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「いま政治は何をすべきか」



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同志雲霓
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田原 吉田さんは防衛や政治はちょっと置いて、戦後復興を目指して経済重点主義でやってきました。それは池田勇人さんに引き継がれていく。日本が経済大国になったことで、吉田さんの目指した保守本流路線は一段落したと見ていいんですか。

加藤 いいと思います。それは二つのことが正しかったと証明されたからです。一つは単独講和。これは戦後の日本のいちばん大きな選択だったと思います。ソ連や中国といった社会主義国を対抗勢力として外交の基本を設定しえたことは正しかったか間違っていたかという議論は、日米安保論争というかたちで数年前までずっと続いてきました。これはソ連の崩壊と、村山政権が成立したときに社会党が安保是認を言ったことで完結したと思います。  

もう一つは経済成長です。これは1985年ごろに、一家に一台、冷蔵庫、カラーテレビ、そして自家用車を持てるようになったときに達成したと思います。この時期はちょうど中曽根内閣で、「戦後の総決算」ということが言われて、政治は二つの大きな選択を迫られていました。一つは、自由主義陣営外交の正しさが証明されたがゆえに、日米安保の再評価という重要な問題ができたこと。もう一つは、坂の上の雲を見ながら登ってきた日本がこのあと国家目標なしで生きていけるかということです。私はどちらかというと後者の、経済成長を達成してしまって国家目標を喪失した虚脱感のほうが大きいと思っていました。中曽根さんは国鉄の民営化や民活政策に少しは踏み込みましたが、国内のことより外交のほうに情熱を燃やされたから、前者の安保の再評価の問題に偏りすぎたのではないかと思いますね。

その後も、国際的にもっと軍事的貢献をすべきかどうかという議論が強くなっていって、湾岸戦争のときの「普通の国家論」に流れていきました。しかし私はいまも、国民のフロンティア喪失感をどうするかがいちばん大きい問題だと思っています。

(「総理の座に最も近い男の心中」田原総一郎との対談で、『中央公論』99年5月) top of page

 

政界再編とか、いろいろ言われますけれども、しょせん、どの政党がやっても政策は似てきます。政権交代を前提とする2大政党というのは必ず政策が似るのです。似なければ政権交代を、平和なときに人は許しません。

連続性がなければ。政権交代した途端に、PKOをカンボジアから引きあげてきたり、出したりすることにもなりかねず、それだったら大変です。政権交代をしたために消費税を廃止したり、復活したりするのでは大変です。

国民は、政策が似ないと政権交代は許さないものです。今、マスコミが両方の陣営の政策的な理念と違いがわからない、これはおかしい、政治の堕落などと言っているのは、私から見れば政治学を一つも勉強していないジャーナリストの無知そのものであります。

(95年1月) top of page

 

自由民主党が巨象のように大きい姿でありながら、社民党とさきがけの意見を必死に聞きながらまとめようとしていた汗というもので共感を得た部分があるのではないか。そう考えると、今、国鉄法案のときには社民、自由と一緒にやり、金融再生法案については民主とやり、銀行の早期健全化の法案については、今度は自由とやる。そうやってますと、疲れてきまして、何とか楽な固定したフレームワークをつくりたいと。

新聞にいう自・公・自みたいなものをつくりたいというふうに、ともすれば思ってしまいますけれども、ほんとうに安定した楽な体制というのをつくった途端に、実は、そこは国民が汗を流すのをやめたなと見抜くおそれはないだろうか。実はその辺はよく考えておかなければならないところではないかと思っております。

(98年10月)top of page

 

2大政党というのは、繰り返しますけれども、私は反対でした。でも、決まった以上やらなければいけません。これは官僚の人も、「あなた新進党側? 自民党側?」ということを尋ねていくし、経済界の人についても、「あなたはどちら側です?」というようなことを色分けしていきますから、非常に世の中が悪い世の中になっていきます。

日本人というのはそんなことははっきりしないで何となくやっていく世界でして、アジア全体がそうなのかもしれません。

「お言葉返すわけじゃございませんが、失礼の段は許していただいて意見を述べさせていただけば、私はちょっと意見はこうなんです」と言いながら、論争しなければならないような社会で、合理的な論理構成の対決に基づいた2大政党というのはあるのかなと。

政治がみんな落ちつかないとおっしゃっているのは、ある意味で新進側がなるのか、自民側がなるのかは別にして、長期安定政権をみんな望んでいるんじゃないかなという感じがします。それは2大政党が常に緊張しながら、いつ政権交代するかもわからないという状況とは違うものなんであって、どうもそこのところの整理が心の中でできていないのではないか。

(95年7月)top of page

 

政治の中心が自由民主党であるということはますます明確になってきて、実は私は、保守党というのは二つ存在しないんだろうと思うんですね。

保守党というのは、それぞれの地域のリーダーを集め、そしてコンセンサスをつくっていくコミュニティーや、いろんなグループというものの積み重ねで存在してきているところですから、政党というよりも、ある意味では、自民党現象と言っていいのではないかなと思います。そんなものの上に成り立っておりますので、これは二つ存在するものではない。かなり根強いもので、そう簡単に動かないんだけれども、過去に何回か分裂したりいろんなことがあったけれども、そこから出ていくものがあったけれども、結局戻ってこざるを得ないのは、日本新党にしても、新自由クラブにしても、それから私は、新進党もそうなるんだろうと思っています。

その意味で日本の保守政治というものの本質を見誤ってはいけないという感じがします。

(97年4月)top of page

 

私は、日本の政治というのは、常に、何といっても数多くの人たちが興味を持って関心を示しているので、一人の人とか一つの政党だけでバシッと決めるということはできないということであります。

55年体制で自民党が圧倒的に強かったとき、数が多かったときでさえ、国会の中で自民党一党で決めようとすると、単独採決の暴挙、多数の横暴という言葉を言われたわけであります。まして今のように自民党が過半数をとっていないときは、いろんな人の意見を聞きながら進んでいくということが、やはり国民の願いなのではないかと思います。そういう日本の社会のレベルの高度化がある以上、ここで保・保、保守系の人間だけで物を決めていこうとすると、必ずしっぺ返しが来るだろうというふうに私は思っております。

ですから、時たま自民党らしいふうにバリバリやれと、何で土井さんに、あんな少数の政党に気を配っているんだということを言われます。しかし、私は、15人の社民党に気を配っているというつもりではないんです。

社民党の人たちが主張するような、そのような考えというのは日本の社会の中に、半分近くとは言いませんけれども、3割から4割あるわけで、それに耳を傾ける寛容度を持たない限り、そんな政治はいやだというのが国民の気持ちなんじゃないかなあと思っております。日本社会の中にある、そういう考え方、感性みたいなものを組み入れているという意味で社民党のご意見を聞いているし、そことの調整をしているというつもりでございます。

(97年10月)top of page

 

もともと小選挙区制度というのは、東西冷戦、2大陣営対立のときのみ可能であった制度であって、歴史に反することを今やっているから、みんな、政治が見えなくなっているのです。

2回ほどやると小選挙区はやめようという話に必ずなってくると思います。ですから私は自分の選挙区で、小選挙区予定地域から外れるところはしばらく投票してもらわないけれども、これから5、6年後、また帰ってきますからねと言って、後援会を残してあります。陳情もちゃんと処理していますから忘れないでくださいといって、この新年もその地域を丁寧に回ってきました。

そうでなければ、多元化した価値観の中での政治の汲み上げというのは、できなくなっていくのではないかと思います。政治が見えなくなってきているのは、よく考えてみると、分析を従来のツールでしているから読めないのであって、冷静に考えていくと、結構、みんなわかることなのではないかなと思いつつ、判断を間違わないようにしていこうと思っております。

(95年1月)top of page

 

なぜ、これだけ投票率が下がったか。小選挙区制にしたら、2大政党がものすごくおもしろい論争をし、ディベートして、そして政治がわかりやすくなって楽しくなるということで、選挙制度を変えたわけです。

私はそんなことは絶対なりませんよと、2、3年前から言って参りましたが、私のほうが当たったと思うんです。51%の票を取らなきゃ当選しないという小選挙区は、70%か80%の人にアピールするようなことをしゃべるんであって、それは必ずつまらない話にしかならないのです。

秋の山形県鶴岡の選挙区というのは農村地帯が中心ですけれども、町方というか都市部も大分大きくなって、農村地帯に行って「お米の値段は上げたほうがいいね」と言って、都市部のほうに来て「お米の値段は安いほうがいいね」と言うと、それは3日ぐらいはもつんですが、4日目あたりに親戚同士が法事なんかで酒を飲み合ったら、「加藤は、おれのところに来て、こんなことを言っていた」「あっ、何、おれのところに来て、こんなことを言っていた」みたいな話になって、「あいつ、ばかじゃないか」というんで、票が落ちてしまいます。

そうすると、結局、消費者にも生産者にもいいような話というのは「食糧政策というのは極めて重要ですね」みたいな話で、そんなこと聞かなくたってわかっているという話になるわけです。

したがって、制度が持つ政治のおもしろみのなさというのは、私は、ここからだんだん明らかになってくると思います。

そこでは政策論争なんか起り得ないんです。どの党だって同じようなことを言い、専門店なんかになり得ないわけですから。だから、これを直すには、よほど重要なテーマでない限り、党では拘束しないから、自分自身の考えで投票してくださいという党議拘束なしの投票、アメリカの議員が民主・共和の間でやっておりますクロス・ボーティングを導入するしかありません。

(96年10月)top of page

  政治は一歩一歩よくなっています。国民の政治意識は一歩一歩よくなっています。そして、無党派層というのは無関心層ではありません。無党派層というのは無関心層ではなくて、関心が強烈すぎて、政党の言っていることや、政治について報道されていることでは満足されずに、そこを突き進んで、よりもっとも新しい感度のところに向かっている層だと思っていいし、その意味では政治がやりやすくなってきたなと思っています。

今までの政治というのは、私は半プロの政治だったと思っています。対欧米キャッチアップという目標がはっきりしていて、そういう中で官僚に実施要領をつくってもらい、それを法律にしていけばいいというものでした。過去に偉大な自民党の政治家もいらっしゃたけれども、考えてみれば、半プロで済んだ世界のリーダーでした。

しかし、今度は違います。我々はちょっと本気の仕事をさせられている。それは完璧な政治家としての仕事です。そんな思いを強くしています。

(95年6月) top of page

ある財界の方で、政治の非常に感度のいい方が去年の暮れ言いました。

「決着つけてください。どちらでもいいです。落ちつきません」と。この方は政治改革促進の非常に先端をいかれた方だったんですけれども、結局、自分たちが政治資金を政党にあげるということを再開いたしました。

ほんの少額でしたけれども、そのときに、新進側と自民党側と両方に出しました。両方に喜んでいただけると思いましたと。そうしたら両方からめちゃくちゃに怒られましたと。計算違いました。それに対し私は「当たり前です。そういうのは片方に出すか、両方に出さないかどちらかです。片方に出すときには自民党にお願いします」と、こう言っておいたんですけれども、本当に決着つけると、町長、村長の選挙でも町村を真っ二つに割るわけですけれども、どうもいがみ合う世界に少しずつなってくるかなと。それをどう緩和するのかなというふうに思っています。

そのときに救いになるのが、クロスボーティングというものだと思います。これは導入しないと日本の政治がおかしくなっちゃうと思います。というのは、法案とか、テーマについて、党議拘束を外して自由に投票させるということです。例えば臓器移植是か非かみたいな話は、これは生死観、哲学観にもよるものですから、自民党で政調会長加藤紘一のもとで、これはイエスのほうに決めましょうといったって決められない。それから、夫婦別姓をどうするか、これも決められない。

それから、最近のはやりのテーマで言えば、金融機関の不良債権処理に公的資金を導入していいかみたいなテーマは、自由党の中でも真っ二つになっていますから、我々は経済のことも考えて、やらなければならないということで、いろんな党内のことはあるけれども、割り切ってしゃべっていますけれども、正直、党内には、二信組問題の反発を考えると、冗談じゃないよという意見がかなりありまして、例えばこんなことも国会議員一人一人の判断、自民もばらばらにさせますから、新進もばらばらにさせましょうといって、一人一人の国会議員の見識を聞くというやり方というのはあると思います。

そうすると、国会議員一人一人の資質に対して、我々は支援し、また資金も出すんですというようなことになっていくと、少し対立感というのは緩和されるのかなという気がいたしております。

ですから、これから論争のない社会になるけれども、それを救っていくには、一人一人の政治家の判断ということに行き着くと、どこかで空気を抜かなければいけないということを申し上げたかったのでございます。

(95年6月)top of page

 

いわゆる「族議員」については国民の批判が強いことを、われわれも十分に認識しています。

先日も与党政策調査会議にメディアの方々を招き、族問題への批判と分析を聞きました。族議員の最大の問題は、やはり利権と絡むことです。政治献金の公開・透明性の確保と腐敗防止のための罰則強化を提案しているのも、そこを考えてのことです。

族議員と専門議員を分ける基本は、第一におカネの問題に立ち入らないこと。第二に、専門分野での政策立案や判断の前提に、国の大きな政策の枠組みへの理解と哲学があることだと思う。それに加えて、政策決定のプロセスがオープンであることが大切です。

こうした条件をクリアすれば、族議員は優秀な政策議員に脱皮できる。

(94年6月)top of page

 

非自民連立政権は多くのミスを犯しました。期待されたほどの成果もあげていません。細川さんはスキャンダルで辞任し、羽田内閣は社会党の離脱を招きました。非自民側がそうした状態にもかかわらず、「自民党よ、政権に返り咲け」の声がさっぱり聞こえてこないことが、自民党の最大の問題だろうと思います。

では、なぜ自民党に信頼が戻ってこないのか−−。やはり自民党というのは、今は政権から外れて死んだような状態になっているけれども、復帰したらまたボワッと大きな力を出して、悪いことをしそうだという感覚で受けとめられているからではないか。自民党は依然として金に汚いし、相変わらず年寄りが牛耳っていると見られていると思います。

我々「新世紀」はそうしたイメージを払拭し、真に党の改革を行うために立ち上がりました。確かに自民党にも古い方がおられます。我々と感覚の違う人もいます。しかし、少なくとも私たちは、中堅、若手中心にこれだけ元気で、こんな感覚を持っている人間がいるということを訴えたいと思います。行動で示したいと思います。

同時にその層が、自民党の中心的な発想と考え方になるように、世代交代を進めていく起爆剤になりたい。それが「新世紀」旗揚げの目的です。 「そうならば、新党を作るべきではないか」という意見もあります。新党を結成すれば、多分、一時の評価は高いだろうと思います。

しかし、それでは問題は解決しないのです。何か問題が起こると、そこから飛び出して、「おれは関係なかった、残った人たちが悪いんだ」という政治では、本質的な解決は何もできない。

(早稲田政経学部・谷藤悦史助教授、社会科学部・今村浩助教授に招かれて「特別講義」93年6月)top of page

 

今度の選挙はこの自社さの2年ほどの連立政権というものをどう評価するかということが焦点だったわけです。ある人は何もできなかったと言うんですけれども、それはないでしょうと私は思っているんです。

沖縄で少女暴行事件があったら、自民党と社民党が一緒になって、この問題に取り組んで、太田知事と話をして、そしてアメリカに話をつけに行く、そして普天間基地の解消を図るなどというこれまでには考えられないことをやっていたわけです。

それから消費税は認めよう、しょうがないと。与党になれば、こういうものですねというようなことを社民党にわかってもらったというのも、大きな功績だと思います。また日米安保とか君が代とかといった数多くの課題を自社さの連立政権でクリアしてきましたので、私は、連立政治はポジティブに積極的に評価できる部分が多いと思っております。

(96年10月)top of page

 

あまりに唐突だったと思います。参院選敗北後の昨年8月に開会した金融国会は、小渕政権にとってまさに命運をかけた国会でしたが、自由党は9月末まで「小渕政権を打倒する」として金融再生法案に反対していた。それが、わずか1カ月半後に連立合意で握手をしてしまう。これは、政治がダイナミックに見えた反面、国民からは「怖い」と思われたのではないでしょうか。

私のように、自民党の権力構造の中核にいる政治家でさえ唐突すぎるとの印象を抱いたのですから、国民は怪訝に思ったはずです。現に各種メディアの調査でも、自民党支持者であっても賛否は半々だし、国民全体では支持より不支持のほうが多い。一般の国民の目には、昔の古いタイプの自民党の復活、小沢自由党の自民復党としか映っていないでしょう。国民の信頼を失った面もあるのではないかと思います。

正面から対決していた両党が手を結ぶには、当然、大義名分が必要です。特に自由党にしてみれば、打倒すべき対象だった自民党を、今度は一転して支えるわけですから、自民党の基本政策を大転換させなければ、組織全体を納得させられない。

そのため、消費税の凍結(ゼロパーセント)と、国連軍参加のための憲法九条解釈の変更を要求してくることは容易に予想できたし、実際にそう要求してきました。しかし、それは自民党としては絶対に呑めない。だから私は、連立協議に反対したんです。

もっとも、副大臣制の導入と国会における政府委員の廃止については賛成でしたし、その後の協議で基本政策を変更せずに合意できる見通しとなったために、われわれの軸は崩れなかったと判断し、"消極的容認"という立場をとりました。とはいえ、過去5年ほどの間、党を改革し、新たな自民党への体質改善を目指してきた者としては、正直なところ、次の総選挙は非常に厳しい戦いになるのではないかと心配しているのも事実です。

(「わが政権構想を明かす」『現代』99年5月号)top of page

 

今、日本のある種の現象としては、やはり幅広くみんなで物を考えようというところがあるのではないかと思います。そしてもう一つ、非常に注意しておかなければならないのは、野党という存在が、あまりはっきりわからない状況にあります。

そうすると結局、共産党が一番はっきりしているねということで、自共対決みたいな状況になっています。これは、一家の主婦になぞらえると失礼かもしれませんけれども、やはり家庭の中の財布の心配を1回したことのある人間は、決してもとに戻って放漫な経営というのは、乱費というのはできなくなる。

娘時代は何買ってよとか、いろんなブランド物を買ったかもしれないけれども、一度財布のひもを握って苦労すると、なかなかそう簡単に物を買えなくなるというものです。共産党を除いた全部の政党は過去4年の間に与党になって、国家財政の心配をし、国のあり方を悩み、単純に安保反対なんて言えないなということがわかった。

そうしますと、自民も新進も民主も社民も、ほとんど政策が似てくるわけであります。また、似ざるを得ないような小選挙区という選挙制度にしちゃいました。

我々は政治家ですし、きょうお見えになった方も政治には非常に関心のある方ですから、社民と民主と民社の区別がおつきになると思います。しかし、一般国民の間、特に若い人の間で、社民と民主と民社、この区別を明確にわかる人というのはいないと思います。菅さんと鳩山さんというのは、どこだっけ、あれ、民主党だっけ、民社党だっけ、それとも社民だっけ、それともというような感じだろうと思います。

そうしますと、ストーンと共産党へ行っちゃいます。あそこはすっきりと反対とわかっていいじゃないかと。それに、志位さんという人も結構弁が立つし、何か暴力革命をするような顔をしていないしね、というような感じです。あの暴力革命をする、共産主義の暗い、粛清をする共産主義者なんていうのは、45歳以上の人間が記憶にある程度でありまして、ほとんどの若い人は、何かまじめな政党だな、そして、反対論も明確だし、論理明晰だし、みたいな感じじゃないかなと思います。

ですから、私は、よほど注意しませんと、これからの日本の政治に、5年後ぐらいに自共対決の時代が来るんではないかと考えています。いや、そうは言わなくても、もう既に自民党の次に支持率が高い政党が共産党になるという世論調査が、10のうち3か4は、そういうデータが出るようになりましたので、やはり我々は、ここでしっかりとした自民党の政治をやっていかなければいけないなと痛感いたしております。そして、それは幅広く意見を吸収する、そんな態度をとり続けなければいけないと思っております。

(97年10月)top of page

  私と山崎氏の関係は小泉氏も交えて、すでに8年も続いています。その間、野党時代があり、政権に復帰しても基盤が脆弱な党を苦労しながらまとめてきたという共通体験がある。ですから、いくら激しい政策論争をしても友情が崩れることはないと思います。

また、繰り返しになりますが、金融国会で成果を上げた小渕首相の手腕を私は評価しています。総裁選では3人で正々堂々と政策論争をして、爽やかに戦い、選挙が終わればすっきりと手を結ぶ。われわれ三人はそれができる関係だと思っています。

(「わが政権構想を明かす」『現代』99年5月号)top of page

 

私は、小渕内閣を山崎拓さんとともに成立に努力をし、そして評価の下がった政治家でございます。まあ、梶山さんと、小泉さんと、小渕さんの3ついる中で、何もよりによって小渕さんということをしなくてもいいでしょう。

山崎、加藤というのがいろいろな派閥の、いろいろな計算等を考えてあんなことをした。冷めたピザをなぜ選んだなどということを言われたわけですけれども、今、私はその判断がそう間違えていなかったということを言ってもらえると思います。

今、梶山政権待望論というのが出ているわけではありません。やっぱりああすべきであったという声が出ているわけではありませんし、小泉純一郎氏を総理にしなければいけなかったという声が出ているわけでもありません。

その分、小渕さんの評価が上がったわけではないのですが、ただ国際的には、よくやっているじゃないのと言われていると思います。

(99年1月)top of page

 

今、自民党は、239の選挙区のときから、246まで増やしてきましたが、あと9月までの間には、251までは何とかいきたいなと思っております。ですから、あと5つですね。

これは自分が考えているよりはちょっと時間がかかっているんですけれども、方針は、来る人の方向は決まっていますので、ただ、選挙区事情の調整のときには、大平さんの言った政治哲学、「小鮮を煮るがごとくていねいにやる」というふうにしたいと思うんです。大平さんはよく言っていました。

「政治をやるときには、中国の言葉にあるんだが、小魚を煮るごとくていねいにやらなきゃいかんよ」と。どうも小魚というのは、煮ているときにあんまりあっちこっちひっくり返したりいじっていますと、形が崩れてお客様に出せなくなるものなのだそうです。

小魚を煮たことがないからわかりませんが、どうもああいうふうにていねいにやらないといかんよということだと思うんですが、過半数獲得作業は、小鮮を煮るごとくやっております。私自身が現地に赴いて不満を聞いたり、罵声を浴びせられたり、そうは言ってもとか、まあ、そんなことをしながら、毎日やっているのが現状でございます。

(97年6月)top of page

 

今、残念なことに、小選挙区制度というものを早く導入し過ぎたものですから、小沢、反小沢とかという変な基準で割れているわけであります。

そして、その基準の背後にあるのは、田中政治のレムナントといいますか、田中政治の残滓というものを整理するかしないか、そんな感覚で実は争われているのが、今の政局の本質だろうと思っております。しかし、そのことは新進党が成り立たなくなって自民党に戻ってくる中で、最終的には決着がつき、自民党の優勢ということで、流れができてくるのだろうと思っております。

(97年4月)top of page

   保保、保保というようなことを言われると、それはちょっと危ないという気がします。私の感じでは、今、自民と新進が一緒になるみたいなことになりますと、300とか350の政党ができてしまいます。そこでは、国会500人の中で350人の政党ができれば、全部を仕切ってしまいますから、自民党の思うとおり何でもできるんです。ということは、国会はあんまりおもしろくないから、自民党の中で派闘抗争、権力闘争ばかりやって、次の選挙には大負けする。何もそんなはっきりわかっている、見え見えの損な道を急いでとる必要はありません。今、私たちはもうじき過半数になるので、一人一人選挙区調整をしながら、家風に合った人に、党風にあった人に入ってもらうということをしておいたほうが、遠回りだけど、そのほうがしっかりとした体力の回復、過半数回復になるんだと私は思っています。 (97年6月)top of page
 
 



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