかいろんなものを変えていかなきゃいけません。それを私たちはやっていかなきゃならんと思っています。そして、それをやり遂げれば、この日本は再び明るくなると思っています。


5 今は大きな歴史の転換点にある

よく言われますけれども、歴史の転換点で働いている人間というのは、自分がやっている1つ1つが歴史的に大きなかじを切る作業をしているということに気がつかないでやっていたのかもしれない。そして、その何人かがやったこと全体が、総体として明治維新になり、また、いろいろな歴史の転換をしたり、また、悪い方向に持っていったりするきっかけになるんだということを言われています。

私はこの国の政治や社会は、今大きな、終戦直後と、明治維新のときと同じぐらいの転換をしなきゃならんときにきているのだと思います。そしてそれは、社会主義にも似た、この国が全部面 倒を見るという、政治を変えていく転換期なのだと思っています。それを1つだけ、地元にも関連しますから例を申しますと、農業です。

今までの農業は、とにかくみんなでやっていこうというものでした。国が補助金を出すときも、10軒、20軒集まってくれれば補助金を出すという農業になりました。ですから、ある意味で、数さえそろえればいいという農業ですから、みんながだんだんだめになっていくような状況になってきました。米づくりがその最たるものでありまして、今私は、この庄内の米づくり農家は、私の代議士生活28年の中で一番苦しい状況に入っていると思っています。

作況指数、山形県10.5、とんでもない高さにもかかわらず、苦しくなっておりますが、これから私たちは、前にも少し言及しましたが、個別 中核農家、村に残って、しっかり農業をやるという、個別経営体に直接応援するという発想になっていかなきゃならんと思っています。今農家に残ろうと思う人が一番苦しくなる時代でありますし、そういう人たちが請負いに出そうとする田んぼを引き取る意欲と能力をなくしているような状況なので、これを何とか直さなきゃいけない。これ以上細かく申しませんが、これ1つ見ても、やはり農家1人1人の、商売している人、個人というものが、自分の力でもっと頑張っていけるような社会にしていかなければ、ほんとの活力は出ないのだろうなと思っています。直さなければならないところはたくさんございます。そして、私は今後も日本の政治で頑張ってまいります。


6 これからも元気を出して頑張っていきたい

よく、加藤紘一は今回の件で、もう当人はがっくりして、元気がなくなったんじゃないかというふうに言われますが、そうではありません。私はこれから元気いっぱいに頑張ってやっていきます。自分が考えていることが世の中の人の求めていることと合致しているなと思っている限り、政治家には力がわいてくるものです。自分を支えている選挙区の皆さんが相変わらず支援してくださっていると思うと、政治家というのはエネルギーを感じるんです。きょうはほんとうにエネルギーをいただいたような気持ちです。ありがとうございました。

加藤紘一は東京の永田町で発言力がなくなったんじゃないか。次期総理だなんて言われていたけども、遠のいたんじゃないかとかいろいろご心配なさっている方が多いと思います。しかし、繰り返しますけれども、日本の政治が行くべき方向をしっかりと見定めて、その方向に一歩でも近づいていこうという気力を失わない限りきっと、必ず皆さんのご期待に沿えると思っております。発言力も維持できると思っております。


7 地元の皆さんとの公約はきちんと果たす

よく、この前の選挙のときに、ミニ新幹線とか、酒田では大橋のことを5年以内にやると言ったけど、大丈夫かね今度のことで、などと言われる方も多いと思いますが、大丈夫です。酒田の橋の方は、しっかりとした予算が必要な橋ですので、20億円前後ですが予算をつけていく準備、ちゃんとセットになっておりますし、5年後にこの庄内にミニ新幹線を入れたいというのも、大丈夫です。それは、最近何か北陸の方に新幹線ができるという批判を受けていますけれども、その10分の1か15分の1でできる効率のいい仕事なので、それはJR東日本も山形県も新潟県もちゃんと合致できる、経済合理性のある、効率のいい仕事ですから、民営化したJR東日本はやってくれます。

ですから、問題は、やはり必要なものをしっかりと見極めて、そして安上がりで、そして住民、国民の意思に沿ったものをやるということではないかなと思っています。大変、ご心配をいただきました。しかし私は元気です。気力充分で頑張っていきたいと思っています。そして、その一番の中心は、やはり政治というのは人の生活をよくする仕事なんだと。自分が単に偉くなるということだけではない。また、もちろんそういう地位 に就かなければ仕事ができないということも事実であります。頑張っていきます。

しかしほんとうに重要なことは、この国をよくするということです。よくなるように変えていくということです。その目標は今度のことで私は一つも揺らいでおりませんし、そのために自分の人生を使おうとした決意は間違ってなかったと思っております。これからも一所懸命頑張ります。

得意の朝も失意の夕べも、私の心はふるさとの人と一緒にあります。苦しいときでも、調子のいいときでも、やっぱり選挙区の皆さんから、おい、頑張れよと言っていただくと力が出ます。28年の代議士生活で、何回か国会報告をしましたけれども、きょうのこの会ほど、私は力づけられた集会はございません。そして、エネルギーをいただきました。一所懸命、これから頑張ってまいります。

心配かけて、ほんとうにすいませんでした。おわび申し上げます。

そして、これからも、この国の政治を変えていくために一所懸命頑張ります。気力を持って頑張ります。ご支援ください。ありがとうございました。

【司会】 ただいま、加藤紘一代議士より、今までの一連の政治活動に対し、本音の言葉、ごあいさつ、国政報告をいただきました。改めて、今まで以上一致団結し、協力し、力強く加藤代議士をご支援していこうではありませんか。いま一度大きな拍手をお願い申し上げます。どうもありがとうございました。


8 以下、質疑応答

【司会】 それでは、ここで、会場の皆様より、激励の言葉、あるいは、代議士に対するご質問をお受けしたいと思います。市町村名、あるいは、ご自分のお名前を名乗ってお願いを申し上げます。手を挙げていただければ……。

●反対票を出して欲しかった

【A氏】 鶴岡市のA氏と申します。強く加藤さんを支援する者として、今回の一連の出来事を見て、やはり私としては最後まで加藤さん1人でも反対票を出していただきたかったという思いがあります。そうすれば、地元、そして、全国のみんなが新しい形で応援していったんではないかということを強く感じております。

それから、加藤さんを強く支持する者として、やはり起きました自民党の行為に対して、私としては自民党の党としてのことは支援したくないなという気持ちを持っております。これから地元では、私をはじめ加藤さんを全面 的に支援していくだろうと思います。自民党にこだわらず、日本の国ということを考えて、自分の信念であります、真実一路という道を進んでいただきたいと私は思っております。

きょうは大変僣越なことを申しましたけれども、私の思ったことを言わせていただきました。

【司会】  先生。

【加藤衆議院議員】 ご意見、非常に強く胸に突き刺さるような感じがいたします。最後のあの瞬間に、私1人ないし山崎さんだけ行くかということは、私と山崎さんも真剣に考えましたし、それから、私1人になっても真剣に考えました。おそらく議場閉鎖というのが、真夜中の午前3時半ごろだったでしょうか、その前までの1時間というのは、私が人生の中で一番真剣に、濃密にものを考えた1時間だったと思います。その1日でしたことはあまりにも多いものですから、一言では言えませんが、私の心の中にある古さもありますし、それから、ドラマは一幕では終わらないんだという、別 の思いもありましたし、最終的にはああいう決定をしたのですが、また、ずっと振り返りつつ考えていきたいと思います。

2番目のご質問の答えは、とにかく日本の政治は変わらなきゃならんところにきているというふうに、ほんとうに思います。そして、今回の私たちの行動に対する国民の皆さんの反応を見て、政治というものを、ふだん関心を示さなかった人さえも見てくれるようになった。そして、見てくれたがゆえに、加藤たちに失望させられたという声は大きいと思います。

ある主婦の方が新聞に投書されておりました。いろいろ考えたけれども、加藤さんに落胆をした。しかし政治を見たような気もした。日ごろあまり政治面 なんか見なかったのに、今回は読んだ。そして、加藤さんのやったことを、今いいか悪いか自分はまだ考えている。けれども、何だかわからないけど、頑張ってくださいと。針の筵もなれれば快感……(笑)そんな気持ちでしばらく過ごしてくださいという言葉がありました。

おそらく国民の皆さんから私に向けられた、おい、落胆させるなよと。落胆したぞと、変わると思っていたのに。という、激しい針は、町を歩いても感じます。しかしそれが快感にはなかなかならんと思うのですが、この針の方向に世の中が向くように、一つでも、一歩でも二歩でも、そして自分の置かれた立場から見れば、だからこそ、もっと自分には数歩の作業ができるんだと思って心が固まったときには、それはきっと、まあ、針の筵も快感になるのかもしれません。自分がやっていることが世の方向と、世の人が求めている方向と合致しているなと思ったときの表情が、加藤、おまえ、あのときの表情、明るかったよって、後で言われたときだったのではないかなと思っています。

ほんとにまとまらない話なのですが、ご趣旨よくわかります。頑張ってまいります。ありがとうございました。

●記者の泥船発言について

【司会】 そちらの男性の方。どうぞ。

【B氏】 寒河江地区のB氏でございます。

雲霓を拝読させていただいて、またきょうのお話を聞いて、その感を一層強くしたので、一言私の考えを述べさせていただきたいと思います。

先生の今回の行動に対しては、勇気に対して、ほんとうに後援者の1人として敬意を表します。

ただ、ここで、私のお願いと申しますのは、先生のお願いではなくて、今回私たちにとって、私にとっても、不本意なことに第二次森内閣が発足したわけですけれども、5日の日に、新閣僚と記者との記者会見を見て、腹が立ったことがございます。と申しますのは、いやしくも一国の政府の閣僚に対して、泥船発言が、1人でおさまらず、何人もの記者が発言しておるのを聞いて、こういう日本を代表して国政をあずかる閣僚に対する礼儀を持っている記者諸公なのかと、私はそう思いました。先生がこれからやろうとする、また我々が期待しておる、日本の将来を先生が心配されている先ほどのお話を聞けば聞くほど、このマスコミの方々の、今後の先生の言わんとする、思っているところの論評を、まじめに、泥船発言のような、冷やかし半分の質問ではなく、ほんとうに日本を、新聞記者も、また後援会の私も含めて、一緒に先生と日本を改造せねばならないという意識に燃えて、記者諸公の行動を私は、日本をだめにしているのは新聞記者の責任が一番大きいんじゃないかと、そう感じたわけです。

それで、きょうも多分大勢の記者の方々がいらっしゃると思いますので、私は、あえて、この機会でないと、記者の方々には言う機会がございませんので、声を大にして申し上げました。

先生の活躍を一層お願いします。

【司会】 はい、どうぞ。

●捲土重来を期して頑張れ

【C氏】 今の、私も毎日、新聞を駅に行って買っているんです。実は、加藤先生の記事が載っているのを、いいのも悪いのも、全て集めています。(笑)うちの中、新聞だらけです。実は、今の新聞記者のお話、確かに私も、まことに恥ずかしい限りだと思います。

ただ、森さん、元新聞記者です。あの、立ち話はできないとか、新聞記者からのお土産もないそうです。いろんな形で、とにかく新聞記者いじめをやっているのは総理自身です。それをまた個人的に攻撃するのも記者らしくはないかもしれませんが、やっぱり自業自得というところもあるんじゃないかと思います。やはり上に立つ者は、引き際、謙虚に、橋本さんでないけれども、頭をたれるように、よろしくお願いしたいと思います。

加藤さんからは、とにかく捲土重来を期して、ふんどしを締め直して、とにかく、あの庄内浜でありませんが、砂浜を岩に変えて、足元をしっかり、それから、立ち上がってほしいというふうに思います。以上です。

【司会】 先生、何かコメント、ございますか。どうぞ。

【加藤衆議院議員】 政治とマスメディアというのは、アメリカの社会でも日本の社会でもいつも永遠の課題です。端的なケースというのは、佐藤栄作さんが引退するときに、私は新聞記者諸君が・・・・嫌いですと言ったのかな。それで、テレビカメラの前で1人寂しく辞任の記者会見をしたなぞという昔話もありますし、時にはメディア、新聞記者諸君が世の中の行くべき道の先を行って、そして引っ張っていったりする場合もありまして、メディアと政治の功罪論というのは、延々に尽きるところのない課題だと思います。

それに、最近は、これに、テレビというものをどう考えるかと。それから、最近、インターネットというのがありまして、今度私のホームページという、インターネット上の私の告知板みたいな、掲示板みたいのがあるのですが、そこにはとんでもない多数の方が訪れてくれておりまして、これを通 じて、簡単に意見を言うことができるという世界も生まれてきました。

正直言って、民主主義の国ですから、私はとにかくいろいろな形で物を言ったり、そして、時には言ったことが鋭いときもあるし、それから、みんなが話しているから、同じように報道されるという日本の特徴もありますし、そういう中で、考えていくべきことなんですが、はっきりしていることは、いろんなそういう報道を読みながら、テレビを見ながら、国民の政治意識はものすごく鋭くなって、時には、テレビや新聞を、昔の3倍か5倍の洞察力で批判しながら、読んでいくと。ああ、こういうふうに書くのだなと。しかしこの中の事実は、ここまでだと。ここから先は新聞記者諸君の感想だと、勝手な推測だと、筆が走っている、泥船という言葉だと、事実はこうだと言って、国民のみんなが、強烈に政治について鋭くなっていると思います。

今の日本の政治と国民の最大の問題は、国民が日本の将来を深く考え、先を心配しているほど、政治家が心配してないように思える。ここが、そういう気持ちを国民が持ち始めたことが、実際今の日本の民主主義の最大の危機だなと思っています。間にメディアが介在するけれども、しかし、やっぱり政治家は我々国民よりも、気持ちをまずわかり、なおかつ政治家で情報が多いもんだから、外国とのつき合いもいろいろあるもんだから、我々以上に深く物を考えているんだなと思って信頼感を得られる、国民が信頼感を回復する、それをやらないといけないんではないか。今の政治の危機の本質はそこにあるのではないかなというふうに思います。

ちょっと長くなりまして、申しわけございませんでしたが、今のお2人の意見というのは、その意味で、重要なポイントを含んだご質問だったのではないかなと思います。

どうも温かいお言葉、ありがとうございました。

● 「国民」の意味

【司会】 時間の関係がありますので、もう一方にとめさせていただきます。

【D氏】 鶴岡のD氏と申します。

私もほとんど関心を持たない、そういう主婦でした。でも、20日の日は、朝から晩までずっとテレビ報道を見ておりまして、今、マスコミの報道はどうかという話もありましたが、私たちが一番早く知る手がかりとしては、テレビ報道が一番大きいものでしたので、その日は私もずっと、家事を少しさぼりながら拝見しておりました。

それで、私は、1つだけ知りたいことがございます。加藤さんが、国民と永田町を近づけたいとおっしゃったときの、国民という意味は、後援会の方、支持者の方だけにとどまるのでしょうか。それとも、関心のない私たちのように、ただ一市民としての意識しか、その意識もあまりない、なかった、そういう人たちも含むのでしょうか。それだけお聞きしたいと思います。私も加藤さんのいろいろな行動については、非常な期待を持って拝見していた1人です。

【司会】 はい、どうぞ、先生。

【加藤衆議院議員】 永田町とか、日本の政治を国民に近づけたいと私が言ったときには、もちろん私の後援会の皆さんというのもありますし、それが第一に心に浮かぶわけですけれども、しかしそれに限るものではありません。自由民主党という政党がほんとうに国民、広く一般 の人たちから関心を持たれなくなってきているということというのが一番の問題でありまして、そして、大都会の住民とか、それから、若い世代に関心を持たれなかったりするような政党になってはいけないと思います。

ですから、今のお答えは、国民全体ということが私の答えでございます。そして、まず第一に、支持する支持しないを別 にして、自民党を支持するとか、私を支持するとか、民主党を支持するとかいうことは別 にして、まず政治に興味を持ってもらう。

ある主婦の方が言いました。新聞を読むときには、ラジオ、テレビ欄を見て、社会面 見て、家庭欄見て、それでおしまいが人生だったけれども、最近政治面 をよく読むようになりましたという投書をいただきましたが、やっぱりよし悪し別 、賛否別にして、国民が関心を持ってくれるということは、政治に近づいてくれることで、政治の方がそういうふうに変わっていかなきゃならんのだと思います。なおかつ、その上、全部私どもに支援してくれるなら、なお一層いいことだと、そういうふうになれるようにしていかなきゃいかんと思っています。

【司会】 どうもありがとうございました。

── 了 ──

 

 
 
 

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