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2000年4月9日、加藤紘一代議士は福島県伊達郡保原町体育館で行われた佐藤剛男代議士伊達郡連合講演会国政報告会で講演をしました。
講演の中で代議士は、
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来る衆議院選挙では森政権のビジョンが問われる
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景気のためにも公共事業に頼らず構造改革を断行することが必要
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日本はまだまだ知恵で勝負できる
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ということを主張しました。
以下、講演内容(一部省略)を掲載致します。
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【司会】 時局講演、自民党元幹事長、衆議院議員加藤紘一先生でございます。よろしくお願いいたします。
【加藤】 皆さん、こんばんは。
実は、この会場にこうやって近づいているときには、まだ明るかったのであります。そして、先ほど樋口町長さんがおっしゃいましたように、「あっ、この町並木、僕覚えている」。保原といえば、確か12年前、自分が知事選挙のときに応援に来たんじゃないかなと。ただ、ちょっと違う。あのとき、もっと何か原っぱの中でがらんとしたような感じだったけれども、今、何かかなり木が生い茂っているではないか。そんな感じがして、さっき楽屋裏で待っている間に町長さんに、「これ、町並木が育ったんじゃないか。僕、前来たことあるんじゃないか」と申しましたら、そのとおりですと、私がそのとき前座を務めましたと言っておられました。
あのときは佐藤栄佐久さんを初めて知事にするための、壮絶な、福島県を真っ二つに割った選挙でございました。私は隣の山形県の鶴岡市出身の国会議員なんですが、何でそんなのが隣の県に一生懸命手伝いに来たかっていうと、伊東正義さんなんです。伊東正義さんは私の育ての親みたいなものでございまして、まあ、大平さんと伊東正義さんに育てられて、私は政治家として今日あるのです。
その伊東さんが、この福島の知事選挙をめぐって、金丸信さんと真っ二つに対決したわけでございまして、私は伊東さんの手伝いで何度も福島に来ました。そして、あまり数多くなかったけど、佐藤栄佐久さんを支援する県会議員の皆さんと話したりしながら、選挙のお手伝いをし、この保原にきたのでございます。
佐藤知事さんも育ちました。そして、ケヤキも育ちました。そして、この伊達郡もだんだん大きな勢いの地域になってきたように思います。その中で、佐藤剛男さんがこうやって皆さんの支援を受けて、国政に今度は3度目のこまを進める。ぜひ、皆さんから支援していただきたい。必ず当選させていただきたい。こう思います。
国会議員というのは、生まれ落ちた選挙区の運、不運というのがありまして、生まれつき安定した選挙区に生まれ落ちますと、これは育ててもらえるんです。私の選挙区なんかそうなんでして、1回当選させたら何度も当選させなければ、偉くなっていかないと。そうすると力がつかないだろうと。そうすると地元が損するということを見事に計算しまして、よっぽどでない限り育ててくれるんです。連続当選させてくれるんです。
ところが、私は山形県の庄内のほうなんですけれども、我々が山形のほうでいう内陸、皆さんに近い米沢とか山形市のほうは、選挙というのは激しく戦うものだと。そういうスリルがなきゃ、おもしろくないと思っているんです、昔から。だから、必ず選挙となると相争って、同じメンバーが中選挙区時代だと4人が当選しますね。同じメンバーが4人で当選すると、今度の選挙はおもしろくなかったと言うんですね。
私は、旧福島1区、この選挙区も戦いの好きな選挙区だと思いますよ。常に激しい話題になる選挙区で、これは博多なんかがあります福岡1区というあたりと似ていますね。でも、これは小選挙区になったことですし、できるだけ私は1人の政治家をしっかりと育て上げていただきたい。
佐藤剛男さんは私の先輩なんです。大学も、役人としても先輩なんです。役所は違いますけど。ご当人は覚えておられるかどうかわからないんだけれども、私が初めて政治に出るときに私は33歳でした。僕は二世議員ですから、父親の七光ですから、33のときに立候補しました。1回で当選しました。そのときに、初めて出るときに、私は、通
産省にいる佐藤剛男さんと、もう1人の方と一緒になって、東京にある霞ヶ関ビルの中の東海大学クラブというところで昼ご飯をご馳走になりまして、そして、政治のあり方、経済の今後の行く末、いろいろ教えてもらったのを覚えています。
ですから、私はきょう、こうやって先輩の応援に参ったのでございまして、派閥は確かに違いますけれども、まあ、違うといっても、山崎拓さんのグループですから、我々は兄弟グループでございますので、兄弟仁義でございますので、来るのは当然なんですが、オオタさんのところにもそのうち行きますよと。来年、選挙になりますので、相馬のほうにはこれからしょっちゅう行くと思いますけれども、それはともかく、ほんとうにきょうは楽しみにやってまいりました。
■今度の衆議院選挙では森政権のビジョンが問われる
しかし、さっきこの会場に向かって考えたことがもう一つあるんです。1週間前の日曜日の午後6時、どうだったんだろう。ああ、あのとき私は小渕さんが倒れられたということをまだ知らなかった。そして、世の中はだれもそんなことを予想せずにことが進んでいて、そして1週間しかたっていない今、今や森さんが総理大臣として、だんだん存在を重くし、我々の目の中に森首相という言葉がだんだん耳慣れて、見慣れたものになってきたなと思います。
我々は森さんを一生懸命、党員として支えていこう、もっとこれからしっかりがんばってもらおうと思っておりますが、しかし、この1週間の変化は何だ。この、たった1週間でこんなに変化してしまうのか。小渕首相というのが1つの、遠い1カ月か2カ月ぐらい前の話のように、心の中に映り始めてきたなと思います。
そこで私は、この会場に近づきつつ思ったのですが、いずれにしろ選挙がこの半年以内にある。ある説によると6月18日だ、6月25日だというのが今、新聞に報道されておりまして、これは最終的には森さんが決められることですけれども、しかし、おそらく6月18日とか25日の投票のその日には、問われるのは何かというと、小渕政治が国民に問われるのではない、森政治の今後のビジョンが問われることになるんだろうと思います。
ともすれば我々は、今度の選挙は小渕政治の業績、そして、小渕さんがなし遂げられなかったことの無念さを晴らす選挙と思いがちですけれども、おそらくこの1週間でこれだけ変化したのならば、6月25日までの2カ月の間、それは小渕政治を問う選挙ではなく、森政治、そして森さんがこれから何をしようとしているのかということを国民に伝えて、そのよしあしが問われる選挙になるのではないか。そこを自民党の我々は間違えないようにしなければいかんのじゃないかなと思っています。
そのときに、私は、森さんにぜひやってもらいたいのは、やはり今この日をどうするかということではなく、この国を将来どういう方向に持っていきたいということを訴え続けてほしいのであります。先が見えなくなったこの国の将来のビジョンを語ってほしい。そして、それは2カ月、3カ月で語り尽くせるものではない。6月25日だとするならば、約2カ月半ぐらいですけれども、その短期間に語り尽くせるものではないけれども、しかし、教育改革なら教育改革、その1つについて語りながら、「おっ、この総理は物事を変えながらやっていく総理だな」という印象を与えることをぜひ、やってもらいたいなと思います。
総理に指名される前の日、森幹事長から私は夜の11時ごろ、電話をいただきました。もし、あしたの役員会等で今言われているような流れとなった場合には、ぜひご支援いただきたいということをおっしゃいましたので、ぜひ挙党態勢で頑張ってやってほしい、そして、そのときにぜひ構造改革、つまり世の中を少し変えていく、その努力をしてほしい。小渕さんも、その政権の末期には、このまま暮らしていくだけではだめで、やはり変えていかなきゃいかんのだなということを少しずつ、言葉の端に、演説の中に入れ始めていましたねと。変化をさせなきゃいかんということを小渕さんも感じ始めていたように思います。だから、ぜひそれをお願いしたいということを申しました。
森さんは、とりあえず景気対策ということに全力を挙げ、構造改革はその後にということをおっしゃいまして、まあ、とりあえずのあのポジションではそういうお答えになるだろうと思いますけれども、今は施政方針演説を聞きますと、少しずつ構造改革への道を進まなければならない。その日暮らしではいかんなという感じを表に出し始めてこられておりますので、ぜひそこをしっかりと踏まえて、国民に夢と希望を与える総理として、選挙に臨んでいただきたい。こう思います。
■公共事業頼みの景気回復はもはや限界
それを我々は、その森さんを一生懸命支えていこうと思います。確かに、景気対策というのは重要です。景気対策が重要でないと言っている人はだれもいません。重要なんです。ただ、その景気をよくし、日本国民がもう1回明るい気持ちになって、先に希望を持てるようになるには、単に国が税金を使って、仕事を国民に渡すというだけでは済みません。
具体的にいいますと、景気対策の一番の中心というのは、よく公共事業と言われます。世の中が不景気ならば、国が道路をつくろう、橋をつくろう。そして、建物を直そう。こうすれば、景気がよくなるはずじゃないかということを、実は私もその責任にあるポジション、そういう景気対策をするポジションにずっといましたから、10年ほど前からいろいろやってきました。しかし、やはり単に注射を打つだけではだめで、体の本体から直さなければ、変えていかなければいけない日本になってきたんです。
そして、もう一つ重要なことは、国が公共事業をやろうと思っても、地方の財政がそれについてこれなくなりました。いわゆる直轄事業といいまして、国が自分で全部お金を出す。山奥のダムとか、大きな農業用の用水路とか、そういうものを除きますと、それから直轄の国道なんかを除きますと、大抵は国が70%出すから、県が20%つき合いなさいとか。国が60出すから、県は30、市町村10、こういうふうになっているんですが、この30の分をまず県のほうがなかなか負担しきれないし、最近は国のほうから県単事業といいまして、県のお金だけでやる事業、町単事業といって、町だけでやる事業、いろいろやってくれよと言われましても、とても金がなくて、背に腹はかえられない、これ以上借金すると逆に国に怒られるじゃないですかというようなことで、実は私の見た感じ、昨年度1999年は国が景気対策を一生懸命やると言っていながらも、実は前年度より落ちているんだと思います、実際の工事量
は。
そして、ことしも私は、県単事業、町単事業がどんどんと減らされていますから、公共事業を国全体で見ると、落ちていると思います。特に国でやっている事業が10兆円、県とか市町村でやっている事業が20兆円、公社・公団でやっている事業が10兆円ですから、国が何ぼしゃちほこばって頑張っても、国の2倍の自治体による公共事業が1割、2割とカットされているわけですから、県単事業が多分ことしは2割カットだと言ったら、県会議員の皆さん、そうでしょう。この間、全国、そうなっているんです。町単のほうもかなり削っているんじゃないかなと思います。
だから、一番大きなところで削っているわけですから、公共事業で景気対策というのは、もうあまりできなくなっているというのが現実なんです。でも、日本の経済が少し明るさが見えてきましたねと言われていますね。じゃあ、どうしたことかというと、それは公共事業がそれでも下支えになっているということ以外に、やはり日本には、そういう景気を少しもとに戻す回復力が民間の中にあるんです。日本には力があるんだと思っています。その民間の力をもっと強く引き出していく、そういう政治を我々がやらなきゃいかんのじゃないでしょうか。
■知恵で勝負すれば日本の将来は明るい
私は、この国は元気を取り戻すことが十分に可能な国だと思っています。大丈夫です。大丈夫だと思います。私たちが大丈夫にしてみせます。なぜならば、大丈夫にできる要因があると思っているからです。1つ申し上げますと、25年前のイギリスを皆さん何と言っていました。あれはイギリス病だ。あの大英帝国もいずれ滅びていくに違いない。労働者は働かない。会社の経営者はいいかげんだ。こう言っていたじゃないですか。
そのイギリスが、今、元気いっぱいになっているでしょう。サッチャーさんのおかげです。10年前のアメリカはどうだったでしょう。今の日本と同じなんです。銀行はつぶれ、自動車産業は日本のホンダとかトヨタに負けて、アメリカ人が誇りに思っているような有名なビルディングやゴルフ場も日本人に買われ、ほんとうに背中を丸めて、「おい、日本というのはどういう国だ。そこまで力がある、そこまでやる日本ってどういう国だ。日本は異質の国だ。異なった性格の変な国だ」という日本異質論というのがいろいろ言われるような状況だったのですが、そこにレーガンさんが出て、特にブッシュさんが、地味だけれども、一生懸命やったんだしょうね。一生懸命ブッシュさんがやったんですよ。
そして、経済がだんだんいい方向に向かってきて、そこでクリントンさんが大統領になって、そして、若干ルインスキーさんという女性問題があっても、景気がよかったものだから、8年間続いた。
政治というのは、非情なものだと思いますよ。情け容赦のないもので、ある人が一生懸命努力して、その成果
が出るのが次の指導者のとき、なんていうことが結構あるんですね。しかし、それは耐えながらやっていかなきゃならんというのが、政治家の運命じゃないでしょうか。ブッシュさんのおかげで、アメリカの経済はよくなりました。今、世界の中でひとり勝ちです。
だから、国にはそれぞれリズムがあるんですよ。波があるんです。山があり、谷がある。今、確かに私たちはちょっと、谷をはっているような状況です。しかし、イギリスにできたことが、アメリカにできたことがこの優秀な日本人にできないわけがない。何とかしなきゃならんと思って、いらいらみんなしている。いらいらしているということは、何かをやろうとするエネルギーがあるということです。
一番危ないのが、現状に満足していらいらしなくなったときが危ないんです。いらいらして、そして、何か先を見通
そうとしよう、見通したいというエネルギーを一人一人の人が持っているということは、この国はよくなるという証左ではないか、あかしではないかなと思っています。
私たちの国にはよくなる要因の種があります。お金が十分にあります。私は今から予言しておきたいと思うけれども、今確かにアメリカは調子いいけれども、世界各国に約200兆円ほどの借金をしているんです。兆円なんて言うとわからなくなっちゃうでしょうけど、とにかくいっぱい借金しているんです。大体みんな1億円以上の金はいっぱいというふうにしか見えないんでしょう。とにかく、いっぱいいっぱい借金しています。
一方日本は、世界各国にいっぱいお金を貸しています。約150兆円でしょう。とんでもないお金を貸している。じゃあ、アメリカはなぜ調子いいのというと、頭を使っているということです。頭を使って、金があるところの金をぐるぐる回していく技術を覚えちゃったんです。金融技術力というんですかね。それから、情報を回すすべを覚えたんです。情報技術力といいます。ITといいますが。
そんなことで10年、がーっとよくなったわけです。だったら、我々は負けないぞと。知恵だったら負けないぞと。それは原油がいっぱいあるか、鉄鉱石がいっぱいあるか、土地面
積が広いかという勝負になったら、かなわないけれども、知恵で勝負というなら、やってみようじゃないか。
やってみようじゃありませんか。できますよ。私は昭和14年生まれです。中学校に入ったとき、社会科というのがありまして、一生懸命勉強しまして、言われたとおり書いて、いい点をとりました。勉強できるタイプの子だったんで、成績はよかったんですよ。何を書いたかというと、社会科に「日本は国土面
積が狭く、資源もないから、その経済の発展には限界がある」とありましたから、試験のとき、そのとおりに書いたら、いい点をもらったんですよ。
だから、どうしたという感じがしますね、今ね。間違えていたじゃないですか、その教科書は。国土は相変わらず狭いし、資源もないけれども、世界で第2位
の経済になったじゃないですか。教科書を書いた人がどこを間違えたか。日本人の持っている知恵と努力と能力、そこの発展性を見間違えたんでしょうね。
■産学官の研究協力を推進しよう
だったら、その原点に返ってみようじゃないですか。アメリカがなぜ、そんな金融とか経済で、情報産業でうまくいったかというと、学問・大学・研究の世界と産業界を一緒にくっつけたんですね。アメリカの経済がよくなったというと、みんな情報産業と言う。それで、一番有名なのが、コンピューター、マイクロソフトという会社だと。12年間でトヨタ自動車の総売り上げの3倍になっちゃったんですから。すごいものですよ。どこかというと、アメリカにあるシリコンバレーというところで、スタンフォード大学、カリフォルニア大学というところから学問の成果
をもらって、そこをそういう会社がうまく使って、そういうもうけに導いていったんですね。
だから、産業界と大学が協力して、経済を発展させているんです。今は、最近、ボストンの近辺でバイオテクノロジーの研究をしているMITというところとハーバードという大学がいろいろ出して、それで種子会社、医薬品会社と協力していろいろやっているんです。だから、絶対病気にかからない大豆だとか、アルツハイマーを治す薬だとか、コメの収量
50%アップの種子なんてのをそのうちつくるんじゃないかなと思いますけれども。そうやって協力している。
ところが、日本の場合は、そういう大学の教授と民間が協力すると、これは犯罪になっちゃうんです。というのは、日本の大学、研究所というのはほとんど国立大学、公立大学ですから。それと民間と一緒にやると、特捜部が来て、こらっと言われて捕まった人が去年もいました。名古屋大学医学部で、防衛医大にも。あっちでは産業発展のもと、こっちでは特捜部への道というんじゃ、おかしいじゃないですか。だから、そこはシステムを変えることによってこの国は、私はよみがえれるんだなと思っています。
もう一ついいますと、東北大学の工学部、それから、東京大学の工学部では、今、マイクロマシーンというのをつくっています。ある学問ですが。簡単に言うと1ミリのロボットをつくろうというわけです。今、ロボットもこれぐらいまでちっちゃくなって、水道管の中を掃除に行って、帰ってくるんです。「やあ、ご苦労」なんて言うと、「はい」とか言うかどうか。とにかく帰ってくるんです。これをだんだんちっちゃくして、1ミリのロボットをつくって、血管の中に入れて、コレステロールの掃除と心筋梗塞のつまりを修理して帰ってこさせよう。こう考えております。
おととい、この話を、今、日本に来ているキッシンジャーさんというアメリカの学者に話したら、「おい、それ、急いでくれよ」なんて言っていましたけどね。彼も心臓病をちょっと持っているみたいなんですけど。
いずれにしろ、これは夢物語でなくって、本気で今、研究しています。それが、ほんとうにできれば、世界各国の病院に売れていくと思うんです。1台というか、1匹というか、2億円ぐらいで売れていくんじゃないか。この中に1兆円ぐらいのGNPが乗るんじゃないかな。そんなことを本気で考えていますよ。うそだと思ったら、東北大学に行っている人がこの辺にいっぱいいると思うから、ちょっと聞いてみてください。
■夫にも育児休暇を与えるべき
ですから、我々の国にはそれだけの可能性がいっぱいあるんです。それから、よく見るのは「少子・高齢化だからね」と、こういうんです。だんだん年寄りだけが多くなって、子供が生まれないしねという。しかし、65というのが年寄りの定義なんですが、この会場にも65を過ぎて元気な人がこんなにいるじゃないですか。何か、みんな65を過ぎたら介護保険の世話にならなきゃならないかなと思っている人がいるようですけど、冗談じゃないんで。
65歳以上の人で90%の人は毎日元気に暮らしているんです、自分ひとりで。要介護の人が2,200万人のうち200万人ぐらいでしょうかね。確かそんな数字だったと思いますよ。だから、65になったら……。おかしいなとは思わないで、男ですと七十二、三、女性ですと77ぐらいまでちょっと働いてもらえばいいと思うんですね。それはいっぱい働いてくれとは言いません。子供の面
倒を見る。それを家で見ると、いよいよ嫁とかしゅうととかいろいろ大変だから、保原の町長がやったなんとか事業に手伝いに行く社会貢献。保母さんほどお金はもらえないけど、年金のちょっと足しになるぐらいの金額で、週15時間ぐらい手伝ってくれやと言ったら、それは月で四、五万ぐらいにしかなりませんがね、手伝ってくれと言われれば、みんなやる気になるんじゃないですか。
これを家の中でやると、私だってキャリアウーマンになれたのよ、みたいな話で複雑になりますから、そういうことをいろいろ考えてシステムをつくりかえると、いろんなことが可能で、子供さんをちゃんと見てくれる人がいると、子供は生まれるんですね。それから、もう一つ重要なのは、男が子育ての責任を持つこと。言うなれば、子供さんが生まれたら、半年は女性が見るけど、半年は男が保育休暇をとって、家で見る。てなことを伊達でやれるとは思いませんね、私は。絶対にやれないのが伊達郡じゃないかなと思っていますが。
しかし、だんだんデンマークとかドイツで少子化になって、それを盛り返した原因は何か、子供が生まれるようになった原因は何かと言ったら、男が保育休暇をとるぐらい根性を固めたことなんです。だから、いずれ、ここの地域といえども、そこをちょっと考えなきゃならないときが来るんじゃないかという革命的なことをちょっと申し上げておきますが、いずれにしろ、仕組みを変えていけば、私はこの国はもう1回元気になると思います。
■固まった土をほぐすことが必要
私は、さっき言ったように、庄内平野出身の議員です。だから、農林議員なんですね。そうすると、農林議員で私は当選2回、3回、4回のころ頑張ったんですよ。農林部会長、総合農政調査会長、農産物自由化問題小委員長、なんぞというのもやりました。いろいろやっていたら、農家の人が僕に言いました。「代議士、最近農業についていろいろ話している。大分わかってきたようだけれども、しかし、あんたは農作業をしたことがないんでしょう。ほんとの農家のことをわからんでしょう」というから、それはわからん。農作業をしたことがない。現にこの間、あなたに6条植えの田植え機械を操作させてみせて、やらせてみてくれと言ったら、冗談じゃないと許さなかったじゃないですか。そうなんです。代議士といえども、6条植えのあれを変な方向にぐにゃぐにゃっとやられたらとんでもないから、任せられませんと言って、断られたのですけれども。
だから、僕は農作業を知りませんよと言ったら、1つ教えてくれた。「どんなにいい種子でも、問題はそれを植える圃場だ、畑だと言うんですね。どんなにいい種でも、長年同じところに植え続け、特に化学肥料をやると、土がかたくなって、連作障害が出て、そのうち土が白くなって、育たなくなる。そういうときには、表土を取って土を砕いて、そして、落ち葉を入れたり、水・空気を入れたり、一番いいのは堆肥だ。昔からの堆肥、あれを入れて、しばらくしてかき回して、また、こうやってほぐしていくと、ほわっとした、我々百姓から見ればなと、食べてみたくなるような土になる。そのときに種を入れると、ホウレンソウは青々と、キャベツの種はがっしり、玉
のかたいキャベツになる。球根は、赤、青、黄色のチューリップになる。勢いのいいチューリップになる。土が重要だよ」と言って、「代議士、政治もそんなものかもしれんぞ」というようなことを言われましたけどね。
何だかその言葉、昔言われたのを最近思い出すんですね。つまり、日本にはお金もある、技術開発力も出てきた。それに、優秀な人材がいる。ほんとうにいい作物がとれる条件はいっぱいあるんだけれども、土が固まったんじゃないでしょうかね。その土をもともとから直そうとすれば、表土をひっぺがしているうちに、くわがまだ残っていた球根を傷つけてしまうかもしれない。そういうことってありますよ。
でも、それはやらなきゃならない作業なんですね。その作業の過程で悲鳴も聞こえてくると思う。しかし、ほんとうにこの国をもう1回生命力のある国にするには、いい種があるんですから、社会のシステムをつくりかえなきゃいけない。土をつくりかえなきゃいかんと思います。
それをやり切れるのはだれかというと、政治なんですね。今までの官僚の皆さんの政治は、決まった畑に、決まった圃場に、決まった種をまくという、決まった作業をずっとしてきたんだと思います。しかし、圃場のつくりかえと、表土のつくりかえ、これは政治がやらなきゃなりません。それをやり切れるのはだれかということだと思いますよ。単にそれは権力闘争をするだけではなくて、この国をどう持っていったらいいかということをじいっとわかる、政策のわかる政治家でなければいけないと思います。
今、景気をどうするかというときに、昔だったら通
産省とか大蔵省の局長さんがテレビに出てきて、何か話したでしょう。今、出てこないでしょう。政治家が出て、話しているでしょう。北朝鮮からテポドンが飛んできたときに、昔だったら外務省のアジア局長がテレビに出て、「こうです」というと、みんな落ち着いたでしょう。今、出ないでしょう。政治家が出てくるでしょう。
だから、政治家のやる仕事が増えたんです。そして、役割がますます重たくなってきたんです。そういう中で、現実の政治もしっかりと仕切りながら、なおかつ政策もわかる人、そのタイプが必要になってきました。
私は思うんですが、こうやって閉塞感があって、夢がないようなこの世界になったときに、一番重要なことは大人が夢を持つことです。大人が夢を持たずして、背中を丸めて歩いたら、その後に続く子供たちが夢を持つわけがありません。大人が背中を丸めて歩いたら、その後を来る子供たちが、一生懸命、サッカーの練習や、英語の勉強や、数学の勉強や、コンピューターの細かいことを勉強するわけがありません。
その大人の中で、一番夢を持たなければならないのが、政治家ではないでしょうか。そして、我々、自由民主党ではないかなと思っています。
── 了 ──
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