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平成13年3月7日 於:日本化学会

科学技術立国による政治家の役割

 
 
 

【司会】日本化学会の平成13年度の会長に就任して7日目の岩村でございます。本日は加藤紘一さんを迎えて、午前の部の司会を仰せつかっております。加藤さんには昨年4月に化学系の6学会長との懇談の機会を作っていただき、また5月には化学関係学協会連合協議会(学協連と略称させていただきます)のメンバーに「科学技術創造立国日本」と題してご講演いただきました。ここで頂いたご指摘を中心に、この会では「政策会議」を作り6か月間の委員会活動で「中間報告」をまとめるところまできており、これはいずれご報告したいと考えております。さて本日は、全国行脚「加藤紘一がゆく!」の一環として学協連においで頂きました。お忙しいところ誠に有難うございます。

加藤さんには科学技術について特に関心を寄せて頂き、政調会長の1995年の予算編成時に「科学技術研究費の増額検討」を大蔵省に指示して、この科学技術に関する「知的財産」というものも「建設公債」と同じような対象となる次世代に引継ぐべき資産なんだという、こういうコンセプトを掲げてこれを浸透させて下さった。こういう大きな御業績があります。私共に一番身近な御業績であります。

その結果1996年度には予算編成にこれが反映されまして、科学技術庁では、例えば「戦略基礎研究制度」、通 産省では「創造的産業技術研究開発促進制度」がスタートしました。引続いて次の年には文部省即ち日本学術振興会でもこのような制度が発足しております。1996年11月には科学技術基本法の最初のものを議員立法で成立させるといったことをやっておられまして科学技術に理解の深い数少ない国会議員の一番先頭を走っておられる方である、ということであります。

最近では、昨年バイオテクノロジー、今年に入ってナノテクノロジー、この国全体にまたがるプロジェクトを中心になって立ち上げて頂いておりまして、私共、いろんな形でこれに恩恵をこうむるだけでなくて、活動をさせて頂いているというところであります。

前回に引続いて貴重なお話を伺う機会を持てましたことを大変嬉しく思っております。それでは加藤紘一さんよろしくお願い致します。

【加藤】皆さんおはようございます。

私の全国行脚の一環として、今日こちらにお招きいただきまして、ありがとうございました。

特に化学基礎研究の分野、または技術開発の分野で御活躍の皆さんにお会いして私の考えを述べて、いろいろと御意見も聞けるということで喜んで参りました。

最初30分ほど私からお話しして、その後、皆さんとのディスカッションで会を進めていければと思っております。

私は科学少年ではございませんでした。人間、文科系・理科系と分けるのはよくないんだそうですけれども、どちらかというと、文科系の典型的な人間でございます。

実は今から10年くらい前、ちょっとしたきっかけで私は自由民主党の科学技術基礎研究の委員会みたいなものがありまして、その委員長を預かっていたことがあります。私の前に委員長をしていた中村喜四郎さんという科学技術庁長官経験者が、その後、ちょっとしたことで移らなければならないので、私に預かってくれというんで、1年間お手伝いしたことがあるんですが、ほとんどそのときには何もやっておりませんでした。

今、会長がおっしゃいましたように、95年のとき、何故か私は急に科学技術の面 の力を付けないとこの国はだめになると思い込みまして、一所懸命、急激に仕事をするようになりました。

きっかけは、平成7年の3月か4月ごろでしたが、日本の貿易が大変いびつな構造になりまして、円が79円75銭にまではね上がっていったわけです。次から次へと産業は安い労働力を求めて外国、特に東南アジア諸国にいきまして、どうも空洞化していくに違いない。さて、日本の産業が空洞化した場合に日本に何が残るんだろう。みんなまっさおになって考えたわけです。

「いや、そんなこと言ったって、非常に中心的な技術は外国にはまだ渡せないんで、本当に重要なものは日本はあるんですよ、置いておくんですよ」という議論が当時大分あったんですけれども、しかし、例えばシンガポールに進出した日本の大手電気メーカーなどの工場などに行ってみますと、確かに白黒テレビの簡単なものはあそこに任せて、そこからアメリカに輸出する、ないし日本国内に持ってきて売るということをやってはいるんですけれども、その工場を見ますと、はじの方にR&Dの部分がちゃんとでき上がっているわけです。そこでどうやってラインを簡素化するとか、新たな技術をどこかで生み出していこうとしている。その東京に本社がある大手メーカーの企画室のメンバーに聞くと、やはり製造があるところに研究開発の部分というのはできるんで、かなりの部分を将来、諸外国に出してしまうことになります、という話でした。

この空洞化の流れをずっと見ていたものですから、その大変な円高という中で、日本に一体何が残るんだろうということを考えて、これはやはりよほど先進国に先駆けた科学技術研究で蓄積をつくり上げていかなければいけないと思いました。それが直接のきっかけでございます。

私自身、昔外務省の外交官を8年ほど勤めて、そして、辞めて国会議員になった人間です。父親の地盤というのが残っていたものですから、国会議員になったんですけれども、政治をやりながら日本のポジションを考えると同時に、世界の政治というのはどうやって動いていくのかということを考えてみますと、やはり戦後の国際政治というのは軍事能力、特に核能力でその力関係が決まっていたことは否定できない事実でございます。

しかし、ソビエト体制の崩壊、ベルリンの壁の崩れと同時に、基本的には世界政治は平和の方向に動きつつある。もちろん、湾岸戦争があり、世界各地で局地戦争があり、また、北朝鮮は核能力を開発しようという貧者の気を吐く外交みたいなことをやっておるわけですけれども、いずれにしろ、冷戦終了後は国際政治はどちらかというと、資本というもので動いていると言っていいんだと思います。

具体的に言えば直接投資というように、相手の国の産業に資本参加していくというケースもありますし、それから政府が相手の政府に与える経済援助という形もあります。それは単にお金をあげるという形もあれ、貸すという形もあります。

最近は、政府が相手側の国の主力銀行にお金を貸して、それから民間にお金が行く、ツー・ステップ・ローンという形もあるわけですけれども、いずれにしろ、かなりの分野で資本の論理が国際政治の中で大きく力を発揮しているということは紛れもない事実であります。

最近、我が国と東南アジア諸国の関係は比較的いいんです。4~5年前にアジアで金融危機が起きたときに、IMFはそれに対処するにはこうしなければならないというかなりドラスティックな説教をされ、そして、その道筋を、あたかも教師が学生に教えるが如く説いているわけですが、プリーチングをしているわけですけれども、日本はそういう説教はしなかった。説教はしなかったけれども、本当に苦しくて、苦しくてどうしようもない国々にお金を貸したり、あげたりしました。その金額は850億米ドルということですから、日本円に換算すると9兆円です。宮沢プランという形で出しました。9兆円というのは相当の金額でございまして、いわゆる長銀と日本債券銀行、日債銀の破綻で政府がつぎ込んだお金が7兆か8兆か、そのくらいの金額でありますので、いかに膨大な金額であるかということがおわかりになると思います。

我々から見ても9兆円というのは大変大きな金額ですが、翻って諸外国のGNPというものがどの程度の大きさかということを見ますと、フィリピン、シンガポール、これらの国のGNPは日本のGNPの2%でございます。タイ、インドネシアが4%です。ですから、それに比べて日本でも大きいと思われる9兆円というお金が出ていくことがいかなる意味を持つかということはおわかりになると思います。

もともと私はアジアの金融危機というのは、アメリカの金融技術力の進展によってデリバティブスというお金を回す技術が発達して、それでアメリカ自身にあまりお金の貯蓄はない国なんですけれども、諸外国のどこにお金があるということを見事に見極めて、攪乱してかなり持っていったという種類の話じゃないかと思います。

では、アメリカの金融業が大変お金が手に入ったかというと、それをロシアでデフォルトされて、つまり借金は返しませんよとロシアにやられて全部すってしまった。ロシアですり、ブラジルですったと思います。ですから、最近、ヘッジファンドとかデリバティブという言葉が聞こえない、静かになっておるわけですけれども、プラスマイナス、とんとんになったんじゃないかなと思います。

逆に言えば、我々はアジア諸国を助けるという形でお金を出しましたが、それがアメリカのヘッジファンドに回っていって、ロシアですったというならば、我々がロシアに直接お渡しして、感謝されるならまだしも、そういう形でかなりのお金が出ていったというのは事実であります。

ちょっと横道にそれましたが、それでわかるほど資本というものは今、いろんな意味での働きをしていると思いますが、これは私は後10年くらいで終わるんじゃないかなと思います。

10年後に世界政治を左右するのは何かというと、テクノロジー・トランスファーじゃないかなと思います。日本と韓国の関係は既にそうなっておりまして、かつて日韓の間には賠償という形にはしないけれども、円借款という形で韓国にいろいろなお金を提供したわけです。そして、戦争処理の一種、賠償基準の働きをしたわけですけれども、それでかなり韓国経済も軌道に乗り、発展を始めて、その過程の中で、「そろそろお金はいいから技術をください」という動きが約10年くらい前にありました。今でも続いております。日本の政府としては「そうは言われても、政府が技術を持っているというのはあまり多くないので、それぞれの民間企業が持っています」ということを申しまして、「そこはなかなか難しいんですよ」と。「いや、政府が声を掛ければ民間企業も韓国に技術を出すでしょう」「いや、そういうものではありません」ということで日韓の間で大変摩擦になった一時期がございます。最近は韓国の方もわかって、そして、極めて具体的なことを言えば、九州方面 に工場のある大企業の技術士さんを土曜日、日曜日、韓国との間は1~2時間ですから、ちょっと行ってもらって、呼んでアルバイトで技術を教えてもらうとか、働いてもらうという形が恒常化している話はよく聞く話ですが、そういう形で日韓の技術の移転は進んでいると思います。こういう技術を欲しいというときに、我々が渡せるかということですけれども、渡すには我々に技術がなければいけないし、かなり蓄積がなければ寛大に、ジェネラスにどうぞと差し上げることができません。

日本の経済が戦後かなり発展した原因はどこにあるかというと、池田勇人内閣の時代の高度経済成長のデザインを書いた下村博士という方がいらっしゃいますけれども、その方の理論は、「言うなれば日米の間に技術格差があって、その技術格差が日本経済をプルしていった、牽引していった。この技術格差がだんだん消滅するにしたがって、日本経済の発展のエネルギーが失われていった。だから、我々自らがその技術をつくらなければならない」ということを亡くなる前まで力説されておりましたけれども、その割にはいただく方になれていた日本は、下村さんが晩年そういうことを一所懸命おっしゃっても、なかなか自分でクリエイティブにつくっていくという発想がなかったのではないかと思いますし、政府のサイドにもそれがなかったように思います。

そこで、いろんな方が努力されましたけれども、95年あたりからかなり本格的に政治の世界でも技術ということを言うようになりまして、その中で一番大きな働きをしたのはだれかというと、数多くの国会議員が努力されておりますけれども、尾身幸次さんは通 産省出身で、その後、科学技術庁に出向して勤められたという役人時代の経歴もあって、かなり一所懸命やってくれました。私が政調会長のときに、私と彼とで組んで、いわゆる科学技術基本法というものを制定させることができました。

一方、私は政調会長として、さっき言いましたように、日本の経済の将来、日本の社会のフロンティアという側面 から考えると、どうしてもこの分野に大きな働きをしてもらわなければいけないし、これこそ日本が誇り得るものだと思っておりましたので、いろんな形で努力をしてきたつもりでございます。

ある日私は、がん研の名誉会長をされております私の郷里の先輩に言われました。「加藤さん、我々科学者というのは、現在ある科研費、当時850 億円くらいでしたが、これを何とか1,000 億円にしてもらいたい。それが我々の今の夢なんです」

私は当時、政調会長として、景気対策として、何としてでも公共事業で刺激を与えていきたいと思っていまして、あと5,000億増やすとか、あと1兆円増やそうかというオーダーで仕事をしておりましたから、世界に冠たる学者の方々から、850億を1,000億にしたいというようなことをおっしゃるのを聞いて、これはかなり申し訳ないことをしているなという気になりまして、一体この単位 の違いはどこからくるのかということを考えました。もう一つ、当時東大の吉川総長に会いましたら、「加藤先生、基礎科学研究の命というのは25歳から35歳のときなんです。いわゆるポスト・ドクターの時期と言います。この時期、実はいろんなものを創造して業績を上げるんだけれども、日本の場合には、ポスト・ドクターのポジションがあまり多くありません。アメリカに行ってしまいます。それは当然でしょう。その時期、若い者は結婚もします。子どもも生まれます。そうなりますと、ポストもない、結婚でいろいろ生活費もかかる。受験予備校で教えながら夜遅くまで自分の好きな研究に没頭する。しかし、それではどうしようもないときが来るんでアメリカに行くんです。その人たちに年間300万円でいい。そして、全国で5,000人の枠でポスト・ドクター支援計画を考えてください。そうすれば、日本の基礎科学研究は全く様相が一変するでしょう。できればその中の3割は外国人を呼んで刺激を与えてみたい」ということをおっしゃるんで、また例によって私は計算をしますと、300万円で5,000人、1,500億円かと思ったら、150億円なんです。あらっと思って、そうですか、年間150億円で一変しますかと言いましたら、一変しますと吉川さんがおっしゃるんで、わかりました、それでやってみましょうと言って、300万円じゃちょっとひどいんじゃないかなと思いまして、500万円にしましょうと吉川さんに申し上げて、当時、そういう若手ポスト・ドクター支援プログラムは2,000人分くらいはありましたんで、それは足して全部で1万人にしようということを考えまして、5年でやろうと思いました。これだって、500億円です。

そこで、どうして学術研究関係の予算が、科研費850億円にしても、それから、今の500億円のポスト・ドクターの話でも難しいかというと、これは皆さんも既に御承知だと思いますけれども、国のお金の調達の仕方というのは3種類ございまして、1種類は税金で取るというものでございますが、2種類は借金するというものです。この借金に2種類ございまして、いい借金と悪い借金があるんです。後々まで財産が残る道路とか橋とか羽田空港というのは、これは末代の若者にも負担させてもいいと思うから、少し大掛かりな借金をする。つまり、建設公債という形で借金をする。

一方、科学者に渡す給料というと、その人の生活費に消えていくわけで、これはそのときどきで消えていく借金だから、これは赤字公債といってあまりやってはいけない借金である。学者の人が頭の中でぼわっと考えて、研究して、跡形もなくなってしまう。論文の1つか2つか残るかもしれないけれどもというわけで、これは本来やってはいけない借金の使用の道であるということになっているわけです。

また、科学者の方は、若干それなりに論文もお書きになられるかもしれないけれども、そこで研究補助員になっている人、そこのビルディングを掃除する人、その人たちの人件費に消えていくというのであるならば、ほかのものとの区別 がつかないから、学校、教員の人件費も保育所の保母さんの人件費も、何だかんだすべて借金して賄えばいいじゃないかというので、そこでは歯止めがきかなくなるというわけで、これはやっちゃいけない借金の種類に入ってますから、極めてお金の出し方が渋いから、単位 が一桁違ってしまうということになるわけです。

 

しかし、どう考えてもこれはおかしいんじゃないか。例えばものすごいバイオテクノロジーの世界で遺伝子が発見されて、そしてアルツハイマーの遺伝子はこういうものです。これにはこういう薬でやればいいんですという治験をだれかが発見したとするならば、これはものすごい財産なんで、これによって健康保険の方が毎年1,000億円経費が掛からなくなるということは、簡単に想像がつくことです。

それから、ニュートンが発見した原則というのは、今まで何百年財産として残っているじゃないかということを考えれば、だれが考えても財産が残る残らない話というのが、橋だけに限られるというのはおかしい。

そこで私は当時政調会長をやったり、それから幹事長になったんですけれども、科学技術庁や通 産省のお役所の方は課長レベルの人やいろんな人に、「あるコンセプトをつくって、そこには財産が残る話だから、いろんな研究成果 は財産として残るわけだから、そこを何かほかのいろんな公務員の人件費とは違う形の仕分けの概念を考えて、後々まで残る知見が財産であるという言葉を10文字くらいで考えてくれないか。できれば、5文字くらいで考えてくれないか。1字1,000億円に値するくらいの予算を取ってみせるんだが」と、こう言いました。

というのは、役所というところは、理屈がつけば1,000億円でも出すし、つかないと1,000円でも出さいような仕組みになっていて、大蔵省内で、また、各官庁の中で説明ができるコンセプトがあると、予算というのは取る戦略が生まれてくるんです。なかなかその言葉が出てこなかったんですけれども、ある学校の学長さんと話していて、その方が、「加藤さん、知的資産という言葉で勝負されたらどうですか」ということをおっしゃいまして、それ、いただきと言って、知的資産という言葉を使って、その後、篠沢さんという方が大蔵省の主計局長だったんですが、彼と渡り合いまして、建設公債の対象に知的資産の形成ということを、道路、橋並みに重要な位 置付けにいたしました。いたしましたと言っても、これは1年かかった私と大蔵省の激しい闘争でございまして、ちょっとヤクザなことなんですけれども、「この部分の要求が通 らないと、自民党の政調会長として予算の政府原案を1週間延ばす。いいですか」というぐらいのある種の怒鳴り合いをやったりして、ちょっとあまり知的でないことも、体育会系的なこともやりながら、やったんですが、やはり篠沢さんという方が、前に文部・科学の主計官もやった経験もありまして、彼自身、主計局長の立場ですから、新しい概念を入れるということには当然、抵抗されるんですけれども、しかし、やはり彼が抵抗しながらも、脇の甘いところを見せてくれまして、私の方が1年たって勝ったときには、「これでよかったんだと思います」と彼が言っておりました。

やはり、政治家と役所の関係というのは、ときどき考えさせられることが多いんですけれども、役所の人もこの部分は直さなければいけないし、前に進みたいと思う部分があるんです。そこをがぁーっと政治がやると、いい意味での政治主導になりまして、ここは筋として絶対に守らなければならないと思っているのに、しかし、政治家ががんと圧力をかけてきて納得できないままに官僚の方が押え付けられますと、官僚の方が無力感になるという関係じゃないかなと思います。

ですから、官僚が考えていることを全部知った上で、彼らが持っているある種の先見性みたいなところを花開かせてあげるというようなことができればかなりいいんだろうなと思いますが、手前味噌でありますが、私と篠沢さんの闘争というのは、その意味でいい闘争ができたんではないかと思っております。

お陰でこれをかなり大胆な単位のお金で競争的研究、研究テーマは公募型という形で科技庁、文部省、通 産省などを中心に5省庁で今年で800億円くらいの科研費とは別の研究費が出ておりますので、かなりうまい具合に進んでいるんじゃないかと思っております。

そういう中で私、ときどき思うんですが、あと2つだけのテーマを申し上げますと、今まで申し上げたことは、国際政治の場等から考えて、科学技術での蓄積をつくっておかないと日本の将来がないという意味なんですが、もう1つ、次の大きなテーマは産学共同でございます。

過去10年のアメリカの経済の力強さというのは、御承知のように、情報技術、IT革命と、それから金融界が非常に強くなった金融技術力の2つだと思います。

後者の金融技術力というのは、いろんな意味での競争をさせたこと、それから、ITの技術をツールとしていろんな形で導入して使ったこと、なども関係していると思うんで、やはりITというのがどうして花開いたかというと、だれでも知ってるようにシリコンバレーなわけです。

実はシリコンバレーというのは、よく考えてみるとスタンフォード大学とUCLAの情報処理に関する基礎的な研究成果 を、民間会社に渡した交易の場なんじゃないかなと思います。学術、学問の世界の人たちは、それを渡してまた研究費をそれで受け取っていたと思います。そして、見事な産学共同が進んでいます。しかし、スタンフォードは、御承知のように私立でありますので、伸び伸びと進んでおる。

一方、バイオテクノロジーについては、ボストン、ケンブリッジの場所において、MITとハーバードを中心としたアカデミアが製薬会社等にいろんな新しい知見を与えて交易をしている産学共同が行われているんだと思います。

日本でそれをやるとどうかというと、名古屋大学の医学部の教授が三重の製薬会社と一緒に仕事をしたとか、研究費のやり取りをしたということで、地検特捜部に逮捕されておるわけです。

それから、防衛医大の肝臓問題か何かの日本の権威の方が、またどこかの民間企業とタイアップして、これも逮捕されております。

アメリカでは技術発展、経済発展の基になっております産学連携が、日本では司法界で逮捕されるという話ですから、私はよく日本はこれで成り立ってきたなというふうに思います。

そんなことを私、過去2年、いろんなところで発言したりしてきておりましたので、幸いなことに小渕前総理も何というか、かなり総裁選挙のテーマなどにいたしたりしたものですから、それを吸収し、丸のみされたところもあるんですが、そのお陰で今、1月から中央省庁の再編が行われておるわけですけれども、その中で通 産省の中に産学連携課という新しい課ができて、その前まではバイオ・サイエンス関係の課長をしておられた方、かなり有力な人物が、今度産学連携課、新しい課の課長になって一所懸命今やっております。ですから、日本版のバイドール法みたいなものも通 産省は出してきて成立させましたけれども、TLOの話にしても、どんどん新しいやりやすい仕組みを専門的にこの課が考えてくれるのではないかなというふうに思っています。

さて、私はアメリカというのはすごい国だなと思うんですが、ビッグ・サイエンスをフロンティアとして打ち出すことのできる国だと思っています。お月様に人間を送ろうというコンセプトをよくまとめたなと。そのお陰で正確な軌道計算をしなければならないから、クォーツ水晶発振体という技術が生まれたと聞いておるんですけれども、それをうまく利用して日本は時計をつくったのかなと。そして、スイスの時計をつぶしたのかなと思っておりますが、いずれにしろ、人間をお月様に送るという大プロジェクトのお陰で、コンピュータからそういうクォーツの技術から、材料とか、ありとあらゆるものが発達していったのではないか思います。

その後、スーパー・ハイウェイなどということを言ってインターネットの世界をつくり上げていったりしましたけれども、クリントンが去年、20世紀は物理学の世界だが21世紀は生物学の世界だと演説したようでありますが、よくそこまで大胆に集約して、あまりもめなかったなと思うんですが、我々政治家として見ると、ある種の構想を打ち上げてそれにまとめていくという構想力と割り切りというのはなかなかなものだなと思います。我々はなかなかそれができない。

ところが、最近クリントンさんは、21世紀はバイオと言ったかと思うと、今度はナノの世界であるみたいなことを言っているようですけれども、いずれにしても、次々に科学技術に関する構想を打ち出しています。そこに先進国のフロンティアがあるんだという意識をしっかり持たれているんだろうと思います。

ライフサイエンスについて、私は自民党のライフサイエンス議員連盟の会長でもありますので、一所懸命お手伝いしてきました。何を手伝ったかというと、省庁の垣根を取り払う、総合的にプランを立てるということをお手伝いしてきたつもりでございまして、具体的に言えば日本にはNIHがないわけです。官邸の中にその関連の連絡会議みたいなものをときどき開いて議論しますけれども、私も官房長官や官房副長官でそういうのに何度も出席していますが、本当に死んだような会議でありまして、各省庁が事前に用意したものを大臣が紙を読んで、1時間で会議を終わるみたいなところで、どうしてこんなもので連携が取れるのかなと思うような会議が実態であります。

そこで、今度ライフサイエンス議員連盟、私や尾身さんなどでやっておりますが、何かというと、ライフサイエンスに関連した5省庁というのがあるんですが、文部、科技、通 産、農林、厚生、この5省庁の担当局長さんと課長さんに来てもらって話を聞く。そうすると、それぞれの省がざっと説明して、「我々のやっていることはこういうことです」と言うんですが、ほとんど重なっているところが多いわけで、その差をいかにも我々がわかったようにして聞いてしまうとおしまいなんでありまして、私らは「各省庁何を言っているのかわかりません。もともとDNAというのは何だろうというのがわからないような国会議員が聞いているんですから、わかりません」と言って、「1枚の紙にしてください。政府全体でどういうふうにしてやるんですかという話を1枚の紙にして、どこではDNA分析、シークエンシングをやって、どこではポスト・シークエンスをやるんだと。その再生発生はどこでやるとか何かあるでしょう。我々おおざっぱな国会議員に科学的知識のない国会議員もわかるような紙にしてくだい」と言いましたら、大変御苦労なさったようで、ライフサイエンス議員連盟が7月28日にあります。それまでにおおざっぱにまとめてきてくださいというと、多分あれはまとめる前の日はおおげんかをやっていたんじゃないかと思います。特に官邸の内政室を中心に、大変な騒ぎをやっていたんじゃないかなと思いますが、一応出てくるわけです。

「どうもこれではもうちょっと具体性がないですね。わかりにくいですよ」と言うと、また、2週間ほど必死になって、だんだん見えてきました。写 真のピントが合うようにだんだん見えてきまして、2~3か月して聞きましたら、どこどこの研究所、医化研でどうするとか、理研でどうするとか、関西方面 の、神戸にできる新プロジェクトでどうするとか、チーム・リーダーの名前はこういうところですというようなところまでだんだん書いてくるようになりました。

簡単に言うと、我々、ライフサイエンス議員連盟の国会議員の無知さかげんが、NIHの代わりをしたというふうに自負いたしておりまして、中途半端にお役所の言うことをわかったと聞いていると、我々の住む世界の中でごちゃごちゃとしてしまいますので、そんな形でライフサイエンスは大分見取り図ができてきたなと思っています。

今度ナノについてそれをやってみたいと思っていまして、今月それに手をつけようかなと思っているんですが、私はナノの世界は、いろいろ聞きますと、過去何年間かの金の投入の仕方は、実は日本の方が多かったんじゃないかなと思っています。要素技術、要素研究はかなりの分野進んでいると思うんですが、アメリカの場合には、今度はナノだぞ。角砂糖1個の中にアメリカの国会図書館の情報を全部ぶち込めるだけのチップの微小なものをつくっていくんだみたいなことを言うと、わあ、すごい国だなと思うんですが、こっちの方が、多分、材料から、分子単位 で物を動かすという話は進んでいるらしいんですが、よくわからないんです。

とにかく、応援団として無知さかげんを発揮してやってみようか、総合する仕事をしてみようかなと思っています。

やはり今重要なのは、我々国会議員も一所懸命頑張りますけれども、基礎研究をやられたり、技術開発をやられているチームの人たち、学会の人たちが、もっともっと発言力を持つようになっていかなきゃいけないのじゃないかと思います。

皆さん、まとまられて、実は我々がしっかりやることが、実は日本の将来をつくり上げるんですということを、もっともっと自信を持って、そして、夢を持って、明るい顔で、少しおおざっぱに、わんわんと発言されることが必要なのではないかと思います。

私が大学に入りましたのは昭和34年なんですが、そのころには理科系に行かないと人間でないくらいに科学技術に大変に夢をみんなが持っていた時期で、我々の前後で優秀なのは、一見文科系に見える人間も科学技術、理科系の方に進んだんじゃないかと思っております。

夢をそういうところに必ず持ち出す、つくっていくということが、今、極めて必要な時期なんではないかなと思っておりますので、今日、御出席いただいております化学学協連の皆さんも、これからどういったコンセプトで日本のフロンティアを築いていくかという政策分野を是非お酒を飲みながら、議論されながら、是非ぶち上げて、その夢はいろんな夢でいいんです、あっちの夢、こっちの夢、夢の競演会をやりながら、産学連携である意味ではうまく行って、お金も手に入ったし、研究費も増えたし、研究者の生活も個人的にもよくなったというサクセス・ストーリーを見せたりすることによって、いろんなタイプの夢を日本国民に見せていただきたい。それがたそがれっぽい雰囲気になっている日本に、まだ、この国は午前10時半くらいだぞというふうにみんなに思わせる雰囲気をつくっていくのではないかなと思います。

我々もできる限りの応援をしてまいりますので、皆さんの御奮闘をお祈りしまして、ちょっと長くなりましたけれども、とりあえずのごあいさつにいたします。

ありがとうございました。(拍手)


質  疑  応  答

【司会】大変有益なお話ありがとうございました。伺っておりますと、大学を卒業になるまでは、ロゴスよりもパトスの人であったということでしたけれども、その後の仕事ぶりはパトスもほどほどにありますけれども、極めてロジックで、その上にストラテジーを重ねて、赫々たる業績を上げてこられたと理解いたしました。

また、私どもケミストリーで結び付いている化学関係学協会の者が大いに協力して夢を語りながら、1つの力になってサイエンスやテクノロジーを発展させるだけではなくて、これを力にして、次の世代に、あるいは世界に向けて発信していくということに関して励ましの言葉をいただきまして、大変感銘を受けたわけです。

残りの時間を使って、御質問、御意見をちょうだいいたしたいと思います。

私、必ずしも皆さん存じ上げているわけではなくて、机の上のお名前も見えないところもございますので、失礼ですが、名乗っていただいて、それから御質問いただきたいと思います。

【質問1】先ほど知的財産、知的所有権のお話が出ました。将来の日本のことを考えますと同感でありまして、従来日本においては不動産神話というものがありまして、それが担保価値を持ち、金融資本主義の基盤を成していたということでありますけれども、その土地制度というものが過去幾重にもいろいろな形で制度化されており、その資産価値というものも、不動産鑑定士という制度に基づいて土地の価値というものが定まっていく。

あるいは国家レベルにおいても、固定資産評価であるとか、路線価であるとか、公示価格であるとか、そういう形での評価という制度が設けられていたわけですけれども、果 たして将来、不動産ではなくて知的財産にそのような形での価値付けと言いますか、あるいは格付け機関のようなものを設けることによって、大企業の持つ特許ですとか、実用新案ですとか、意匠であるとか、そういったもののみならず、底辺の広い中小企業の持つそういった知的所有権というものについても格付けしてあげる、評価してあげるというような制度ができてくれば、そうしますと、これは大企業のみならず中小企業レベルにおいても、その知的所有権というものに基づいて新たな金融というものが生まれてくると思いますし、新しい担保制度というものも生まれてくるであろうと思いますし、不動産神話から知的所有権神話へと、また新しい神話になってしまうかもわかりませんけれども、そういったものに移行していくという形で、従来ですと、学者の方ですとか、大企業ですとか、本当に特殊な専門的な方たちだけの世界から、中小企業とか一般 の個人の方、普通の研究者の方、こういった人たちにも格付けの機会を与えるということが可能かどうか。建設会社などでは、財団法人の経営事項の審査機構みたいなものがあって、建設会社にABCDEFと格付けしているような機関がありますが、そういったようなことも含めて考案すれば、不可能なことではなかろうと思いますので、日本初の格付け機構みたいなものをつくっていただければ、これからの日本の若い人たちにもこれは大きな夢になるのではないかという気がいたしました。

その点について、もう既にお考えでしょうけれども、加藤先生の政治的な感性からして、そういったことは可能かどうかということをお伺いできればありがたいなと思います。

【加藤】結論からいって可能かどうかというのは、まだ半々です。あるべきだというのはそのとおりだと思います。

いわゆる知的財産権というものを保護しなければならないというのは、我々、自由民主党の中でもいろいろやっていまして、特に神奈川出身の甘利さんという方が小委員長で専門的にやっておるんですけれども、そのためには、それを扱う人が権利保護をする人がいなきゃいけない。特許庁がもっとしっかりしなければいけないとか。それから裁判ざたになったときに、それを実際に考えていける専門的な知識を持っている人が、弁護士さんには全国で10人くらいしかいないんです。弁理士さんとか、司法書士の皆さんがそれに関与しようとすると、裁判のときには出廷する権利がないというような話とかがあって、そこをもうちょっと広げていかなければいけないのではないか。

言うなれば、研究した成果を出願し、それが特許になるように、もっといろいろプロセスを考えていかないと、まず、位 置付けができない。最終的には特許専門の裁判所みたいなものもつくらなければいけないんじゃないかなという議論はしておりまして、そっちの方は進んでいくと思います。

今、御質問の、格付けをどうするかというと、この研究がお金になる特許である、これが担保で1億円借りられるかどうかという格付けというのは、さっと今お聞きしながらだれがやるのかなというふうに思うと、なかなかそこはまだ見えないなと思います。

ただ、将来何かできるんじゃないでしょうか。と言いますのは、研究評価というのを、これからの科学技術研究の中では一番重要な部分だなと私は思っているんです。そして、最終的にはピアレビューというものを日本に入れないといけないなと思っていまして、実は自民党の中に研究評価に関する小委員会というのをつくりまして、中山太郎さんという方に小委員長になってもらって、私が小委員長代理で、林芳正君という、なかなか優れた参議院議員の若手に事務局長をやってもらって、去年何回かやって答申も出しました。その中で研究評価を仲間うちでやって、それが研究費予算とポジションに反映させられるようにというように今進めておりますので、それがだんだん進んでいくと、ある意味ではレイティングに発展できるかなと思ったり、今、本当に学術的にいい研究が必ずしもお金にならないわけですから、それの資産価値をだれがレイティングするんだろうというのは、今のお話を聞きながらまだ浮かんできません。でも、なるほどアメリカの銀行マンは、土地担保などではお金を貸さないで、経営者の人物を担保で貸すと言います。日本の場合には、知的財産権をもって金を貸すという時代に来たら面 白いでしょうね。

いい示唆をいただきましたので、なるほど考えてみなきゃいけないなと思いながら、ちょっと御意見を聞いていました。

青色ダイオードなどというのは、この間考えられた徳島のある企業の技術者がいますね。アメリカに持って行かれちゃった。例えばあんなのなどは、ちゃんと保護していったらかなりのお金になるんでしょうね、ということでしょう。

【質問2】先生、お忙しい中を3回もここにお運びいただきまして、本当にどうもありがとうございます。

ここに先生に是非御出馬いただきたいと思いました。松井さんのお力もあって、とにかく今の科学技術政策に対して加藤先生が頑張っておられる中で、学協会はもっと政策提言をすべきではないかという中で、しかも、通 産あたりから見ますと、化学系の学協会が一番まとまりが悪くて、だらしがなくてというような雰囲気がある中で、加藤先生をひとつの求心力にして、何か仕事をさせていただく中で、まとまりを付け、しかも、積極的な基礎分野からの提言ができればいいかなということでもありました。

そんな中で、先生のお話をずっと聞かせていただきまして、9兆円の話が出ました。これは本当は、本人としては感謝しておるんだけれども、建前としては、まだ、第二次世界大戦の傷口を引きずる中で、何やかんや言いよるという中で、文部省のひとつの歴史教科書にしても、ごちゃごちゃ言わせるような雰囲気、これは日本の政治の姿勢と言いますか、日本の国の姿勢、尊敬のされ具合との関わり合い、これをどんなふうに正していったらいいのかなということを感じました。

要するに、本当に科学技術行政を含む中で、科学技術行政なり研究や開発がわかっていただける国会議員の先生を立てて、学協会が大連合しないといけない。残念ながら、自民党の党員じゃないんです。でも、人数はものすごく多いんです。うっかりすると、これはみんな社会党や共産党という人の支援者であるかもしれないんです。だけれども、自分たちの仕事をかけたことについて、どの方が、どんなふうに引っ張っていただいているかということがはっきりすると、姿が変わるんだと思うんです。多面 的な切り口として、何党の支援者ということではなくて、自分たちの生活基盤として、あるいは研究基盤として、わかってくださる方をどう支援するかということで、加藤先生の御指導みたいなことと、熱意をもっともっとはっきりさせていったらいいのかなと思っております。

さっき清宮先生のお話がありましたが、これはアメリカは知的財産を国策・国力として攻めてきている部分があって、アメリカはフェアな国だと言われていますけれども、この辺に関しては極めてアン・フェアなんです。大事な裁判は全部デトロイトへ行って、感情で、陪審制度みたいなことを利用しながらやっていって、本当に論理で勝負できる世界というのは、その上の裁判に行かないといけないけれども、そこへ行くまでにみんな疲れてしまうんです。その辺の対応というのがあるから、日本の企業というのは大変しんどい思いをしている中で、背に腹は代えられないから、アメリカの世界へどんどん入り込んで、アトーニーを自分の会社でも育てないといけないかなという対応を今やっている状況です。これは非常に具体的なことです。

そんな中で、今、科学技術基本計画の中で、かなりのお金を出していただいていますが、日本は防衛研究が表に出ない。それから、大きなものではないという中で、例えばビッグ・サイエンスが月に人を立たせてみるとか、力でアメリカを押さえていくんだという指導性のない中で、民間の研究開発費と、国の研究開発費のバランスというのを、アメリカあたりと比べてどうするのか。フランスやドイツを比較する時期じゃないかなと、そんな観点から先生のコメントをちょうだいできればなと思います。

【加藤】大変、多岐にわたった御質問、御意見なんですが、1つ、アジアの諸国と日本と教科書問題、いつもみんなごたごたといやな思いをしているんですが、一言で言うと、日本の戦争総括が終わっていないからだと思うんです。

ドイツはちゃんと終わっているんです。あれは全部ヒトラーとナチが悪うございました。国内的にもいけませんでした。対外的にも御迷惑をかけてきました。

ただ、日本はその話をしだすと、統帥権の話になると思い込むものですから、議論せずに、だからと言って、極東裁判で決められた極東裁判史観は受け入れられない。自分でやりますかと言うと、やれない。それで1億総ざんげと言って、1億人全員が罪を犯したということになっているところに問題があるなと思っています。その話になると長くなります。

あと、できる限りアメリカのように、大きなプロジェクトを立ち上げる、打ち出す戦略性と、個別 の知的財産権をしっかりと守るという戦略、戦術というのは、こっちも見習って頑張らなくちゃいけないなと思います。

最近の話としては、ヒューマン・ゲノム、30億塩基対をばらばらにして見つけたというゲノムの解析、シークエンスだけでは、特許になりませんよというところまで頑張ったのは、私は大きな価値だったなと思っています。日米欧の3特許庁長官会議で一昨年決めたのはいい勝負だったなと思っていますが、その後、どの辺で特許としてみなすかというあたりについては、かなり流動的ですから、頑張ってもらわなくちゃいけないなと、最近の分野ではそう思います。

【質問3】他の皆さんの迷惑になりますので、簡単に質問させていただきたいんです。

  私は以前、北海道大学の方で2年間化学の勉強をしていたこともありまして、物づくりに非常に興味がありまして、化学メーカーに4月から就職しようと予定が決まっておるんですが、経済学部の方で書いた論文が、アジアの通 貨危機を短期資本移動という観点から分析しようという論文だったんですけれども、その論文を書いていて非常に思ったのは、化学メーカーに限らず、メーカーが一所懸命汗水垂らして、稼いだ数%の利益というのは、為替の乱高下によってあっという間に失われてしまうという状況があるんです。

メーカーとかが原料価格、賃金とかの、そういう格差から海外に転出していって、その結果 、経済格差がなくなっていくような感じで移転するんであれば問題ないと思うんですけれども、せっかく移転していっても為替の問題で、あっという間に利益が、先ほどおっしゃっていたヘッジファンドとかロシアのような国々に持っていかれてしまうというのは大変我慢ならないというか、何のためにものを一所懸命つくっているのかなという非常に強い不満がありまして、その点に関してどのように思われているのかお聞きしたいんです。 先ほど資本の問題はあと10年くらいで解決されるという意味で言ったのか知りませんが、どのようになっていくのかなというのをちょっとお聞きしたいです。

ついでに私の論文は、短期資本移動には、いわゆるトービンタックスという、トービンという経済学者が提唱した税金なんですけれども、それはどういうものかというと、短期資本の移動には直接投資みたいなものではなくて、短期資本に規制を掛けることによって、為替の乱高下を防いでいこうみたいな話なんですけれども、そういう規制が導入されるべきではないかなと個人的には結論を出したんですけれども、その点についてお願いします。

【加藤】資本というのは今後10年後も重要な意味を持つと思うんですけれども、それはマーケット・メカニズムで、国際的にボーダーレスで動いていくんであって、マーケットを超えた国際政治の場という意味では、技術移転などの方が大きな意味を持つのではないか。それぞれ国の政策としてはそれがちゃんと力を持つようにしていかなければいけないという意味です。

今、あなたがおっしゃった、昔日本の中でおあしは天下の回りものといってあちらこちら動いていくと言われたわけだけれども、最近はマネーは世界のどこでも歩いているわけですから、大変な努力をしたものがぼんと一晩で消えてしまうというのはよくありますね。マレーシアのマハティールが憤然として怒っていました。

結論から言えば、少し円を流通させるようにするとか、アジア通貨圏をつくりたいなと思います。私は最近読んだ本で面 白いのは『マネー敗戦』という本があるんですが、これは神奈川大学の教授か何かが書いたものですけれども、簡単なんです。

世界の経済を仕切っていたイギリス人の時代には、ポンドが機軸通貨になりました。第一次世界大戦後、アメリカの力が強くなったらドルに代わりました。15年前、10年、日本の力が強いときには、円にはなりませんでした。結局はアメリカの為替操作等で見えないような部分の操作で我々はかなり損しいるんじゃないでしょうかという本なんです。

おっしゃるように、私は国際通貨問題、国際金融問題というのは、政治家が本気になって取り組まなければならない問題だと思います。

なぜならば、十分日本の立場を主張しようと思うと、安全保障問題の国の根幹まで腹に入れながら勝負していかなければならない問題です。

今の御質問に対する答えは、ヘッジファンド、鳴りをひそめたからいいようなものの、あれだけの短期のものでアジア諸国の稼ぎ、10年、20年の稼ぎを全部なくされてがたがたにされるというのは耐えられないと思います。日本もかなりがらがらとやられたけれども、幸いなことに日本の経済、金融は大きいから震度3くらいで終わっていますけれども、さっき言ったように我々の100分の2、100分の4の経済はひとたまりもなくやられてしまったということではないでしょうか。だから、今の短期資本移動については、ある種のタックスをかけるというようなことをそれぞれの国が考えるのは当然のことだと思います。それをアメリカのヘッジファンド規制など、アメリカはやらなかったのは、ヘッジファンドの中心がアメリカの人たちだからということじゃないかなと思います。十分そこは我々政治家が考えなければならない、扱わなければならないテーマで、専門的に難しいから大蔵省の国際金融局のエキスパートに任せておけばいいという話では本来なかったんだろうと思うんだけれども、任せてきました。そこは大きな間違いだったと思います。

【質問4】先ほどのお話でバイオテクノロジーとナノ・テクノロジーとこれから重点的に支援していただけるということなんですが、我々、化学者にとりまして、ナノ・テクノロジーというのは非常に関心がございます。このナノ・テクノロジーを実際に応用面 に適用するときには、やはり産学共同ということが非常に重要でございますが、この産学共同を実現する上で、要望があるわけなんですが、やはりこれを非常に早い時期に応用的な問題にするためには、やはりその基礎的な知識というのが非常に重要かと思うんですが、基礎的な知識というのは、大学の人間がかなり精通 しているのではないかと自負しているわけです。

 それを行う上でいろんな法的な制限が現在、非常にたくさんある。大学の人間が何かしようとすると、こういう法律があるからだめですというようなことがありまして、そういう法律をできるだけ整備して、要らない法律はなるべくなくしていただけないかなというのが我々の要望なんですが、その点はいかがでしょうか。今後そういう法的な整備をどんどんしていただけるかどうか。これは大学の独立行政法人化という問題も含めて、これから産学共同がし易いような形、あるいは産学共同した場合も、大学の人たちの権利をどういうふうにして守っていただけるのか。

と言いますのは、現在、例えば特許の場合でもほとんど企業に特許をお渡しすると。そうすると、企業の方はすべての権利を抱え込んでしまう。更に進めた研究をやろうとしても、その進めた研究をする上で足かせまで掛けられてしまうという現状もあります。そうすると、うっかり産学共同でやると、すってんてんにやられてしまうという、これは極論ですけれども、そういう場面 もあるんじゃないかということで、そういった面も含めて、法的にどういうふうな整備をしていただけるのかなということをちょっとお伺いしたいと思います。

【加藤】産学共同もいいけれども、大企業相手にやっていくと、骨の髄までしゃぶられてしまうぞというような、かなり先の話でありますが、そういうところは重要なことになるんでしょうね。そのためには大学の研究者がそこをよくわきまえて、企業と勝負してくださいなどと言ってもできっこないわけです。本当に研究している人が、大企業の経営戦略をやっているばりばりのサラリーマンと敵対していったら負けますね。だから、そのためには、大学そのものの中に、さっき言ったTLOみたいなものがあって、そこがかなり経済感覚を持ったりして、現場、世間を知ってやっていかなければならないのだと思うんですが、それがうまく育つには、もうちょっと大学に伸び伸びと経営させた方がいいということになると思うんです。独立行政法人になるんです。そのときに、では、大学を独立採算でやれというのかというのは、みんな間違ったことを考えますけれども、私はそこは違うと。それは国から公費をつぎ込んで大学は経営してもらっていいんだと思うんです。ただ、一定の基準で一定の公費をつぎ込みますから、そこから先、それをいかに効率的に使うかというのは内部で決めてくださいと。あまり法律的にごちゃごちゃとした規制は整理していきますからということだと思います。独法が生き生きとして活動し始めると、いろんなものがうるさくなってくる。うるさくなってきたことを、例えばさっき言いましたように、日本化学会の関係の連合会が全部1つになって、しょっちゅうしゃべっていて、こんなところはじゃまだというようなことをしょっちゅう言い合っていればそれが力になって規制などは外れていきますよ。また、役所に要望すればいいわけです。ですから、大学の運営がもっと伸び伸びとするというようにしていくことが重要だと思います。

独法化に至らなくても、大学の経営審査会みたいなところに今度、民間企業の人を入れてやるという動きになっていますでしょう。ああいうことなどもいろいろ新たな動きにつながってくんじゃないかなと思います。

同時に、TLOなどに、もっともっと、それこそ特許関係の弁理士さんとか、司法書士さんなどとの連携がうまくいったりすることを考えていかなければいけないのではないでしょうか。まだまだ今の各大学のTLOというのは、そこまでまだ世俗的な人材ネットワークがまだまだできていないんじゃないかなと思います。そこをやっていけばいいんだと思います。

【質問5】中国からの留学生です。加藤先生は非常に尊敬していますが、私はちょうど日本に来たときには、円が79円台のときに、平成7年くらいのときは加藤先生は自民党の幹事長を務めているんで、よくNHKの朝の日曜討論に出ているんで、何回もそのときには見ました。話を聞いて、いろいろ面 白いんで、日本語の勉強にもなりました。本当に加藤先生にお目に掛かれて非常にうれしいです。ありがとうございました。

私は2つのことに関して質問したいんです。1つは、科学技術に関する規制緩和のこと。もう1つは、構造改革。

さっき加藤先生は研究費の話をいろいろしましたが、この先日、私は中国語の新聞ですが、1つの統計を見ましたが、各国の研究開発費は自分の国のGDPに占める割合の統計がありますが、その中では日本は一番高いです。3%台です。次はアメリカ。EUはもっと低いです。

留学生の間にもいろいろ評判があるんですが、大学の研究の設備、研究施設のレベルは日本はかなりいいです。日本、ドイツ、アメリカ。だから、日本の研究費の面 はどうであるか、皆さんは一番よくわかると思います。今、日本の業界の中で、アメリカはニューエコノミーで、いろいろ新しい企業、新技術がどんどん出ているんで、アメリカのことを見たら、例えば新しい企業、ビル・ゲイツ、40歳代くらいの人でも大きな成功を収めたんですが、日本では40代の人も同じ能力ある人いると思います。

例えば、日本の若い人、大学院生でも、起業家になりたいと考えても、アメリカのようにそんなに簡単にシリコンバレーで起業家になれないんじゃないですか。そのような感じがします。

例えばアメリカでベンチャー・キャピタルがあるんで、そういう人々はどこかに投資するとか、研究プロジェクトに投資するとか、そういう人が決まるので、日本では銀行主導で、系列とかいう形なんですが、もちろん、すぐには1日で1年、2年代わるのは無理と思いますけれども、多分、研究費だけでは、それで全部の問題がよくなるとは、科学技術の分野において、どのようにある程度規制を緩和して、若い人でも、大学生でも、大学院生でも、起業家になりたい人はできるようになる。そのような新しい企業がどんどん出ているような環境整備をどうすればいいのか。これが1つ加藤先生に聞きたいことです。

もう1つは、構造改革です。今の日本の経済を見ていたら、財政政策と金融の政策はかなり限界になります。不況の10年の間はずっと低成長なので、たくさんの政治家は構造改革を言っていますが、加藤先生によると、構造改革と言えば何を改革しようと思っているのか。どの分野の改革。例えば財政構造改革とか、それとも具体的に、どちらを改革したいのか。それの改革を実現するためには、どのようにプロジェクトがあるのか、これを聞きたいんです。

最後に、加藤先生是非頑張ってください。よろしくお願いします。

【加藤】第1の質問には、さっきちょっと言いましたように、サクセス・ストーリーなどを1つつくってみましょうよ。例えば科学関係の35歳くらいの若い学者が、ちょっとした成果 をあげて、それをどこかの企業とタイアップしてもいいですよ、最初はベンチャー・キャピタルでなくても。それで、かなりお金が手に入って、それによって研究費も出て、一所懸命自分の分野で、仲間も呼んで研究が大きくなったとか、それから、当人もそれこそ立川や小金井などに100坪の家ができたくらいの話を1つ2つ出してみると、もっと面 白い話になるんだと思うんです。それをやろうとすると、いろんな縛りが見えてきますよ。それはさっき言ったTLOの話とか、特許の扱いをどうするかとか、いろいろありますので、たしか通 産省で研究者が特許を取りやすくするための手続費用を面倒見るみたいなのを考えたりしているようですけれども、何かそういうことでサクセス・ストーリーを1つつくることというのが答えではないかなと思います。

それから、日本の経済の構造改革のためには、具体的にどうするかということですが、まず具体的な道の前に、政府がお金を使ったら景気がよくなるということはかなり限界だよという抽象的な基本論をびしっと決めることじゃないでしょうか。そうすると、いろいろ手が出てきますし、あまり借金を重ねていたら、将来不安で、年金も政府は払えないと思うと、実はみんな貯金してしまうんです。今、不景気なのは簡単なんです。みんなが将来不安だから貯金して、物を買わないから不景気なんです。そこの病状判断を間違えているから、処方箋を間違えているよと3年間言い続けてきたけれども、大体処方箋の間違いにそろそろ気付き始めたんじゃないでしょうか。個人所得税の減税なんかしたって、将来不安だったらみんな貯金します。きんさん、ぎんさんが貯金すると言って有名な笑い話がありましたが、最近は、小学生に10万円お小遣いをもらったら何に使うといったら、老後のために貯金するという笑い話があります。

だから、そのお金を使わないで景気をよくするにはどうしたらいいかということを考えようという方針を決めると知恵が出てきますよ。

例えば、森さんがやっていたけれども、65歳以上の高齢者にパソコンを教えるための講習券を出そうなどと言っていましたけれども、3,000億円とか5,000億円使おうというんでしょう。ばかなことやめなさいよとみんなで言ったらやめたけれども、講習券を配って何ができるかというと、電源を入れてパソコンを開いて、マウスの使い方、ダブル・クリックとはこうだということを教えただけで大体終わってしまうんです。そんなのはうちでお孫さんに聞きなさい。息子さんに聞きなさい。総理だって、お孫さんに習っているでしょう。テレビで見ると、総理だってすぐ忘れてしまうくらいなんだから、などと言いながら家で教え合えばいいんです。これで5,000億円倹約になるんです。

もっと根っこのところで言うと、公共事業費が国全体で地方、第三セクターも入れて40兆ほど使っているんですけれども、地方負担というのが必ずあるんです。だから、地方に負担部分はちゃんと国で見てあげるから、景気対策上、何でもいいから公共事業をやれみたいな話を時々我々やるわけですが、そこは地方負担の部分は見てあげないと。自分で借金してくださいよというだけで、公共事業に関する地元からの陳情が2~3割減ります。だから、やる気になると、財政構造改革の知恵というのはいくつかあります。その中で一番重要なのは老後不安なんですが、みんな老後不安なんです。ところが、年金というのを始めたのが30年前なんですが、国民皆年金の幕開けとかいってね。

そのときに、年寄りというのを定義したんです。65歳以上を高齢者と言ったんです。平均寿命が71歳でした。老後が6年間だったんです。今は平均寿命いくつだか知っていますか。79歳ですよ。ということは、老後が14年になったんです。6年が14年になったんです。でも、相変わらず年寄りを65歳以上で年金の話をみんな考えているでしょう。では、65歳になったら、みんなその日から介護が必要なよれよれになっているかというと、元気一杯ですよ。70歳だってぴんぴんしています。だから、72歳以降が高齢者だと定義を変えたら、大分明るくなりますよ。だって、事実そうなんです。

もう1つ申しますと、要介護期間というのがあるんです。だれだって人生最後は自分で動けなくなって、人の手を借りるんですよ。皆さんもそうなります。私もそうなります。では、その期間が何年間かというと、厚生省の統計によると男で1.5年なんです。ちょっとでも人の手にかかる期間は男で1.5年。女の方が長生きしますから1.7年なんです。

これが前に比べて少しずつ短くなっているんです。ゲートボールしたり文化教室とか書道教室とか、そのうちアルツハイマーの遺伝子もどこかで見つけてくれるでしょうから、もっと短くなる。だから、最後の1.5年くらいを面 倒見られないような国じゃないですよ。そういうところの、年金とか高齢化政策の構図も変えていくと、大分世の中明るくなります。

だから、やる気になればいろんなものが見えてくる。公定歩合と公共事業費の増額だけが景気対策ではないでしょうと、私は思っておるんです。そんなところです。

【司会】ただいまお話しいただいた中のサクセス・スリートーをつくりなさいということは、今日集まっております産学が比較的に密接に成り立っている私どもの学会では非常に必要なストラテジーかと思っております。これはベンチャー・ビジネスをエンカレッジするだけではなくて、若者の理科離れを食い止めるにも非常に有効なことではないかと思います。

今、理科に行って、学者になろうと思いますと、先ほど御説明ありました博士研究員になって、博士研究員も1期では住まなくて、更に続けて別 の博士研究員をやるという若者が、そういう境遇に置かれているところも分野によってございます。それのはしごというんでしょうか。そういう分野さえございます。そうしますと、世の中の母親は理科に行くなということで、それもこの理科離れに結び付いていると言われております。

そういうことを食い止めるにも、サクセス・ストーリーというのは是非私どもで真剣に考えないといけない大変重要なヒントだと思っております。

【質問6】先ほどのお話にもございましたけれども、これは多少私が付け加えるような形になりますけれども、明治維新のころでしたら、極端に言えば日本が植民地になるか、あるいは逆に植民地を持つかという2つの選択みたいな形、危機感も含めて教育は割と全体として合意が得やすかったかと思います。

戦後でしたら、先ほどおっしゃいましたように、アメリカが1つの目標としてございましたし、私自身、加藤先生と同じ年の生まれでございますから、お話を伺いまして、非常に親近感を覚えたところでございますけれども、とにかく、アメリカに追い付く。そして、戦後すぐにでもアメリカと多少3年、あるいは4年間闘ったということは、妙な心の支えになって、我々にもやれるという気持ちになったような気もいたしますし、そういった意味で小学校、中学校、高等学校、大学でも、何か学生にこういうことを目指しているということを比較的言いやすい環境になったと思います。

ところで、先ほどの規制緩和となりますが、これはある意味では個人個人の欲望の開放とも言えますが、今、大学で諸君はと、あるいは高等学校でもよろしいですけれども、どういうふうな高校の教師が、あるいは教員が、あるいは学生に対して、あるいは世間に対して、どういうふうなスタンスで、どういうふうなことを申し述べればよろしいかという意味から言いましたら、明治維新のころ、明治時代、あるいは太平洋戦争が終わってからのころ、みたいには画一的に皆さんの合意が得られるような簡単な話し方と言いましょうか、ある意味ではちょっと難しい時代でもあろうかと思います。

そういう意味で、決して日本全体としてそうだそうだ、一丸となってという意味ではございませんけれども、何かそこに我々としてメッセージを発するというか、大学にいるものとして、キーワードと申しましょうか、そういった点について、是非何かお考えがございましたら、大学にいる者として、学生に対して、あるいは社会に対して、大学の人間としての立場もございます。化学の人間としての立場もございますが、いろいろ広い社会をごらんになっている加藤先生から見て、若い人にどういうメッセージをという、そのあたりを是非お伺いしたいと考えます。

【加藤】なかなか難しいことです。戦後のみんなのやる気というのは、比較的簡単でして、アメリカ人のように広い家、カラーテレビ、1軒1台の自動車、冷蔵庫と、こういうアメリカの豊かさ、欧米の豊かさにキャッチ・アップというのが非常にあったと思うんです。そして、それに到達するために、あなたは技術で頑張りましょうとか、それぞれがあったんですけれども、今、キャッチ・アップが終わったというふうにみんな思っているものですから、そうすると次に日本自身のバーナーを立てるというか、日本自身の夢とか目標をつくり上げるというのはなかなか難しいと思います。

いろんなところからこれからやっていくんですが、海外の話は別として、国内ではやはり自分が好きなことをやって、俺、これやっているんだというプライドを持てる仕事をしましょう。私はあまり難しいことを考えないで、一所懸命何か研究して、それをさっき言ったようにビジネスに結び付けることを絶対考えるんだという生き方もいいと思います。大企業に勤めないで。

そういうような自分個人の夢を持つ。そして、自分個人はそれをやっているんだというプライドを持つというのがひとつあるんじゃないかなと思います。

それから、国際的に言えば、これから重要なのは日本人のアイデンティティーを見つけ出すことだと思うんです。それは何なのか。最近よく言うでしょう。日本人の精神と伝統文化、これを大事にする心の教育が必要であると。それはどこに書いてあるんでしょう。アメリカ人、ヨーロッパ人の場合には、旧約聖書、新約聖書に書いてあるんです。イスラムにはコーランに書いてあるんです。では、日本の精神・文化と伝統というのはどこに文字で書いてあるんだろうと思うと、これはなかなか難しい議論なんです。教育勅語だとおっしゃる偉い人がいたんだけれども、書いてみると、天皇、万世一系の皇国史観で書いてありまして、あれは明治維新以降の精神構造なんです。では、それではないとすると、儒教精神かと。これとて紀元後700 年に来た。仏教か。生けとし生けるもの、みんな命があるぞ、大切にという仏教かと。これも何か600 年ころ入ってきたんです。しかし、その前から日本人というのは何かの精神の基礎にあるのがあって、多分、自然信仰だと思うんです。山岳信仰みたいなものです。

この間、8月に私は10日間、パレスチナ、シリア、ヨルダンをバスに乗って仲間の議員、記者団と17~18人で回ってきたんです。いい旅でした。イエス・キリストが40歳前後であの辺ぐるぐる回っていて、こうあるべきだといろいろ考えたことを弟子に教えたわけでしょう。彼が歩き回ったところというのは、紀元前後に既に山に木がなかったんです。

それから、平地に水がないから草がなかったんです。たまに水があると、そこに草があって、そこでベドウィン、遊牧民がいて、何かやっていたんです。あんなところで人生考えたら、きつい教えになると思います。人の物を盗んじゃないけないということになるし、アダムとイブの愛だって原罪なんでしょう。悪いことなんです。

ところが、『古事記』を見ると、これは非常におおらかに明るく書いてあるんです。要すれば、日本人から見れば、山を見ると木があって、そこは花が咲いて、夏になるとヘビがいたりして、それをつかまえれば食えるし、谷川にイワナがいてつかまえれば食えると、『古事記』にそう書いてある。

秋には栗の実がおいしかったりするわけです。平原には草があって、どんどんと成育していくわけです。だから、自然を神様だと。ありがたいと思っていたんじゃないでしょうか。冬になると、適当に炭で何とかできたし、それから、夏になると、冷房がなくたって生きていける気候だったし、この自然というのはありがたいなという自然崇拝が実は日本人の根っこになり、また、鎮守の森とか神社の根っこになったんじゃないでしょうか。

山川草木すべてに命があって、神が宿る。山にも神がいる。みんなありがたい。家の中にも山の神がいますけれども、それもありがたいというように思うあたりが、私は日本人のどうも精神構造の根っこじゃないか。そこから2つのことが言えるんです。

1つは、クローンというのは、いいかげんやり出すと神様に怒られるよと言うんだから、その神様というのは、実は自然をあまり壊してしまうことは神様に怒られるよということだし、もう1つは、自然を取り込んだ日本人の行き方というのが、いいですよ。ことによったら真似されたらどうですか。マハティールのルックイーストに新しい命を与えるということじゃないかなと思います。

ですから、その点から考えると、自然を大切にした新しい科学的な知見をつくっていくというところに1つのフレームワークを置いて、この国をもっと面 白い世界にしてみたい。一人ひとりが自分の好きなことをやっていて、それで人生過ごしていけるような社会をつくりたいというあたりが今後のターゲットになるのかなと思っています。

それがなかなかコンセンサスというか、キャッチ・アップで来た明治維新以来の日本人の精神構造ですから、そのキャッチ・アップを終えたと思った後の国の歩みを見つけ出すというのは、夏目漱石も非常に悩んでいた部分じゃないかなと思います。

会田雄次さんなどの本を読んでみても、やはりそこに日本人の自然観という辺りに根っこがあるんじゃないかなということを中心に、日本人のプライド、アイデンティティーというのを築き上げていくときじゃないかなと思います。ちょっと厄介な話なんです。

【司会】時間が迫ってまいりましたので、最後の質問。

【質問7】私、科学とか技術のことに関してはあまりわからないんですが、防衛研究の話が先ほどちらっと出たんですけれども、橋本内閣のときでしたか、安保の共同声明が出されましたね。それとアメリカの東アジアの防衛戦略を比較してみると、防衛研究とかいった面 での技術開発とか技術革新というのが、ちょっと有効活用できるはずもないかないうふうに思うところがありまして、先ほども人間を月まで運ぶという技術的な面 から考えると、防衛研究で、技術開発が進められる可能性というのはすごく大きいと思うんですが、何でそれが日本で進まないかなというのは、今更説明することもないと思うんですけれども、最近は特に防衛問題、憲法問題もいろいろ国会で取り上げられておりますので、是非加藤先生のそういう科学技術革新という面 も含めた防衛問題とか防衛研究に関するスタンスなり方向性なり、もし何かそういった戦略をお持ちでしたらお伺いしたいと思うので、よろしくお願いします。

【加藤】人の命を落とさないで戦争しようということはアメリカは考えているわけです。自分の国を守るならまだしも、アメリカは国際的な警察官だと思っていますから、そこで例えばソマリアに行ったって、コソボに行ったって、そこでアメリカの若者の命を落としてまでほかの国の平和と安全のために仕事をするということが、どうも説得しにくくなっているらしいんです。したがって、相手が死ぬ のはいいけれども、こっち側が死ぬのはゼロにするという兵器の開発とか、いろいろ始めているわけです。

だから、そうなると、誘導ミサイルも非常に正確に撃ち込みまして、ホーミングと言うんですけれども、目標を目指してずっと追い掛けていく技術は、とことんまでやっていこうと。ミサイルの最先端にテレビ・カメラみたいなものを小さく付けて、湾岸戦争のときにかなり効率よくやった。冗談で聞いたんだけれども、ずっとバクダッドのサダム・フセインの軍事戦略拠点か何かにねらいを定めて、探し当てて、そのミサイルがトントンとノックして、ああ、違いましたか、間違いましたと別 のところに行ったという話があるくらい技術研究しているようです。

日本の場合には、専守防衛といって自分を守るのが専念ですから、案外守るのは難しい技術なんです。でも、何となくそこの防衛研究に膨大なお金を使う勢いというのは今はあまりないと思います。アメリカもしょせんはだんだんそこを減らしてきて、その代わり民間に転用して、経済のためにもいいじゃないかという理屈で、防衛技術研究費が今、やっと維持できているという感じだと思うので、御質問の日本で防衛技術研究のために、今後もっともっとお金が使われるべきではないですかという説得力よりも、ライフサイエンス、ナノにお金をつぎ込みますと言った方が説明しやすい時代かなと思います。

【司会】まだ、活発な御質問、御意見、あるかとも存じますが、一応お忙しい加藤先生の予定の時間になりました。お礼を申し上げる前に、ひとつだけ、司会の特権を利用してコメントさせていただきたいと思います。

現在の形の学会というものがヨーロッパで誕生したのは17世紀の中ごろでありまして、それは学問の手形交換所というコンセプトで誕生いたしました。

全く知的好奇心がドライビング・フォースでありまして、そこで誕生した普遍性のある規則、普遍性のある物質、そういったものを万人に広めるということで学会ができたわけでありまして、知的資産というコンセプトは全くございませんでした。それが産業革命を経て、技術が貴重になってきて、それで特許が生まれて、つい先ほど加藤さんが創造されたと言っても知的資産という日本語が生まれて、そういうコンセプトで今日に至っているわけです。

好奇心で一般性を持った学問というのは、ピアレビューの対象に非常になりやすいんですけれども、そのためには学会が機能してきたわけですけれども、こういう知的資産になって、それを評価しなければいけないということになりますと、なかなかこれは学会ひとつでやっていける問題ではないと。いろんな価値観が出てまいりますから、そういう印象を持っております。

  よけいなことを申しましたが、加藤紘一国会議員は、私どもが一番関心のある科学技術の研究を重視し、それを発展させ、それを国の力にしていくと、21世紀の日本の力にしていくということで、非常に強力なストラテジーを掲げ、我々を叱咤激励していただいていると、これを引き続きお願いいたしたいと思います。

大変お忙しい御日程の中を、みたびここにお出ましをいただいて、私どもを励ましていただきましたこと、心から御礼申し上げます。

また、こちらからも学協連の政策会議、どこまで進んだかという経過を詳細に報告させていただきますが、また、それを踏まえて、私どもの前に是非おいでいただきたいと。こういうふうに考える次第であります。

どうも本日は大変ありがとうございました。(拍手)


── 了 ──

 

 
 
 

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