加藤紘一でございます。
今度、私は自由民主党の総裁選挙に立候補いたしましたが、「なぜ?」ということをよく聞かれます。今、21世紀を前にして、多くの国民は先が見えないという気持ちになっているのではないでしょうか。確かに、若干、株式相場は上がっています。若干の景気のよさは戻っています。しかし、雇用情勢にしても、それからいわゆる最終需要設備投資にしても、まだ先が見えないがゆえの戸惑いで、まだまだ投資をすることにためらい、そしてものを買うことをためらっております。
国民は二つの不安を持っていると思います。一つは、日本社会、企業、経営が将来、大丈夫か。最近、タイとか韓国は少し持ち直したようだ。アメリカは元々よい。しかし、日本はそういう中で大丈夫なんだろうか。そして、うちの主人の雇用は確保されるのか。不安を持っております。
もう一つは、少子・高齢化社会における不安です。子供が生まれない。そして、長寿になっている。そういう中で年金は巡り巡ってくるんだろうか。そういうような不安の問題に、我々政治家は応えなければなりません。そう簡単に答えは見つけだすことができないにしても、その問題を国民と共に言葉で語り合い、反論を受け、そして自らを高めていかなければいけません。その政策を強靱なものにしていかなければなりません。
私は、自由民主党の総裁選挙というのは、そういった日本国における政策論議のいちばん中核になるべき場面であろうと思っています。国民の前で議論する義務のあることだと思っております。そういう気持ちで、私は総裁選挙に立候補いたしました。
もう一つ、私は最近、自由民主党の中で、わが党のあり方、そして次の選挙に向けた我々の心構えのあり方についての議論が少し足りないのではないかと思っております。確かに自自公の連立は一つの現実選択かもしれません。そして、民主主義は数です。そのとおりです。数多く取ったものが当選するんです。そして、55年体制のときに、我々の先輩たちが、衆参ともに圧倒的に多数を持ちながら、それを行使するとマスメディアからは「数の暴力」と言われました。私はそれは間違ってた論評だと思います。確かに民主主義は数です。
しかし、今、過半数を衆議院でも参議院でも取れなかったときの数とは何か。それは、前回の衆参両院議員の選挙の結果、国民から私たちに与えられた数がその場合の数ではないでしょうか。したがって、どの政党も過半数を取らないときに連立をするのはやむを得ない選択だろうと思います。しかし、その連立はできるだけ謙虚に、最小限にとどめるべきであるというのが、ヨーロッパ各国、連立の経験を経てきた諸外国の知恵であり、経験原則でございます。数が多いともめます。私も4年間、連立の舵取りをしてまいりました。そういう中で、私は本当に自民党が過半数を衆議院で取ったときに、連立がかなりきしんできた記憶を鮮明に持っております。
連立というのは、お互いにお互いが絶対必要だと思ったときに初めて政策調整の信頼感が生まれてきます。大きすぎる連立というときには、私はともすればまた政府原案を何としてでも通したいという欲望、つまり、官僚政治にもう一回戻ってしまう危険性はないかということを考えておくべきだろうと思います。
過去5年の連立の時代、その前と大きな変化があります。テポドンの問題が起きます。不景気の問題が起きます。昔だったら外務省の局長が、そして通産省の局長がテレビに出たでしょう。しかし、今そういう人たちは呼ばれません。与野党の我々の同僚たちがテレビの前で論議をし、そして意見を戦わせます。これは政治の復権ではないでしょうか。政治が自らの判断を持たなければならないという状況に置かれて、我々は日々、政治家が強くなっていることを実感しております。その流れを押しとどめてはいけないと思います。
それから、連立を組むときには、昔からの支持者に対し、しっかりと了解を取ることを考えておかなければなりません。いわゆる自公問題は、私は当初は閣外でいくべきではないかなと思っています。どんな組織でも、会社でも、政党でも、代議士の後援会組織でも、最初からの支持者、最初からのメンバー、創立の仲間、チャーターメンバーが傷つくような組織は弱くなってまいります。
今度の自公の問題で、言葉は少ないけれども、各地区の我々の有力な支持者の人たちが、ちょっと慎重にやってください、短い言葉ではっきりと言ってこられるというのが気になります。私たちは、本当の最初の仲間の人たちと一緒になって政治のあり方を考えていく、そういう姿勢であるべきではないかというふうに思います。その意味で、私は、この自自公の問題にいたしましても、そして政策のあり方についても、広く論議が行われるべきときであろうと思っております。
私たちは自由民主党が好きです。私はわが国が好きです。そのためには、私たちの自由民主党は次の総選挙で過半数を独自で取る努力をしなければならないのではないでしょうか。350の連立というものが、間違えて終の住処となるような意識を持って、この350の集団が勝てばいいという感覚に立ったときに、私たちの党は衰退していく可能性はないでしょうか。
私たちは、わが党で過半数を取るという希望を持ち、そのためには一生懸命、政治を考えているわが党の支持者、そして無党派層の人たちに呼びかけて、「自民党もいいじゃないか」と言ってもらえるような運動と政策を立案していくべきではないかと思います。
私は、13日に立候補の表明をいたしました。それから全国を回りました。いい経験をしたと思っています。ある地域に行きましたら、中小企業を経営している若手の社長が言いました。「私たちは公共事業を増やしてほしいと陳情します。そして増やしてもらった。しかし、同時にこれがいつまでも続くのかなあという疑問もあるんです。お願いし、工事をもらいながらこんな質問するのは矛盾してるでしょう。代議士は怒るかもしれません。しかし、その戸惑いが本音のところですと」言いました。全ての国民は考えています。
ある福祉施設に行きました。特別養護老人ホームです。33歳の女性職員が一生懸命、老人を介護していました。彼女が言いました。「先生、この施設に入っていると、措置費として国および県が1カ月この老人に34万使います。この方が自宅だったら、お嫁さんが一生懸命努力をし、国は若干の税金の控除だけです。このバランスはどうでしょう。なおかつ、この人たちに年金がちゃんとくるんです。最初はベッドの下です。しかし、危ないといって事務所に預けられます。私たちの施設は大きいんです。だから、その総額は、先生、信じますか、数十億円になるんです。これでいいんでしょうか。福祉っていうのはこういうもんでしょうか」。彼女も国の将来と福祉を考えています。
そういう国民の前で、私たちは政治を論ずることができる幸せを感じます。やりがいのあることだと思っています。確かに自民党支持は今低い。無党派層は多い。しかし、無党派の国民は政治的無関心ではありません。日々、政治を考えているんです。その人たちの心に響くような政策を打たなければ、私たちの党の将来はないと思っております。
いよいよ21世紀を前にしております。最初に申しましたように、多くの人がこの国は将来、大丈夫かというふうに思っています。私は自信を持って申し上げたい。この国は大丈夫です。しっかりやります。少なくとも私たちがそうしてみせます。なぜか。歴史をひもとく者はオプティミストになると言われます。イタリアの人たちは、経済が悪くても、そして政治が不安定でも明るいです。2000年前、自分たちは素晴らしい文化と経済を持っていた。ローマ時代です。歴史の見る目の長さを感じます。
そんなことを言わなくても、25年前のイギリスはメチャクチャでした。我々は「イギリス病」と呼びました。今、43歳の首相ブレアは、「クール・ブリタニカ」、いかすぜ、イギリスは、という言葉をキャンペーンに使っています。立ち直ったんです。
10年前のアメリカは今の日本と同じでした。中小銀行は日本に買い取られていきました。彼らの誇りの産業、自動車産業は、トヨタ、本田、日産に負けました。アメリカの中心地、ニューヨークにあるロックフェラーセンターは日本の不動産会社に買い取られました。そして、アメリカ人はうちひしがれました。しかし、それから10年、世界を引っ張っていく経済に立ち直ったじゃないですか。
私は、どこの国でもいいときと悪いときがあると思います。山と谷があると思っています。だから、我々は絶望してはいけません。やけっぱちになってもいけません。アメリカにできたことは必ず我々にできます。イギリスにできたことを我々はやることができると思います。やってみせようじゃないですか。
それに、我々には素晴らしい国を再生するタネがあると思っています。一つは、1億2500万人の大変な教育水準の高い人的資源であります。
第二は、無限の科学技術フロンティアです。今、バイオテクノロジーの世界の学者の人たちは、新たな発見をもとに、神経細胞を再生できるのではないかという夢を持ちはじめました。視力障害者、聴力障害者、この人たちに福音を与えられるかもしれないという夢を持って必死になって研究しています。
ある大学では、1ミリのロボットをつくりたい。マイクロマシンの世界です。そして、血管の中に送ってコレステロールの掃除と、心筋梗塞の詰まりを除去させて戻したい。そんな夢を持っています。おそらく、それは単なる夢には終わらないだろうと思っています。
それプラス、我々には大変な資本蓄積があります。この三つの素晴らしいタネ、そしてプラス、自然を大切にし、山川草木、全てに命があり、神が宿ると考えてきた、自然を大切に共生しようとするこの日本人のアイデンティティ、民族の一体感、この三つのタネと一つの一体感を見事に協調させるならば、私は単に欧米の豊かさにキャッチアップするというような目標以外の、我々自身の新たな目標をつくりだすことができると信じます。
そのためには、我々は改革をしなければなりません。いいタネでも、それを蒔いておく土が固くなってしまったら育ちません。日本の社会は、戦後55年体制の中で、我々の先輩が社会党から追っかけられないようにするために、3年遅れ、5年遅れぐらいで社会党の政策を採用しました。おかげで私は、この国は世界の中で最も効率よく成功した、社会民主主義国家の政治になっているのではないかなということさえ思います。この国をもうちょっと小さな政府にしなければいけない。そして、土の固まったのを直さなければいけない。
見事な科学技術フロンティアを持ちながら、アメリカとは違います。アメリカでは産学協同、一緒になって、学問の世界と産業の世界が協力してマイクロソフトをつくり、バイオテクノロジーをつくっています。それが10年間の経済再生のもとでした。日本はそれができておりません。本当に大学は国立大学でなければいかんのかというところまで、我々は改革をしていかなければならないと思っています。その改革をすることによって、私たちはこの国は夢満々の国になると思っています。明るい国になると思っています。
私は、大人が夢を持たなければ、その世界を見て歩んでくる子供たちが夢満々になるとは思いません。大人がうちひしがれたときに、子供たちは暗くなります。サッカーの練習をしません。そして数学の勉強をしません。大人の中で最も夢を持たなければならないのは、政党であり政治家ではないでしょうか。そして、日本の場合には自由民主党であり、我々自由民主党の中のリーダーと目される人間たちでございます。私は、夢を満々にして、そしてこの政治の世界に責任を取っていきたい。そして改革をしたい。
夢を持たなければ、いろいろな改革をする迫力は生まれてこないし、改革の苦しみにも耐えられません。また、改革をしなければ夢は絵空事に終わってしまいます。日々の政策も重要です。しかし、これから5年後、10年後を考えて、カンフル注射を打つことのみに専念しないで、やはり日本経済、社会の根本体質を直すという努力をしようじゃないですか。それによって、私たちはこの国を生き生きとしたものにすることができると思っています。
構造改革をし、改革を続け、そしてこの社会を再びアジアの人々に、中国の人々に、アメリカの人々に尊敬されるような国家に私はすることができると思っています。そのカギを握っているのは自由民主党の我々でございます。
今度、私は総裁選挙に立候補しました。自分を取り巻く党内の情勢が、永田町的に言えば厳しいということを、自分は三役をやった人間ですから存じております。また、私たちの仲間が、組織的に全国に大きな力、ネットワークをそんなに持ってないということも感じております。しかし、やはりわが党は、広い、明るい論議を通じて、強靱な、そしていつまでもいつまでも国民を引っ張っていけるような党であり続けるべきではないでしょうか。
私は、今日私が申し上げたことの中の一つか二つでもいい、党員の皆さんが賛同していただけたならば、ぜひ私にご支援いただきたいと、この場を通じてお願い申し上げたいと思います。
そして、それがこの党を強靱なものにし、明るいものにし、日本の未来を子供たちがじっくりとのびのびと考えながら、明るい気持ちで過ごしていくことに一歩でも近づくのだと自負いたしております。
皆さんからご支援をいただくことが、私たちが今考えてたことが、党内で一歩でも影響を強めることになるのではないかと思っております。そんな気持ちで21日までこの総裁選挙を戦い、党員の皆さんを通じて国民に訴え、そして支持を仰いでいきたいと思います。皆さんのご支援をお願いいたします。ありがとうございました。