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2000年1月18日 於: 弘済会館


「団塊ネット」新年会記念講演


講演 加藤紘一代議士


■ 年金を本気で考え始めた団塊世代

 お招きいただきありがとうございます。私は、大学を出て外務省に入り、辞めた翌年の47年32歳で政治に出ました。その時、後に建設省を局長で辞めた昭和11年生まれの大学の先輩に面白いことをいわれました。同世代なら、デモをしたり投票したり世の不平等を直す運動ができる。それはそれでいいんだが、世代を超えた不平等は直しようがない。歴史が判断するんだろうが、世代間の不平等、生まれた時代が不幸だから私は不幸っていう人生がないように政治はやってもらわなきゃ、そこを気をつけてやってくれよ、と彼はそういいました。生まれた時が悪いのかそれとも俺が悪いのか、って歌が流行ってた頃です。私は、1期生2期生の時、年金問題を中心にやったんです。その時、どの世代が一番幸せなのか、という世代論を考えました。

 僕ら山形の田舎ですと、今のおばあちゃんたちは可哀相なところがあります。若い時には三世代同居で、姑にかしづいた人生を送ったわけです。自分が年取って、嫁いびりが出来ると思ったら、民主的でないとお嫁さんにいわれる。農村が機械化して、コンバインとかトラクターを運転できるのは、姑じゃなくて若い嫁さんです。マルクス、レーニン、エンゲルス、誰だったか忘れましたが、生産手段を支配するものは権力を支配するという言葉があります。農村地帯では圧倒的に若い嫁が元気です。おばあちゃんたちにしてみれば、生まれた時が悪かった、青春時代には戦争もあって、というわけです。しかし、年金の点からいえば、老齢者が少なく、支える若い者がいて、しっかり年金を差し上げておりますし、恵まれた世代なのかも知れません。

 私は、年金問題を突き詰めると、2020年頃、年金が成り立つかどうかであると20年前から演説しています。2020年というと分かりにくくなるから、団塊の世代がいい老後を送れるかどうかが年金問題の根底です、この世代は小学校から競争、大学も就職も嫁さん婿さんを迎える時も競争、だから大変なんだと演説していました。今、ほんとに年金は大変なのか、ほんとに老後は大変なのか、これからはだんだん落ちぶれていく暗い社会なのか、というテーマに本気で答えを出さなきゃいかん時に来たと思います。ミレニアムだからこの議論をしようという新聞記事が多かったんですが、実体的には、社会の中心的な塊である団塊の世代が、この国は大丈夫なのか、自分達の老後は、息子達は娘達は、と考え始めたということではないかと思っています。

■ 手術を中断中の日本経済

 5年前、幹事長か政調会長をやってた時、某中央紙が、今年はいいことは何も無かった、この国は午後3時半の国になったという論説を書きました。私はカーッと来て、大丈夫、この国はまだ午前10時半という文章を論壇に載せてもらいました。出たのが神戸大震災の3、4日前でした。それ以来、あんた10時半といったけど逆に3時半から4時半くらいになったじゃないか、といわれます。こないだ、3時半って書いた論説委員と偶然会いました。私は、負け惜しみで、まあ一時はそうかもしれないけど、といいながら、このまま放っておいたら3時半になるから、日本経済の手術をする必要があるといっておきました。

 手術をすれば10時になるかも知れん、長く元気で、子供たちも希望を持てる社会にしようとしたのが橋本内閣なんですが、その過程で、執刀医たる橋本内閣にせよ幹事長の私も十分な説明をしていなかった。患者から痛みを訴えられ、その家族から冗談じゃないといわれ、堂々としてればいいんですが、顔に若干自信なさそうな表情が走り、持っていたメスが震えた印象を与えたもんですから、患者より患者の家族から、こりゃ医者変えたほうがいいといわれたのが、一昨年の参議院の敗北ではないかと思います。今、政治家が、この国は大丈夫なのか、に対して、大丈夫ですといい、そのために何をしなくちゃならんかに、これをやればいい、ただきつい作業です、避けて通れないから我慢してください、と自信を持っていう。若干票が減るかなと思っても、根性を固めてやる。将来について明るいビジョンをしっかり持つこと、それに到達するまでの厳しい手術をやりきるだけの強靱な意志を持つことが大事ではないか、と思います。

■ 準社会主義化した日本のシステム

 この国が元気になるだけの要素はあると思います。他の国も歴史的に見ると今の日本と同じ、いや、それ以上にがっくりきた時代があったわけで、我々の世代でも団塊の世代でも、25年前頃、新聞で読んだ言葉に英国病というのがあったんですが、今、英国病をいう人は誰もいない。サッチャー、ブレアと続いてそれを克服したからです。10年前のアメリカは、今の日本と全く同じ状況じゃなかったでしょうか。銀行は次から次へ日本に買い取られ、ロックフェラーセンターは日本の某有力不動産会社が買った。自動車産業はトヨタ、ホンダに負けた。日本異質論が出て、片方では、ジャパンアズナンバーワンがどんどん売れていった時です。アメリカもがっくりきて、何とか手を打たなきゃならんということで、手を打ってきたわけであります。

 そのアメリカの力は何か。コンセンサスとしては、一つは金融技術力、もう一つはインフォメーションテクノロジー(IT)ということです。アメリカは膨大な貿易赤字を今でも毎年、出してるけれども、あんだけ経済がいいってことは、ドルをコントロールする金融技術力を手にしたからだと思うんです。金をあるところから引っ張り込み世界を動かす技術力を手に入れた。日本をインドネシア、タイ、韓国の金融をガタガタさせ、かなりアメリカが得をした。けれども、その儲けをロシアの債務不履行ですっちゃった。大きく見ますと、一番得したのはロシアだって気もする。社会主義から自由主義に移る際、日本の支援を頼むって形だったら、みんなそれに貢献したかと思うけれども、ぐるっと回ってロシアに金がいったという話だと、何となく納得できない。いずれにしろそういう金融技術力を手にした。もう一つは、ITで、マイクロソフトは、今度、COOを降りたビルゲイツが始めてから12年間で、株の総額がトヨタの確か3倍になってる。ITにしても金融にしても、知恵を使ったわけですね。そういうのは、日本人の得意とするところだったんじゃないか。だから今度、日本がやればいいと思うけれども、やるだけの自由さを失ってしまったんではないかと思うわけです。中央官庁が作業の隅々までコントロールする準社会主義国家になった日本の経済システムは、のびのびした個人の活力を掘り起こすシステムをなくしてしまったんではないかっていう気がします。

■ 知恵と活力を封じた40年間

 自民党の総裁選挙に出て、いろんな経験や心の中のドラマがあった。自分としてはよかったな、と思ってるわけですけれども、その一つ、一種のパフォーマンスです。極めて真面 目な構想を立てた人がいた。線香を配ったミスで残念ながら議員を辞職してしまった小野寺君ですが、加藤さん、不登校児の現場なんか見たことないでしょう、行ってみませんかって。で、横浜の、そういう子供たち25人くらいのところに行きました。不登校児が、どういう存在かよく分からなかったので、政治家が行って情緒不安定にして問題を残さんか、総裁選挙のプロセスですから、カメラクルーが2、3社来るが大丈夫かな、とか、メディアの人たちもだいぶ心配しながら行ったんです。驚いたのは、子供たちが極めてしっかりしていること、知的レベルが高いってことなんです。2割くらい情緒不安定な子もいましたけど、その子達が曰く、私たちは、自分の人生のほんとの拠り所を探して不登校になったんだと思ってます。学校では、型にはめられて見つけ出すことができないし、探す作業がとてもできなかった。だから、いずれ私はそれを見つけるだろうけど、そんな思いでいることを分かって下さい、と16くらいの女の子から聞かされた。それから、高3くらいの男の子は、不登校児になったこの2年間の経験は私の人生の中の宝物みたいな期間になると思います、こういう子供たちがいるって他の人たちに話してもらっても結構です、是非伝えてください、と言うんです。帰って家内やいろんな関係者に、いや驚いたよって話をしたら、そら当り前でしょ、だいたい最近の子供たちはあんたたちの時代よりも知的レベルが高くって、悪く言えばオタクっぽいんだけど、無限に興味があるとこに突っ込んでいくんだ。で、例えば国語の授業を50分やって10分休み、数学になり、数学の面白さが分かって、いいなぁと思った時に鐘がなって、こんどは英語みたいなのは、イライラするのが当り前でしょう。それに、規格通りやる教員試験に合格した先生が教えるわけだから、てな話を聞かされました。

 そういえば、僕は日比谷高校だったんですけれども、授業が110分、要するに2時間だったんです。興味を持ち出したら2時間くらいは教えないと興味が育っていかないし、フラストレーションを起こすかも知れない。都立なんですけど、実体的には私立みたいなもんで、校長の菊池さんって人が、20年間、思う存分やってるわけです。都の教育委員会は、全然関係なかった。そこに、教育委員会の小尾さんって人が出てきて、冗談じゃないってな管理教育をやった。都立高校の元気がなくなる原因になり、全国の教育委員会のターニングポイントになったと思います。ですから、当時の都立高は、極めて自由で、のびのびとした生徒が育ち、江藤淳さんのような異才が育ったんじゃないかと思うんです。私たちの国は、すごく才能を持っている。しかしそれを発揮させるシステムを、4、50年なくしてきた。

■ 弱った土壌を修復すれば

 私は農林議員なんですけれども、地元に行くと、農家の人からいわれるんです。最近、農林議員の大家のような顔をしているけれど、農作業をやったことないでしょ、ありませんねぇ、やらせてくれるか、とても触らせられません、と断られるんです。その農家の人たちは、同じ畑で何年も同じ物を作りつづけ、そこに化学肥料をぶち込むと、土が白くなり固くなる、どんないい種を植えても球根を植えても駄 目で、土を砕いて空気を入れ落ち葉を入れて、一番いいのは堆肥を入れて土作りをすると、ほわーっとしたやわらかな、農家の人間にしてみりゃ口に入れたくなるような美味しそうな土になる。そこに種を蒔くと、ほうれん草は青々と、キャベツはしっかりと固く結び、球根は赤、黄色、紫の見事なチューリップになる、政治っていうのもそんなもんじゃないかと思うよ、というわけです。今、土壌を砕いて、もう一回有機肥料を入れてやわらかな土にしていくなら、日本が持っているお金とか技術開発力とか人材とかが花開くんじゃないかと思います。

 こんな演説したところで、でもなぁ、それより明日の予算どうだってな話になっちゃうんですけど、演説だけでは駄 目だというのが、橋本内閣でやったビッグバンを始めとする改革、特に金融改革なんです。外国からお金が自由に入ってきて、長野市の証券会社だってメリルリンチやゴールドマンサックスの傘下に入る。鶴岡の私のとこまで来ないですけれども、山形市くらいまでは外資の端末が来る、ということになると、世の中がグルグル変わってくるわけです。どでかい銀行が合併したり、長銀・山一が潰れたり、興銀が持ち切れなくなって日産がルノーに売られたり、ありとあらゆることが起きてる。この国は、第三の開国を始めたと思っています。ただ、余りにも急激だったから、きしみも出た。取りあえず痛み止めも打たなきゃならん、てことは分かるけれども、実は将来に向けた外科手術の過程で足踏みしたんだ、という意識をしっかり持つかどうかが非常に重要ではないかと思います。ちゃんと持つことができれば、この国は問題を解決していくでしょう。そして、どの世代が本気になって考えるかというと、団塊の世代が考えるしかないし、その世代が会社でも団体でも役所でも一番大きな影響力を持っているんじゃないでしょうか。大体、45くらいから53、4くらいの集まりが、これから20年間の社会をどうするか、この国が駄 目になっていくかを決めるんだと思います。

 ある人達は、この国は年金ももらえない国になる、大学出て、アメリカの学校に行き直して、市民権を取って、この国を後にしたい、こういう若い子達がいるっていうんです。そういう子もいるかも知れません。しかしそんなことになってしまったら、団塊の世代が70になって残っているだけ、というどうしようもないことになります。私は昭和14年生まれですから、皆さんより7つくらい年上ですけれども、我々の世代でやれるだけのことはやっていきたい。

■ 予算が持ってるメッセージが伝わらない

 そういう中で、ものすごく増えた借金の重さを、みんなに知らしめるってことが第一だと思います。償還期間が60年の借金をしてるんで痛痒を感じない。その事実を知って大変なことだと問題視している人は国会議員の中でも案外に少ないんでしょう。昔は10年借金だったんです。建設国債はもともと60年借金だったんですが、昭和59年、中曽根総理が財政再建達成を諦め、赤字国債もポーンと60年にしちゃった。20年か30年にしておけば、今よりも良かったと思うんですが、今は、孫のキャッシュカードでサインしまくってる状況です。調整インフレとかケインズ的な理論は通 じない世界に来てると思います。

 二番目は、研究開発です。ここ4年かなりの努力をしました。12月に決まった12年度政府予算には、例えばDNA研究のプラス660億とか、あっと驚くような前向きの予算がついてるんだけれども、総理は取りあえず景気対策で構造改革は後だといい、政調会長はバラマキがなぜ悪いと偽悪っぽくしゃべる。それで今度の予算が持っているメッセージがぜんぜん伝わらない。だから政治家は、やってますということを自信を持って話すことが必要なんじゃないかと思います。

■ 品川から始まる教育改革

 三番目は、教育改革です。子供たちの能力をのびのびと発揮させる。過去3、40年の日本のマスプロダクションのため画一的な教育をやってきたわけです。これからは極めて創造的な科学探究心を持った子供たちを育てなきゃ駄目だし、美的感覚に自信を持つ子供たちも作っていかなきゃならん。最高のファッションはイタリアのミラノのファッションでが、東京や神戸がミラノを凌駕できない理由はないわけです。三宅一生さんもケンゾウさんもいるわけですから、堂々と日本的な価値で世界にその財を広めたい。日本は、奈良時代から均一的な農耕社会で、社会主義みたいな国だったんじゃないか。江戸の末期に、お上に頼らない面 白い市民社会、地域社会ができていたんですが、明治以来富国強兵ってことで外国の価値を入れるのに精一杯で、自分達の価値を作り上げていく努力がなくなった。漱石の三四郎だったと思うんですが、広田先生を借りて、漱石は、この国はのっぺらぼうな人間を作っている、いずれ潰れるねってつぶやくわけですけれども、ある意味じゃ漱石の予見は当たってる。漱石は司馬遼さんより先にもっと深くこの国を心配していたんじゃないかと、最近、忙しい暇にパラパラめくり直して考えてるんです。もともとそういう性質を持った社会なんだからこそ自立した個人を作るような教育をしなきゃならない。もっと自由にしていかなきゃいけない。まず、小中学校から変えていかなきゃならん。公立の小中の義務教育がなぜ公立じゃなきゃ駄目なのか。私立の中高一貫校は、恵まれた子たちの特権と思われてるんですけど、私立の小中一貫教育に、人数に応じ、義務教育国庫負担金および自治体が使ってるお金を渡していくならば、面白い教育をすると思います。きっかけは品川区から出ると思っているんです。ご承知のように人数が少なくなったから、今年4月から学区をなくし区民なら区のどこの学校に行ってもいいようにした。そうすると、ガーッと片寄ると思います。で、どっかの学校が2、3年するうち空く。その学校をどうするか。いい場所、通いやすい場所にあるはずです。土地の値段をどうするかが難しいでしょうけれども、私立学校経営者にオークションで渡しちゃえばいい。あるところは体育に一生懸命な小中、あるところは芸術に一生懸命な学校、あるところは進学のみみたいなところを作るかも知れない。あるところは英語で小中義務教育をやるなんてところが出てくるかも知れない。それはそれでいいじゃないか。公立学校の先生はパニックになるかも知れない。でも、公立の良さってものを特徴づけるためにそれなりのことをする。で、それは高校にも、大学にも伝わっていくと思います。私は、大学の産学協同、非公務員の独立法人化、将来は民営化を視野に入れるべきといっておりますけれども、義務教育についても見直しを考えなけりゃならん時期にきてるんじゃないか。私の指導者は大平正芳さんでした。彼が総理で僕が官房副長官の時、加藤なぁ、教育に国が口出すと面白くない、文部省は、教育管理省じゃなくて文教施設管理庁っていう感じでいてくれた方がのびのびした子供が育つんだけどなぁ、といったのを最近思い出すんです。この国は、土の固さを砕いてみたら、いろんなところに夢の出てくる、そして夢を創り上げて行く人材が育つ国に違いない。その夢を我々政治家が見れるかどうか、信じられるかどうか、それを繰り返し国民に語っていく力を持っているか、国民から信頼を受け取ることができるかどうかがここ1年の勝負だ、と思ってます。それを受け止め、一緒にやっていただける世代は、実は、団塊の世代で、皆さんたちがやらないと、70になって若い人がいないことになる。しかしそんなことには、きっとならんだろうと思います。一世代上ですけれども、精一杯やりますので、皆さんそれぞれのポジションで精一杯頑張っていただきたい。ありがとうございました。(拍手)

── 了 ──

 

 

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