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「いま政治は何をすべきか」



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同志雲霓
経歴講演広場

 

 

人々は、どうしても戦後4、50年、日米安保賛成、反対、つまり、ハト・タカで政治というものを見てきましたから、冷戦構造の日本国内版としてこのハト・タカというのは非常にわかりやすいし、なれてきたんですけれども、ただ、これを本当に続けていいのかなということがあると思います。

なぜならば、どこの国でも外交政策の違いで、2大陣営に分かれているというのはあまりないのでありまして、アメリカの民主、共和も、キューバ危機にどう対応するかということになりますと1本になります。日本の場合には、安保賛成、反対でやっていたわけです。PKO部隊を政権交代ごとに出したり引っ込めたりしていいのかなという側面がありますので、実はほんとうは、国内政治の政策の進め方の基本みたいなところで違っていくのが一番いいのではないかと思います。

(97年4月) top of page

 

今の日米安保条約の本質というのは、吉田茂さんがつくってくれた、大変ありがたい条約でございます。日本がどこかから攻められたらアメリカが助けに来いよ、その義務があるよ、アメリカがどこかから攻められたってこっちは行かないよ、憲法上、行かないと解釈しているから、行けないんだ、いいですね。結構です、と。日本側からすればお前が来い、おれ行かないよという条約であります。

なおかつ、日本が攻められたとき、アメリカの軍艦が助けに来るときに、日本がどこまで協力するかというと、これはできない、あれはできますみたいな話です。アメリカ側からすればお前のところを助けに行くのに、これはできる、これはできないという話はないだろうということになります。でも、国会でこれまで論議してきたことは常識から考えれば、それはないよねという話であって、さすがに日本自身が攻められたときに、アメリカがおっとり刀で来てくれるときには、大抵のことは、ありがとうございます、すぐ、当然のことながら、我々、できることは何でもいたしますという雰囲気に最近ではなっているのだと思います。しかし問題は、日本が有事ではなくて、極東が、例えば、朝鮮半島にいろいろなことがあったときにどうするかという、極東有事のことなのです。

それで、極東とか、日本の周辺がガタガタするということはどういうことなのか。そこが乱れるということは、アメリカの極東戦略のために必要なことなんでしょうと考えれば、我々は何もそこまで手伝うのですかねというような、かつての社会党のような議論になります。しかし岡本(行夫)さんが言ったように、極東がガタガタするということは、日本のことなんですよというふうに考えると、それじゃあ、やっぱり水ぐらい届けなきゃ、毛布ぐらい届けなきゃ、ミサイルというと、ちょっといろいろあるかもしれませんねとか、そう考えることになっていくのだと思います。

ですから、これらの議論の根本は、極東とか周辺がガタガタするということは、どういうことなのでしょう、それは日本のことなんじゃないんですかというところに、もう1回焦点をあわせて、そういうことだったら、具体的には、こんなことはしましょうね、という地道な議論を積み重ねていくことではないかなと思っています。

(96年4月) top of page

 

私は現在3党の間の政策調整の責任者をしておりますが、心配なことが一つだけあります。それは、1995年、つまり戦後五十年を迎えて、あの戦争は何だったのかという総括をしなければならないことです。そしてそれを国会決議であらわさなければならないだろうということです。これによって、各党の意見が強烈に先鋭、対立化していく可能性はあります。

朝鮮半島に出て行ったのは植民地行為だということはみんな認めます。中国へ行ったのも侵略行為だと認める。なぜならば、これは簡単なことで、朝鮮の人も中国の人も、日本の軍隊に来てくれと言わなかったのに日本が行き、そしてそこで戦争したのですから、これは侵略以外の何ものでもないと思います。

もう一つの議論はミャンマーや、インドネシアには出て行くことによって欧米人から解放した、解放戦争の意味を持っていたではないかという議論です。ここなのですよ間違うのは。私は、それはストレートにそんなきれいな話ではなかったと考えています。ミャンマーなどはイギリスにかわって日本がそこの支配者になろうとしたのだと思ってます。

明治維新のときに我々の前に豊かな欧米の国があって、そして、それにキャッチアップしようとしたわけですが、富国強兵、殖産興業の言葉の中に、ある意味で欧米の植民地政策の発想も我々は吸収してしまったのではないでしょうか。植民地政策もキャッチアップさせてしまったのではないかなという感覚を持って対応したほうが、正しいのかもしれません。

(94年10月) top of page

 

日本のもう一つ挑戦は世界経済、とりわけアジアが抱えている問題への対応です。「アジアの奇跡」「世界の成長センター」と賞賛されたアジア経済が、一昨年から危機に陥り、世界経済の不安定の一因になっていることについては、ご列席のみなさんは認識を共有していると思います。私もアジア危機が世界経済の足を引っ張っている状態は1日も早く解消しなければならないと思っております。だが、問題は当面する世界経済の円滑な運営にかかわる問題に止まらないのです。

一つは、私たちが21世紀に向けて定着して行かなければならない「グローバル経済」という理念の信任にかかわっています。一昨年の危機以来、アジアでは「グローバル経済」に対する懐疑が急速に広がっています。マレーシアは昨年からとうとう為替などを再び国家管理に戻しました。韓国、タイ、インドネシアなどはIMFとの協調の下で再建に取り組んでいますが、アジア地域では「アジア的価値」「独自の資本主義」といった議論が盛んに聞かれるようになっているのです。

もしアジア経済の再建に失敗すれば「開かれた世界経済」に対する疑問の声は一段と勢いを増すでしょう。言いかえれば「開かれた世界経済」という理念と秩序を定着させるためにも、アジア経済の再建はどんなことをしても成し遂げなければならないのです。

(スイス・ダボス会議での講演、99年1月) top of page

 

(中国に興味を持ったのは)60年安保を大学時代に経験しましたから、あの日本人の圧倒的な熱気とエネルギーが次にどこへ向かうのだろうかということに、非常に関心を持ちました。地域コミュニティーにも向くだろうし、再びアジアに向く可能性もあるのではないだろうかと考えたのが最初のきっかけです。

日本人の大きなエネルギーが再びアジアに向けられた場合には、日中関係を正確に処理できるようにしておかなければ、同じ過ちを繰り返すことにもなりかねない。あれからすでに34年が経っていますが、その問題はいまだに残っているし、今後も引き続き考え、行動していかなければならないと思っています。

(94年6月) top of page

 

朝鮮民主主義人民共和国にどう対応するか、新しいアジア安全保障(EAEC)構想、ASEANとの関係など、日中二国間の関係ではなく、日中でアジアの将来や現状の問題についてどう対応するかを話し合うという、新しい日中関係の時代がきています。

中国には依然、天安門事件の後遺症のようなものがあります。日本は中国の人権についての考え方や立場もわかると同時に、西欧諸国の人権概念も理解できる国です。ですから、中国と世界との橋渡しの役を担うことをより積極的に行ってもいいのではないか。亡くなった伊東正義さんがそうした仕事をしていたことは、賞賛に値することです。

伊東さんが亡くなってから、そうした日中間のパイプが非常に細ってきたような気がしています。中国をライフワークとする私が、そろそろ働かなければならないと肝に命じています。

(94年6月) top of page

 

この北朝鮮問題は体力がいるのだなあとつくづく感じております。

ただ、あの国は、私、行ったこともないし、今の体制がいいとは思っていません。ただ、ほっときますと、近々、餓死者が出るんじゃないかなと思います。あえて言えば、崩壊も近いと思っています。

崩壊して混乱になったほうがいいという見方と、その前に国際社会にある程度引っ張りださないと、極東の平和と安全のためにいいか、悪いかと考えるかの差ではないかなと思っております。できるだけ、アメリカも中国も韓国も日本も、あの国を早く常識の世界に引き戻さないと危ないのではないかなというふうに私は思っております。

(96年4月) top of page

 

アメリカの中国に対する関心、期待度、危機感は強烈なものだということです。たまたま、キッシンジャーさんの自宅に、いろいろな人間を集めるからいらっしゃいよと言われたのが、今度の訪米の一つの理由だったんですが、そこにはデビット・ロックフェラーという、財界の前会長、ABCテレビの会長、ドール大統領候補の側近で、副大統領候補をだれにするかを選定する委員長などという政界の大物、マードックという有名なマスコミの帝王、ABCという保険会社の社長、それからコダックの社長とか、いろいろいましたけれども、私のために14、5人集めてくれまして、そこで2時間半ほど、ああでもないこうでもないと丁々発止議論してきました。

驚いたのは、この人たちは、アジアとか日本に関心を持っているアジア派ではないのです。アメリカの主力、主流の人たちです。こういう人たちは、本来はヨーロッパに関心があり、ソビエトに関心があった人たちですが、いまは中国がどうなるかということを見ているんです。

アメリカのこれまでのアジア派の人が、日本が元気がなくなったからといって中国を見ているのに対し、アメリカの主力の人たちは、中国を将来の自分たちの敵対者として見ているような感じなんです。

これもわからなくもありません。中国は、アメリカをひとりの世界にしてはいけない、この間までソビエトが対抗していたけれども、破れてしまった。日本にはもともとその気はない。自分たち中国がしっかりしないと、アメリカが堕落する。この根性を持っている中国ですから、これから米中というのが、世界政治の中の大きなファクターになるんじゃないかなと。

(96年6月) top of page

 

経済のグローバル化に伴って新たな問題が生じていることも事実です。中でも重要なのは国際金融資本の問題です。先に述べましたようにアジア危機では1,000億ドル近い富が短期間の内に海外に持ち出されました。これを「資本主義の宿命」といって目をつむるには、私たちは余りにも多くの責任を共有しています。

昨日と同じように真面目に働きながら、昨日は未来に夢を描くことができたのに、今日は仕事を失い、明日の生活にも困るという事態はやはり問題です。

「このまま自由放任型の資本主義を続けていけば、私たちの開かれた社会は崩壊してしまう」と警告したのは、ほかならぬジョージ・ソロス氏でした。国際金融市場で活躍しているソロス氏の口から、問題点が指摘されるところに、アメリカの柔軟さと良心を見た思いでした。

でも、世界経済に責任を負う国々には、これを単なる問題提起と受け流しておくことは許されません。私たちは資本主義に信頼を置きながらも、この暴走を防ぐ方法を一緒に考えて行かなければなりません。それは18世紀のアメリカ人が西部の開拓に当たって馬に絶対の信頼をおきながら、いや、信頼を置いていればこそ馬をきちんと制御したのと同じことと申し上げていいでしょう。

いま国際金融資本は若干暴走気味です。私たちはまだ、この暴れ馬の制御の方法を発見していません。私も具体的提案がある訳ではありません。でも、昨年アジア経済を襲ったハリケーンのような事態が今後も繰り返されるなら、開かれた市場に懐疑の声が沸き上がってくる恐れがあります。開かれた世界市場を実現して行くためにも、私たちは、この問題を直視して行かなければならないのです。

ロディオの伝統があるアメリカと、この問題を一緒に解決して行くことは、日本にとっても極めてエキサイティングな仕事です。私も列席の皆様と共に、わがままだが愛すべき資本主義の新たな挑戦を受けてやろうと思っています。

(米国ESI[経済戦略研究所]会議での講演、98年5月) top of page

 



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