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加藤紘一からのメッセージ 2001年4月23日


伊勢神宮参拝

4月9日、伊勢神宮へ行って来ました。これまでも閣僚の時などに何回か参拝しておりますが、今回はまた別の趣きです。それは、私が今続けている「加藤紘一がゆく」での講演の際、必ず締めくくりに、日本人の伝統と精神、文化と心の問題に触れ、アイデンティティを今一度確かめ、日本的な生活様式を確立しようと訴えてきたからです。
日本人の原点は、自然を大切にし、崇拝する心にあり、山川草木、すべての自然物に神様が宿っていると考えられていますが、ところで、その神様とは一体何だろうかと思う時、それは、全国至るところに鎮守の森があり、神様が奉られているところの神様ではないか、そして、その総元締めとしての伊勢神宮がある――。
行脚の中で、一度はお参りしたい、そんな思いを胸に、早朝、東京を発ち、名古屋で乗り換え、神様に一番近い駅、宇治山田に降り立ちました。

ものの本を読むと、日本の神様には、「天つ神」(天孫降臨)と「国つ神」(土着の神)の系譜があり、伊勢神宮は「天つ神」ながら、「国つ神」をもまとめて、「国神」になったようです。古代は、天皇だけの神社として、臣民の参拝は許されなかったようですが、中世以降は、「お伊勢さん」の愛称で呼ばれ、全国庶民の崇拝の対象となり、敬われ、親しまれてきました。特に、江戸時代は、各地に伊勢参りのための「講」、今でいう旅行グループのようなものができ、庶民はお金をため、一生一度のツアーを楽しんでいました。

しかし、明治になると国家神道となり、その頂点に立つ伊勢神宮は、遠く、高い存在になってしまったようです。戦後、そのくびきから脱しましたが、庶民から見れば、まだ少し敷居が高い場所のようです。かつての「お伊勢参り」のように、鎮守の森を訪れる気持ちで、伊勢神宮への参拝客が増えればいいな、と思っています。

伊勢神宮を管理する「神宮司庁」で、神宮大宮司の久邇邦昭さんとお会いしました。11年余に渡り、斎主に次ぐ最高責任者の仕事をなされ、近々退任される大宮司は、元商船会社勤務の「国際人」でもあり、昨年ニューヨークで開かれた、「国連ミレニアムサミット」での講演は、自ら英文で原稿を書かれ、スピーチされたとのこと。
私は、「日本の文化と伝統、精神を探っているが、あいまいなところがある。日本の原点は類いまれなる自然観にあり、それは神社に現れていると思うが、それをまだ言い切れていない」と話しました。
大宮司は、ゆっくりと静かに、こう話されました。

「我々の祖先は、日本という国家が成立するはるか太古の時代より、人知を超え、多くの恵みを与えてくれる山や川や海や森や動物などの自然界のものに霊性を認め、それぞれに畏敬と感謝の念をもって接してきました」

「神道は、このような日本人の神観念に基づいて自然に発生したもので、八百万といわれるほど多くの神々を信仰の対象にしております。自然や祖先、人々と共に生き、清浄と正直を守ることを至高とし、日々清らかな人間として生まれ変わって行くことを信仰の基盤としております」

「稲作を中心とする農耕社会では、人間同士の協力はもちろん、山や川、太陽や雨、動物や植物など、自然の要素すべてが一体となり、協同し合う形を取らなければ成り立ちません。それぞれがそれぞれの役割を担う形で特性を発揮し、お互いに足りないところを補い合うことによって、皆が繁栄できるものと考えてきました」

「そして、人々は村の神社に神様をお祀りし、事ある毎に皆が集まって協議し、共同体として一つの方針を打ち立てて対処する内に、神々と、自然と、人々とともにあるという、何よりも調和を重んじる意識が形成されたのです」

これが、まさに、私が言う、「日本の神様」です。

大宮司は、さらに、「明治以降、国家神道になったのは、よくなかった」と言われました。私も、「その点を整理すると、神道はもっと国民的広がりを持つだろう」と述べました。

私は、わが意を得たり、との思いで、玉砂利を踏み、内宮(ないくう)に向かいました。ちなみに、伊勢神宮は内宮と外宮(げくう)からなり、内宮は天照大御神(あまてらすおおみかみ)を、外宮は豊受大御神(とようけのおおかみ)をそれぞれ祀っています。豊受大御神は、天照大御神の食事を用意する神様で、生活と産業の護り神とされています。

内宮の正殿は、決して、豪壮でもありませんし、華美でもありません。しかしどこか威厳が感じられます。それも、人を寄せ付けない厳(きびし)さではなく、人を静かに魅いらせる厳(おごそ)かさです。

全国の神社の頂点に立つ伊勢神宮が、かつてのような、天皇家だけの神社であったり、国家権力と結びついて他の宗教を排するような存在ではなく、日本列島の自然と人との共生を図り、平和と繁栄を願う国民の一つのシンボルとして、存在しつづけることが、この国のあるべき姿であり、また、めざすべき姿だと思いました。
私の続けている「行脚」は、本来は修行するという意味の仏教用語ですが、今回は、国民、有権者ではなく、恐れ多くも、神様を相手の修行となりました。

 

(2001年4月23日)

 


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