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2000年10月4日 於:帝国ホテル


21世紀を迎える我が国の政治のあり方


内外情勢調査会講演
   

2000年10月4日、加藤紘一代議士は東京都千代田区の帝国ホテルで開かれた(株)時事通信社内外情勢調査会主催講演会で、「21世紀を迎える我が国の政治のあり方」と題する講演を行いました。

講演の中で代議士は、
 
(1) 今の自民党政治は拠って立つところの保守政治の支持を失いかねない危機的状況にある
 
(2) このため、保守政治家は、将来に向けたビジョンと高い見識をもって、強い責任感をもって地域社会のリーダーたちを根気よく説得し、泥かぶりしていかなければならない
 
(3) 日本は小さな政府を徹底し、ITの製造業への応用とバイオテクノロジー分野で世界をリードする科学技術大国を目指すべきである
 
(4) 教育問題を論じることは重要だが、現在の教育基本法には立派な内容が盛り込まれており、拙速な改正は望ましくない
 
ということを訴えました。

以下、講演の中で関連部分の要旨を掲載します。


加藤でございます。今日お集まりの皆様は、この国、そしてわが国のそれぞれの地域でリーダーをなさっている方々、いわゆるオピニオンリーダーの皆様であり、皆様の下に多分それぞれの会社および地域におけるオピニオンサブリーダーの人たちがいらっしゃるのではないかなと思います。今日お集まりの皆さんが、この国をどう考えるか、日本の政治をどう見るか、そして日本をどう持っていこうと自らお考えになるかということは、実はこの国の運命を左右することであろうと思います。そういうメンバーの方々であると思って、ある意味で緊張してお話をさせていただきたいし、またお話を申し上げなければならない日本の歴史的状況ではないかなというふうに思っています。

■ 日本は最も成功した社会主義国だった

最初に私は、今の日本の政治はかなり危機的な状況にあり、いわゆる保守政治というものも、もしかしてここで判断を間違うとかなりの土台が崩壊してしまう所に来つつあるのではないかという気がしております。ここで、その理由と若干の歴史認識を申し上げてみたいと思っております。通 常、われわれ自由民主党は保守政治家だと言います。そして地元に行きますと市会議員に立候補する人たちは、「私は自民党でないけれども保守系なんだよね」と言います。したがってそういう地方選挙の時になりますと時事通 信のいろいろなデータは「保守系無所属」という言葉を使って分類されるわけです。この時に保守というのはいったい何なのか。私はいろいろ、メディアの人が書いた物、学者の人が書いた物を読みます。京極純一さんも講義で定義しておるようでありますけれども、それのどれ一つとして納得できるものはない。私の感想を申します。保守とは自由主義、資本主義、市場経済というものを信奉するイデオロギー集団なのかと言ったら、私の答えはノーだと思っています。なぜならば戦後、われわれの国が追求してきました政治というのは近代世界史の中で最も成功した社会民主主義国家の樹立だったのではないかなと思います。所得再配分機能がものすごくきつく、累進税率は非常に高い。そして経済政策一つ取っても「通 産省はどう思っている」「大蔵はどうする、この不景気を」というふうに常にわれわれは中央政府を向いておりました。今でも向いておるわけであります。中央政府が打ち出の小づちを持っていて、それを何かやれば景気が良くなるし、やれないから景気が悪いんだと言って、考えていることは中央計画経済国家的な発想ではないでしょうか。

ゴルバチョフが政権末期にアメリカで記者会見をいたしました。確かソ連と韓国との国交樹立の時で膨大な新聞記者が集まったそうです。その時にアメリカの記者が「ところでゴルバチョフさん。もう社会主義というのは、いいかげん限界じゃないでしょうか。おやめになったらどうです」と言ったら、「そこは考えています。ペレストロイカとかいろいろやっています。確かに限界です。ただ、皆さん―レディス アンド ジェントルメン―世界の中で一国だけ社会主義がうまくいっている国があります。それは日本です」と言ったので、会場の人間が嘲笑したそうです。ゴルバチョフの日本についての、国際政治についての知識もその程度なのかと。しかし、後で考えてみると、日本の政治経済体制の本質をゴルバチョフが一番分かっていたのではないかと言われております。現に今年の4月、私はアメリカのテレビ番組に招かれてキッシンジャーさんの司会で討論会に出まして、ゴルバチョフさんも一緒でした。パーティー席上で一対一でしばらく長く話す機会があったのですが、なかなか日本のこともよく考えて、そして日中関係のことも心配されている。やはり見る人から見たら、われわれの国というのはかなり計画経済、そして社会民主主義的平等国家、結果としての平等を尊重する国になっているのではないかと思います。これは奈良時代からもしかしたらそうだったのかもしれない。天皇御陵で明の十三陵とか秦の始皇帝のお墓のように立派なものはない。資本蓄積が十分ではなかったということもあるでしょうけれども、もともと平等志向だったのではないかと思いますし、戦後、自民党が単独政権を維持するために、社会党の政策を3年後れ、5年後れで5割ぐらい吸収していった。その結果が今日の姿であって、そしてそれはもう成り立たない所に来ているのだと思います。ですから日本の保守というものは、イデオロギーとしての集団ではないと私は思います。では言葉の意味の保守、つまりコンサーバティブ―古いものを、いいものを保存し続ける―かといったら私はちょっと違うように思います。日本ほど社会を変えに変えてきた所はございません。後に議論もする時間があればと思うのですが、駅前商店街はシャッター街になっている、そして農村集落は変わっていった、炭坑はもうありません。とうとう次から次へと親子関係も含めて変えていった。これは私はコンサーバティブしている姿だとは思いません。

■ 保守政党は地域社会のリーダーたちを基盤としている

では保守とは何か。私は地域社会、そして時には企業社会も含むのですが、そういう社会を責任を持ってまとめ側に立とうとしている意識の人たち、リーダーの人たち、その人たちの支えを基盤として成立している政治集団ではないかなというふうに思います。それがある時には町会議員になって、そしてある時には県会議員になり、その上に国会議員が生まれます。その地域指導者ないし企業集団指導者の人たちの中でどういう人が指導者になるかということが非常に問題なのですが、二つの言葉で言えば識見・知性と責任感だと思います。

典型的なのが農村のコミュニティーリーダーですけれども、田舎の町の町内会のリーダーなんですけれども、その人は門構えが大きいから、旧家だからといって必ずしも指導者になれません。識見がなければいけません。そういう人たちはよく新聞を読んでいます。新聞で読んだものだけを地域の人に話すのだとすると、「それこの間、読売新聞に出ていたことじゃないですか。私も読みました」と言われるとリーダーのこけんは傷付けられてしまいます。ですから常に新聞雑誌だけではなくて、単行本を読み、文学を読み、司馬遼さんを読み、塩野七生さんを読み、時には歎異抄をひもとき、そして自分の人生の経験と混ぜ合わせながら自分の考えを作り上げていきます。自分の言葉を作り上げていきます。そこにリーダーシップが生まれます。そしてその人たちは責任を持たなければなりません。そして時間とお金を人に見えないように使っているのだと思います。例えば、その地域に道路を造る、県道をどうしても造らなきゃならない。市役所が一生懸命に用地課の課長を差し向けても「うん」と言わない。そういう時には地域にリーダーは出ていって、その時には多分手みやげに酒二本、ないし菓子折を持って、それも全部自腹で持っていって、そして「あなたね、やっぱりあれ市役所が造りたいっていうだけの道路じゃないんだ。みんな地域の人間が造りたいと思っている道路なんだ。だからやっぱりそこは考えてもらった方がいいんじゃないか」と一晩、二晩、時には三晩かけて、そしてその人と対決することを覚悟して説得に行くわけです。その時間を使ったよ、そのお金を自分は使ったんですよということをコミュニティーの中で公言したら、その途端にそのリーダーシップは駄目になってしまいます。陰徳と言いますか、見えない所で時間とお金を使う、そういうような人たちに長い目でわれわれはリーダーに耐え得るのだという評価を受けて自由民主党は吉田茂さん以来続いてきたのではないでしょうか。

■ 自民党は保守層の支持を失い始めている

私は今でも思い出しますけれども、われわれ自由民主党が下野した時がありました。平成5年から6年の一年間です。私の山形県の自由民主党の県連大会がその時に開かれました。驚いたのは、その時に集まった人々は普段の年よりも二倍ぐらい内容の濃いメンバーが集まりました。県内のリーダーが全部集まったと言ってもいいぐらい集まりました。恐らくそれは本当に自由民主党は駄 目になるのか、3年か5年かけて、じっと見極めてやろうという気持ちだったのではないかなというふうに思います。私はそういう人たちはじっと自民党を支持してくれたと思っています。支持してくれたからこそ、われわれが続いているのであって、その人たちの見る目は東京の週刊誌や新聞に書いてある程度の短いスパンでものは見ていません。絶対に見ていません。ですから、それを打ち崩すだけの力が自由民主党を離党して行われた今までの幾つかのケース、新自由クラブもそうですし、さきがけもそうですし、それから新生党もそうです。それだけの力を持ち得なかったんだと思います。最近のパソコンの話で言うならば、表面 上のファイルというものはちょっといじくるけれども、ハードディスクという一番奥の奥の記憶装置を動かすまでの力になっていなかったのだろうと思います。ところが、その保守層に私は今、動揺が来ていると思っています。

一つはこの間の与党内の選挙協力です。私は時々、選挙前もその後もそうですけれども、「加藤さんね、やはり自民党は主体性を失わないでください。選挙区では自民党。そして比例区では公明党。こんなことを自民党の人たちが言うようになったら、自信を失った保守層と見られますよ。自信を失った自民党と言われますよ。だからその学会の人たちや公明党の人たちと、もっともっと混じり合うようにわれわれも努力しますから、そこをよく見ていて政治の世界だけで先走らないでください。コミュニティーというのは3年、5年で変わるものじゃありません。10年、20年、ある意味じゃ50年かかってみんな考えていることなんです」ということを言われます。それが一つ。

それからもう一つ。やはりこれは辛いことなんですけれども、今まさに政治家がビジョンを求められている時に、われわれ政治の側がしっかりとしたビジョンを提示し得ないという所からの批判があるのだと思います。先が見えなくなった。だからこの時に政治家というものが必要なんじゃないですか。あなたたちしっかりしてくださいということを言われる時に、確かに無理なことを言われるなという思いが少しあるんです。しかし、それに答えなきゃならんと思っています。なぜ無理なことを言われるかなと言いますと、実は吉田茂さんがフレームワークをつくり、外交的には自由主義陣営外交をやる。そして国内政治的には対欧米豊かさキャッチアップをやる。それが坂の上の雲だということは実に明確なフレームワークであって、われわれが、国をどう持っていくかという政治家本来の仕事を考えなくても、そのフレームワークの中でキャッチフレーズを唱えていればいいのであって、ある時には反共演説を行い、ある時には経済成長をしようというフレーズを唱えていたわけです。

ところが、今から12、3年前にベルリンの壁も崩壊した、各家庭に自動車一台、冷蔵庫一台あるようになった。その時からそのフレームが効かなくなったのだろうと思います。社会主義に対してわれわれが勝利のファンファーレを鳴らした時に、その時われわれは勝ったと思いましたけれども、しかし同時にわれわれのセールスポイントを喪失したということです。それから12、3年は何をやったかというと、何か目標を見つけださなきゃならんと思ったけれども、それを考えないで過ごしてきた政治だったものですから、すぐに見つけ出すことができずに、とりあえずそこにあった土地と株をいじったら、ものすごく豊かになって元気になったようなイリュージョンを持ったのです。しかしそれはバブルでした。そしてその後、その一種の金が政治に入ってきたものですから、政治浄化、政治改革をやって5、6年、熱に冒されたように小選挙区がいいか、中選挙区がいいかの議論をしましたけれども、そしていい政治家がそれによって生まれるならば、きっといい政治になるに違いないというイリュージョンを持ったけれども、しかしよく考えてみると、そんなことはあり得ないわけで、したがって結局は政策対決にはならなかったし、政治的にもみんな落ち込んでしまったというのが現在ではないかと思います。

小選挙区というのは、候補者でないと分からないことを言いますけれども、51%取ろうとするんです。自民党と民主党が対決した場合に、共産党が若干取るけれども、一対一でやるような対決の場合には51%取らなければ当選しないと思います。そのためには70%の人に声を掛けるんです、気持ちとしては。仕上がり51%になれば、かなり効率のいい方です。70%の人に満足してもらうような演説というのはどういう演説かというと、それは何も言わないことです。「医療制度の改革、医師会も最近問題でね」なんて言ったら、とてもとてもビリビリしびれがきてしまいますし、また「スーパーマーケットを町にいっぱいつくることはよくないね。商店街が壊れてしまう」などと言ったら消費者の方から反発がきますから、「いずれにしろ重大問題だ」というような新聞の社説みたいなことを言わなきゃいけないという時が時たまあるんです。そんなことでわれわれの方も品ぞろえがだいたい同じような中型総合デパートみたいな演説をしますし、相手方も51%を狙って70%の顧客にアピールするビラを配るようなものですから、向こうも似たような総合デパートになってしまう。すると何も面白くないわけですね。国民は28年前、私が初めて政治家になった時に比べると圧倒的に政治的な関心は強い。圧倒的に強いけれども、しかし党派には関心がない。だって似ていますから。最近の鳩山由紀夫さんの憲法について言っている言葉というのは自民党の若干左と言われるような、いろいろな政治家なんかに比べるとずっと右よりなわけですね。ですから本当に政策的には入り乱れてまして、あえて言えばどちらがフレッシュで、どちらがメッセージが強くて、どちらが将来の夢を与えてくれるか。比較的若い政治家の方が夢を与えてくれるわけでありまして、そうすると何となく都市部や若年層は民主党に票がいっちゃったりする。というところが最近の傾向じゃないでしょうか。もっとも民主党もそろそろ大都会の方では選挙区の空きが無くなってきました、空いている所が無くなって、大都市では自民党の方が議席が少ないですから、自民党の方が新しい候補者を立てられる、こっちの方がキャッチアップするみたいなことになりかねないのですが。本当に私は、そういういろいろな将来にめがけてビジョンというものを出していかないと保守政治家が本来期待されている見識というものを満足させられることができずに、保守政治の危機が来るのではないか、つまり自民党の危機が来るのではないかと思っております。

■ 今、政治家に求められているのは次の世代に対する責任感

それからもう一つ、保守政治の基礎となります責任感と言いましたが、先程地域をまとめるために一生懸命地元の人に説得に行く責任感、泥かぶりを言いましたけれども、やはり今一番求められているのは次の世代に対する責任感ではないでしょうか。とにかく景気対策のためだったら何でもありだ、ばらまきはなぜ悪いということを自由民主党の幹部がテレビで一言言った途端に、私は全国の保守支持層は「それはないだろう。あんたたちはそういう人たちではなかったはずだ。吉田茂さんはそうではなかったはずだ。鳩山さんだって、角さんだって将来のことを考えて一生懸命勉強して政策を言ったじゃないか。何をやっているんです」という怒りが広まったと私は思っております。そして非常に注目しなければならないのは、日本の国民は保守支持基盤層だけではなくて、一般 国民がかなり政治を正確に考え、将来を考えてくれているのではないでしょうか。私は四年前に自由民主党の幹事長をして総選挙をやりました。その時に消費税を3%から5%に上げさせていただきますということで、堂々と選挙をやりました。本当は堂々ではないのです。内心は本当にビクビクしながら、顔の表面 だけは堂々と戦いをしました。でもわれわれは勝ちました。自民党は205議席だったのが、239議席まで伸ばすことができたのです。私はその時に感動いたしました。素晴らしい国民だなと思いました。だから私は最近アメリカに行くと、いろいろな講演でジャーナリストや政治家がいる中で言います。「どんな大きな国の大きな選挙でも大きな税目に税率アップを標ぼうして戦って勝ったことはないはずです。日本はそれをやりました。日本国民はそれを分かりながらサポートしてくれました。日本の国民は素晴らしいと思っています。あなたのところの大統領選挙の時に大統領は増税問題について何と言ったか。『私の唇の動きを見て判断してください』と言ってテレビ討論会の時に避けたじゃないですか。リード マイ リップス―私の唇の動きを読んでください―と言って逃げたじゃないですか。われわれは堂々と上げると言いましたよ。そして勝ちましたよ。勝ちを国民は与えてくれましたよ。それほどわれわれの国は成熟した国民です」と言いました。じっと会場が静かに聴いてくれたから、発言の効果 はあったなと思っています。

もう一つ具体的に去年の10月、自由民主党の政策担当首脳が来年の4月、つまり今年の4月から介護保険料の徴収になるんだが、それを半年延ばすと言ったときに、全国各地からものすごい怒りの波が押し寄せました。一生懸命国民に説明していた町役場、村役場の職員たちは「せっかくみんながそのつもりになったのに」と言いました。それは行政の側だけではない多くの国民が「そんなお金を取らないで国が介護をやれるのか」ということを言いました。私は素晴らしい国民だなと思いました。最近われわれはあまり借金してはいけない、財政構造改革を考えなければいけない、そして経済をもっともっと政府頼りにしない経済のしくみにしなきゃいけない、経済構造改革しなきゃいけないということを言っておりますけれども、去年の段階ではまだまだ支持者は少ないものでしたが、最近どの世論調査をとっても45対45ぐらいまでなってきたと思います。一般に国民は政治家や政府がサービスを与えるということに慣れていますし、その方がカンファタブルといいますか、気分のいいことですし、それを支持するんですけれども、四五対四五、半分の人が将来のことを考えて無駄遣いをするなと言っている国民というのは、私は素晴らしい国民だと思います。そういう中で、まだまだ児童年金をつくりますというような話を一生懸命やっていますと、国民の方から反発を食らうんではないでしょうか。それはあたかも五十五歳ぐらいのおやじが息子さんに「おい、車を買ってあげるぞ」と言ったら息子さんの方が懐疑的な目でおやじを見て、「おやじさん、定年間近でそんなことをするお金あるの? 無理しなくていいよ、そこは俺がやるから。せめて俺の代に借金残すことだけはやめてくれ」と言ってばつの悪い思いをした父親に似たような風情が今、世の中に漂って来始めているのではないかなというふうに私には見えてしょうがないんです。今、年金問題が非常に焦点だと思っています。今、日本のリーダーに必要なのは年金について、一般のテレビではそんなに時間をくれないでしょうから教育テレビでもいい、CSでもいい、BSでもいい、2時間か3時間、国のリーダーが専門家や一般国民代表と年金の議論をずっとやるということではないでしょうか。そしてリーダーは二階建てがどうだとかそんな細かいことは分かりません。しかしここが問題の焦点だなということを感得している、感じ取っているということを示すことによって、私はかなり国民は安心して貯金を少しはたいてスーパーで一品余計に買うのではないかという気がします。

私は過去五年ぐらいにわたって「公的年金というのは非常に重要なものだよ。私的年金よりもずっと得ですよ」ということを演説し続けました。しかし、あまりピンとこないんです。でもそうでしょ。私的年金というのは生命保険会社や信託銀行さんなんかがおやりになるのだろうと思うんだけれども、これは利潤のためにやらざるを得ないわけです。配当しなきゃならないわけです。事務経費が必要でコンピューターを買う経費が必要だったら、商品代の中に埋め込まなきゃならないわけです。国の年金は儲けのためではない。事務経費は税金で出す、なおかつ支払いの時には今は三分の一は税金で注ぎ込んでやるわけですから、どう考えたって、だれが考えたって、それは公的年金の方が得なんですけれども、どうして分かってくれないのという思いが私にあって、ある日私はハッとひらめいたんですね。若い人もかなりいた会場でしゃべっていますと、「もしかして、あなたたち国に預けた年金代がおやじたちの景気対策のためにたまっちゃった借金返しに流用されると思っているんじゃないですか」と言ったら、拍手がわきました。つまりそれほど国の借金の重さと借金処理についての能力というものについての信用がないのではないかなと思います。それほど信用ない時に今度、児童手当の代わりに児童年金で1万3300の基礎年金代というものを2万円ぐらいにするとかという記事になっていましたが、そんな混乱させることは私はやるべきではない。その児童年金の話は別にしまして、実は国の財政というものについての不信感というものが強烈にあるんだということをもう一回考えなきゃいけないと思います。ムーディーズがこの間、日本をAA1、つまり上から三番目のランクに落としました。そしてなおかつ、また下げるかもしれませんよといってネガティブということを言いました。私は日本というのはご承知のように、日本の政府の財政状況と信用状況というのは世界のトップでありまして、これだけ外貨もあるんだし、個人の貯金もあるんだし、だからトップのAAAになるはずなんですが、それがトップの大学院生から高校まで落とされて、今度、高校が中学まで落とされました。そのうち小学生のランクまで落とされるのではないかと思います。これを受けて大蔵大臣の宮沢さんが「ナンセンス」とおっしゃいましたけれども、大蔵大臣としてはそれしか言いようがないことだと思うのですが、政党の幹部の方がムーディーズなんかは一民間会社で、それで日本の経済政策はやらないということをおっしゃっていましたけれども、しかし私は日本の政府や政治家より世界金融市場ではムーディーズの方が信用があると思っています。スタンダード&プアーズの方が信用があると思っています。そういう中でわれわれの国がだんだん格付けを下げられていって、私は外から日本を見たら、日本が劣化しつつあるというふうに感じる日本の商社マンの人が多いという話を聞きました。やはり今、われわれは国の中に財政につけてもしっかりと基準を、規律をつくっておくべきではないかなと思います。私は今、保守政治家には、保守党には識見と将来ビジョンと責任感が必要だと言いましたけれども、それが欠けていると思われている限り、欠け始めたなと思われている限り、私たち自由民主党の将来は危ないと思っています。したがってこれから、いかにわれわれが必死に無い知恵を絞りながら、そしてそんなに立派な人間ではないけれども、一つ一つの局面で自分の弱さを克服しながら国をまとめるために、将来のために泥を被っていくということが重要になってくるのではないかなと思っています。

■ どんな国にもリズムがある

この国の将来のビジョンについて、私は去年の7月にここにおじゃました時に申し上げましたけれども、そんなに捨てたものではないと思っています。それは第一にどんな国にも起伏があるのではないでしょうか、リズムがあるのではないでしょうか。いい時と悪い時があるのではないでしょうか。今から25年前に私はイギリス政府に招かれて3週間イギリスを視察してまいりました。その時に驚いたことに、あの国の経済はめちゃくちゃに悪くて、当時のお金でトータル年収100万ぐらいでした。物価が日本とはさして変わらない。したがって本当にステーキだって、ちゃんとした肉はあまり食べないで砂肝とかレバーを食べておられる、コールドハムを食べておられる。しかし何か耐え抜いていく。唯一の楽しみというと週末に芝居を観ることで、ロンドンではアガサ・クリスティーの『マウス・トラップ』、ネズミ取りという芝居をみんなで観ていました。延々25周年目のロングランだと言っていました。この間、私はロンドンにちょっと行って「あれ、まだやってる?」と聞いたら「まだ、やっている」というから、延々50年のロングランをやりながら、息の長い人だなと思っていましたが、そのイギリスも今、立ち直ったわけですね。

■ 科学技術に力を入れて皆でこの国を再建しよう

10年前のアメリカが今の日本と同じように金融も製造業もいろいろな所で駄 目になったと言われていますけれども、しかし私はこの国は、かなりの取り戻しが可能だと思っています。実は今から六年ぐらい前に朝日新聞の社説に「日本、今やたそがれどき午後三時の国」という社説が出ましたが、当時、私は政調会長をしていて、カッと頭にきて論壇に書かせてくれと言って「日本まだ10時30分」というのを反論で書きました。その後かなり混乱していますから、「本当に十時三十分なの?」と時々言われますが、私は10時30分でいいと思っています。例えば、ITの世界では水をあけられました。しかし、この間アメリカの雑誌『フォーブス』に出ていました、発行者フォーブスは大統領選挙に出たあのフォーブスさんですが、ワインバーガーさんが発行人になっていますが、その『フォーブス』に出た言葉に「日本を注意しろ。携帯にiモードを付ける。ああいう仕組みでものすごい勢いで一千万台前後を売っている。このスピード。われわれはあの発想はなかった。黙っていると、もしかするとシリコンバレーは1970年ごろのデトロイトに変わるかもしれない。日本をウオッチせよ。日本のIT産業をウオッチせよ」と書かれています。1970年のデトロイトというと、それは自動車はアメリカのものと思っていた自動車産業の中心地デトロイトが日本の自動車メーカーにやっつけられたことを意味しています。アメリカ人が携帯電話を使う時にどういうふうにして使っているか。これは外国に行かれた方はお分かりでしょうけれども、携帯を持っているもう一方の手でボタンを押しています。日本の場合にはうちの秘書なんかによると、この小さな携帯を片手で親指で操作しています。最近、女子高校生はショートメッセージというものを携帯で送るのがはやりだそうで、携帯電話のメッセージを入れるのに携帯のブラインドタッチで見ないで押してしまう。あの器用さというのは、私はフォークとナイフの文化のアメリカに対して箸を使った日本の器用さの文化、箸文化みたいなものの差がそこに出ているような気がします。これから考えていくと、去年この席でお話しましたけれども一ミリのロボットを造るのもそのうち夢ではありません。千分の一メートルが一ミリですが、その千分の一がミクロンですが、その千分の一がナノという単位 だそうであります、百分の一万メートル。その範囲で設計して一ミクロンぐらいの製品を作るということをいろいろやるだろうと思います。

私は去年は申し上げませんでしたが、演説で過去1年ぐらい、こう言っているんです。バイオテクノロジーを日本で発達させたいと。30億の塩基対の分析はアメリカに負けました。しかしあの塩基対の分析というのはジグソーパズル30億個ピースをどこにあって、どういう形をしているかということを見極めただけです。それを20ぐらい集めるとアミノ酸とかタンパクのはたらきがいろいろな動きをするのが見えてくるわけですが、そこについてはこれからアメリカも日本もヨーイドンで始めるので、これからいろいろなことを日本はやると私は思います。できるようにわれわれは必死に側面援助を財政面でやっておりまして、最近一年間やっている演説は、将来、全世界の人に声を掛けたい。「盲目の方は日本に来てください。見えるようにします。耳の聞こえない人、日本に来てください。聞こえるようにします。」こういう夢を持ちたいなと、こう言っているんですが、日本がもしかしたらやるかもしれません。細かな話をしますが、目が見えないというのは網膜がやられることで、その網膜をやられたら、そこに極々小さいチップを網膜の中に入れて、それで光を感知して脳に送るということを、今、アメリカで十の大学と十のベンチャー企業が始めております。日本はまだなのですが、やり始めるとこれはかなりいけると思っています。近々始めたいと思っていますし、それからご承知のようにES細胞とか万能細胞の世界、胚性幹細胞の世界に入ってきましたから、目の網膜を再生するということと視神経を作っていくということを始めておる研究者が理研におります。これはヤモリの研究なのですが、動物の中でヤモリだけは眼球を全部取ってしまっても四カ月ほどで眼球が再生して、ちゃんと見えて動くようになる。そこに着目して研究している、恐らく世界でトップの研究レベルだと思います。もしかしたら十年ぐらいで光を与えることができるかもしれない。音を与えることができるかもしれない。つまり日本に来たらそういうことをできますよという国に作り上げていきたいと思っています。

それからITの世界というのは、私はIT、ITとだけ言っていて、それでみんなで携帯で話したり、パソコンでゲームとかやっている世界だけだったら意味ないのですが、アメリカはITで流通業と金融業をやったと思います。製造業には結び付けていない。日本が製造業にITを結び付け、日本がITをバイオの研究、バイオインフォマティクスになるのですが、そっちに結び付けて成果を挙げる国になるべきだし、そうしたいなと思っています。そういうふうな支援を今しておりますけれども、その金額はいわゆる公共事業をやるものの十分の一、一ケタないし二ケタ小さい予算額でできます。したがって私は思うのですが、われわれ政治の方がその気になってやっていけば、この国のポテンシャルというものは非常に強めることができるのではないかなと思っています。その意味でこの国は資産もあるし人材も立派なので、なかなか捨てた国ではないと私は思っていますし、今一時、景気の問題とは別に日本の社会の意欲とか自信というものが、沈滞気味ですけれども、この国を小さな政府にして、政府にあまり頼らないでほしいということをみんなに説得し、政治家も予算を配って歩くのが政治家の仕事ではありません。それも時たまやらせていただきますが、基本的にはこの国をどう持っていくかということが政治の仕事だと、もう一回みんな吉田茂さんになろうという気持ちで立ち向かっていって、そして本当に自立した個人と自立した企業によってこの国の活力を作っていく、そういう改革をやっていかなければならないのだと思います。そういう構造改革をやっていかなければならないのだと思っています。日本のGNPというのは520兆です。輸出が40兆です。公共事業が40兆です。その公共事業の40兆の中でも国が出しているお金が十兆です。正確に言うと9兆4800億だったかな、10兆足らずです。地方自治体でやっている公共事業は20兆です。道路公団、鉄建公団、そういう第三セクターみたいなところがやっているのが10兆です。締めて40兆。住宅産業は12兆と聞いています。そういう経済の中で、いわゆる携帯で人々が話をするという移動電話の使用料というものが、今年9兆になるはずです。4、5年前は2兆だったはずです。2兆にいってなかったのではないでしょうか。だからとんでもない産業に育っているわけです。その携帯電話が9兆産業、つまり住宅産業にあと3兆という所まで追いついてきたのです。携帯電話の産業がここまで成長するのに、政府が何かの補助金を出したでしょうか、何かのクーポン出したでしょか、それは出してません。ただやってもいいという規制緩和をやっただけではないですか。だからこれ一つ取ってみても、政府が何かお金を使えば景気がよくなる、そういう場合もあるけれども、そういうものではないでしょうということを、われわれ政治家は言わなきゃならないのではないでしょうか。われわれ政治家が「こうやるんです」「お金を出させますから」ということを演説はしやすい。しかし最近あまりそういう演説をしますと、みんなシラーっとして私語しますよ。ざわざわと「もう、いいからさ」というような感じになります。やはり私は、政治家以上に国民はものの本質を見極めて心配しているのではないかなと思いますし、だから小さな政府でやっていくとかなり日本の活力が出てくるのではないかなというふうに思っています。

そして科学技術立国を目指し、なおかつその科学技術で一生懸命蓄えた知見というものを産業に結び付けなければなりません。昔、私が大学のころ校内に立て看板がいっぱいありました。「○○大企業と何何研究室は情報交換をした。委託研究費を受け取った。この恥ずべき行為につき、われわれ学生自治会は激しく糾弾するものである」。産学協同は悪のイメージでした。しかしアメリカのシリコンバレーの本質は一体何だったかというと、スタンフォード大学とUCLAの基礎情報通信研究結果を民間に渡した場所ということが本質だと思います。バイオについてはMITとハーバードの研究成果をボストンおよびケンブリッジでファーマスティカルといいますか、製薬会社にどんどん渡しているのが現状であります。日本ではどうだ。大学の先生が民間企業に研究成果をお渡しすると地検特捜部がやってきます。逮捕されます。それでは私はどうしようもない話だなと、よく日本はこれで成り立ってきたなと思います。そんなことで過去一年間、そこをガラガラと変えてくれなきゃ困るし、特に日本の場合には大学および有力研究機関がほとんどが国立なものですから、そういうことになるのですが、だから独立法人化した方がいいと。独立採算してくれと言っているわけではないのです。基礎研究で独立採算ができるものでもありません。サンスクリット哲学の研究で採算が合うなんてことはあり得ないと思っています。だからそれは国がいろいろ注ぎ込むんだけれども、その注ぎ込んだものを、研究成果 を民間とつなげられるようにしたい。アメリカのNIHという機関がありまして、これがいわゆる生命化学、バイオサイエンスの研究費を全部仕切っているのですけれども、約1兆5000億ぐらい毎年使っているのではないでしょうか。私立大学にも渡して使っている、民間企業の研究所にも出している、そしてそこで働いている人がインド人であり、チャイニーズであり、いわゆるICであり、台湾であり、日本人であっても、どうぞパテントを取りなさい。「それじゃアメリカの税金を使っていいんですかね」と言うと、これにはさすがに外国籍の人間に与えることについて大変な議論があったようですけれども、しかしそこはアメリカで行われている限りいいというふうに割り切ろうと、アメリカで研究されるならばお互いに研究者同士がまた次のものを刺激し合って作っていくんだから、その方がいいだろうということをアメリカは考えました。そしてNIHのお金で研究したものが民間の製品に変わっていく。だから私たちもいろいろなことをこれからやっていけば、ものすごいポテンシャルを持っている国だなと思っています。だから私はこの国の将来には失望しておりません。ただ重要なのは頑張ろうよ、この国大丈夫だから頑張ろうよ、そして俺たちがやっていくから必要な部分、政治がやらなければならない変革と予算の配分というのはわれわれがやっていくから大丈夫だから、やっていこうじゃないかということをしっかりと説得力を持って政治が語っていくということが、予算配分よりもずっとずっと国民を勇気づけ、そして景気をよくするのではないかと思います。

私は評判の悪い政治家でした。なぜならばあまり政府のお金を使っても駄 目だ。借金がたまって国民が将来に不安になって、またまた貯金ばかりして自己防衛する。アメリカというのは大統領が所得減税に言及したというだけで人々がスーパーにものを買いに行く社会で、日本はポケットに入っていても将来に向けて貯金している国ですから、われわれが今、必要なのは二つの不安、日本の経済構造、科学技術開発力に対する不信を除去し、老後について不安感を除去する、これがかなりの迂回路に見えるかもしれないけれども一番の景気対策ではないでしょうか。そこをやらないで所得減税をやっても人々は物を買いませんよ。500兆のGNPのうち300兆を占める最終個人消費には結び付きませんよということを言い続けました。非常に評判が悪かったのですけれども、私が選挙区やいろいろな地域に行って話をして会場の人の目の動き等を見ての判断の方が正しかったのではないか、最近はそれを証明しているのではないか、そんな気がしています。

■ 日本人としての価値観を失ってはならない

最後に私たちの国、それでも何か不安です。閉塞感があります。この国はどこに向かっていくのかということがよく言われます。私はこの国は今、リズムが狂っているけれども、いずれ持ち直すだろう。その基礎になるのは基礎科学的な研究の分野をしっかりやることだ、それを産業に続けることだ、そして競争に立ち向かうことだ、そしてそれは小さな政府論でやるべきで、それぞれの企業が個人がやってもらう小さな政府論でいくべきだということを申しました。しかし最後に私たちの心の中に一つ残るのは、そのような競争ばかり諸外国とやって、ITの進歩はドッグイヤーだとかということで、人間の人生が70年とするならばITの変化はそれの十倍の速度で、犬の年齢のような速度でぐんぐん進んでいって、そんなに忙しい社会でいいのだろうか、確かに「加藤さんが言ったように、地方都市のバイパスの側には大きな大きなディスカウントショップとそしてスーパーができて、そして町の昔からのボタンを売っていた、糸を売っていた店はつぶれた。金物屋さんがつぶれた、全部シャッターを下ろしている。それは私の鶴岡市でもそうだし、八戸でもそうだし、滋賀県の長浜だけは生き残って知恵で動いているけれども、しかし四国の八幡浜でもそうだろうし。そういった時に一体効率を求める社会というものと、そして人間の生活のしやすさというものをどう考えるのだろうというテーマは私たちの所に残ります。コミュニティーというものをそこまで壊していいのか、日本の文化と伝統を大切にしようと言うのだけれども、次から次へと生活はそんなものを考えていけないような社会をつくっているじゃないかということが言えると思います。しかし一方、WTOのウルグアイラウンドのそういった開放体制というものに抵抗して、そして日本の銀行を護送船団にして守り続けて、ハッと思って外気を入れた瞬間に肺炎を起こしたじゃないか。そこをどう考えるかということは、われわれがこれからずっと考え続けていかなければならないテーマだと私は思います。

最近、私はニューヨークタイムズのある記者の来訪を受けました。フリードマンという記者ですけれども、ピューリッツァー賞を二回も受けて、そして今はニューヨークタイムズの花形記者になっていますが、『レクサスとオリーブの木』という本書いて、日本でも草思社で二冊に分けて翻訳されていますから、お読みの方はいらっしゃるのではないかなと思います。「レクサス」これはトヨタ自動車の「セルシオ」の外国における名前で、いわゆる近代化、合理化、そしてテクノロジーの最先端をいうというイメージです。オリーブの木というのは中近東パレスチナの地でユダヤ教かイスラム教かをめぐって、あのエルサレムの土地を奪い合っている、土地に根ざした古い伝統的な価値にこだわる人たちを代表しているのがあのオリーブの木と彼は言っているわけです。そしてパレスチナの人もイスラエルの人もいいじゃないですか、この辺は適当に共同管理しましょうと言って割り切ってしまえば、経済が豊かになるんだろうけれども、しかしそれをやらないで少なくとも1300年ぐらいはあそこで殺し合いをしてきたわけです。先日も「子どもがいる、子どもがいる」とドラム缶の中で叫んでいる父親と小学生ぐらいの子どもに向けて銃が発射されて、テレビの見ている前で子どもが死に、父親は重傷を受けました。ああいうのを見ますと、一体、神って何だろう、そこまで大切なものなのだろうかというふうに誰もが思うかもしれません。しかし、そういう人間というのはグローバライゼーションで、世界共通の価値というものをぐんぐん突き進んでいくということは、どうしてもやらなきゃならんことだけれども、ある時に世界共通の価値とか、本当に蒸留水みたいに個性のない経済活動、金融活動にとてもとてもついていけない心理的な無政府状態、サイコロジカルアナーキズムに入るのではないかなと思います。その時に私たちの国の価値はこれですよ。オリーブの木だと言っている人間は、もしかしたら最終的に勝ちを収めるのかもしれないし、もしかしたらその時には豊かさ追求の競争に負けて、どこかに先住民族のようにいるのかもしれない。そのバランスを取るというのが実は政治家の難しい仕事ですよとフリードマンは最後のページで語っております。それをわれわれは田舎の大ショッピングセンターと消えゆく糸屋さん、金物屋さんを見ると、そう思ってしまうのです。このバランスをどう取っていくか。しかし日本人にとってオリーブの木とは何なのだろうか。実はわれわれは今、その重要な局面に来ているのではないかと思います。

■ 教育基本法を改正する必要はない

もう一つ重要な側面 がありまして、教育改革の問題です。来年の参議院を目指して森総理大臣は教育改革をそのテーマにしよう、教育をテーマにしようとおっしゃいました。私はいいことだと思います。ぜひ私は教育を論ずるべきだと思いますが、ただその際に論じなければならない問題点を論ぜずに、ただ教育基本法の改正とか、六三三四制度をどう直すかとかということをやっては、また同時に教育勅語の復活的なことを考えたり、それから生徒に全部ボランティア活動を強制するというようなことやったら、それはちょっと早計にすぎ、拙速にすぎるのではないかと思います。私は教育基本法の改正というのは、教育基本法を見ますと、かなり文字面 、文章としては立派な言葉が書かれていますし、それを今改正する必要はないと思います。今、論じなければならないのは日本の戦後の教育の荒廃、最近の17歳の少年の姿というものが、どこからきたかを論ずることではないかなと思います。17歳の少年の父親は多分、45歳から50歳だと思います。その父親は74歳から90歳の方だと思います。つまり大正世代の方です。実はこの大正世代の方々が戦争が終わった時には20歳、そして一番上の方が35歳でした。この20歳から35歳の人たちが廃墟の中で必死に働いてこの国を経済成長させたのではないでしょうか。ただ、青春時代に信じていたものが崩されたという心の中の傷があって、だからこそ素晴らしい国を作り上げたのに、それを人々に自慢することをしないで、ただ下を向いて働いてこられた世代の方々だったような気がします。娘が男の子と同棲するというと怒鳴りたくなるのだけれども、「お父さんそれは封建的よ。非民主的よ」と言われると、その言葉で黙ってしまうという世代であり、その心の傷が今もしかしたら45、50歳の人たちに移っており、そしてそれが17歳にいっているのかもしれません。この世代論もわれわれはよく議論しなければいけない。それほど戦争の傷跡というのは大きいのだということを、もう一回、心の中で反すうする必要があるのではないかなというふうにも思います。

同時にコミュニティーを壊した罪も教育に大きく影響しているのではないかなと思います。私は小学校のころ山形県鶴岡市の田舎の都市で育ちました。いつも近所の中学三年生の吉野さんのお兄ちゃんというのを筆頭にわれわれ7、8人、10人が固まって遊んでいました。川原にカブトムシを捕りにいくと私は一匹も捕れない。一番下の小学校三年ですから。するとお兄ちゃんはいっぱい捕っているような上の生徒に「おい、ちょっと何匹捕ったか見せろ」と言って「おう、七匹捕ったか。この一番小さな一匹を紘ちゃんにくれてやれ」と言って私に渡してくれました。すると、えらいお兄さんだなと思って僕はいつもその人についていました。ある時に家の前の川に私と同じぐらいの小さな女の子が落ちて流されていきました。本当にアッという言う間に流されていきました。そうしたらその吉野さんのお兄さんは川に飛び込みました。そして岸に助け上げました。それと同時に欄干の所に戻ってきて恐くなったんだと思います。真っ青な顔でずぶ濡れの学生服でブルブル震えながら、じっとすくっと立っていたのを今でも私は覚えています。3日、4日すると母親が茶の間で近所のおばさんたちと話していました。「あの吉野さんの家の子は立派だね。人間て勉強だけじゃないね」と言ったのを今でも覚えていまして、それは私にインプリントされています。あの17歳の少年がバスの中で包丁を振り回していくと、私も親はどうしている? 学校の先生はどうしている? と思います。しかし教育というのは昔だって学校の先生と親だけでやったのでしょうか。核家族の中の二人の両親だけでやったのでしょうか。それから担任の先生だけでやったのでしょうか。私は違うと思います。嫁姑の問題はあっても、じいさん、ばあさんがいて口うるさく、それからなぜか親戚のおじさんというのがいて、これが何となくいろいろな時に文句をつけにくる。うるさいなと思っても何かどこかに残る。そして今言ったように、地域コミュニティーの中でいろいろなものを教わっていく。これ全体が教育するパワーだったのではないでしょうか。昔の両親だって産めよ増やせよですから、27、8歳で子どもを3、4人持った。その両親が本当に自分の子どもを教える価値観に満々たる自信と強さを持っていたのでしょうか。多分持っていなかったのじゃないかと思います。そういうもので全体で支えてきたのであって、それがなくて、なおかつ今は核家族で疲れ果てた共稼ぎの両親がちょっとしたことでキレてしまうということは当たり前なのではないかなという気がします。だから教育の問題を論ずると実は何を持って教育の力と成すかということを本気で今、論じなければならないように思います。そして地域コミュニティーというのは何でまとまっていたのかなということも論じなきゃならないと思います。

そして教育の問題で最後に議論になるのは、この国のアイデンティティーというのは何なのだろうかということであります。戦後の教育で日教組とわれわれ自民党が対決しました。それは冷戦構造の国内版の55年政治体制で革新か自由かで闘ったわけで、アカかアカでないかで闘ったわけで、しかしそれも消え去った今、教育というものの原点に何があるのか、日本の文化と伝統というものは何なのだろうかということを考える時にきているように思います。私は実は森さんが「日本は天皇中心の神の国」とおっしゃった時に、これはちょっと表現が悪いなと思いまして、しかし「これを中心に衆議院で論争してみたら」ということを申し上げたけれども、逆に森さんの足を引っ張るのではないかなどと言われたから、「別にそんなつもりはないので、ただ実はここは論争しなければならない所だなと思っています」ということを言いました。実はわれわれの日本人の根っこの所はいろいろ考えると日本人の自然観ではないかと思う時が時々あります。教育勅語を見ますと、あれは儒教と道教と仏教とキリスト教とありとあらゆるものを全部まとめていいことはいいことだと書いてあるように思います。今、読んでもなかなか難しい。私は実は江戸の末期になぜ国民は一年間の稼ぎを使ってまで、伊勢神宮に参りに行ったのだろう。そこに自然に対する尊敬の念を表しに行ったのではないかなというふうに思います。日本の心というのは儒教が入ってきた前からあったわけですし、ある意味では仏教が入ってくる前から弥生、縄文の遺跡にある種の儀式の跡があるわけですし、決して儒教だけではないというふうに思います。そしてそれは山川草木すべてが神であると、そこに命があると思っていた自然観みたいなものが中核にあるような気がします。

今年、私は8月に自分にとって欠けている経験なものですから、中近東に行ってきました。イスラエル、ヨルダン、シリア、エジプト四カ国を同行してしていただいた議員7人と、記者団7人ほか合計20人、バスに乗って砂漠の中、土漠の中をずっと旅をしてまいりました。モーゼが十戒をたれた所、イエスキリストが殉教して歩いた所、いろいろ教えを説いて歩いた所、実に実に厳しい自然だなと思います。ということは、ユダヤ教とキリスト教とそしてそこから生まれてきたイスラム教、同じ地域で同じ神から派生と聞いておりますけれども、それは自然というものを常に厳しいものと考え、何かを変えていかなければならないと思い、水をひきたいと思い、そしてその厳しい中で生活するにはお互いにけんかしないようにとか、殺し合わないようにとか、夫婦の道を説いたり、いろいろなことをしたのだと思います。一方、われわれの国というのは昔からちゃんと雨が降って緑はちゃんとあって花が咲き、そして冬が来るといずれまた春が来る。人間が住みやすい環境であったから、自然を変えようとしない、自然と尊ぶ、山岳信仰にも似たようなありがたいなと思ってきているのではないかなというように思います。この日本人の価値観の根底にあるものを実はもう一回突き詰めてみるということが、これからわれわれが日本というのは、こんな生き方をするんですよ、ジャパニーズ ウェイ オブ ライフ―日本の国の生き方―というのは自然とうまく折り合って生きていくんですよ、感謝の念を持っていくんですよということではないかと思います。なぜこんなことを言うかといいますと、実は生命化学ではそこの哲学を基本的に論じていないと、とても収拾がつかないような変化が今、クローンにしてもキメラにしても起こり始めているわけです。アメリカの宗教団体が「亡くなる寸前の子どもの血液を一滴採っておきなさい。それからその子を再生させます」ということを一週間ほど前に発表しましたけれども、それは恐らく悲しみに打ちひしがれる若い夫婦はその悪魔の誘惑に、その宗教の誘惑に引っ張られていく時があるかもしれません。しかし日本人の考え方としては、それはやはりやってはいけないことではないでしょうか。クローンがやってはいけないということは誰でも分かることですけれども、これからその基本的に自然とのつきあいの仕方がわれわれの文化と伝統の基礎です、ということをしっかりとまとめ上げることができたならば、これが環境についてどういう科学を発展させようとか、生命についてどういう科学を発展させよう、コミュニティーをどうやって再構築していこうかということのすべての原点になり、また今われわれが悩んでいる自分探し、わが国探し、日本人のアイデンティティーをどこに求めるかという所に一つの答えというものを出し得るのではないかなと考えております。

どうもありがとうございました。

── 了 ──

 

 

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