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市川一朗政策フォーラム
○司会 時局講演、前自由民主党幹事長、加藤紘一先生のご講演をお願いしたいと思います。先立ちまして、市川一朗から、加藤先生のご紹介を申し上げたいと思います。よろしくお願いいたします。
○市川 皆さん、明けましておめでとうございます。(拍手)
加藤先生、大変お忙しい中、駆けつけていただきましたので、時間も余りございませんから、私自身のごあいさつは後ほどさせていただくことにしたいと思います。
皆さんにご案内いたしましたときは、衆議院議員前自由民主党幹事長、加藤紘一先生ということでご案内申し上げましたが、昨年の暮れに、宮沢先生の後を継ぎまして、木曜研究会の会長になられ、そしてことし早々にそれを伝統ある宏池会という名称になさいまして、宏池会6代目会長、加藤紘一先生でございます。
そして、不肖私、市川一朗参議院議員、その宏池会の会員の1人として、加藤政権目指して頑張る、その一端を担っている次第でございますので、そういう自負も込めまして、私も頑張るつもりでございます。もうそれ以上のご紹介は要らないと思います。加藤紘一先生のお話をじっくりお聞きいただきまして、どうぞひとつ、これからの日本の政局のあり方といった問題につきまして、私を日ごろお支えいただいております、きょうは建設省時代の大幹部の皆さん、同僚の皆さん、そして、大学、高校を通じましての長いおつき合いとなった方々、大勢おられます。また、関係業界からも本当にいろいろな方、しかも責任ある立場の方が大勢ご出席いただいておりまして、感激でいっぱいでございます。
加藤先生、どうぞよろしくお願い申し上げます。(拍手)
○加藤 皆さん、明けましておめでとうございます。
毎年、「あけましておめでとうございます。ことしもいい年でありますように」ということをお互いにいい合うわけですけれども、ことしほどこの言葉をお互いにかみしめて、万感の思いを込めていうべきときはないんじゃないかなと思います。ことしがどういう年になるのか、まだみんな確信は持てません。
総理大臣はこの間、「楽観主義で行こう」という言葉を述べられまして、施政方針演説を結びました。水も、半分飲むと「もう半分飲んじゃった」という人もいるし、「いや、まだ半分残っているんだ」と積極的に思う人もいるんだ、世の中、物の考えようじゃないかという言葉がありましたが、それ以外にも、物事を楽観的に考えようという幾つかの例を出されました。この水の例えは、余り適切でないような気がして、僕も、景気の話とどうやって結びつくのかなと思ったりしておりますが、実は私、今週の木曜日にたって、スイスのダボスの会議に行ってまいります。日本の政治家では、そこそこ当選回数を経たり、党の要職を務めた人間としては、多分初めての出席ではないかと思います。このダボス会議は、ご承知のように、世界の人間、指導者たちが千数百人集まります。政治的指導者、財界指導者、メディア指導者、学界の人間、そして一斉ににPRする場所なんです。ご承知のように、去年のヒットは、中国の朱鎔基首相でありまして、「我々は人民元を切り下げないであろう」ということをはっきりいったものだから、この一言で英雄になりまして、中国はさすがだ、それに比べて日本はと思ったら、指導者がだれもいなかった。これはしようがないんです。いつも開かれるのが1月30日とか31日なので、このとき、指導者は全員国会で所信表明演説、代表質問、予算委員会とやっているわけですから、そんなときに暇なやつというのは余り重要な人間ではない。ことしは、私、ほとんど重要でないものですから、行ってまいる。
ただ、そのときに何ていおうかな。宮沢さんに「何といったらいいでしょう。人民元切り下げないというように一言でいいんです」といったら、宮沢さん、「そうだね。あの会議は」と、彼は会議の性格をわかっているわけです。それはそうでしょう。朱鎔基が来た。アメリカはクリントンが来られなかったから、ヒラリーさんが来まして、何だかんだとしゃベって帰った。ヨーロッパの首相、大蔵大臣は全部来るし、今度も、ルービン初め、財務長官レベルは全部来ているわけで、だから、宮沢さんは「重要ですね」というわけです。
「一言アドバイスしてください」。ずっと考えて、「ポジティブ・グロース」という言葉はどうだ。つまり、ことしは日本の経済はプラスに転ずるぞ。どこまで行くかはわからないが、ネガティブかポジティブ、プラスかマイナスかでいうと、ポジティブということでどうだろうということでありましたが、私は「う一ん」と思いましてね。
というのは、外国側が、日本はポジティブに行くか行かないかということを本気で考えて、そこで日本からのそこそこの政治家が来て、「いや、プラスに行くんだ」といったら、「やっぱりそうか。よかったね」と素直に受け入れてくれる風情、空気のときならば、この「ポジティブ」というのもいいんじゃないかなと思ったんですが、「総理大臣もあと一両年、今年後半には」ってあっちこっちでいっているけれども、世界じゅうがどうも信じていない。日本についてみんなが興味を持っているのは、そういった部分じゃないんじゃないかなという感じがしまして、「どうですかね」と僕は、先代会長なのに抵抗を示しましたら、「だめですか。ザ・サンライズ・アゲイン(日はまた昇る)というのはどうだろう」というから、「冗談でしょう」。日本はもう一回日が昇るという国にはとてもとってくれそうにもない。
それから、「日本はアジアの経済回復、危機打開に全責任を持つ」こういうせりふをいったらどうかという人もいました。というのは、ご承知のように、アジアでいろいろなことが起きたんですけれども、そのときにルービンは来る、IMFのカムトゥッシュとかフィッシャーさんとかっていう専務、副専務がアジアに飛んできて、それからサマーズなんて来て、ああしろこうしろといろいろいうんだけれども、いうだけじゃねえか。何をやっているんだという気はしますよね。
今アジア諸国に、経済危機以来、最近の宮沢さんの300億米ドル構想を初め、こうやってしっかりと出しているのは、ほぼ日本で、2国間関係で出している、倍で出している援助の75%は日本なんです。それから、IMF、ワールドバンク、アジ銀、この3つのマルチの組織で出しているお金の1.5倍を日本は出しているわけです。IMFに出しているお金も、かなり日本から行っているものなんです。
だから、かなり責任を持っておって、特に最近、通産省は味なことをやるなと思っているんですが、アジアの経済がかなりまずくなっているときに、頑張っているのは、実は日本の進出企業で、そこの企業の労働者を解雇しちゃうと、これはアジア諸国の経済が大変になりますから、1ヵ月3,000円か4,000円の技術研修経費というのを出して、レイオフされないように、主要な技術者はちゃんと抱えておく資金を出そうということをやっているわけです。
3,0OO円から5,000円といいましたら、年間でいうと6万円になるわけで、これはあの国にとってはかなりの金額であります。ですから、そんなことをしながらも、かなり手を細やかに伸べてやっているわけなんで、だから、「我々は責任を持つ」という言葉をいったらどうだろうという人がいました。ただ、その前に、自分のところの経済は大丈夫かねといわれるのが先だから、まずそっちを先にいった方がいいんじゃないかという議論もあります。それから、私の尊敬する経済分析家、エコノミストは、日本は市場経済に向かっていくんだ。その決心をしたということを明確にいうのが一番いいんじゃないか。どうも日本というのは、わけのわからないアドミニストレイティブ・ガイドラインというのですか、行政指導とか護送船団か何かで、銀行の不良債権もあるかないかわからないような感じだし、どうも株価も政府によるPKOがやられているような感じもするし、だからいっそ、そんなことからもう縁を切った。コンボイシステム・イズ・フィニッシュト、護送船団は終わった。マーケットエコノミー・イズ・カミング、市場経済が日本に広まっていくんだということをいい切ったらどうだ。最後に、バンキング・クライシス・オーバー、銀行の危機は去ったというところまでつけ加えてみましょうかといったら、「そこまでいったらけがするかもしれませんな」なんていう人がいましたが。
私は、案外、この3番目あたりの、日本の経済の体質が変わりつつあるんだ、変えなきゃいかぬと思って変えているんだというあたりをしっかりということがいいのかな。マーケットエコノミー・イズ・カミング、またはウィー・ウイル・アバイド・バイ・ザ・プリンシプル・オブ・マーケットエコノミー。市場経済原理にしっかり沿ってこの国を経営していく決心をしたというふうにいったらどうかというあたりは、1つの売りになるんではないかと思うくらい、日本に対する諸外国の目は、日本のパフォーマンスはうさんくさいなというところがあるんじゃないかなと思っています。
ただ、私は、メディアにも余り取り上げられていないし、なかなか評価が定まっていないところかもしれませんが、金融監督庁が日本債権信用銀行、日債銀を死刑宣言したのはすごいことだと思います。どこがすごいかというと、まず、あの組織ができて半年にしかなっていないのに、そこに働いている浜中金融監督庁次長を初めとする役人諸氏、実務者諸氏は、ほとんど大蔵から来ているんです。トップは検察から来ていますけど、実務の人間はほとんど大蔵。今大臣をやっているのが柳沢伯夫、市川さんと我々と同じ派閥。
ついでながらPRしておきますが、今の日本の自民党の行政とか国会運営のかなりの実務は我々の派閥の人間が仕切っておりますので、我々は今トップにはいないけれども、ナンバー2ぐらいのところはほとんど我々のグループが現場で仕事をしているという、脂の乗り切った働き盛りの人間のいる、第2黄金期、第3黄金期に入っているような派閥なんですが、それはそれとして、柳沢伯夫、彼なんかも大蔵省出身なんです。ところが、結局、日債銀に「ノー」を出しました。昔だったらどうしたでしょう。多分、奉加帳を回したと思います。それから、日債銀が「大丈夫です。私のところの資産内容はまだいいんです。死刑宣言されるいわれはありません」といったのに、「だめです」といってバシッとやっちゃった。
そして、もう1つはっきりしているのは、日債銀の資産内容、貸出資産は今何ぼでしょうかね。長銀は27兆ぐらいで、日債銀は10兆ぐらいでしたかね。いずれにしろ、今まで世界で銀行がつぶれて、貸出総額が一番大きかったのは、長銀の27兆の前は、たしか9兆円ぐらいの北欧諸国のスカンジナビアのどこかの国、スウェーデンのやつなんですが、それに比べて、長銀に次ぐ世界第2番目の銀行倒産を宣言しちゃったにもかかわらず、これによって日本金融システムに大きな波及が起きていないし、まして世界に、日本初の金融不況を出さなかった。それは、ちゃんとした法律ができて、そうなったときには国の管理になって、ちゃんと仕切っていきますというシステムが、去年の9月下旬にできたからです。
もう1ついわせていただければ、あのときの銀行再生法案とか健全化法案について、えらい時間がかかって、とんでもない非能率な国会をやっちゃったということをよくいわれているんですけれども、しかし、本当でしょうかね。あれだけ物すごい世界第2の金融国のシステムが崩壊せんといったときに、それに対抗する法律を2本つくって、合計60兆の政府保証枠をつくって、金の出動を決め、それが与野党ですんなりと通ってというようなことを2ヵ月か3ヵ月でやっているわけでしよう。
ほかの国は、「ようやったな」。アメリカでS&Lの危機とかいろいろなことがあってから、たしか5〜6年かかっているんじゃないかと思います。日本は山一証券、北拓の話ができてから、約1年かからず全部できているということであります。小渕さんは、国内では非常に評価は低いですけれども、諸外国に行ったら、「よくやっているじやない」ということで、最近、アメリカのサマーズとかルービンが、日本の経済とか金融についてごちゃごちゃ文句いっているという報道は、ほぼなくなってきているでしょう。
私は、なぜこんなことを申し上げるかというと、日本というのは「空気の国」だと思うんです。ということは、みんながこうだろうなと思って、みんなが一緒にしゃべると、そうだなそうだなといって、それが常識になって、専門家といわれるエコノミストの人でも経済学者でも、もちろん新聞の紙面とか社説でも、みんなで同じことを書く。「バブルのときはみんな気づかなかったのかね」といったら、「いや、実はおれも少しは気にしていたんだけれども、みんなで行こうというのがあのときの空気だったから」という言葉を、経営者たち、また我々政治家もいうわけです。
それはちょうど山本七平が、戦争中のことを「空気で戦争に走った日本」というふうに書いているわけですけれども、その空気と似たようなものが日本経済の分析、日本の社会のこれからについてもあるんじゃないか。そこの空気といわれて、みんなが共有しているがごとき幻想というものを、やはり1回、冷徹な透徹した目で、いやそうじゃなくて、極めて常識的な目で見続けてみるということが、これからの日本の経済とか社会の歩み等について必要なのではないか。
そして、我々政治家も、極めて常識的な人間が多いんです。というのは、選挙区に行って、多くの人に会うわけで、その人たちが極めて常識に基づいた質問をするわけですが、それを我々は頭の中に入れて、東京に持ってくるんだけれども、それを専門の役所の人にぶつけたり、メディアにぶつけたりすると、「いや、しかしそれはね、こんなことじゃないでしょうか」と、極めて空気に基づいて、なおかつしっかりと理論武装したがごとき説明で反論されますと、「やっぱり、おれはまだ未熟なんだな。知性が足らないんだな」といって、我々政治家自身も引き下がってしまうところに、幾つかの間違いを犯しつつあるんではないかと思います。
ですから、これから我々政治家も、専門家の意見にも耳を傾けつつ、しかし本当に市井の人たちの率直な質問があったら、それを根拠に問題を突き詰めていく、クリエイティブなインディペンデントなマインドを持たないと、この国はだめに、なってしまうんではないかなという気がします。
私は、この国は大丈夫な国だと思っています。大丈夫です。なぜそんなことをいうかというと、小渕さんの楽観主義に極めて似ているかもしれませんが、若干申し上げますと、国の勢いというのは10年ごとに変わっていくんじゃないでしょうか。20年前のイギリスを考えてみてください。当時、「イギリス病」といわれ、労働組合がバックし、労働者は働かず、福祉のシステムがだんだん重荷になって、フェビアン協会以来のイギリスの社会制度という一種の空気がびまんして、どうにもならない国だったんだけれども、そこにサッチャーという人が出てきて、いろいろ演説した。
後で聞くと、その演説によってしっかり国が直ったというものでもなくて、どうにもならないほど財政赤字の累積で、政府がもう予算を組めなくなっちゃった。国債の価格もだんだん上がってきたというところで、政府もみんな金を貸さないような雰囲気になってきて、そこでサッチャーさんは、政府支出をがんと減らす大治療をやったのではなくて、やらざるを得なくなって、それをきっかけにあの国ががんがんとよくなっていったということがいわれております。それで今立ち直って、おかげでブレアさんが、その調子のいいイギリス経済の上に立って、総理大臣を労働党としてやっているわけですが、ブレアさんは、「サッチャーさんのいうとおりにやりますよ」ということをいっているわけで、やはりサッチャーイズムがずっと続いているといっていいと思うのです。
それから10年して、つまり今から10年前、アメリカがめちゃくちゃでした。当時、日本はバブルですごい勢いでした。そのときに、世界の銀行ランキング10番目のうち7番目までが、日本の住友、三菱等々で占めたわけです。アメリカのバンク・オブ・アメリカ、チェースマンハッタン、いろいろな銀行でさえ、もう塗炭の苦しみを経て、中小の銀行は日本の銀行に買い取られ、ロックフェラーセンター、ニューヨークのど真ん中は日本に買い取られたという中で、そして自動車もトヨタ、日産に負け、鉄鋼の町は、当時死の町と化した。
そういうときに、レーガンさんが出て、一番しっかりやったのは、私は、ブッシュさんだと思いますけれども、立て直しを図って現在のような国、経済になつた。それを受けて大統領をやっているクリントンさんも、若干ルインスキーさんの問題があったって大丈夫という話で、大統領を続けていくほどの経済の状況になった。
だから、それぞれの国には波があるんだろうと思います。10年前、我々はすべてを謳歌して、アメリカにもう学ぶものはないという経済人の方もおられたわけで、経済一流、政治三流などといわれて、我々も、アメリカみたいな気分で悔しく思ったりしていたわけですが、そのときどきの栄枯盛衰はあると思うのです。我々も努力をすれば、これをもう1回盛り返す力はあると思います。今それを盛り返す潜在的な要因は、私は、ずっと見ると、3つあるように思います。
1つは、大変な資本蓄積です。これは1,200兆あるかどうか、僕もわかりませんし、かなりよく調べてみると、目減りしているのかもしれません。しかし、少なくともかなりの金額がある。それはそうでしょう。アメリカの人は、お金が入れば全部使うけれども、我々の国のように貯蓄率の高い国はそんなにあるものではない。
2番目、技術及ぴ技術開発力はすごいものだと思います。確かに、DNAについてはアメリカに負けているかもしれない。しかし、ヨーロッパとともに、それにこれから必死に追いつこうとしている。いろいろな新しい科学を模索する力はこれから出てくると思います。我々も3年ほど前から、こっちの分野については、必死にお金を入れてきています。
3年半ほど前、東大の吉川教授が工学部出身の総長だったものですから、「どうしたらいいですか」と聞いたら、「加藤さん、若い研究者がどんどん外国に行ってしまいます。25歳から35歳までが命です。しかし、これはポストが大学にないものだから、外国に行ってしまうのが多いんです。ないし、国内にいても、結婚したばかりで、子供を抱えて、受験校のセミナーの講師なんかしながら研究を続けているっていうんじゃ、この国はだめです。5,00O人分の若い研究者、ポストドクターのメンバーに年間300万与えてください。そうすれば、この国の基機研究は一新されて、がらっと変わります」というので、そのとき僕は政調会長していたものですから、ちょっと計算したら、3×5=15、けた何ぼかなと思ったら、150億円なんです。
当時、私は9兆円の公共事業国費を5%ぐらいに伸ばすみたいな話をやっていまして、そうすると、9兆×5%=4,500億円だな。はて、150億って大した金額じゃないなと思いまして、「わかりました。ただ300万というのはちょっと低過ぎるんじゃないでしょうか。遠慮していますね。5,000人というのはごろが悪いですね。だから、500万円で1万人計画にしませんか」といいましたら、これでも500億ですから、「いや、そうしてもらえれば」というので、それで5年でやるというお約束をして、去年の年の暮れ、約4年たらずで1万人を超しまして、単価が492万だったと思います。500万にはなっていないけど、まあいいでしょうと思っているんですが、これを達成できました。今、筑波の基礎科学的な研究所には、あっちに30人、こっちに50人、そういう連中が喜々として研究してくれていまして、これが何ものかになるだろうと私は思っています。
それから、もう1つ、建設関係の人にいったら、怒られるかもしれませんが、道路、橋をつくるのは、次の世代に財産を残すことで、いい借金だから建設公債の対象だといわれておるわけですが、しかしとんでもない創造的な研究をして、例えば光ファイバーを発明したなんていうのは、これだって何百年の財産になるじゃないか。だから、立派な研究業績を残せば、それは知的財産だ、ストックだ、資産だということで、この基礎科学研究を建設公債対象経費にしたんです。大蔵省とえらいやりとりをいたしましたが、篠沢次長と、最後は生きるか死ぬかの大げんかをしまして、篠沢さんも立派なもので、「わかりました。1年待ってください。やりましょう」というので、やってくれたんですが、それによって、通産省の工技院の方から、ある大学の研究所なんかに「どうですか。すばらしい研究テーマがあるならば、それに1億出します」という声をかけられるようにしたんです。
「100件、1億、合計100億を用意します」といったら、2ヵ月で2,308件の応募がありまして、通産省はどうするのかなと思っていましたら、驚いたことに、2,208件をボツにしたんです。100件だけ選んだ。通常だと、薄くしたと思うんですが、相変わらず100件で切って、合格を決めた。
そうしたら、学者の人たちが、「実は文部省の科学技術研究費、通称「科研費」というのですが、それはもらっても最高700万。そういう700万だと、700万の研究の夢でした。学者は金額でそんなことを決めちゃいかぬのだが、今1億をもらえるようになって、あそこの壁を破りたい、ここの壁を破りたい、ここも研究したい、日々、夜寝てるとき、天井が回るように、私の頭はぐるぐる回っています」という言葉をいってくれました。
というのは、我々、クリエイティブないろいろな頭脳の蓄積、潜在力があるのに、むだにしていたなという思いがいっぱいでありまして、当初100億で始まったものが、各省でいろいろやっていますから、合計500億ぐらいになっているんじゃないかなと思っていますが、私は、そこにも新しい芽がだんだん生まれてくるのではないかと思っています。我々の国は、やはりそういうところに全力を上げていけば、いいものがつくり出されてくる。
ごく最近、耳の聞こえない人というのは、先天的に聞こえないんだけれども、それは加藤紘一のこの声とか、安室奈美恵の歌の音が聞こえないんであって、それよりも高い周波数のところはどうやら聞こえているらしい。だから、この声の周波数を転換して、補聴器にくっつけて入れてやれば、これは音がある世界にできるかもしれぬということが、ここ3週間ぐらいの報告でありました。それで、これから必死にやってみますということでありましたが、次から次へと、この科学技術の面では、日本で夢が出てきていると思っています。
資本があり、科学技術の可能性があり、最後に物すごい人材がいるんだろうと思います。私は昭和14年生まれで、戦後、小学校、中学校でしたが、山形の田舎で勉強していましたら、社会科の教科書に、「日本は資源が少ない。そして国土も狭い。だから、発展には限界がある」、こんなふうに書いてあって、私はそれを勉強して、そのとおり書きました。勉強のできる優秀な子のタイプでしたので、ちゃんといい点をもらいましたけれども、考えてみれば、これは間違えていたんです。
その後、世界の第2位のGNPになった。途中で原油が発見されたわけでもない。国土が広くなったわけでもない。じゃ、なぜ社会科の教科書を書いた人が間違えたか。簡単にいえば、江戸末期の寺子屋以来、読み、書き、そろばんを教え、そして同質的な、かなり高い教育水準を日本は維持した。また、つけ加えた。戦後、またそれがさらにつけ加わった。この力でここまで来たわけですから、その能力は今でも変わっていない。
私たちの子供は、我々なんかよりもずっと難しい数学をやりますし、若干困ったのは、英語の能力がぐんぐん落ちているんです。TOEFLという世界共通の英語の試験があるのはご承知でしょう。留学に行くときに必要なんですが、あれで全世界160カ国、高校生か中学生に同じ問題でテストしたら、日本が160番目中155番目で、北朝鮮に負けたというんですから、これはどうしようもない。
私も、英語はやる方ですけれども、留学したり、外務省にいたり、それでも外国人と、きょう1時間飯を食いながらしゃべらなきゃならぬと思うと、気が重いです。国会議員の方ではできる方なんです。でも、それがあると楽しくないんです。だから、我々、体か脳みそに本質的に欠陥がある民族なのかなと思ったり、いろいろするのですが、それをしゃべると長くなりますから。それは英語の問題を除けば、物すごい能力の高い国なので、金、技術、開発力、人材、これは変わっていないと思うのです。ただ、それが花開かないようなシステムになっちゃったんじゃないかと思います。
どういうことかというと、僕は農林議員なんですが、山形県庄内平野の農村に行きますと、農家の人がいうんです。「どんなにいい種や球根があらても、土だ。同じ場所に同じ作物をずっと植え続けて、20〜30年たって、化学肥料をやり続けると、土が白くなって固くなって、全然生育させなくなっちゃう。そういうときには、それを砕いて落ち葉を入れたり、堆肥を入れて、空気をかき混ぜて、ほわっとした土につくりかえると、種が青々とした野菜を生育させ、そして球根が赤、白、黄色のチューリップをつけるんだ。すごいきれいな花になる」という話を時々するんですけれども、日本の社会というのは、いうなれば、土が固まっちゃったようなものじゃないでしょうか。
日本社会は、ある意味で奈良時代から社会主義だったんじゃないかなと思うときがあります。それは、戦争の遂行という意味で、国家動員体制というシステムが有効に機能したし、それが必要だった。そして、それが高じて、戦後復興のため、集中的な大量生産でナショナル・ターゲット、つまり対欧米キャッチアップということを実行するためにも、このシステムは有効に働いて、世界史の中で最も成功した社会民主主義国家が日本ではないか。それをまねしようとして、社会主義市場経済なんておっしゃっているのが*小平なのかなと思うぐらい、我々の国はかなり有能な計画経済として機能してきたのではないかと思います。
しかし、それが今、ちょっと土が固まったように、白い粉を吹いて、実は種子と球根を育てなくなっている。問題はそこをどうするかということを、多分いろいろな人が考えたんだと思います。
私は、橋本さんが6大改革をいったときに、総理が「幹事長、党の方をこれでよくまとめてくれ。特に6大改革のうち、金融改革というのは大変なんだ。これによって日本社会ががらがらっと変わる引き金になると思う。みんなそこを余りわかってくれていないけれども、すごいことなんだと思う」といっていました。そのとおりだったと思うんです。
問題は、一昨年の暮れから去年にかけての不況は、9兆円を国民から取り上げたための財政政策ミス不況だと思っていないです。確かに、9兆円のうちの最後の2兆円、つまり老人医療費の値上げ、これは効いたな、お年寄りの財布が締まったなという気はしますが、消費税とか特別減税の中止がそれに大きく影響したとは、僕は思っていない。確かに、駆け込み需要があって、一昨年の4-6ががたんと落ちた。しかし、それからぐっと上がったんです。そこに金融のビッグバンが来て、山一、北拓が来たんだと思うんです。
私は、金融不況だと思います。本当に財政が9兆円ほど取り上げたからだとするならば、2兆円、2兆円の特別減税でお返ししているし、今それにもまさる9兆円ぐらいの減税を表明したんだから、少しはマーケットがよく反応すべきなのに、全然変わっていないということは、原因はほかにあるということだと思います。やはり日本の金融システムを国際競争力に強いものにし、そしてなおかつ、そこから甘くお金を借りている事業体にもうちょっと頑張ってもらいたいというふうにやることによって、事業体自体、リアル経済自体に国際競争力をつけてもらうプロセスだと思います。
我々政治家は、「貸し渋りはけしからぬ」というわけですけれども、銀行にしてみれば、ちゃんと国際的に競争できるような収益性のある銀行になってほしいといわれりゃ、いいかげんなところからは資金回収します。貸し渋りじゃありません。資金回収でしょうというのが本音で、それに貸し渋りをやめろというのは、改革を途中でやめろという、政治家のサービスじゃないんですかというふうにいいたいんでしょう。
かなりそういうところがありまして、特に去年の暮れの各県の信用保証協会を通じての融資枠は、驚くなかれ、去年の暮れ3ヵ月に申請が60万件あって、55万件にオーケーしたんですから、ほぼ無審査で、書類の不備がない限り、みんなお金を貸したということです。限度が5,000万でしたが、平均2,000万、合計11兆。これは、ある意味では民間の不良債権部分が信用保証協会に移ったものという部分が、3〜4割はあるんじゃないか。だから、2〜3年後、死屍累々になって、新たな不良債権問題が生ずることを、我々は覚悟してやらなきゃいけないということをやっているわけで、その意味では、厳しい改革に水を差しているのが政治なのかもしれません。世の中なのかもしれませんし、年末に倒産したら、また大変だったかもしれないから、プラスマイナス、ゼロかなというぐらいに政治家としては思いますけれども、冷酷な経済の原則からいえば、マイナスなのかもしれません。
したがって、今このビッグバンを通じて日本の金融システム、それから日本の事業会社の皆さんに、もっと厳しい経営をやってくださいということをお願いしているプロセスという認識を我々が持つか、それともあれは失政だったんだ、ごめんねごめんねといい続けるか。実は、ここの部分は政治家としては非常に重要なところではないかというふうに私は思います。
私は、幹事長時代からずっと、所得減税は一般的にやっても効果はない。住宅減税を政策目標に従って、政策減税としてやるならかなり効果があるから、これは5,000億でも1兆5,000億でもやるべきだという趣旨でおった人間ですが、最近、NHKの調査によりますと、「所得減税でお金が入ったら物を買うか」というアンケートに対して、85%が「買わない」といっています。だから、人々が物を買わなくなったのは、2つあって、この国の経済がまた生き生きとしていくでしょうか、雇用不安はないでしょうかという部分と、老後は大丈夫でしょうか、この2つの不安と1つの混乱。つまり、経済・銀行システムの混乱によって、私は経済が今伸びないんだろうと思っていますから、所得減税は反対といい続けております。
大蔵大臣になるかならないかというのがありまして、宮沢さんか加藤かどっちか責任をとってやってくれという話だったんですが、宮沢さんが、高橋是清さんというイメージの中で要望されているのは非常にいいことなので、ぜひやってほしい、一生懸命宮沢さんを引っ張り出す役をしました。それと同時に、私はここで減税をやっても効かないと思うし、宮沢さんは、比較的そこの部分は、財政がいろいろあっても効く、ケインジアン的ですから、やった方がいいだろうと思われる方で、財政について考え方、見方は違うので、私はここではとても6兆円の減税をする大蔵大臣になりたくないという思いが非常に強くて、引き受ける気持ちにはなりませんでした。
やはり、最近の様子を見ると、あれだけ財界一斉に、減税をすれば景気はよくなるといっていたのに、ここまでやって1つも景気はよくなっていないでしょう。昔は、物すごい買いたいものを次から次へとメーカーは出したわけです。そして、借金しても国民は買ったわけですが、ヒット商品がない。そういう中で、相変わらずの商品を出し続けて、なおかつ政府が減税したら、きっと売れるに違いないと思うんだったら、それは会社の経営者じゃないだろうと私は思います。
ですから、それがだんだん証明されて、結局は民間の活力が厳しい状況の中で、本来のアントルプレナーシップを発揮しなければならないというところに、だんだん結論が出てきたのではないか。政府に何かさせれば景気がよくなると考えること自体、私はかなり限界に来ているような日本の今の状況、表土の固まりぐあいを、何とか直していくべきときではないかと思っています。
私は、ダボスで、メインのキャッチフレーズに使うかどうか知らないけれども、日本にマーケットエコノミーが今来つつある、我々は過去40〜50年、世界の中で最も成功した計画経済国家だったかもしれないけれども、しかしそれは限界に来た。日本の持っている幾つかの潜在的な成長要因を阻害するものになってきているんで、マーケットエコノミー・イズ・カミング・イン・ジャパンというようなキャッチをどこかの場面でいってみたいなと思っています。また、そういう力で動かせば、この国は明るくなるだろうと思っています。
日本が明るくならない、もう2つの理由があって、1つは金融システムの弱さ、2つ目は夢の欠如じゃないかと思っています。金融システムの弱さというのは、日本は、さっきいいましたように、一生懸命働いては貯金して、それを全部銀行に預けているわけですが、その銀行に預けたお金が諸外国を歩き回って、けがして帰ってきているんじゃないでしょうか。アメリカの国債を買って、けがして帰ってきているんじゃないでしょうか。そして、円とドルの交換の比率は、やはりアメリカの都合で、過去20年の中でかなり動かされてきて、結果として、我々は数兆円の単位でけがをし、今後生命保険金杜がどうなるのか、私は銀行の将来よりも心配です。かなり外国資産を買ってけがをしている可能性はないかなと思います。
日本人の働きを、そのおかげとしての豊かな生活というものにリターンしてくれるのは、やはり国際的な通約環は金融システムだと思うんですが、その力が落ちてきた。4年前に、私の後輩の塩崎恭久君という、最近いわれる政策新人類が、ドイツに行って、ほぼ悔し涙に暮れて帰ってきました。ドイツの銀行の大して幹部でもない中堅行員が、「日本の銀行貝の力量は落ちた。数年すれば、あれはつぶせる」といっていたという。
「そんなことはない」と僕は塩崎君にいいました。私は、昭和38年大卒だが、当時優秀な人間は大蔵省にも行ったりしたが、かなりの人間が都市銀行に行った。頭がいいだけじゃない、人格、識見、体力のあるのが行った。ああいう連中がやっているんだからということをいいましたら、どうもドイツの銀行員がいったことが正しかったのかもしれません。ある銀行の頭取がいっていましたけれども、我々の銀行システムがそういった人材を本当にフルに動かしていたかどうか、じくじたるものがある。私は「担保があれば貸す、なければ貸さないというのだったら、ばかでもできるじゃないですか」といったら、「そこまでいうことはないでしょう」。(笑)しかし、そういう部分がないかといわれれば、じくじたるものがある、かわいそうなことをしたというようなことをいっていましたけれども。やはりこれから物すごい勢いで、持っている人材がその力量を発揮できるように、世の中を変えていかなきゃいかぬのじゃないかと思います。
それから、もう1つ、この国の夢の欠如なんですが、天谷さんという通産省出身の町人経済学者の言葉が思い出されるんです。亡くなられる1年ぐらいに、東京新聞に、彼はコラムを書いていまして、夢の欠乏をおそれる。この国は、いうならば、坂の上の雲を目指して頑張って働いてきた国だ。ところが、ここ1O年ぐらいにテレビも持った、自動車も持った、背広も十分ある。そこで、成熟経済ということをみんながいって、来るところまで来たし、もうこれでいいねという雰囲気になっている。この夢の欠乏が恐ろしい。経済に与える影響が恐ろしいという趣旨のことを書いてありまして、私は、天谷さんという方はそこそこしか知らない人だったのですが、電話をしまして「なるほどと思いました。このコラムに対する反応とか投書とかありましたか」といったら、「いや、全くありませんでした」といっていました。
私は、それから5年ほどして今日、やはり天谷氏がいったように、この国の夢は何だろうということを問わなきゃならぬときに来たんだと思います。いや、その問いは15年前から、我々が問われていたんだと思うんです。我々がキャッチアップを終えたと思った瞬間、その後のフロンティアは何だ。
当時その言葉をごまかしてしまったのは、成熟経済論という話だったと思います。日本の経済は成熟したんだ、来るところまで来たんだいう言葉で、あとはそれぞれ、1人1人の個別的な商品の選別化によって進んでいくのが、これからの経済社会だという趣旨だったんですが、ただあれは幾つかの間違いを犯したと思うのです。成熟したということになれば、そこから先はもう目標のない老化の現象に行くしかないわけで、いいながら、みんなだんだん夢をなくしていったのだと思うのです。
「成熟経済」という言葉を初めて使ったのは、イギリスのノーベル物理学賞を受けた、ある未来学者に近いような人がその直前に書いたんですが、翻訳をとってみますと、それは「マチュア・エコノミー」なんです。これから成熟した社会をつくっていく努力をしようという言葉なんですが、我々は、「マチュアード・ソサイエティー」、成熟化した社会に到達したと読み違えちゃったのかもしれません。多分そうでしょう。我々は、より成熟した社会をこれから目指すんだと思うのです。その学者の言葉は、思想性も含め、芸術性も含め、そして単なる日々の豊かさじやなくて、資産の豊かさも含めた成熟さということをいっているわけですが、我々はまさにそこを目指さなきゃいけないだろうと思います。
フロンティアをどこに探すかというのは、アメリカが一番得意なところです。ご承知のように、フロンティアがなければ、生きていけない社会精神構造になっていまして、アメリカ大陸に来たこと自体がフロンティアを求めたんだし、カリフォルニアまで一生懸命頑張っていた西部劇の世界もフロンティアだったし、カリフォルニアに着いた後は、あの国は民主主義というドクトリンを世界に広げようとする動きをし、そしてその後は、お月様に人間を送ろうとするところにフロンティアを見出し、最近は、スーパー・ハイウエーというところにフロンティアを見つけ出し、そして最近は、バイオテクノロジー、DNA科学の中にそれを見つけ出そうとしている。常にフロンティアを探していこうとする。
我々も、そのフロンティア探し、フロンティアセッティングということが今一番求められている景気対策なのではないか。もちろん、我々も公共事業もやります。私は、所得減税よりも公共事業の方が効果があると思っています。そう主張してきました。所得減税はそんなに効果がないといって、評判の悪い政治家でしたが、私は今でもそうだと思っています。なぜならば、我々のアセットをつくっていくのは、1つのフロンティアだからです。この国はまだまだやらなきゃならぬことがいっぱいあると思っています。
そういう中で、これからフロンティアをどうやって探し求めていくかというのは、多くの議論をしなきゃならぬし、私は、さっきからいいますように、基礎的な科学技術の研究、そしてそれに伴う人材を豊かにすること、それを理解し、利用し、またそれをつくっていく人材をしっかりとつくっていくことにあると思うし、それを単に我が国だけじゃなくて、アジア太平洋の広がりの中で頭脳を貸してもらったり、その成果をともに分け合ったりするところに、日本のフロンティアがあるような気がします。
しかし、ほかの人は別の考え方をするかもしれません。私は少なくともそう思うので、自分がそういうことを決定し得る立場にある以上、先ほどいいましたように、若手研究者1万人支援計面もやりましたし、それから1億円の公募型研究計画もやりまして、それなりに新たなものが生まれる土台は、今生まれつつあるように思います。
だから、私はこの国の将来に失望はしません。ただ、ここ1〜2年の中で固くなった土をいかにほぐして、我々の持っている種子、球根がうまく育つような社会につくりかえられるか、それを勝負だと思っています。過去1〜2年の混乱は、申しわけないけれども、失政の部分もあります。判断ミスもあります。それよりも、説得力不足が一番大きかったと思います。しかし、やらんとしていることは改革であり、その意味では、私は、過去1〜2年の混乱は失政ではなく、新しい時代に向けた苦しみであり、それを十分に我々政治家が貫き通し、国民がそれを理解してくれるか、そういう国民と私たちの間の必死のバトルが、今進行しつつあるんだという観点で政治を運営していかないと、この国は溶けてしまうのではないか。少なくとも、その視点だけは失わないようにしながら、頑張っていかなきゃならぬという思いでおります。
そういう中で、市川さんが我々のグループの中に入ってくれました。彼の政策立案能力は、私が10年前、政調会長代理、市川さんが建設省の会計課長であったときから、ずっと尊敬していた人でありますし、同じ東北なものですから、何となく波長が合います。ぜひ、市川さんには、ばりばりっとこれからの国づくりのために頑張っていただける場所を、私がつくっていかなきゃならぬなと思っています。
政治家が自分の頭で物を考えるなんていうのは、いうのは簡単、しかしやるのは難しい。やれるという人もかなり限られています。テレビの前で、役人の助けをかりずに、政治家同士の議論をやり、そしてそれが尊敬される内容のものをやれる人というのは、私は、そう多いものではないと思っています。市川さんはそれをやれます。その意味で、この国を助ける、この国にもう1回明るさをもたらすというつもりで、それは市川さんをバックアップすることだという気持ちで、ぜひ市川さんにご支援いただきますように、友人の1人としてお願いして、ごあいさつにさせていただきます。
ありがとうございました。(拍手)
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