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1998年10月15日 神戸講演より

神戸講演

 

 紹介頂きました加藤でございます


宮本一三先生とは大変ある意味では長いおつき合いでございまして、1回目の選挙、1番数多く応援に来たのは、私ではないかと思います。

で、「宮沢さんの元で選挙をしたい」と宮沢派ができた当初でございました。私もそこの事務局長格の人間でございましたので、宮沢さんに言われて、その応援に行ってほしいという事で何度もまいりました。色々な事情がありまして、我々の応援も力不足だったせいもありまして、確か最初は36,000位の票だったと思います。

その後、色々な経過がありましたけれども10年間戦い続けて4回目の選挙で当選する。という人生であったと思います。 しかし、毎回票は段々と延びていくという事は私は、「何者かな」と見ておりまして、そして今回、この経済が非常に困難な時に、「何としても宮本さんのような人材をわが党にほしい」という事で去年末、新進党解体のタイミングをみはからいまして私の方から「どうだね、自民党に来て働いてみてくれないか」という事を幹事長としての私が声をかけました。

そこには、弱冠1回目の選挙の初戦の時から自分が応援していた宮本さんだという私情もからんでいたのかもしれませんけれども、それよりも何よりも自由民主党としてやはり経済・財政そして国際関係の専門家が今非常に必要な時だという認識があったのでございます。

まあ、兵庫県連の皆様方からはまだまだ十分に咀嚼して頂いておりませんが、段々理解が広まっていくものだと私は思っておりまして、党本部ではもう四面はっぴの活躍をお願いしているところでございますので、どうぞ皆様からも宮本議員に対して力強いご支援を私からも心からお願い申し上げます。  どうぞよろしくお願い申し上げます。

「大変な不景気ということを知っているのか、永田町の赤絨毯の中にいる人間にはそれがわかってないんではないか。」とよく言われますけれども、我々国会議員というのは新聞社世論調査なんかよりも肌でそれを知っております。

何故かというと、選挙区に帰って、みんなの顔を見たり、経営者の人々、それは大企業の方もあれば中小企業の人もいる。

その人たちから直接話を聞いて、そして賛同を得られなければ、また、共感をお互いに持たなければ選挙で票をもらえない、というのが私達でありますから、少なくとも失政をしても絶対に自分のポジションが変わらない役所の人達よりは我々の方が直感的・本能的にこの人々の気持ちを読みます。

確かに、かなり激しいものでありまして、今後これがすぐ好転するなどという話ではないという風に思っております。これを何とかしなければならないという事が我々の今の必至の思いでありまして、そしてそれは世界の思いでもある、と思います。

今アメリカのウォール街の株の値段も少し下がり気味で弱冠バブルぽかった部分が表にでてきたり、それから通称ヘッジファウンドといわれる、もう嵐のように世界を荒らしまわった国際マネーもですね傷ついたり、そしてのたうちまわったりしている中で実はアメリカに次いで金融力をもっております日本自身がしっかりする事は、世界の金融の秩序を元に戻す事にもなる、という事になると思います。

それからもう一つ、これは以外に皆様、数字をご存じないかもしれないけれども、アジア諸国に対する日本の影響であります。

日本の経済GNPは今、年間5百兆なんですけれども、これに比べてマレーシアの経済がいくらかというと2%なんです。約10兆なんです。で、フィリピン・シンガポールがそれぞれ2%位のものです。

それから、ちょっと大きい経済となりますとインドネシアとタイなんですが、これがそれぞれ日本のGNPの4%のGNP、とおもっていただきたい。

そして、ぐ一んとそこから上に上がって大きくなりますと韓国なんですが、日本経済の2%だったんですが最近あそこは非常に経済の調子が悪くなりました。この間韓国の経済界のリーダーが来て色々苦況を述べておられたけれども、お互いに計算してみますと日本のGNPの9%位に落ちている。

そして、あの13億とも14億ともいわれる人口をもっている中国がいくらかと言いますと実は日本のGNPの17%位ですからいかに日本の経済がですねごたごたしたり、金融がごたごたすると、それぞれの国に大きな影響を及ぼすかということは当然この数字でおわかりだろうと思うんです。

トヨタ自動車という会社がありますが、ここの会社が年間の売り上げ、商売はどの程度なのかというと連結で計算すると多分10兆円位じゃないかなと思うんですけれども、マレーシアと同じくらいにあって、中近東にヨルダンという国がありますけれどもあそこのGNPは年間6千億位ですから、だからいかに日本の経済活動というのは世界の中でどでかい物になっているのかということを示す物だと思います。

「この日本経済が何故急激に悪くなったんだろう」そうするとよくこれには2つの説明・主張があるんです。

1つの主張は、去年消費税を上げたからだと。

消費税と共に健康保険料を上げたと。

時に9月からですね、老人医療費というのは何度病気にかかってお医者さんに行っても1ヶ月1,020円だったんですけれども、これがまあ色々計算すると3,500円位までに上がったんです。

これが効いたぞ、という説もある。

要するに9兆円のお金を政府が取り上げだからだという説があります。

私はこれも1理あるだろうと思うし、特に老人医療費お値上げというのは後で申しますけれども弱冠この不景気に響いたかな、という気がいたしますが、消費税全体はまぁまぁある程度みんな受けとめるこころの準備ができてたんではないかと。

だから去年の1月から3月まで消費税の値上げ前には駆け込み需要があって、4月・5月・6月は、ど一んと落ちたんですが、ところが7月・8月・9月はですね年利3.2%という伸びでですね回復し始めていたんですが、ところが、10・11・12月とがた落ちたのは何故か、私はそこで2番目の理由にですねビッグバンだと、不良債権問題だという風にいいたいところなんですが、わたしはまさに、その1語に尽きるんではないかなと思います。

この金融大改革を不良債権処理問題が十分に終わっていない段階にかぶせた事からくるですね、大きな貸し渋りと金融の困難、というものが実はこの日本経済の激しい苦しみというものをもたらしたんではないかという気がします。

よくこういう時に政府が財政再生路線を取ったからどうとか色々な議論がありますけれども、そしてアメリカのルービン・サマーズというような人達もですねその辺が原因だという人もいますけれども、私はやはりこの金融不況というのが根っこにあるんではないかと思いますし、段々その認識は国民の間でも財界の間でもエコノミストの間でも広まってきてるんではないかと思います。

一時減税すればですね、景気がよくなるから、という話がいっぱいあって、そして私が幹事長時代も橋本総理大臣は色々悩んだけれども2兆円の特別減税を2回発表し、そして今後小渕総理大臣は総裁選挙の公約でしたから、宮沢大蔵大臣と共に6兆円から7兆円の減税をするという方向で発表し態度表明しているんですけれども一向に明るくならない原因はそういう何兆円を引き上げたからではなく、金融ビッグバンというものが火をつけた将来不安、2つの将来不安というのが私は大きな原因ではないかと思います。

その第一の将来不安というのは日本経済及び自分のご主人が勤めている会社が将来大丈夫かという不安、そしてはたまたちゃんと今年は給料をもらったけれども、3年後、5年後、この会社に勤めていられるかどうかという経済と会社そのものについての不安だろうと思います。

それは山一証券がああなった、それから東食がああなった、黒字だったのにああなったと。あんな大きな商社がと。

それからもう1つは北海道拓殖銀行みたいな所が倒産してしまう、ということで明日は我が身かというような感じと、そして日本というのはここまで坂の上の雲を臨みながら、ダーッと走って上がってきたけれども、これから段々落ちて行くのだろうかという不安をみんなが持ち始めたからだろうと思います。もう1つの不安があります。それは、老後どうなるんだろうと。

先程、老人医療保険の問題を申しましたけれども、どうも老後の医療についてもお金を取らざるを得ない方向に段々行くらしい、と。まあそれはそれとしても、一番の心配なのは年金だと。

どうもここ1年・2年週刊誌を見るとですね、人間が長生きするようになって、なおかつ子供が少ないと。ならばどうしても年金が上手くいかないという理屈が自分にもわかると。だから、若い世代というのは年金を一生懸命納めているんだけれども、この分だけ自分の一生終わるまでの問に年金代としてもらえるんだろうか、と。今、60・70の人はどうも途絶える方が多いらしい、みたいな事になると自分でこの老後の年金設計をしていけるような形の物がいいんじゃないか。

その中に1つ、ポータブル年金401型というアメリカで流行っているある種の年金のシステムがあるんですが、それは自分で色々な年金の貯金をして、それを政府が「応援するからお金を貯めなさいよ」と、どっかに預けておくわけですね。そうすると会社を移ってもポータブルという携帯自由の物ですから、会社を移るごとに私の積み立てはこうですよというような形で持って歩いて、そして預けるお金はどこかの金融会社の方で預けて運用してもらうという話なんですが、これなんかも今、色々と議論している。結局自己防衛のほうがいいらしい、と。

しかし、どうしてもアメリカでもこのお金を預けられたニュートラル・ファウンドという所が今度の株の暴落でガタガタいくらしい、とこれももしかしたら危ないかもというような事で将来年金不安・老後不安というのがもう1つあって、結構自分で貯金はあるんだけれども、できればこの貯金は使わないでおいた方がいいという気持ちになって財布の紐が締まっているという事ではないでしょうか。

だから、何かどうしても必要なときはお金を使うけれども、できるだけ使わないようにしようと。

東京で流行っている言葉に"サラリーマンは1に健康、2に健康、3・4が無くて5に貯金"とか言ったですけれどもね、みんなそんなふいんきになって今まで仲間内で夜一杯自分のポケットマネーで飲もうかって言う時にはお互いに5,000円位出してのんだんだけれども3,500円位にきりつめて前と同じ位美味しいし満足できるようなものを食わせてくれる店を探すことが最近ではおしゃれだというような風に東京ではなっています。そうなればですね、まぁ不景気になるっていうのは当たり前だと思うんです。

ですから、私は金融についての不安をまずなくしていく事と、次に将来の日本の経済とか会社についての不安、それからもう1つは将来の老後についての不安、このとりあえず金融の不安とそれから将来についての2つの不安、これを何とか解消していかないと本当の景気の良さというのはちょっとやそっと公共事業をやったって、一般的な所得税をやったってそれはほとんど効果が無くなってしまうんではないか、という風に思います。そこで金融の面については今必死になって努力しているんですけれども、ここで我々の困難な所が1つあるんです。

それは、今までの日本の政治とか行政というのは、ある意味では宮本さんはここにいるけれども、大蔵省が実際上は司令本部、総司令部でデザインしてしきっていました。

かなり政治家がやらなければいけない部分についても大蔵省、特にその主計局というのがですね、全部デザインして、「先生方この辺でこうやって野党と話つけてください。我々、先に行って適当に説明しておきますし、そうじは、作っておきますからここで先生が行ってボーンと説明すると、野党は納得してくれるはずです、と。それでも表面上反対という事になっても上ではきっと理解してくれて、本会議ではでてきて反対になるけれども、本会議そのものを阻止するみたいな事にはならないはずですから」ぐらいのところまでですね、やっていたというのが党内の実態だったと思うんですが、その中央官庁、特に大蔵省を中心にその権威が、がっくり落ちました。ほぼ、何と言いますか内部の人達も言うように無気力状態になった。それは、接待疑惑で次から次へと将来の大蔵省を主計局長、事務次官になるというような人までですね退職に追い込まれたりすれば、みんながっくりした気持ちになるのは無理ない。

その原因というのが、やはり国民が大蔵省は金融政策を失敗したんじゃないのか、住専をはじめ最近の事でも、という事がありますから、大蔵省に金融行政を任せちゃいけないというので財政と金融の分離という事を行われて、そして我々もそうすべきだと思って金融監督庁をつくった。すると一方、この金融監督庁はまだ十分に自信を持って機能していない、それで大蔵省からは金融の機能をとられた、という境で非常に力がよわまっている。

従って政治家がものを考えなければいけない訳ですけれども、しかし金融というのは実はかなり専門的な分野で、我々政治家が本当はやらなきゃならんというのは表面上はそうなんですけれども、実態的には専門家に任せてきたっていうのが事実だと思います。

だって、今から10年前の自民党の幹事長がですね20年前の大物自民党の幹事長が金融債とか劣後債とか資本注入とか自己資本比率だとかみたいな事をテレビで言ったらどうなったと思います。

「細かい事を言う小物の幹事長だなぁ」という事になったんですが、今や自民党の幹事長も政調会長もそして総裁も官房長官もですね、いわゆる自己資本比率をどうやって高めていくか、そういう専門用語を使うようになりました。大蔵省の銀行局と日本経済新聞と金融界に任せておけばよかったはずだったような仕事が我々のメインの仕事になってきた。しかしメインのような仕事になってきても、緊急に勉強したとしてもそんなに隅々まで、わかるわけではありません。

従って、国会における与野党の審議はですね、ものすごくモタモタしたり、それからすれ違いが多かったりという事で色々批判を頂いておりますし、事実そういう感じなんですけれども、まぁこれも我々必死の思いでですね。本来政治がやらなきやならない政策決定を政治家が自ら本当にやるようになった。まぁいまのところのとまどいみたいなものだと思っていただきたい、とおもいます。

アメリカの財務省にサマーズという副長官がいます。ある意味ではこの人は今の世界経済の舵取り男、といってもいいと思っていますが、彼が来た時にはですね役所の人達とも話します。そして柏原財務官とも話します。

しかしやはり日本の政策を決定している政治家と直接に話をして、「ここでこう仕切って下さい。野党にはこうやって説明してください」と彼は言いいたい訳だろうとおもいます。そう言った時に彼の話をちゃんと専門的な内容も含めて、かつ英語で受け止められるじんざいがいるのか、と。

そして反論して、「それはアメリカのつごうですよ。日本には日本の事情がありますからそれは出来ません、いやそれはできます。」という事をやれる人材が、我が日本の政治の中に何人いるかといったら、なかなかのものであります。なかなかおりません。おそらく、皆様ご存じないと思いますけれども、宮本一三さんは与野党を通じて、金融を含めてですね政策をアメリカ人と通訳なし英語でビシッとやれる能力は、1番か2番だと思います。

わたしもかなりやるつもりでありますけれども私よりも専門的であり、レベルが上です。したがって本当にこの人を当選させ続けていただければ日本の金融の面でも、ちゃんと、アメリカの大学でPHD取っているような人ですからね、本当に私はこれからの日本の国際金融情勢の救世主となりうる能力をもっている方でございますので、是非皆様からもご支援をお願い申し上げたい、という風に思っております。で、「あなたはその金融面から不景気が始まったって言うけれども、まあ最近、新聞に自己資本比率みたいな事がよく新聞に出ているけれども、あれは何だ」と、言われるかと おもいます。

それから「アメリカから言われて、色々銀行のことをああしろ、こうしろと言われて、いわゆるグローバル、スタンダードなどと言われながら実はアメリカの戦略のなかにスポ ーンと乗って苦しんでいるんじゃないか」という事を言う人もいます。

僕は若干そういう部分はあると思うけれども、しかしこれからはやむを得なかったんで はないか、よく考えてみて下さい。10年前日本のお金はですね世界を股にかけて嵐のように動いていました。バブル時代のお金ですが、ある時ではアメリカ人が宝だと思っているペブルビーチというゴルフ場をスポーンと買った。そして、アメリカの銀行を買った。また、ニューヨークのど真ん中にあるロックフェラーセンターというアメリカの、ニューヨークのアーバンライフのシンボルみたいな所を三菱地所が買った。

そうなればですね、「おいおい、おっかないね。どうして日本のお金はそんなにどんどん海外に攻めて来るんだろう」と、よく見ると本当の自分の元手があんまりないのに、かなりバブルで膨らませてそのお金で日本国内で色々やっているのならまだいいけれど、それで外国に出てきているらしい、となればですね、「おいおい自分で貸している金の何分の1かはちゃんと元手をもっているようにしてくださいよ」という事の規制をかけなければ危ないという事を世界の銀行家さん達が集まった、政府の金融行政関係者が集まったところでビス規制というものが作られていったんだと思います。「まぁ、せめて元手8% ぐらいはもってちゃんとやってくださいよそれ以上膨らましちや困るよ。」という風に言うのは私はごく当たり前だったんではないか、それほど日本の金融の力が諸外国にしょうけつをきわめて乱舞してたんではないか、という気がします。

当時アメリカはS and Nという日本の現在の金融の苦況みたいなものを抱えて七転八倒して公的資金を導入する。そして銀行、あるものは助けなきゃいけないといったら「けしからんじやないか」とマスコミや国民から言われて政治家がへとへとになっていた。今の日本と全く同じ事をやっていた。という事だと思うんです。我々がひるがえって、我々が身の金融界という物をもっとしっかりとした物にしなければならない。という事は、私は日本にとっても必要な事じゃないかなという気がします。

ただ、これもあんまり急激にやりますと、みんなどんどんと融資先からお金を回収してしまいます。それで特に、私達が気にしておりますのは、その銀行が自己資本比率を維持するためにですね、自分がお金を貸している、そして自分の銀行がメインになっている所はとりあえず守るけれども、自分の銀行がサブメインになっているような所についてはですね、何となくお返しして頂きたいと、お宅の企業はメイン銀行はあっちの方でしょう、メインの方に行って借りていらっしゃい、と。するとメインの方はですね、うちがメイン銀行として色々と面倒みてくれましたね。という事でサブメインになっている銀行から色々と資金回収するみたいな事に私はなりかねないな、と。それが実はもうみんな始まっているんじゃないかな、という気がします。ですから、ここで公的資金の注入は絶対に必要です。

ただ、そうすると、こんな所にあんなにもまだ給料が高く、駅前の本店、ビルディングさえまだ売っていないような銀行にお金を注入するのか、それだったら中小企業をもっと面倒みてくれ、という事になるだろうと思うんですが、しかしそこをやはり政治的に判断してですね、とにかく注入して資金回収によって自己保身に銀行が走らないようにしないと私はものすごいことになっていくんではないかなと思うんです。それで、銀行にかなり徹底的にですね、厳しくしていきますと、国民世論はよろこんでくれるとおもいます。

しかし、それによって合成の誤病というのが起きると思います。合っていうのはそれぞれの銀行が自分の我が身の効率化、健全性をはかるために一生懸命スリムになろうと努力する。それは1つ1つは正しい事なんだけれども、経済全体、日本全体を考えて合成してみるとこれはものすごい誤った政策になってしまう。だから、1つ1つは正しいんだけれども合わせてみると大変な間違い。というような結果になりかねないところがあると思います。

しかし、そうやった時にですね、後でものすごい不景気になったときに、我々は多分こういうでしょう。「だって皆様マスコミも野党も銀行に厳しく当たれといったでしょう。だから厳しくあたったらこんな事になったんです」と。「でも、それは皆様の気持ちを代弁してやった事なんです。あの時あなた達はそういったじゃないですか」と。いう風におっしゃるかもしれません。

しかしその時多分国民は、「我々はその時はそう言いましたよしかしこんな不景気になるような結果は我々は予想していませんでした、その先々をよんで、そして判断するのが政治家の任務じゃないですか。我々と同じようなレベルで感情論で政策をやってくれるんだったらあなた達を当選させる意味はなかったんじやないですか。バッジを付けている人間というのは国民の感情も理解しながら、同時に日本経済全体を冷静に見て、時には有権者達に「この政策は必要なんだ」と説得する、説明する任務もあったんじゃないですか、そんな事ならばバッジを返して下さい」と言われるかもしれません。

だから、政治家というものは私は辛い仕事だなあとおもいます。皆の代表であると同時にリーダーでもある。代表ですから代議士と言うんで"代わって、議論する士"と書くので、皆の気持ちを代弁しなきゃいけない。英語で言うと、リプレンティアティブスという代わって議論する人達の意味。

しかし、同時に国民のみなさんと違った密度の情報を国会議員という立場で、手に入れて考えているわけですから、それならばそれとは別の判断もして、そして説得する力を持たなければならない。それが政治家の任務ではないかと思います。

したがって、この問題については、与党も野党も自民党も民主党も自由党も、そして、平和、公明も日々意見が変わっています。日々学習しています。またその中で日々みんな「どう考えるべきなんだろう」という事を迷っています。我々自民党の意見も左右しております。菅直人、民主党代表の意見も色々増えてきております。そう言う中で、本当にこの国の将来の為に今何をしなければならないか、という事を金融問題についてはしっかりやっておかなければほぞを噛む事になると思います。一言で言えば資本注入をしっかりして、貸し渋りどころではない、いわゆる資金回収の流れがぐっと広がるのをとにかく何とかとめなければならない。そのために強力な政治及び総理大臣のリーダーシップを発揮しなければならない時ではないかな、というように思います。

そしてこの金融をある程度、何とかそれを越えることができたとしても、それで問題が解決する訳ではありません。先程言いましたように我々には2つの将来不安があります。

1つの不安の日本経済と企業の不安ですけれども、私はこの不安の解消のためにはです ね、やはり日本の技術開発力を付けて行くという事が一番大切な事だとおもいます。

そして、我々の国が何故ここまできたか、実は私は昭和14年生まれなんですが、終戦直後、小学校に入って、中学校に行きました。その時に社会科を教科書で習いました。その中に、"日本は国土面積も少なくて、資源も少ないから、その経済発展には限界がある"という風に習いました。そういうことなんだろうなあ、と思っていました。

ところが、それから4,50年して、その教科書は明らかに間違った、という事になったわけです。世界第2のGNPの国になった。じゃ、どこが間違いの元かといったら私は日本人の強烈な高い教育水準に基づく勤勉さ、特にやはり勉強で、誰でも数学が出来て、誰でも手紙が書けて、誰でも本が読める、新聞が読める、この1億2,500万人の持っている力だろうと思っています。

したがって、その原点にもう一回返って、やはり新たな技術の開発をするだけの基礎科学研究にぐいぐいと力を入れていかなければならないだろうと思っています。ご存じのようにDNAの研究によって、クローンの羊が造られる世の中でありまして、おそらく稲の分析をしていけば、多分一端部から今は9俵から10俵しか採れませんけれども、30俵採れるような品種改良というのが極めて近い将来にあり得るんだろうと私は思っています。

それから、太陽光をみごとに吸収できるような新しい新物質も作る力を持ってくるんではないか、という風に私は思います。

そして色々な可能性がここに、日本は持っているんではないか。だからここに、徹底的にお金をつぎ込むというのが必要であって、それは正直言って公共事業につぎ込んでいるお金に10%位をつぎ込むと、ものすごいお金になってしまいます。

それは、言っているだけではありませんで過去3〜4年間我々はそれに全力投球してきておりますので、最近は若干、基礎科学研究費のバブルといわれるぐらい少しだぶついているんじゃないか、無駄に使われているんじゃないか、という位やっておりますけれども。

しかし私達は弱冠無駄があったっていいから、つぎ込んでいきたい、こんな風に思っております。我々の日本の経済がここまできたのはですね、やはりアメリカに追いつけ追い越せという事で、そしてアメリカの持っている科学技術の力と日本の力とのギャップを利用してぐいーと引っ張ってもらったところがありますので、まさに今我々が科学技術にフロンティアを作っていく事が重要なんではないか、そして色々な物が出来るようになったと、出来る事になりそうだと思った途端にこの明るさが私は出てくるだろうと思っております。

もう一つ、私が申し上げました老後の不安の問題ですが、これは実はやっかいな問題でありますけれども、しかし、よく皆で考えなければならないし、考えなければ解決の道があるのかもしれません。

というのは、不老長寿、というのはですね、長生きというものは秦の始皇帝以来、全人類の夢でありました。秦の始皇帝が不老長寿の薬を探して若い男女を東の方の島に送った。それが日本といった。それで、そこに居ついて帰ってこなかった。それが日本民族の始まりだと中国の人々は思っているんですけれどもその薬を取りに行った若い男を除福というんですけれども、除福伝説というのは中国人の心の中に不老長寿の夢と共にあるんです。

で、その日本が秦の始皇帝の時には不老長寿ではなかったんですが、最近はまぁ平均寿 命がぐんぐん上がった。上がったら年金の計算が合わなくなって困ってしまうというんだったら、幸せな事が不幸につながるというのはやっぱりどこかおかしいのかもしれません。

で、私はまだまだこれは自民党の中でも議論が出来ていない事なんですけれども、ここで考え方を改めなければならないには、生産年齢人口という概念だと思います。

生産年齢人口というのは15歳から60歳まで、つまり人間は15歳になったら働き始めて60歳になったら老後だよ、という風に厚生省が決めたんです。今から23年前の昭和51年でした。その当時は、それは正しかったんですよ。中学を卒業してほとんどの人が働きに行ったんです。

そして、60になれば疲れてたいてい老後になったんです。現にその当時男の平均寿命は70歳だったんです。

だから、まぁだいたい10年位老後、という事で色々年金は考えた訳でございますが、今、15から働き始めていますか、20歳です。多分平均は、もう少し上かもしれません。大卒だと、22歳からですから。ですから、20歳というのが生産年齢人口の始まりの始まりではないでしょうか。一方、60になったら老後でしょうか。最近は、60なんていうのはまだ元気で、65でも、70ぐらいまで元気じゃないでしょうか。そして、平均寿命はこの22年の間に70歳から76歳に延びました。

つまり統べて5歳ずれた訳です。5歳ずれたんだけれども、厚生省や我々が議論する時の年齢、年金議論を今非常にやっていますけれども、それのデータとフレームワークは22年前のずれていないものでやっていると、どうしても老後が長くなってしまいます。だから私はここで年金の支給開始年齢をさらに延ばすみたいな議論になると、ちょっと混乱してしまうので、これはゆっくりと皆で考えられるようになってから議論した方がいいし、年金の支給開始年齢を今、厚生年金の上積み分は60から65を主としているのですが、この世代の人達はもうそれでいいんです。65です。

しかし、それよりもっと若い世代の支給開始年齢をどうするのか、という議論を将来しなくちやいけない。今やりますと、「また前にずらすのか」という事ですね、逃げ水政策じゃないか、という誤解を受けるので、まだまだ言い切れない所なんですが、本当のところを言えばですね、やっぱり老後というのは平均寿命の方から逆算して考えるべきではないか。

だから、平均寿命がこんな事にはならないと思いますが、男で85歳みたいになった時、やっぱり60歳からの年金、65歳からの年金を考えると言うんだったら、訳で、従って前期高齢者という概念と、後期高齢者という概念を分けるべきではないか。平均寿命から逆算して5年とか7年は年金も医療もしっかりやりますから、というような考えのところに直すのが1つで、という事は将来だんだん定年制の問題を考えていかなければいけない。で、定年制というのはそこまでは働かせてもらいますよ、という権利としてアメリカでもあったし、今は日本でもそう考えている訳ですが、しばらくしてアメリカの方ではですね、定年制というのは65歳で首を切る法案だ、と。これではいけない。だから年齢によって働く人を差別してはいけない、というので定年制をなくすと同時に年齢による雇用制限禁止法、雇用制限禁止法というのを作った訳ですが、そういうコンセプトに戻していって、そのかわりに年をとったら給料が上がるという年功序列は完全になくす。そして一人一人 の働きに応じてですね、仕事をみていくという事にすべきではないかな、と思います。

それから女性もですね、何故か男性よりも6歳ぐらい平均寿命が長い訳なんで、男性より、ずっといつまでも元気である訳です。

そうすると女性の老後、壮年期をどう考えるかというのも1つのテーマになってくるだろうと思います。

ですから、その人達にも、もっともっと働いてもらえるようにしていく、という事もこれからの重要なテーマで、1つよくありますのが、何故最近、女性が子供を産まないのか、です。

結婚しますと昔のように2.2人産んでくれています。しかし晩婚であるし、それから最近は一生独身で過ごされる方がいるもんですから、平均1.4人しか産まないという事になっちゃうんで、結婚すれば2.2人なんです。

だから、じゃ何故結婚して子供を産んでいただかないかというと、やっぱり女性として社会で働く、そして世の中を仕切る、昔と違って仕切られる。意義ある仕事ができるようになった、というそういうものを捨てたくないと。そして、結婚すれば何故か家の中にひきこもってしまうのではたまらないというのが若い女性の気持ちの中にあるんだと思います。これは、私はいい事だと思うんですね。

で、独身女性であったとしても一人で生活できるだけの給料を与えられる日本経済の力になった訳で、昔は女性にとって、結婚は最高の就職であった。1番いい生活の糧であるなどとついった言葉があったものですが、いまそんな事を私が選挙区で言ってごらんなさい、落選確実ですから。「こんな古い考えの代議士なんて」という事なんです。

やっぱり女性が自分の人生を自分なりに生きるようにデザインするとしても生きていけるような社会になったんだから、それはいい事なんですね。だからそれをやりながらも子供を産める、という事になれば誰かが保育や、ベビーシッティングを手伝ってくれる事が重要なんですが、じゃその時に60歳前後65歳前後の人達、特に女の人に面倒を見てもらえれば上手くいくじゃないか、という事なんですが、しかしこれを家庭の中でやったらですね、おそらく大変話がこんがらがると思います。だって65歳の女性にしてみてもですね、「私だって社会的な意義のある仕事をしたかった」と。

しかし、「あの時代だったから出来なかった」と、「でも、あなたはそれをやっていると。それを私がまた犠牲になって、孫のオムツの取り替えだけの老後になるんですか」と言ったらたまらないという事もあるんだろうと思います。だからそれはやはり、神戸市役所とか、明石市役所だから、淡路町とか洲本町とか、そういう町でですね公的なものとしてパブリックなものとして構成して、その世代の力を男でも女でもいいんですが、その人達の力をどうやって保育のパターン、それも時間外保育だとかという所にうまく結びつけていけるか、それもある意味現在のような保母さんと同じような給料をお支払いするという事はなかなかできないかもしれないけれども、しかしボランティアではない、ある程度の経費はみるけれども、しかし社会の為に貢献してやって下さい、というそういう形をですね、作る事によって子供を産みながら働いていただけるような仕組みを考えていくというようなところまでやっていかなければいけない時代になってきたような気がします。

私は今その経済とか、社会の不安と老後の不安のこの2つを申し上げましたけれども、今の日本経済の景気対策を考えると、単に金融財政、大蔵省、通産省だけの考えですむ話ではなくて、科学技術庁、文部省、通産省、そして厚生省、労働省、全体が総合的に手を打ちながら社会の今後のあり方を考えて行かなくてはならない時期に来たのではないかなと思います。役所にはそれぞれ縄張りがあります。ですからそれを総合的に引っ張って行くにはやはり政治家がしっかりしなくてはならないのだと思います。  私は、この国はもう1回元気になるだろうと思っています。

何故かというとお金があります。1,200兆という大変なお金がある。戦後50年えいえいとして働いたお金があります。それから技術及び技術開発力があります。ともすれば真意事で合った日本の技術開発力も、最近はノーベル賞が出てくるに違いないと思われるくらいの独創性のものになってきた、と科学者達は言います。

それから、人材の力があります。大変なレベルです。私はこの3つの力を上手く動かしてより生き生きと働かすようなシステム変更が出来ればですね、私はこの国はもう1回蘇る、景気もよくなる、明るくなると思っています。4年前、私はある人からショッキングな話を聞きました。「自分はドイツの銀行マンと話をした」これは塩崎恭久君という、高知出身の若い参議院議員なんですが、そうしたらそのドイツの中堅銀行マンが、「日本の銀行員のレベルは落ちた。デリバティブスの理解も、勝負の仕方も下手だ。だからいずれ我々が日本の銀行をとっちめて、かなり制覇していくからね」と豪語していたと言うんですね。で、私は「そんな事はない」と。「私が大学を出たときも、かなり優秀な人間が都市銀行に行った。彼らは優れている。単に頭がいいと言うだけではなく体くもしっかりしていたし根性もあった」と言って反発をしました。

しかしその後の状況をよく考えてみますと本当に日本の銀行システムというのがその人間達の持っていた潜在的な能力を発揮させるような状況にあったか、というとおそらく人材を死蔵していたんではないだろうか、と。

もう、その現在の働きの3倍4倍も働かせることの出来る能力を持ちながら、そのシステムとして十分に機能させていなかったんではないか、担保があれば貸す、なければ貸さない。バブルの時は貸す。みんな現在の早期是正の時には貸さない、という事であるならばですね、ある意味ではそんなに大きな能力は必要ないのかもしれません。

静岡銀行に平野さんという人がいたそうです。最近亡くなられた人ですが、頭取、会長、相談役をやっておられて、「静岡銀行に平野氏あり」と言われれた方だそうですが、その方は貸し渋りもしない、と。常に貸し渋りをやっているようなもので、滅多に貸さなかったから、もう静岡銀行には貸し渋りはないんだ、と言っておりましたけれども、その人がとにかく人を見て、また経営方針を聞いて金を貸した、といわれます。したがっていい人物だなと思った場合には担保なしで貸す。しかし、担保があると言っても滅多に貸さない。そこでものすごく鋭く人間と事業計画をみた。といわれます。

ある東京でこの不況の中でもものすごくしっかりとした業績を上げている流通業の創始の方がいます。その人が私に言った事を覚えています、「若い頃、自分がその商売を始めたときに、静岡銀行の平野さんから「突然来い」と言われて、そして話をしたら「よし、君はやれるだろう」と言ってお金を貸してもらった。お金もありがたかったけれど、あの平野さんに認められた事が自分の自信につながって今日あります」という事をいっていました。

実は、日本にはそれだけの伝統があり、そして人材があって、その人材のもとには、かなりの蓄積された、人的資源と言うのがあるんだろうと思います。

ですから私はこの力を使ってですね、もう1回を蘇らせる事が出来ると思っています。  今、私達が1番必要なものは金融対策であり年金であり、そして、科学技術でありますが、やっぱり、もっともっとその根っこをたどって行けば、我々の中にフロンティア、夢を創る事ではないかな、と思います。

我々の10年、15年前までの日々には夢がありました。それは、アメリカやヨーロッパのように豊かになり、追っかけたいというキャッチ・アップの、司馬遠太郎の世界の夢でありましたが、それを到達したと、ちょっと間違えて思った後の我々は力を落としました。夢のガソリン切れ、これが実はここ15年の我々の最大の問題であったんではないかなと思います。

しかし、その夢をこれからアジアの人達と共に創っていきたい。そして、壮大な夢を持って頑張っていきたい。日本がお金と、そして、グランド・スキームを作ってアジアのエネルギーを太陽光になるのか、何になるのかわかりませんが、解決しよう。そのため知恵を貸せ、という事をアジアに呼びかけて、日本がその中核になって成果はアジアに分けてあげる、というくらいの事をこれからやっていかなければならないと思います。日本の経済を、夢を考えるときに、やはり国際的な広がりももたなければ成り立っていかない今日になってきたかな、という気がします。我々の国は大丈夫です。ちゃんとした条件は整っています。ただ必要なのはシステム変更です。しかし、政治経済体制を昭和10年から、戦後復興を役所主導でやって、昭和20年から合計60年ぐらいやったシステムを変更するという事は簡単ではありません。何人かの総理大臣が犠牲になるかもしれません。4,5年の時がかかるかもしれません。橋本龍太郎さんは、あれだけの人気がありながら改革というものを良い、6つの改革というのはちょっと欲張りすぎたかもしれません。そういう中で、まず先発投手として投げて、そして今、退陣いたしましたが、そして今、小渕さんが頑張っておりますけれども、やはり今、我々は、かなり激しいシステム変更をやっているんだろうと思います。その苦しさに我々が耐えきれるか、耐えきれないときには、この国は、また下がっていきます。

しかし私としては、政治家がしっかり説明したら、耐えきれるだけの知的強靭性と、そしてそれを耐えていけるだけの財力がこの国にあると思っています。だからこそ、今、我々政治の世界は、本当の任務を担当するようになって、模索の時ではありますけれども、必死の思いで、この国をもう 1 回蘇らすように全力をあげて頑張っていきたいと思います。

その戦列の中で、宮本 一三さんが頑張ってくれております。どうぞ、皆さんのお力添えを彼にお与え下さいますように、お願いして、ご挨拶に致します。どうも有り難うございました。


 

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