|

一生、忘れられない日

「あの日、あの時、あなたはどこにいましたか」
今、アメリカ人の間では、挨拶代わりに、こうした会話が交わされているそうです。
あの日とは、もちろん、多発テロが起きた9月11日午前9時。
私は、モスクワでゴルバチョフ元大統領と会談していました。ゴルバチョフ氏と直接、個人的に話し合ったのは2年前にニューヨークでキッシンジャー氏を交えて会談して以来のことです。
ゴルバチョフ氏は、20世紀の世界最大のリーダーです。直にお会いしますと改めて力強い印象を受けました。
しかし一方で、ソ連の社会主義体制を壊した張本人だとして、ロシアでの人気は今一つです。実際、ゴルバチョフさんの支持率はわずか1%にすぎません。
ゴルバチョフさんとは、次のような話題で意見が一致しました。
〜今、グローバライゼーションの時代となり、世界が皆、同じになろうとしている。しかし、それが本当にいいのか疑問だ。 文化や宗教などそれぞれの個性をもっと大切にすべきではないか〜
テロのことを知ったのは、ゴルバチョフさんと別
れて30分後のことです。日本に電話をかけて知りました。一生、忘れられない日となりました。
日本に帰った私は、テロ対策特別委員会の委員長になりました。
委員長として、何をやるべきか、何をやらないべきか、自問自答しました。
そんな中で、私には一つ、大きな心配事がありました。
今までですと、こうした委員会は決まって乱闘が起こり修羅場になったものです。反対の議員が委員長につめより、眼鏡がふっとんでいく。
もし、こんなみっともないシーンが写真におさめられニューヨークタイムズなど海外の新聞に載ったら、日本のイメージは最悪となります。国民も政治を見放してしまったでしょう。
しかし、ふたを開けてみると、法案は静かに可決となりました。
冷静に議論をすすめ、粛々と採決を行うことができたのです。
国会承認も静かに採択されました。
こんな短い時間の審議で決められていいのかとの意見もあります。また一方で、カブールが陥落した後の自衛隊出動はあまりに遅いという議論もあります。難しいところですが、少なくとも委員長としては、10月29日に法案が成立した後、承認案件が国会に付議されるまでの24日は、長過ぎたと不満です。
最近の外務省機能の低下の一現象かもしれません。
政治が強力なリーダーシップを発揮することによって、激動する国際情勢に機敏に対処していきたいと考えます。
|