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同志雲霓
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1999年7月 「月刊経営塾」 経営塾特別ゼミナールより

"2つの不安"の解消なくして日本経済再生はない

加藤紘一自民党前幹事長
「わが憂国論」

小渕総理の支持率アップを横目に、自民党総裁選へ名乗りを挙げた加藤紘一・自民党前幹事長。旧宮沢派を引き継いだ加藤氏にとっては負けられない戦となる。加藤氏はどんな国づくりをめざすのか。

日本は社会主義国家

 現役時代のゴルバチョフ大統領がアメリカ各地で講演されたときのこと、当時の趨勢はもう、社会主義の凋落が明白になっていました。ある地方都市で率直なアメリカ市民がゴルバチョフ大統領にこう言ったそうです。社会主義はもう放棄したらどうです、もうだめでしょう、と。すると、いや、確かにそういう部分もありますが.....と政治的にごまかしながら、ただ社会主義・計画経済がうまく行っているところがある、それは日本です、とおっしゃったそうです。

 聴衆は、ソビエトの大統領がこの程度の知識かね、と思った。日本は資本主義国であり、自由主義経済国の最たるものじゃないか、と言ったそうですが、そのあとこの話がよく経済学者の間で論争になって、もしかしたらゴルバチョフ大統領が世界経済をいちばんよくわかっていたのではないか、という一口噺があります。

 私は政治をやりながらつくづく感じるんですが、われわれの国というのは、世界近代史の中で最も成功した社会民主主義国家ではないかという気がします。

 もともと平等志向が強い国で、和の国、ハーモニーの国だった。ですから、奈良時代から今日までの天皇家の御陵、封建領主の城等々を見回してみても、スケールが小さい、つまり質素ですね。日本の天皇家は代々お続きになられていますが、そこでものすごい搾取が行われたわけでもなく、武力ももちろんお持ちにならない。なおかつ富のほうも権威を保てるぐらいの質素さです。それでなぜ天皇家がお続きになられているのか。

 自由民主党の政治家の中で、私の対極にあるとよく言われる中曾根康弘先生の著書『政治と哲学』のなかで、天皇家というのはもしかしたら神主さんの頭領だったのではないか、と指摘されています。つまり日本人の最終的なアイデンティティというのは、自然と同化することで、その間を取り持つのが神道であり、神主さんであり、それの最高権威として天皇家であったのではないかと。だからこそ、武力も持たず、大きな経済権力も持たずして、なおかつ国の統合をなし続け得たのではないかということが書かれています。

 明治維新以来の国家神道というものに、戦後教育を受けたわれわれの世代というのは当然反発するわけなんですけれども、日本の歴史をもっと丹念にそして客観的に見ていくと、そう理解することができる。

 ですから、自然と同化し、その前にはみんなが同列でありたいと思うと、どうしても和が尊重され、それが大きな不平等を持たない社会にさせたのではないか。それが明治維新のときにさらに加速され、戦後の民主主義政治の中で、われわれ自由民主党が単独の政権を取り続けていたいと思った過程の中で、またさらに加速されたのだと思います。

 というのは、経済成長が見事に遂行されたことによって、政府は国民に約束事をし、それを実行する能力を持った。つまり、相手側の社会党が常に平等志向で、結果としての平等を求め、そして常にそれを話し演説し国会で提案してきたために、それを3年遅れか5年遅れぐらいの間に取り入れてきたわけです。その結果として、政府が持っている能力以上のサービスをする国をつくってしまった。それが財政を逼迫させている一因となっているのです。

政治家が物を考える時代

 まだまだ経済界には、大蔵省にいる優秀な官僚と通産省にいる元気一杯の逞しい官僚たちが、なにか奇手を生み出してくるに違いないというような期待感があるのではないかと思います。当然、私たちはこの経済をなんとか再生しなければならない。どこに原因があったのかを常に考え、経済界から話を聞き、官僚と一緒になって対応策を模索していくわけですが、私が党の幹事長や政調会長をやってきた経験でいうと、それに対する官僚の明解な回答は期待できません。

 こうなると、政治家が物を考えていかなくてはならない。終戦直後の若い政治家たちは、この国をどうするべきかと、考えに考え抜いて政治をしてきたわけです。それが岸信介さんや池田勇人さん、佐藤栄作さんの時代まではそうだった。ですが、その後の政治は一種の儀式に過ぎなくなってしまった。

 吉田茂さんが敷かれた日米安保を中心とした自由主義陣営との外交、そして対欧米キャッチアップという二大目標を中核としたフレームの中で仕事をすればよかったわけで、その実際上の運用にあたっては、官僚がデザインをし、法案にし、われわれがそれを通すという作業に過ぎなかったわけです。したがって当然のこと、政治家の力量が落ちたんだと思います。

 物を考える政治が期待されている中で、いちばん重要なのは、いま盛んに言われている景気対策ではない、この国がいまどういう歴史的な段階にあり、どういう状況でこうなったかという現実をきちんと認識することです。

 私はふと、歴代総理大臣で歴史認識をしっかりと持って政治をされたのは誰かと考えるんですね。すると、やはり一際目立つのが中曾根康弘という人です。

 ちょうど冷戦崩壊の直前で、世界各国とも社会民主主義的なやり方では限界に達したという認識のもと、イギリスのサッチャーイズムとアメリカのレーガン政策というものが、軌を一にして大きなうねりになったなかで登場されました。

 中曾根さんはそこで民活をやられた。電電や専売公社、国鉄の民営化です。歴史的に見て私はもうちょっと踏み込んで欲しかったなと思っていますが、それは中曾根さん自身が途中で安保外交問題に興味を移された。これについてもまた戦後の総決算という観点で考えられたわけですが、中曾根さんが経済とか国のあり方について、もっと論議されるタイプの方だったら、もうちょっと日本も変わっていたのかなと感じるときがあります。

 ある時代において、どういう指導者が求められるか、その時代で何をしなければならないかというのは非常に重要なことで、誰が指導者になるかはあまり重要ではない、と私は思います。

老後の不安と雇用の不安

 最近、選挙区を回っていて気になるのは、いま国民が2つの不安を抱えているということです。1つの不安は公的年金や、老後の不安で、もう1つの不安は会社と日本経済の不安、つまり自分や家族の雇用は大丈夫か、職場は守りきれていくだろうかという不安だと思います。

 1つ目の公的年金については、混乱に混乱を重ねている。

 老後の保障というと、昔は息子に貯金した。息子に投資をして、老後の面倒をみてもらっていた。それから自分で貯金をしたり、最近は国民年金、厚生年金に頼ってきたわけです。ところが、厚生省が、その公的年金がつぶれるという不安を煽るようなキャンペーンをしすぎた。

 というのは、今の保険料率では無理が出てくるから、少し上げさせていただきたいという趣旨だったものを、何とか理解してもらいたいと思うものだから、必死にキャンペーンしたら逆に効きすぎてしまった。

 サラリーマンの厚生年金というと、毎月給料から30,000円くらい引かれますね。それを積み立てていくと、生涯で3,000万円ぐらい国に預けることになるわけですが、この3,000万円がもう返ってこないと思い込ませてしまったんです。

 けれども、これは返ってくるんです。間違いない。

 ただし厚生年金の場合、会社側も同金額を支払っていますから、個人の3,000万円に対して会社側が支払っていた3,000万円を合わせると6,000万円になります。今のお年寄りの方はこの6,000万円に対して7,000万円ぐらいもらっているんですが、これが、いま30代の人は6,000万円はもらえずに5,000万円ぐらいになる。

 自分がかけた3,000万円よりはずっと多くもらえるのは事実なんですが、みんなその3,000万円すらもらえなくなるから、自分で貯金したほうがいいし、401K(確定拠出型年金)のほうがいいという話が広まって、不安が蔓延している。

 ただ、経済学者に言わせると、会社が支払っている3,000万円というのは、実は給料の別払いの性格を有する、と。したがって6,000万円を割れば、あなたが取る権利のある分だけもらえないということになる、という理論なんだそうです。しかし一般の国民は、自分が払った3,000万円すら戻らないと思うから不安になっている、それが問題なんです。

 それから、公的年金がいいのは、絶対に民間の生保や信託会社でできないスライド制があるということです。物価が上がり続けたとして、40年後に価値が半分ぐらいになってしまった場合、公的年金というのは、その時の現役の人間に保険料をかけたり税金を取ったりして価値を維持して渡してくれます。これは民間の金融機関や生保ではできないことなので、そのためにも公的年金をしっかりとやっておくべきなんです。

 年金に不安が出た理由のもう1つに、企業側の厚生年金負担金が膨大な金額になって手に負えなくなってきている現状もあります。確定給付型でなく確定拠出型(401K)がいいと言い始めたのもここにある。

 しかし、アメリカのウォール街で株価が2,000ドル下がったら、途端に、アメリカの401Kはパニックを起こすに違いありません。みんながパソコンを叩いて、401Kによってウォール街の株価を押し上げているわけですからね。日本の場合は、バプル崩壊で株価が38,000円から16,000円まで下がったときに、そのマイナスをかぶったのは政府ではなく、個人でもない。七転八倒したのは企業なんですね。6,7年持ち堪えて、いま徐々につぶれたり、リストラしたり、資産を全部はたいたりして負の遺産の処理をし始めています。言い換えれば、個人に影響が出てくるまでに、6,7年の時間が稼げたんですね。

 ところが、アメリカの場合にはウォール街に激震が走ったら、一挙に年金生活者に被害が及びます。いまアメリカの個人消費は、貯蓄率がマイナスになるぐらい、株の資産効果でみんなモノを買っているわけですから、一挙にガタがくる。

 だから私はじっとウォール街の姿を見ているんです。とくにここ5,6年ウォール街の株価が上がったのは、ほとんど上位20社ぐらいのシフト産業、サービス産業がその上げに寄与しているだけで、本当の強さとは言えない。まだまだ日本の経済も、世界の経済もしっかりしなければいけないと思っています。

 2つ目の不安は、この国は今後大丈夫なんだろうかという不安です。アメリカに押され、東南アジアに押され、そのうち中国が12億人口で、すごい勢いを持ちそうだと。なんとなく日本が追いかけられつつある"初老の国"、"午後3時半、たそがれの国"みたいな意識をみんな持っているのではないか。

 景気でいちばん重要なことは、政府に頼ってもあんまりいい政策は出ないという覚悟を固めてもらうことと、政治が、個人が、経営者が、将来に夢とフロンティアを心に持つことだと思っています。

 私はこの国は大丈夫だと確信しています。絶対に私はまだもう1回、午前10時とか11時の国に戻せると思っています。

 その理由は2つあって、歴史を学ぶ者はオプティミストになれる、という言葉がありますが、これが非常に重要なことだと思うんですね。イタリア人というのは、明るいでしょう。あれだけひどい経済だったときにも、政治が混乱していたときも明るい。明るくカンツォーネを歌って、ワインを飲んで、スパゲティ食べて、女性にやさしい言葉をかけて歩いている国民性なんです。

 なぜかというと、われわれには2,000年前ローマというすばらしい国の歴史があったと。コロシアムを見ても、カラカラ浴場を見ても、アッピア街道という当時の高速道路を見ても、あれを造ったのはわれわれの先輩だ。われわれにはその血が流れ、そのDNAが受け継がれているんだという、誇りがある。

 そう考えると、私は永遠に前進できる国もなければ、永遠に落ち込んでいる国もないんだろうと思います。アメリカも蘇った。ならば、日本も盛り返しできるはずなんです。

 1に資本蓄積であり、2に技術開発能力であり、3に高度に均質化された、高い教育水準の人間資源、この3つが日本にはある。ただこの3つのシーズ、種はあるが花が開かない。それはなぜか、蒔く土壌が固くなったということだと思います。

 私は山形県の庄内平野の農村地帯出身の議員ですけれども、よく地域の農家の古老に言われるんです。同じ土地に同じ作物を2,30年作り統けると、とくに化学肥料なんかをやり続けると、土が白くなって固くなるものだ。そのときには、なんぼ、いい種と球根を植えても育たない。そのときには、土を掘り返して砕いて、堆肥を入れる、落ち葉を入れる、撹拌して空気を混ぜて、ふわっとした土にすると、種は青々としたホウレンソウ、キャベツになる、と。

 それと同じで、日本も成功ストーリーで頭を固くしたのかもしれないし、社会のシステムが固くなったのかもしれません。

消費税増税はミスではない

 そこを解消するためにやったのが、規制緩和であり、外資という血液の刺激を与えてこの社会を変えようというビッグバンです。

 とくに為替の完全自由化、これによってがらがらと日本の金融は変わる、と。ただ、予想以上の激しい連鎖反応が起きた。だから私はいまも決して、橋本政権の消費税アップが政策ミスだったとは思いません。それが唯一の原因であるならば、減税すれば景気がよくなるはずだという理論がかみ合わなくなる。

 日本の社会が構造的に直さなければならないのは、政府の手から離れて経営を考えていくという構造改革であり、そしてそれを本当に進めるには、「小さな政府」にもっていかなくてはいけない。

 そしてその「小さな政府」のやるべきことは、年金について安心させる公的関与をしておくこと、2番目に企業ではできない基礎的な科学研究、たとえばアメリカの国立衛生研究所(NIH)や防衛産業、NASAなどには徹底的にお金を使うことです。そして民間企業と公的な基礎研究をうまくリンクできる方法を考える。つまり、大学教授が民間企業で働いてもいい、また企業を設立していいというメカニズムを作ること。それから3番目に、円ドル問題にもっと政治家が関与すべきだと思います。

 最近のアジアの指導者を見ると、為替相場についてプロに近いほど勉強していますし、アメリカから来る上下両院議員たちと国際金融の話をしても、徹底して議員自身が一家言を持っています。それをしないで過ごしてきた日本の政治家、そういう知識は専門家に任せればいいと思っていたわれわれ自身が、いまこそ反省しなければいけません。

 日本の勝負はここ2,3年です。政治家が物を考え、みんなで議論して問題点の摘出をしておくのが、今年であり来年ではないかと思います。そしてそれに真っ正面からみんなで取り組めば、この国はふたたびフロンティアを創造し、前向きに頑張っていける国になるだろうと、私は確信しています。

 

 

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