対談・講演・論文集





新着情報政策
同志雲霓
経歴論文広場
 

1999年4月 「中央公論」より

連載 この国はどこへ向かうのか 最終回

総理の座に最も近い男の心中
加藤 紘一

聞き手 田原総一朗

参院選大敗で幹事長を辞任してから7ヵ月
ポスト小渕の本命がようやく長い沈黙を破った

 はじめに

 加藤紘一。自民党前幹事長。彼は幹事長を3期続けた。"前例がない"と、自民党のアンチ加藤派から異議が出たほどで、長期間"仕切り役"を務めたのである。 その加藤が、橋本内閣が終わるとともに幹事長を辞し、長い間沈黙を続けてきた。1つには、橋本内閣で参院選を戦って敗れ、その責任を取って謹慎していたということもあるのだろう。 だが、それ以上に、沈黙して来るべき加藤時代の構想を練っていたのではないか、とわたしには思える。 加藤は、もちろん、ポスト小渕の本命である。しかし、わたしは、率直にいって加藤時代をつくるには、いくつもの障壁があると考えている。自民党内には、加藤の時代をよしとしない勢力がある。 加藤と対立する人物は小沢一郎だ。あえて、自由党党首の名前を挙げてしまったが、自民党内にも、国民の間にも、小沢を支持する人間は少なくない。わたしは、いま、加藤の日本を選択するのか、それとも小沢の日本か、重大な選択の時期だと捉えている。加藤紘一が長い沈黙を破った。 加藤は、現在の日本のどこに問題を抱き、どんな日本をつくろうとしているのか。加藤構想をとことん聞き出すつもりである。(田原総一郎)

保守本流とは何か

田原 加藤さんは宏池会の会長になられました。宏池会は、自民党の保守本流だと自他ともに認めていますね。この保守本流というのはどういうイデオロギー、あるいはポリシーなのか、ここから説明をお願いしたいんですが。

加藤 吉田茂さんが敷いた路線、つまり単独講和をし、日米安保を中心にして自由主義陣営と外交を行う、そして経済成長を成し遂げるために政策的な責任を持ってその任に当たるという意識を持つことですね。そういう極めて現実的な路線のことをいうのであって、大きな国家を目指すか小さな国家を目指すかといった理念的な議論はあまりしてこなかったと思います。

田原 吉田さんは防衛や政治はちょっと置いて、戦後復興を目指して経済重点主義でやってきました。それは池田勇人さんに引き継がれていく。日本が経済大国になったことで、吉田さんの目指した保守本流路線は一段落したと見ていいんですか。

加藤 いいと思います。それは2つのことが正しかったと証明されたからです。1つは単独講和。これは戦後の日本のいちばん大きな選択だったと思います。ソ連や中国といった社会主義国を対抗勢力として外交の基本を設定したことは正しかったか間違っていたかという議論は、日米安保論争というかたちで数年前までずっと続いてきました。これはソ連の崩壊と、村山政権が成立したときに社会党が安保是認を言ったことで完結したと思います。

 もう1つは経済成長です。これは1985年ごろに、1家に1台、冷蔵庫、カラーテレビ、そして自家用車を持てるようになったときに達成したと思います。この時期はちょうど中曽根内閣で、「戦後の総決算」ということが言われて、政治は2つの大きな選択を迫られていました。1つは、自由主義陣営外交の正しさが証明されたがゆえに、日米安保の再評価という重要な問題がでてきたこと。もう1つは、坂の上の雲を見ながら登ってきた日本がこのあと国家目標なしで生きていけるのかということです。私はどちらかというと後者の、経済成長を達成してしまって国家目標を喪失した虚脱感のほうが大きいと思っていました。中曽根さんは国鉄の民営化や民活政策に少しは踏み込みましたが、国内のことより外交のほうに情熱を燃やされたから、前者の安保の再評価の問題に偏りすぎたのではないかと思いますね。

 その後も、国際的にもっと軍事的貢献をすべきかどうかという議論が強くなっていって、湾岸戦争のときの「普通の国家論」に流れていきました。しかし私はいまも、国民のフロンティア喪失感をどうするかがいちぱん大きい問題だと思っています。

田原 フロンティアについては後でお聞きします。加藤さんは自民党のリベラル派だと一般的に言われていますね。いま世界には大きくいって二つの流れがあって、1つはアメリカ流の自由競争、優勝劣敗の世界ですね。それに対してイギリスのブレアを中心とするヨーロッパ勢が、アメリカ流でも古い社民主義でもない第3の道を歩もうとしています。加藤さんはブレア型の政治家だと思われていると思うのですが、どうですか。

加藤 自分がどう見られているかは他人が決めることですから私からは言いませんが、ブレアはサッチャーが成し遂げた、自由主義に基づいた活力あるイギリスを維持したいと明確に言っており、サッチャー改革がなければ現在の自分の政策はないという立場をとっています。だから第3の道というのは何なんだろうと思いますね。

 それから、アメリカもイギリスも国家計画経済的な大きな政府になっていた時期があり、80、90年代に政治家は罵倒されながらも、もう一度自由主義に戻そうとして厳しいプロセスを辿ってきました。日本も実はいまそれをやらなければならない時期にきているんです。1周遅れか2周遅れですけれども。

田原 ブレアよりサッチャーが必要だということですか。

加藤 そうです。われわれの国は世界的に見て、もっとも成功した社会主義的計画経済的な状態にあります。歴史を振り返っても、天皇や封建領主のお墓は、中国の支配者やエジプトの支配者のものに比べると実に質素で、奈良時代から平等な社会だったと思われますし、明治維新以降も平等な国家を目指してきました。戦後はとくに、自民党が単独政権を維持するために対立党である社会党の政策を3年、5年遅れで吸収しましたから、かなり社会民主主義的になってしまい、その結果国が活力を失ったのだろうと思います。社民党にしても民主党にしても、規制緩和とか小さな政府とか言いますが、そこには若干ごまかしがあって、「小さな中央政府、大きな地方政府」ということでパブリック・セクターの任務を大きく維持したいという気持ちは抜け切っていないんです。

 最近も、不景気になると政府が何か手を打てば景気がよくなるに違いないとみんな思い込んでいて、プラザ合意以降その連続です。それを受けて景気刺激策をとってきた責任者のナンバー1かナンバー2が私だったわけですが、やはり限界がありました。それで橋本超人気内閣で六大改革に手をつけてシステム改革を始めたのですが、これも途中で頓挫している状態です。ですから、やはりどうしても民間の活力をもっと持たせないといけないですね。

田原 そこを繰り返して聞きたい。自由競争、自己責任と強く言っているのは小沢さんで、そういう人たちのことを僕らは新保守と呼び、それに対する形で加藤さんたちをリベラルと呼んでいるわけです。だから加藤さんは優勝劣敗ではなくて、もっと弱者救済に目を向けた温かい社会をつくる、いってみればサッチャーではなくブレアだと思っているのですが、間違いですか。

加藤 人様が私を何と表現しようと、民間が生き生きとして、自己責任で経済の運営をやっていくような社会に戻さないと日本は危ないと思っています。

田原 そこは小沢さんとあまり変わらない。

加藤 ええ、方向としては同じだと思いますよ。

田原 正反対ではないんですね。

加藤 私がリベラル派だと思われているということですが、政治の手法はリベラルであるべきだと思っています。市場というのは時に凶暴で、弱肉強食の原理をストレートに出すことがあります。たとえば最近の国際短期資本の動きが、数十年間積み重ねてきたアジア諸国の富を撹乱し、奪い去っていった側面は非常に強い。だから必要なときにシビルミニマムが確保されるようなシステムを考えておかないといけない。それが政治におけるリベラリズムだと思います。あえて言えば、政治は極めて民主的に考えていくべきで、経済はいまは市場のほうに振らないといけないということです。

田原 そこですが、アジアの経済が目茶苦茶にされて、日本も相当撹乱されました。市場が暴走して、荒々しさを見せつけたわけですが、いわば加害者の側であるショージ・ソロスでさえ、「こういう経済のあり方ほ間違いだ」と言っています。加藤さんは、市場にもある種の規制を置くべきだと考えていますか。

加藤 誰だって100%のアダム・スミス、レッセ・フェールを言う人はいません。逆に100%国家がすべての生活を保障し、経済活動をコントロールすべきだと思っている人もいません。だから問題は、透明な市場ルールの作り方だと思います。たとえば国際短期資金の動きについては少なくとも事後的には移動を明確に報告し、動きが見えるようにすべきです。政治家というのは、ある時点でこの国にどういった原則を適用するのが1番いいか、それを判断しなければならない。いまの日本は固まった統制経済国家になっているから、市場の暴走や欠陥は十分頭にいれておかないといけないけれども、市場原理に向けてもっと振っていかないといけないと思います。

テポドンを撃ちこまれたらどうする

田原 ここがきっと小沢さんと加藤さんの1番の違いだと思うのですが、安全保障の問題についてお聞きしたい。加藤さんは一般的にはハト派、護憲派だと見られていますが、これは正しいですか。

加藤 護憲という言葉をどう解釈するかですね。

田原 憲法第九条を変えるか変えないかですよ。

加藤 5,6年前、小選挙区制導入を議論していたときに、私が「憲法を改正して、首相公選制を導入すべき」と言ったら、「小選挙区制に反対する守旧派」だと党内で大騒ぎになり、議論をおさめたことがあります。そのときは憲法改正派だったんです。九条について言えば、次の3つのケースのときは改正を論議しないといけないと思います。

 1つは、いまの極めて片務性の強い日米安保条約をアメリカが双務的なものに変更してほしいと明確に言ってきたとき。2番目は、指揮権を国連軍司令官に与えるということも含めて、国連の常設軍をつくることになって、各国から軍を供出してほしいという要請があった場合。3番目は私の夢ですが、将来アジア集団安全保障機構のようなものが形成されて、NATO軍みたいな形にまで育ち、中国や韓国を含めて諸外国が日本に実力部隊を参加させるように言ってきたとき。これらの場合には憲法を改正しないといけないと考えています。

田原 ということは、いまの状態では憲法を改正する必要はないということですね。

加藤 第1の日米安保条約の双務性の問題というのは、ガイドラインで若干片鱗が見えるのかもしれませんが、明確には要求してきていませんから、いまは必要ないと思います。

田原 加藤さんは自衛隊は憲法に違反していないと思いますか。

加藤 そうですね.....。違反していないと思います。つくられた経緯についていろいろ議論はあろうかと思いますが、いまは違反していないという認識が確立していると思います。

田原 実はこの間「サンデープロジェクト」で小沢一郎さんと菅直人さんが安全保障問題について討論をやったんですが、それがいま非常に大きな問題を投げかけているんです。どういう問題かというと、菅さんは「日本の安全保障はあくまでも自衛権の範囲内、そして日米安保条約の範囲内であるべきだ」と言う。すると小沢さんは「それは非常に危ない」、と言ったんですね。なぜならぱ、過去の日本の戦争はほとんどが自衛権の発動から始まっている。だからそれよりもむしろ、国連軍に参加するほうがふさわしいと言う。いまは国連軍はないけれども、国連が決議して決めた多国籍軍に日本が参加することは、第九条の「国権の発動たる戦争は起こさない」ということには反しないというわけです。

 その後、いままでどちらかというと「小沢さんは怖い」と思っていた人たちが何人も僕のところに電話をかけてきて、「小沢流のほうが菅流よりもいいんじゃないか」と言うのですが、加藤さんはどちらの側ですか。

加藤 それはちょっとした言葉のすれ違いじゃないでしょうか。日清、日露の戦いに行って、太平洋戦争まで進んでいったのは、苦労してつくったこの近代国家を守りたいという理由だったし、それはある時点までは正しかったと私は思います。ある時点以降、間違えた判断をする基礎になったのが「自衛のために」という言葉であったのも事実です。だからこそ、憲法第九条の議論というのは、「武力行使の動機」というあいまいになりがちな基準でなく「客観的な外形上の基準」について行われてきたのだと思う。その1つが海外に武力展開するかしないか、または、その能力を持つか持たないかであり、もう1つが、自衛権発動には、わが国が急迫不正の侵略をうけた時、という要件をからめていることだと思う。

 国連決議もその解釈が往々にして国によって主観的になされており、絶対的な基準とはいえないと思う。

田原 具体的な話をしますと、仮に北朝鮮がテポドンを撃ってきて、日本のどこかの都市で炸裂したとします。このとき日本はどうするんですか。

加藤 そういう事態になったらアメリカが、日米安保条約第五条に基づいて北朝鮮に対して対抗措置をとってくれると思います。

田原 そのとき日本は北朝鮮に対抗措置をとらないんですか。

加藤 能力の範囲内で措置をとりますが、現実に北朝鮮を空爆するというようなことは、アメリカにお願いすることになるでしょう。

田原 日本はなぜやっちゃいけないんですか。

加藤 海外展開する能力をいまは持たないようにしているからです。

田原 どうして持たないんですか。自衛のためならば、もしミサイルを撃たれたら次のミサイルを撃てないように叩くべきじゃないですか。

加藤 その任務はアメリカにお願いしているという前提ですから。海外に武力展開する能力を持たないという論理の中でわれわれがこの国を守るのは、非常に難しい作業なんです。

田原 それでは自衛力がないということになるんじゃないですか。

加藤 この国は自衛隊と日米安保条約で守るということを決めたわけですから、この体制でいいのだと思います。

田原 つまり北朝鮮を叩けなくてもいいと?

加藤 実際には私は、仮に北朝鮮が本気で戦闘意志をもってテポドンを撃った場合には、アメリカ軍はかなり迅速に制空権を取ると思います。

田原 だけど日本独自にはやらないわけですね。

加藤 はい。だからこそ日米安保条約および両国の信頼関係の維持が重要なんです。

田原 現に日本には攻撃すべき兵器もないですね。

加藤 ありません。かつてソビエトが対日攻撃能力を持っていたときにも、「日本は3,000マイルぐらいの射程距離のミサイルを持つべきではないか」という議論はなされませんでした。それと同じ論理です。

中曽根さんに期待すること

田原 菅さんは、国連の決議で多国籍軍が編成されて日本に参加要請があったとき、後方支援といえども参加するべきではないと言っています。小沢さんは「やるべきだ」と言う。加藤さんはどっちですか。

加藤 戦闘行動と一体になるような形での後方支援は避けるべきだと思います。そこに踏み込んでいくと、もう本当に戦闘行動に入っていくのと同じことになります。

田原 いまの近代戦では前方も後方もないですからね。でもいまの自民党の執行部、たとえば幹事長や政調会長は「後方支援はします」と言っていますが。

加藤 それはすると思いますよ。ただどこまでするかということですね。

田原 ここから先は、アメリカが持ってきた油や水は輸送するけれども、日本の油や水は提供しないとか、そういうばかばかしい話になってくる。

加藤 基本原則でいえば、急迫不正の侵害を現実に受けたわが国有事の場合や、周辺地域でわが国の平和と安全に重大な影響を及ぼすような事態が生じたときに、日米安保条約に基づきアメリカが行動してくれるときには、できる限り前向きにものを考えていくべきだと思っています。

 それから、世界の平和と秩序が撹乱されたときにどうするかはケース・バイ・ケースです。たとえばアメリカは、国連決議に基づいてグレナダに多国籍軍の一員として介入していますが、わが国が介入することはないでしょうし、ボスニア・ヘルツェゴビナで現実に多国籍軍が動いているけれども、日本が参加しないと責任を果たせないという議論はありません。

田原 具体的には第2の湾岸戦争のときにどうするかですね。今度も金だけですますのか、それとも後方支援をするのか。

加藤 戦後わが国は第九条を対外的な安全保障宣言としてきたわけで、それに対してアメリカが「それでは困る。もっと海外展開できるような能力を持ってほしい」と言ってきたことは1度もないわけで。

田原 でも湾岸戦争のときには駐日大使は相当言ってきましたよ。「日の丸が見えない。日の丸がほしい」と。

加藤 いや、あのときはアメリカも度を越して言っているんですが、それでも戦闘行動に参加すべきだとは言ってない。また、その後はたとえばアメリカの沖縄司令官は「日米安保というのは瓶の蓋で、日本が軍備増強に走らないためのいちばんいい抑止力だ」と言っている。

 だから安全保障論や憲法九条改正論というのは、法理論や条約理論の議論をやって、いくらきれいな論争になってもだめなんです。中曽根内閣が憲法九条改正を提起したかというと、していないですよ。それよりも中曽根さんは中国に気配りをした外交をしました。こういうことからもわかるように、一種の現実の外交問題として論じなければいけないんです。

 端的な例は、日本と同じ敗戦国であるドイツがNATO域外で普通の国として海外展開することを、何百年も戦ってきたフランスが歓迎してるということです。日本がそれをやろうとすると、韓国、中国が大反対する。この違いは何か。日本はまだ戦後の歴史の決算を終えていないということだと思います。私はぜひ、戦争を身をもって体験した中曽根さんの世代にこの処理をやってほしいと思いますね。

 私は中曽根さんを衆議院の比例代表終身第1位に決めた党の幹事長として、全国いたるところで、「どうしてあんなことを決めたんですか。選挙の緊張感なしに国政をやる人がいていいんですか」と言われますが、「あの方は、国際的な球拾いをやるとおっしゃっている。そういうことでご理解ください」と言っているんです。自自連立とか現実の永田町の話も重要ですけれども、中曽根さんのような方には、カーター元大統領が北朝鮮に飛んだように、時には平壌に行き、時には北京に行き、アジアの中でなぜ日本が伸び伸びと外交展開できないかという問題解決のために、グローバルスケールの活動をしてもらいたいですね。

田原 僕はもうひとつ中曽根さんに期待していることがあるんですが、アメリカや中国や韓国の大統領が来ても靖国神社に行きませんね。これはA級戦犯の遺骨かなんかが入ってるからです。これを将来だれかが勇気を持って分けるべきだと思う。中曽根さんはかねてから「自分がやる」と言っていたけれども、どうもパスしそうなんで、やるのは加藤さんかなと思っていますが。

加藤 中曽根さんが総理の時代にこのことについて大変な問題意識をもって努力されたということを聞きました。それは世間が思っている中曽根さんと非常に違う側面です。どういう意図でおやりになってどういう経過だったかということをお聞きしたいなと思います。

田原 加藤さんが中曽根さんに「これだけは最後にやってくださいよ」と言うべきですよ。

加藤 第二次世界大戦から来るいくつかの問題がまだ真の意味で解決されていないから、われわれのアジアにおける外交展開は非常に重い鎖を背負っている。最近小林よしのり氏の「ゴーマニズム」が流行っていますが、どうもこの国は利き塩を入れないお汁粉みたいになっているようだとか、この閉塞感を何とか突破しないといけないとか思っている人が多いことは事実です。

 国際社会のなかでプライドを持てる日本になりたいという意識は大切にしないといけない。これからはPKFに自衛隊が参加するときに、兵力引き離しや地雷の撤去、境界線の策定など、アメリカのPKF部隊がソマリアで大量に被害を出したような危ない作業をするケースも出てくるでしょうが、それは日本としてやらなければならない部分だと思いますね。

田原 繰り返しますが、多国籍軍には参加しないんですね。

加藤 後方支援はするけれども、戦闘行為と一体となるところまではしません。

田原 「一体」という言葉はどこかの役人がつくったのだと思いますが、曖昧ですね。

加藤 ケース・バイ・ケースですから。

田原 僕は、日本政府、とくに加藤さんたち保守本流が、危急のときに日本はどうするんだという論争をこれまで避けてきたのだと思う。そこの論議をちゃんとつめないといけないですよ。たとえば日本には有事立法さえない。有事法制をつくろうという論議もいままでされてこなかった。やっぱり自民党の責任だと思いますよ。

加藤 日本の平和と安全に重大な影響を及ぼす事態が生じたときに、自治体の港湾を自衛隊やアメリカ軍に使わせるかどうかという議論をいま国会でやっています。これは有事に関する議論ですよ。

田原 でもあれは有事じゃなくて周辺事態でしょう。本当は有事から論議して周辺事態に論議が及ぶべきなのに、端っこのほうから恐る恐るやっている。

加藤 周辺事態のときにここまではやらせてもらうということになれば、有事のときにはもっとやっても許されるということになるわけですから。周辺事態は有事よりも難しい議論だからいまやっておくことが非常に重要なんです。

田原 どうしていままでやってこれなかったんですか。

加藤 冷静に安全保障論が論じられなかった。日本国民全員が心情論できたからでしようね。

私の思い描く日本のフロンティアとは

田原 加藤さんは自自連立に消極的でしたね。これはなぜですか。

加藤 去年の9月まで自由党は小渕内閣を潰すということを目標にしていました。しかしその1ヵ月半後に、一緒になって支えると大転換した。あまりに突然過ぎます。もう少し時間をかけて、国会で個別部門の協力関係をつづけ、3,4ヵ月たってからというのが自然だと思います。そうしないと、憲法九条や消費税についての基本方針を自民党に変えさせたから参加したという話を自由党はせざるを得なくなる。現にそうしてきました。それはわが党にとって危険です。ただ、そこの部分が守り切れたので、いまは消極的容認と言っているんです。

田原 先が見えずに混迷状態にあるというのは何も経済に限ったことではなくて、いまは日本という国自体、あるべき姿がわからなくなっている。小渕さんは所信表明演説のなかで、日本のあるべき姿を考える有識者の会をつくりたいと言っていました。つまり小渕さんには日本のあるべき姿が描けていないということです。そこでぜひ、保守本流である宏池会の会長である加藤さんに伺いたい。日本はどういう国になるべきだと思われますか。

加藤 われわれにとって百年来のフロンティアというのは欧米の豊かさで、それをキャッチアップすることが目標だっだわけです。

田原 いちおうキャッチアップしたわけですね。

加藤 そう間違って思い込んでいるんです。

田原 まだキャッチアップしていない?

加藤 していないと思います。フローではキャッチアップしたけれども、ストック概念ではキャッチアップしていません。贅沢な赤ワインは飲めるけれども、家に帰ると80平米に親子4人で住んで、デスクトップのパソコンを置く場所がない、そういう社会になっています。

田原 まだ豊かな社会ではないと。

加藤 ですから、まずは本当の豊かさを実現することです。そして、仮にキャッチアッブが実現した場合、その後どうやって自分自身のフロンティアをつくるか、それが最大の任務です。そのフロンティアをデザインするのは、いままでのように官主導ではなく、政治と国家は広い意味でガイドはするけれども、活動そのものは個人にまかせて、その個性ある働きの総和としてエネルギーが出てくるようなシステムに変換する。それが大事だと思います。

 何が日本にとってのフロンティアなのか。基礎科学研究を活発にさせて、アジアの人たちとともにつくりあげていくことかなと思いますね。資金や研究環境はわれわれが用意し、知恵を集め、どの文化にとっても大切なものを維持していくという共通理念を持ちたい。

 最近、日本の文化と伝統とは何かと考えていまして、儒教なのか仏教なのか、それとも神道なのかよくわからないけれども、どうも自然とともに生きていくということじゃないかと思うようになってきました。自然を大切にするという倫理をもった科学技術を育て、具体的にはアジアのエネルギー問題をすべて解決できるようなビッグ・サイエンスをやりたい思っています。

 将来、中国の14億の民が全員自動車持って石油を使ったら、また2億の民をかかえるインドネシアがモータリゼーションしたら、アジアの環境はどうなるか。そういうことを考えて、日本は太陽光発電など公害の出ない技術をつくっていくために音頭をとって、アジア各国の研究者と協力して技術を開発し、その成果をみんなでわけあう。そういう目標を設定したいですね。

 最終的には、10年後になるか15年後になるかわかりませんが、ユーロが時間をかけて共通通貨に育ったように、アジア全体の通貨圏ないし共通通貨みたいなものができれば、という夢をもっています。

田原 ユーロをつくっているのは全部キリスト教の世界で、いってみればキリスト教文明による通貨圏ですね。もしアジア版ユーロをつくろうとすると、アジアにはイスラムあり儒教あり、仏教ありキリスト教ありと、いろいろな宗教があって文化圏はバラバラです。しかも国によって体制も違う。現実的にはとても無理なんじゃないですか。

加藤 すぐには無理です。しかし、今度ヘッジファンドの跳梁跋扈によってアジア経済が目茶苦茶になったときに、金融支援の75パーセント、約10兆円を日本が出したんです。これはIMF、世銀、アジア開銀などが供出したものの1.5倍です。それで韓国やタイをはじめとする国々がはい上がるお手伝いをした。こういうことはやるべきだし、やっていることを日本人は誇りに思うべきです。

田原 第一、日本人はそういうことを知らないですね。アジアの人も知らないんじゃないですか。

加藤 アジアの人はわかっていると思います。日本人が知らずに、「われわれは世界に対して何もしていない」と落ち込んでいるんですよ。

田原 だから小林よしのりがいらだっているわけだ。

加藤 小林よしのり氏は知らないと思いますね。政治家も言わないし。金融支援の75パーセント、800億米ドルを日本が出したとスッと言える政治家は10パーセントを切るでしょうね。

 そういう面から見ても、日本には大変な資本と改術と人材がありますから、この先も大丈夫だと思います。いまは夕暮れ時だけれども、もう一度午前10時半ぐらいになるよう、つくり直すことは必ずできます。

田原 この国が大丈夫かどうかは、加藤さんが大丈夫かどうかで決まるんですよ。ところで9月の総裁選には出馬しますか。

加藤 政策集団のリーダーになったわけですから、単に政策研究をするだけではなく、それを実現できるような体制をつくりたいと思います。

田原 出馬するということですね。

加藤 9月に政策を引っ提げて戦えるように準備しようと思っています。

 

 

リンク
サイトマップ連絡先
お問合せはこちらまで
webmaster@katokoichi.org

Copyright(c)Kato Koichi Office - All rights reserved