|
政治の「質」変わった
−東京懇談会「時局を語る」−
自由民主党前幹事長 加藤紘一
政治家へ求める強いメッセージ
加藤でございます。
昨日、夜遅くまで東京都知事選挙の様子をみていたり、コメントしたり、それから今、清宮さんがおっしゃるように私自身の選挙区の結果どうなるかということで、地元からもいろいろ報告が来たりしておりましたので、若干、寝不足でございます。あまり体系立ったお話ができないかもしれません。少し時間を残して、皆様がどういう点にご関心をお持ちなのか。それを質疑という形でお受けして追加的に話していったほうが関心にピタリと思うのではないかというような気も致しますので、最初の話はできるだけ短くしたいと思っております。ただ、政治家というのは話が長くなるのは得意ですけれど、短くするのはなかなか難しい。どこまでそうできるかはわかりませんが、そうやってみたいと思っています。
石原慎太郎さんが当選されたことをどう思うか。これについては2つの考え方があると思うのです。まず、政党というものがなくなったね。自由民主党の支持者の四割五分は石原さんに入れたそうではないか−ということが昨日のテレビの解説等でだいぶ長く言われました。自由民主党もそういう意味では敗北致しましたし、民主党も敗北した。つまり国政における第一党と第二党というものがここで選挙で負けたではないかということを言われると思うのです。
それからもう一つは、石原さんが当選したことについては、かなり強い政治家からのメッセージというものを人々は期待し、国政においてはそれがないのだから、従って、石原さんの東京都知事、都政におけるリーダーシップでそれをかいまみたみたいと思ったのではないか−というような解説もございます。
まず、第一の政治家が出すメッセージという問題は、私はまさにその通りだろうと思います。今、われわれは非常に強いメッセージを求められていると思います。しかし、これまでの政治というものが、どちらかといえばわれわれは政治家個人、個人があまり強いメッセージを出すことは必要としないし、また、それが必ずしも永田町の中で歓迎されないという中で育ってまいりましたし、私自身も27年間、政治をやっております。ただ、ここ4〜5年、特に強く感じるのですけれども、やはり国民は歴史的な曲がり角に来て、政治家自身が自分の考えで物を言ってほしい。少なくとも国会答弁の紙を持たないで国民に語りかけてほしい。テレビでも主張してほしい。そのにおいがほしいということをみんな思っておるのだと思います。また同時に、アメリカに行った朱鎔基・中国首相はオフペーパーでいろいろ話して、ジョークも言うじゃないか。ああいうところが日本の政治家にあってほしいということをあこがれるような筆のタッチで書かれているいろんな論文、またコラムもございます。
考えてみれば、私たち日本の政治というのはある意味では吉田茂さんが敷かれた戦後の政治の大きな骨組み、1つは自由主義陣営外交。つまり全面講和じゃなくて、単独講和ということに踏み切って、そして自由主義諸国と連携する。特にアメリカとは日米安保条約でしっかりと守られて、そしてお互いに信頼し合って頑張っていこうとする体制と、それから経済復興→成長という対欧米豊かさキャッチアップ、この二つの大きな大きな骨組みで進んできた日本ですから、実際の実行をどういうふうにしてデザインにしていくかについては極めて優れた官僚諸氏の企画立案に待つ。そしてそこで出てきた案については法制化しなければなりませんから、それは私たち政治家が担当する。できればそれは迅速に国会を通ったほうがいい。なぜならばフレームワークはしっかりしていて正しいのだし、なおかつ、それを有効に進めるためには中央官庁という日本一のシンクタンクと、日本の"ベスト&ブライティスト"(優秀な人たち)が作成するのだから、なるべく野党の反対もないほうがいいという国民の意識もあって、たぶん私たち自由民主党に大きな過半数をくれたのだろうと思います。
しかし、今から15年ぐらい前にこのフレームワークの中の2つの旗みたいなものが有効性を失い始めました。1つは、ご承知のようにみんな自動車を持ってる。テレビを持ってる。冷蔵庫を持ってるという段階になって、行き着くところまで来たなあという感じを持ち始めて、疑問の第一が出始めました。
もう一つは、ソビエトの経済体制というものがだんだんおかしくなってきて、そしてゴルバチョフという人が出て、いろんな改革を言う。そうすると反共というスローガンもあんまり意味ないのじゃないかというような時代になってきた。確かに自由民主党というのは社会主義反対、共産主義反対と言っていた。これは正しいことがだんだん証明されてきたけれども、同時にそれはわれわれのセールスポイントが消え去っていくことであったということに無意識のうちにいろいろ気づき始めたのだと思います。もっと先に気づき始めたのが国民で、だからそこから何らか新たな方針を出してほしいという意識が国民の間に広く芽生えて、そして政治とか、官僚というものに対して案外みんなマユツバで物を見るようになり始めたのではないかと思っています。
こういう中で、私は中曾根(康弘)内閣というのはそういう歴史の流れとか、国民の意識とかという世界的な潮流というものをかなり的確に感じて、できる限りのことをしようとした内閣なのではないかというふうに思います。最近でこそ私は何とはなしに中曾根さんと対立しているような図式でメディアには書かれているし、現実はそういうところがあるのです。しかし、ずっとよくみますと、サッチャーさん、レーガンさんの時の影響があったせいもあるのでしょうけれども、対欧米キャッチアップという1つの目標を明確にしながら、そして官僚システムでそれを実行していくというやり方はかなり限界に来たなということで、いろいろ規制緩和もやったし、一番重要なのは、国鉄、専売、電電等についての民営化をやったということは歴史の流れをある程度感じながらなされた事業だろうと思います。
ただ、残念なことに日本というのは、私の感じではどうも有史以来、特に奈良時代以来、一種の社会主義国家みたいなものだったのではないかなと思うぐらいイコールテリアンな、つまり平等主義的な国家でありますので、その和をもって尊しとする。みんな仲良く、ある程度平等にいこうや、という大きな大きな日本の伝統文化の中では、徹底的なことはまずできなかったという側面があったように思います。また、中曾根さん自身もそういう国内の経済体制、社会体制の問題よりも、この国をどこに持っていこうかとするもう一つの課題、つまり戦後の日本外交とか、安全保障政策の総決算というところにより強い関心を持たれるようになって、どちらかといえば中曾根さんは吉田外交を見直す総決算をやったタカ派の首相というイメージが後に残ったのではないかなというふうに思います。
猛勉強で"官主導"から脱皮へ
確かに、当時、私は中曾根内閣で防衛庁長官に命ぜられました。一期だけだと思いましたら、中曾根さんの指示によって私は二期目も務めることになって、国会答弁を防衛問題については担当してやっていたわけですけれども、当時、(防衛予算が)GNP1%を超すか超さないかというような例の議論をずっとやっていたわけです。総理大臣に行くところの総理答弁用資料というのは関係大臣の私たちのところにも来るわけです。特に防衛問題なんていうのは全部細かく来る。役人がつくった総理大臣の答弁原稿をみますと、中曾根さんは防衛問題についてはほとんど答弁資料を見ませんで、自分の考えで、自分の言葉でとうとうとして喋るのですけれども、こと税金問題、金融問題とか、経済問題になりますと大蔵省から出ているもの(答弁用資料)をかなり丁寧にフォローされていたというのが印象的でございました。つまり中曾根さんは国内経済体制をどうするかについてはかなりのことをおやりになられたけれども、関心の根っこのところは、この国の外交と安全保障の問題にあったのではないかというふうな気が致します。
その後、プラザ合意がございました。そしてわれわれはこの国の経済を何とかしなきゃならんというところに追い込まれながら、次から次へと経済対策を立ててまいりました。そういった中で私たちが十分に描き切れなかったし、また国民にも伝え切れなかったものは何かというと、政党としての、または政治家としての強いメッセージ、自分で考えたメッセージではないかなと思います。それを自由民主党が自分でやればよかったじゃないか。個々の政治家がやればよかったじゃないかということを言われるし、まさにそう言われますと一言の反論もできないのでございます。しかし、われわれには官僚システムという非常に力強い、そしてわれわれに精神的な権威を感じさせるような優れたシンクタンクがありまして、どちらかといえばそれを越えて自分たちが物を判断するというような時間と気力というのがないままに、実はかなり官主導の政治をやってきたということは事実でありまして、それが細川(護煕)政権の時に自由民主党も約10ヵ月ほど官から離れての政治を考えなきゃならんということになり、そしてごく最近はいろいろ金融問題等で役所にお任せしていたはずなのに、こんなことになって、そしてわれわれ自身が考えなきゃならんというところに追い込まれて、今、必死の思いでいろいろ勉強したりしているわけですが、まだまだ間に合わないというのが実態ではないかなと思います。
ですから前はわれわれは土曜日・日曜日でありますと選挙区に帰っていたものです。当選回数が重なって大臣などを1回経験しますと、それをきっかけに毎週帰るということは許してもらって、選挙民の人も許してくれますので、そこから先は日本的な人間関係の構築というようなことがあって、よく一緒に仲間内でゴルフに行ったりというようなことが多かったのです。しかし、最近はちょっと時間があると難しい経済の本でも読んでなければいかんのじゃないかと。特にテレビなんかでしっかりと議論しようとした時に基本的な知識を間違えたり、基本的な考え方を間違えたら国民がついて来ないかもしれないというような思いで、土・日のゴルフの回数が自由民主党のリーダーの間ではかなり減ったと言っていいのではないかと思います。そしてその間、必死になって勉強しているというのが最近の実情であります。それでは追いつかないぞと言われるかもしれませんが、若手もそういう人たちがかなり多くなってきておりますので、政治の質が変わっているのではないかなと思っています。
石原慎太郎さんが出したメッセージというのがいいか悪いか、これから多くの議論があろうと思いますし、出された公約を石原さんがどうやって処理されていくか、私たちもじっくり見守っていきたいと思っています。ただ、青島(幸男)さんが官僚組織に対してはN0と言い、そして既成政党および政治家にはN0と言うという姿勢を大変買われて4年前に知事になって、なってみたら、あの人ほど都庁の役人の言う通りやっていた人はなかったわけで、一切のメッセージとリーダーシップが発揮されてなかったという中で、そこに強さを感じ、期待し、石原さんが当選したわけですから、ぜひとも都民のためのいい政治をやってほしいというふうに私は思います。
顕著に出た小選挙区制の弊害
そういう中で、個人の政治家ないし政党の強いメッセージということを今、国民が求めていると言ったではないか。では、政党がほとんど意味がなくなったというのはどういうことなのかということですが、私は当然、こういうことになるのだろうと思っておりました。小選挙区制度にしますとどうしてもこうなるのです。なぜならば、われわれ国会議員は小選挙区ですと1人しか当選しませんから、一番典型的な極端なケースを言えば、自民党対民主党が一対一で対決する。そして共産党がいたとしても、田舎なんかでは大した勢力にならないという図式を自由民主党の代議士というのは考えるわけで、そうしますと有効投票の5割を取らなきゃいかんな。51%を取らなきゃならんなとすぐ思うわけです。51%だったら70%ぐらいの人にアピールする政策を言わなきゃならんなと思うわけで、そうしますと極めてまんべんない発言になります。これは選挙した人間でないとおわかりにならんと思いますが、その地域で自分の支持者が5割を超えるような状況に達しますと、町一色、私の支持者にみえるものです。
私は山形県鶴岡市という十万都市が地元なのですけれども、1回目の選挙や何回目かの選挙には有効投票の60%を取りました。そうしますと猫でも犬でもすべての生きとし生けるものは私の支持者のようにみえるものです。ですから70%にアピールしようとする努力は、すべての人を阻害しないようにしたいという意識になります。もちろん自分の選挙区で自分が地盤としない地域もありますから、そっちでは30%ぐらいしか取れないとなると、自分のところでは51%じゃなくて、60%とか70%取ろうと思うと全員にアピールしようとする。相手も同じなのです。相手も同じ努力をする。そうすると全員にアピールするような政策を喋ろうとする。
これは流通業をおやりの方がいらっしゃったらおわかりになると思うのですが、1つの町で70%の人にお客に来てもらって、そして51%の人に現実に物を買ってもらおうと思ったら、どんな品揃えをなさるかといったら、おそらく高級品から一般庶民の品まで、はたまた貴金属から、オーディオから、たぶんニンジン、ゴボウの果てまで全部揃えると思うのです。ですから品揃えがまんべんない中型デパートみたいになってしまうわけで、中型デパー卜Aと中型デパートBの対決になる。
ところが、一般国民のほうは非常に強いクリアなメッセージを政党に期待する。クリアな差というものを求める。ですから小選挙区に基づく1番最初の選挙が行われたのが2年半ほど前ですけれども、その直後にメディアの中で一斉に、「政党の違いが見えなくなった」という言葉がダーッと出てまいりましたし、清宮さんがおっしゃるような不満が国民の間にずっと出てきたわけですが、これは制度的にそういうものにしたのだから、そうなると言ったでしょうと。私はそういった意味で小選挙区制度ってどうかなあ......と言ったら、あれは守旧派だと言われて、ほうほうの体で退散せざるを得ないぐらい私はぶっ叩かれました。特に某チャンネルと某チャンネルには徹底的にやられましたけれども、そういうものなのです。
その時、われわれが頭に描いた政党というのはどこかというと、アメリカの民主、共和なのです。では、民主、共和にポリシー・プラットホーム(政策綱領)があるか。アメリカに行くたびに行きまして、みせてください。自由民主党から来ましたと。われわれ自由民主党議員の間には党の綱領とか、公約という、読んで面白いか、面白くないかは別問題として、それなりにこんな分厚いものがあるのですと言うと、「ありません」と言うのです。大統領の出すポリシーはあります。しかし党としてはありませんと。じゃあ、民主、共和の違いは何ですかと言うと、政党の発生史があえて言えば違いかもしれないと。共和党はどうも建国を引っ張ってきたリーダーたちの政党であり、民主党というのは政治がだんだん成熟した後、いろいろ政府に対して物を言いたい。要求したいという要求のための利益団体の運動の集合体として発生したということをよく言われるのですが、そういう違いであって、だから共和党はどちらかというとガバメントサイドであり、民主党は要求側だから大きな政府、大きな要求派になっているのだというのが、まあまあアメリカから来る議員の人たちの説明じゃないでしょうか。
しかし、大きな大きな違いはないのであって、例えば日本の場合には政党の違いは必ずハト派とタカ派の分かれ方、リベラルか・反リベラルか、国家主義か・市民主義かみたいな違いであるはずだと。特にハト、タカはしっかりと分かれてくれなければ政治の筋がみえなくなるという論調が多いのですけれども、アメリカではそういった外交上ないし国防の基本上にかかわる問題で政党が大きく割れていることはないわけで、例えばサダム・フセインに対してブッシュがあのような湾岸戦争で対抗した。最近、クリントンがサダム・フセインがやっていることについていろいろ問題があるからと言って、特定の軍事施設に限った攻撃でありますけれど、ピンポイントの攻撃をやる。同じじゃないか。クリントンは民主党でハト派だからそんなことはしないかといったら、アメリカの国防上、必要だと思うとバシバシやるわけであります。では、民主、共和の違いはどこなのかなというと、どちらかというと大きな政府、つまり政治が、行政が国民の生活に、また国民の行う経済活動、企業の行う経済活動にどこまで入っていくか、入っていかないかの違いであり、2番目の違いは、どちらがいいチームプレーで、スター選手を持って有効に政治をやっていけるかというコンビネーションとメンバーの組み合わせの魅力の戦いじゃないかなと思うのです。
あえて言うならば、野球の巨人−阪神戦というのはみんなそれぞれ応援団がいるわけですが、巨人は何となくスター選手がいて、強そうだ。必ずしもそうでない時も多いのですけれども、そういうチームだと。それから阪神は個性派、何となく面白そうな人がいるけど、必ずしも強くないとか、そういったある意味で自民チーム対民主チームみたいな、そんな違いしかなくなってきたのかなと思う時があります。あえて言うならば自民が巨人だとすると、民主を何に例えるか。リーグは違うけれども、西武とみるのだろうかとか、最近、考えていてもなかなかわからないのですけれど、そういったような差みたいなものにだんだんなってきているのかなと思っています。ですからそのチームの持っている力を総力で沸き上がらせることのできるような監督が必要であり、スター選手が必要であり、そしてチームの連携が必要であるというあたりの差というものがだんだん見極められてくる時代になってきたのかなというふうに思います。
自由民主党の場合だったら、かつてのいろんな団体の人たちが、一斉に号令かけてくれて、票を集めてくれるというようなことを考えて期待して選挙をやったら、私たちは選挙では必ずかなり計算間違いを起こすだろうというような時代にもう入ってきているのではないかなというふうに思います。そういう中で自由民主党というものが過去3〜4年の間に何をやってきたか。そしてこれから何をやるべきかについて最後に申し上げたいと思います。
改革過程のやむを得ぬ苦しみ
ご承知のように今、経済状況が非常に悪い。そういう時に国民の皆さんのかなり大きなフラストレーションというのが高まっているし、閉塞感が高まっていると思います。私はこれは一種の改革の過程のやむを得ない苦しみであって、そこを国民にお願いするという非常に強い信念と、また国民の皆さんに対する説得力を持つ説明能力というものをわれわれが持ち得るかどうかが今の勝負なのではないかなというふうに思います。
私は幹事長時代に大幅な所得減税というものに反対しておりました。これによって景気が刺激されて人々が物を買うような時代ではない。そして国の財政もかなりきついので、住宅ローン減税等の特定の目標に絞ったいわゆる政策減税、政策を一つ決めた所得減税はあってもいいけれども、一般的な所得減税は高すぎる累進税率を下げる。65を50にするような話は賛成だけれども、一般的にはあまり効果ないのではないかと言い続けて、評判の悪い幹事長でございました。
私が考えたのは、今、需給ギャップが40兆か30兆あると言われても、その供給力というのは、バブル時代にかなりたやすくファイナンスできたおカネをその当時の需要構造に合わせて設備投資したものであるので、需要の構造そのもの、根本が変わった段階ではいくら刺激策として手を打っても、一定の効果はあるけれども、財政をめちゃくちゃにしてまでの効果はないはずだと思っておりました。ですから私はあの6兆円の減税というのにはかなり慎重な立場で物を言っていたのですけれども、6兆円の減税がその後いろんなものが積み重なって、今、9兆円とも言われる減税になっております。もちろんまだ実行されていない。ですからこれからですけれども、それが発表されて、みんなの間にそれが実施されるというふうにわかっても、ここの段階に来てもなかなか効果がないというのはやはり需要の構造が変わったのであって、従って、サプライサイドを直していくということをやっていかなきゃいけない。
まさにそのサプライサイドを直していこうと思ったのが、橋本(龍太郎)内閣が考えた幾つかの政策ではなかったのかと思います。それを単に規制緩和とか、経済構造改革とかいうことでは、みんな総論賛成・各論反対になりますから、それを日本経済の中心を成しております銀行システム、つまりこれほど間接金融比率の高い先進国経済はありませんから、そこをトリガーにして、ここに火をつけることによって進めていくということを当時の大蔵省のかなりの若手・中堅を集めた戦略デザイン会議で決めて、それを橋本さんが実行したというのがビッグバンだろうと思っております。その過程の中で若干ヘジテート、つまりちゅうちょするところがあったり、当然のことながら激しい痛みを伴いますし、悲鳴が聞こえますので、それをずっと耐えていくだけの気力が政治の世界に十分じゃなかったかもしれません。そして今、若干、足踏みしているわけですけれども、いずれこの道は止められない道だと私は思っております。
われわれは戦後、先ほど言いましたように国が中心の経済運営をしてきましたから、従って、政治とか、行政というのは自分たちの能力以上のことを国民に約束したり、またできそうなイメージを与えてきました。しかし、それはかなり限界に来ています。そして次に法人部門、つまり企業はかなりの蓄積、含みもあったし、それからかなりの国際競争力もあったものですから、度重なる円高にもかかわらず、かなりの力を示して、そして不景気の段階でもレイオフしないで、給料を下げないで、この時期になっても春闘で上げ幅は戦後最低と言いながら一応、上げているというようなことをやっているわけですけれども、私はそろそろ企業がそれを持ちこたえられなくなって、雇用の問題がこの新年度から入ってくる時期だろうと思います。そうしますと今度は個人にかなりの負担がかかってくるという時代になりますので、新産業の創出、それから雇用対策というのが今、緊急に必要な段階になってきていますが、ここで一番重要なのは、私は政府のほうがそれぞれの企業の人々に過大な期待を相変わらず持たせるようなことはしてはいけない。逆に罪づくりなことなのじゃないかなと思います。
企業のリストラというのは、さっき言いましたように金融の側面からグングン押されてくるわけでありまして、貸し渋りをしないようにとわれわれはお願いするし、同時に金融機関にコンペティティブであってほしい。国際的に競争力を持てるようにしてほしいと。両方の相矛盾した要求を出しているわけですけれども、金融機関としては当然のことながら貸し渋りのほうは開発銀行とか、商工中金とか、はたまたそれぞれの都道府県の信用保証協会の20兆の世界でやってくださいと。われわれとしては国際的な競争力を持てるように頑張っていかなきゃならんので、かなり厳しい選別融資にもなりますし、資本の回収にもなりますというのが本音ではないかなと思います。
従って、そういう時にどうしてもリストラというものがそれぞれの事業会社に要求される。だからこそ生産力対策が急がれるわけですけれども、その時に例えば通産省が、また大蔵省がそれぞれの企業の皆さんにこんなふうにしてやれば日本経済はよくなりますというようなアイデアを出せるものではないのだろうと思います。戦後はかなりそういう部分がありました。しかし、今は通産省がそれぞれの企業にこんな製品ないしサービスを新たに開発すれば国民に受けますよというようなことを言う能力は私はないと思います。官僚組織というのは本質的に新しいことを個別の問題ではやらないようになっているわけですから、従って、国にいろいろ期待しても駄目だなというふうに思っていただいた時から、本当の日本の経済構造改革というのが進むのではないか。非常につらいことなのですけれども、政府サイドには個別企業の指針としてはそれほど大きなものを期待をされてもこたえるだけの力がないということを言わなきゃならん時に来ているのではないだろうかなというふうに思います。
政治は何に力を注ぐべきか
では、政府というのは何もしないのか。逃げちゃうのか。責任逃れするのかと言ったら、私はそうではないと思っています。年金という老後保障の問題についてはしっかりと公的な保障というものをやれるようにシステムを考えて、そしてもう1回、信任を得られるように努力しなければいけないのじゃないかなと思います。あまりにも年金制度についての議論が混乱し、悲観的になりすぎていると思います。それから基礎科学の研究、これは民間の企業にお願いしてできるところもあるでしょうけれども、採算に合うわけはありませんので、そしてアメリカでもナショナル・インスティテュート・オブ・ヘルス(NIH)とか、ペンタゴンの軍事産業研究の中でかなり公的な資金を使ってやっているわけですから、これこそ私たちがやらなければならない分野だろうと思います。
そしてもう一つは、自分たちの反省も含めて申しますけれども、国際金融の分野については私たちはあまりにも専門家に任せすぎたと思っています。最近、国際金融についての本がベストセラーで、次から次へと幾つか売れておりますけれども、それは国民の皆さんがどうもそこがおかしいのじゃないかというふうに感じているからこそ売れているのであって、それに徐々に私たちがこたえるようにしなければいけない。国内の債券市場の育成にしても、もっともっといろいろ手を打っておくべきではなかったかと思います。貿易面でも円建てになるようにもっともっといろんな細かなところで努力しておくべきではなかったかという気がします。
私は国会議員ですから基本的にナショナリストです。国会議員というのはバイ・ディフィニション(定義的に)、本質的にナショナリストであっていいのだと思っております。ですから日本の某リース会社がたまたま親金融機関が破たんしたからとはいえ、まだまだ収入をかせぐ力がある時にアメリカの金融機関に買い取られました。GEキャピタルというところに買い取られた。よく考えてみるとこれはゼネラル・エレクトリックのグループで、冷蔵庫や扇風機じゃとても間に合わなくなったから金融業に特化して、リストラをやって、そして今、かなりの力を持っている。なるほどと思います。しかし、そのおカネはどこから来たのかと思います。アメリカというのは貿易収支は一番赤字の国で、それが10年ほど続いている。逆に日本は一番黒字の国で、10年ほど続いている。それでセービングレシオ(貯蓄率)は日本が一番高い。アメリカは昨年マイナス1%であった。ですから日本にあるカネがアメリカに行き、アメリカのいろんなマネーが足りない部分のファイナンスをして、有り余って日本に来て日本の金融会社を買っていく。となるといくらビッグバンが"ウィンブルドン効果"を持つものと覚悟としてやったとはいえ、何となくあんまり気分がよくありません。これは職業病かもしれませんが、国会議員というのはあんまり面白く感じません。
ということを(ワールド・エコノミック・フォーラムの)ダボス会議の席でルービン(米財務長官)に言ったら、われわれだってロックフェラーセンターを買われたり、有名ゴルフ場を買われたり、中小の金融業が日本に買われた10年前、面白くなかったと言いましたので、お互いにそれはそうだなと。面白くないけれども、必要な刺激としてお互いに考えよう。それによってお互いが力強くなっていくんだね、みたいな議論をしてまいりましたけれども、やはりわれわれはそういった国際金融の面についてはもっともっと注目を払っていかなければいけない。
また、アジアの金融危機に対してオファーされた支援の75%(800億ドル)は日本が出しているわけで、そしてアジア諸国がわれわれをみているわけなので、この面でもわれわれの責務は大きいなと思います。ダボス会議のフォーラムの時に、リー・クアンユー氏と香港の菫(建華)行政長官と私の三人でパネルをしましたけれども、その時にリー・クアンユーさんが言ったのは、「きょうのテーマは『アジア経済の奇跡は再び起こるか』というテーマだが、あえて言おう。アジアの奇跡というのは日本の奇跡であった。アジア経済が立ち直るかどうかは日本の経済がどうなるかにかかっている」という切り出しでありました。これには私は賛成するところ、また反論するところ幾つか申し上げましたけれども、やはりアジア経済の中の揺るがないリーダーとしての日本というのは、もっともっとマクロエコノミーおよび通貨の問題については注意を払っていなければいけないのではないかと思います。
私は政治がやらなきゃならん問題としては、年金、老後、医療の問題と、基礎的な科学研究と、そして国際金融というところを申し上げました。今、申し上げたのは経済に限ったところでありますが、それ以外に教育と外交、安全保障、これは国の大きな責務でございます。どういうところにわれわれは力を注ぐべきか。
その仕分けをしっかりとやりながら、そして目標とするところは、日本の国民の猛烈なエネルギーというものをもう一回出させるような仕組みを再構築することではないかと思います。私はそれはできると思っています。日本は大丈夫です。私はそう思っています。
1つは、「歴史を学ぶ者は自分たちの将来について楽観的になり得る」という言葉がございますけれども、イタリア人は2,000年前にローマ時代があったんだと言って、自信を持って明るいところがあります。それはちょっと言いすぎだなと思っても、20年前のイギリスをみればイギリス病でした。それが現在、治っているわけです。10年前のアメリカはさっき言ったロックフェラーセンターと銀行とペブルビーチゴルフ場でした。それが今、よみがえっているわけで、われわれもよみがえることができます。
見事なシーズが3つあると思っています。1つは強烈な資金力です。2つ目は科学技術の最近は非常にクリエイティブになった開発力です。3番目は1億2,500万人のこれほど優秀な教育水準の高い日本人です。この3つの種というものがなぜ花開かないか。それはそれを植える土壌というものが固くなったのだと思います。私は山形県選出の農業議員なのですが、農家の人たちがよく言います。同じ土地に同じ作物を2,30年植え続けると土地がやせて固くなって、特に化学肥料なんかやり続けると白くなっちゃう。その時には表土をはぎ取って砕いて、落ち葉や堆肥なんかを入れて、そしてかき回すとフワーッと柔らかい黒い土に戻る。そこに種を植えれば野菜が育つ。球根を入れれば赤青黄色のチューリップになる。土壌というのが大事なんだということを言いますが、今、われわれがしなければならないのは、われわれの国の中にある見事な種がしっかりと花咲くような土壌改良ではないかなというふうに思っています。私はそれをしっかりやれば絶対にこの国は今のたそがれ気分を払拭し、また"昼ちょっと前"ぐらいの国につくり変えられると思っています。
ちょっと前に私は埼玉県にある理研(理化学研究所)というところに行って、ずっとみてまいりました。新聞等で書いてあるのとは全然違う、かなり最先端の研究を日本はやっています。言われる1つの話としてはDNAゲノム解析、特にヒト・ゲノムについてはアメリカに完全に負けたということになっております。確かに1つ1つのゲノム解析についてはそうかもしれませんけれども、それからタンパク質をどう構成しているのかを分析する。そしてその後の技術につなげるという意味ではかなり最先端の仕事をし、しっかりと予算をつければアメリカに勝ち得るという研究をやっておりました。われわれはそういうところをしっかりと政治でやっていかなきゃいかんのではないかなと。幸いなことにといいますか、理研の予算は過去4年間、毎年20%ずつ伸ばしてまいりましたけれども、その中で若い研究者たちが幾つかのあっと思うような夢のある仕事をしてくれております。そういうことをしっかり育てて、この国をもう1回、自信のある国にして、そしてその経済も、そして生きざま、つまり"ジャパニーズ・ウェー・オブ・ライフ"みたいなものも魅力あるなということをアジアの人々および世界の人々にプライドを持ってみてもらえる。そんな国に何とかしていかなきゃいかんのじゃないかなと思っております。そのためにこれからの政治というのはなかなか厳しいところが多いし、特にこれから1年ないし1年半というのはかなり厳しいことが多いと思うのですけれども、現実についてあまりうそ偽りを言わずに国民に訴え、そして将来については自信を持ってもらう。それが今、一番必要なことなのではないかなと思っております。
東京都知事選挙から話がちょっと余分なところに行ったかもしれませんが、ほかの政局については後でご質問がありましたらお答え申し上げることとし、最近、政治の現場で感じていることを申し上げて、責めを果たさせていただきます。どうもありがとうございました。(拍手)
国際会議に出席し大いに発言
(質問)
福島(正純)資料調査室長 新東京国際空港公団に勤務しております福島と申します。一点だけお伺い致します。先ほど話にも出ましたけれども、スイスのダボスで行われました「ワールド・エコノミック・フォーラム」につきまして、日本から今年、政治家といいますか、閣僚経験者で参加されたのは加藤前幹事長お一人だというふうに聞いております。民間主催の会議と思いますけれども、アメリカをはじめ各国は閣僚経験者をはじめとして多数の政治家を送り込んで、自国の政策のPRをしている。それに対して日本はそういう面では非常に立ち後れているというふうに感じております。
昨年の4月の16兆円、それから11月の27兆円という景気対策、それから60兆円に及ぶ公的資金投入、それから日銀の短期金利の低め誘導、何でもありというような感じの金融・財政対策を織り込んだ景気対策なのですけれども、こういった対策の内容とか効果が正しく諸外国に認識されているかというと、ちょっと疑問に思うわけです。それは政治家がアピールする能力というのですか、当然、国内に対しても、国民に対してもアピールしなければいけないと思うのですけれども、これからの時代においては海外に対してどんどんアピールして、国の政策を正しく諸外国に知ってもらうということが重要になると思います。
加藤さんはそういう能力を持った数少ない政治家の1人ではないかと思っているのですけれども、そういう面に関してどういうふうにお考えでしょうか。
加藤前幹事長 国際会議であそこまでの権威を持つ会議になってしまいますと出席しないことはマイナスが非常に大きく、ご指摘の通り、ほぼ欠席裁判に近いという感じになると思います。
去年、ダボス会議の最大のテーマは日本経済で、誰も政治家が行かなくて、榊原(英資)財務官が孤軍奮闘した。しかし、やっぱり政治家が出なきゃいけないというので、出席された経済同友会の人たちから去年言われて、今年は出るという約束をして行ってまいりました。行ってよかったと自分で思っております。大臣経験の政治家というのは私と、町村(信孝)外務政務次官も行っておりました。
そして私は日本は今、変わりつつあるのだと。それは失政の部分もあるかもしれんけれども、このままの日本ではいかんと思ってリフォームをしているんだ。その過程なのだ。日本は変わりつつある。そして、これは間違えているかもしれませんが、「マーケット・エコノミーズ・カミング・ツー・ジャパン」と言ってきました。つまり日本にも市場経済、そしてトランスペアレント(透明性)なものが今、来つつあるんだと。簡単に言うとこの2つのメッセージを言ってきたのですけれども、去年と違って、私が言ったことが少しは聞いてもらえたというのは2つの理由があると思います。1つは、ご指摘の通り景気対策等、かなりの努力をしているということです。もう1つは金融監督庁です。金融監督庁というものがかなり透明性かつプリンシプルに基づいた行政をやっているねということについて、その直前に『ニューズウィーク』のダボス会議特集みたいなものに書かれたせいもあるのですけれども、かなり評価はしていると思いました。この2つが基本的なバックグラウンドではないかなと思います。
しかし、財政には余力がないということはわれわれもわかると。すると金融だ、というのがダボス会議にいる欧米の人たちの日本をみる目のコンセンサスだったのではないかと思います。しかし、どこの国でも中央銀行による国債の引き受けというのはどんなことがあってもやっちゃいけない。麻薬だと書きながら、日本については「その辺、どうなってます」という質問をしてくるというのは、質問するほうはいいけれど、それを受けて考えるほうは、やはり日本は日本でちゃんと考えるというポジションをしっかり持つべきでないかなと思います。
いずれにしても国際会議では物を言わないといけません。それからもう一つ、私は下手な英語で喋ってきましたけれども、もちろん日本語でも通訳してもらえばいいのだろうと思います。例えば朱鎔基は中国語でやって、しかし極めて大きな存在感を持っています。同時に、ソニーの出井(伸之)さんとか、ゼロックスの小林(陽太郎)さんなんていうのは、あれだけ自分を表現できる語学力を持っているのは特異なケースなので、私も正直言いまして国会議員の中では比較的、英語は慣れているほうですけれども、突然、予定外に原稿じゃなくて、リー・クアンユーさんが喋った後に、それに対する反論としてアドリブでやってくれと司会者に言われると、おい、ちょっと約束違うんじゃないかと思いましたが、必死になってやりました。やっぱり必死になって原稿なしでやるものは受けます。
そうなると日本の英語教育というのは、もう僕らの世代は間に合わないし、何とかしなきゃいかんのじゃないか。さっき私は世界に冠たる教育水準の日本、1億2,500万人と言ったけれども、TOEFL(米国への留学希望者に課せられる語学能力テスト)のテストをみると国際的にかなり低いというようなところを考えても、それから私のように英語については恵まれた過去のキャリアがある人間でも、明日の晩、アメリカの上院議員が来て2時間、一緒に英語で食事しなきゃならんとなると暗くなります。ほんとに(笑)。で、終わったら、ハア〜とか言って、どこかに飲みに行きたいと思います。ところが、僕は中国語もやるのですけれども、中国人と会う時は気楽なのですね。中国人と英語で喋る時も気楽だし、マハティールさんと明日の晩、英語で一晩やるとなっても気楽なのはなぜなのだろう。つまり英語教育とその背後にある問題というのはもっと徹底的に議論しないと、ウォールストリートで金融のマージャー(企業合併)なんかの企業を売ったり買ったりなどという話を交渉する時に間に合うのかなと。それがまた円・ドル問題について後れを取ったことでもないかなと思ったりします。
ちょっと話が広くなりましたが、ダボス会議等の重要な会議には無理しても出なきゃいけない。それから2番目に日本語でもいいのだけれども、いろいろ考えると日本の英語教育というのは徹底的に考えなきゃいけない。英語というのはツールだと思って、あんまり難しいコンセプトを考えながらの受験英語みたいなことをやめて、もうちょっと簡単なツールとしての英語みたいなものの教育を考える時に来たのではないかなという気がします。
総裁選の前倒し論に反対
清宮社長 総裁候補ですから、やはりここはお伺いしなくちゃいかんのですけれども、先ほど冒頭に申し上げましたように総裁公選の前倒しとか、だんだん騒がしくなってきているわけです。そういう動きをどういうふうにみておられて、また、どう対応しようとしておられるか。
また、それと絡んでYKK、今はMまで入るのですか。YKKM、そのグループ全体について、その結束状況とか、現状とか、それぞれの考えているところを非常に難しいかもわかりませんけど、皆さんに解説していただくとありがたいと思います。
加藤前幹事長 政治家というのは政治解説をするようになったらお終いだという格言がありますから、分析とか、解析とかというのは人様がおやりくださることだと思っています。
ただ、今、私が考えておりますのは、やはり原点は次の総選挙を自由民主党としていかに戦うかということに尽きます。そこから全部逆算して考えていかなきゃいけないと思っています。そうなると私は総裁選挙というのはルール通りやって、党の幅の広さみたいなものをしっかりとみせて、そしてやったほうがいいのじゃないかと。前倒しの議論というのはどういったことで、まず党員、国民に説明していくのかなと。その大義名分を考えるのはなかなか難しいのじゃないかなと思って、私は極めて慎重にこれには対応していくべきだと思っております。
それからYKK、それから森(喜朗)さんも入れてMYKKというのがあるそうだが、仲がいいかと。非常に仲良くやっております。不思議なものですね。平成3年の1月1日から始まったようなものですから8年目か9年目に入っていますけれども、それぞれみんな性格が違うからでしょうか、楽しく、飲む時は常に率直に情報交換できるいい仲間だなと思っています。なんか不満足そうですね。(笑)
この前倒し論については、YKKはもちろん、森さんも慎重にすべきだとお考えなのじゃないでしょうか。そんな発言をされていますし。総裁選挙なしで、昔なら派閥、今、政策グループですが、その長が集まって何となくどこかで決めるというような時代ではもうないのだろうと思っています。だからそれも党のイメージというのかどういうことなのか。新しく変わりつつあるのかと。それこそ金融行政で透明性とか言っていますけれども、自由民主党の政治はかなりオープンなところが今までみんなに褒められてきたとてろですから、オープンでない時に必ず批判を受けています。ですから決めることについても、それから政策についてもできるだけオープンにわかりやすくやっていくということがこれから半年、1年、2年の政治で一番重要なことだと思います。
清宮社長 ちょっとくどいようですけれども、そうするとルール通りやられると。もしもそういうことになれば当然、加藤さんも手を挙げられると。こういうことですか。
加藤前幹事長 はい。私は去年、参議院の敗北の責任を取って辞任して以来、半年ほど黙っていたのですけれども、政策集団グループ宏池会の長になれと宮澤(喜一)さんはじめ同僚から言われて、今年の初めからそうなると発言しなきゃいけないということで、田原総一朗さんの「サンデープロジェクト」に出たのです。その時、この問題を質問されまして、それ以来、申し上げていることはほとんど一字一句変わっていません。
それは、自由民主党の総裁選挙というのは、かつて総裁のいすを争う権力奪取の場としての総裁選挙の時もあったし、また自由民主党内の政策論争の幅、人材の幅を示すために政策論争の場としてやるという考え方もあるのじゃないか。政策グループの長となった以上、そこに参加できるように自分としては準備していたいと思います、ということを申し上げたのですが、今もそう思っています。
清宮社長 ご質問ではありません。きょうは率直にいろいろ語っていただいて、本当にありがとうございました。皆さんに代わりましてお礼を申し上げます。
(平成11年4月12日 東京懇談会で収録)
|