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1999年5月 「現代」より

本誌だけに激白 ついに明かされた「宰相」への野心と本音

加藤紘一自民党前幹事長
「わが政権構想を明かす」

----「なぜ私は総理総裁を目指すのか」「経済戦略会議がなんと言おうと公的年金制度は死守する」「国民に市場主義への覚悟を求める」「バラ撒き減税は愚挙である」・・・腹を括って決意を世に間う----

「ポスト小渕恵三」。その大本命が加藤紘一自民党前幹事長であることは衆目の一致するところである。今年9月に行われる予定の、小渕自民党総裁(首相)の任期満了に伴う総裁選は、山崎拓自民党前政調会長も名乗りを上げているものの、事実上、小渕首相と加藤氏の二人による決戦となるものと思われる。だが加藤氏は、昨年7月の参院選後の橋本龍太郎首相退陣の際に、いち早く小渕氏支持を打ち出した責任者であり、最近も「小渕政権をあくまで支える」と明言している。小渕政権を支持する一方で政権獲得を目指すことに矛盾はないのか。小渕政権と加藤政権はどこがどう違うのか。以下は、150分に及ぶインタビューで明らかになった加藤氏の「政権構想」である。

■昨年11月の小渕首相と小沢一郎自由党党首との党首会談で自自連立が合意され、今年1月には正式に連立政権が発足した。加藤氏は当初、自自連立に反対していたが、この連立を率直にどう評価しているのか。

あまりに唐突だったと思います。参院選敗北後の昨年8月に開会した金融国会は、小渕政権にとってまさに命運をかけた国会でしたが、自由党は9月末まで「小渕政権を打倒する」として金融再生法案に反対していた。それが、わずか1ヵ月半後に連立合意で握手をしてしまう。これは、政治がダイナミックに見えた反面、国民からは「怖い」と思われたのではないでしょうか。

私のように、自民党の権力構造の中核にいる政治家でさえ唐突すぎるとの印象を抱いたのですから、国民は怪訝に思ったはずです。現に各種メディアの調査でも、自民党支持者であっても賛否は半々だし、国民全体では支持より不支持のほうが多い。一般の国民の目には、昔の古いタイプの自民党の復活、小沢自由党の自民復党としか映っていないでしょう。国民の信頼を失った面もあるのではないかと思います。  正面から対決していた両党が手を結ぶには、当然、大義名分が必要です。特に自由党にしてみれば、打倒すべき対象だった自民党を、今度は一転して支えるわけですから、自民党の基本政策を大転換させなければ、組織全体を納得させられない。そのため、消費税の凍結(ゼロパーセント)と、国連軍参加のための憲法九条解釈の変更を要求してくることは容易に予想できたし、実際にそう要求してきました。しかし、それは自民党としては絶対に呑めない。だから私は、連立協議に反対したんです。

もっとも、副大臣制の導入と国会における政府委員の廃止については賛成でしたし、その後の協議で基本政策を変更せずに合意できる見通しとなったために、われわれの軸は崩れなかったと判断し、"消極的容認"という立場をとりました。とはいえ、過去5年ほどの間、党を改革し、新たな自民党への体質改善を目指してきた者としては、正直なところ、次の総選挙は非常に厳しい戦いになるのではないかと心配しているのも事実です。

■小渕政権は、未曽有の低支持率とともに発足した。最近でこそ支持率が上向いたものの、依然として30パーセント台の低空飛行で不支持率のほうが上回っている。前回の総裁選で小渕氏を担いだのは正しかったのか。

小渕、小泉、梶山(静六・元宮房長官)の三氏で戦った昨年の総裁選では、なぜ小渕氏を担くのかと囂々たる非難を受けました。しかし、昨年の金融国会では、2ヶ月かかったとはいえ金融再生関連二法を成立させ、GNPの12パーセントに当たる60兆円もの政府保証額を国会で通して金融危機を回避できた。小渕首相のこの手腕は、国際的には非常に高く評価されています。幸い支持率も上昇し、自分の判断は間違っていなかったと密かに自負しています。

ですから私は、原則として小渕首相をできる限り支えていくつもりです。そもそも、一国の総理大臣が半年や一年で次から次に替わっていくというのは、世界に対しても恥ずかしい。総理の座を軽々しく扱うのは、国益を損なうことにもなりますから。

ただし、二年に一度の総裁選挙は実施するべきだと思っているし、そのための準備をいま進めています。  支えると言う一方で、総裁選出馬を準備するのは矛盾ではないか、と問われるかもしれません。しかし、そうではない。日本はいま未曽有の経済危機に直面しており、そういう状況下で小渕首相の足を引っ張って、政治を混乱させるのは国益にも反する。それに、もし政権が本当にエネルギーに満ちていれば、総裁選になったときにますます輝きを増し、総裁選は爽やかな政策論争の場となるはずです。

■小渕政権の最大の課題は景気回復。株価の上昇によってやや明るさが見えてはきたが、0.5パーセントの成長率達成という公約の実現は可能性が低い。次々に打ち出される景気刺激策−総額9兆4千億円にのぼる減税、商品券(地域振興券)配布、国債増発など−はバラ撒きとも呼べるもので、国家財政のさらなる悪化と裏腹でもある。この小渕政権の経済政策を評価できるのか。

バブル崩壊後、政府は緊急経済対策的なカンフル剤を何度も打ってきましたが、一時的な効果しか現れなかった。そのため、抜本的な体質改善を行うには本格的な構造改革が必要だとの認識が政界にも官界、財界にも生まれ、前回総選挙後に当時の橋本首相が「六つの改革」を打ち出したわけです。これは戦後50数年、もしくは明治以来120年以上続いた中央集権的国家運営、別の言葉で言えば社会民主主義的な政策運営の基本を直す作業ですから、3、4人の総理大臣を犠牲にしながら10年がかりで進める大仕事でした。

橋本氏は、高い国民人気を背景にこの大仕事に挑んだ。いわば、剛速球を武器に意気揚々と先発マウンドに上がったわけですが、序盤で打ち込まれて降板を余儀なくされたという格好です。あとを託された小渕投手は対照的な軟投型で、配球の妙によって試合を進めている。しかし、参院選の敗北という手痛い大失点を背負っているため、不況という猛攻をくい止めることを最優先課題としており、改革については足踏み状態にあると思います。

具体例を拳げましょう。いま各県の信用保証協会が窓口になって中小企業に対する貸し渋り緊急対策の融資を行っています。過去半年の間に74万件の申請があり、そのうち68万件に対して平均2千万円、総額で13兆円を超える融資を実行した。この融資のおかげで、昨年末以降の倒産件数が減少しているのは事実です。しかし、これはある意味で、民間の不良債権を公的機関に移し替えているという側面もある。問題の先送りにすぎないのではないかとの危倶が私にはあります。

小渕首相も施政方針演説でこの緊急対策に触れましたが、その趣旨は「全国の中小企業経営者から感謝の声が届いている」というもので、問題の先送りだとの意識は残念ながら感じられなかった。もう少し危機感を持っていただきたいという感想を抱きました。

私は、いまの不景気をかつてのような需要刺激策によって乗り越えようとするのは間違いだと考えています。需給ギャップの原因をことさら需要にばかり求め、大幅な所得減税、大量の公共事業発注によって金回りをよくしようとしても、一向に効果がない。なぜなら、金融不況、大型企業の倒産、そして将来に対する不安などが相まって、国民の需要に対する感覚が大きく変化してしまったからです。

9兆4千億円にものぼる規模の減税法案を含む予算案が通常国会で成立しました。減税が実行されて効果が表れるのはこれからですが、巨額の財政出動をすることになったのに景気回復の力強い足音はいまのところ聞こえてこない。需要構造が大きく変化した以上、減税では効果がないという私の考えが正しかったのだと思っています。

小渕首相は果たしてこの経済構造の変化をどうとらえているのか。足踏み状態にある改革に再び手を着ける決意はあるのか。改革に着手するということは、景気回複を最優先課題としている小渕首相が政策の転換を決断するということです。9兆円もの減税を実施した上で、政策転換をするのは難しいかもしれませんが、必死の思いで改革に着手していただけるなら、全力で支えます。そうでない場合は、正々堂々と政策論争を挑みたいと思います。

■今後の国家像をどう描いているのか。政治の中心テーマは何か。

93年の細川内閣発足によって現出した「自民」対「非自民」という枠組みはもはや役割を終え、社民党やさきがけが小沢一郎氏の強力なリーダーシップに反発して難れていく過程で、密室独裁型の政治運用を排し、オープンな場で議論する政治スタイル、通称、政治的リベラリズムが日本の政治風土として定着しました。その結果、いまわれわれが直面している政治テーマは二つに絞られてきました。ひとつは、大きな政府か小さな政府か。もうひとつが、憲法九条の解釈問題を含む安全保障に関するハトかタカかの軸です。

しかし、国の政治をハトかタカかで二分するのは、国益の観点から見て実に不幸です。戦後、わが国が直面した最大の選択がアメリカとの単独講和か全面講和かであったため、日米安保をめぐる保守と革新の対立構図が固定化しましたが、諸外国では安全保障に関する基本的な問題で与野党が対決することはありません。アメリカでは共和党のブッシュ政権から民主党のクリントン政権に代わっても対イラク政策に変化はなく、フランスやイギリスが、保革の政権交代によって核政策を変更した例はない。安全保障問題では、各国とも超党派になるのです。その意味では、ハト・タカの軸は戦後日本の特殊な対立軸だと考えるべきだし、冷戦構造の終結と村山社会党内閣が日米安保を容認した時点で、この対立軸も役割を終えたと思います。

むしろ今後は、国家対市場、あるいは年金・福祉の観点から、政治がどこまで国民生活に関与すべきなのかを問う大きな政府派と小さな政府派の仕分けこそが議論の中心となるべきです。

■小渕政権の需要刺激策は時代に合わない古い手法だと否定するのなら、「加藤政権」の経済政策とはいかなるものなのか。

私は小さな政府、市場主義経済を進めるという立場から、いまの不況を乗り切るためには供給サイドにこそメスを入れるべきだと考えています。過剰設備のリストラを促し、魅力ある製品作り、そして新たなサービス提供のための創意と工夫を求める。この供給サイドの改革は、各企業と国民が主役となって行うべきもので、そのための環境整備をするのが政府の役目です。

ある意味では国民を突き放すことにもなるわけですが、「政府ができることには限界がある」と正直に訴え、政府に対する過剰な期待を払拭してもらう。民間企業や個人の力で創造的な経営を行ってもらう。この意識改革が徹底されたときに、経済改革と社会システムの変化が始まり、本当の景気回復が軌道に乗るのだと思います。

今後は本格的な市場経済に向かうということを、明確に政府のメッセージとして打ち出す。企業と個人の淘汰が進み、いま以上に自己責任が重くなる社会が訪れるという覚悟を国民に求める。これは、国民の人気を失うことにもつながるので、政府にとっても決断のいることです。しかし、日本は社会民主主義国家になりすぎた。世界の潮流である市場経済のなかで生き残り、そして確固たる地位を築くためには、金融界に限らず経済の各方面で「護送船団方式」をやめ、真の自由主義国家への脱皮を図らなくてはならない。痛みを覚悟して、一歩踏み出さなければならない時期に来ていると思います。

では、政府は何もやらない夜警国家に戻るのかというと、それは違います。民間企業ではできない部門には、政府がしっかりと対応しなければならない。教育や安全保障など、民間ではできないものはいくつもあります。なかでも、経済の視点から見た場合、(1)年金・福祉、(2)国際金融への対応、(3)基礎科学研究の三つを、政府が力を入れるべき部門と考えています。

■景気回復が遅れている原因の一つに将来不安がある。少子・高齢化に伴って、老後の拠り所である公的年金の財源が破綻し、もはや公的年金には頼れないとの不安が広がっているからだ。

年金は非常に複雑でわかりにくい。加えて、厚生省が現行の年金制度ではいずれ破綻するから、改正が必要だと訴えたため、いま公的年金についての大きな誤解が充ち充ちています。

大きな誤解のひとつに、公的年金よりも民間の年金のほうが有利だというものがあります。総理大臣の諮問機関である経済戦略会議までもが年金民営化を打ち出して、メンバーが明るい顔をしているのですが、こんな馬鹿げた話はない。民間の場合は、利潤を追求して配当を出さなければならない。従業員の給料、事務機やオフィスビルなどの経費も、当然掛け金に上乗せになっている。それに対して公的年金は、儲けを出す必要もないし、経費は国の税金で出している。しかも、掛け金の支払いは基礎年金部分の3分の1を国が負担してくれるし、今後はそれを2分の1にまで引き上げて国民の負担を軽減する改革を行う予定です。

また、サラリーマンの厚生年金の場合、月の掛け金の同額を会社が負担してくれる。民間の年金に入ったからといって、同額つきあってくれる会社などどこにもない。この点をみても、公的年金の有利さがわかるはずです。

そして次に、受け取りの段階。公的年金の場合、物価の上昇によって金額が目減りしていても、物価スライド制になっているため、若い世代からの保険料徴収で実質価値の維持を行ってくれる。これは民間の生保や信託銀行では絶対にできないことです。それにもかかわらず、将来不安が強まっているのは、自分の支払った分が戻ってこないと思われているからです。

たしかに、厚生省の資料にはそう書いてあるように見えます。しかし、よく読むと、たとえば一生のうちに給料天引きと会社負担で合計6千万円支払ったとして、その全額は戻ってこないかもしれない、と書いてあるんです。実際には、給料から引かれた3千万円にプラス・アルファした金額が戻ってくるんですが、ここが誤解されている。経済学者の中には、会社負担分も給料の別形態だという議論があることは承知しています。しかし、少なくとも自分が支払った金額が戻ってこないというのは大きな間違いです。

厚生省の財源危機キャンペーンが効きすぎたのでしょうが、経済環境が悪化する中で、企業側が使用者負担を少しでも免れたいために、民間年金擁護論を展開していることが誤解に拍車をかけているように思えます。アメリカで爆発的に普及し、日本でも導入が検討されている401K年金(確定拠出型年金)も、要は「会社で面倒見きれなくなったから、個人で年金を確保してほしい」という企業側の論理に後押しされたものです。年金に株を組み込むこの401Kプランは、ある意味でギャンブルです。ダウ平均株価が一時1万ドルを突破して浮かれている米国経済の、バブルがはじけ、株価が7,500ドルくらいまで下がると、アメリカ国民の年金は大打撃を受ける。その実態がわかれば、公的年金のありがたみが身にしみてわかり、401K導入の議論は沈静化するのではないでしょうか。

もちろん、年金民営化論が、複雑な年金制度を基礎年金に一本化し、「プラス・アルファは民間年金でどうぞ」というのならひとつの主張です。しかしその場合、これまで積み立ててきたサラリーマンなどの権利をどうするか、また基礎年金の水準と財源をどうするかが大きな問題となります。私がもしも政権を担うことになったら、この公的年金のありがたさ、絶対的な有利性を説明し、信頼を取り戻すために努力を傾けたいと思います。

■日本は世界量大の貿易黒字国でありながら、巨額な赤字を抱えるアメリカより格段に景気が悪い。日本の通貨・為替政策に問題があるのではないか。

国際金融については、政治家が不勉強だったことを率直に認め、反省しなければなりません。これまで日銀や大蔵省などの専門家に任せっきりにして、政治の側に国益としての通貨という発想が欠如していたため、円の国際化が遅れ、国をよりいっそう豊かにするチャンスをみすみす逃してきた。そして、過去二年ほどの国際金融不安では、韓国や東南アジアの経済ほど壊滅的な打撃は受けなかったものの、日本もいま高い授業料を払っています。

過去20年以上にわたって、日本ほどいい製品を作り、黒字を稼ぎ出し、貯蓄をし、それを海外に投資してきた国はありません。しかし、海外投資のほとんどがドル建てで行われたため、日本人の豊かさにはつながらなかった。円の国際化、つまり円の使い勝手をよくしたり、円建債市場を整備・育成したりすることが国益に直結することを認識し、政治家のリーダーシップで行わなければならない。これは早急に手を着けるべき課題です。

今年の一月末、世界各国の政治指導者、多国籍企業のトップらが集まる「ダボス会議」(スイス)に、加藤氏は日本の政治家としてはただ一人参加した。その際、アメリカのルービン財務長官とも会談し、GEキャピタルによる日本リースのリース部門買収をめぐって次のようなやりとりを行った。 「加藤さん、不愉快か」

「私は日本の政治家だ。政治家というのは基本的にナショナリストだから、当然、不愉快だ」 「われわれも過去にロックフェラービルや有名ゴルフ場を日本企業に買収されたときは面白くなかったよ」

ルービンとの間ではそのとき、「お互いに刺激しあうことでより効率的な社会ができ、生産性の向上も図れるのだから、これはやむを得ないことだ」という点で合意したんです。しかし、そうは言っても日本の金融技術はあまりにも欧米とは差がありすぎる。政治家もこれまでの不勉強を反省し、この分野が一刻も早く欧米並になるように法律や税制、市場の整備を行わなくてはならないと思います。

また、基礎科学研究、基礎的な技術開発も、商業ベースに乗りにくい分野であるだけに、政府が国策として資金を注ぎ込む必要があります。アメリカではペンタゴン(国防総省)やNIH(国立衛生研究所)が大々的な基礎研究を行っており、その成果が民間でも利用されている。日本はまだその努力が圧倒的に足りない。私は、ここに力を注ぐことで、政府が日本経済に大きく貢献できると考えています。

■現行の選挙制度は比例代表部分があるため、今後も公明党や共産党などの組織政党がある程度の議席を確保するものと思われる。また、自民党の参院における過半数割れの状態はしばらくの間、解消できない。「加藤政権」は、やはりどこかの党との連立になるのか、あくまで単独政権を目指すのか。

私は、衆院で過半数を維持している限り安易な連立を組むべきではなく、参院での過半数割れには、まず政策ごとのパーシャル連合で対応すべきだと思います。これは政権政党にとっては実に苦しい選択かもしれません。しかし、中心軸をしっかり定めて、団結して交渉を進めることができれば、政党として非常に強くなる。各政党がいわばひまわりのように、比較第一党である自民党という太陽を見ながら行動することになるので自民党に求心力がつくし、実績を上げれば国民的な人気も出てくると思います。

小渕政権にも、本当はパーシャル連合をやってほしかった。ところが、昨年の金融国会ではきわめて苦しい政権運営が続き、数の足りなさゆえの苦労をいやというほど味わった。特に野中官房長官と古賀国対委員長の消耗具合は、気の毒なほどでした。最終的には、防衛庁の汚職問題に絡んで野党が提出した額賀(福志郎)防衛庁長官の問責決議案を阻止できなかったことが引き金となって、自自連立という選択に走ったのでしょう。その気持ちは十分に理解できます。

しかし私は、あえて茨の道を歩むことが政治の王道だったと思います。政策協議に時間がかかって苦しい思いをし、歩みが遅いと批判されても、我慢強く交渉することで党は間違いなく強靱になっていく。相手の党もいたずらにキャスティング・ボートを振りかざせば、いずれ国民世論から批判を浴びることになるから真剣な協議をせざるを得なくなるはずです。私は昨年7月まで、党の政調会長、幹事長という立場で4年間にわたって政権の中枢にいたため、いまでも自分が小渕首相の立場ならどうするかと考えることが習慣になっています。そのイメージトレーニングをもとに出した結論がパーシャル連合です。ですから私は、それがたとえ茨の道であったとしても、部分連合で臨みたいと考えています。

■加藤氏は、アジア、とりわけ中国を外交のライフワークと公言し、日米中による正三角形関係論を唱えている。だが、日米関係を外交の基軸とする立場からは「危険思想」との批判もある。

アジアの安定を考える場合、当然ながら日中が中心になります。しかし、日中関係はまだ十分に成熟したものになっていない。日中関係が不安定だと、ASEAN諸国が非常に困る。資金供与や技術移転など、経済的には日本は重要な国だが、アジアにおけるプレゼンスは断然、中国が上で、最も恐れる相手でもある。だから、日中の間に真の信頼関係が確立するまでは、アジアの安定のためにアメリカにもコミットメントしてもらおうというのが、日米中三角関係論です。これを正三角形と表現したのは、いずれか一国が傲慢になったり、安定を脅かしたりした場合、他の二国がそれを戒める役割を果たすべきだという意味なのです。

このコンセプトは、決して中国にすり寄って日米関係を薄めようとするものではありません。経済面、あるいは安全保障の面では、当然のことながらあくまでも日米が基軸です。むしろ中国は、アジアの安定にアメリカが必要だという主張を嫌がるはずです。ただ、日中がいつまでも本音の話をできないというのは、アジア全体にとっても不幸なことです。成熟した二国間関係を築くための努力を私はしていきたいし、そのためにはアメリカにも協力してもらうべきだと考えています。

■昨年末、加藤氏は宮沢蔵相から「宏池会」会長の座を引き継ぎ、派閥の長となった。宏池会は保守本流派閥と言われるが、保守本流の目指す政治とはどういうものなのか。

宏池会に対しては「泥をかぶらないお公家集団」という批判があります。しかし、それは大きな誤解であり、日米安保体制の維持・強化と経済再建・経済成長の二つを目標に掲げて、たとえ泥をかぶってもそれを実行する中核勢力になろうとしてきた集団です。過去には大平正芳元首相が、財政再建への使命感から一般消費税の導入を訴えて選挙に臨み、そして敗れたこともある。私が、減税では景気回復への効果が期待できないと主張し、自己責任を問う小さな政府、市場主義を唱えているのも同じ系譜です。つまり、保守本流というのポピュリスト(大衆迎合主義者)にはならないという意識を持っている集団のことです。

国民から好かれる政治をしたいと思えば、大きな政府で何でも政府にお任せ下さいと言ったほうが得です。政治家の存在も目立ちます。しかし、過去2,30年にわたって政治家は、政府の力量以上の仕事をしているかのごとき幻想を振りまき、結果として国民の精神の自由さ、創意、自立を喪失させてきた。私はその反省の上に立って、あえて小さな政府論、市場主義への転換を主張していきます。

■海部内閣時代に、YKKが経世会支配を批判して以来、加藤・小沢両氏は不倶載天の敵同士とされてきた。しかし、小さな政府と市場主義経済を目指し、国民に痛みを覚悟してもらうという主張はほぼ一体だ。「加藤政権」では小沢氏と手を組む用意はあるのか。

経済政策の基本的な理念はたしかに同じです。私はあくまで、いまこの時点で日本がどうあるべきか、どの方向にベクトルを向けるべきかを考えているのであって、小沢氏との対決手段として政策を主張しているわけではないのですから、同じ主張になることはあり得ると思います。

また、お互いの信頼関係が確立できるなら、政権運営に関して協力を求めることはやぶさかではない。しかし、これまでの経緯もあり、信頼関係を作り上げるには大きな壁があったというのも事実です。

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昨年8月12日、加藤氏は軽井沢で今井敬経団連会長を交えて自由党の野田幹事長と金融問題について話し合った。その席で加藤氏は、「金融危機を防ぐためには、小沢さんとも会って率直に意見交換をする用意はあるよ」と伝え、野田氏も、「保保派の自民党長老とばかり話をするより、加藤さんのような中枢の人と話し合わなければダメだ。小沢党首に加藤さんと会うように伝える」と応じた。だがその後、加藤・小沢会談は実現せず、小沢自由党は金融問題を奇貨として自民党政権打倒を目指すようになる。

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小沢氏は、金融問題を自民党の弱みと見て、打倒自民党へと舵を切ったのでしょうが、この一件でまた信頼関係構築が遠のきました。当時の金融危機は、世界経済の崩壊を招きかねないほど重大な問題で、政権打倒の材料と考える発想はあまりにも危険だったと思います。一方、民主党の菅直人代表は「経済危機の回避が最優先だ。政局にしてはいけない」と決断してくれた。小沢氏は、自民党をつぶす絶好のチャンスをみすみす捨てたと菅氏を非難して民主党との共闇路線を見限ったそうですが、私は菅氏の決断は立派だったと評価しています。

■宏池会前会長の宮沢喜一氏は「資産倍増」を訴えて総裁選に臨んだ。加藤氏のキャッチフレーズは何か。

「フローからストックヘ」というのが基本の考え方です。人間の豊かさには第一段階として所得・消費(フロー)、第二段階が資産(ストック)、そして三番目に文化とか精神の豊かさ(クオリティ・オブ・ライフ)があると思います。戦後の経済成長でフローの豊かさは達成したが、ストックはまだまだ不十分です。第三段階に進むためにも、ストックの豊かさをまずは実現したい。その上で、高度の物質文明と精神文化を融合した、アジアの国々から目標とされるような「ジャパニーズ・ウェイ・オブ・ライフ」を模索したい。

そして、そのキーワードは「自然」ではないかと思います。自然を征服するのではなく、共存する姿勢。石にも木にも命があると考える日本の文化や伝統。それを取り込んだ日本人の生き方、生活様式が確立できれば、21世紀のアジアのフロンティアになりうる。この、いわば「第三ステージ宣言」のようなものを何らかの表現で打ち出したいと考えています。

■総裁選には、加藤氏の盟友の山崎氏も出馬の意向を示しているが、二人の間で事前調整は行われるのか。

私と山崎氏の関係は小泉氏も交えて、すでに8年も続いています。その間、野党時代があり、政権に復帰しても基盤が脆弱な党を苦労しながらまとめてきたという共通体験がある。ですから、いくら激しい政策論争をしても友情が崩れることはないと思います。

また、繰り返しになりますが、金融国会で成果を上げた小渕首相の手腕を私は評価しています。総裁選では3人で正々堂々と政策論争をして、爽やかに戦い、選挙が終わればすっきりと手を結ぷ。われわれ3人はそれができる関係だと思っています。

 

 

 

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