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2000年3月 「諸君」3月号掲載


「保守政治」を取り戻せ

「一億総保守」の無気力状態を乗り越えて
地域に根ざした新しい共同体を再構築しよう


加藤紘一


 新年早々の1月8日、私の地元後援会での発言が「自自公達立政権の解消を要求」と大きく報道され、大騒ぎになりました。確かに私はあいかわらず「自自公」は得策でないと確信しています。しかし、現執行部がその解消に踏み切れるとは思わない。そうであるなら、せめて経済政策の大転換を図って、苦しい改革の道を国民に訴えるべきだ。そうしないと自民党の存立基盤たる保守層の大崩壊がおこるかもしれないという危機感を訴えたかったのが真意でした。

 日本の保守の基盤というのは、いったいどこにあったのでしょうか。かつてまだ農村中心の社会だった時代には、地域のリーダーたちは、一日中農村で仕事をしていた。彼らが地域の中心となって社会を支えたわけです.体制派として責任感を持ち、信望を受けながら、地域を支えて来た。その集合体を基盤としてきたのが、保守政治だと思います。それが経済の発展とともに、彼らは会社勤めをするようになって、もはや日中は村にはいなくなってしまった。

 有能な人材が地方の建設会社や進出企業に勤めるようになると、彼らは会社中心の生活を過ごすようになる。会社の社員旅行と村祭りなどの行事がかち合うと、会社の行事を優先するわけです。そうなると、共同体としての農村の機能が崩壊していく。そのときに、崩壊を食いとめたのが、道路をよくしたり、橋をかける、つまり地域のインフラ整備事業だったといえます。それを担ってきたのが、町村の議員、県会議員、国会議員のつながりだった。

 こうした公共事業を、「自民党の利権」として分析する新聞や雑誌記事は多いし、そういう側面 があったことは否定しませんが、それよりも集票機能、つまり選挙基盤を守る共同事業の側面 が強かったのです。その機能が最近、急速に失われつつある。

 たとえば、一家の主人はある代議士に地元の地域撮興でお世話になったからという理由でその候補者に投票するかもしれないが、奥さんはテレビでその代議士の発言を聴いて、話がおもしろくなかったりすると、他の候補を選んで投票する。そんな時代になってきた。

 公共事業に対する評価自体も厳しくなってくると、保守の存立基盤はなにによって固めていけばよいのか。すでにベルリンの壁の崩壊と同時に、「反共」というテーマは過去のものとなった。共同体が崩壊していく過程のなかで、保守の基盤をどうやって固めていくのか、本当にむずかしい問題に直面 しているんです。

 ただ、私が思うのは、会社の社員旅行も二、三十年前までは成立したが、いまははやらなくなったことです。誰も行きたがらなくて、中止する企業も増えている。では、そういう人は何をするようになったか。自宅に寵もってパソコンをいじったりする人もいるでしょうが、地域社会に戻ってくる人もいる。ただ、一般 的には、地域、町内や集落の行事はお年寄りが伝統的な形式を守りながら仕切っている。そこに若い人が新たに参入しようとしても、人間関係が煩わしくて窒息しそうになるから、彼らは新たに特定の興味、テーマでグループをつくっていろんな活動をするようになっている。

 私の地元の山形県庄内では、鶴岡城址で蛍を飛ばすサークル活動や、いっしよに習字を習う集いなど、さまざまな目的で地域活動が始まっています。

 このように地域の基盤の中に新しく発生した活動を、保守としてどう評価して連携していくかがこれからの政治課題になる。NPO(非営利組繊)やNGO(非政府組織)というと、これまではすぐ反自民党勢力と連想されますが、実態は共産党支持でもなく、自民党支持でもない。つまりかつてのイデオロギー的な区分けは全くできなくなっている。

 私は超党派のNPO議員連盟の会長ですが、地域社会レベルでのこうした新しい組織的な活動に眼を向けていかないと、自分たちの存立の基盤を見失うのではないか。かつてとは違った形での地域回帰が始まっているわけだから、そういう地域の住民運動に、自民党はじめ保守系の町村会議員が参加する姿がどんどん出てこざるをえないと思う。

■ 保守勢力の自然なあり方

日本の保守層というのは、精神的な根っこはどこにあるかというと、たとえば地域の神社、鎮守の森といった土俗的な結びつきが原点にある。神社は明治維新以降、国家神道と強固に結びついたから、少し誤解されていますが、村に神社を作ってみんなで集う習慣があったはずです。戦争とはあまり関係ない、素朴な自然崇拝の気持ちを中心とするアニミズム信仰が根幹にあると思う。

 日本の文化と伝統の本質を説明するのはなかなか困難ですが、独断的になることを恐れずにいえば、他と「共生」する精神です。私たちの祖先は、狭隘な土地に生きていたため、立場や利害を異にする人間に出会った場合も、何とか折り合いをつけて、共に生きることができるように、さまざまに工夫してきた。「我田引水」が嫌われ「村八分」になったりした歴史を思い出していただきたい。日本人が共有するこの「共生」の精神は、重要な民族のアイデンティティーである。それは、人間ばかりでなく、動植物や物事に対しても自在に発揮されてきた。その底辺に、山川草木のすべてに神が宿るという日本古来の信仰心が秘められている。

 このように、根っこにあるアニミズム、多神教の自然崇拝が地域を結び付ける要素だった。その上に地域があり、保守勢力があるのが、自然なあり方だった。それをどう再構築してナショナル・アイデンティティーに育てあげて、日本という国を世界にアピールしていくか、それこそが保守にとっての最大のテーマだと思います。

 あるいは、天皇の存在をどう考えていくかとも関連している。このテーマは、学者レベルでもなかなかむずかしいのですが、『政治と哲学』(中曾根康弘・海原猛)という対談集を読むと、中曾根元首相は、旧東北帝大の村岡典嗣先生の話を援用して、「日本の天皇は、神主の統領としての存在なのではないか」といっている。「聖の世界の神様に侍っているトップの神主の統領なのだから、替えるわけにはいかないのだ」「ところが明治になり、プロシア憲法を取り入れた明治憲法によって、天皇をヨーロツパ流の国家体制の上にもってきてしまった。そして笏を捨てさせて軍刀をもたせた。私はこれが間違いだった」という。明治天皇以来、軍刀をもったのは異常な姿であり、戦後平和憲法によって統合の象徴という本来の姿に戻ったというわけです。

 西暦二千年を迎えて、さまぎまな新聞が元旦の紙面で、日本の未来を考える特集記事を組みました。千年紀の節目というだけではなくて、日本がアイデンティティーを失っているからこそ、そうした大特集が組まれたのだと、私は考えています。作家の塩野七生氏が、「ローマがなぜ存在しえたかというと、多民族国家であり、またある意味で多神教を認めたから」という趣旨の発言をしている。その点からいえば、多神教は、これからの日本を考える上で、ひとつのキーワードになるかもしれない。

 では、なぜあれだけ長期間にわたって、世界的に隆盛をきわめたローマ帝国が滅んだのかというと、『ローマ人への二十の質問』(文春新書)によれば、「ローマ人の気力の衰えに帰すのではないかと思う。覇気が失われたと言い換えてもよい。悪行でも、それをするにはエネルギーを要します。ローマ人は、あれほどの規模で善悪ともに発揮されていた、バイタリティーを失ったのではないか」と塩野氏は指摘しています。

 私が関心があるのは、誰が政権をとるかとか、どういう政権ができるかということよりも、日本人がもっている旺盛なバイタリティーと潜在能力を、どういうモチベーションで、どういう方向に発揮させていくかという大テーマを論じることです。これが政治の最大の責任なのです。国民はいまこそそれを望んでいるのではないですか。過去のように、なんとなく前例主義でいくのではなくて、大きな政治、大戦略が大事です。少し具体的に言えば、なんでも政府がやってあげる、責任をもつような疑似社会主義みたいなこれまでの政策の転換です。もうそんなやり方は不可能なのです。

■ 経済構造を一新せよ

経済面では、90年代は「失われた10年」といわれています。私が一番心配しているのは、国債の値下がりです。赤字国債の償還期限は現在60年で、しかも超低金利であるために、雪ダルマ式に借金を膨らませている。そのために政府の信頼が失われ、「日本株」が暴落することがこわい。98年12月には、ささいなことで短期間に金利が一パーセントも上昇してしまったんです。その再来がいつ起きても不思議ではない。

 私は、財政構造改革については、これまで一貫して借金を減らすことを主張してきたし、その考えは今も変わらない。このまま借金を増大させ続けたら、いつか大破局がくることは目に見えている。そのとき初めて危機に気づくようでは遅すぎるんです。

 ただ、私とて今年から借金返済が簡単に出来るとは思わない。しかし、せめて、無意味な借金はもう増やさないでほしい。

 私がいいたいのは、経済構造を新しくすることです。「国がおカネを使っていれば、景気がよくなる」と考えられた時代は終わった。プラザ合意以降、政調会長、官房長官、幹事長など自民党や政府の要職を務めてきましたが、そこで痛感したのは、政府がおカネを使うことに頼りきってしまい、自分で新たなモノを作ろうとする意欲が著しく低下することの怖しさです。「予算を食って生きる」のはもはや許されない。政府がおカネを使えば、たとえば電器メーカーの在庫になっているカラーテレビやパソコンがどんどん売れるのか。そうではない。安くて良質の機能があれば、パソコンやテレビは売れるんです。

 政府に頼れば、景気がよくなると考えるのは誤りです。そういう考えでいるかぎり、必死で汗を流す努力をしなくなってしまう。当事者が、自分たちこそ解決の主体であるという自覚を持たない限り、どんな問題も真の解決には向かわないでしょう。

 こう言うと、亀井政調会長などはすぐ「では景気対策は必要ないのか.財政構造改革は景気がよくなってからだ」と言う。党の政策責任者が経済構造改革と財政構造改革の違いを理解していないようでは全くどうしようもない。

 いまの日本は、ちょうど10年前のアメリカの状況に似ています。銀行は邦銀に買い取られ、自動車産業も日本企業に追いまくられた。アメリカがそうした各産業分野での劣勢を、わずか10年で跳ね返したのは、衆知を結集して知恵を絞ったからです。アメリカにおカネはないけれど、日本をはじめ各国には膨大なおカネがある。さまざまな工夫をしておカネの回し方を研究した金融技術と、情報技術で日本を凌駕したんです。ゼロからスタートしたマイクロソフトが、この10年あまりの間にいまやトヨタの三倍の売上げを記録するようになった。

 社会の情報化、すなわちIT革命はさらに加速するだろう。あるいは遺伝子技術など生命科学の分野でも、アメリカに大きく水をあけられてしまった。しかし、日本はまだアメリカに追いつくのは可能でしょう.それ以外にも基礎研究の分野で、新しい技術を創造していく潜在能力はあると思う。

 私は、若手研究者支援を過去四年間言い続けて、ようやく一万人に四百六十万円、さらに審査をして認められれば、一億円の国家予算を認める制度を作った。新年度の予算を数字だけでみると、「旧来型の予算配分しかしていないではないか」という批判が強いなかで、DNA研究などを中心に科学技術撮興に新たに600億円の予算を組んだことは小渕総理以下政府首脳にもっと声高に語っていただきたい。その増加分はしめて約二千億円。公共事業費に比べれば、少額ですが、その意味は大きい。

 また、将来の産業発展につながる科学技術に予算をつけることは大事なことですが、それを当の総理が知らなかった。「えっ」と思うような予算をつけておきながら、「とりあえず景気対策を」という演説ばかりするし、「予算のばらまきがなぜ悪い」とまでいう自民党幹部すらいる。

 科学技術振興に新たに600億円の予算を組んだことが国民に伝わっていないのは惜しまれます。小判総理はようやく一月十八日の自民党大会の冒頭で触れてくれましたからそれはいいとして、亀井政調会長は逆に開き直って極めて後ろ向きの演説をしている。リーダーは絶えず夢やビジョンを語る必要がある。自民党の評価が必ずしも芳しくないのは、前向きなことをやりはじめたのに、それが国民に受け止められないような政治的発言を繰り返していることに原因があるのです。

 さらにいうと、たとえよい研究テーマが認められ、一億円の援助を受けたとしても、日本の大学の現状では、講座制があって、教授を項点とするいわゆる徒弟制度になっているために、強い制約をうける。なかなか若手が伸び伸びと研究できない仕組みになっている。その大学のシステム、講座制を変えることが一層の活性化につながるでしょう。

 これからは国公立大学や国立の研究所が民間企業とタイアップして研究できるシステムを考えたい。アメリカでは、カリフォルニアのスタンフォード大学がシリコンバレーの民間企業と、あるいはボストン周辺の製薬会社がMITやハーバード大学とタイアップしている。

 日本でいまそうした産学協同研究をやろうとすると、研究者は下手をすれば警察や検察特捜部によって、汚職で摘発されてしまう。産学協同は日本ではこれまで「悪」とされてきたが、そうした制度を是正していく必要があるでしょう。

 研究者が企業にコミットすることが可能なように制度を変えていくべきだ。一橋大学教授だった中谷巌氏がソニーの社外重役に就任できず、大学を辞めざるをえなかったことがありましたが、人事院の制度もこれを機に、そういうことが可能なように若干の変更をした。

 アメリカでは、すでにバイドール法が八年ほど前に成立して、民間企業と大学が協同して、その研究成果 を享受できるようになっている。そういう知恵を出すことにはおカネがかからない。科学技術開発は、日本の将来の産業のタネです。もちろん、現在ある大学の講座制に手をつけることはたいへんなことにはちがいない。しかし、国がおカネを使うだけではどうにもならないとなったときには、知恵を使って制度を思い切って変更するしかない。

 あるいは景気対策としての減税にも限界がある。公共事業もかつてほどには経済効果 は信じられなくなっている。金融政策も、公定歩合は実質上ゼロで、硬直したままです。そのときに、総理大臣は何をすべきか。官邸が情報を収集して大きなビジョンを打ち出すべきでしょう。総理中心にこの国をどうするかを考えるブレーンが数人いて、絶えず議論して大きなビジョンを示す。あとは個々の議員や役所が動けばいい。

 小渕政権の場合、「富国有徳」論など、いくつかのアイデアはある。審議会も作ってあれこれ議論しているが、その結論を、具体的にどう実現するのか、中身がなかなか見えてこない。「真空」状態でなんでも取り入れていくのはいいけれども、問題は、それをいかに一定方向に向けてアウトプットしていくかです。

 日本というシステムは、ある意味で硬直化してしまった。長年にわたって同じ畑に化学肥料を大量 にぶち込んで、同じ作物を大量に作り続けてきたからです。そのために土地が痩せてしまい、いまや花も作物も育たなくなってしまったと言える。一度やせ衰えた土地を堀り返して、堆肥を入れ、空気を入れ扱えなければならない。戦後50年間にわたる過酷な連作から、生産能力が極度に低下してしまっているんです。

 しかし、いいタネはある。新しい社会を作ろうという政治的アイデア、大きなセンスを、政治家は何によって会得するのか。末端の人に会うこと、人の意見を取り入れること。そこから先は直観の問題になる。

 結局この国は人材でしか勝負せざるをえなかった。これからも自然に対する敬虔の念が強い伝統のうえに、世界のなかでユダヤ人のように賢く、中国人のように交渉にタフな存在をめざすのが理想といえるでしょう。

 私が橋本政権を支えたときの反省があるとすれば、一度方向を定めたビジョンのための旗振りを、途中で萎えさせてはいけないということです。金融ビッグバンを中心とした経済溝造改革をやって大出血を覚悟したところが、世論の風に押されて二兆円の特別 減税を「内需拡大」というお題目で二度にわたって行った。そのときに、政治意思を貫き通 す強さとそれを国民にわかりやすく説得する言葉を欠いたのではなかったか。困難な時代だからこそ出血を覚悟しなければならないことを、国民にわかってもらう努力が足りなかった。

 政治家はもっと言葉の訓練をしなければならない。外国相手でも同様ですが、外国の政治家と対等に話そうとする場合でも、日本語で無口な人間が、英語でペラペラ話せるわけがない。日本語で整理して話す訓練をしていなければ、せっかくの知恵も相手に伝わらない。かつては和を以て貴しとしていたから、日本はやはりあまり異論を唱えないほうがいい国だった。多様化を認めない画一的な教育が、戦後の高度成長期のナショナルインタレストと合致したこともあるのでしょう。しかし、これからはそれではうまくいかないのは目に見えている。

 日本人にはエネルギーがある いま、若い有能な人材をいかにのびのびと育てていくかというと、小中高の教育問題にたどりつく。これからも義務教育は市町村など自治体がすべてやらなければならないのかは疑問です。

 その点で、たとえば私は東京の品川区の実験に注目しています。少子化がすすんだために、今年4月からは、同じ区内なら小学校はどこに行ってもいいと保護者が児童の進学先を選べるようになった。1、2年で進学者は特定の学校に偏るようになるでしょう。そうなれば、児童の行かなくなった学校は統廃合すればいい.そして空いた学校は、私学経営者に競売して、小中一貫など、独自の教育を認める。生徒数に応じて国から教育費をある程度出すとなると、面 白い学校ができるでしょう。

 このように、競争原理をいかに確保していくか。その上に、大きなビジョンヘの正しい方向への誘導があれば、まだまだ日本はのびると思う。悲観論ばかり目立つ昨今ですが、日本の国民全体がイライラしているということは、エネルギーがまだあるからです。ローマ衰退の時と違います。文句をいうのはエネルギーがあるからで、日本人の潜在能力、バイタリティーの高さを再認識しておくべきでしょう。

── 了 ──

 

 

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