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同志雲霓
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1999年7月号 「月刊論争」(東洋経済)より

日本産業の自律再生を急げ

産業再生に必要な市場規律

日本は過剰な官依存から自立した社会に組み直す必要がある。産業再生も既存の事業会社を生かすことを基本にすべきではない。安易な先送りではなく、病気を治す覚悟こそ問われている。

 今の日本の社会は意図せずかどうかはわからないが、先進諸国のなかで最も成功した社会民主主義国家になっている。具体的にいえば、これだけの経済不況のなかで、次の一手を官僚政がどういうふうに打ってくるか、政府頼みの精神がまだ強い。減税、公共事業、高度累進課税を直してくれ、アントレプレナーシップ(企業家精神)の刺激をと、政府がなんらかの手を打てば、きっと景気は一挙によくなる「魔法の手」があるはずだと思い込んでいる。

 なぜこうなったかを考えると、いくつかの理由がある。古くは戦時経済体制の遂行のために、官を中心の国家総動員計画の実施があり、戦後の復興が当然のことながら政府主体で進められてきたこともある。傾斜生産方式というのもその1つであった。ある程度までテイクオフしたとき実は変化が図られなければならなかったが、55年体制の政治がそれに立ち塞がった。社会党は国内政策についていえば、より高度の福祉、より高い労働者に対する分け前を求める政治運動を行っていた。春闘が確立され労働界全体の水準を考えるという形で個別企業の存在が姿を消すようになった。一方でわれわれは、単独政権を維持したいがゆえに、社会党がいっている政策を盗み取りして、3年遅れ、5年遅れでそれを実施してきた。年金と医療保険がその典型的な例だが、こうした結果、ますます経済活動から社会の隅々まで官が決めるということが強まった。

 こういう流れ全体にもう少し、個人の自主性を発揮させていこうと政治の世界で意識的な転換を図ったのが実は中曽根内閣だった。国鉄、電電、たばこの民活など一連の民営化は画期的な成果を収めたが、大きな流れ全体を完璧に変えるまでにはいたらなかった。こうして問題を残したまま、プラザ合意以降の対処で政府主導による景気対策と、一時的なカンフル剤を打ち続けてきて、それがバブルに導いていった。宮沢内閣のときも不良債権の処理などという危機意識をもってきたけれども、すべて本質的な問題は橋本内閣までに引き継がれてきて、ビッグバンをやらざるをえなくなった。私が現在、主張している「小さな政府」という根っこは、こうした流れのなかにある。官依存をなくし、一人一人の個人の能力を発揮させる社会に日本を、組み替えなくてはならないと考えた。 

 私は農村地帯出身の代議士だが、農家の古老からこんな話を聞いたことがある。同じ土地で同じ作物を20〜30年作りつづけ、特に化学肥料をやったりすると、土が白く硬くなって、種子と球根が育たなくなる。その表土を取り出して、堆肥を入れたり、空気を入れたりしていい土に替えると、種子は育ち、見事な花を咲かせる。実は、今の日本経済の実態はこれとかなり似ている。日本には十分なる資本蓄積と創造的な基礎科学研究能力と、1億2,500万人の世界で最高の教育水準の人材がいる。これを生き生きと花咲かせるようにするには、小さな政府で規制をなくしていくということが基本だと考えている。そういった日本システムの作り替えが必要なときに、バブルが残した巨大不良債権および過剰債務の問題にわれわれは直面してきた。それへの対応能力と勇気をなくしている社会に、政治や行政機関の命令で解決を迫るということはかなりされてきたが、やはりその作業を行う政治行政側自身も、患者と同じように構造改革に大胆に立ち向かうという体質と発想が十分になかった。

 これまでの日本はこういう場合、外圧を利用してきた。例えば1990年代初頭のストラクチュラル・インペディメンツ・イニシアティブ(SII)は、日本のシステムについて外から文句をいった一つのケースだった。ただ、そのときに日本は経済構造改革ではなくて政治構造改革の嵐が吹き荒れていた。それで若干聞く耳をもたなかった。外圧ではある程度しか変わらず、内部から火をつけようとして、大蔵省が省内の若手、中堅を集めて会議を開き、つくりだしたのが「ビッグバン」だと思う。

 間接金融比率の高い日本で「ビッグバン」をやり、外国金融資本が日本に入ってくるという形にすれば、当然それは金融機関のリストラおよび競争力問題に火がつき、それが今度顧客たる事業会社(債務者)の経済構造改革に火がつく。一方で、それはまた各企業が規制緩和を官庁に求め行政改革に進むという一連の連鎖反応を起こすように設定したが、第一段階が効きすぎて、悲鳴が上がってきた。それを実施するわれわれ政治の側というものが、その悲鳴に耐えかねて、特別減税を二回実施したり、恒久減税すれば景気はよくなるという声に負けたりして、最後には政権が退陣するという事態にまでなった。そして今、足踏みしている状況だと思う。

日本が抱える問題は供給サイドにある

 私は、20兆円の信用保証協会の融資というのは、去年の暮れ、中小企業の倒産をかなり防止したという意味ではやむをえない政策であったが、しかし、これは実は問題を先送りしている部分も半分あるということはよく考えておかなければいけないと思う。だから、政治は今、本来あまり望ましくない政策もいくつか打っているという認識をもち、いずれ政革に戻らなければいけないという意識、姿勢をもつ必要があると思う。すでに金融機関から始まり、各企業のリストラ、そして規制緩和などの行政改革を求めるという勢いはもう火がついてとまらない状況だ。

 マーケットでリストラした会社の株が上昇していることでもわかるが、すでに民間のほうは覚悟をきめ、そして追い込まれてリストラをやっている。そのときに、それに対して火をつけた政治行政側が逆に後ろ向きに走ったり、足踏みしていては政治に対する不信は強烈に強まってくる。執刀医と患者の関係がちょっと逆転しているのではないかという奇妙な意識を国民はもっている。それには政治にも責任がある。無原則に貸し渋りをやめなさいと政治の側がいい、そして一方、それぞれの民間金融機関には、外国金融機関に負けない競争力(銀行本来の審査能力と金融技術)を開発してほしいと指導している。つまり、冷房と暖房とを両方いっているわけで、思想分裂している。

 実は今の産業再生問題も同じような問題を引きずっている。銀行の不良債権や過剰貸し出しの裏側には、産業界の膨大な債務が存在する。今の状態は足踏みと先にいったが、足踏みはいつまでも続けているわけにはいかない。私は総需要政策とか景気対策のときに、公共事業はそこそこ効果がありますといい続けた。現にそれは効いていて、9月になると息切れするのではないかという論調が多いのはそれを示している。同時に、減税等で一般消費者の需要を喚起しようというのはあまり効かないということで強く反対していたが、2兆円の特別減税を2回やり、大掛かりな所得減税を公表し、もう法案も決まっているのに、これを好感した需要の伸びはないということは、私たちの考えていたことが当たったのではないかと思っている。

 石油危機のすぐ後、狂乱物価のときには福田さん(赳夫元首相)が総需要抑制政策ということをいったが、あれぐらいの大づかみな問題意識をみんなもつべきであった。つまり、今の日本が抱える問題は需要ではない、供給サイドにあると。もともと経済界が現在の供給能力で物事を進めていこう、経営を続けられるように官にやってほしいと思ったところが大間違いだった。重病患者にモルヒネを打ち続けても病気が治らないのと同じで、今は病気を治す覚悟こそ固めなくてはならない。もちろん、激変緩和は考えなくちゃいけない。景気の落ち込みを下支えするためにも総需要政策を全部やめるというわけにはいかないが、これ以上、安易な先送りを続けるというのではなく、徐々に変えていかなければならんですよという意識をしっかりもつ。それは政策にも表すことが大切だと思う。

過剰問題は市場メカニズムを活用すべし

 だから今度の産業再生の問題でもそうした基本を踏まえながら、現在の設備とか企業をそのまま生かしていこうというような発想に「産業競争力会議」は立つべきではないと思っている。また過剰問題の調整でも、それをいわゆる事業会社が生き延びられるようにという観点のみで、金融機関から(債権放棄などで)応援させるというような発想には立つべきではない。海外投資家も含めマーケットは、病気を治すという日本の覚悟を期待している。現にいい製品およびサービスはみんなが買っている。財務のリストラをし、事業の再構築をしている企業の株価は最近上がっている。

 過剰債務の問題はかなり複雑だが、基本はマーケットメカニズムをうまく使いながら進めていくべきだと考えている。例えばいろいろな分社化によって、ある部分を他の企業に売却し事業を再編成したり、ある部分はより人件費をカットしながらも努力しつつ、設備を廃棄していく。それで生き残れるようにする。倒産法制をより分社化時代に合った使えるものにしていくなど、処理を迅速に進めていくようなインフラづくりは、われわれ政治家がやらなけばならない問題だが、それでだめであったら、そこはマーケットからの評価を受けて退場してもらうということになる。

 いわゆるデット・エクイティ・スワップの話も、私は事業再構築の道具の1つとして、いろいろ進めてもいいと思うが、やはりそこにはルールというものが存在する。私もあまり非現実的な理屈っぽいことはいいたくはないが、ある程度のルールがないと産業の単なる救済となる。やはり減資など株主責任を問う部分をきちっと入れておかないと、モラル・ハザードをさらに強めてしまうと考えている。こうした過剰債務処理は結局、債権者と債務者の関係のなかで個別に進めていくことが現状では基本となると思う。その際、銀行の債権放棄を税制上で認めていく場合にも客観的な基準は必要だと思う。

 こうした構造調整のなかで、われわれがいちばん考えなければいけないのは、そこから生じる失業率のアップにどう対応するかだろう。その基本は雇用の流動化を進めることにある。例えば再教育の場を作るとか、雇用調整助成金は廃止するけれども、失業保険の給付を延ばしたり、ある意味では段階的に半年以降は下げていくとか、そうした期間を切ったスケールのものでやっていくというのも1つの手だと思う。

 マーケット・メカニズムを基本とするときには、では政治とか行政はどこまで関与するのかといった問題が残っている。私は政府の役割が必要ではないといっているのではない。政治は常に前向きなものに重点を置くべきで、構造改革に対しては供給サイドの改革を進めるためのインフラやそこから出てくる問題点に対してはセーフティネットも必要である。が、一方で、基礎科学研究を積極的に行い、新しいビッグサイエンスの勃興を誘導するということも重要だと思っている。米国の80年代の産業再生の動きを見ても、米国には将来的な産業フロンティアに向けた明確な戦略があり、それが今結実している。これは国の経済安全保障の観点からも大切だろう。

 またこれは私の持論だが、私は老後不安というものは公的年金中心に考えるべきだと主張してきた。もちろん_基礎年金_報酬比例部分のある二階建ての部分の上にプラスアルファとして民間資金、特に401(k)を検討するのは賛成だ。しかし、民間年金はインフレが生じたとき、給付の実質価値を保証してはくれない。いわゆるスライド性を導入できないのだ。それは公的年金のみができる。この社会保障の部分はかなりやっておかなければ安心感が出てこない。

 国際通貨についての強力な監視と円の位置づけについてはあまりにも謙虚でありすぎたと思う。それから、もちろん英語教育も重要だ。この国際化のなかで、あまりにもわれわれ日本人は英語で苦労しすぎている。私のようなバックグラウンドがある人間でも話したり会議に出ることが苦痛になる。私はできれば高校入試の英語をTOEFLにしてしまうくらいが必要だと思っている。また英語の再教育投資などを促進していくことも、産業競争力をつけることではないかと思う。

 日本の政治は今足踏みしているけれども、日本再生への底流はすでに始まり、それが今では表面化している。あと1〜2年はいろんな意味で苦しいけれども、それを先送りせず、病気を克服すれば競争力ある新しい日本は必ず実現できると堅く信じている。われわれには耐えていけるだけの生活資産はあるし、十分頑張っていけるはずである。

 

政治の背景

経済政策が政局を決める時代

政局−時の政権の座をかけた政治家の権力闘争は、しばしば重要な政策決定と思わぬ形で連動する。経済構造の変革期にある今、その密着度は一段と高まっている。「産業再生」も偶然が重なり、今や自民党総裁選をにらむ政局のカギを握る。

 第一の偶然は与謝野馨通産相の存在だ。「官民合同で競争力強化を話し合う首相直属期間を新設する」アイデアは経団連の発案で、通産省が乗ったのが昨年末。ただ、それだけでは産業競争力会議は生まれなかった。橋本政権で官房副長官を務め、首相官邸を知り尽くす与謝野氏が即決で構想を小渕恵三首相のもとに持ち込んだのが決定打だった。

 橋本政権で財政再建を推し進めた財政構造改革会議。政府・与党首脳が官邸で一堂に会し、族議員の猛反対に「みんなで渡れば怖くない」と連帯責任で対抗する。最後は「首相の決断」を錦の御旗に、トップダウンで押し切る−「性急すぎた」と批判されるほど一気呵成にまとめあげた中心人物が与謝野氏。懸案を政治の磁場である官邸に持ち込んで時の政権の「旗印」に格上げし、世間の耳目を集めて一挙に前進させる政治手法の再現を狙ったわけだ。

 第二の偶然は「ポスト小渕」を目指して総裁選出馬をうかがう加藤紘一前幹事長が、政権構想の柱として「供給サイドの構造改革」を掲げようとしていたことだ。加藤氏の動きをどう封じるか思案していた首相は、与謝野氏の提案に渡りに船で飛びついた。供給改革が加藤氏の「旗印」になる前に先取りして取り組み、政策上の対立軸を消して出馬を押さえ込もうという思惑からだ。

 需要刺激策に依存していた首相が、あっという間に供給改革に軸足を移した。「真空総理」といわれ、理念や哲学は持たないが、権力維持には竹下登元首相譲りの尋常ならぬ粘着力を持つ首相の面目躍如だ。産業再生を経済運営の軸に据え、「別に加藤君とけんかする話じゃない」と加藤氏に「小渕続投」への協力を迫る。

「0.5%成長」の公約達成を危ぶむ堺屋太一経済企画庁長官はしきりに99年度補正予算の早期編成を首相に進言する。が、首相も「補正」といいたいところを必死にこらえている。ここで再び需要刺激策頼みに逆戻りすれば「総裁選は政策論争の場」という加藤氏に戦いを挑む格好の口実を与えると警戒するからだ。

 加藤氏もそこを見透かして「今国会を大幅延長してでも産業再生策を法制化すべきだ」と首相に促すことで、需要政策回避を牽制する。もし、首相が「補正」を我慢しきれなくなればそのときは勝負に出る。経済政策が政局をきめる時代である。(S)

1999年7月 月刊論争 東洋経済より

 

 

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