| どうも皆さん、明けましておめでとうございます。
大変お忙しい中、後援会の幹部の皆さんにこうやってお集まりいただきまして、ありがとうございます。
また、去年一年は、私が総裁選挙に立候補するかどうかで大分ご心配をかけ、立候補したらしたで、どういう成績をとるかご心配をかけて、また皆さんからもいろいろな運動をいただきました。結果はああいうことで、敗れはいたしましたけれども、自分の心の中ではいい戦いができたな、自分の予想以上にいい戦いをできたなという満足感でいっぱいでございます。
ただ、あのときに私が、これは勝ち負けははっきりしているかもしれないけれども、この国をどういうふうに持っていったらいいか、議論しなければならないときではないか、だから私は立候補するんだということを言いまして、何だか理屈っぽいなと思った党内の人々も多かったと思うんですが、ことし、元旦の新聞をいろいろ見ますと、そして雑誌を見ますと、まさにほんとうに人々がこれからの国をどうしようかということを真剣に考え始めたなあという気がいたします。
物事の認識というのは、程度の差があると思います。今、我々の国は歴史的に見るとどういうところにあって、何をしなければならないのかということをそれぞれみんな言葉では話します。しかし、心の中に、ほんとうにこの世の中を変えないと、ほんとうは経済も社会も成り立っていかないんだということをしっかりと心の中に入れるかどうかというのは、これはまた非常に強弱があるところでありまして、我々政治家というのは、一種のキリスト教の伝道師みたいに、そして仏教における僧侶、住職さんのように、時には同じことを言い続けるかもしれないけれども、わかってもらえるように何度も何度も言うことが必要なのではないかなと思っております。
過去二、三年、私が思い、そしてある意味では、ばかの一つ覚えのように話してきたことは、日本の経済はしっかりしたものですと。立派な体力を持っているのですと。ただ、過去20年ぐらい、少し、まあ、いい食事をし過ぎたがゆえに糖尿病になっているみたいなもので、これを治さなきゃいけません。それをしっかりと治して、いい体質になれば、この国は大丈夫ですということを言い続けてきました。その体質改善のために大変な努力をしたのが、私は橋本内閣だろうと思います。
一時、今から15年ぐらい前、中曽根内閣のときも、サッチャーさんやレーガンさんなんかと一緒に、いわゆる小さな政府論で、もう少しきりっとしたスリムな政府、そして社会にしなきゃならないと思って頑張ったんですけれども、国鉄の改革が大きな業績だったと思いますが、中曽根さんという方はどちらかというと、国内経済政策の問題よりも対外関係に興味がある人なものですから、やはり世の中を大きく変えるのは、日本の防衛政策のほうを本音で語りたいという、そちらのほうに重心が移ったように思います。もっともっとあのときに国内の経済がこのままで、水膨れ体質でいいのかということをやっていればよかったような気がしますけれども、それが橋本内閣までずうっと手つかずで来たように思います。
橋本さんが特に金融ビックバンを中心に大きな改革の道を開きました。そのときに私は幹事長でした。で、かなりきつい改革をやったんだと思います。そのときに、皆さん、これから外国のお金が自由に日本に入ってくるようにします。外国為替の完全自由化というやつです。そうすると、外国の銀行も鶴岡で商売するかもしれませんよ。酒田で営業するかもしれませんよ。そこでは、高い金利を預金者に払うかもしれないし、安いお金で、そして担保があんまりなくてもみんなに貸すかもしれませんよ。そういうふうな競争になっていくと、日本の銀行はもちますかね。しかし、もつようにやってもらわなきゃ困るんです。それによって、この護送船団方式でみんなお互いに傷をなめ合いながら進んできたこの日本を少しぴりっとさせなきゃいけませんということをもっともっと明確に、わかりやすい言葉で説明すべきであったのかもしれませんが、しかし、我々、党の執行部にいた人間も橋本さんも一生懸命やったけれども、国民のほうには十分に伝わらなかったのだと思っています。
ですから、貸し渋りが起きて大変だといった途端に何をやったらいいかという、何を政府がやっているのか、この苦しさをわからないのかという声が出てきました。この苦しさは、耐えなきゃならん苦しさなんです。糖尿病だって、食事療法しながら、ほんとうに体を治そうと思うと食べたいものも食べないでやらなきゃいけないし、外科手術が必要な病気は、出血を見るんです。痛みが出ても我慢してくださいね、ほら、今、痛みが出始めたでしょう、ご家族の皆さん、ここでじっと耐えてあげることがお子さんに対する真の愛情ですよということをしっかりと言い切ればよかったんですけれども、やはり世論の中に突然2兆円の特別減税というものを2回ぐらい入れました。つまり、カンフルをちょっと打ったりした。そして時にはメスを持った執刀医の表情に不安がよぎったような感じに見えたもんだから、患者の皆さんは、そして家族の皆さんは、それじゃあ、お医者さんを変えようというふうになったのが去年の参議院の敗北だったのではないかなと思っています。
その後、小渕さんはその患者の痛みというものを十分に声を聞き、ときにはブッチホンで電話をかけてそれを聞いたりしながら、ある意味ではいやしの経済をやっていると思います。そして景気対策が今、主力であると。そして改革の道、構造改革の道はいましばらく凍結すると。なぜならば、いっときに二兎追う者は一兎も得られないんだと。だから今、景気対策に全力を移すということをおっしゃって、やっておられていますが、果たして景気対策の一兎のほうを手に入れたことになっているんだろうか。私は疑問に思います。公共事業が多いときには少し景気が、公共事業関連がいい。住宅減税をやりますと、確かに去年の4−6月は住宅の景気がいい。しかしそれが終わると、やはりまた景気は落ち込むというのが今の心配です。
だから私は今がやらなければならないのは、二兎追うことではないかもしれない。小渕さんのように二兎追うことではないかもしれない。そのとおりだと思うけれども、今追っかけている一つのウサギではなくて、やはり構造改革のウサギ、構造改革の一兎のほうを追いかけるべきではないか。
私は新年になって、ぜひぜひ日本の総理及び執行部に期待したい、要望したいと思うのは、ほんとうに国民に率直にそんなカンフル打っても、もうだめでしたと、ばらまきではだめでしたと、だからほんとうにきついかもしれんけれども、本格的な手術の道にもう一度戻ります、ということをはっきりと宣言することが今重要なんじゃないかなと思います。
なぜならば、国民はそれに耐えるだけの知的水準、十分に知識は持っているし、心構えを僕は持っていると思います。十分に持っていると思います。なのに政治家のほうがやはりここでは苦しいけれども、厳しいけれども、将来に向けてのより堅実な道を進もうということを言ってないもんですから、いろいろな予算をつけているのに、それが評価されていないし、それが経済に向けての明るさにつながっていってない。
例えば、私は科学技術の予算をつけることが今非常に重要なときだし、これが将来の産業発展につながると思っていますから、各分野一生懸命やっております。特に生物とか植物とか動物とか植物に関するバイオテクノロジーというのがあるんですな。この分野で今度つくられた予算では、あっと驚くようなしっかりとした金額の予算がついているんです。科学者たちも、えっ、こんなに私たちのためにつけてくれるの、それに見合うだけの仕事を我々できるだろうかというぐらいの予算をつけてくれているんですけれども、しかし総理大臣は片一方では、そういう将来、先のことを考えるより、きょうの景気対策だと演説されるし、特に名を秘す自由民主党の政策担当幹部、まあ、亀井さんですけどね、亀井さんはばらまきなぜ悪いんだてなことを言っているもんですから、そうすると、予算そのものがばらまきであり、将来よりも今のことを考えている予算だというイメージになってしまう。
私は惜しいことだなと思います。やっていることはかなり前向きなことをやり始めたのに、それが受けとめられないような政治的な発言をしているということは、惜しいことだなと思います。ですから、私は今、自由民主党の評価が必ずしも高くない、特に自自公連立政権の評価は高くない。
しかしいずれにしろ、今年中に選挙があるわけです。私は本来ならば、自自公連立政権のよしあしというものがテーマになるような総選挙をやったら、私は自由民主党というのはかなり大きな打撃を食うと思う。それがテーマの、それが論争点になるような総選挙をやっちゃいけないと思うから、私は今、自自公を解消して、自由民主党1党で厳しい道だけれども、自由党の協力を得て、公明党の閣外協力を得て、そして法案によっては民主党と話をつけて、そして自分の責任で、自分の政党の責任で政治を進めていくことが自由民主党を強靱にし、日本の政治が、そして筋道を取り戻す道になるだろうと思っていますが、おそらくそれは今の執行部にはできますまい。だからそういう中でどうしても今年中にある総選挙を戦うには、経済政策においていっときのカンフル注射、景気対策ということはもう限界に来ています。ということを総理、宮澤さんが明確に言われて・・・。そして今後の経済対策にはお金をかけないでやれる対策というのはいくらでもあるんです。いくらでもあるんです。
例えば、大学の研究室にいろんな新たな将来の製品につながるような研究が生まれるかどうかというと、大学の教授の講座制というものがあって、なかなか若手が伸び伸びと研究できない仕組みになっているが、その大学のシステムを、講座制を変えるということでこの国はまた元気になる。これはそんなにお金がかからないことである。
それから義務教育、小学校、中学校は、必ず市役所、町役場でやることになっているし、この我々の東北ではそれでいいんだと思うけれども、大都市なんか、もうちょっと小・中学校に私立を増やしてみたらどうか。そして参加してくる人数に応じて国民の義務教育負担金を支払うことになれば、もっともっと個性的な小学校、中学校、そして多分、小・中一貫の教育制度になって、子供たちが伸び伸びとしてくるのではないかなどなど、やらんとすればやれることは、お金をかけずにいっぱいあるんです。
今の日本の経済は私はほんとうに心配しているのは、借金のし過ぎです。GNPの120%ぐらいはお金を借りているということは皆さんご承知のとおりでありますけれども、なぜこんなにお金を借りるようになったのかというと簡単なんです。借金が60年返しだからです。で、今年借りた借金が来年1.6%、つまり、60分の1払えばいい仕組みで借りるようになっている。となれば、何ぼでも借りるという気になります。昔は10年で返すということでした。だから、ちょっと借りると、おい、10年で返せるんかなという気になって、あんまり借金しないで政治をやろうと。そのときには、国民の皆さんに、そう簡単に要望どおりおこたえできないけれども、こういう理由ですということを説明する気迫がないといけない。そうしないと予算は出さないわけだから、票が減りますからね。ということで、財政が厳しいときには政治の能力が上がったんです。
ところが、昭和59年、これも中曽根内閣のときなんですが、国にお金がなくて赤字国債を発行するのを、それまで大平さん時代は10年で返していたのを、5回借りられて60年にした。それ以来、孫もキャッシュカードを使って一生懸命借金しているみたいな話になっちゃって、30年後、50年後、多分私たちの孫は、私の菩提寺は正覚寺ですけれども、水をあげてくれないんじゃないかなというぐらいに思います。
そして今、最近、国が出す借金証書、国債というんですけど、大抵10年単位のものを売るわけですけれども、とても10年も貸せませんといって、最近は5年ものの借金証書を出している。3年ものも出している。たしか普通の銀行が出すようなものですよ、この3年ものの借金証書。そして、最後には税金。ちょっと今金利安いけれども、将来金利が上がったときには、そのときの金利に合わせて、変動金利つき国の借金証書。変動利率つき国債の発行みたいなところに、もう追い込まれていまして、ここから先は、あと日銀にも、日銀のお札印刷機に借金証書を交わすしかなくなってくる。これをやったら、私は、すべてがおしまいになってしまうのではないかと思っています。だから、その国の借金が実は60年返しだということを、ほんとうに心の中でびたーっと考えている政治家というのは、もしかしたら一、二割を切るのかもしれません。そういう中で政治が進んでいくことの怖さ。
一昨年、私は小渕さんを山崎拓さんとともに総理に推しました。推した私たちがあっと思ったのは、総理が総裁選挙のキャンペーン、運動の中で、当選したら、6兆円の減税をしますということを言ったわけです。まあ、減税っていいことじゃないか、国民のためにいいことじゃないかとみんなは思ったと思うんですけれども、しかし今、私たちの国は、80兆円ぐらいお金を使っているうちに、税金が入ってくるのは50兆ぐらいなんです。非常に大ざっぱに言いますと、80兆ぐらい使っているうちに、税金が入ってくるのは50兆足らずのところで毎年6兆円減税しちゃうというんですから、これは大変な減税なんです。
それで景気がよくなればいいと思う、いいじゃないですかという議論で、みんなは景気がよくなる、私はよくならないと、こう言い続けてきましたが、答えは今、景気はそんなによくなっていないと思います。それでも減税はずんずんと毎年6兆円ずつ行われて、借金がどんどん増えていく。ですから私は、この国、政治がもう一回節度を取り戻さなければいけないと思います。
私は、保守政治というのはどういうものなのかなと時々思うんです。保守政治というのは何なんだと。で、それが資本主義、自由主義市場を信奉するレッセフェールと、そういうイデオロギーに基づいて、社会主義と対向する政党かな、一般的にはそう言われているんですが、冷戦時代のときに。しかし、自由民主党が過去四、五十年やった政治は、ほぼ国民に結果平等を一生懸命もたらし、ある意味では、国家社会主義計画経済みたいな状況になっています。
ゴルバチョフさんがかつてアメリカで記者会見で、「ゴルバチョフさん、ソ連の計画経済、社会主義はだめじゃないですか」と聞かれたら、「いや、そうなんですよ。いずれ我々のペレストロイカ、いろいろもので直していこうと思っています。ただ、皆さん、一言言っておくけれども、世界の中で社会主義がうまくいっている国が1つあるんです。それは日本です」と言ったわけですね。で、記者団が、日本が社会主義なんていうことは、ゴルバチョフの国際的知識はこの程度のものかと、みんなあざ笑ったそうですけれども、よく見ると、ゴルバチョフが日本の本質を一番よくわかっていたというのが後でみんな気がついたことだと思うんです、そうでしょう。
幼稚園に登校する子供たちが、何か事故が起きたら、必ず政府は何とかしてくれるということです。しろということですから、役場の村長とか、町長、市長の仕事になる。何かあっても全部、役場が何している、厚生省、大蔵省は何している、景気が悪くなれば、通産省は何しているということですから、しかし、通産省が何か手を打ったら、ある電気メーカーにたまっていたビデオだとか冷蔵庫が飛ぶように売れるなんてことはないわけです。
ある関西地方の財界人が言いました。「加藤さんね、政治に何か手を打たすといったら、我々の商品が売れていくなんて思ったら、我々の会社はつぶれます。通産省の役人に会社の経営なんかできない。通産省の役人に在庫を売り切れるような方策を考えさせろったってできない。だから、もう自分でやらなきゃいかんと思っています」、こう言っていましたけれども、1年半ほど前にそうおっしゃったから、かなり見通しのきかれた方だなと思っています。
私は今年元旦から、経済団体の首脳陣、今井敬経団連会長を中心に、もう政府に頼るのはやめよう。やはり、自分たちで頑張っていかなければ、この国はだめだという方向にだんだん向いていくだろう。そして、それは望ましい方向ではないかなというふうに思っております。私が、この国はそういった、いろいろ改革をし、みんながあえて冒険をする、リスクをとる、そういう社会になれば、いつも言っておりますように、すばらしい国になるだろうと思っています。ただ、お互いに最近は横を見ながら、会社の中でも一緒に、一歩先んじて失敗して足を引っ張られるようなことのないようにみんな考えるものですから、ですから、どちらかといえば冒険しない企業群になっていたと思うんですが、しかし、私たちの国には、すばらしい人材がいますし、科学技術の進歩もすばらしいものがあるわけです。
先ほど言いましたように、私はライフ・サイエンスという生命科学を一生懸命推進する自民党の議員連盟の会長をして、一生懸命応援しているんですけれども、あと5年か10年で、がんはあるところに行くんじゃないかなと思います。遺伝子を見つけて、かなりの対応ができるところに来るんだと思います。
それから、難しい言葉ですが、「胚性幹細胞」という言葉がありまして、要するに、人間の受精卵というのがこう黙っときますと、だーっと手になったり、脊髄になったり、筋肉になったり、脳になっていくんですよ。そのときに、一番最初の段階にある薬を入れまして、おまえは目になれよ、おまえは目になれよと言うと、眼球だけになっていくんです。これ、4日ほど前の毎日新聞の一面トップに出ていたと思うんですが、それの薬品が見つかりまして、したがって、神経細胞を、神経臓器を、感覚器臓器をつくる気になればつくれるという原理が日本の学者の間で見つかりました。ただ、そうなると、人間の部品をつくれ、これがいいのか悪いのかというのはいろいろありましてね。今、人間をつくれるわけです。ヤギでドゥリーという哺乳類の全く同じものをつくっちゃいました。ですから、人間も哺乳類ですから、ほんとうにやる気なら、クローン人間で田中真紀子さんを100人つくれるんです。亀井静香さんと同じ人を100人つくれるんです。そのときの政界はどうなるのかというふうに考えると、まあ、大変なことになるなというふうに思っていますが、そういう個体をつくることはよしましょうというふうにみんななっているんですけれども、目とか心臓とかをつくるということが可能になってくるわけなので、まあ、これからはいろんな、農業の分野でも大きな変化が起きてくるのではないかと思います。
トマトが1本の苗から四、五十の玉がつくんですか、わかりませんが、農家をやっている方、四、五十でしょうな。ところが、そのトマトの苗木が持っている生命力を見ると、1,000個ぐらいつくんですね、玉が。筑波の科学博では、それを実行しました。うちの家内のおじがそこの館長をしていたものですから、役得で1つ食べたというので、「味はどうでしたか」と聞いたら、「普通のものより味があってうまかった」と言っていました。だから、農業も大きく変わる。だから、我々の庄内の農業がこれから一番重要なのは、仮に一反歩から25俵ないし30俵とれる技術が手に入ったときに、それを地元にどう伝えるのかという技術普及所をどう考えていくかということなのではないかなというふうに思います。
確かに今、庄内のお米の状況は厳しい。特に一等米比率が非常に低い。そういう中で、私は今年ほど、いや、去年から今年にかけてほど、庄内の米づくり農家ががっくりきていることはないように思います。しかし、この間、鶴岡の遠藤農協長さんに聞いたんだけど、「かつて鶴岡は120億円の米代金が入っていた。それが80億円ぐらいに減り、今年は非常に調子が悪いので、下手すると65億前後に落ちるかもしれない」と言っていました。「枝豆はどうなの」と言ったら、「市農協で売っているのが3億。しかし最近、「鶴岡だだちゃ豆」というのがいろんなところから出ているから、その売り上げ全体を見ると10億ぐらいになるかな」ということを遠藤さんは言っていましたけどもね。
だから、これからいろんな新しい製品をどうやってさばいていくか。特に「だだちゃ豆」なんていうのは、全国で欲しいと思っている人の10分の1ぐらいにしか渡していないんじゃないでしょうか。物すごいもんです、東京での評価は。まあ、私も一生懸命PRしたつもりなんだけれども、NHKにどこかの筋で、JRの列車内の新聞に、雑誌に載り、ですから、我々はこれからいろんな分野で新しい農業を考えていかなきゃなりませんが、問題はやはり、農業に携わる人が意欲を持つことではないか。花でも鶴岡市農業だけで約5億前後は売っているはずでございますので、そこまでいってないかな。ですから、私はこれからいろいろ、商売としての農業ということがどんどん進んでいくようにすべきではないかなと思っています。
先ほど、私は、この国の人々は世の中を改革していこうとすることをわかってくれるに違いないということを申しました。今から3年前の自由民主党の、我々が政権をとって、私が幹事長のときの総選挙で、衆議院選挙で、私はいろいろ悩みましたけれども、いろんな声がありましたけれども、消費税を3%から5%に上げさせていただくということを幹事長として総理とともに演説して、勝ちました。世界先進国の選挙で、なおかつ衆議院のように一番重要な選挙で、増税を打ち出して勝ったというのは、ここ四、五十年、あの選挙だけだったんじゃないかと自負しています。必死になって説明するとわかってくれるんですね。
この間の介護保険の騒ぎもそうですよ。介護保険の騒ぎも、みんなで介護って大変だから保険でやろうと、市役所が一生懸命説明に来たし、役場が説明に来た。役場の説明なんていうのは、担当の課長だけでは当然足りないから、役場の職員全員に介護保険の話を教え込んで、町長、助役、担当課長が。それで、建設課の課長も、商工課の課長も、課長補佐も、一緒になっていろんな集落に出ていって、夜、時間外に3人、5人を相手にして説明した回数は何ぼになるか。そして、みんなわかってくれた。なのに国のほうが、それはとらないようにしようとか、1年延ばしにしようというのは何事だという怒りというものは全国から強烈なものがありました。
私は、あの党の判断は間違いだと思います。国民に率直に、やっぱり介護というのは大変だから、皆で頑張ろうねと訴え続けてきたその方針どおりでやるべきだったと思います。私は、介護の話というのは、数字を入れてみると一番よくわかると思います。今、全国に1億2,500万人の人口がいて、65歳以上のお年寄りが2,200万人いるんです。ところが、介護が必要な人は105万人います。だから、20分の1なんです。それはそうでしょう。65から85まで生きていて20年。介護が必要になるのは最後の1年ぐらいでしょう。だから、20分の1なんですよ。そのうち、寝たきりでどうしようもないというのが35万人ぐらいでしょう。だから、老人の1.5%ぐらい。ただ、この1.5%に入ってしまうと大変です。それは、お下の世話から何から全部ですから。昔は大家族制度ですから、そのおじいさんの連れ合い、嫁さん、家の中にまだいる娘、次男の嫁、みんなでかなりやったわけですよ。
今は老老介護が、まあ、珍しく嫁さんがいて、その嫁さんが一生懸命やってくれるということが家族介護の姿ですが、あれを病院でやってもらいますと、1カ月55万円かかります。市役所、国からは、国民健康保険からは。で、当人は五、六万円です。1カ月ですよ。特別養護老人ホームに入っていただくと33万円、1カ月。当人負担4万円。その人を自宅で家政婦さんを雇ってやるとすると、1日、この辺で何ぼで来てくれるんですかね。まあ、8,000円から1万円いくか、そんなところかな。東京だと1万2,000円で来ませんよ。ということは、1カ月で40万円ぐらいかかるということです。1年で500万円ぐらいかかるということです。
そんなのは、その家庭だけでは耐えきれない大火災みたいなもので、大病にかかったようなものだから、みんなで日ごろから銭を出しておきましょうというのが今度の介護保険税。だから、そこの仕組みをしっかりつくっておけば、いざというときに、まあ親戚だということにはならないだろうということになるんだと思うんです。
そこを安心をしてもらえば、老後のために銭をいっぱいためるより今、使おうという気になる。みんな、万が一、自分が72歳ぐらいで脳溢血になって、ヨイヨイになって、それから8年生きたらどうしようぐらいに考えているわけです。そのためのお金を用意しようと思ったら、膨大なお金を用意しなきゃならないから。
だから、人間はおもしろいですね。男の平均寿命は76歳なんです。女性の平均寿命が83歳なんです。ところが、自分だけは100歳ぐらいまで生きるものだと思っているんですね。自分だけは長生きするものだとみんな思っていて、それに合わせてお金をためていたら、みんな使わなくて景気はよくならない。これから、年金にしても、介護にしても、大丈夫だ、仕組みをつくっていきますからということを言えばいいのだろうと思います。
子供は、ほんとうにもっと生まれるようにしなきゃならんけれども、これはちょっともう時間がないのでやめますが、1つは、時間外保育などの保育所対策をしっかりやること、最後は、スウェーデンとかドイツが子供がぐっと少なくなって盛り返した、その最後の決め手は何だったかというと、男が育児休暇をとったことなんです。男が育児休暇をとるのを、会社も社会もある程度認めたことから戻ってきたんです。これは、今でも建前上は男も育児休暇をとれるようになっています。しかし、例えば鶴岡市あたりのどこかの会社で、あの男は子供が生まれたときに、半年は奥さんが見たけれども、その後の半年はだんなが育児休暇をとって会社を休んで育てているらしいというと、どんな感じになるのかな。ちょっと出世がとまるんじゃないかな。そこで出世がとまらないような社会をつくれるかというところ、つまり子供を産むということは男女の共同の作業ですよというあたりを、しっかりと社会の中で根づかせられるかどうか。
実は、私も感度は鈍かったんですが、子供4人もありながら、おむつを取りかえたことがほぼゼロという歴史的、化石的な人間なんですけれども、家内から、要するに、そういう部分というのは非常に重要だと言われて、それでドイツの例、スウェーデンの例、日本の福祉関係の専門家に聞いてみると、やっぱり最後はそれなんですね。
だから、これはちょっと時間がかかることだけれども、まあ、この国を若くしたいと思ったら、自分の会社の課長が、半年、育児休暇をとったときに、いいよと。それ、言えるかな。言えないよね、当然。まあ、そんなところではないかなというふうに思います。
さて、今年は選挙になります。過去10年ほど、私も忙しい日々を過ごしました。大変な政治の動きがありましたし、その中で政調会長や幹事長なんかをやりながら、総裁選挙に立候補しながら、地元にごぶさたの限りを尽くしているように思います。できるだけ今年はこちらに参ろうと思っておりますけれども、しかし、全国の同志の応援にあちらこちら行かなければならないことも多いのです。今日は浜松、明日は宮崎とか、何か旅がらすみたいにあちらこちら歩いておりますけれども、そこでいろんなことを訴えながら、同志の数をしっかと保持していかなければいけないと思いますので、ともすれば、この第4区の選挙は手薄になりがちかもしれません。
でも、過去15年ぐらい、うちの後援会組織というのは事実上、選挙となると、みんなワッと集まってくれているけれども、連合後援会というのは、会合を開いたことが10年ぐらい1回もないという空っぽ後援会で機能してきておりましたが、去年、連合後援会の会長に鶴岡の後援会長である本山彌庄内交通社長にご就任いただきました。そして、庄内2市14町村にしっかりとした組織をつくっていただきまして、そしてこれからいろんな活動や、それからいろんな情報の伝達ができるように、もう一回システムを考えて、コミュニケーションをとれるようにしていかなければならないと思っております。
その過程の中で、中央の政策の動き、それから個別的にいえば、それぞれの市町村での予算要求の行く末、途中経過ということもいろいろご心配でしょうから、それもそういう情報の中に入れられるように印刷物を考えていきたいなと思っておりますし、それから去年の、今から10日ほど前のクリスマスの日に、インターネットというもののホームページを開きました。庄内で、このインターネットというものを開いて情報をとる人が何人いるかということを調べてみたんですが、わからないんですが、大体1万人ぐらいいるようですね。ですから、私のインターネットホームページの中に、特別に庄内のコーナーというのをつくって、そこでお互いに意見のやりとりをするようなことをしていきたい。庄内の全体で1万人というと、かなりのものですよ。かなりの数だなと思いますので、そういったことも、情報伝達の手段に使っていきたいなと思います。
また、愛鶴会を通じて、婦人の皆さんからも大変大きな支援をいただき、また、組織を、今度は東田川郡のほうにもつくっていただきましたことを感謝いたします。
大変長い間、ご支援をいただきながら、去年の12月5日から、私は第28年目の代議士生活に入ったわけで、時のうつろい一時の夢かなと思うぐらいのものでございますけれども、しかし、そうこうしているうちに、大平さんに特別の愛情をかけられたとか、それから私自身の努力もあるつもりですが、父親加藤精三にお与えいただきました愛情を私にもいただいたという地元の恵まれた条件とか、それから、やはり国が大きく動く中で、ずっと政治をまじめに考え続けることの意味をだんだん人にわかっていただけることとか、などで今、政治生活は比較的、力強い歩みをさせていただいていると思っております。
去年あたりから今年の正月にかけて、私は大晦日と1日、2日、家から一歩も出ませんでした。家族とともに紅白を見たり、タレントさんの隠し芸大会を見て、うまいなあと思ったりしましたが、それ以外の時間はほとんど書類と本を読んでおりまして、そして、これから我々がこの国をどうするか大変重要な責任を持たなきゃならんときが来るかもしれんけれども、そのわりには自分は浅学非才だなあ、学ばなければならないことが何と多いことか。学んでないことが何と多いことか。ほんとうに常識的なことさえも知らない分野が何と私には多いことかと考えると、うかうかしていられないなというような気持ちで日々、時間と闘いながら、研さんを積んでおります。
何とかこの国を私は、そうですね、世界の中で一番賢い日本人にしたい、そして世界の中で一番しぶとく商売のできる日本人にしたい。そして山川草木、すべてのものに神が宿る、そしてその気持ちで自然を大切にするという自然との共生という感覚を持ちながら、世界の中で一番きれい好きな、自然に関して、自然の観点からいえば、最もきれい好きな日本人であったらいいなと思います。どこに出しても日本人は賢く、どこに行っても日本人はしぶとく自己主張し、そしてどこに行っても日本人の人たちが自然に向ける目の崇高さというものはいいな、あれが伊勢神宮にあらわれているのかななどと思っていただけるような社会をつくっていければ、私はこの国はもう一回、アジアの中で、そして世界の中で敬愛を集められることができると思っています。
ある意味で戦後、吉田さん以降は政治が必要でない、役人が全体を決める時代が続いたように思います。しかし、これからはまさに政治が必要なとき、政治の復権のときに来たなと思っております。今、だれが総理になったり、大臣になったりするかということも重要ですけれども、そこの地位についた人間が何をするのかというのが最も重要なことではないかと私は主張したいと思います。やるべき仕事、追っかけるべきビジョン、そういうものをしっかりと提示できる、リーダーとしてみずからの研さんを積みながら、頑張っていきたい、こんなふうに思っております。
皆さんのご支援を相変わらずお願いいたしまして、ごあいさつにいたします。どうもありがとうございました。
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