「このままでは日本は最悪の道を歩む」
反省と手ごたえ 真空総理との闘いは続く
加藤紘一
「改めて言う、自自公では選挙に負ける」
インタビュー・構成 高山文彦(ノンフィクションライター)
万感の涙
そのとき初めて、彼の涙を見たのである。この10年あまり、つかず離れず加藤紘一という政治家と交わってきたが、満を持して打って出た自民党総裁選の当日、思いがけず公の場で見せた涙だった。目標の百票を上回る113票を得た直後、東京・溜池のホテルで宏池会70名の議員を集めて打ち上げの会が開かれた。挨拶に立った加藤は、「ありがとうございました、その一言です」と万感をこめた声で言い、そのとたん何物かに打ちのめされたかのように「ウッ」と唸ったまま、嗚咽をこらえ唇を固く結んだのである。クールに見える男が、声を上げて泣き出すのかと思った。ものの5、6秒ほどだったのだろうが、ひどく長く感じられた。「私は人にアピールするタイプではありません。人気取りの言葉は使いませんでした。票が減るのではないかと思っていた。宏池会70人全員が投票してくれ、それ以上に15人の人が、締めつけ厳しいときに私に投票してくれた。ひとりひとりすごい思いをこめて私に投票してくれたと思うと、だれとは申せない、だれとはわからないその方々の思いを重く受け止めています」ようやく絞り出された声には、自分のような者によくぞ投票してくれたという思いが強くにじんでいた。
9月21日、総裁選当日の正午から、私は加藤紘一に張りついたのだった。必敗の闘いに挑んだ者の顛末を見届けたいと思ったからだ。投開票の直前、国会近くの個人事務所で、なぜ負けるとわかっている勝負に臨んだのかを問うてみた。加藤は、「上り坂の小渕さんに弓ひくものではないという慎重論が組織のなかにもあった。僕のことを心配して言ってくれた人、人事権を持つ者にあえて楯つくべきじゃないと思った人、総選挙のことを考えた人もいるでしょう。そのなかで最後はひとつにまとまって、よく闘わせてもらった」と言い、珍しく感情をあらわにして、こう語ったのである。
「経世会(小渕派)のなかで、総裁選に立つな、立てば潰すぞ、という声が上がったでしょう。あれがなければ、立たなかったかもしれない。森(喜朗)幹事長が早々と小渕支持を打ち出したりして、それ以来みんな計算だけになっちゃった。党内が暗くなってしまう。このままでは自民党は総選挙で負ける。僕が立つしかなかった」
そして声を潜め、自分が打ち出した産業再生などの政策を小渕恵三首相がすべて丸呑みし、政権政策の要とした経緯に触れたあと、「ほんとうはね」と続けた。
「究極の丸呑みをするなら、僕が公明党との関係は閣外協力にとどめるべきだと言ったとき、小渕さんはそれも丸呑みすればよかったんだ」
加藤、山崎拓(元政調会長)両候補が自自公連立を真っ向から批判したことで、かえって小渕陣営はなにがなんでも連立を実現しなければならなくなった。国民の支持を得られるはずもないこの連立が、やがて音を立てて崩れていくことは眼に見えている。それがひとつの狙いだったのではないかと質すと、加藤はニヤリと笑って言った。
「政権が数の力だけで強大になれば、数に頼るばかりで議論は闘わされなくなる。官僚の政策をそのまま通す、官僚主導の政治に陥ってしまう。どうにかして食い止めなければ、という思いがあったのは事実です。」
議員票85、党員・党友票28という、予想以上の結果を本人はどう受け止めているのか。加藤紘一に緊急インタビューをおこなった。
党内の閉塞感打破のために
− 自民党本部で開票結果を聞いた瞬間の気持ちを覚えていますか。
加藤 ありがたい、率直にそう思いましたね。議員票も党員票も。特に議員票は、厳しい締めつけの雰囲気の中で、どなたかはわからないが、よくぞ15人も「加藤紘一」と書いてくれたものだと思いました。派閥に拘束されながら、必死の思いで投票してくれたのだから、この一票一票は10票分の重みがある、150票の価値があるな、という気持ちがしましたね。
− 派閥議員の数を十五も上回るとはまったく予想していなかった?
加藤 少しはあるだろうと思ってはいましたが、15人までとは.......。3人から5人くらいは支持してくれそうだというのが仲間内での見通しでしたからね。ですから、本当にだれが入れてくれたのかわからないんですよ。ただ、宏池会所属議員以外で私を支持してくれたのは15人でしたが、加藤に入れようかどうしようかと思案していた人はその倍はいるんじゃないかと考えています。心の中でさまざまな葛藤があって、ギリギリのところでとどまった人もいたと思う。いま党内には、何やら窒息しそうな閉塞感が蔓延していて、寄らば大樹の陰、物言えば唇寒しといった雰囲気がありますが、そこに風穴を開けたいという気持ちが結果的に15票になったんだと思います。やはり、党の中には多様な意見があるんです。衆参あわせて371人の議員というのは、それぞれがみんな、一定の支持者を集め、それなりの見識を持つ人たちですから、意見が一つということはありえないんですよ。
− 加藤さんは今回の総裁選で、拙速な自自公政権樹立に反対して路線問題を争点にした。その一方で、財政再建、年金問題、科学技術振興などの具体的な政策論も挑んだ。派閥議員票プラス15という得票は、どちらが評価された結果と分析しているんですか。
加藤 どちらが大きいということではなく、路線問題も将来ビジョンの政策も、そして党内の風通しをよくしたいという欲求も、全部が混ざり合っての結果だと思いますよ。
末端組織に広まる徒労感
− これまで加藤さんは、官僚出身で理論派ではあるが、人情味に欠ける冷たい政治家だという印象を持たれてきた。それが今回は、15人もの議員を、締めつけがもっとも厳しい小渕陣営がら造反させることができた。自分自身でも驚いているんじゃないですか。
加藤 そうですね。理屈っぽくて書生のような主張を繰り返し語り、池田(行彦)前政調会長からは「非常に内容のある立派な演説だが、自民党員には受けないのではないでしょうか」と言われたこともあったんですが、結果的には理解された。真面目に、しっかりとものを考えてくれる議員や党員が自民党にはいるんです。
自民党の議員は票集めや利益誘導にばかり一生懸命だと批判も受けるんだけど、家に帰って一人の時間になると、政治はどうあるべきか、日本をどうするべきかと沈思黙考している人は結構多いんだと思いますよ。そういう指向を持った人から支援をもらったんじゃないかと分析していますけどね。
− 議員の基礎票263を10票下回った小渕陣営では、造反者探しに躍起になっているようですね。
加藤 だれが私の支援に回ったかはわからないでしょう。入れてもらった私がわからないんだから、無理ですよ。
− 党員の投票率は49パーセントで、過去最低です。50パーセントを割ったのは党の組織力が弱体化したせいじゃないですか。
加藤 うーん、ちょっと深刻だなあ。約290万人の党員・党友のうち系列党員は約100万人ですが、党員数が参院比例区の順位決定の要素の一つになっていますから、なかにはかなり速成で作った党員もいるんでしょう。ですから、党員名簿の質に問題があったのかもしれない。自分が党員であることを知らずに投票用紙を受け取った人も相当数いると思います。
それに加えて、中央での党の離合集散が影響を与えたのかな、と。地方では自由党との間で激しいケンカをしてきたのに、翌朝、目覚めると中央では自自連立ができて仲良くやっている。末端の人たちが党意識を持って公明党組織と闘ってきたのに、ある日突然、永田町では自公が手を組んでいる。中央では、数の論理や創価学会との関係だけで自自公を論じているが、地方では激しい闘いをしてきただけに、なぜ簡単に連立するんだという中央に対する不信感や徒労感、虚無感が広がっていたのかもしれない。だからこそ、連立というのはよほど慎重に考えないといけないんです。末端組織に嫌気が広まっては困りますからね。私はその意味でも、連立は必要最小限にすべきだと主張してきたんです。
私は、政府はもうバラ撒きをやめなさい、財政出動では必ずしも景気はよくならない、とかなり辛口の議論をした。それでも30万人近い党員・党友が支持してくれたのは、やはり自自公批判が押し上げ要因になったんだと思います。本当に末端が不信感や徒労感を持っているなら、加藤にもっと多くの票が集まるはずじゃないかと言われますが、それでも私なりには手ごたえがあったし、山崎さんのところには明らかにそういう批判票が流れたと思いますよ。
自分の考えは変わらない
− それにしても今回は、加藤さんも山崎さんも目標の数をクリアしたし、小渕さんも大勝した。絶妙ですね。
加藤 そう、誰もが傷つかない絶妙のバランスになっちゃってますね。
− うがった見方ををすると、小渕派が配分したんじゃないかと.....。
加藤 それはない。
− 昔はよくあったでしょう。田中派が票を回して、恥をかかせないようにすると同時に恩を着せるというのが。
加藤 それはないね、今回は。絶対に。
− ところで、加藤さんは路線問題については立候補当初、総裁選の争点にはしないと言っていた。それがなぜ、途中から自自公批判を公然と行うようになったんですか。
加藤 もともと路線問題から逃げるつもりはなかったんですよ。立候補の段階で、8月26日に発売になる『いま政治は何をすべきか』(講談社刊)をすでに脱稿していて、そのなかで公明党との連立は閣外強力から始めるべきだと書いていましたし、神崎(武法・公明党代表)さんにもそのことは伝えてあったんですから。ただ、自自公についての議論をすると、政治ジャーナリズムはこの問題だけを総裁選の争点にする。将来の日本のビジョンや財政論、年金論、教育論といった地味ではあるが大事な政策テーマが、"台風"に巻き込まれて吹き飛んでしまう。
だから最初は、路線問題ではなく21世紀に向けた国の在り方を論じさせてくれという気持ちだったんです。そうしたら、闘うつもりのない候補者とか、面白みのない総裁選という報道になって、非常に不本意でした。それで、8月20日すぎに、間もなく本も出版させるのだから、路線問題もそろそろ言おうということにしたんです。
− 自自公路線については、小渕さんが勝利をおさめたことで承認された形になりましたが、加藤さんの考えは依然として変わっていないのですか。
加藤 ええ、いまでも閣外協力から始めるべきだったと思っています。ただ、議員票でも党員票でも我々は多数ではないわけですから、党で決定したことには従います。しかし、自分の考え方は変っていないし、世論も自自公連立には反発している。それは世論調査ではっきり現れているわけですから、慎重に運営してほしと思いますね。
− いまの流れでは、自自公政権で総選挙を迎えることになるわけですが、選挙に影響はありませんか。
加藤 自自公路線を選択したことの答は、結局、選挙で出てくると思いますね。来年4月以降は介護保険の保険料徴収が始まる。最初はかなり抵抗があるから、選挙は大変になります。ですから、選挙は早ければ早いほうがいい、年内に解散すべきだと言ってきたんですが、これは総理大臣がどう判断するのかの問題ですからね。
都知事選の惨敗が頭をよぎる
− 小渕さんと討論をした感想はどうですか。公開討論を見ても、小渕さんは議論を避けているから、真面目に話しているほうが滑稽に見えてしまう。やはり真空なんですか。
加藤 そう見えるのは、小渕さんがきわめて日本的な政治家だからでしょうね。「理屈はともかく」なんて言葉があるように、日本はあまり議論をしない国なんです。議論をするときでも、「お言葉を返すようですが」と前置きをしないといけない。それで議論をすると、「それは俺の人格を否定しているということだな。ケンカを売る気か。タダじゃおかない」ということになる。だから、党の路線問題や経済政策論を議論すると、「それじゃあさわやかな総裁選にならない」と批判を受ける。
でも、議論をして自民党の政策をアピールしないと、国民から見放されて選挙も負けるぞという危機感が私にはある。幹事長を3年もやったせいで、どうしてもそういう意識になるんですが、そうしたことを森幹事長は考えているかなあと、少し心配なんですよ。今回、森さんは早々に総裁選はないほうがいいという方向に舵を切ったが、当時は小渕さんの支持率は上がっていたけど、党の支持率は下降しつつあったんです。選挙で勝つか負けるかは、党の支持率が決め手になるのに、議論を避けて大丈夫かと思いましたね。
− そうなると、党員投票率が49パーセントというのは......。
加藤 かなり怖い数字です。明石(康・元国連事務次長)さんを立てて大敗した、今年の東京都知事選のようになりかねないという危機感があります。
自民党は、意見の違いがあっても議論をしながらあるひとつのところに収斂させてきた政党です。弾力性があったからこそ長く続いてきた。ときには総務会で怒鳴りあいもしますが、それこそが民主的なプロセスなんです。私が幹事長時代の総務会は長かったですよ。梶山(静六)さんや亀井(静香)さん、河野(洋平)さんなどが厳しい意見を述べて大変な思いもしましたが、議論をすることで党がまとまり、活気づきもした。ところが最近の総務会は、五分か十分程度で終わっちゃう。これはよくないなと思います。
立候補の収支決算
− 衆院で過半数を持ち、連立によって政権基盤も安定したから、議論するのが面倒になったんじゃないですか。でも、その原因を作ったのは加藤さん自身でもある。野党からの一本釣りで衆院での過半数を確保したことが、いまの姿につながっているとも言える。
加藤 そうなんですね.....。過半数を超えたことで、自社さ体制が徐々に崩れ始めた。寄らば大樹の陰といった雰囲気なり、議論を避ける政党になってしまったのは、私の自業自得でもある。だから、そこに風穴を開けなくちゃいけないと考えたんです。
東京都知事選挙の直前、亀井さんに言われたことがあるんです。「この選挙は負ける。当然、執行部の責任を問うべきだ。加藤さんが責任論をぶち上げてくれれば党内の空気は変わるから、是非言ってくれ」と。しかし私は、執行部体制を守る側にいたから、「これはあくまで一地方選挙だ」と言い切って、責任論には与しなかったんです。それ以来、亀井さんや非主流派だった人たちがおとなしくなった。主流派体制の強固さに無力感を感じたんでしょう。そしてその後、森幹事長が小渕さんの無投票再選を言い出して、党内には物言えば唇寒しの空気が広がった。
でも考えてみれば、小沢(一郎・自由党党首)氏も自民党幹事長時代に都知事選の失敗で辞任したわけだし、私も昨年の参院選敗北の責任をとって幹事長を辞任した。やはり、そのときそのときで責任をとるべきだったんです。そうしないと、メリハリがないから国民にもわかりにくい。
そういう反省を全部背負って立候補したという側面もあるんですよ。
− 立候補した意味はありましたか。
加藤 自分の損得勘定だけで考えればよかったかどうかわかりませんが、少なくとも党のためにはよかったと思っています。日本の政治のためにもね。
− 自身の収支決算はマイナスですか。
加藤 あちらこちらとケンカをしたのかもしれませんしねえ。本当に経世会幹部が言ったかどうかは疑問ですが、「立候補したら加藤の将来を潰す」というような発言がメディアに載ったりしました。しかし、もしもそんなことで静かに引き下がって、将来そのバーターのような形で総理の座を得たとしても、国民の支持は得られますか? 仮に私がPKO
(国連平和維持活動)部隊に、生命の危険を覚悟して東ティモールに行ってくれと命じても、隊員が行ってくれますか? 財政が厳しいから負担をお願いしたいと言っても、国民は納得してくれますか? 闘うべき時に逃げた男に、国民の支持は集まらないと思いますよ。その意味でも、立候補する必要があったんです。
それにこの10年近く、宏池会というグループは自ら闘いに臨むということをせずにきた。しかし、闘ってはじめて強くなるんです。今回の総裁選で宏池会も鍛えられたし、みんな生き生きとして活気が出たような気がします。
小沢、野中両氏との関係
− 政策を議論し、路線問題でも闘ったという点では、近年にない総裁選でした。いまの保守政界を見回したとき、この両方ができる政治家は数少ない。その一人が小沢氏だと思うし、加藤紘一と小沢一郎の二人がこれからの保守政界を代表していくということが、今回の総裁選ではっきりしたと思う。だからお聞きしたいんですが、小沢氏とはいまだに仲が悪いんですか。
加藤 そうですね。個人的なわだかまりはまだあります。小沢氏は何とも思っていないと言ってるようですが(苦笑)。
− 7月中に2度会ったそうですが。
加藤 過去1年で20回くらいは会談の話がありましたが、まあ、怪談話ですよ(笑)。ただ、いずれ会わなくちゃいけないとはおもっています。突き詰めれば、対立しているのは政治手法の問題であって、それについては強引なトップダウンは時代の要請には合っていないことがはっきりしてきた。あとは、国家の姿や政策で一致できるのなら、個人的なわだかまりにいつまでも拘泥すべきではないと考えています。私の器量が疑われますからね。いずれ整理するつもりではおりますよ。
− 今回の総裁選で野中(広務)さんとの関係が修復不可能なほど悪化したように見える。野中さんとしては、加藤さんがポスト小渕の大本命だからこそ、闘いを避けてほしいと考えていたのが、かえってアダになったような印象もある。実際の野中さんとの関係はどうなんですか。
加藤 二人の関係は複雑でして、それぞれの立場でいろいろと発言もしますが、私の野中さんに対する信頼や評価は以前と変わっていません。彼は心の奥底に若い血をたぎらせている人でねえ。まあ、そのうちゆっくり野中さんと話をしますよ。ご心配なく。
− 最後にお聞きしますが、自自公路線には異論があるにしても、挙党体制で臨むわけですね。
加藤 小渕総理はそう言ってますね。
総裁選を終えた加藤の表情は、どこかしら一皮むけたような印象があった。113票を得たことで、加藤は次期総裁候補として認知されたと言えるのだろうが、私たちが望むのは、国家国民のためと正義を振りかざし、次々と数の力で法案を通す隔離された政治ではなく、国民とともに共感共苦するリーダーの出現である。全国行脚をつづけ、裸のこころで対話を求め、たとえ山奥の小さな村であるろうと脚を踏みいれ、苦しみや歓びを分かちあう。「青臭い」と言われるおのれの言説が、草木一本揺さぶることもあるだろう。じっと見ていたいと思う。
(文中一部敬称略)
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