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「いま政治は何をすべきか」



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同志雲霓
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田原 ここがきっと小沢さんと加藤さんの一番の違いだと思うのですが、安全保障の問題についてお聞きしたい。加藤さんは一般的にはハト派、護憲派だと見られていますが、これは正しいですか。  

加藤 護憲という言葉をどう解釈するかですね。

田原 憲法第九条を変えるか変えないかですよ。      

加藤 5、6年前、小選挙区制導入を議論していたときに、私が「憲法を改正して、首相公選制を導入すべき」と言ったら、「小選挙区制に反対する守旧派」だと党内で大騒ぎになり、議論をおさめたことがあります。そのときは憲法改正派だったんです。九条について言えば、次の三つのケースのときは改正を論議しないといけないと思います。  

一つは、いまの極めて片務性の強い日米安保条約をアメリカが双務的なものに変更してほしいと明確に言ってきたとき。二番目は、指揮官を国連軍司令官に与えるということも含めて、国連の常設軍をつくることになって、各国から軍を供出してほしいという要請があった場合。三番目は私の夢ですが、将来アジア集団安全保障機構のようなものが形成されて、NATO軍みたいな形にまで育ち、中国や韓国を含めて諸外国が日本に実力部隊を参加させるように言ってきたとき。これらの場合には憲法を改正しないといけないと考えています。  

田原 ということは、いまの状態では憲法を改正する必要はないということですね。

加藤 第一の日米安保条約の双務性の問題というのは、ガイドラインで若干片鱗が見えるのかもしれませんが、明確には要求していませんから、いまは必要ないと思います。

田原 加藤さんは自衛隊は憲法に違反していないと思いますか。

加藤 そうですね・・・・・・。違反していないと思います。つくられた経緯についていろいろ議論はあろうかと思いますが、いまは違反していないという認識が確立していると思います。

(「総理の座に最も近い男の心中」田原総一郎氏との対談で、『中央公論』99年5月) top of page

 

将来、政策論争はどうするのかというと、今まで構造的に三つあったと思うんです。また今後ともそれが考えられると思うんですが、一つは、今言った民主、共和のような大きな政府、小さな政府で再編成していくというのが可能性としてあります。

もう一つはハト・タカ論争、防衛費は多いほうがいいとか、やっぱりこの世の中、鉄砲だ、最後は。ボスニア・ヘルツェゴビナを見てもわかると考えるか。

それから、三番目は政治の進め方は、一部の人が指示して引っ張っていったほうがやりやすいという強力リーダーシップ、ある意味の強権政治方式か、それとも「万機公論に決すべし」と。

みんなで議論して、時間がかかってもコンセンサスをつくってやっていたほうがいいのか。この三つの区別があると思っているんです。

現在の自・社・さきがけ三党の協力関係は、この第三番目のカテゴリーで実は出来たものなのです。一・一ラインに対抗して。

(95年6月) top of page

 

私は小さな政府、市場主義経済を進めるという立場から、いまの不況を乗り切るためには供給サイドにこそメスを入れるべきだと考えています。過剰設備のリストラを促し、魅力ある製品作り、そして新たなサービス提供のための創意と工夫を求める。この供給サイドの改革は、各企業と国民が主役となって行うべきもので、そのための環境整備をするのが政府の役目です。

ある意味では国民を突き放すことにもなるわけですが、「政府ができることには限界がある」と正直に訴え、政府に対する過剰な期待を払拭してもらう。民間企業や個人の力で創造的な経営を行ってもらう。この意識改革が徹底されたときに、経済改革と社会システムの変化が始まり、本当の景気回復が軌道に乗るのだと思います。

今後は本格的な市場経済に向かうということを、明白に政府のメッセージとしても打ち出す。企業と個人の淘汰が進み、いま以上に自己責任が重くなる社会が訪れるという覚悟を国民に求める。これは、国民の人気を失うことにもつながるので、政府にとっても決断のいることです。しかし、日本は社会民主主義国家になりすぎた。世界の潮流である市場経済のなかで生き残り、そして確固たる地位を築くためには、金融界に限らず経済の各方面で「護送船団方式」をやめ、真の自由主義国家への脱皮を図らなくてはならない。痛みを覚悟して、一歩踏み出さなければならない時期に来ていると思います。

では、政府は何もやらない夜警国家に戻るのかというと、それは違います。民間企業ではできない部門には、政府がしっかりと対応しなければならない。教育や安全保障など、民間ではできないのはいくつもあります。なかでも、経済の視点から見た場合、(1)年金・福祉、(2)国際金融への対応、(3)基礎科学研究の三つを、政府が力を入れるべき部門と考えています。

(「わが政権構想を明かす」、『現代』99年5月号) top of page

 

宏池会に対しては「泥をかぶらないお公家集団」という批判があります。しかし、それは大きな誤解であり、日米安保体制の維持・強化と経済再建・経済成長の二つを目標に掲げて、たとえ泥をかぶってもそれを実行する中核勢力になろうとしてきた集団です。過去には大平正芳元首相が、財政再建への使命感から一般消費税の導入を訴えて選挙に臨み、そして敗れたこともある。

私が、減税では景気回復への効果が期待できないと主張し、自己責任を問う小さな政府、市場主義を唱えているのも同じ系譜です。つまり、保守本流というのはポピュリスト(大衆迎合主義者)にはならないという意識を持っている集団です。

国民から好かれる政治をしたいと思えば、大きな政府で何でも政府にお任せ下さいと言ったほうが得です。政治家の存在も目立ちます。

しかし、過去2、30年にわたって政治家は、政府の力量以上の仕事をしているかのごとき幻想を振りまき、結果として国民の精神の自由さ、創意、自立を喪失させてきた。私はその反省の上に立って、あえて小さな政府論、市場主義への転換を主張していきます。

(「わが政権構想を明かす」『現代』99年5月号) top of page

 

挑戦の第一は言うまでもなく日本国内の構造改革の問題です。ご列席の皆さん。会場の外は一面の雪景色です。この雪景色を世界経済に例えるなら、1980年代まで日本経済はスノータイヤをつけて雪上を自由に走りまわる四輪駆動車のようでした。

世界は、その軽やかな足取りとスピードを羨望のまなざしで眺めていたことでしょう。ところが90年代に入ると優秀な日本製四輪駆動車は急に動きが鈍くなってしまいました。

速度が落ちると、まずエンジンを吹かして事態を乗り切ろうとするのは、どのドライバーも最初に試みる努力です。

わが国は92年から財政出動で経済の推進力を強めようと必死の努力を試みました。ところがアクセルを踏んだ直後は、勢いのいいエンジン音とともに、わずかながら前に進みますが、すぐにまた速度が落ちる状況に陥ってしまったのです。

どうやらエンジンに問題があるのではなく、バブル経済期に車体にこびりついた氷や雪を落とさなければ、快適な走行を取り戻すことができないと気づき始めたのは95〜6年ごろでした。橋本龍太郎内閣が掲げた「六大改革」とは、まさに、この氷と雪を落とす作業だったのです。その為には、一時的に推進力が落ちることも覚悟しなければなりません。98年度の日本のGDP成長率はマイナス1.9%程度に落ち込みましたが、構造改善のために避けて通れなかった過程だったのです。

もちろん消費税の引き上げや財政運営の失敗がマイナス成長をもたらしたという声があることは承知しています。しかし、先程も申し上げましたが、我々は過去数年間、公共投資や所得減税など大規模な財政出動を幾度となく繰り返しても、景気を回復軌道に乗せることはできなかったのです。

多くの人たちを暖房の効いた車内に残して、エンジンだけで危機を脱してみせると言う方が乗客の受けがいいことは間違いありません。でも、氷や雪を落とす作業をしない限り、日本経済が快適に走り出すことはできないのです。もちろん、世界経済はキャラバンを組んで雪原を往く自動車隊に似ています。世界第二の経済大国である日本だけが氷と雪を落とすために車を止めることは許されません。世界経済全体のことを考えて打った対策が昨年度と来年度の積極財政です。

だが、31兆円を上回る国債発行を含む来年度予算案が発表になると、長期金利は上昇し、株価はむしろ下落しました。ここに来て、政治家、企業家、国民の多くもようやく事の本質に気付き、市場経済を基本に据えた社会への移行を加速する以外に不況から脱出する道はないという認識が急速に浸透しています。特に、この1〜2ヶ月の変化は目を見張るものがあるといっていいでしょう。世界で最もイノベイティブだった日本は再び活力を取り返そうとしています。言いかえれば市場原理を中心に据えた経済に移行するための分水嶺を超えつつあるのです。

(スイス・ダボス会議での講演、99年1月) top of page

 

行政改革は、これは最後までいきますと、やはり国民負担の問題にまで行くと思います。

健康保険の薬をもらったときに、膨大にもらってもほとんど負担を感じないで病院から皆さんは帰ってきます。特に大企業サラリーマンの人は、医療費、薬代で大変な負担がかかったという思いはほとんどないはずです。盲腸の手術をしたって3万円か4万円で終わる。アメリカではそんなことをやったら100万円以上かかりますからね、保険がないと。

その分だけ税金ないし保険料の世界でとっているわけですから、だから、やはりその部分にまで入っていくとか、公共事業費がもうちょっと安くできないか。受注量は増やしたいですけれども、単価をもうちょっとカットできないかとか、行政改革はそんな分野まで踏み込んでいきますし、それから郵便貯金と理財と政府系のいろいろな団体に貸してある金、そこを通じて貸す金、それの金利などの問題もあります。

(96年6月)top of page

 

なぜ最近大蔵省が評判が悪いかというと、やるべき仕事をやっていないからと僕は思っています。大蔵省の中で一番権力を持っている人たちは、言うまでもなく主計局というところです。予算を配っているほうです。

この人たちが過去10年、全部歴代事務次官を仕切っているわけで、私たちが見ても、大蔵省の中での主計局の人たちの勢いはすごいです。ただ、きょうは薄井主税局長がいるから、ごまをすっていると思っていらっしゃるなら、思われるならば思われてもしょうがないんですけれども、あえて言えば、私は、大蔵省の仕事の中で、ずっと見ていて難しいのは、予算を配るより、税金とりですよ。国民を説得して、税金をとることほど難しいことはない。これを失敗しますと、政権がぶっ倒れる。大平さんが税金をとろうとして、私はそのとき官房副長官だったのですが、大平さんは命をなくしたわけです。

それから10年、歴代4人ぐらいの総理大臣が税制改革、特に消費税の問題で肉体的ないし政治的な命を落としているわけです。これからだってあれは危ないですよ。新税は悪税なり、税金をとるということは悪いことだとみんな思っているわけですから。政治の中で一番難しいこと、それを理屈をしっかり言いながら、説明しないとだめだというので、どれだけ主税局は苦労しているか。

集めた金を道路に使うか、先生、おたくのほうの選挙区大変ですねなんて、銭を配っている仕事は、これは誰だってできるなんて言うと怒るかもしれないが誰だってできますよ。

(96年6月) top of page

 

「ビッグバン」と呼んでいる金融の自由化は、金融業界だけでなく日本社会に劇的な変化をもたらすはずです。商品の価格、品質を無視して資本系列が同じだというだけで商売する「系列取り引き」では競争に勝てなくなるでしょう。

複雑な流通経路を通ってきた商品は店頭に並べた瞬間から競争力を失うはずです。競争に勝つためには優秀な人材が必要になります。すでに金融業界を中心に激しいヘッドハンティングが始まっていますが、これからは、あらゆる産業分野に広がって行くはずです。そうなれば閉鎖的な労働市場の象徴と言われてきた終身雇用も変質して行きます。

政府は昨春から6大改革のプログラムを順次打ち出していますが、計画を発表した直後、マスコミは「もっと大胆に歳出削減できないのか」とか「改革のスピードが遅い」などと批判しました。ところが秋になると「改革を延ばしても景気対策をやれ」という大合唱になりました。でも政府は改革を進めます。悲鳴は日本が変わるために避けて通れない軋みなのです。今日、さまざまなところで悲鳴が上がっていることが日本が変わりつつある何よりの証拠といっていいでしょう。ビッグバンと規制緩和の先には、日本でもクールで合理的な思考と慣行が定着しているはずです。

もう一つ強調しておきたいのは、一連の改革で日本の官僚はほとんどイニシャティブを発揮できなかったことです。官僚は過去の延長でしか処方箋を書けませんでした。日本は官僚が方針を決め、政治家は官僚の方針を追認するだけという見方が外国に根強いことは承知しています。確かに、そうした傾向があったことは否定しません。

でも、今度の改革は橋本龍太郎首相を始め政治家が決断して実行しているものなのです。この面でも日本は変わろうとしています。

(米国ESI[経済戦略研究所]会議での講演、98年5月) top of page

 

かねがね私は、一般的な所得減税をしても、これは消費に直には結びつかないはずだということを言い続けて評判の悪い政治家、評判の悪い自民党の幹事長でしたけれども、現に9兆円を国民から取り上げたから不景気になったと、この財政構造改革路線が間違えていたんだという議論をしている人が多いんですけれども、ほんとうに私はそうなのかと、今にして思います。確かに9兆円の最後の1兆円は、老人医療費の引き上げでしたから、これは効いたように思いますけれども、しかし、それ以外の消費税の部分、特別減税の中止、そんなに大きな影響をしたかというと、私は違うと思います。

なぜならば構造改革路線の議論、財政構造改革路線の議論というのは、そういうものの引き上げの後にやった議論でして、おととしの4月1日から消費税を上げて、構造改革議論というのはその6月、10月にまとめていったわけなんです。

タイミングが合わないし、現に2兆円の特別減税を2回その後やって、カンフル打ったけれども響かない。最近では、合計7兆円とも9兆円とも言われる減税をやったわけですけれども、それでもそんなにマーケットでは大きな反応を示していないということは、原因がほかにあるのではないかなと思います。

その原因というのは、やはり私は、金融ビックバンがもたらした過度のショックというものが一つであり、それからそれに誘発された感じではありますけれども、自分の企業ないし雇用というものが将来守り来れるかという雇用不安、そして自分たちの老後は大丈夫かという老後不安というものが物事を悪化させて、財布を締めているのだろうとますます最近思いました。

(99年1月) top of page

減税しても景気浮揚効果は限られます。なぜなら日本人は年金に加え、預金がもたらす利子を計算して将来設計を立てているのです。現在、公定歩合は0.5%で、預金に新たな果実を期待することは不可能です。

これに、日本は成熟期を迎え、これ以上発展しないのではないかという不透明感と高齢化社会の到来が追い討ちをかけました。将来に不安があれば、家計に余力が出ても預金に回してしまうのが日本人の性向なのです。

ここ数年、科学技術の基礎研究にかなりの財政を投入しているのも、国民に自信と夢を取り戻してもらうためです。即効性はなくても、10年や20年後に、エネルギー、環境などの分野で、アジア、さらに世界の人々と夢を分かち合えるとなれば、日本も自信と活力を取り戻すはずだと期待しているのです。

閉塞状況の日本を再活性化するには、小手先の対策ではだめで、抜本改正が必要だと気がついたのは1995年前後と言っていいでしょう。自由民主党は一昨年、行政、財政、金融、社会システム、福祉、教育の6分野にわたる大改革を公約に掲げたのです。

(米国、ES汢議での講演、98年5月) top of page

 

最も重要な構造改革が、経済の血流とも言うべき金融システム改革だったことは言うまでもありません。この問題は、昨年10月の国会で金融再生関連法と金融早期健全化法が成立し、必要な法的枠組みはできあがりました。

新たな金融機関の破綻が生じても、これからは、この枠組みで粛々と処理することになります。このために政府が用意した資金は、5千億ドル、GDP比で12%に及びます。世界でも類を見ない、この規模をみても、日本が並み並みならぬ決意で、この問題に取り組んでいることがご理解頂けるでしょう。

改革の基本が透明性の確保と市場原理に沿った処理にあることは当然です。

これからは大蔵省から独立した金融再生委員会が存否の判断、公的資金の投入や回収を行います。明確なルールの下で透明性を確保しながら公的資金が投入されるのです。経営の健全化を確保できない金融機関が存続を許されないのは言うまでもありません。

これで大蔵省の監督行政を軸に作られた護送船団は急速に解体されて行くでしょう。護送船団を離れた金融機関はこれから自助努力の荒波に晒されるのです。こうした改革が進めば日本経済を覆っていた金融不安も急速に取り除かれて行くでしょう。

(スイス・ダボス会議での講演、99年1月) top of page

 

私は、いまの不景気をかつてのような需要刺激策によって乗り越えようとするのは間違いだと考えています。需給ギャップの原因をことさら需要にばかり求め、大幅な所得減税、大量の公共事業発注によって金回りをよくしようとしても、一向に効果がない。なぜなら、金融不況、大型企業の倒産、そして将来に対する不安などが相まって、国民の需要に対する感覚が大きく変化してしまったからです。

9兆4千億円にものぼる規模の減税法案を含む予算案が通常国会で成立しました。減税が実行されて効果が表れるのはこれからですが、巨額の財政出動をすることになったのに景気回復の力強い足音はいまのところ聞こえてこない。需要構造が大きく変化した以上、減税では効果がないという私の考えが正しかったのだと思います。

(「わが政権構想を明かす」『現代』99年5月号) top of page

 

人口統計を出し始めた昭和51年から現在までの間に、年寄りという概念が変わったんじゃないでしょうか。昭和51年のときには、平均寿命が70歳でした。そのときに、人間は15歳から働き始めて、65歳で引退するものだと規定いたしまして、生産年齢人口というのを15から65といって統計に出したんですが、現在は15歳から働いていません。20歳だと思いますよ。

働き始めの平均は、20歳よりちょっと上かもしれません。それから、65で老いぼれてしまっているかというと、違うと思いますね。答えは、65から70は現役であると、申しわけないけれども、働いていただきたい。そして、給料は55歳のときよりも下がりますよ、しかし、70までは働いていただくという、年寄り概念を少しシフトしなければいけないのではないかなというふうに思います。

こういうことで年金の問題を考えていきますと、かなりいろんなところが解決が出てまいります。実は、年金も支給開始年齢を5歳ずらしますと、集めなければならないお金がほぼ半分に減ります。最初の5歳に配るお金というのが年金では一番厳しいんです。それは人口がだんだん減っていくわけですから。でも、突然70から年金にするのかというと、これは違うんで、60歳から65歳に厚生年金を延ばすのに20年かけてやりますが、仮にさらに5年延ばすことになると、さらに20年かけてやるわけですから、40歳の方は65歳からの年金だけれども、現在20歳の人は70からの年金だみたいな話に多分なるんだと思います。

この話をマスコミのいる前であんまりしますと、年金をあしたから70にするような誤解を受けるから、なるべくしゃべらないようにはしているんですけれども、やはり高齢化社会のスケールというか、概念をちょっと変えるということで、かなり楽になっていく社会ではないかなと思います。

それに医学というのは、そのうち高血圧の問題も、アルツハイマーも、遺伝子工学の世界の中で、何らかの解決はある程度していくだろうと思いますし、その部分の研究に今、膨大な金を、お金のない中でつぎ込んでおりますので、何とか解決を見出していけるだろうと私は思っております。

(97年10月) top of page

 

年金は非常に複雑でわかりにくい。加えて、厚生省が現行の年金制度ではいずれ破綻するから、改正が必要だと訴えたため、いま公的年金についての大きな誤解が充ち充ちています。

大きな誤解のひとつに、公的年金よりも民間の年金のほうが有利だというものがあります。総理大臣の諮問機関である経済戦略会議までもが年金民営化を打ち出して、メンバーが明るい顔をしているのですが、こんな馬鹿げた話はない。民間の場合は、利潤を追求して配当を出さなければならない。

従業員の給料、事務機やオフィスビルなどの経費も、当然掛け金に上乗せになっている。それに対して公的年金は、儲けを出す必要もないし、経費は国の税金で出している。しかも、掛け金の支払いは基礎年金部分の3分の1を国が負担してくれるし、今後はそれを2分の1にまで引き上げて国民の負担を軽減する改革を行う予定です。

また、サラリーマンの厚生年金の場合、月の掛け金の同額を会社が負担してくれる。民間の年金に入ったからといって、同額つきあってくれる会社などどこにもない。この点をみても、公的年金の有利さがわかるはずです。

そして次に、受け取りの段階。公的年金の場合、物価の上昇によって金額が目減りしていても、物価スライド制になっているため、若い世代からの保険料徴収で実質価値の維持を行ってくれる。これは民間の生保や信託銀行では絶対にできないことです。それにもかかわらず、将来不安が強まっているのは、自分の支払った分が戻ってこないと思われているからです。

(「わが政権構想を明かす」『現代』99年5月号) top of page

 

今の我々の将来像をいろいろ考えてみますと、ポストドクター(大学院博士過程修了者)1万人に年間500万円の人件費、給料を出すということが一つの決め手になるのではないかなぐらいに思っています。

具体的な意味で申しますと、日本の科学技術の将来に向けてのシーズ(種)というのは山ほどあるんですけれども、60年安保、70年安保で大学に残った人間が邪魔くさいというので、その大学院生に対して給料を払うところ、研究費を払うところが、助手などに極めて限定されています。

だから、どの研究のリーダーもそれが大学の総長であれ、工学部長であれ、高名な理学者であれ、この半年話を聞いていますと、ポストドクター1万人に4、5百万円ずつ出してください、アルバイトしながらポストドクターの研究をしているという、こんな国がありますかと。

もったいない。クリエーティブな仕事は35歳までで、その後枯渇するんですからということを言います。なおかつ、そのうち4、5千人を外国からの公募にしてくださいと。これで刺激を与えないと、最近の日本人はのんびりしていますと。外国人は、意味のある有力な創造的な研究にだけ流れていきますから、いいリトマスになりますと、学者にも刺激になりますと。

(95年4月)top of page

 

単純な製造過程がより人件費の安い国や地域に流れていくのは避けられません。ですから、日本はより高度な仕事に特化しなければならない。

そのためには、次々に新しい技術開発をして他国をリードしなければならないのだが、その体制が日本にあるかが問題です。学生のメーカー離れ、高校生の理工系離れが依然続いており、それも非常に重大な懸念材料です。

第二に、技術開発のためにはある程度の製造を維持することが必要と言われることです。新製品とか新製造技術は工場を中心に生まれるものだと聞いています。ベトナムなどへ行きますと、昭和20年代、30年代の日本のように、夢と希望を持って日本やアメリカを追いかけていることが実感されます。急速に発展するのではないでしょうか。日本としては、常に他の一歩先を行く技術開発を続けていかなければ、やがてはそうした国々に追い付かれ、追い越されることになります。これを歴史の必然として割り切ってしまうことはできません。

空洞化の問題は、いかにして技術開発力を充実させるかという、少し中期的な視点でとらえられればよいのですが、単純に日本では賃金が高いために、国際競争にさらされる製造業は成り立たない。だから、すべて東南アジアに出ていってしまうということでは、日本の国はおしまいになります。日本の政治家として、それは絶対に見過ごせない。

(94年6月) top of page

 



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