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2000年12月号 「政界」


加藤紘一が語る「国家戦略」


〜インタビュアー:歳川隆雄(「インサイドライン」編集長)〜
   

 

21世紀を目前にして、日本の行く末が案じられている。外交政策では朝鮮半島情勢が目まぐるしく変化し、対ロシアでも新しい指導者の登場で新たな展開が期待される。その一方、国内では赤字大国に転落して景気回復が未だになされていない。これらの課題を抱え、加藤紘一が外交、国内政策について大いに語った――。

 

■ 中東を歴訪して思うこと

【歳川】 加藤さんは、今年の夏に中東各国を訪問されました。米国のクリントン大統領も、任期切れを前に最後の仕事として、中東和平交渉に取り組みました。日本にとっても、石油の供給源だけでなく、その他、安全保障上の面でも非常に重要な地域であることは間違いありません。そこでお伺いしたいのは、なぜこの時期に中東を訪問したのか。そして、何を学んだのかお聞きしたいのです。

【加藤】 欧米の政治家と国際政治を話し合うときに日本の政治家たちは、中東問題について門外漢という意識が強く、そのため気後れしていた。しかし、欧米の政治家たちにとっては、最大のテーマのひとつなのです。米国では政界でも、財界でも、言論界でもユダヤ系米国人が影響力を持っています。石油を始めとする国際政治のダイナミズムにおいて、中東が火薬庫になっています。宗教の面から見てもキリスト教、ユダヤ教、イスラム教という同じ神の中で解決できない争いごとが起きています。

【歳川】 そうですね。宗教が絡んで争いが絶えない地域ですからね。

【加藤】 私は、外務省出身なんだけど、全く土地勘がなかった。だから、どうしても補っておかなければならない地域でした。12日間という長旅でしたが訪問して非常によかったと思います。そこで発見し、知ったことは、日本が重要視されていることでした。イスラエルの人々は、日本と同じように土地と資源がない国だから、科学技術の面について語りたいという意欲を持っていました。それ以外のアラブの国々は、日本の経済援助について語りました。今、日本が行なっている援助は政治的な意味を持っています。それだけ中東では日本が重要な位置にいる感触を得ました。

【歳川】 中東を訪問して、日本という国を見直すことができたということですか。

【加藤】 同行の国会議員、マスコミ関係者などの人たちとバスに乗って砂漠の中を走りました。そこで見たものは、水が少ない地域で植物が生息できる環境ではないことです。ヨルダン川があるといっても水の量 が少ない。入植地といってもどうしてこんなところに入植ができるかと思えるくらい水がありません。そんな厳しい環境でモーゼが十戒を説き、イエス・キリストが悩みを抱えながら歩いた土地を思うと、厳しい宗教戒律になるのは当たり前だと思いました。一方、日本には四季があり、時期がくれば緑が青々となり水があります。縄文、弥生時代から山川草木があって、自然に恵まれた土地で生きている日本人が自然崇拝になるのは当然ではないでしょうか。


■ 対ロシア外交は信頼関係が重要

【歳川】 政治家・加藤紘一といえば、知米派とか中国に非常に太いパイプを持っていることは多くの人が認めています。そこでお聞きしたいのは、2000年から2001年にかけて日本の外交課題はロシアとの領土問題の解決、そして条約締結を前提とした日ロ関係の改善と強化です。この点どのように考えておられますか。

【加藤】 日ロとの関係については、北方領土の返還という原則は守り続けたいと思います。そのために日本が弱腰といわれるような交渉はしないほうがいい。

【歳川】 しかし、森(喜朗)首相はロシア外交と北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)との国交正常化は自らの手で成し遂げる決意を周囲に語っています。

【加藤】 森首相が自分の時代に解決したいと思うことは政治家として当然のことだと理解しています。しかし、急ぐことでロシアが、日本の足元を弱く見るような結果 になってはいけないと思います。私は、「領土」、「条約」ともに、それほど急ぐ必要はないと考えています。

【歳川】 ところで加藤さんは先日、来日したプーチン大統領の側近たちと長時間にわたって会談されていますね。

【加藤】 意見交換しました。ロシアの最大の課題は、経済運営なのですが、彼らと話を聞いてみると彼らは「ぺレストロイカをやって、米国のエコノミストたちが言う経済運営をやってみたが厳しい結果になった。さりとて旧体制がいいわけではない。結局、それぞれの国が自分の頭で考えて改革を進めなければならない」ということを言っていました。それに対して、私は「我々が手伝えることがあれば十分に考えていきたい」と述べました。ただ、ロシアもG8のメンバーですから、開発途上国向けのような援助をする必要はなくなってきていると思います。

【歳川】 ロシアと経済交流をする場合に必要なことは何ですか。

【加藤】 日本が直接投資を行なったり、先進技術の交流を行なったりするときに信頼感がなければなりません。ロシアが行なったデフォルト(債務不履行)が残した傷は大きいと思います。日本の場合、国内外に投資をするときに、事業会社は70%のお金を銀行経由で調達します。間接金融の国で銀行がデフォルトの印象を持ち続けていると、対ロ投資はなかなか進まないと思います。 しかし、私はロシアは発展性があると思います。なぜならば、かなりの自然資源があり、優秀な人材がいます。それから日本では失いかけている「豊かになりたい」という強烈な意欲が、ロシアの人たちにあります。これらは日本にとって、最大の期待と希望が持てる材料ではないでしょうか。ですから、経済運営でも対外留易の扱い方でも信頼できる投資先であることをみせてほしいと思います。

【歳川】 開発面で具体的に協力することはありますか。

【加藤】 シベリア、サハリンのエネルギー資源開発を中心に日本が手伝うことは多い。しかし、日本には、ロシアに対して少なからぬ 不信感があります。終戦直後の対日参戦と日本とは違う共産主義だったという過去ということと、最近では、借金を返して貰えないということです。信頼関係を構築することが重要ですね。


■ 難問山積する朝鮮半島

【歳川】 北朝鮮政策についてですが、韓国、米国では国交正常化の面で、新たな進展が目まぐるしく行なわれています。日本の対北朝鮮政策としては、どんなお考えですか。

【加藤】 私は、韓国の金大中大統領の太陽政策を支持します。これによって、10年か15年くらいかかると思いますが、韓国と北朝鮮が統一されていく方向に向かうと思います。実は、明治維新のときに、新生・日本を作り上げた人たちの最大の関心は、国内の殖産興業にあったと思いますが、同時に、地理的にみても、朝鮮半島に存在する政権が日本の脅威にならないことだったと思います。そこから日清戦争、日露戦争、太平洋戦争と三つの戦争が起きました。将来あり得る、統一された朝鮮半島を目の前にして、再び歴史の過ちを犯してしまうことは愚かなことです。我々は、どのような姿勢で、朝鮮半島に対して政策を遂行していくのか、新しいテーマとして考えていかなくてはなりません。私は、対立より融和の道を韓国に対しても、北朝鮮に対しても求めていかなければならないと思っています。

【歳川】 金大中大統領について、どんな印象を持っていますか。

【加藤】 来日されて国会で演説をされました。正直いって、クリントン大統領の演説よりも引き付けられました。演説の冒頭に「日本国民と日本政府のおかげで自分は命を助けられた」と言われたときに、与野党の国会議員から、感動と自負の念が広がっていくのがわかりました。だからこそ、歴史の問題について、天皇陛下も首相も十分に謝罪をしてくれたのだから、再び謝罪を求めることは止めよう、歴史を振り返るのは止めよう、と未来志向で考えることを国民に呼び掛けたのは、大変勇気がいることだと理解しています。命を助けられた金大中大統領だからこそ、言えたことなのではないでしょうか。

【歳川】 金大中政権の決断によって、日本の文化が韓国に入ることが許されましたね。

【加藤】 日本の歌謡曲や映画が導入されたことは、大変結構なことだと思います。それに日本人が、ソウルでコンサートを開けるようにもなりましたからね。ですから日本もそれに呼応しなければならないと思います。

【歳川】 永住外国人参政権の問題は賛否いろいろでていますが・・・。

【加藤】 この間題は、連立三党の問題や自民党執行部の進め方の問題など絡み合っていますが、この中で、外国にはっきりものを言う部分があることはいいことです。しかし、日本国内の経済や日本の行く末を考えたときに、何となく漠然とした不安があるから、対外的に強く示したいという心情がないだろうか。政治家は、常に自制しなければなりません。自己反省しなければならないテーマだと思います。

【歳川】 北朝鮮との国交交渉について、拉致問題がネックになって交渉の発展に支障をきたしているように思います。政府レベルでは、そこそこの信頼関係が芽生えてきているように感じます。ところが交渉では、両国の政党が間に入ったり、コメ支援の問題も含めて、なかなか双方のチャンネルが複雑なこともあって日朝国交交渉、日朝正常化といっても難しい面 があると思いますが・・・・。

【加藤】 拉致問題は、重要でシリアスな問題です。日本国民がある日いなくなったという事態は、政治として深刻に考えなければならないと思います。目的は無事に帰ってきてもらうことです。そのためには、相手側といい関係にならないと情報収集や確認作業ができないのではないでしょうか。信頼関係ができれば互いに面子を保ちつつ、ある日帰国できるということになるのではないかと思います。

【歳川】 それは第三国を経由してということですか。

【加藤】  そうですね。その他にいろんな方法があると思いますが、知恵を出して解決すべきですね。とにかく話し合いを広く深くしていかなくてはならないと思います。


国民に信頼される日本の国づくり

【歳川】 加藤さんは常々、「小さな政府」をキーワードとして取り上げています。来年1月から新省庁体制がスタートします。この省庁再編でいろんな問題が浮上しています。人事の面でも統合省庁では水面下で蠢いています。つまり新省庁体制と「小さな政府」という問題を考えたときに、今回の新しい制度をどう見ていますか。

【加藤】 新省庁体制と「小さな政府」で重なりあっているのは、役人の数も大臣の数も事務量も削減できることです。それなりの「小さな政府」、経費のかからない政府になっていくと思います。「小さな政府」論の重要なところは、何でも国が考えて立案して、国民がそれを待っているという状況をなくすことだと思います。政府に期待していれば景気が回復され、税金も払わなくて、老後が楽になるかもしれないとみんなが考えても、それはありえないことです。

【歳川】 なるほど。

【加藤】 「小さな政府」の重要な部分は、社会保障の問題なのです。具体的に言えば年金と医療制度と介護の問題です。新省庁体制では厚生省と労働省が統合します。この省庁は、新しいシステムについてもっと議論してほしいと思います。 例えば65歳を過ぎたらお年寄りで、その日から介護が必要になるのか。実は、そうではなくかなりの労働力が期待できるのです。この人たちに保育を手伝ってもらう方法もあります。また、都会では保育所が足りないところが多い。保育バウチャー制度を確立させて、民間企業が保育の分野に参入する方法など考えていく必要があると思います。そうなればかなり「小さな政府」ができるし、経済も活性化すると思います。

【歳川】 明治維新以来、連綿と続いてきた制度の改革が、今回の新省庁体制になると思います。我々国民も自らの改革をすべく努力しなければならないと思います。「大きな政府」で、明治維新以降やってきた伝統が根強く残っていて、国民の間では、政府が何でもかんでもやってくれるという期待が大きいために、個人が自助努力をしてこなかった。そういうことも含めて改革をしなければいけないという主張が、加藤さんが言う構造改革だと思います。しかし、自民党執行部の亀井(静香)政調会長などは「構造改革を行なうことはますます景気を悪くすることになる」と述べていますが、この点いかがでしょうか。

【加藤】 構造改革というのは、経済の仕組みを改革することが一番の目標です。それから国の財政の仕組みを改革することだと思います。日本のGDPは500兆円と言われていますが、公共事業が40兆円、輸出が40兆円と言われています。住宅産業が12兆円です。そして、ここが重要なのですが、携帯電話の使用料はこの5、6年で1兆円から9兆円に増えています。

【歳川】 使用料だけでですか。

【加藤】 つまり住宅産業にほぼ近いくらいの産業になっている。この発展に政府は財政的にお金は使っていません。私が言っている経済構造改革というのは、みんなで知恵を出し合って、いろんな商売をやり、研究・開発など日本人が持っている力を出させることなんです。そこがわかってもらえない。政府がお金を使って、景気がよくなるのなら、みんな政府のお金を当てにするのです。そうなるとみんなで知恵を出して考えてみようという環境が生まれてこないのです。なのに一部の政治家は、景気対策をやりますと言う。また、閣僚の中にも、IT講習券を配れば勉強するようになると思っている人がいる。その発想自体が古いのではないでしょうか。

【歳川】 最近は、夏を過ぎて年末にかけて、大型補正予算を成立させることが、当たり前のようになっていますね。これが現在の日本の財政になっている。

【加藤】 これ以上、借金を続けていれば大変になります。例えば、多くの国民は、働いて金融機関に貯金する。それで貯金したお金を企業が借りて、設備投資したのですが、企業にその意欲がなくなったから余っている。その分を国が国債を発行して使っている。民間企業がお金を使うようになれば国から借りられなくなります。長期金利が上がって償還能力に問題が出てきます。そうなるとムーディーズなどの格付け機関が一段下げてしまうことになる。これから2年の間に大変なことになることを予測していないといけなくなるのです。今、貯金を多くしているのが30代の人たちです。次が20代なのです。

【歳川】 意外と若い人たちが貯金をしているんですね。

【加藤】 その理由は、国が徴収している年金が信用されていないからなんです。若い人たちの考えていることは、年金を国に預けても、親父たちの世代の景気対策に使ったお金の付け払いに流用されると感じているからなのです。だから国民年金を払わない現象が起きている。これを克服するためには、国にお金を預けても将来かならず見返りがあるという信頼感を回復しないといけない。でなければ、政府がいくら所得減税を行なっても、国民は貯金して消費に回らない。悪循環になっていると思います。


■ 政権奪取より仲間を増やすこと

【歳川】 森政権が提唱するIT革命についてですが、このIT革命と言った場合にもう一つのテーマがグローバリゼーションだと思います。グローバル化というのは、実は、アメリカンスタンダード化とみる人もいます。日本はグローバリゼーションの波に呑み込まれてしまう可能性もあるのではないですか。

【加藤】 それは、日本が持っている不安だけではなく、世界各国の人々が持っている不安ではないでしょうか。日本の経済がグローバリゼーションの方に進んでもいいと考えています。その理由は、かつて金融では、護送船団方式でやっていました。しかし、金融の世界は国際的で米国のヘッジファンドやその他の金融機関に簡単にしてやられる弱さを持っていた。日本人が一番克服しなければならないところは、自分の意見を言わないところです。インターネットを通 じ、英語で入ってくる文化は、自分の自己主張をする精神構造を変える新しい空気を送ってくれると私は思います。ですから、グローバリゼーションは不可避なことだと思います。

【歳川】 教育の問題についていろいろな意見が出ています。教育基本法についてどのようなお考えですか。

【加藤】 私は、将来、教育基本法を改正することがあってもいいと思います。ただ、教育の根幹の部分である日本人のアイデンティティーとは何だろう、という議論を2年か3年やって、それから直していくべきだと思います。その議論を抜きに法律の改正だけで教育改革が進むとは思いません。

【歳川】 加藤さんご自身の政権戦略についてお聞きします。基本的に加藤さんのスタンスとして、森首相からの禅譲を望むのか。それとも次の自民党総裁選に立候補して政権奪取するのか。現時点で、政権取りについてどのように考えていますか。

【加藤】 政権というのは、エネルギー体です。その政権にエネルギーがあれば容易に倒れるものではありません。また、倒せるものでもありません。同じ政党にいる人間が政権を倒すということを考えるべきことではありません。一方、政権にエネルギーがなくなるとみんなで一生懸命支えてもダメなんです。これは自然体で見ていくしかないし、自分はその間何をやっていくのかというと、もし、自分が総理だったら、そごう問題や金融問題をどうするのか、北朝鮮との国交交渉をどうするのか、北方領土問題をどうすれば解決できるのかと常に考えて判断を下せるように自分を鍛えることだと思います。また、もし私が政権を取ったら何をやりたいのかということを言い続けて、同じ旗の下に集まる仲間をひとりでも多く増やすことだと思います。

── 了 ──

 

 
 
 

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