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2000年10月17日 毎日新聞社 週刊エコノミスト


我が政権戦略を語ろう
〜〔特集〕加藤紘一 元自民党幹事長 インタビュー


聞き手/中村啓三・毎日新聞論説委員長
   

 

政界で動きが、一番気になる男。それが加藤紘一・元自民党幹事長である。主流派を牽制するかと思えば、また沈黙モードに入ってしまう。その加藤氏が、異例のことに、長時間のインタビューに応じ、自ら「王道」と信じる政治姿勢を語った。

■ 公明党は評価してきた。ただ永田町の都合で連立を急ぐと、公明党にも自民党にもよくないと言ってきた

■ 政局的に見過ぎではないか。政策をきちっと出せば、支持者は増える

■ 王道を歩いて行きたい

― 世論調査で「森喜朗首相の後、誰が首相になると思うか」 と質問すると「加藤紘一」という答えがトップを占めるのが最近の一致した傾向です。今日は二一世紀初頭の首相候補ナンバーワンが、どのようなビジョンを持っておられるのか、率直な話を伺いたいと思っています。

最初にお聞きしたいのは、今も申し上げましたが、世論調査で次期首相の最有力候補を尋ねれば「加藤紘一」という名前がトップに挙がるのに「誰を首相にしたいか」という質問では、田中眞紀子元科学技術庁長官と石原慎太郎東京都知事がトップを争い、加藤さんはいつも6番から10番の間を占めているにすぎません。この落差をご自身はどのように分析しているのでしょうか。

■ 東北人は『地味』な仕事が大事

【加藤】 田中さんや石原さんの発言を聞くと、時にははらはらさせられますが、実にうまい表現だと感心させられます。それに比べ私は地味で、大向こうをうならせるような発言ができないのが最大の理由でしょう。東北出身者には、自分は口下手という潜在意識があって、新聞や雑誌の派手な見出しになるようなことは言えないという諦めが最初からあるのです。それがこうじて、メディアに名前が出ることにあまり価値をおいてはいけない、地味な仕事が大事だと思っていることも事実です。

それに、自分の意見は率直に述べてきたつもりですが、党を割ったこともないし、党執行部を激しい言葉で批判したこともありません。それも地味な印象を与えるのでしょう。

声がかかれば、どこにでも出かけて、考えを聞いてもらおうと心がけていますが、内容は、よく言えば首尾一貫しているのですが、マスコミから見れば意外性がなくニュースにしにくいのでしょう。それも地味な印象を与えていると思います。

― そうでしょうか。加藤さんは昨年の自民党総裁選で小渕恵三前首相の財政拡大路線を批判して立候補したこともあり、その言動は常に注目されてきました。森政権は小渕路線を継承すると言っていますから、今でも主流派に対抗する勢力の頭目と見られています。

【加藤】 確かに自民党の中で私の立場が非主流とか反主流に見えているかもしれません。しかし、私は日本の行くべき姿については、多くの人がコンセンサスとして描いている心情・感性を述べているつもりですから、非主流派と呼ばれることに戸惑いを感じますね。

逆に自民党全体にもっと危機感を持ってもらいたい。党に向けられた国民の声、世界のなかで劣化しつつある日本の立場を考えれば、私が言っていることはまだ微温的に見えるはずです。

― その微温的なところが、どういう改革のビジョンを持っているのか分かりにくいということになるのではないでしょうか。例えば「構造改革」と言われますが、橋本龍太郎政権が掲げた六大改革とどこが違うのかよく分からないのです。

【加藤】 分からないのは当然です。基本的には同じだからです。ただ橋本内閣の時は、改革の必要性と将来の社会の姿をきちんと示し、国民自身が改革の主体になってもらうという点で、配慮に欠けているところはありました。だから私は、国の制度改革も必要だが、国民一人一人の意識改革が重要だと説いているのです。

― その改革の必要性を改めてご説明ください。

■ 政治家も幻想を振りまくのはやめましょう

【加藤】 明治維新からの日本は世界史の中で特筆していいほど見事に近代化を成し遂げました。そのためには中央政府が大きな権限を握り、政治・経済・社会生活はもちろん、時には個人の生き方まで国が指導するシステムが必要だったのです。しかも国民をタテ、ヨコ、ナナメに組織化し、国の方針が徹底する体制を作り上げました。言い換えれば社会主義体制の下で近代化に突き進んできたのです。その結果 、政府は権限、財政規模、仕事の範囲でどんどん肥大化し、国民は政府の顔色を窺わなければ経済活動も生活もできない状態に陥ってしまいました。

国全体がさまざまな集団に組織化され、人々は集団の一員としての生き方を強いられますから、個人が見えなくなり、それとともに無責任な風潮が蔓延してきました。そして国民は、自分の属する集団や国に過度に依存するようになっているのです。

だから、権限、財政規模、仕事の範囲で「小さな政府」にし、「おかみ頼り」の雰囲気を一掃し、国民一人一人が、もっと伸び伸びすると同時に責任を持つ社会にしようというのが改革の基本です。そのためには国のシステムだけでなく、人々の精神構造、メンタリティーも変えなければならないのですが、こうしたことを一言で「構造改革」と表現しているのです。

「政府頼り」をやめましょう。政治家も政府も国民にいろいろなことをしてあげられるようなイリュージョン(幻想)を振りまくのはやめましょう。いい製品を作って儲けるのが王道で、売れ残ったら政府に頼んで在庫品をさばこうなんて思わないでください。そんな力は、もともと政府になかったし、これからもありません、ということなのです。

― 加藤さんは三年ほど前、「第三の自由民主改革」を唱えられましたが、それも「構造改革」を別 の言葉で述べたものなのですか。

【加藤】 そうです。あのときは橋本改革の真っ盛りで、六大改革が何を目指すものなのか分からないという意見がありましたので、実は経済成長率を取り戻すといった次元の話ではなく、より自由で、より民主的な社会の建設という価値論を伴うものでなければならないと申し上げたのです。

明治維新では普通教育が義務教育として普及し、人々の生活はずいぶん合理的で豊かになり、制限つきとはいえ多くの権利が認められるようになりました。これを第一次自由民主改革と呼べば、戦後の第二次自由民主改革では、女性の参政権が認められるなど自由と民主主義は一段と拡大しました。いま取り組まなければならない改革も、より自由で、より民主的な社会を目指すものでなければならないと思っています。そのためには明治維新、戦後の改革に匹敵する壮大なビジョンと、明確な価値論を持たなければなりません。

「大きな政府」にメスを入れるというのは、明治に作られ、太平洋戦争に突入していった昭和一六年前後に一段と強化され、戦後も温存された100年余りのシステムの改変という、とてつもない作業が必要なことは言うまでもありません。同時に人々の政府に対する考え方も変えなければなりません。明治以来、優秀な人材は中央官庁に就職する傾向がありました。そういう優秀な人が集まっている政府の言うことは正しいに違いないといって、国民ばかりか国会議員まで、その権威に従うというのがこれまでの姿でした。それがうまく働いていたときは〓ジャパン・アズ・ナンバーワン〓の源だったのですが、官僚が次の目標を示すことができなくなった15年ぐらい前から疑問符が、つき始めたといっていいでしょう。政府からもっと自由で、自分のアイデアに対しても自信を持てる、また行動にも自信を持てる、そういうものを追求するのが「第三の自由民主改革」だと思います。

― 「大きな政府」はどうやって解体していくのですか。

【加藤】 政府は、政府でなければできないことだけをやり、民間、地方、国際機関に任せられるものは、できるだけ任せていくという方向で行政を見直していくことが基本です。

会社経営、技術開発などは民間がやることです。しかし、民間ではとても採算がとれそうもない基礎科学研究などは税金を使ってやらなければなりません。外交・安全保障、教育のほかに所得の再配分、人々の安心をきちんと確保することも国政の根幹ですので、社会保障制度、特に年金制度は国がきちんと作っていかなきゃなりません。

国民生活に身近な行政はできるだけ地方に任せた方が、地域の実情に合ったきめ細かい施策が行われます。環境、国際犯罪、経済のルール作りなどでは世界各国と共通 の基準を作っていかなければ、実効が上がらない時代に入っていることも異論はないでしょう。

逆に政治が不作為の罪・咎めを受けなければならないのは国際金融の問題です。そういう専門的な問題は大物の政治家のやることではないと思われてきましたが、金融システムの劣化で日本は毎年2兆〜3兆円も損をしているのかもしれません。その根本のところに気がつかず「補正予算を組めば直るじゃないか」と思っているところに、構造改革の必要性に対する認識の弱さがあるのじゃないかなと思っています。

― 財政構造の改革に当たって焦点になる公共事業について加藤さんの発言があまり聞かれませんが、どう考えているのですか。

【加藤】 100年以上前に書かれたヴィクトル・ユーゴーの『レ・ミゼラブル』で、主人公のジャン・バルジャンはパリの下水道を走って逃げているのですね。それに比べ日本の社会資本の整備がまだまだ遅れているのは紛れもない事実です。「田舎に高速道路を作るとはなにごとか」 と言っていますが、アメリカでは田舎でも見事なハイウエーができている。近代国家の装置の整備としての公共事業は今後も必要でしょう。

特にしっかりした都市づくりは、省資源・省エネルギー、文化・歴史の創造、新しい産業の育成の観点から極めて重要になってくると思っています。これまでの日本の都市では、建物などが古くなれば壊して新しく作り直すのが主流でしたが、これでは資源・エネルギーの無駄 になるだけでなく、都市に文化や歴史が蓄積されません。100年後には世界の人口の90%以上が都市に住むという予想が出ているなかで、500年、1000年のイメージで都市建設に乗り出すのがこれからの課題です。

同時に豊かな生活を維持するには、科学技術の振興で高度の工業力を維持すると同時に、ファッション、デザイン、コンピュータソフトなど、知的産業の育成に努めていかなければなりません。そのためには快適な都市空間という新たな産業基盤が必要になります。パリは世界の美の中心といわれますが、あの都市空間を抜きにファッションのパリは語れません。

ただ公共事業に景気対策、景気調整弁としての機能があるのですが、これは景気がよくなれば減らす前提で考えているのですが、出来上がった工務店をつぶすわけにいかないので、きわめて下方硬直的になるのですね。それの歪みが出ていることも事実です。それに農業、土木、港湾、道路もあるから、役所はシェアを維持しようとする。これを変えていくには政治の思い切ったイニシアチブが必要になります。

― でも古い公共事業の配分枠を維持し、その配分で政権を維持してきたのが自民党だったのではないでしょうか。話を聞いていると非主流どころか「反自民」と言っていい感じがしますが、加藤さんは一方で、自分を「保守本流」と言い「自民党の中で改革する」と言い、「保守改革」を進めると言われています。この辺も国民からは分かりにくいのです。自民党の進めてきた路線が社会主義的であり、保守改革が必要だと言われるなら、自民党を飛び出るのが筋だと思いますが。

■ 国や地域に『責任』を感じる人々が保守層だ

【加藤】 衆院議員になり28年。私は、自分を自由主義者とはいっても、「保守派」「保守政治家」と言ったことは一度もなかったのです。ここ1、2年、「保守本流」みたいなことを言ったから怪訝な顔をされていますが、それは、この国を変えるには、日本の社会各層にいる保守グループの批判に耐えうる改革を打ち出さねば結局は、浮草に終わってしまうと思うからです。

これまで、いくつかの保守改革がありました。河野洋平さんの新自由クラブ、小沢一郎さんたちの新生党、武村正義さんらのさきがけなどです。でも、一陣の風を巻き起こすだけで、パソコンでいえばファイルをいじった程度でハードディスクまで書き込めないで終わってしまっています。それは何故か。

第一に自民党を飛び出すことに対してメディアが送るファンファーレにバランス感覚を失ったからではないか。日本では帰属していた集団から飛び出したり、それを批判すると無条件に正義であり、メディアの寵児になるが、それ自体は本来政治的価値ではないはずです。

第二に日本社会のいわゆる保守の政治基盤を十分に理解していなかったからではないか。私は、日本の保守基盤とは、地域・企業などで良識と責任感を持ってまとめ側、執行部側に立ち、汗を流す決意をした人々ではないかと思います。彼らは、まじめに農地を耕し、商売をし、神社の氏子やお寺の檀家としての務めを果 たし、町内活動やPTA活動を地道にやっている人たちでした。この人たちは、政治に文句もいうが、同時に自分たちが地域を支えていかなければならないという責任感をいつも持ち続けてきたのです。これは会社コミュニティーでも似たような形態になっていたのではないでしょうか。こういう人たちは、新聞をよく読み司馬遼太郎や塩野七生を読み、時には「般 若心経」を読んだりして、その視点は非常に鋭い。そして人の見えないところでお金や時間を使い、時には泥をかぶることも厭わず地域のために頑張っているのです。だから労組の幹部でも地域のために汗を流している人たち、社会の問題を自分の問題と捉えている人を、私は保守意識を持った人だと思っているのです。

これに対し、革新的な人たちは、組織を作り、あらゆる問題を政治の課題として「要求する政治」「獲得する政治」を目的としてきました。

これまでのいくつかの新党は、この保守基盤を完全に動かす説得力がなかったのではないか。新しい形の「要求政治」のパターンとしか映らなかったのではないかと思います。私が構造改革を主張し、かつ「保守本流」と言い出したのは、この責任感を持った人たちに十分説得力のある改革を提示し、彼らにも共に行動してもらいたいと思うからです。その人たちを単に予算配分を待つ利益集団と見る限り、民主党は伸びませんし、一方「最近の自民党は見識と責任感が欠如し始めた」と冷めた目で見られていることにはさらに大きな危機感を持つべきです。

― 加藤さんがしばしば使われる「自立した個人」とは、そういう地域社会に責任を感じている「保守」に目覚めた人ということになるのですか。

この保守派こそNPOに関心を持たなくてはならない

【加藤】 まあ、そうですね。ただ地域社会というのは個性を壊す、主張させないという側面 もあったのですね。企業社会に自己実現の場所を見いだそうとして自分の全人格を投入しても結局、自分の居場所をきちんと見いだせず、地域に帰ろうとしても、地域社会もなかなか受け入れてくれない側面 があります。

地域社会のリーダーは昔は50代でしたが、最近は60代後半から70代になっている。そこでは自由にものが言えないという面 があることは事実です。そうした枠を超えて、個別のテーマで独自のコミュニティーを作り始めたのが最近の非営利組織(NPO)だと思うのですね。ですから、地域社会を基盤にする自民党、つまり保守派こそ、このNPOに注目していかなければならないと思っているのです。

NPOは「小さな政府」を志向する上でも重要です。どんなに自由主義社会になってもシビル・ミニマムは公が保障しなければ社会は混乱し不正義が発生する。でもシビル・ミニマムの言葉通 り必要最小限でいいのかというと、それだけでは人は生きていけない。だからといって趣味や生き甲斐の部分にまで公がかかわることは越権行為だし、財政的にも無理がある。そのすき間を埋める役割を期待できるのが親戚 縁者であり、地域であり、NPOだと思っています。

― 話を聞いているとますます民主党や自由党の主張に近いように思われます。もちろん安全保障問題での違いは分かるのですが、国内改革の方向で、民主党や自由党のどこに違和感を感じているのですか。

■ 自民党がやらなくてはならないことに、理解を示す政党が増えてきただけだ

【加藤】 自民党も長い期間与党でしたから矛盾点とか澱みたいなものがあります。でも自民党だけが責任者側、地域コミュニティー側ということで整理できるのではないでしょうか。私は自民党が本来やらなきゃならないことを述べているのであって、たまたま民主党や自由党にも理解していただいている人が多くなっているということだと思っています。

― 加藤さんが描く「自立した個人がネットワークで結ばれた社会」ということになると、情報技術(IT)革命は改革の促進剤になりますね。

【加藤】 ITがどのような影響を与えるかはもう少し様子を見なければならないと思っているのです。

ワットの発明した蒸気機関も船や汽車に使われて交通 革命になり、繊維産業や炭坑に使われて産業革命になった。石油も自動車や列車、航空機、発電に使われるようになって第二次産業革命になったのです。

ITはアメリカもまだ金融と流通 に使っている段階です。これを製造業にどうやって結びつけていくかがこれからの勝負だと思います。また、基礎研究に使うということも今後考えるべきです。バイオニュスマティックスというのはその類型に入るものなのですが、われわれの国の可能性はものすごくあるのに、いまのところ政治の世界では、携帯電話でインターネットにつないでゲームをやったりするのがIT化というふうに思われたりしているところは残念です。

IT革命が目指すものの光と影の両面 を国会できちんと議論していかなければなりませんね。

ただ、インターネットを通 じて国際化が進み、個人主義のいう革命的な血を注入することは間違いないでしょう。日本の弱点は単一価値主義、発想における集団主義なのですが、この考え方や社会は深部で大きく変わってくると期待しています。

― そうした問題意識を持ちながら小渕政権に比べ、森政権批判は極めて微温的ですよね。

■ 亀井さんは国民が求めているビジョンを示してきましたか

【加藤】 小渕、森政権は基本的に同じだと思います。橋本政権が構造改革で目指したものを経済政策の失敗ととらえて「土砂降りの状態を直します、そのためにはいかなるお金でも注ぎ込みます」という意味では、まったく同じ路線ですね。

橋本政権は、このまま微温的にすぎていったら、日本はだんだん体力を落としていってしまうから、金融をはじめ日本の社会システムに外科手術を施さなければならないといって取り組んだものですから、失敗のみと考えてはいけないと思っています。「手術である以上痛みますよ、そのときにはご両親、親戚 縁者の方々はジッとこらえて、患者を支援してあげてください」ということを事前に説明し、説得する能力が十分でなかった点は反省しますが。

亀井静香政調会長は、経済をここまで土砂降りの状態にしたじゃないかと言うが、じゃ、この二年で、凝り固まっていた部分を直してきたか、国民が求めている将来にビジョンを示してきたのかというと成果 を上げていないと思いますよ。

― 加藤さんの政権戦略で極めて重要になってくるのが、連立相手の公明党との関係ですが、ここにきて公明党・創価学会批判を控えていますが、評価が変わったのですか。

■ 公明党は地域社会との調和を目指し出した

【加藤】 もともと私は公明党をそれなりに評価してきました。自民党が農村地帯の門構えの大きい大家族などを支持基盤にしているのに対し、大都市の核家族の不満や要求を吸収し、共産党に対抗してきました。ただ、地域社会とまだまだ馴れ親しんでいないのですね。地域社会のシンボルである町内および村の祭りに、公明党・学会員は参加してはいけないという時代が30〜40年続いてきたのです。去年の9月に方針転換して、公明党候補者がはっぴを着て神輿を担いでいる姿がテレビに映っていましたが、地域社会と十分に調和しきれていないときに永田町の都合で急いで連立をすると、保守基盤から反発を受けますよと言いたかったのです。その反発は、このあいだの選挙で自民党が39議席を減らすというかたちでも表れています。

私は公明党との関係は悪くないと思っています。ただ永田町の事情だけで急激なことをやったら、公明党にも自民党にもマイナスになると言い続けてきたし、その見方は変わっていません。

― いよいよ来年一月から省庁が再編され、政治を転換するチャンスです。ここで加藤さんがどう動くかが注目されますが。

【加藤】 物事をあまりにも政局的に見過ぎているんじゃないでしょうか。政策的な考え方をきちんと打ち出していけば、どういうポジションにいようと支持者は増えていきます。そごうの債権放棄などでは私たちの問題提起に自民党全体も同調せざるをえなかったわけです。

今後も改革の理念をきちんと示しながら、その時々の問題にはっきりものを言うという王道を歩いて行きたいと思っています。

── 了 ──

 

 
 
 

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