|
|
2000年3月26日、加藤紘一代議士は山形県三川町なの花ホールで行われた第2回山形県第4選挙区支部総会で講演をしました。
講演の中で代議士は、
| (1)
|
来る衆議院選挙では自民党は苦戦を免れない
|
| (2)
|
政治イデオロギー喪失の現状下では、共産党の進出を警戒すべき
|
| (3)
|
国民の関心である介護保険制度と教育改革に一生懸命取り組むべき
|
ということを主張しました。
以下、講演内容(一部省略)を掲載致します。
|
【加藤】 本日は、阿部県連会長、岸参議院議員及び庄内の首長さんもほとんど全員お集まりいただきまして、こういう会議ができましたことを大変光栄に存じます。
きょうのこの会議は大変意味のある会議だなと、先ほどから私は壇上で感じておりました。私もいろいろなところで演説するんですけれども、きょうの集まりは、こういう壇上に立つ者として、聴衆の皆さんの、ある種の迫力を感じます。それはなぜか。それは、単に数が多いというだけではなくて、この庄内の政治的な指導者及び地域のリーダー、それからサブリーダーの人たちがほとんどお集まりだということでございます。
庄内の政治的リーダーたちが集まった集会というのは、実はこれが2回目でございまして、1回目は、1年ほど前に、自民党総会の第1回を余目でやったときに、約500人の方がお集まりいただきました。そのときも、500人という数には私は慣れているんだけれども、ほかの地域に行きますと3,000人集会でも、1万人集会でも演説したことがあるんだけれども、しかし、あの500人の集会は、私が威儀を正して、襟をきちっとしてしゃべらなきゃならんという気持ちになりました。きょうはなおその感を深くいたしております。
そして、私は、自由民主党が下野したときの、平成6年の県連大会を思い出します。あのときは、私たちは下野していたんです。でも、山形のグランドホテルで開かれた自由民主党のそのときの大会は、毎年よりもより数が多く、よりリーダーがしっかりと集まってくれました。それは、私にとって感動でございました。何なんだろうと。我々が下野したのに、より多くの人が集まってくれた。そして真剣であった。それは、一つ、自由民主党、こんなことにくじけずに頑張れという意味だったと思うし、それから、我々自由民主党とか保守党の勢力の基盤というのは、ものを長い目で見てくれているんだなと。いっときの連立だとか、離脱だとか、それから下野だとか、政権をとったとか、そんなことだけで自分たちは判断していない。時には自由民主党に鉄槌をくらわすために、少し手を抜いて議席を落とすことがあるかもしれん。しかし、それは、日本の政治の中核に立派なものがあってほしい、あんたたちに頑張ってくれという我々の警告である。そして、あんたたちは下野した。よし、今度はしっかりと支持していくため、次の選挙は本気でやるからなという意味だったのではないかなと思います。たしかそのときに、阿部正俊参議院議員が候補者になったか、ならないかみたいなときだったと思うんですが、その後、見事な、いろいろな選挙をやってくれました。
■今度の総選挙では自民党は苦戦を免れない
私は、今、自由民主党はかなり、まあ、危機と言うと深刻なんですけれども、やはり危ないところに来ていると思っています。今選挙をやったら、あっと思うような厳しい結果
になるだろうと思っています。それぞれの小選挙区は、代議士さんの個人後援会がまだまだ起動するでしょうから、それはそれなりの票にはなると思っていますけれども、比例区というのは、かなり深刻な影響を受けると思っています。前回、私が幹事長で総選挙を行いました。239議席を取りました。たしか当時205議席ぐらいでしたから、かなりの伸びでしたけれども、そのときには、小選挙区制は169、そして比例区が70取りました。今の状態で衆議院総選挙に突入したら、比例区の70は、明らかに50を切ると思っています。それは私の直感ですけれども、選挙についての直感は、そんなに私は狂っているとは思っていません。
これを、何としてでも70前後を取れるような力に戻していかなければいけません。しかし、その道は、もともとなかなか難しい性格のものであるのだろうと思うし、そしてまた、きのうきょうの厳しい現時点の問題があるなと思っております。しかし、それは、必死に努力して、単に自自公で幾つ取るとかいう発想に絶対立ってはいけないと私は思います。自由民主党を大切にし、自由民主党自身が迫力を持ち、この国の政治の中核になるという気持ちでやらなければいけないと思います。自自公で過半数取れば、それで選挙はいいんだ、信任は得るんだというような選挙をやってはいけません。自自公で今350ほどあるんです。これが、241取ればいいというような選挙、つまり、350から110減ってもいいというような選挙をやってどうなるんですか。
私は、自自公で統一公約をつくることは、論理的に難しいと思います。それぞれの政党が比例区で戦うんですから。ただ、連立を組んでいるならば、何らかの統一目標を1つだけつくることがあり得るかと思います。それが教育改革なのか、税制の問題であるのか、それは今、執行部の方たちが考えればいいことですが、しかし、私は、やはり自由民主党は自由民主党として戦っていかなければ、3党はともに地盤沈下を起こすことになるのではないかな、こう思っています。
きのうきょうの話として、小沢一郎さんの自由党が連立離脱するかどうかということが話題になっております。この間、小渕総理が小沢さんと首相公邸で、3月の上旬ですか、密かにお会いになったという記事が出ておりましたが、お会いになったのかどうかわかりません。私は、連立与党の党首が会うのは当たり前のことであって、何も密かにお会いになることはない。堂々と国会の中で、首相官邸でお会いになればいいと思っています。そして、どういうことをお話しなされたのか、いろいろな憶測を呼んでいますが、その中の1つは、やはり選挙協力と離脱の問題でしょう。私は、自自連立の話があったときに、そしてその中心のテーマが選挙協力である。それから、防衛であり、税制の問題であると聞いたときに、これはやはり一番の中心は選挙協力だなと思いました。
そうしたときに、それが簡単にできるということに強い強い懸念を持ちまして、現実にその調整に入ってみると、そう簡単ではないということが、約1年半して、現在ますます明確になってきたのではないかなと思います。そうすると、そのときの一番の中心のメインの約束が守られない、党首間の約束が守れないということで、離脱を小沢氏が考えるというのは、論理的には当然あるだろうと思っております。しかし、同時に、ないのかなと思ったりします。約束が守られなかったから離脱するというのはあるかもしれない。それに小沢さんは、自自合流の最先鋒として協力してくれている亀井静香氏のところに自由党の候補者を立てて、近々応援に行くということですから、これは明らかに離脱の道かなと思ったり、しかし、これも1つの戦略かなと思ったり、いろいろ考えます。考えるんだけれども、最近、考えるのに疲れてしまいました。
私の盟友山崎拓さんは「狼中年」という言葉を使っておりますが、山崎さんは、なかなかキャッチフレーズをつくるのがうまい人でございまして、うまい表現をしているなと思いますが、私も、自由民主党の政治家の一人として、小沢さんの離脱があるのかないのかというのは、過去半年いろいろ考えてみますけれども、どうも疲れてしまって、どっちかに決まるでしょうなと。当たり前です、離脱か離脱でないか、どちらかに決まるでしょうなということしか、もう最近は考えられなくなって、これに考える時間を使うより、我が党がしっかりするほうに頑張ってもらうように、執行部や総理に頑張ってもらうように、どうしたらいいかということを考えるようになっております。
■政治イデオロギーの喪失
もう一つ、私は、自由民主党が厳しいなと思うのは、セールスポイントが実は15年ぐらい前からなくなっているんです。昔、代議士が選挙区に戻ると、演説は案外しやすかったんです。共産党、県庁に赤旗が立ったら、都庁に赤旗が立ったらどうなるんです。ソ連のように自由のない、商売も勝手にやれない、そんな社会は暗いでしょう、おもしろくないでしょう、自由主義市場経済がいいのです、自由主義の政治体制がいいのですと、なかなか迫力のある演説でした。
一方、社会党のほうは、資本主義はよくないとか、日米安保反対だとか言っていたんですけれども、15年ぐらい前に、正確に言うと11年前に、我々の主義主張が正しいということがわかって、今やソ連のほうは社会主義を放棄し、中国も社会主義自由市場、社会主義市場経済、暖房と冷房と一緒にかけたような言い方をしていまして、どういう意味なんだろうと思うとわからなくなりますから、これもあんまり難しく考えないほうがいい。簡単に言えば、だんだん自由主義経済のほうに近づきあるんだが、それなりの経過があるから、あんまりはっきり言えないというだけの話でして、やはり我々自由民主党が言ってきた自由主義というイデオロギーは正しかったんです。しかし、正しいことが証明されて、ほかの人たちも、我々の相手側も全部こっちの言い分を認めたときに、はっと思うと、演説することがなくなっているわけですね。向こうも同じことを言っているわけですから。さあどうするかというのが、今の我々の直面
している問題だろうと思います。つまり、政治的なイデオロギーが消えたんです。
そうしますと、自由民主党に何が残っているか。与党ですから、公共事業を持ってくることができます。与党ですから、農業政策を決めるのは我々です。そういう魅力はあります。ある意味で現世利益、そして政治に強い影響力を行使しているという魅力はあります。しかし、どうもそれだけでは満足できないぞという国民の声もあって、若い世代の声もあって、道路を、特に比較的小さな公共事業、県道だとか、市町村道だとかのご支援をしたりすると、必ず全部その地域が票になるという時代も、ちょっと過ぎてきたような、少なくとも陰りが出てきたような感じが最近いたします。ですから、一体我が党は、これから何をしていくのかということは、やはりいい政策を、そして魅力のある文化活動みたいなことも、これからやっていかなきゃいけない。そして一番重要なのは、コミュニティを大切にする活動の原点に戻っていかなきゃならんということになるだろうと思いますが、そこはまたいずれ詳しくお話しいたします。
そういう中で、なぜ私は、現在の自公体制というものにかなりの批判があるのかということを時々考えます。それは、そういう主張する強いイデオロギーがなくて、消えていって、そして、やはりあなたの言うことも正しいね。おれの言うことも正しいかもしれないから聞いてくれという相対的な主義主張というものは、比較的弱く映るんですね。力強くない。ところが、宗教というのは、それを信じてしまえば、かなり強い活動をしていく。すると、地域の中で、やはり何が一番強い運動体になるのかということに、みんないろいろ考えると、うん、自公がいいのかなというふうに、みんな思っておられるのではないかなと思います。
私は、そんな意味もいろいろ兼ねて、もっともっと公明党の皆さんと地域で仲よくなれるようになってからで遅くないから、連立は急がないほうがいいということを言ったんですが、総裁選挙のときにそれは多数になりませんでしたから、私は最近、比較的その点の発言は控えておりますけれども、私の思い、感覚、地域を見る感覚というのは、相変わらず変わっておりませんし、地元に帰って、いろいろな人と酒を酌み交わしながら、お茶を飲みながら話していると、ああ、いろいろな思いが皆さんの中にあるのだなということが確認されます。
■共産党の進出を警戒すべき
そういう中で、私は、気をつけなければいけないのは、共産党の進出ではないかなと思います。しっかりとした活動をし、あの政党には、ほぼ、いわゆるスキャンダル、汚職みたいなものはありませんでした。生真面
目でした。だから、今度の選挙で、私は、共産党は伸びると思います。しかし、よく考えてみると、この生真面
目さ、信じて組織に従う生真面目さも一体どこから来るのかと言えば、共産主義が世の中と世界を変えて、人々を平等にし豊かにするというマルクスの教えではないでしょうか。それが正しかったのか。
その教えをずっと広めようとして、宮本顕治氏が組織をつくり、なおか宮本顕治という政党の指導者というよりも、情報出版産業の見事な、立派な経営者であるみたいな感じの人が、「赤旗」をつくり、いろいろな本を出し、パンフレットを出し、党員に全員読ませて、なおかつ同じことをしゃべらせていけば、強くなるのは当たり前だろう。しかし、その根っこを見ると、社会主義に対する信奉だったんじゃないか。その社会主義は一体何をもたらしたのか。
それは、ゴルバチョフが社会主義を放棄したときに、ソビエトでは、死人に棺桶がないような経済状態になりました。亡くなられた肉親を、ボール紙のひつぎで送らなければならないなような社会をつくっていったわけです。そして1つの考えというものがはびこると、それは、約90年もの間、1億、2億のソビエトの人たちの__ソ連の人口は忘れましたが、1億か2億だったような気がしますが、その人たちの生活を、経済的にも惨めなものにし、政治的にも何の発言もできない、不自由な生活を行わせ、ある人はそれで人生を終わったわけであります、90年ですから。これがほんとうに何だったのかということを、社会主義者も共産主義者も日本共産党も、いまだ総括していない。あれはある種の宗教と同じような邪教でなかったのかと言われたら、どう反発するのであろうかとさえ私は思います。
その教えのおかげで、実はそういう規律を守り、組織をつくってきたわけですけれども、いずれ私は、共産党はその原点を問われることになると思います。不破さんと志位
さんの共産党活動で、非常に市民的な、ごく当たり前という感じのイメージを出し、志位
さんはピアノを弾いているところをテレビに映し、そして私は、近い将来、天皇家にご慶事があったら、「天皇家のご慶事を心からお祝い申し上げます。日本共産党中央委員会」なんぞというビラが、読売新聞や朝日新聞、毎日新聞、新聞の名前を全部言うと大変になりますが、3つぐらいにしておきますが、それにボーンと出る日があるのではないか。有力新聞紙に一面
広告でそんなものが出てくるときがあるのではないかなというふうには思いますけれども、しかし、マルクス・レーニンニズムという思想というものが、どれだけ多くの世界の人々から自由と豊かな人生を奪い、そして、我々の社会でも嫌な対立を、この地域の中にも、日教組を中心に出していったかということは、もう一回よく考えていかなきゃならんと思います。
しかし、まだまだその夢、イメージは崩れないでしょう。そういう中で、我々党が、どういったところで力強い活動をしていくか、難しい話ですが、私は、国民の生活を考えた仕事を一心不乱にやることだと思います。
■国民の関心事である介護保険制度の成功に努めるべき
さっき、第4選挙区党大会のときに、私は、冒頭のあいさつで申しましたけれども、今、我々の政治は、内閣支持率だけではなく、党の支持率も下がっております。これはかなり注意しなければならない異常な事態であると思っています。大抵の場合には、自由民主党と支持率は、第2党の民主党の3倍ぐらいありました。さっき本山さんがおっしゃったのは、多分、フジテレビ系の数字を言われたんだろうと思いますが、毎日日曜日の朝、「報道2001」というフジテレビの番組があって、私も時々出ますけれども、あそこで産経新聞とフジテレビの共同のアンケートがあるんです。これは大都会、関東周辺だけのアンケートですから、全国一般
のものではありません。
しかし、ずうっと時の流れの系列を見ていくと、今から四、五カ月前は、自民党21_22%、民主党7みたいな話だったんですが、前々回は、自民18、民主党16で、さっきの本山さんの話ですと、16と14、13、というのは、これはかなり近寄ってきたものだと思います。だから、ちょっと危機感を持って、仕事をしなければいけません。エンジンをとめてはいけません。少し波があったときには、船はエンジンをかけて進まなければいけません。その重大なエンジンというのが、国民の生活、全部が関心を持っていることに必死に取り組むことであって、それが介護保険の実施ということではないかなというふうに思って、先ほど言いましたように、いろいろな提案を私は執行部にも申し上げていますが、我々第4選挙区支部でも、この問題についてしっかりと取り組んで、そして、東京からも、よくわかっている人にまた来ていただくとか、いろいろなことをしながら、講演会をしたり、活動をしていかなければならないのだと思っています。
そういうときに一番重要なのは、従来の自由民主党の考え方ですと、こういう福祉とか年金というのは、どっちかというと社会党の仕事だ、どちらかというと、女性とか若い人たちの仕事だみたいな感覚を持ちがちですが、そうではありません。お年寄り、特におしゅうとめさん、おじいちゃん、おばあちゃんの面
倒をどう見るかというのは、自由民主党のように、大きな家構えが多い支持者の中では、かなり重要な話になっているんです。そして、それぞれ家族の中でみんな見ているはずですけれども、しかし、そこにはものすごい犠牲が、特にお嫁さんにはかかっているわけで、そういうのをちゃんと家の中で見るのが1つの日本的家族制度の美風であるというような言葉で片づけられる問題ではないと思っています。
実は介護保険というのは、施設にお預かりするというよりも、できるだけ家庭の中で見られるようにしましょうと。しかし、家庭の中で見た場合には大変ですねと。だから、その中の一番大変な部分は、みんなで、大病にかかったと同じような感覚で、大病の場合には医療保険で見るけれども、介護の場合には介護保険というので見ましょうという話であって、私は、亀井静香さんは、介護保険があると、1日24時間ホームヘルパーが来るんだと考え違いしているんじゃないかなと思います。違うんです。それをつくり始めた当時の局長が阿部さんですから、専門家がいるわけですが、そのうち1時間ぐらい見てあげましょうと。そして、時には排便ができなければ、排便促進までして、そして1時間おふろに入れることもして、そして、もっと重い人には、週2回ぐらい看護婦さんが回ってきて、という話なのであって、それによって家で扱える人が多くなったら幸せじゃないですか、温かいじゃないですかというのが今度の保険制度です。
確かにあの3,000円も大きなお金ですけれども、夫婦で6,000円は大きなお金ですけれども、6,000円で24時間介護してもらえることができるなんていうことがあるわけないんです。あるわけないんです。だから、やはり我が党の、政調会長もなかなか理解してないぐらいの話ですから、いろいろなところでも誤解があるかもしれないし、意外に皆さんのほうがわかっているケースのほうが多いと思うんですけれども、やはりここはしっかりとみんなで討論会をまだまだしながら、そして現実にスタートすると、いやいや大変な問題があって不満が続出すると思うんですけれども、それをみんなで、じゃ、どう直すということをやるべきではないかなと思っています。
■景気対策としての公共事業はもはや限界
ちょっと話が横道にそれたんですが、そういうことは自民党もやらなければいけない。従来の自民党は、どちらかといえば、景気対策をやる自民党、そのためには、とりあえず景気をよくするためには、何でもやるということでございます。しかし、私は、国ができる景気対策というのが、従来の発想でやり続けてきたら、もう限界に来るだろうし、もう既に来ていると思っています。
例えば公共事業を増やせば、景気がよくなると言われ続けて10年、それをやってきたわけです。今後も、公共事業、道路は必要ですから、国づくりのための公共事業というのは、私は必要だと思います。あるところにトンネルを掘らなきゃならんと思います。下水道をつくらなきゃならんと思っています。その公共事業が必要ですけれども、公共事業にもう一つ負わされたものすごい重い任務、それは景気対策という任務です。その景気対策としての公共事業は、私は、もう限界に来ていると思います。公共事業がかわいそうです、そんなできもしない任務を負わされては。国づくりとしての公共事業は今後とも進めていかなきゃならんが、無理やり景気対策としての公共事業には、もう限界が来ています。その明確なことは県会議員の皆さんが知っています。市長さんたちが知っています。
公共事業という広い意味の仕事は、年間40兆あるんです。国がお金を出しているのが10兆です。地方が出しているのが20兆です、都道府県、市町村を含めて。それから、道路公団とか、鉄建公団とかという、まあ、第三セクターみたいなところが10兆です。
国がこの10兆の公共事業を増やしても、地方のほうが、もう借金できませんからと言って、ゴンゴン減らしているわけです。県がやっている単独事業は、去年は1割減らし、今年は2割減らすとかいう数字を県議会の人たちは議論して、それを承認しつつあるわけですね。単独事業というものの2割なのか、補助事業も含めたものの2割なのかは、今調べているんですが、大蔵省も自治省も、その数字を我々が聞いても言いません。まだ統計がありませんと言うんですけれども、そんなわけはなくて、直感的な大ざっぱな数字はあるはずですが、とてもとても総理とか大蔵大臣や経済企画庁長官に見せられない数字なんじゃないでしょうか。
でも、この人たちは知っているわけです。去年1割、今年2割減らしているよと。その中で、国の9兆5,000億、正確に言うと9兆5,000億の公共事業費をあと5,000億、予備費があるからすぐ使う。これが景気対策だと言っている人がいますけれども、静かに言っている人がいますけれども、しかし、それが今の40兆の規模の中で、そして地方が20兆の世界で、1割、2割、3割減らしている項目があるということとどう整合性がつくのか。だから、もう私は、かなり限界が来ておりまして、それで、そういったやり方が景気対策の一兎を追うことであるとおっしゃるならば、私は、その一兎を追うことはもう無理だ、別
の一兎を追わなければいけないときに来たなと思います。
1月8日に、私の後援会新年会でそういうことを言いましたら、別
のところが話題になって大騒ぎになりましたけれども、私は、あのとき考えていたことは、今でも正しいと思っていますし、ますます正しくなってきたのではないかなと思いますし、それから、国民も、景気対策よりも財政再建をと言い出しております。これ以上財政が悪くなって、将来、息子たちの年金を払えなくなるようにしてもらっては困るということを言い出しています。
不景気な先進諸国における国民世論調査で、景気が悪いにもかかわらず、景気対策よりも財政再建をという数のほうが多くなる国、40対15で、何かそんな数字でした。少なくとも40対20か、そんな数字でしたが、この間の朝日新聞の世論調査は。そんな数字が出るような国というのは、私はないと思うんです。非常に冷静な、国の先々を考えている国民だと思います。私は、この国の民主主義に非常に希望を持ちます。国民の皆さんは、よく真剣に国の将来を考えてくれています。
だから、政治家が、せめて国民レベルに国のことを心配し、というようなことを言ったら、大変な問題発言なんですが、ほんとうにそれと同じ感覚を持ちながら国政を遂行していったら、この国は、必ず国民とともに歩んでいい国につくり直せる。今必要なのは、その厳しいところを率直に政治家が国民に伝えることではないかなと思います。
■教育改革に全力で取り組もう
そういう中で、最後に教育改革ということが今言われておりますけれども、多くの国民も、その教育改革を一生懸命やることに大賛成だと思います。正直言いまして、私の父親、加藤精三は、教育問題が一番の専門で、常に日教組と対決していました。その不毛とも見えるような対決、論争に、小さいとき、横にいた私は、何かむなしさを感じ、教育問題、特に文部省問題について、私はあまりタッチしたくない。別
の分野で、農業とか、社会福祉とか、外交をやりたいと思ってずっとやってきましたけれども、今、ほんとうにこの国の教育を考えなきゃならんと思っています。
私が、過去28年の国会議員の生活の中で、地元に来て、教育改革というようなことを言ったのは、もしかしたらきょうが初めてなのかもしれません。しかし、私が言わなくても、部落座談会なんかでよくこの話は提起されました。ただ、これに総理が取り組む以上、単に審議会をつくって会議をしてもらって、答申をもらって、それで終わりにしちゃいけません。やはり総理自身が、教育改革といったら非常に広い分野ですから、具体的にはどういうところに焦点を合わすかということ、総理がある種の方向を示していくべきだと思います。例えば学力の低下の問題を考えるのか、それとも個人の創意工夫、創造性を重視する、そういった側面
を考えろ、足りないから教育改革だというのか、それとも、最近しつけが悪いから、よく言われる日本人の心を教えるような教育という問題を考えるのか、実は教育改革ということを論じているときに、多くの人が、多くの問題をぐるぐる堂々めぐりをして、何となく総合的な答申が出て、棚に上がってほこりをかぶってしまう。それが今までであり、よっぽど具体的にやっていかないと、そのおそれがあるだろうと思っています。
そこをはっきりしませんと、教育改革担当の町村総理特別
補佐官と、同じぐらいの年の中曽根文部大臣とが、お互いに教育改革問題について競り合って仕事をし始めたら、また収拾がつかなくなる。これはかなり東京の話なんですけれども、その辺も整理しながら、ほんとうに国が教育の問題、研究の問題を考え始めたなというようなところをしっかりと総理大臣が示すことによって、ああ、介護保険以外にもう一つのエンジンがかかり始めた。そして相対的にこの国のシステムを直そうとする気迫が自由民主党に見えてきたと思ったときに、私は、民主党を我々が凌駕し、そして共産党の伸びを抑えていく自由民主党になるのではないかなと思っております。
── 了 ──
|