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加藤紘一からのメッセージ 2001年1月30日


JR新大久保駅事故

加藤紘一です。

恥ずかしい話ですが、このメッセージを出すかどうかで一日悩んでいました。でも個人と社会の問題を、皆さんと一緒に考えるために、私の迷いと行動について正直に報告したいと思います。

実は私は昨日、JR新大久保駅の事故で亡くなった韓国からの留学生、李秀賢さんの葬儀に行って参りました。

もちろん私は、李さんとも、日本人カメラマンの関根史郎さんとも面 識はありません。二人のことを知ったのは、マスコミの事故報道を通 じてです。二人がどんな気持ちで線路に飛び降りたかは、今となっては想像するしかありませんが、目の前に困っている人がいるのを見て、ほとんど条件反射のように飛び降りたのでしょう。二人ともいつも電車を利用されていたようですから、山手線の電車がどんな頻度で走っているかは知っていたと思います。線路がいかに危険かも分かっていたはずです。でも、それは転落してホームに上がれない人が極めて危険にさらされていることを意味します。もちろん救助のために線路に下りる者にも危険があるわけですが、二人は何十分の一か何百分の一の可能性に掛けたのでしょう。

結果は転落者を救えなかったばかりか、三人とも亡くなるという痛ましいものでした。「これでは犬死ではないですか」という遺族の方の悲痛な叫びが胸を締め付けます。2人の行動について「状況をもっと冷静に判断すべきだった」「結果として事故を大きくしてしまった」という意見が出るのも分からないわけではありません。でも、目の前に困っている人がいても見てみぬ振りをする人が多い中で、自らの命も顧みず救助しようとしたのはなんと気高い魂でしょうか。

孟子は、性善説の根拠として、川でおぼれている子供がいれば誰でも助けようとすることを例に挙げています。だが、私たちの社会には、何か問題があれば、その原因を制度に求め、行政や政治に責任を押し付ける空気がいつのまにか蔓延しています。それどころか社会問題や政治について、まじめに取り組む姿勢を嘲笑する風潮すらあります。その結果、政府はますます大きくなり、財政は破綻状態に陥っているのに、なお人々は行政に要求をし続け、幸せが実感できずにいるのです。

何でも政治や行政のせいにするのではなく、個人が自分たちでできることは自分たちでやることから改革を始めよう、政治や行政を通 じてではなく、個人がそれぞれの責任を果たしながら連帯する社会を築いていこうというのが私が唱える保守革命です。今度の事故は大惨事になってしまいましたが、多くの人々の心に消えがたい潤いをもたらしてくれたことは間違いありません。二人の行動を悼む多くのメッセージが寄せられたという報道を読むと、この国も決して捨てたものではない、きちんとしたビジョンが出れば共感の輪は広がり、改革の大きなうねりが生まれるという確信が沸いてきます。

もちろん今度の事故から、転落防止、転落者の救出方法の検討という教訓を学び取らなければなりません。同時に他者に犠牲を強要するような空気が出てくることも戒めなければなりません。でも、そうした懸念と、二人の自己犠牲にきちんと敬意を示すこととは別の問題です。私自身、すぐに通夜に掛けつけようと思ったのです。 

でも、ここからが私のだらしのないところでした。私も議員歴が長く、防衛庁長官、官房長官、自民党政調会長、幹事長などを務め、少しは顔を知られるようになっています。通夜に出かければ、当然私と分かる人も少なくないでしょう。それが売名行為に映るのではないか、という戸惑いがあって、とうとう通夜には足を運べませんでした。でも通夜に出られなかった悔恨が今度は夜通し私を責め続けました。特に「ハンデキャップを負った人になぜ手を差し伸べようとしないのか」という高校生のアンケートで「何となく照れくさくて」という答えがかなりのパーセントに上っていたことを思い出して、自分の不甲斐なさにいらだつ思いでした。そして、どう思われてもいいから信念に忠実に弔問に出かけようと思ったのです。 

告別式の会場と時間は新聞で分かっていました。もちろん告別式の中心は遺族や友人たちであることは言うまでもありません。だから私は告別式の始まる正午には会場近くに到着しましたが、ひと段落つくまで近くの路上で待機して、午後0時45分ごろ、式場に入って数分で会場を後にしました。日本中を感動させた二人の行動は私にも大きな勇気を与えてくれました。自らを顧みることなく最善を尽くすことの大切さを改めて教えてくれた二人に心から感謝しながら哀悼の意を表したいと思います。

 

(2001年1月30日)

 


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